これから記す物語は、はるか遠い昔、まだ魔法が使えた時代のことである。法王、王、騎士、諸侯、その他、身分のある者が、国の統治を行う王政、貴族政が一般的であった、古風な世界であった。
物語の世界は、エゴルディアという大陸である。エゴルディアには人間が住んでいた。ゴート、ドンバ、カリオンという三つの国があった。エゴルディアの北のはずれには、ホビットという種族が住んでいた。また、西にはドワーフ、南にはオークがいた。まだ正確な地図というものがなく、人々は生活の知恵を出して、旅をしていた。
カリオン王国には、この世界、特に人間が信仰する宗教であるドラゴリス教の法王がおり、国を統治していた。そこでは法王が王であったのだ。法王はマンニという名であった。ドラゴリス教の暦で、二○五八年の秋。
トリスタンは二十八才であった。あまり腕っぷしには自信がなかった、どちらかというと臆病であった。父親は武具商人である。十一代目の店を営んでいた。槍、短剣、長剣、斧、大刀、盾などを商っていた。弓や防具を扱っていたこともあるが、今は止(よ)していた。父親の名前はグレオス。五十二歳である。今日は仕事が終わって居酒屋《トーマシーの酒場》に二人で寄る。もちろんカリオンの話である。
「よお、どうだいグレオスさんよ、息子さん、なんか元気ないな」酒場の主人、アントニーが話しかけてきた。
「いつも恋に失敗してんのさ。また振られたそうだ。なぁ、何とか言えよ、トリスタン」
「僕はもうどうしようもない。死にたい」
「また始まりましたね、若様よ」
「どうしたらいいかな」
「旅にでも出たらどうですか」
「そうですね、旅か…」
「近々、戦争の噂もあるし、若手は徴集されるかもしれませんよ。あたしなんかも若い時は苦労したもんですよ。三王国が千々に乱れたゴレンド戦争。思い出すと辛くなりますね、グレオスさん、あんたは馬鹿なことに、付き合いを優先させて、劣勢だったドンバ王国についたんだね」
「でも結局、それが良かったんだよ。戦争には負けたが、義理がたいと評判になって商売が大きくなった」
「ほぉ、そいつは初耳だね。あんた、てっきり損ばかししてると思ってたがな…」
ここでゴレンド戦争について語ろう。もう二十年ほど前の話である。エルフについてドラゴリス教の法王マンニが問題となる発言をした。なんとエルフは実在すると言い放ったのだ。ドラゴリス教は、創始より二千年この方、エルフの存在を否定してきた。この世界には、人間、ホビット、ドワーフ、オークがいる。大昔はエルフが高度な文明を持っていたという伝説がある。そしてエルフの首長は「神」であったとも言われた。エルフは伝説上の存在で、実在しないというのが、ドラゴリス教の見解である。ドラゴリス教は世界の終末に、空を無数のドラゴンが覆い、世界が全て焼き尽くされた後、世界の再創造が行われるという根本教理を持っている。しかも、世界の破壊と再生は、もうすでに何度も行われてきたという。ドラゴリス教の最高神は、古代伝承『エルド』にもある不滅にして最強の黒龍ドリスカルドである。ドラゴンの実在は証明されていない。しかし、畑や井戸をつくる際に、竜骨とおぼしきものがたまに発見されるため、一般には「存在するもの」と信じられている。もちろん、ここ百年で、生きたドラゴンを見た人はいないのだが。ドラゴリス教は、いくつかの修道会を持っていた。その中でも一番有名なのは、デマストス騎士修道会である。その名の通り、この修道会の修道僧は騎士でもある。修道僧全員が男性であり、童貞である。その騎士気質(きしかたぎ)には定評があり、世間的な評判もよい。軍人としての勇猛果敢さと、貴族的な教養を身につけた、いわゆる「永遠の男性」という自覚が、デマストス修道士には求められた。ドラゴリス教の法王、マンニの、エルフ実在発言は、マンニ個人のデマストス騎士修道会との軋轢(あつれき)が原因だった。いや、ドラゴリス教会自体の抱える根本問題にも触れてはいるのだが。つまり、エルフとドラゴンの切り離せない関係である。古代伝承『エルド』(これはドラゴリス教とは別個に存在する民間伝承なのだが)によると、世界は混沌(カオス)から光と闇に分かれる所より始まったという。ゆえに、全ての動植物、岩や砂や土に至るまで、また、水や光など、万物は光の要素と闇の要素を併せ持つという。そして、エルフは光と闇の調和の探求を行う学者集団であったという。このエルフの最大の敵は、エルフ自身が創り出した怪物であるドラゴンであるという。エルフは、お互いに戦争で物事の決着をつけることがあり、「生きた兵器」としてドラゴンを創り出したというのが、『エルド』の主張である。ドラゴンは巨大な身体を持ちながら、人間と同じように思い、感じ、考えることができたという。ドラゴン達は、はじめ、エルフの意思に従っていたが、一部がエルフの統制から離れ、勝手な振舞いをするようになった。このはぐれドラゴン達は、約三千年間、何世代も子を産み続け、数を増やした。そして、その頭(かしら)が、伝説の黒龍ドリスカルドであった。ドリスカルドを含め、ドラゴンは一部が、永遠の命、すなわち、不死であったという。エルフは、このはぐれドラゴン達に滅ぼされたのではないかとも言い伝えられているが、真相は定かではない。あくまで、エルフもドラゴンも伝説上の存在なのだ。しかし、ドラゴンは存在しているという人の多くは、エルフは、もとからいなかったのか、絶滅したと考えている。エルフの実在を主張したマンニは、エルフが人間に混じって今でもエゴルディア大陸にて生活している、という思想上の暴挙に出たのである。そのため、「エルフ探し」が始まり、ゴート、ドンバ、カリオンの三王国が互いに争い合うようになった。ドラゴリス教会の本山はカリオン王国そのものである。法王マンニによってエルフ探しの尖兵(せんぺい)として選ばれたのが、ゴート王国の兵士たちであった。そして、彼らによるエルフ探しが最もひどかったのがドンバ王国であり、この動きに大反発を起こしたのが、ドンバ王国の民衆と貴族と王であった。ドンバ王国は国を挙げてゴート王国に宣戦布告をし、これに呼応して、カリオン王国が、両者の戦争にゴート側で出兵するという形で始まったのが、このゴレンド戦争である。ゴレンドとは、最初の三国大会戦が行われた平原の名である。この状況下で、ゴート王国の兵士が、エルフ探しの実動部隊であるとしたら、デマストス騎士修道会は、民衆の影で、その動きを操る司令塔・諜報機関であった。実は法王マンニによるエルフ実在発言は、彼とデマストス騎士修道会の密約だったのだという噂もあるが、真相は明らかにはなっていない。カリオン王国の一青年トリスタンが生きる世界はおよそこのような時代であった。
「トリスタンさん、旅に出るなら、やっぱりドンバですよ。ねぇ、お父さん?」
「なんでだい?」トリスタンの父、グレオスが言った。
「決まっているじゃないか、オルロンの槍(やり)だよ」
「オルロンの槍って、伝説の?」
「伝説というより、ドンバ王家の家宝じゃないか」
「知ってはいるが、それがどうした?」
「あんた、本当に知らないのかい?盗まれたんだよ。オークの仕業っていうのが専(もっぱ)らの噂だよ」
「それでか、うちのカミさんが、今日、朝方、槍がどうのと言ってたな。王家は槍に懸賞金を掛けたのかい?」
「懸賞金どころか、ドンバ王国の姫君をもらうことができるそうだぜ」
「アメリ姫かい?あいつは苦手だな…」
「アメリ姫じゃなくて、妹のイゾルデ姫だ」
「イゾルデ姫は、お転婆で有名な男勝りだよな」
「そうさ、年の頃は二十五歳で、美しいそうだ」
「お前、挑戦してみるか?」
「オルロンの槍じゃなくて、トリマスの大斧(おおおの)を、僕らが、先祖代々、探すように言われてたじゃないか」
「トリマスの大斧は、無理だ。父さんも昔、頑張ったんだがな。オークやドワーフですら、手がかりの一つも持っていなかった」
「実は、僕もそう思う。お父さんで、この家は十一代だけど、一度もヒントすら見つけていないから。それにしても、イゾルデ姫って、どんな娘(こ)なんだろう。元気の良さそうな女の子だね。挑戦してみる価値はあるね」
「挑戦して、成功して、振られる、なんてことないといいがね」父が言う。
「約束でしょ、王様との。はぁ。気が重い」
グレオスとトリスタンの父子(おやこ)は、酒場を後に、家に帰った。正味二時間ほど酒場にいたことになる。トリスタンは眠る前に、イゾルデ姫のことを考えた。イゾルデ姫と言うより、自分の恵まれない恋愛人生を振り返っていたのだ。トリスタンは恋多き男であったが、実際にお付き合いできた女の子は皆無である。もちろん童貞なのだ。トリスタンは、元気のいい女の子が好きだった。しかし、そういう娘に限って、トリスタンのことを良しとしてくれない。その懊悩(おうのう)と憔悴(しょうすい)ぶりは、時として病的ですらあった。自意識が過剰であった。小さな心配事が多すぎた。考えすぎである。色々なことが考えらえるが、畢竟(ひっきょう)、トリスタンが、行動よりも思考の人であるからである。その彼が旅に出る!とすれば、一大転機である。グレオスとしても、トリスタンには人格上の問題を感じており、何とかしてやりたかった。イゾルデ姫のことを抜きにして考えるても、トリスタンに旅をさせるのは、いい薬になるのではないかと思うのだが。トリスタンは一人旅の経験は一度もない。グレオスとトリスタンは、同じ問題でも考えていることは違った。それから一週間が過ぎた。トリスタンの母親であるジェシカは、トリスタンの旅には、反対であった。
「第一、最近は物騒で、山賊や夜盗が多いっていうじゃない。槍も剣も中途半端なトリスタンに、一人旅は危険すぎるわ」
「だがね、母さん、これは神様がくれたチャンスじゃないのかね?一人旅が危険なら、誰か人をつけてもいいじゃないか」
「一体、誰をつけるっていうの?」
「そうだな、トーマシーの酒場に行けば、それらしいのが居るんじゃないかな。魔法を使える奴じゃないと駄目だな。そうは思わないかい?」
結局、男の魔法使い(ウィザード)を一人つけることで、母、ジェシカは納得した。グレオスがトーマシーの酒場で探してくることになった。トリスタンは逡巡(しゅんじゅん)したが、旅には前向きな姿勢をとるようになった。
魔法使いは、なかなか見つからなかった。一週間が経ち、二週間が経った。ついに良い人が見つかった。四十八歳の黒人だった。黒人で魔法使いというのは珍しいと思うグレオスであったが、どうやらシャーマン上がりの魔法使いであるらしい。名前はロイス。笑った時に、独特のエクボが出来るところが特徴だ。ひげは生やしていない。ブスッとして機嫌が悪かったと思いきや、突然、笑い出すという素っ頓狂な男であった。白魔術師である。黒魔術について聞くと、決まって渋い顔をする。酒好きだが、大酒喰らいではない。人生哲学があるらしく、好きな言葉は、明日のことは明日に考えろ、気楽に行こう、である。グレオスは、魔法の技量と性格の明るさで、この男を選んだ。契約は三年間。前金で、ドラクメ金貨三百五十枚。後金で、同額だ。とにかく、トリスタンの人生が、もうちょっと華やかになればと思ってのことだった。経済的には恵まれた家庭だったので、それほど応える出費ではなかった。ロイスは魔法使いだが、剣も使えた。犬を連れて行くとしきりに言ったので、二人と一匹の旅が始まることになった。果たして三年で終わるかどうかもわからないが、とにかく帰郷はするようにとのことだった。トリスタンも実地にロイスに会ってみて、良い印象をもった。暗く考えに沈潜しがちなトリスタンには、底抜けに明るいロイスは、ウマが合った。
「僕、ロイスとなら大丈夫だと思うよ。父さん、槍を持っていくよ、ロイスが剣だから」
「そうだな、どの槍にするかい?基本は鉄製がいいだろうがね。だが、魔法は使わないから、青銅ってことはないだろ」「刃渡りが長いのお願い。あとナイフも」
「あんた、マントと靴も新調しないとね。革商ゴムラに、父さんと行っておいで」
《革商ゴムラ》は革細工を扱っている店で、革職人も抱えている。割りかし大きな店である。トリスタンの家からは、少々道が遠いが、朝出て、日が暮れるほどではない。グレオスとトリスタンは、昼ご飯を家で食べた後、くだんの店に向かった。辻馬車に乗った。到着したのは夕暮れ時であった。
「よぉ、じいさん、元気だったかい?」グレオスは、店の主人で老人のタリスに話しかけた。
「よおよお、グレオスか、わしは元気じゃ。息子さんのトリスタン君かね。久しぶりじゃ。母さんによろしく言っといてくれよ。近々、隣村で結婚式があるんじゃ、その時、母さんに会えるじゃろて」
「グレオスさん、何か企(たくら)んでいませんか」徒弟のジョナンがいささか不審そうに尋ねた。
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「トーマシーの酒場の主人が、トリスタンさんが、オルロンの槍を取り返しに行くって、言ってたから、絶対やめたほうがいいと思いますよ。だいたい割りに合わない」
「うーん、事情がよくわかってないよ。トリスタンを『男』にしたいんだ。かわいい子には旅をさせろっていうだろ」
「どういうことですか」
「トリスタンは、物事をくよくよ考え過ぎるから、もうちょっと大胆になって欲しくて、旅に出たらいいと思ったんだ。姫君をもらうとかは、土台、あてにしてはいないよ」
「それならいいんじゃないですかね」
「わしもそう思うよ。ひと回り大きくなって帰ってくるとよいな」
トリスタンに合わせて、マントと靴を用意するため、素材選びと体の寸法を測った。マントは紺色、靴は黒色にすることにした。準備には四日かかるという。《革商ゴムラ》の商品は、長持ちすることで有名だった。
カリオンの商業や工業について少し語りたいと思う。カリオン王国の主産業は製紙業である。領域にマツの森があり、林業も盛んである。ドラゴリス教の本山がカリオン王国であるというのも。製紙業と関わりがあった。当然のことながら出版業が盛んであった。ドラゴリス教の聖典を『ウリドラ聖書』と言う。正式な聖書は羊皮紙で作ることになっているが、一般の書物類は木材を原料とした紙で作る。カリオン王国の王都がレマヌスという名であり、トリスタンはレマヌスに住んでいるのである。レマヌスで最も富裕なのがボリジス家である。ボリジス家は、製紙業始めたことで有名である。今や万巻にわたる書籍を世に送り出してきた。レマヌスには、法王立図書館マンツィがあり、誰でも来館出来る。マンツィの本は、館内での閲覧のみで持ち出しは出来ない。必要に応じて、写本業の職人が作業を行う。こういう環境であったから、トリスタンは幼い頃から書物に親しんでいた。父親のグレオスもトリスタンが本好きなので、よく買い与えていた。トリスタンが好きな本は、民俗宗教や歴史や戦記などであった。トリスタンが無上の喜びとしていたのは、本を読みながら、ハーブティーを飲むことだった。トリスタンの母親のジェシカはハーブや薬草に詳しかった。薬草学の専門家はストリガと呼ばれる女の魔術師であるが、ジェシカは親しくしているストリガから手ほどきを得ていたのである。
一週間ほど経ったある日、グレオスとジェシカは息子の門出を祝って、ささやかなパーティーを催した。参加者は、グレオスとジェシカ夫婦、トリスタンと妹のマリア、トリスタンの友達で、ジョーとロン、旅に同行する魔法使いのロイスと、その飼い犬のナディである。トリスタンは、新調したマントと靴が出来映えが良く、格好がいいので、上機嫌であった。メインディッシュは、ロンド牛の肉を使って作った肉パイである。鳥だしを使ったスープには、ジャガイモと椎茸が入っていて、黒胡椒が効いていた。キャベツとトマトとニンジンとキュウリのサラダには、オリーブオイル仕立ての酸味のある特製ソースがかかっている。トマトと魚介類のパスタもあった。デザートには、スモモのプディングや、チョコレートケーキ、山ブドウ。飲み物は、白ワインと、ウィスキー、ビールと、ハーブティーだ。そして何よりトリスタンの大好物であるスイートポテト。ただのスイートポテトではなく、サツマイモに、栗の実のペーストが混ぜてある。ジェシカのオリジナルレシピであり、その独特の香りと味は、隣近所で、ちょっとした評判になったこともある。トリスタンの友達のロンは歌がうまく、ジョーがギターで演奏したのに合わせて、「ヒバリの歌」を歌った。ロイスの飼い犬ナディはコリー犬で、女の子だったのだが、目を細めて、うつらうつらしていた。パーティーは庭に椅子やテーブルを出してやっていた。夕暮れ時になってパーティーは三々五々終わりを告げた。トリスタンとロイスとナディは、あくる日の朝、グレオスの家から出発した。母親のジェシカは、出発するトリスタンに歩み寄り、大事にしていたウリドラ聖書を手渡した。お守りだという。ロイスはにっこりと笑った。昨日はうまい冗談が浮かばなかったけれど、ジェシカはいい人だ、とよく意味のわからない言葉をつぶやいた。父親のグレオスも包みから、短剣を取り出した。銀星の短剣「ロッド」である。そのピカピカ光る短剣をそっとトリスタンに手渡した。俺からも、お守りだ。自信作なんだ、気をつけてな、ということである。こうして、トリスタンの旅は始まった。朝日がまぶしかった。風が土の匂いを運んでいた。
「ところでロイス、ドンバってどうやって行くんだい?」トリスタンがきいた。
「そうですねぇ、とりあえず、この道をまっすぐ行きましょう。《プネウマの宿屋》に行けば、何か話が聞けると思います。旅のしおりによるとそうなっています」
「旅のしおりって何?」
「冗談ですよ。そんなのあるわけないでしょ」
「《プネウマの宿屋》ってどっかで聞いたことのある名前だな。何だっけな」
「殺人事件があっったんですよ」
「何か違う話になってきてない?」
「そうですねぇ、ここが運命の分かれ道です。わたしは誰でしょう?」
「ハハハ、笑わせるなぁ」
「殺人事件、本当にあったんですよ。俗に言う『プネウマ荘殺人事件』ですよ。あそこ、怪しいんですよ。情報屋がたむろしているんです」
「誰が死んだの?」
「殺人事件の方はどうでもいいんです。単に怒り狂ったカミさんが、宿屋のご主人を殺したんです。聞けば、昔から憎かったそうです。あの、情報屋の情報は、結構、当てになるもんですぜ」
「どんな情報?」
「もちろん、ドンバ王国についてですよ」
「プネウマって、どんな意味?」
「四人姉妹の名前の頭文字です」
「わかった、とにかく道を急ごう。いつ頃、到着するかな?」
「寿命が尽きる前には着くでしょう。だいたい、そんなもん、わからんですよ」
「ごめん、ごめん」
「わたしのこと好き?」
「えっ、そんな!?」
「そんな時はね、嘘でも、好きっていうのよ」
「わかったよ。もういいよ」
トリスタンがロイスと話すときは、だいたいこんな感じだった。ここでロイスについて、書いてみよう。あくまで噂であるが。ロイスの前職は、風俗店の男娼(ホスト)だったという。自称No.1の男娼(ホスト)である。どうやら手っ取り早く、カネを集めたかったらしい。四年に一度、必ず、金欠になるという特徴がある。なぜか?三王国合同の武術大会の賭けに出るからだ。ロイスの出身はゴート王国である。ゴート王国の正規軍に属していたこともあったという噂もある。何故、噂なのかというと、ロイスは過去を語りたがらないからだ。結婚は人生の墓場だ、という座右の銘もロイスにはある。セックスは大好きだが、結婚は真っ平ご免らしい。子供は好きらしい。武術大会の賭けは、女子レスリングと決めている。好きな白魔術は、体力回復呪文、コスパ。他にもあるが、また、別の機会にしよう。
《プネウマの宿屋》には、意外と早く着いた。日が暮れる前でよかった。宿屋は、岩壁を刳り貫いて出来ていた。
「こんな所に宿屋があるんだね…」
「いやいやいや、いー宿屋だねぇ」
「何それ?」
「さぁ、独り言ですよ。あのねえ、いちいち…。あっ、もういいです」
二人は夕食を採(と)ることにした。メニューは、「盛り沢山」「並み」「スズメの涙」である。誰も「スズメの涙」は選ばないのではないかと思うが、実はそれは子供用のメニューなのだ。盛り沢山を二人前、頼んだ。飲み物は、ビールだった。まず出て来たのが、羊のレバーペーストと、クレソンと三つ葉、カリフラワー、マッシュルーム、トマトのオリーブオイル仕立てである。黒胡椒(くろこしょう)と塩とビネガーとレモン汁が、オリーブオイルに入っている。メインディッシュは魚だったので、二人ともがっかりしたが、非常に美味かった。スズキのパン粉の香草焼きである。バターと白ワインが下味になている。卵と酢も入っていた。デザートは、アップルパイだった。ハーブティーも良かった。外は、漆黒の夜空に満点の星々が輝いていた。風が冷たかった。カエデの葉が、外でそよいでいた。ドギーフードで残しておいた長パンを齧りながら、二人はベッドで話している。
「あいにく客が誰もいないなんて、予想外だったね。残念だね」
「シーズンオフだからしょうがないですね」
「なんで、わかってるのに」
「そういうもんですよ。人生ってのは。あなたの恋愛もそうです。期待している時は、あまり出会えないものです。わたしも人のこと言えないけれどね」
「そうかなあ…」
「葉巻が欲しいな」
「パイプ、持ってるじゃない」
「今は葉巻の方がいいな」
「ふーん」
「ちょっと外に出て来ます」
一時間が経ち、二時間が経った。遅いな…。トリスタンは、酒は活(い)ける口である。しかし、飲み過ぎると気分が悪くなる。今日は飲み過ぎた。ロイスって軍人なのかな。正規軍兵士だったのかな。そうだな。言ってたから。俺も軍人になったら、恋人できるかな。ロイスってモテるもんな。ああいうふうになればいいんだな。俺、魔法やらんもんな。魔法やったらモテないと言われたから。なんで、ロイス、やってんだろう。そういうのは考え過ぎだな。ロイスが戻って来たら、聞いてみよう。雨が降ってきたかな。恋愛というのが何なのか、トリスタンはよくわかっていなかった。恋愛とは何か。誤解である。勘違いである。思い込みである。総じて、自己愛である。愛とは何か。愛とは、正反対の事象(もの)が互いに引き合うことである。すなわち、男と女、+(プラス)と−(マイナス)、過去と未来。
オークにも愛がある。オークの良さは悪さなのである。邪悪なほうがモテるのである。確かに悪くて強いオークは美しい。貴方のその憎悪が美しい。オークは独特の哲学を持っている。死の哲学と言える哲学である。彼らの宗教、ゴルムント教である。生死不分、愛憎一致、厭離執着(おんりしゅうじゃく)が教理である。始祖ゴルムントを神として崇めている。オークには階級がある。神官階級のヴァストラ。軍人階級のケイマン。庶民階級のラロット。奴隷階級のシャーティー。ゴルムントはヴァストラの父親とシャーティーの母親という身分違いの許されざる恋の落とし子だった。オークの身分は厳格で、同身分しか結婚が許されない。オークには、水と火を対立項にした二元論の宗教であるベーメン教があり、身分制度はベーメン教に由来する。ゴルムントはベーメン教に飽き足らず、新しい宗教を作った。不潔不浄を愛する水の要素と、清潔清浄を愛する火の要素の対立に疑問を抱いていた若きゴルムントの伝承は、ゴルムントの経典群『ラマストラ』にある。ベーメン教の最高神は二体もしくは一体。二体とは。水神ナーガと火神マーアである。一体は秘密である。ナーガとマーアは夫婦である。一体は二体の親である。これは、ベーメン教の奥義である。ゴルムントは、奥義の達成者として、完成者(プートリ)となったが、自分を神と僭称(せんしょう)したために、被差別民(ガーマ)へと堕(お)とされた。初めての弟子は被差別民のうちの一人、ヨーギナであった。ヨーギナは踊り子であった。ヨーギナの妹はタマラであり、ゴルムントに、未来予知の原術(ゴシック)を教えた。原術(ゴシック)とはベーメン今日の呪術体系であり、浄不浄を問わず、水による生命不壊(せいめいふえ)の儀式を執り行う。もうひとつの呪術体系である華術(ロムス)は、帰滅殺生(きめつせっしょう)の、火による生命崩壊(しょうみょうほうかい)の儀式を執り行う。原術(ゴシック)も華術(ロムス)も高度完成の域に達すると、合一行である金剛術(バクトラ)に収斂(しゅうれん)される。金剛術(バクトラ)は、神官階級(ヴァストラ)のみ保持(ハーフィズ)できる。ベーメン教では、成人式に自分の墓を建立することになっているが、ゴルムントは、自分の墓を成人式から十二年後に破壊した。永生のためである。オークは、専制君主の帝政であり、マラキ帝が皇帝となっている。マラキ治政下に、ベーメン教は最も大きな勢力を持ち、ゴルムント教は、その分派として存在していた。
「ちょっとお話が。宿屋の主人です」
「どうしました?」
「ドンバについて知りたいんですよね」
「そうです」
「オルロンの槍についてですが、わたしの父は、その関係で殺されているんです」
「どういうことですか?」
「わたしの母は、ある秘密結社の一員なんです。知ってますか?」
「知りません」
「人呼んで《黒輪(こくりん)の誉(ほま)れ》です」
「…」
「これはヤバくなってきたな…」ロイスは頭を掻いた。
「この宿屋には幽霊が出るんです。父の霊ではありません。わたしの父が、この宿屋を譲り受けてから出るようになったんです。母はそれを『召命(ラタス)』と呼んでいました」
「意味がわかりませんが…」
「つまり、スカウトされたわけです。そう、なんというか…、黒輪の誉れに」
「それはどういう意味なんですか?」
「それを教えて欲しいなら。ドラクメ金貨を七枚いただきます」
「トリスタンさん、止(や)めたほうがいいですよ」
「どうして?」
「黒輪の誉れは、相当、ヤバい団体ですよ。童貞好きのオバさんの団体という噂もありますが、そうじゃないんです。永遠の命を得るために、《快楽としての殺人》を行っていると聞きます」
「どうやら、わたしの方が支払いをしないといけないようです」宿屋の主人は、ポケットから、ドラクメ金貨を七枚取り出した。
「ちょっと、待った!受け取らないで!ハメようとしています!」
「それでは仕方がありませんね。ひとまず、事情を説明いたしましょう。オルロンの槍は元々、オークの創(つく)ったものだったのです。つまり、オークは、取り返したわけです。奪ったわけではないのです」
「それと、お父様の死とどういう関係が?」
「ゴルムント教を知っていますか?」
「聞いたことがあります」
「黒輪の誉れは、ゴルムント教系の秘密結社なのです。オルロンの槍は、ベーメン教の秘密祭儀の道具であり、ゴルムント教徒が、力を得るために、槍を欲しがったわけです。わたしの父は、オルロンの槍の所在を知っていたようです。母は、ゴルムント教徒の依頼で、黒輪の誉れの活動の一つとして、父を殺しました」
「なるほど、事情がわかりました。これだけ聞いて、まだ、ドンバ王国に行く必要があるでしょうか?」トリスタンが尋ねた。
「さぁ、それはご自由にと言いたいところですが、ひとまず、ドンバ王国の国王から、槍探しの人員として、登録してもらう必要がありますよ」
「そうだった。わかりました」
「少しヒントがわかりましたね。槍は、オークのゴルムント教徒が持っているらしいこと。人間なら、黒輪の誉れに接触すればよいこと、といったことろか」
翌朝になった。雨上がりの朝は、湿気を含み、いくぶん気(け)だるかった。二人は、朝食を食べながら、話し合った。このまま道を急ぐと、約五日で、ドンバに到着することがわかった。イッピ街道を南下すればよかった。イッピ街道は、カリオン王国とドンバ王国を結ぶ幹線道であり、特産品の交易路として使われていた。途中、グリア湖の瀑布(ばくふ)を見物して行くことになった。このゴリトの滝は、黒龍ドリスカルドと由緒のある滝で、竜の霊力が水に宿るとされていた。また、この湖の近くには、ボーミンの森があり、龍と人間の娘が恋をしたという伝説が残っていた。ここも名所であり、いくつかの土産物屋が並んでいる。ドンバとカリオンの間には、このように、龍に関する名所が多くあり、ドラゴリス教の聖地として知られている、ゴーミンの泉もあった。ゴーミンの泉は、トリスタンたちの旅程にはなかったが、ゴーミンの泉は、生命体に永遠の命を吹き込む力があるとされていた。そのため、一般には開かれておらず、特別な許可がなければ、入れなかった。途中、野宿三回と、宿屋に二回泊まって、ドンバ王国に到着した。
トリスタンとロイスとナディの一行は、ドンバ王国の関所に到着した。秋口のことであった。関所に立ち寄った訳(わけ)は、ドンバ王国への通行証を得るためである。ドンバ王国について、いくらか説明を試みたい。
ドンバ王国の発祥(はっしょう)は、カリオン王国よりも二百年早い。ドンバ王国の成立と、ドラゴリス教の発生には関連がある。ドラゴリス教はドンバ王国の辺境、ベラストで創始されたという伝説がある。伝説と記した理由は、確(かく)とした根拠がないためである。ドラゴリス教は自然発生的な宗教で、創始者というものがない。ベラストには、《神の井戸》があり、この井戸の底から、ドラゴンたちが、天へと飛翔したと言われる。エルフとの最終戦争の際の出来事とされる。神の井戸の直径は、三十二メルト(約二十五メートル)である。この井戸は、パンジャブ石器時代からあるので、元は古代祭儀に使われたものであるらしい。ドンバ王国の主産業は鉄器生産である。ドンバ王国の王家ドマルト家の祖先は、鉄生産に関わる技術者集団と、ドラゴリス教の古代巫女たちの婚姻に遡(さかのぼ)る。鉄生産技術者は、巨岩を神として崇(あが)める集団であったが、ドラゴリス教の古代巫女との婚姻を通じて、次第に、元の信仰を捨て、ドラゴンを崇めるようになった。ドンバ王家は謎めいた伝説を数多く持つ家系である。一部、精神病の傾向を持つ親族もおり、その親族は特に呪術の力が強いという。ドンバの主食は、米である。稲作は、石器時代から続く農業であり、陸稲(りくとう)から水稲(すいとう)へと移ったのは、鉄生産技術集団が定着して以降のことである。この鉄生産技術者が何処(いずこ)より来たのかは、定かではない。一説にはエゴルディア大陸以外の所から来たとも言われる。また、ドンバ王国は、湿潤温暖(しつじゅんおんだん)な気候のため、農業生産が盛んである。野菜から穀類、果物に至るまで、エゴルディア大陸の畑と呼ばれるほどである。
トリスタンたちが通った関所は、名前を《ガリスの関所》という。通行証は、木製で、ドンバ王家の紋章が彫り込んであった。
「これで、ドンバのどこにでも行けますよ」
「そうなんだね。王都イスファまで、後どれくらいなのかな?」
「あと三日くらいでしょう。宿屋も充実していますよ」
ガリスの関所を通ってから、犬のナディの調子がすぐれなかった。ロイスが心配していた。ロイスは、山賊の気配がすると言っていた。ナディは、危険を察知する力を持っているという。果たして、山賊が三人現れたが、ロイスの活躍で撃退できた。トリスタンも応戦した。怪我はなかった。
王都イスファに到着した。イスファの街並みは、黒い屋根が続く風景であった。高い塔が二個立っていた。人々の髪は黒く、肌は黄褐色、目も黒かった。女性は、髪を結い上げていおり、男性は、首もとで髪を結んでいた。
「思っていたより面白い町だね。イスファは」
「そうですね、もうすぐ夜ですので、食事に行きましょう。遊郭(ゆうかく)も行きませんか?」
「行ってみようか」
二人と一匹は、赤い提灯(ちょうちん)が架かっている《ゴイマナト》という料理店に入った。食事は、定食で、生鯛(なまだい)の刺身、緑豆スープ、焼き魚、ご飯、梨(なし)であった。 酒は米で出来ていた。
「この酒、美味いな。初めてだ。ロイスはどう?」
「わたしも好きですね。パンクロイド(前述した三国合同の武術大会)の時は、いつも来るんで、だいぶ慣れてますがね」
「カリオンのボリジス家と、ドンバのドマルト家は、仲が悪いんだよね。どうして?」
「ドラゴリス教の宗教的実権を巡って、二百年前に争って以来ですよ。勉強しませんでしたか?ドラゴリス教の中心は、元々ドンバだったんです」
「あぁ、そうだったね」
トリスタンとロイスは、遊郭(ゆうかく)に行くことになった。ロイスの思い出を記してみよう。ロイスは、二十歳の頃から、パンクロイドで賭けをしだしたが、その時に、イスファの遊郭に通うようになった。イスファの《遊郭ルイツァ》は、トラント河の中洲に位置している。高級女郎のコムネート、並女郎のユイスマがいる。ロイスは、ユイスマしか識(し)らなかった。女郎たちは、押し並べて、苦労していた。幼女の頃から売られたのもいる。芸を仕込まれる女郎は、コムネート、単に男と寝るだけの女郎がユイスマである。食事だけ、コムネートと一緒にするのもいる。ロイスも、コムネートと一緒に食事をしたことが何度かある。数奇人(すきびと)と呼ばれる趣味人が最も尊ばれるのが、遊郭ルイツァである。 数奇人について、幾(いく)つか述べてみよう。数奇人の特長は、「いき」であることである、「いき」とは、女や男を酔わす魅力、俗世のカネや名声に対する潔さと執着しない心、人生に対する一種の諦(あきら)め、である。
トリスタンとロイスは、夜半になって、遊郭ルイツァに来た。トリスタンはユイスマとは会うには会ったが、逢わなかった。トリスタンは童貞主義であった。結婚してからでないと、SEXしないと決めていたからだ。トリスタンの相手はコルマという名であった。(僕は全体に内気である)(美姫(びき)を前にして、いささか躊躇(ためら)い)(良香(りょうこう)は汝(な)が髪から)(汝が胸の膨らみが)(温かな身体の)(秘めたる汝が恥じらい)(接吻(せっぷん)の味は甘い)ロイスはというと、二人のユイスマを呼んで、三人で衾(ね)た。
翌朝、ルイツァの宿屋から二人と一匹は出立した、イスファの見物に行くことにした。ナデイはいつになく元気である。空は快晴であった。食料品の市場である《コムト市場》に向かった。コムト市場は、魚、肉、野菜、果物、穀物など、食品なら何でも売っている。りんごを手に取って、かじってみた。トリスタンの口の中で甘酸っぱい汁が広がる。豊かさというのは、結局、このようなものであると考えた。日の光を浴びて育つ植物、それを食す動物。豊かということは、多種多様ということに他ならぬ。美味(うま)そうな豚肉、新鮮な魚、太陽光で透(す)き通ったガラス瓶(びん)の中の黄金色のオリーブオイル。トリスタンは、昔読んだ農政書を思い出した。国の根本は食糧生産である、とあった。食料の価格が低ければ、物価全体が下がる。その意味で、ドンバは豊かな国であった。昼飯時になった。二人は《麺屋トス》に入り、鳥だしで作った汁そばを食べた。具として、海老や人参や白菜や椎茸が入っていた。麺は米でできていた。茶は、茶色く濁(にご)っていた。
トリスタンとロイスとナディは、夕刻になってようやく、ドンバ王家の外来者受付《クリオスの館》に行った。オルロンの槍探し人員として、二人は、記帳簿に正式に登録された。受付けたのは、ドンバ王家近衛師団の書記官だった。記帳後、《ドラストの聖堂》に参って、成功を祈願した。ドラストの聖堂は敷地が正方形であり、ピラミッド型の屋根を持っていた。祭壇の奥にはステンドグラスがあり、日光が差し込むようになっている、石と木材で組み立てられた重厚な建物である。このような建築様式を、ロスマ様式という。二人は入り口にナディを繋(つな)いで、聖堂の中に入っていた。ドラゴリス教の祭司は、黒い裳(も)を着ており、銀の冠(かんむり)を頭に載(の)せている。聖鈴(せいれい)を鳴らして、ドラゴンの霊を呼び出し、典礼に従って祈願を行う。モンス香が焚(た)かれ、あたりがローズマリーの香に包まれる。祈願は約半時ほどかかった。最後に、契約の徴(しるし)としてドラゴンの聖水を、トリスタンとロイスと祭司の三人とも口に入れて、飲み干した。
聖堂を出て、宿屋に泊まった。夜中にまた雨が降った。二人と一匹は寝所(ねどこ)で一つとなっている。ロイスは手持ちの地図を広げて、トリスタンの今後のことを説明している。ランプの灯火(ともしび)がゆらめく、黒輪の誉れとの接触が必要と判断された。黒輪の誉れについてはあまりにも無知であったので、手当たり次第に噂話を集めて見ようということになった。冬になる前に、ある程度の目度をつけたかった。ドンバ王家であるドマルト家に接点を持ってはどうかというのがトリスタンの意見であった。ロイスによると、それは正しいが、紹介が必要になるということだった。ドマルト家は、イスファの中にある《ゴリアマ城》に居を構えていた。衛兵はざっと五十人は下(くだ)らない。他にも八千人の常備軍がいる。ロイスは、ドンバ王家に、トリスタンの親族はいないのか、と尋ねた。基本的なことだが、重要なことだった。トリスタンは父、グレオスに手紙を書くことにした。エゴルディア大陸の人間の居住する地域には、《ロンコイ逓信庁》という共通の手紙や小包みを運ぶための団体があるので、これを利用する。返事が返ってきたのは、二週間後であった。グレオスによると、イスファにあるデマストス騎士修道会の修道院に、グレオスとかつて仲の良かった修道士がいて、名をトルホンと言うらしい。仲がいい理由は、武器の受け渡しの際に、ちょっとした手違いがあったのがきっかけであった。グレオスは盾をサービスした。その当時、トルホンはカリオン王国にいたのだ。イスファにあるデマストス騎士修道会の修道院は、トラント河(かわ)の北東に位置していた。早速、訪ねてみると、一日目は留守だった。その三日後に、会うことができた。
「あなたが、トリスタンさんですね。トルホンです。デマストス騎士修道会へようこそ。オルロンの槍をお探しとのこと。何か役に立てますかな?」
「ドマルト家に接点を持ちたいのですが」
「ドンバ王家ですね。この修道院の何人かはよくゴリアマ城に通っています。同行すると良いでしょう」
「黒輪の誉れについて何か知っていますか?」
トルホンの顔がビクリと動いた。
「えっ、何ですと?」
「プネウマの宿屋の主人が、オルロンの槍と関係があると言っていましたので」
「名前は知っていますが」
「プネウマの宿屋の主人の父親は、オルロンの槍の在(あ)りかを知っており、黒輪の誉れの一員(メンバー)である母親に殺されたのです。黒輪の誉れは、ゴルムント教系の秘密結社で、オークとの関係が深いようです」
「よくご存知ですね。しかし、それをわたしが知って何になりましょう」
「とにかく少しでも手がかりが欲しくて」
「お話はこれくらいにしませんか。忙しいので。ゴリアマ城に一緒に行ってくれる修道士を教えますから」
「そうですか。ではお願いします」
トルホンは、黒輪の誉れについて、もっと知っていそうだった。怪しいな、というのが二人の胸中(きょうちゅう)であった。トリスタンとロイスとナディは、ひとまず修道院を後にした。ドマルト家との面会は、明後日ということになった。トルホンの様子から、黒輪の誉れが、思っていたよりも重要であることがわかってきた。ドマルト家の居城、ゴリアマ城は、山城で、要塞城である。堅固な守りは、ドマルト家を何度も外敵から守ってきた。城の中庭には、《ドラゴンの磐座(ばんざ)》という巨岩がある。この場所に城があるのも、この巨岩が元からある場所だったからだ。一説によると、この巨岩には、かつて、黒龍ドリスカルドが降り立ったという。
ゴリアマ城の入口に朝方ついたトリスタンたちは、少し待っていると、デマストス騎士修道士に出会った。トルホンから話は聞いているということだったので、城の中へ案内してもらうことになった。城は石造りで、ひんやりとしていた。衛兵が四人、門付近で直立していた。王との面会もできるかもしれなかった。城の中は、一見簡素なようであったが、天井付近には、ガーゴイルの彫像が置かれていたり、吊るされた灯火がいくつも揺れていた。大広間を抜けると、玉座があった。玉座には王が不在であった。王は家族と、居室に控えているという。宰相が一人立っていた。誰何(すいか)されたので、名乗ると、丁寧に挨拶(あいさつ)された。宰相は名前がホミルで、宮廷魔術師を兼ねているということだった。王は朝方は機嫌が良くないので注意するように言われた。オルロンの槍や黒輪の誉れについて尋ねてみると、王とその家族と話したほうがいいと言われた。玉座の裏側に回ると、観音開きの戸口があり、衛兵が二人立っていた。宰相の許可があったので、通り抜けることができた。その際、トリスタンとロイスは、手持ちの武器を衛兵に預けた。身体も簡単ではあるが注意して調べられた。戸口を抜けると、階段があった。階段を登ると、左右にいくつかの部屋があった。一番奥の戸口は、中庭に通じていた。トリスタンは、ドラゴンの磐座(ばんざ)を見てみたかったので、進んで行こうとすると、ロイスが引き留めた。王とその家族に先に会おうということだった。衛兵に聞くと、王は食事中だという。トリスタンとロイスとナディは、外来者のための控えの間に通された。室内は、明かり窓からの光で、ぼんやりとしていた。しばらくすると、家老とおぼしき人が、呼びに来た。王は玉座で話がしたいとのことだった。二人と一匹は、玉座の間に戻った。
「名前はなんというのかな?わが名はプレシオス」
「トリスタンと申します。旅の仲間のロイスと犬のナディです」
「オルロンの槍についてかな」
「そうです。黒輪の誉れについても教えてください。槍はオークが創ったというのは本当ですか?」
「左様、オルロンの槍は元々オークが鍛しもの。ベーメン教の祭具だった。かつて、オークとの戦いの折に戦利品として持ち帰ったのだ。黒輪の誉れについてだが、わしはよく知らん。ゴルムント教徒が、槍を奪ったという話も聞くが、はっきりしたことは分からん。黒輪の誉れの本拠地というのはない。しかし、ホビットの地域にゴルムント教の寺院が、最近、建てられたという。我が国でも注意しているのだが。ドンバ国内にも幾つか寺院がある。これくらいしか教えることはないが」
「そうですね。ありがとうございます。ゴルムント教徒と接触してみます。辞去しますが、最後に、ドラゴンの磐座をみることはかないませんでしょうか」
「よろしい。ゆっくりと見ていくが良いぞ」
ドンバ国王の印象であるが、王らしい重厚さを漂わせつつも、どこか心休まる愛嬌を備えている。口ひげをたくわえたその顔は、見た所、中年を過ぎ、老境へと入ろうとする五十代に見えた。右手の人差し指にエメラルドの指輪をはめていた。
ドラゴンの磐座は、かなり巨大であった。二十八メルテありそうであった。周囲は樹木で囲まれており、荘厳な雰囲気が漂っていた。確かに、黒龍ドリスカルドが降り立つにふさわしい岩であった。一行は、ゴリアマ城を出ると、昼食を食べた。鶏肉を串で刺して焼いたものと焼き飯であった。ナディも豚肉を食べた。二人と一匹は、イスファのゴルムント教の寺院、フリードラ寺院に行くことにした。雲が多くなってきており、太陽も少し陰っていた。フリードラ寺院は、イスファの町の中では南西に位置していた。少し遠いので、乗合い馬車で行くことにした。夕刻に近くなった頃に、寺院に到着した。寺院は、お椀をひっくりかえしたような形をしており、丸い窓がいくつもついていた。屋根の中に尖塔が立っており、その周りのに三本の槍が立っている。壁面は淡い茶色である。カリオンにもゴルムント教の寺院があったはずだが、トリスタンは訪れたことはなかった。フリードラ寺院の周囲に、オークの気配はなかった。オークの宗教が、なぜ人間の地域まだ広がってきているかということは一つの謎だった。おそらく、その教えが普遍性を持っているからというよりは、オークが支配地域を増やそうとしているのではないかということが考えられた。二人と一匹は、フリードラ寺院の門をくぐり、堂内に入った。
「ようこそ、何かお役に立てますかな?」初老の人間の男が声をかけてきた。
「ちょっと聞きたいことがありまして、教えていいただけますか?」
「どのようなことでしょう」
「オルロンの槍を探しているのですが、ドンバ王家からオルロンの槍を奪ったのはオークでしょうか?」
「たしかに、そのような話が信じられていますが、同時に、オルロンの槍がもともと、オークの手によって鍛造されたという事実も否定できないのです。オークは、その意味で、槍を奪還したとも言えましょう。詳しい話は、オークの長上からお聞きになりませんか?」
「オークが、この寺院に?よろしければ、会わせてください」
「わかりました。こちらへどうぞ」
案内の人間の男性は、手招きした。二人と一匹は、ついて行った。岩の祭壇の裏側に、地下へと続く階段があった。階段を降りると松明(たいまつ)の光が辺りを照らしていた。遠くから奇妙な声が聞こえた。男性の声と女性の声がする。案内人に聞くと、瞑想中であるという。見てよいかと尋ねると、よいということだったので、地下堂内に入ってみた。中央に、焚き火があり、その周りに人間が十人ずつ車座になって座っていた。その形が五個あった。堂の奥には、オークが一人座っており、左右に人間の男と女が、交互に、「アー」と声を出していた。トリスタンは今まで、オークをまじまじと見たことがなかった。そのオークが男なのか女なのか、分からなかった。黒い肌で、瞳は黄色く、髪は長く垂らされていた。全体に痩せてはいるが、筋肉質だった。案内の男がそっと声を掛けた。男は合掌して礼拝(らいはい)した。
「ヅラース・バティー、姉妹兄弟よ」
「ヅラース・バティー、兄弟姉妹よ」
オークも合掌礼拝した。
「人間で、オルロンの槍を求める者達が話があるそうです」
「なるほど、あなたがたが地下堂に入ってくる時に、既にわかっていました。さぁ、お話しください」
「失礼ですが、あなたは男ですか、女ですか」
「わたくしですか。女のオークです。名をバラリアというゴルムント僧官です」
「ありがとうございます。実は、お察しの通り、オルロンの槍を探しているのですが、ゴルムント教系の秘密結社である黒輪の誉れが重大な手掛かりであると推察しております。何かご存知ではないでしょうか?」
「黒輪の誉れですか。ふーむ、中々、良い所に着眼されましたな。では逆に問いましょう。オルロンの槍と黒輪の誉れは、どのような関係があるとお思いか、グラース、すなわち、人間の若者よ」
「とある宿屋の主人の父親が、オルロンの槍の所在を知っていたのですが、黒輪の誉れの一員であった母親に、殺されたのです」
「その宿屋の名前は?」
「プネウマの宿屋です」
「ほぉ、それは確かでしょうね。わたくしは、その名前までは存じませんが、そのような話は、他のオークより聞きました。その宿屋の主人は、オークを憎んでいましたかな?」
「そのようには、見えませんでした。ただ、ドラクメ金貨七枚を要求した後、今度は、ドラクメ金貨七枚を差し出してきました」
「ふむ、それでは、その主人も、ゴルムント教と関わりがあると見えますな。ドラクメ金貨七枚の意味がお分かりか?」
「わかりません」
「ドラクメ金貨七枚の目方は、オークの目方で、金一キカルです。ゴルムント教徒では、教友(サラート)となる前提で、金一キカルを差し出すか、受け取るかします。すなわち、その宿屋の主人もゴルムント教徒だということです」
「教友(サラート)とは?」
「教友とは、ゴルムント教徒になる最初の位階です。教友が、結縁(けちえん)灌頂(かんじょう)を受けると、正式にゴルムント教徒となります」
「なるほど、しかし、黒輪の誉れについて、もっと教えてもらえませんか?」
「ゴルムント僧官は、黒輪の誉れの一員にはなれません。黒輪の誉れは、秘密結社であり、わたくしも多くを知りません。ましては、ゴルムント教徒でない、あなたに、オークの秘密を教えるわけにはいきません」
「ゴルムント教徒になれば、もっと教えてもらえるのですか?」
「ゴルムント教徒になることは、オークとの親交を深めること、オークの習俗を始め、いろいろなことをお教えできるようになります」
「いっそのこと、ゴルムント教徒になっちゃいます?」ロイスが真顔で言った。
「ドラゴリス教はどうなるんだよ?」
「ゴルムント教は、ドラゴリス教と並存できますよ。それが、ゴルムント教が広がっている一つの理由です」バラリアが答えた。
「母さんに相談してからじゃないと、いけないな」トリスタンは、旅行用鞄(かばん)からウリドラ聖書を手で取り出した。
「ゴルムント教を辞めるにはどうすればいいのですかね?」ロイスが言った。
「棄教する前提で、入信するのはお勧めできません。ただ、どうしても、棄教する必要がある場合には、ゴルムント僧官に相談すればよいことになっています」
「郷里(くに)に手紙を書いたら、どうですか?」ロイスが提案した。
「そうだね。そうさせてもらうよ」
「他に何か、知りたいことはありますか?」
「ドンバ王家のドマルト家についてなら、教えてもらってもいいですよね?」
「ゴレンド戦争より一時、カリオンに負けていたドマルト家が、ドンバで覇権を握り続けることがだきたのは、オルロンの槍のおかげです」
「というと?」
「オルロンの槍は、それゆえに古来より争いの元になってきました。ドマルト家は、元々エゴルディア大陸の豪族の中でも有数の強さでしたが、オークの勢力に接近したドマルト家の三代前の長(おさ)が、オークから特別に譲り受けたのです」
「ドンバ国王プレシオスは、戦利品だったと言っていましたがね、オルロンの槍は」
「わたしか、ドンバ王か、どちらかが、嘘をついていることになりますね。しかしながら、誓っていいますが、オルロンの槍は、戦利品ではありません。正当に受け渡されたものです」
「証拠はありますか?」ロイスは怪訝(けげん)な表情を浮かべている。
「証拠ですね。オルロンの槍は、特別な呪力を持っており、ある呪言(マントラ)を唱えて安置する、すなわち大地に突き差すと、権威あるベーメン教の祭官が、別の特定の呪言(マントラ)を唱えてからでないと引き抜けないことになっています。すなわち、このたび、ドンバ王家から、槍が持ち出されたということは、ベーメン教の祭官がドンバにやって来ていた、ということになりましょう」
「こっそりやって来て、引き抜いたのでは?」ロイスは承服できない顔である。
「オルロンの槍が安置されていた場所を知っていますか?」バラリアは目をつぶっている。
「教えて下さい」
「ドラゴンの磐座の真下にある地下洞穴です」
「そんな話、聞いたことないぞ」ロイスは、激昂して言った。
「ドラゴンの磐座の下にある地下洞穴への入口は、ドマルト家しか知らない呪文でしか開けることのできない魔法錠(ウンシル)で閉ざされています。つまり、プレシオス王自らが、槍の国外への持ち出しに同意したことになるわけです」
「ということは、槍探しは、茶番だということになるじゃないか。そんな馬鹿な」
「この事実は、オークでは当たり前のことです。しかしながら、人間には、あまり知られていません」
「じゃあ、どうして、俺たちに教えたんですか?」トリスタンが尋ねた。
「あなたの持ち物に興味を持ちました。グラース、人間の若者よ」
「なんですか?」
「そのウリドラ聖書です」
「これですか?」トリスタンは、母から託された、紺色のウリドラ聖書を、右手で宙にかざした。
「そうです。それには、特殊な呪力がかかっているようです。あなたが袋から取り出してから、その力をわたしは感じています。ささやかながら、伝言があるようです。わたしには、静かな田園風景が見えます。しかし、それが何なのかはわかりません」
「意味がわかりません」
「そうでしょうね。明後日に、もう一度、ここを訪れてくれませんか?」
「なぜですか?」
「今は、ちょっと言えません。あなたが、ゴルムント教徒になるかどうかとは無関係です。どうですか?」
「ロイス、どうする?」
「少々どころか、だいぶ怪しいですが、面白くなってきましたね」ロイスは、眼光を光らせている。
「というと?」
「もちろん、答えは、はい、でしょう」
「わかった」
トリスタンとロイスとナディは、フリードラ寺院を後にした。宿屋への帰り途(みち)、トリスタンは、ゴルムント教に入るかどうか、ロイスと話し合った。結論は、もう少し待ってみるということになった。トリスタンは、母親のことを考えた。母、ジェシカが、何故(なぜ)、このウリドラ聖書を、トリスタンに託したのか。特に何も考えていなかった。母、ジェシカは、ごく普通のドラゴリス教の信仰を持っている。このウリドラ聖書には、ごく普通の、ドラゴンを型取った紋章が、表紙に付けられているだけである。ドラゴリス教のシンボルである。ジェシカは、今、どうしているだろうか。秋の収穫祭ルツアは、もう終わっただろう。トリスタンの脳裏(のうり)には、優しい母の微笑が浮かんだ。ジェシカは酒の醸造をする家庭に生まれた。家は裕福だった。ジェシカは、豊かさと贅沢(ぜいたく)を知っていた。ジェシカは、料理が上手く、ものの目利きもできた良妻である。グレオス、つまり、トリスタンの父親は、ジェシカに、とても感謝していた。グレオスの商売が、成功しているのも、ジェシカの協力のお陰とも言える。明後日まで、時間があった。
翌日は、武器商と防具商を見に行った。武器商は三件、防具商は二件まわった。珍らしい武器として、青銅と銀で出来た、魔法弓があった。価格は、ドラクメ金貨六百三十枚。普通に買えるものではなかったが、良い物と出会えた。雷電が付呪されており、射られた相手が感電するようなものである。雷帝ジークの強弓(ごうきゅう)という名である。防具で珍しいものだったのは、耐火付呪された鉄の鎧(よろい)であった。鋼鉄で覆われた部分とくさり帷(かたびら)の部分で出来ている。すなわち、肩と腕と胴が鋼鉄で、あとはくさりである。高熱地帯でも。体が熱くならない魔法の鎧、その名を、ヤマの鉄鎧である。価格は、ドラクメ金貨九百五十枚。他にも、薬草屋にも行った。傷薬であるオレンジ草の軟膏(サルベ)が、一個、デノリ銀貨十五枚。百デノリ銀貨が、一ドラクメ金貨である。十アッス銅貨が一デノリ銀貨である。解毒作用のあるツルクサブドウの飲み薬が、一個、デノリ銀貨二十五枚。それぞれ、五つずつ買った。おまけに、「ただ美味いだけの地ビール」を、トリスタンとロイス、各一本、デノリ銀貨二枚で買った。付呪を知っているなら、ゴルムの黄金のリンゴはどうか、と尋ねられたが、使い方が分からないので、要らないと言った。しかし、強く勧められたし、価格もドラクメ金貨一枚であったので、つい買ってしまったロイスであった。イスファに女友達の魔法使いがいるので、贈り物(プレゼント)にしようと思ったらしい。女友達は、先日、行ったコムト一あの近くにある住居街に住んでいたので、日が暮れる前に行くことになった。ビールを、もう一本、買って外へ出た。ロイスの女友達は名前をベアリスと言った。五十六歳であった。ベアリスは、作り置きのシチューを振る舞ってくれた。「ただ美味いだけ地ビール」と、とても相性が良かった。ゴルムの黄金のリンゴを渡すと、付呪には、オスの猿の頭蓋骨(されこうべ)が必要だ、という。どんな付呪なのか、と聞くと、解毒作用のある服をつくる場合に使うそうだった。オルロンの槍について、トリスタンが、ゴルムント僧官バラリアから聞いた話を、ベアリスにしようとすると、ロイスが目配せして、制止した。ロイスが代わりに、オークについて何か知らないか、噂でもいいから、と聞いた。ベアリスは、ベーメン教の秘密祭儀について、話があると応えた。オルロンの槍は、ベーメン教の秘密祭儀の道具である話は、プネウマの宿屋の主人から聞いていた。その秘密祭儀は、一体、何なのか。ベアリスによると、人間とオークの交配種であるウルクハイを馬の胎内に生じさせる儀式であるかもしれないという。それか、死者の復活か。これは嘘っぽい。古代、ウルクハイの軍団は地上最強と言われた。ウルクハイ一人で、人間十人の働きを戦闘でするという。ウリドラ聖書にも、凶暴戦士(ベルセルク)と互角の戦いをしたウルクハイについて記述がある。凶暴戦士(ベルセルク)は、戦闘の後、死ぬ。しかし、ウルクハイは死なない。従順な性質であるウルクハイは、その反面、知能が低い。知能を低くすることで、兵士として使いやすくしているのだそうである。ベアリスが説明した。いくつか文献を読んで、彼女は、今、研究しているのだという。ウルクハイは男のみである。オルロンの槍が、ドマルト家の所有になたことと、ウルクハイはどう繋(つな)がるのか。ロイスによれば、ドマルト家が、ドンバの実権を握ったのは、槍でウルクハイの軍団を作ったためはなかろうか、という仮説を立てることができるという。しかし、具体的に、どうやって槍でウルクハイを馬の膣(ちつ)に生じさせるのかは分からない。そして、再度、槍がオークに返されたことは、ウルクハイの生産と、どういう関連があるというのか。これらが今、ベアリスが研究していることだという。オルロンの槍を探す人員として登録しているのか、というロイスの問いには、そうだ、というベアリスの答えだった。ただ、実際には槍を探すためではなく、槍に関する情報を集めるためだという。ロイスは深く満足した表情であり、ベアリスに敬意を示すために、頭を下げ、礼を言った。
翌日、トリスタンとロイスとナディは、再び、フリードラ寺院に赴(おもむ)いた。雨が降っていた。イスファの街路樹から落ちた葉が道に溜(た)まっていた。冬の前ぶれを感じさせる日だった。地下ではなく、地上の御堂(みどう)で、ゴルムント僧官バラリアと面会した。バラリアの隣には、若い人間の女性が立っていた。
「ご紹介しましょう。千里眼の持ち主である、われらが友人、ルキアです。この前、見せていただいた、あなたのウリドラ聖書を出していただけませんか?」バラリアが言った。
「なぜですか?」トリスタンが返した。
「あなたのウリドラ聖書は、何らかの伝言を持っているようです。ルキアなら、何かわかるかもしれません」
「わかりました。どうぞ」トリスタンは、旅行用鞄(かばん)から、母ジェシカより託されたウリドラ聖書を取り出した。
「そのままで結構ですよ。ルキア、分かりますか?」
「わたしにも見えます。田舎の風景です。どこでしょうか」
「それが知りたいのです」
「おそらく、ホビットの村では、ないでしょうか」
「どうして、そう思うのですか?」
「ホビットの村の、穴蔵式の住居があるように思います」
「確かに存在する風景なのでしょうか?」バラリアが尋ねた。
「ホビットの村は、似たりよったりなので、場所を特定するには、住んでいるホビットに聞いてみるしかないと思います」
「トリスタンさん、ルキアを旅の仲間にしてはみませんか?」
「というと?」
「あなたがたが探そうとしているオルロンの槍のこと以上に、重大な使命が、あなたにあるようです。それは、わたしたちゴルムント教徒の未来とも関わっています」
「意味がよくわかりませんが」
「ルキアは、遠く離れた場所や、遠い未来を見ることができます。ルキアは、あなたがたがドラゴリス教においても重要な意味を持っていると予測しています」
「旅費はあるんですか?」ロイスは、わざと聞いたようだ。
「おいくら必要でしょう?」
「ざっとドラクメ金貨四百枚と言った所です」
「承知しました。持たせます」
ルキアは、色白で髪の黒い美しい娘だった。意志の強そうな目は、時折、伏し目がちであった。トリスタンは、恋をしてしまいそうだったが、同時に諦めていた。トリスタンにとって、女は、謎であり、心痛の種であった。遊郭ルイツァで抱いた女とは、また違った女であった。ロイスが隣で、仏頂面をしていた。
「トリスタンさん、どうします?」
「旅の仲間が増えるのは、いいことかもしれないけれど、旅の目的が変わるのは良くないかもしれないね」
「そう思います」
「黒輪の誉れについて、もっと教えてもらうのはどうだろう?」
「実は、わたしは、黒輪の誉れについて、多くを知りません。ルキアが、その都度、教えてくれるでしょう」
「その都度とは?」
「必要に応じて、ということです」
「槍探しが、ドンバ王家の茶番だとして、果たして、槍を探す意味があるんだろうか」
「オルロンの槍は、あなたがたが思っている以上に重要な役割を持っています」
「われわれが、次になすべきことは何でしょう?」ロイスが、わざと聞いた。
「ホビットの村に行くとよいでしょう」
「なぜ?」
「そのウリドラ聖書は、誘導書(ガイウス)の可能性が高いです。次の行先(いきさき)を決めてくれます」
「しかし、何のために、ホビットの村に?」
「サナウス庄という、ホビットの村があります。そこには、ゴルムント教の寺院があるので、そこを訪ねるとよいでしょう。予(あらかじ)め、わたくしから、手紙で通達しておきます。寺院の名前は何でしたかね、ルキア?」
「ボンペイ寺院です」
「ありがとう。それでは、頼みましたよ。くれぐれも言っておきますが、この件は、オルロンの槍と深い関係があるはず。損はさせませんから、是非、協力してください」
「キレイなお姉ちゃんゆえに、うさん臭い物を感じますがね、トリスタンさん」
「何とも言えないな」
「われわれの行動を密偵(スパイ)するつもりなのではないのですか?」
「疑われるののなら仕方がありませんね。ゴールと、報酬を決めましょう。その聖書が、誘導書(ガイウス)であるとして、どういう意味と使命を持っているかを明らかにして下さい。これがゴール。そして、報酬は、今、与えましょう。オークの地域への通行証です」バラリアは、微笑した。
「??」
「お二人、グラースよ、自分の胸を見て下さい。シャツを開けて」
トリスタンは、シャツのボタンを外し、胸を見た。胸には、「△」が浮き出ていた。ロイスは驚いて、自分の胸を見ると、同じように「△」があった。ルキアは笑っている。
「わたしにもありますが、今は、お見せしませんからね」
「ご心配は無用、印を見えなくする呪言(マントラ)を教えます。同じ呪言(マントラ)で、出すことも消すことも出来ます」
「なるほど」ロイスである。
「印に手を当てて、”テラウス”と唱えて下さい」バラリアが言った。
トリスタンとロイスは、胸の印に手を当て、「テラウス」と唱えた。印は痛みなく消えた。
「出したい時は、同じことをして下さい」
二人は指示に従った。「△」の印が出た。
「これは面白いね」トリスタンは驚いていた。
「何となく、これから面倒なことが始まりそうな予感がしますよ」とロイス。
バラリアから、ルキアは、ドラクメ金貨四百枚を受け取ったので、三人と一匹は、フリードラ寺院を辞去した。ルキアは、簡単に自己紹介をした。イスファ生まれのイスファ育ちの二十歳(はたち)であるという。白魔術と黒魔術の両方の基礎を学習しているという。武器は弓。バラリアが話していた通り、生まれつき、千里眼の才能があるという。長い黒髪を結い上げていた。身体つきは、どちらかというと、大きかった。目元涼しげな美人だった。ロイスは機嫌が悪かった。トリスタンは何となく気まずかった。ナディは元気よく吠えていた。三人は、ルキアの家に一緒に行くことになった。母親と二人暮らしだという。父親は五年前に他界。ルキアの家は、デマストス騎士修道会の修道院がある地区にあった。小雨がパラついていた。家に入ると、ルキアの母親が出迎えた。今から夕食を作るという。ルキアが旅に出るという旨を伝えると、母親は、少し涙ぐんだ。三人は、夕食の準備を手伝った。夕食の準備には、それほど時間がかからなかった。豚肉の塩焼きと、アスパラの酢漬け(ピクルス)、ご飯と、鰹だしのスープには、人参とサクラダイコンが入っており、米の酒が出た。客用のベッドは、ひとつしかなかったので、ロイスは床に寝た。ナディも床に寝た。
ドンバ王国の首都イスファの東門を出て、ホビットの国に向かったのは、その翌日の朝のことだった。
トリスタンとロイスとルキアとナディの一行は、ホビットの国へと向かったのだが、ここでホビットについて、記しておきたい。
ホビットは、ドワーフと同じくらいの背丈をしている。人間でいうと、十歳の子供くらいの背丈である。ドワーフが、ずんぐりした筋肉質なのに比べて、ホビットは、ひょろっとした体型である。たまに、ぽっちゃりしたホビットもいる。足には毛が生えており、靴を履く必要がない。動きが敏捷(びんしょう)で、物影に隠れるのが得意である。ホビットは、多くても五百人くらいの集団でしか暮らさない。村もしくは庄(しょう)である。中心となる町はない。街道の密集地店が、域内に五ヶ所あり、定期的に市(マーケット)が開かれる。近くで市が立った時は、ホビットは、不要品や余った農作物や売りたいものを持って市に赴く。市には、近隣のホビットたちが集まってくる。市は、七日日間開催される。ホビットは平和と農業を愛している温和な種族である。「戦争」というものを知らない。人間が戦争をする話を聞くと、決まって不思議そうな話をする。ホビットは喧嘩をすることがある。しかし、個人的な争いは、あっても、集団に分かれて争うことはない。ホビットは土の中に横穴を掘って暮らしている。家具は、木製の温かみのある物を好む。すべてが一目盛(スケール)、人間より小さい。ホビットの恋愛は、人間とさして変わりがない。時に、恋敵(こいがたき)となって争うこともある。ホビットの髪は、茶色か金色である。ホビットの魅力的な女性は、乳房が大きいとされる。ピンク色の頬(ほほ)が健康的で良いとされる。寿命は最長で二百年で、人間より長い。ドラゴリス教徒のホビットはいない。民間信仰として、ホビティアと呼ばれるものがある。アニミズム的宗教であるホビティアでは、竈(かまど)の神や、厠(かわや)の神、倉の神、井戸の神などの場所に関する神を始めとして、剣(つるぎ)の神、槍の神、弓の神、金槌(かなづち)の神、包丁の神、小刀(ナイフ)の神などの道具に関する神、出産の神や、料理の神、農業の神、釣りの神などの行為の神、春の神、夏の神、秋の神、冬の神などの季節の神といった具合に多種多様、森羅万象、全てに神を見る。ホビティアには、呪術師であるホルムスと呼ばれるホビットの職業以外、聖職者や宗教家はいない。ホルムスは、女性であり、人間のストリガに似て、薬草に詳しく、産婆をやり、呪術や占いをする。十年ほど前から、ゴルムント教が、ホビットの地域(くに)で、布教をしている。ゴルムント教の布教は、ゆっくりと、ホビットの信者を集めている。
トリスタンの一行は、ドンバ王国の首都イスファを出ると、駅馬車に乗った。駅馬車を乗り換えること四回、五日で、ホビットの地域に到達した。ホビットの地域には、通行証は必要ない。関所もない。一番近いホビットの村は、セラニア庄であった。一行は、少々疲れており、ちゃんとした宿屋に泊まろうと思っていた。駅馬車の昇降場(しょうこうば)から、歩いて五時間、ようやくセラニア庄に到着した。一行の疲労は頂点に達していた。転がり込むようにして、《バインズ荘》という宿屋に入って、すぐに、眠りについた。翌朝、目が覚めると、宿屋のおかみさんが、心配そうに、牛乳(ミルク)を持って、やってきた。三人と一匹は、感謝して牛乳を飲み干した。
「しかし、疲れたねぇ」とロイス。苦笑(にがわら)いをするトリスタンとルキア。ナディは、元気よく吠えた。朝食が出た。卵を溶(と)いて炒(いた)めたもの、くん製肉の切れ端、キャベツを茹(ゆ)でたもの、砂糖ミルクが出た。ルキア、何か話てくれよ、というのがロイスとトリスタンの考えであった。ルキアは、弓をもっとうまくなりたいと言った。刀(ブレード)が、一番したかったけれど、両親が反対してできなかった、という。魔法は、と聞くと、白魔術の回復魔法はコスパ、呪いを解くゲラス、単純消毒のポントができる。黒魔術は、相手の動きを鈍くするラーホイ、相手に弱い呪いをかけるグラヨン、相手の眠気を誘うホンラができるという。それだけできれば十分だ、とロイスが言った。あなたは?とルキアが聞くと、白魔術しかできないとロイスが答えた。てっきり黒魔術師と思った、とルキアは疑い深い目でロイスを見た。トリスタンは、槍と剣の使い手だが、山賊には、一度しか、遭(あ)わなかった、と言った。ルキアは、槍を教えて欲しいと、トリスタンに言った。いいよ、とトリスタンが応えた。一行は、この宿屋で、三日ほど休むことにした。バインズ荘のおかみさんと、手伝いの二人以外のホビットは、トリスタンたちに、よそよそしかった。ホビットは人間に対して警戒心が強い。ホビットは、人間よりも野生動物と親しくする。不思議と、野生動物は、ホビットを襲わない、ホビットは、手づかみで、川魚を漁(と)ることができるほどであるが、武術は特にしない。ロイスは、あえて、ホビットの友達をつくりたいと言った。ちょっとした自慢になるからだ。ロイスは宿屋で出会ったホビットに話しかけた。ホビットは打ち解けなかったが、トリスタンに興味を示した。トリスタンは以前から犬のナディと仲良くしていた、ホビットたちはウサギを連れて来た。トリスタンはウサギに興味を示し、仲良くなった。
「やっぱり、君はちがうね」ホビットの一人が言った。「君は、動物と話ができる。動物の気持ちがわかるね」
「あなたの名前は?」
「トリクだよ。僕らの長(おさ)に、君を会わせたい。君はホビティアを使う資格がある。つまり、ホビットと友達になれる」
「トリスタンさん、やったじゃないですか。ホビットと友達になると、ホビティアを使えるんですね」
トリクは、トリスタンだけを連れていくと言い張った。ロイスは、ぜひ自分たちも連れて行ってくれと言った。トリスタンは、ロイスと、ルキアと、ナディが旅の仲間であることを説明した。トリスタンが、ホビットの長(おさ)はどこに居(い)るのか尋ねると、サナウス庄だと言う。サナウス庄と言えば、ゴルムント僧官のバラリアが語っていたボンペイ寺院というゴルムント教寺院があるホビットの村であった。ロイスは、ちょうど良かったと言った。ホビットの長の名は何かと聞くと、トリクは、ケイレン・バキンズだと言った。サナウス庄までは、駅馬車で三日であった。サナウス庄に着いた。
「トリスタンともうされるか。ホビティアを使うことの出来る人間の若者が出てくると、風に聞いていました」ケイレンは言った。
「風に?」
「ホビティアは、風で未来を知ることができるのです」
「ここの風景は、誘導書(ガイウス)が見せる風景と似ています」とルキアが言った。
「ボンペイ寺院と言うのがあるんでしょう?」
「ある。最近、出来たのだよ。ゴルムント教の寺だ。そこの娘さんは、オークと何か関係があるんじゃないかね?」
「ゴルムント僧官の導きで、ここに来ましたルキアと申します」ルキアは頭を下げた。
「誘導書(ガイウス)は何を意味していたのだろう?」
「われわれは、オルロンの槍を求めて旅をしています。途中出会ったオークのゴルムント僧官から、わたしの主人であるトリスタンの持っているウリドラ聖書が誘導書(ガイウス)であると告げられ、導かれてここまで来ました。ここにはゴルムント教のボンペイ寺院もありますし旅の指針を求めています。何かお言葉をいただければ幸いなのですが」ロイスが言った。
「ホビティアを使うことのできる人間が稀有(けう)であることは確かだとして、何らかの役割でここに来ていることになる。わたしの知己(ちき)にホビティアの呪術師ホルムスがいるから、まず会ってくれ。今から呼ぶから」ケイレンは下働きのホビットに使いを頼んだ。二時間ほどして、使いは、一人のホルムスを連れて来た。
「ホルムスをやっているグノロです。よろしく」
「ホビティアを教えてくれるんですか?」
「ホビティアには三つの基礎があります。神々の名前と、儀式と、瞑想です。この基礎を知れば、後は応用で対応できます」
「習得には時間がかかりますか?」
「それはあなた次第です」
ホビティアの修行は二週間続いた。風の気持ちを知るという課題が最も難しかった。トリスタンは、風によって未来を知った。黒輪の誉れに接触するには、ドワーフに、《怒号の石》を見つけてもらわないといけないという。トリスタンは、ケイレンにドワーフについて聞くと、ボンペイ寺院に出入りしているドワーフがいるから会ってみるといいと告げられた。トリスタンたち一行は、ボンペイ寺院に行った。寺に出入りしているドワーフの名前は、ゴマイトであった。ゴマイトは、そんな石は知らないと言った。自分たちで、ドワーフの所に行って探すといいと言った。丁度、ドワーフのところへ行く予定のホビットがいたので、一緒に行くことになった。ホビットは三人いた。ドラクメ金貨を五十枚くれれば、馬車を専有できるということだ。トリスタンは、気前よく払った。馬車は幌馬車(ほろばしゃ)だった。ルキアは、ホビティアを習得したトリスタンを少し尊敬すると言った。心なしか、その時、顔を少し赤らめたようだった。
「あなたたちは夫婦じゃないの?」ホビットの女が尋ねた。
「ルキアと僕は旅の仲間だよ」
「わたしは、今度、結婚するの。結婚の準備と、主人になるこの人、トンスの仕事の関係で、ドワーフの所に行くんですよ」
「あなたの名前は?」
「わたしの名前はロマヌよ」
「ドワーフの所まで何日かかるかな?」
「一週間はかかるだろうね」トンスが言った。
「行くのは大変?」
「馬車で行くから、大丈夫だよ。山に向かうからね」
トリスタンたちは、その翌日、ドワーフの元へと出発した。
ドワーフについて記しておこう。ドワーフは、人間とよく似た性格をしているが、ただし、ドワーフは、ホビットと同じくらいの背丈で、ずんぐりしている。寿命もホビットと同じく二百年余りである。ひげは濃い。ドワーフは、古くから、鉱山地帯に住むのを常としている、石炭と鉄鉱石を主に採掘している。金と銀と銅の採掘もある。小柄な体は、狭い坑道に適している。ドワーフの宗教は、ユンマートである。ユンマートとは、「神の教え」と言う意味である。ユンマートは、イルヒーを唯一神とする宗教である。ユンマートは、男女の平等を説く。ドワーフは、女も鉱山で働くし、男でも子育てをする。ユンマートの聖典は、『ケルマー』であり、預言者、イブラスが、天啓を受けて記した書である。そして、第二聖典を『マナトース』と言い、イブラスの言行録である。これは、イブラスの近親者が記した書である。日に二回の礼拝(シャーイ)が、ユンマート信者(ユンシル)に課せられている。また、喜捨(コイマ)(寄付)も定めらており、収入の十分の一を喜捨することになっている。ユンマートは祭政一致の宗教であり、月に一回の喜捨が税金を兼ねる。ドワーフは、鉱石を、人間に売って、生業(なりわい)にしている。ユンマートの礼拝所をマンスルと言う。礼拝は、日の出と日の入りに行われる。『ケルマー』の詠唱が、マンスルに響く時が、ユンシルの大事な時なのである。ユンマートは純粋に、ドワーフのための宗教である。ユンマートの法律を、ハダージャと言う。ハダージャの実効力は、ユンシルの属するマンスルごとの共同体であるコンナスに依存する。ユンマートの首長が、ドワーフの首長である。ユンマートの首長を、導師ランスと呼ぶ。ランスは宗教そして政治の頭である。ユンマートには神秘主義学派(ヘクナー)というのがあり、ユンマートの真理への最短の道は、ヘクナーとも言われている。ヘクナーの徒のことを、ヘクセンと言う。ユンマートは完成度の高い宗教だが、理論面では、オークのベーメン教には優(まさ)りはしないだろう。
ドワーフは西方の山岳地帯に住んでいる。トリスタンの一行は、幌馬車に乗って、ドマン街道を西進した。途中、再び、ドンバを通り、約一週間で、ドワーフが住んでいる、ウンヘイ山岳地帯に到着した、ウンヘイ山岳地帯は、ドワーフ居住地の入口にあたる。ウンヘイ山岳地帯には、ドンバ王国へ、鉄鉱石と石炭を供給する市場(マーケット)がある。
「随分、にぎやかだね。鉄と石炭しか売っていないのかと思ったら、とんだ間違いだったね」これがトリスタンの感想だった。事実、そこは、ひとつの都市であった。ドワーフ、人間に限らずオークやホビットに至るまで、雑多な人々が、雑多に集合して出来上がった感のある街(集落)であった。市場(マーケット)の名は、最も偉大なるドワーフの立法者、シャイマンの名に因(ちな)んで、シャイマング市場と呼ばれている。シャイマング市場こそ、ドワーフの中心地にあたるのである。ルキアもロイスも、その壮大さに圧倒されていた。ホビット三人だけが、平然としていた。前に何度が来たことがあるという。
「ここの名物、シャイマングうどんを食べた方がいいよ」とホビットのトンスが言った。
「何だって?」ロイスが首をかしげた。
「シャイマングうどんを知らないなんてね」
トンスの妻となる予定のロマヌは、くすくす笑っている。
「早速(さっそく)、食べてみようじゃありませんか」ロイスは、トリスタンの肩をたたいた。ルキアも、ニッコリと笑っている。シャイマングうどんの店は、すぐに見つかったが、ロマヌが勧めた店に入った。《ダトニスうどん》という店だった。店はこじんまりしていたが、客で一杯だった。注文して、すぐにうどんが来た。「シャイマングうどん下さい」と注文するわけだが、何種類かあるうどんのうち、シャイマングうどんは、別格という扱いであった。魚の乾物で取ったダシ汁に、小麦で作ったうどんが入っており、たっぷりと脂(あぶら)ののった大き目の豚肉が入っていた。実に美味(うま)そうな匂いがした。トリスタンと、ロイスと、ルキアと、トンスと、ロマヌ、そして、名前は、ハギアと言うホビットは、旅の疲れも吹き飛ぶようであった。
「あっしが、初めてこのうどんを食べたのは、ガキの頃でした」ハギアが言った。「かかあと一緒にここで食べたんですぜ。随分(ずいぶん)、古い店なんです」ハギアはトンスの従僕である、「あら、そうだったの。気付かずに入ったけれど、この店、有名だからね」とロマヌ。
六人は、むしゃぶるように、うどんをたいらげた。ナディも豚肉の切れはしを食べた。もちろんロイスが買ったわけだが。
「君たち、これからどうするの?」トリスタンが、ホビット三人に聞いた。
「結婚の準備の品物を買ったら、帰ります」
「そうかい。《怒号の石》ってすぐに見付かるかな?」トリスタンが尋ねた。
「そんな石、聞いたこともないですよ」トンスが応えた。
「ホビティアって確かなんですか?」とロイス。
「風は、そう言っているんだ」
「ナディにでも、聞いてみたらどうです?」
「ホビティアって、結構、色んな事がわかるんだよ。僕も使ってみるよ」トンスは、じっと目を閉じて、風を感じようとしている。しばらく経(た)って、トンスが言った。
「トリスタン、あんた、好きな人と、両想いになるよ」トンスが言った。
「好きな人って誰?」トリスタンが聞いた。
「それは、わからない」
「トリスタンさんと、ルキアに決まっているじゃないか。よかったですね、ご主人様?」
「ルキア、あなたはどうなの?」ロマヌが言った。
「わたし?わたしは、よくわからない。ただトリスタンには、わたしより、もっといい相手がいるんじゃないのかと思うだけ」
「そんなこと言わなくてもいいじゃないか。素直に好きだって言えばいいんだよ」とロイス。
「無茶言うなよ、ロイス。僕のことは心配しなくていいから。僕は、恋愛だけは、うまくいかないって、わかっているんだ」
「あら、どうしてなの?」とロマヌ。
「昔からなんだ。好きな人とは一緒になれないんだ。どうしてかわからないけど」
「ルキアのこと好き?」
「ルキアは、とても綺麗だね。いい娘(こ)だ。だけど、僕には無理だと思うよ」
「そんなこと言わないで、風に聞いてごらんなさいよ」
「わかった。でもねって言いたいとこだけど、人から忠告されたら、素直に聞くように、この前、ルキアに言われたから」トリスタンは、目を閉じた。トリスタンは風を感じようとしている。頬(頬)に温かい微風を感じた。なんとはなしに暖かい風であった。トリスタンは、少し笑って黙っている。
「どうだった?」ロマヌが言った。
「僕は嬉しい」とだけトリスタンは言った。
「あんまり、追及しない方がよさそうだよ。そっとしときなよ」とトンス。
「うふふ、初心(うぶ)なのね」
一行は、うどん屋を出た。しかし、ホビットが道具を揃えるのに、ドンバ王国でなく、シャイマング市場を選んだのはなぜかというと、道具のサイズが、人間とホビットは違うし、ドワーフとホビットは同じだからという、単純な理由だった。ドラクメ金貨と、デノリ銀貨と、アッス銅貨は、シャイマング市場でも使うことができる。この金と銀と銅の貨幣は、エゴルディア大陸のどこででも使うことができる、エゴルディアの経済について、少し記しておこう。元来、通貨は、種族ごとに分かれていた。しかし、通貨統一の一番の原因は、ゴルムント教の伝播であった。ゴルムント教徒の活発な活動が、この通貨を一元化する原動力となった。ただし、かつての貨幣も、依然通用する。経済力が最も優れているのは、ドンバ王国である。鉄の生産は、どの種族にとっても重要である。そして、このシャイマング市場も例外ではない。エゴルディアでは、水上運送は、あまり発展していない。街道の整備が重要だったのであり、そこで主要な役割を果たしたのが、人間という種族である。人間が、オークやホビットやドワーフと比べて優位に立っているのは街道の整備を人間が行ってきたからに他ならない。
トンスとロマヌとハギア、彼らホビット三人は、調理器具を買いに行くという。よかったら一緒に行かないかとロマヌがトリスタンを誘った。《怒号の石》に関する情報がほとんどない今、トリスタンは、ホビットの提案に素直に従うことにした。調理器具は、北東のデンヌ地区で売っているという。一行は、徒歩でデンヌ地区に向かった。ルキアは少し嬉しそうだった。ルキアは、あまり幸福な生い立ちではないようだった。トリスタンが聞き出そうとしても黙って答えない。トリスタンは、ルキアの一見、冷たそうに見える素振りの奥に、何か暖かいもの、家庭生活への憧れが、見え隠れしているの見た。彼は、女性というものを知らないようで、知っていた。女は、自分の気持ちを、自分では決めない。好きな人から、あなたは嬉しいんだと言われれば、嬉しいし、あなたは悲しいいんだと言われれば、悲しい。特に泣いている女は、そうである。トリスタンはロマンチストだった。女は、皆、王子様を夢見ている。トリスタンは、王子としては割合良い方だ。少なくとも破天荒なロイスよりは。しかし、実際に恋愛をするのはロイスであり、奥手なのはトリスタンである。両者は興味深い双璧を成していた。ルキアは、美しい娘であったからこそ、トリスタンは辛かった。やがてくる別離の予感を彼は感じているのがトリスタンの内実だった。
調理器具選びに、ホビットたちはかなり時間をかけた。なかなか来れないからだという。鍋やらフライパンやら、色々なものを見ていたホビットたちだが、最も時間をかけたのは、包丁だった。包丁で一番良いものはドワーフの手によるものだ、と言われるくらい、ドワーフの包丁は有名である。トンスとロマヌは記念に、二人の名前を、包丁に彫り込んでもらった。トリスタンたちは《怒号の石》についての情報を集めていた。すると、ドワーフの鉱山の中心地であるカイサリア盆地に行くといいという話を聞いた。カイサリア盆地はシャイマング市場についで第二のドワーフの要所である。しかし、確とした情報は集まらなかった。ホビットたちは、カイサリア盆地には、一緒には行けないと言った。帰郷するのである。シャイマング市場にある《ペニーの宿屋》で二晩明かした後、ホビットたちは、馬車で帰って行った。トリスタンたち一行は、別離を惜しんだ。カイサリア盆地までは、徒歩で三日か馬車で一日だった。トリスタンたちは路銀の節約のために、徒歩で行くことにした。途中に宿屋もあるようだった。シャイマング市場では、「何でも屋」のドワーフが、一日あたりドラクメ金貨七枚で雇えた。名をヘシオスと言った。途中、山賊や夜盗に襲われることなく、カイサリア盆地に到着した。ヘシオスは哲学書を読むのが趣味だという。ユンマートだけではなく、ゴルムント教にも詳しいヘシオスは、皆を驚かせた。聞けば、ドワーフは案外、思索するのが好きなのだという。なぜ、「何でも屋」をしているのかと聞くと、人間やホビットとの出会いが面白いからだという。鉄器生産はドンバ王国のお家芸なのに、どうして、ドワーフの包丁が有名だと思う?との問いをヘシオスはした。皆わからなかった。鉄鉱石を鉄のインゴットにするのは、ドンバ王国で行われる。そのインゴットが逆戻りして、シャイマング市場で包丁や調理器具に変わる。どういう意味だと思う?ちヘシオスが言う。理由は簡単だという。ドワーフが使うものは、ドワーフが作るのがよいという哲学である。人間と、ドワーフ、ホビットではサイズが違うからだ。ヘシオスは大笑いした。意外とみんなわからないんだと言う。肝心の《怒号の石》については何も知らなかった。年寄りにでも聞いてみるといいんじゃないかと言うのがヘシオスの提案だった。裸で樽(たる)の中に入って暮らしている変人のドワーフがいるという。彼が最長老だという。早速(さっそく)、会ってみることになった。ロイスは苦笑いしていた。噂には聞いたことがあったという。ルキアは、ニッコリ笑っていた。知らないのはトリスタンだけだった。樽(たる)の住人は、名前を、キュクレという。かなりの変人なので、会ってくれるかどうか、とヘシオスは心配していた。カイサリア盆地には公衆の広場であるストラムがあるが、そこに住んでいるのがキュクレであった。トリスタンは自分がホビットと友達になれることを言えば会ってくれるのではないかと思った。一行は公衆広場ストラムに着いた。キュクレは、労せずして見つかった。
「キュクレよ、話をしてもらえますかな?人間が知りたいことがあるそうですが」とヘシオスが言った。
「トリスタンと申します。《怒号の石》というものを探しています。何かご存知ではありませんか?」
「ふーむ、その言葉を聞いたのは、何年ぶりになるであろうか。かなり昔のことじゃ」
「どのようなものですか?」
「ものではない」
「というと」
「わしのことじゃ。《怒号の石》は、このわしじゃ」
「どういうことでしょう?」
「おぬしら、オークとひともんちゃくあったじゃろ」
「ホビティアで知りました。《怒号の石》については」
「そうなる前じゃ」
「旅立つ時に母から渡されたウリドラ聖書が誘導書(ガイウス)だったんです。それを教えてくれたのが、ゴルムント僧官のバラリアという人物でした。その時以来、この娘、ルキアが旅の仲間になりました」
「旅の目的は?」
「オルロンの槍探しです」
「オルロンの槍か。オークゆかりの品じゃな」
「何かご存知ですか?」
「オルロンの槍が、どんな力を持っているか知っているか?」
「一説によると、ウルクハイを生産できると聞きました」
「そこまで、知っておるか。ならよかろう。わし、《怒号の石》が、ウルクハイ生産の秘技を知っている数少ない一人なんじゃよ。わしがいないと、槍があってもウルクハイの生産は無理じゃろて」
キュクレは、自らの生い立ちを話し始めた。キュクレは齢(よわい)百八十二歳であるという。カイサリア盆地からそれ程遠くない山奥の村で生まれた彼は利発であった。ドワーフであるキュクレは、幼少より鉱山労働をしていたが、同時に本を愛した。キュクレは、一生の間で、二つの大戦争を経験した。ひとつがドワーフとドンバ王国の戦争、もうひとつが、ゴート、カリオン、ドンバの三国大会戦、ゴレンド戦争である。ゴレンド戦争は、直接、関わったわけではないが、この時、ウルクハイ生産の秘技に接したという。ゴレンド戦争では、あまり知られてはいないが、少数のウルクハイが作られたのだという。百五十体のウルクハイである。これにより、ドンバ王国のドマルト家は滅亡をまぬがれたのだという。これが真相である。ウルクハイによる反撃で、カリオン、ゴートとの講和が成立し、戦争が終結したのである。ウルクハイ生産の秘技は、通例四人しか知らないという。オークのベーメン教の祭官と、ドワーフ一人と、ホビット一人と、人間一人である。そのホビットというのは他ならぬ、あのケイレン・バギンズであるという。ケイレンは、わざと真相を隠していたようだ。このように秘技を知る者が、種族ごとに分かれているのは、機密保持のためであるという。それで、どうしたらいいのか、ということであるが、トリスタンは答えに詰(つ)まった。考えられるのは、オークの存在感の大きさだった。ウルクハイを生産しようとしているオークの意図が見え隠れする。誘導書(ガイウス)の目的が明白になってきた。しかし、なぜ、オークは、ウルクハイを生産するのか。考えられるのは、戦争準備である。ドンバにあったオルロンの槍は、何らかの理由と方法でオークが持ち去った。それは強奪という形ではなく、合意の上で、ベーメン教の祭官が呪言(マントラ)を唱えて槍を引き抜いて持って行ったと思われる。ドラゴンの磐座の下にある、オルロンの槍が安置されていた地下洞穴への入り口は、ドマルト家特有の呪文で開ける魔法錠(ウンシル)で閉ざされていたわけだから、プレシオス王が同意しないと、持ち出しは不可能なのだ。ドンバ国王・プレシオスは、オークと結び、再び、ウルクハイを生産しようとしている。その過程(プロセス)の一翼をトリスタンたちが担っていることになる。何か途方もなく大きな流れが、トリスタンたちを呑(の)み込んでいる。プレシオスが主なのか、ベーメン教祭官が主なのか、ゴルムントが主なのか、判然としない。暗く大きな陰謀が見える。カリオン王国への、ドンバ王国による復讐だろうかともロイスは考えた。トリスタンもルキアもそれに近い考えだった。
「おい、ルキア、あんた、何か隠しているだろう?」とロイスがルキアに詰め寄った
「わかっています。わたしの使命なんです。今まで黙っていてご免なさい」
「正直に話してくれないかな?」トリスタンは気の毒そうに言った。
「今のわたしが言えることは、ドワーフのキュクレさん、ホビットのケイレンさん、人間のトリスタンさんを、もう一度、ゴルムント僧官バラリア様の所に連れて行かないといけないということです」
「隠していることが、他にもあるだろう、はっきり言え」
「それは…。難しいんです」
「言え!わたしの主人の重大事だ」
「トリスタン、あなたは良い人、だから、わたしが死にます」
「何だって?」
「候補者は何人かいます…。本当のことを言って、この使命を失敗させたら、わたしには死が待っています、でも、それもいいかもしれません」
「おぬしが、この若者を助けたいと思っているなら、本当のことを話したらどうだね。わしにはわかっておる。避けられないということが」キュクレが優しく諭(さと)すように
ルキアに言った。しばらく沈黙があたりを包んだ。
「わたしは、黒輪の誉れの一員(メンバー)です。ウルクハイの生産には、人間の生き血が必要です。童貞で善人の生き血が最も適しているのです。ホビティアを使えるトリスタンさんは、最も良い候補です。生き血を提供する量によっては、トリスタンさんは死んでしまいます。ここで、わたしが、真相を言ってしまったので、わたしは、バラリアに殺されるでしょう。それでいいんです」
「ルキア、ありがとう。でも、僕のために、死ぬ必要はないよ。なんとかしよう。死なないでいい生き血の提供もあるんだろうから」
「あなたは優しい人ですね。あなたの生き血で優秀なウルクハイができるでしょう。提供者が優しい人であると、ウルクハイも優秀になると言われています」
「ルキア、あんたが本当のことを言ってくれたおかげで、僕たちは、あんたを守る義務が出来たと思う。ちがいますかね、トリスタンさん」ロイスが言った。
「そうだ。僕らで、ルキア、きみを守るよ。それは、僕が君と恋仲になるためではなく、純粋に友情のためだよ。心配しなくていい」
「トリスタンさん、恋愛ってものが分かってきましたね。恋愛ができる人は、恋愛は必要ないと思っている人だから。わたしも嬉しいですよ」ロイスが言った。
「ところで、ルキアとやら、なぜドワーフとホビットとオークと人間の秘儀が必要なのか、わかっているのかね?」キュクレが言った。
「わたしが知っているのは、人間の若者の生き血が必要だということだけです」
「ウルクハイの生産には、男の人間の若者の血と、男のオークの若者の血が必要じゃ。オークの血は誰の血でもよいが、人間の血は、適切な血と適切でない血がある。ドワーフとホビットとオークの秘儀は、オルロンの槍の覚醒に必要なのだよ。覚醒した槍でなければ、ウルクハイは生産できない。先代から資格を受け継いだ、ドワーフとホビットと人間が、オークのベーメン教祭官と共に、祈祷し、各々の血液を微量採取し、混ぜ合わせ、それにオルロンの槍の刃先を浸(ひた)すと、槍は覚醒する、刃先が乾くまで覚醒は続く。人間とオークの血を混ぜ合わせたものにオルロンの槍の台尻を浸し、雌馬の膣に、オルロンの槍を台尻から突っ込む。すると馬は、ウルクハイを身ごもる。約十二ヶ月で、馬はウルクハイを出産する。というわけじゃ」キュクレは静かに目を閉じた。
「ルキア、ウルクハイの生産に必要な人間の血は、何人分なの?」トリスタンが言った。
「もうすでに血液の提供者が集められているみたいです。でも何人かはわかりません。十分な数、提供者が多ければ、もしくは、生産するウルクハイの数が少なければ、血液の提供者は死なずに済むでしょう」ルキアが言った。
「それが全貌だね。オルロンの槍の謎は、解けたわけだ。結局、黒輪の誉れは、オルロンの槍のための秘密結社だったのかい?」トリスタンが聞いた。
「男の人間の若者の血液を集めるための秘密結社といっていいと思います。黒輪の誉れの活動は、それを軸にして、複数ありますが、主に殺人です」ルキアが答えた。
「ルキア、これからどうするの?」トリスタンが再び尋ねた。
「オルロンの槍を覚醒させる秘儀に関わる人間は誰かわかるかい?」キュクレが口をはさんだ。
「ドンバ国王、プレシオスでは?」ロイスが言った。
「その通りじゃ。これでわかったであろう」
「戦争は、オークと結んだドンバ王国が、カリオン王国と、ゴート王国に対して起こすことになるのでしょうか?」とトリスタン。
「そうじゃろうな。ただ、何のための戦争なのかは、よくわからない」キュクレが答えた。
「死ななくていののなら、僕は血を提供しても構わないよ。ルキア、どう思う?」
「本当に助かります。そういう人は殺されずに済むんです」ルキアは泣き出した。
「わしからもお祝いさせてくれ」キュクレは、樽の中をまさぐると一声、「ほれ、オルロンの槍じゃ」一同はあっけにとられた。キュクレが取り出したのは、短剣ほどの大きさの祭具のようなものだった。
「わしがオークから預かっておったのじゃ。真相を話そう。オルロンの槍探しは、効率的に、血の提供者を集めるために仕組まれておったのじゃ。そして、実際にオルロンの槍を手に入れた志願者が、最も価値のある提供者、すなわち、おぬしのことじゃ。わかったかの?」キュクレは、にっこりと笑った。
ロイスは感心したように深く、うなずいた。
「これで謎が晴れたな。トリスタンさん、オルロンの槍探し、成功おめでとうございます。約束通り、イゾルデ姫は、トリスタンさんのものになるでしょう」
トリスタンの胸中は、複雑であった。トリスタンはルキアに心惹かれていた。
「もしよかったら、プレシオス王に、イゾルデ姫のことを辞退することにしようと思うんだけど」
「ルキアですか?原因は?」ロイスはが尋ねた。
「ルキアが僕のことをどう思っているかは、わからない。でも、この旅は、妻探しのためではなく、僕自身の成長のためにあったと思っている。ひとまず、プレシオス王に報告に行くことにしよう」
「ルキア、あなたはどう思っているのか?」
「わたしは、定めに従います。プレシオス王が決めてくれるでしょう」
「そうじゃない、君の気持ちだよ」ロイスがつめ寄った。
「わたしは、本当のことは言いません」
「どうして?」
「失うのが怖いから…」ルキアは下を向いた。
「女はこれだからいけない。ルキアはトリスタンさんに惚れていますよ。女とは自分勝手な生き物だから」ロイスは首をすくめた。ルキアは、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。
「めでたいな。こういうふうになるとは思わんかったわい」キュクレもにこにこしている。季節は、秋が終わり、冬になろうとしていた。
トリスタン、ロイス、ルキア、キュクレ、そして犬のナディは、ドンバ王国に戻った。「何でも屋」のドワーフのヘシオスとは別れた。キュクレは、ロンコイ逓信庁の郵便で、ホビットのケイレン・バギンズを、ドンバに呼び寄せていた。ルキアは、ゴルムント僧官バラリアに会わなければならないと言ったが、ロイスが許さなかった。一行は、イスファのゴルムント寺院、フリードラ寺院の前で待った。ほどなくして、ルキアはバラリアと一緒に姿を現した。バラリアはひどく落ち着いていた。これからゴリアマ城へ、プレシオス王に会いに行く所である。ケイレンは、すでにゴリアマ城に着いているようであった。
「とにかく、我が主、トリスタンさんに何かあったらわたしが承知しないからな」ロイスが念を押した。
「大丈夫です。トリスタンさんは、見事、試され、そして認められました。すなわち、ご自分の血を提供されることに同意いただいたわけですから」バラリアが言った。
「信用できない」
「トリスタンさんには、多大なる功績があります。トリスタンさんの決断は、他の血の提供者の命を救うことになりました。本来、ウルクハイ生産のための血の提供者は犠牲にされる予定でしたが、古くからの定めに従い、今回は、血の提供者全員が、生きたまま解放されます。しかし、ウルクハイの生産上限数が減少したので、ドンバ国王プレシオスが難をつける可能性があります。ゴルムント僧官であるわたくしとしては、このたびのドンバ王家との取引には満足しているということを告げさせていただきます」バラリアはゆっくりと目を閉じた。
プレシオス王の元には、すでに、ケイレンと、ベーメン教の祭官が到着していた。
「トリスタン、そしてその旅の仲間よ。このたびのこと、深く感謝する。あなたは、賢明にも自らの血を提供することを厭(いと)わなかった。よって、他の血の提供者も生きたまま解放することになった。察しておるかもしれないが、ウルクハイの生産は、戦争準備のためである。心して聞いてほしい。勝利を確実なものにするため、もうひとつ頼みがある。ゴート王国にある、ケイロンの角笛を持ってきてほしい。それから、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、カリオンの法王立図書館マンツィから取ってきてほしいのだ。娘のイゾルデ姫の辞退は相わかった。娘の代わりに、トリスタン、そなたに、ドンバ王国の貴族の称号を与えるものとする。どうかな?」
「戦争は、カリオン王国に対するものですか?お教えください、王よ」
「さよう、カリオン王国に対する戦じゃ。トリスタン、そちの故郷であるな、カリオン王国は。どうする?父上は、ゴレンド戦争で、ドンバについた。その功績も併せて認めたい。父上と相談してはどうかな?」プレシオス王はあごひげをひねった。
「父と相談するために、一度、カリオンに戻ってもよいでしょうか?」
「よいが、一つ提案がある。トルホンというデマストス騎士修道士を知っておるな。彼を頼り、一旦、デマストス騎士修道会の見習い修道士の身分になってもらいたい。というのは、カリオンに対して戦端を開くことは、極秘事項であるし、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、マンツィで手に入れるのにも好都合であるからだ。また、それに続いて、ゴート王国から、ケイロンの角笛を取ってくる時も、デマストス騎士修道会の身分は役に立つはずじゃ」
「わたくしは、結婚を志す者です。デマストス騎士修道会は、会士に童貞であることを求めます。ご意向には添いかねますが」
「あくまで見習い修道士じゃ。結婚を志す貴族の子弟として、見習い修道士になることは自然なこと。そちには、貴族の称号を授ける。これは正式な貴族の称号であり、正式なあなた方の家名ともなる。ホミルよ、トリスタンの貴族家名は、どうする?」ホミルは、宰相であり、宮廷魔術師でもある。
「ゴランザはどうでしょうか?」
「ゴランザか、その理由(わけ)は?」
「ゴランザとは、古代ドンバの豪族の名前です。カリオンからのドラゴリス法王座奪還の記念としてはいかがでしょう?」
「トリスタン、そちに言っておく。この戦争は、ドラゴリス法王座を巡るものなのだ。古来、ドラゴリス教は、ドンバ王国にて創始されたもの。あるべきものが本来の主(あるじ)の元へと戻るわけである」
「トリスタンさん、本気でデマストス騎士修道会の見習の修道士になるつもりですか?」
「父と相談してみないとわからないな」
「父上に相談する前に、デマストス騎士修道会に入ってもらう必要がある。すまんが、事態は切迫している。わかってくれ」
「わかりました。父とドンバは近い関係にあります。わたくしは、結婚を志す者でありますゆえ、あくまで見習い修道士としてしか活動しなくてよい条件でお引き受けしましょう。たしか、ケイロンの…」
「ケイロンの角笛と、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法じゃ。ケイロンの角笛とケイロンの鉄製首飾りの使用法は、すでに知っておるからよしとする」
「ルキア、これでお別れだね。ルキア、ロイス、これからどうするの?」
「そんなに簡単に女の子に別れを告げていいんですか?見た所、相思相愛のようですね」ロイスがうそぶいた。
「ルキアにもルキアの事情があると思って」
「プレシオス王よ、わたくし、ロイスと、ルキアを、トリスタンさんの従者として、側に置かせていただくこと、叶いませんでしょうか?」
「それは、我々が決めることでなく、おぬしらで決めること。口出しはすまい」
「ルキア、どうだい?トリスタンさんに付いて行かないか?」ロイスが尋ねた。
「わたくしは、バラリア様の言う通りにします」ルキアは打つ向いている。
「トリスタンさんが血を提供してくれること、プレシオス王の意向を汲むことを条件に許可しましょう」ゴルムント僧官バラリアが応えた。
「血の提供、ケイロンのことを承りました。ルキア、一緒に来てくれるかい?」
「喜んで」ルキアは少し寂しそうに微笑(ほほえ)んだ。
「よかったですね。何といっても、トリスタンさんの優しい心がけが、ルキアを動かしたんだと思いますよ」
トリスタンの血の提供は無事に終わった。数日間で他の血の提供者も無事解放された。プレシオス、キュクレ、ケイレン、ダラムという名のベーメン教祭官は、人間、ドワーフ、ホビット、オークの代表として、オルロンの槍を、その血液で覚醒させた。ウルクハイは三百体、製造予定である。すなわち、三百頭のメスの馬の膣に、ウルクハイの胚(はい)を生じさせたのである。出産は、十二ヶ月後の予定である。トリスタンは、デマストス騎士修道会士トルホンの導きで、見習い修道士トリスタン・ゴランザとして初誓願を立てた。トリスタン、ロイス、ルキア、犬のナディに加えて。トルホンが旅の仲間となった。一行は、カリオン王国の首府、レマヌスに帰郷した。だんだんと肌寒い季節になっていた。ロイスは、グレオスからドラクメ金貨三百五十枚を後金として受け取った。グレオスは、大変喜んだ。ジェシカもトリスタンの母として心から誇りに思うと言った。トリスタンの家は、ゴランザ家として、ドンバ王国に迎えられることになった。ゴランザ家は、これから荷物をまとめ、ドンバ王国に引っ越す予定である。何と言っても、花嫁ルキアに対する期待は大きかった。プレシオスは自分のことのように、トリスタンとルキアとの出会いを喜び、祝福した。
トリスタンは、ルキアに愛情を強制しなかった。それが何よりもルキアを喜ばせた。当のトリスタンとルキアは、お互いを友人として見ていたが、周囲の者は、婚約と見ていた。特にロイスはそうだった。トリスタンは、ロイスとルキアと犬のナディと一緒にレマヌスのデマストス騎士修道会の修道院に入った。その必要はないんじゃないかとロイスは言ったが、トルホンが、法王立図書館マンツィを利用するためには、どうしても必要な手続きだと言い張った。ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法を図書館で探すのは大変だった。まず本の題名がわからないし、重要な本として閉架書庫に収められていたのだ。トルホンは、持ち前の粘り強さで、何とか『ケイロンの秘儀』という本を見つけ出した。写本には五日間かかった。すべてトルホンが写した。鍛造本の詳しい解説は技術的な問題でもあるので、割愛(かつあい)させてもらうが、要するに、完成した首飾りを、ゴーミンの泉の水に浸(ひた)し、ケイロンの角笛の音を聞かせることで、完成するというものであった。出来あがったケイロンの鉄製首飾りを兵士に付け、ケイロンの角笛を吹くと、兵士の体力が増す仕組みであった。プレシオス王は、ケイロンの鉄製首飾りを、ウルクハイに装備させるつもりではないのかというのがトルホンの考えであった。ただでさえ強力なウルクハイが、さらに強くなるはずである。残るは、ゴート王国から、ケイロンの角笛を持ってくるだけである。デマストス騎士修道会がゴートから借り受けるという形で、持ち出してしまうという計画であった。ロイスは、そんなに簡単に持ち出せるだろうかと心配した。トルホンによれば、ゴート王国は、ケイロンの角笛の真価を知らないという。それどころか、そんなものが国内にあるということすら知らないのだという。トリスタンたち一行は、ゴート王国に向けて出発した。それと前後して、グレオスとジェシカとマリア、つまり、ゴランザ夫妻と、トリスタンの妹は、家財、商売道具の一切を、ドンバ王国に荷馬車二台を使って移送した。ゴランザ夫妻は、ドンバ王国の貴族として、正式に邸宅と土地を授与された。グレオスの希望により、グレオスは、ドンバ王国の御用武器商人となることになった。これが、《ゴランザ武器商》の興(おこ)りであった。後に、トリスタンが継ぎ、ゴランザ武器商は、ドンバ一の武器商となるのである。
トリスタンたち一行は、デマストス騎士修道会の専用馬車で、ゴイナマイト街道を東進した。車中泊五日でゴート王国の首都メンファに到着した。ゴート王国について記しておこう。ゴート王国の主産業は、牧畜と海外貿易である。ゴートには、海外貿易を推進するための海軍がある。ゴート海軍は、エゴルディアで唯一の海軍である。首府メンファは港町である。ロイスのような黒人は、他の大陸から、メンファを通じて、エゴルディアに入ってきたのである。ゴート王国には陸軍もあり、ロイスは、ゴート陸軍の正規兵だった。ゴートは、陸軍、海軍ともに最強と、エゴルディアで言われていた。ゴートの兵士は背が高く、屈強であった。ゴート海軍は、外洋上に、幾つかの基地を持っており、貿易船は、海岸に沿(そ)って南下し、他の大陸と交易していた。交易品は、ドンバからは鉄器、カリオンからは書籍、ゴート自体からは毛織物、海外からは、奴隷、絹織物、宝石、火薬といったものであった。ゴート国王は、名をゲルマーニという。ホルムス家が、ゴートでは最も強い家系(王家)であった。宗教はドラゴリス教であり、ゴルムント教の寺院も幾つかあった。ケイロンの角笛は、あっけなく貸し出された。デマストス騎士修道会の信頼の大きさを感じさせられる。ルキアが、もっとゴートを見てみたいと希望したので、貿易商を見て歩いた。ルキアは、ルビーの指輪をひとつ買った。ロイスは、ボウガンを買った。トリスタンは、エメラルドの指輪をひとつ買った。貿易商は、メンファの商館街にひしめいていた。その数ざっと三百。珍しい高級品が所せましと並んでいた。円形闘技場(コロシアム)もあった。コロシアムでは、剣奴の命懸けの戦いを見ることができた。人相手の格闘もあれば、クマやライオンやウシといった猛獣との格闘もあった。ロイスはコロシアムで、元気がなかった。ロイスは、コロシアムの剣奴と仲が良かったことがある。その親友は、コロシアムの試合で絶命したのである。ロイスは、ゴート陸軍の軍営に行かせてほしいとトリスタンに頼んだが、トルホンが制止した。ドンバ王国が起こすことになる戦争は、カリオン王国だけでなく、ゴート王国をも巻き込む大戦争になるはずだった。そのため、ゴート側に、いささかでも情報を与えてはならない、というのがトルホンの考えであった。トリスタンも兵士として今度の戦争に徴集されるのかという心配をルキアは示した。トルホンによれば、それはドンバ国王、プレシオスが決めることであるが、基本的には、ドンバ貴族は、戦争の際には士官として参加することになっていると答えた。ゴート王国での食事は、ドンバに劣らず豪勢であった。山海の珍味に加え、異国の香辛料が食事を色どり、一行は、たいへん贅沢な飲食を楽しんだ。トルホンは、メンファのデマストス騎士修道会の修道院から、ドンバのイスファ、カリオンのレマヌスに向けて、報告書を密使として、各修道院の院長に送った。
「しかし、一体、デマストス騎士修道会は、誰の味方なんだ?」ロイスの当然すぎる程の疑問であった。
「デマストス騎士修道会は、神であるドリスカルドにのみ仕える独立した機関である。先のゴレンド戦争も、今度の戦争も、ドリスカルドの意思によるものである。おわかりか?」トルホンが答えた。
「ゴルムント教とも関わっているようだけれど、この戦争は、エゴルディア全域を舞台とした戦争になるんですか?トルホンよ。答えてほしい」トリスタンが真面目な態度で尋ねた。
「それはまだ分からない。確かなのは、カリオン、ドンバ、ゴートが参加するだろうということだけだ。ゴルムント教は、ウルクハイの生産で重要な役割を果たしたが、それ以上ではない。ドンバのプレシオス王と、ゴルムント教徒の間に、どんな取引があったかはわからないが、恐らく、布教に関することではないだろうか」
トリスタン、ロイス、ルキア、ナディは、しばらく今後のことについて話し合った。ケイロンの角笛と、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法を記した『ケイロンの秘儀』を持って、プレシオス王の所に戻ることになった。トルホンは、デマストス騎士修道会士として、正式に、トリスタンを見習い修道士から、俗人に戻す儀式を執り行った。再び、一行は、デマストス騎士修道会の専用馬車で、ドンバ王国の首府、イスファに戻った。
イスファに到着したのは薄暮の刻であった。季節は桜咲く春。トリスタンのオルロンの槍探しが始まってから丁度一年が経とうとしていた。ドンバ王国首府イスファの街並にトリスタンは旅情を感じた。旅情というのは、「死」と関係のある感情であることをトリスタンは知っていた。ゆえに幼少期に人が旅情を感じることはない。
トリスタンとロイスとルキアとナディとトルホンは、デマストス騎士修道会の専用馬車で、ドンバ国王プレシオスの居城ゴリアマ城の城門をくぐった。ウルクハイ製造のために厩舎が拡張されていた。こやしのにおいが少しした。石畳(いしだたみ)に馬車の車輪と馬の蹄鉄(あしあと)が響いた。トリスタンたちが馬車から降りると、数名の衛兵が出迎えた。早速、プレシオス王が会いたがっているようだった。王座の間で、トリスタンたちはプレシオス王に謁見(えっけん)した。
「旅の首尾(しゅび)はいかがなものかな?」プレシオス王は顎(あご)ひげをひねった。
「ケイロンの角笛と『ケイロンの秘儀』を手に入れました。こちらです」トリスタンはトルホンから二品を受け取り、プレシオス王に渡した。
「大儀であった。ホミルをこれへ」ホミルはドンバ王家の宰相であり、宮廷魔術師である。ホミルは奥の間から現れ、プレシオス王としばらく相談していた。
「ケイロンの角笛と『ケイロンの秘儀』、たしかに受け取った。深く礼を申す、トリスタン」
「恐悦至極に存じます」トリスタンは頭を下げた。プレシオス王はホミルにケイロンの鉄製飾りの試作品を製造するように命令を出した。ホミルは『ケイロンの秘儀』を受け取って退出した。
「トリスタンとその仲間たち、ゴート王国はいかがであったかな?ルキアと申したか、確か」
「生まれて初めてゴート王国の首府メンファに参りましたので、とても貴重な思い出となりました。珍しい物産(ぶっさん)が色々とあり、またいつか行きたいと思いました」
「ロイス、貴殿(きでん)はどうであったか?」
「わたくしはかつてゴート陸軍に居(お)りましたので、ゴート陸軍の軍営に寄りたかったのですが、トルホンに制止されました。戦争準備のためです」
「それは残念であったな。ゴート陸軍には友人が居るのであろう? ドンバ兵としてゴート軍と戦うことは、ロイスの考えにはないのであろう?」
「わたくしは、トリスタンさんともうしばらく共に日を重ねたいと思っております。トリスタンさんがドンバ軍に参加するのであれば、わたくしのドンバ軍への従軍も検討しなければなりません」
「ロイス、ロイスは自分の道を進めばいいんだよ。ロイスは僕の従者というわけではないのだから」トリスタンが応えた。
「トリスタンさんが結婚するまでは、なんだか心配で。せめて彼女くらい出来ないと。オルロンの槍探しが思ったより早く終わったんで、懐(ふところ)具合もいいんですよ。わたしを一緒に置いていただけませんか?トリスタンさん」
「もちろんいいけれど、本当に大丈夫?」
「あと一年か二年かは路銀(ろぎん)がもつと思います。それでも間に合わなかったらゴランザ武器商の下働きでもさせてください」
「おカネの問題じゃなくて、ロイスの人生の問題だよ。僕のために、ロイスの大事な時間を使っていいのかな」
「わたしはトリスタンさんに『つき』を感じるんです。トリスタンさんはホビディアも使えるようになったし、オルロンの槍も手に入れました。わたしはトリスタンさんといると運気が上がる気がするんです」
「ありがとう。嬉しいよ。じゃあお願いします、ロイス」
「ルキア、きみはどうするんだ?」とロイス。
「わたしはゴルムント僧官バラリア様の意向に従います。トリスタンさんとはおそらく別れないといけないと思います」
「ルキア、きみはトリスタンさんと結婚するんじゃないのか?」ロイスが詰め寄る。
「トリスタンさんのことは好きですが、恐らく結婚は難しいのではないかと思うんです」
「ゴルムント僧官バラリアが許可したら?」
「そしたら結婚できます」
「じゃあ、今日というわけにはいかないが、そのうち一緒にフリードラ寺院のバラリアに会いに行くことはできるか?」とロイス。
「できます」
そこでプレシオス王が身を乗り出してきて言った。
「実はわたしの娘、イゾルデがトリスタンに会いたがっているんだ。トリスタン、イゾルデに会ってみないか?」
「会ってみてもいいですが…。ロイス、どう思う?」トリスタンが寂しく言った。
「ルキアはルキアの事情があるでしょうから、トリスタンさんがイゾルデ姫に会うのは間違いじゃないと思いますよ。トリスタンさんの相手はルキアだけではないですよ。トリスタンさんがルキアのことを好きなのは、わかりますが…」
「プレシオス王、わたくし、トリスタンは、好きになった女性と恋仲になれないという宿命を持っています。それでも、イゾルデ姫に会ってもいいでしょうか?」
「案ずるより産むが易し。トリスタン、まずはイゾルデに会ってみなさい」
「わかりました」
「旅から戻ったばかりで少々、疲れているであろうが、客間(ゲストルーム)で、しばらく休んだら、夕食を共にしよう。その宴席に、イゾルデを呼んでおくつもりだ。今晩はゴリアマ城に泊まっていきなさい。トルホン、話がある。残ってくれ」
衛兵二人が、トリスタン、ロイス、ルキア、ナディを先導した。一行は客間(ゲストルーム)へと連れていかれた。客間(ゲストルーム)には、タンス、クローゼット、ベッドなど簡単な家具が備えてあった。近くに温泉が出る浴場があるので、使ってよいと衛兵に言われた。浴場にはルキアが先に入り、後でトリスタンとロイスが入ることにした。
ルキアの胸中は複雑であった。血の提供者とは一緒になってはならないという暗黙のルールが黒輪の誉れにはあったのだ。しかし、ゴルムント僧官バラリアは黒輪の誉れの真相をルキアがトリスタンたちに語ったことに対してさしたる注意を払わなかった。死を覚悟していたルキアは意外だった。したがって、ひょっとするとトリスタンと付き合い、結婚してもいいと、バラリアから許可されるのではないかとルキアは静かに期待していた。ルキアはトリスタンのどこを好きになったのか。ホビディアを使えるようになったとか、オルロンの槍を手に入れたとかは、あまり重大ではなかった。当然すぎるかもしれないが、トリスタンの優しさにルキアあ惹(ひ)かれていた。恵まれない少女期を過ごしたルキアには、家庭での愛情を十分に受けて育ったトリスタンは、まぶしく映った。
ルキアが浴場から戻ってきて、トリスタンとロイスが共に浴場に出向いた。
「ロイス、ルキアって本当に僕のことを好きだと思う?」
「それは好きでしょう。本人もそう言っていることだし、でも、結婚となると別ですよ。どんなに好きでも結婚できないことはよくあります。トリスタンさんは恋愛と結婚を一緒に考えるから。確かに男と違って女は、恋愛をする時に同時に結婚のことを考えることが多いですけどね」
「ロイスは結婚したいと思ったことはないの?」
「うーん、あまり人には言わないのですが、トリスタンさんだから言いますけど、一度だけ本当に結婚を考えたことがあります。その相手の女の人は死にました」
「僕にそのことを言った理由は?」
「トリスタンさんが真面目(まじめ)に結婚を考えているからでしょうね」
「どうして人にあまり言わないの?」
「誤解されるからですよ、特に女の人には言わないようにしています」
「詳しくは聞かない方がいい?」
「ルキアがいないから話しますよ。風呂に入りながらでも」
浴場にはトリスタンとロイス以外は誰もいなかった。ロイスは湯船に浸(つ)かりながら、ゆっくりとトリスタンに話し始めた。ロイスが三十六歳の頃、つまり十年ほど前になるが、相手はパンクロイド(三王国合同の武術大会)の女子レスリングの選手だったという。出会いのきっかけは、酒場での軟派(なんぱ)だった。ドンバ人のその女が女子レスリングの選手と聞いて驚いた。たしかに体格は良いが、かなりの美人だった。ゴート陸軍の正規兵として働いていたロイスは休暇でドンバに来ていた。女は名をクオリアと言った。クオリアは、ロイスにとっては、いわゆる「ドンピシャ」であった。最初に声をかけた時からクオリアは特別だった。ロイスは今でもその胸の高まりを忘れていないという。少し話しただけで、二人は驚くほど気があった。女の常として、その時のクオリアは、あからさまに好意をロイスには見せなかったが。顔のつくりだけでなく、体つきも、クオリアは、ロイスにはグッとくるいい女であった。ロイスは心の中に「焦り」を感じた。そんな風になった相手は、ロイスはクオリアが最初で最後だった。とにかく最初の出会いはあっという間に終わった。一時間か二時間だったはずだが、ロイスにとっては十五分ぐらいに感じられたという。ロイスはゴート陸軍の軍営の住所とドンバ王国の宿屋の住所をクオリアに教えた。クオリアはロイスには自分の住所を教えなかった。しかし、ロイスは満足していた。いわゆる「脈」はあったのだ。今度のパンクロイドの女子レスリングの試合を見に行くとロイスはクオリアに約束した。試合の結果、クオリアは準優勝であった。二回目に二人が会ったのも同じ居酒屋だった。ロイスが居酒屋の主人に聞くと、クオリアが店に来るだいたいのパターンがわかったので、二人は造作なく再開した。ロイスは偶然、再開したように見せかけたが、クオリアは真相をすぐに見抜いた。今度は、クオリアはロイスに自分の住所を教えた。休暇中、ロイスは合計で五回くらいクオリアにあった。居酒屋だけでなく、劇場や軽食屋や料理店のこともあった。ゴート王国に戻ったロイスは、クオリアに手紙を書いた。ロンコイ逓信庁を介した文通は月に一度くらいの頻度で一年ほど続いた。その後、一度、クオリアはゴート王国首府メンファのゴート陸軍の軍営にロイスを訪ねたことがあった。そこまで話してロイスは深く溜め息をついた。ロイスはこの最後のクオリアとの出会いを深く後悔しているようだった。ロイスはゴート王国正規兵の友人から勧められた通り、メンファの高名な呪術師に、クオリアと一緒に会いに行った。二人は必ず結婚できるという秘技を受けた。その呪術師は男性で黒魔術師だった。その後、クオリアはドンバに戻ったが、三ヶ月後に死んだ。死因は自殺だった。クオリアの友人がロイスに手紙を寄こした。それ以来、ロイスは黒魔術を止めた。ロイスは結婚はしないことにした。そして、罪滅ぼしのため、四年に一度の三王国合同の武術大会パンクロイドの女子レスリングで賭けをして全財産を処分することにしていた。
「来年、パンクロイドがあるけど、やっぱり賭けをするの?トリスタンが尋ねた。
「この罪滅ぼしを、いつまで続けるかですが、体が丈夫なうちは続けたいですね」
「ロイスって純愛をしていたんだね。意外に思われることも多いんじゃない?」
「だから人にはこの話は普通はしないんですよ。クオリアは本当に良(い)い娘(こ)でした。忘れられないんです」
「トリスタンさんのご両親は、どうやって結婚したんですか?」
「お見合いだよ」
「そうですか」
風呂上がりのトリスタンとロイスは、客間(ゲストルーム)に戻った。
「お風呂、随分、長かったじゃない。何か話し込んでたの?」ルキアが尋ねた。
「男同士の野暮話(やぼばなし)だよ」ロイスが答えた。
「夕食、アメリ姫も来るらしいわよ」
「そうなんだ。ルキア、アメリ姫について何か知ってる?」とトリスタン。
「綺麗な人だけど、精神病で、時々しか話さないみたい。知能は正常みたいよ」とルキア。
「イゾルデ姫については?」とトリスタン。
「トリスタンの方がよく知っているんじゃない?」
「僕が知っているのは、イゾルデ姫が、男優(おとこまさ)りの美人だったっていうことだけだよ」
「とりあえず今はそれだけ知っていたら、十分だと思うよ」
「わかった」
夕食は、ゴリアマ城の食堂《グールマートの間》で行われた。夕食の参加者は、プレシオス王、カナルディア王妃、アメリ姫、イゾルデ姫、宰相ホミル、トリスタン、ロイス、ルキア、犬のナディ、デマストス騎士修道会士トルホンであった。料理は、オリーブオイルと酢と黒胡椒(くろこしょう)仕立てのキュウリとキャベツとトマトとカシューナッツとエリンギ(キノコ)のサラダと、カツオだしに味噌(みそ)を溶いた鯛(たい)の汁物、みりんと醤油で炒めた鶏肉の手羽先とニンジン、精米した白ご飯であった。ナディには鶏肉の胸肉が与えられた。箸(はし)で食べた料理は大変、美味であった。アメリ姫は始終、無表情であったが、ルキアと目が合うと、にっこりと笑った。アメリ姫が笑うのは珍しかった。カナルディア王妃は年齢は五十代くらいに見え、ブルーの夜会服(イブニングドレス)を着た美人だった。イゾルデ姫は、髪をポニーテールにしてシュシュでまとめていた。トリスタンは、イゾルデを見て、ドキッとした。イゾルデはトリスタンの好みのタイプだった。ルキアと結婚したいと考えていたトリスタンには大きな心の動揺だった。ルキアとイゾルデは、席が近かったので、親しく話していた。トリスタンはイゾルデと話をしたいと思っていたが、ホミルが話しかけてきて、タイミングを失っていた。ホミルは、トリスタンに、人を殺したことがあるか、と尋ねた。トリスタンは、ない、と答えた。ホミルは、強いるつもりはないが、トリスタンは武器商人となるわけだし、武の道を知るためには、人を殺すということも大事だと説いた。父、グレオスが人を殺したことがあるのを、トリスタンは知っていた。グレオスが殺したのは山賊だったのだが、エゴルディア大陸では、経験として、人を殺すということは、普通とまではいかないが、やや一般的なことであった。ホミルから、人を殺せるか、と聞かれたトリスタンは、母ジェシカは反対するかもしれないが、やろうと思えばできるはずだ、と答えた。その時、イゾルデがトリスタンに話しかけてきた。
「トリスタンさん、ルキアと結婚したいんですか?」
「できれば結婚したいけれど、無理なら仕方ないですね」
「ルキア、無理なの?」
「ゴルムンと僧官バラリア様次第だけど、多分、難しいと思います」
「オルロンの槍を持ち帰ったトリスタンさんには、わたし、イゾルデをもらう権利がありますよ。どうですか、トリスタンさん?」
「ルキアが無理だったら、考えさせて下さい」
「なかなか律儀(りちぎ)ですね、トリスタンさん」イゾルデ姫が言った。
「わたし、イゾルデは、見た目も性格も男っぽいけど、大丈夫ですか?」
「僕は、ボーイッシュな女の人は、もともと好きなんです」
「あんまり大した女じゃないけど、よろしくお願いしますね」イゾルデが微笑(ほほえ)んだ。
夕食が終わり、トリスタンたちは一泊して、ゴリアマ城から退出した、一行は、フリードら寺院のゴルムント僧官バラリアに会いに行ったが、トリスタンとルキアの結婚は無理だと言われた。トリスタンは覚悟はしていたが、やはり元気を失った。トルホンとルキアと別れたトリスタンとロイスは、トリスタンの両親の新しい家であるゴランザ邸に戻った。
「ルキアとキスぐらいできればよかったですね、トリスタンさん」ロイスが言った。
「ルキアはいい娘(こ)だったよ。思い出を作れただけでもよかった」
「一応、相思相愛でしたしね、トリスタンさんとルキアは。結婚は、やはり色々と条件があって難しいですね」
「ロイスはイゾルデのこと、どう思う?」
「イゾルデとは、ほとんど話ができなかったので、自信を持っては言えませんが、容姿からすると、なかなか気骨のありそうな女の人ですね。トリスタンさんはイゾルデのことをどう思っているんですか?」
「実は、見かけも性格も、ドンピシャなんだよ」
「それはよかったですね。オルロンの槍のこともあるし、おめでとうございます」
「なんとなくルキアに申し訳ないような気がしてね」
「そんなのは気にしなくていいですよ。ルキアはルキアで割り切っていると思いますよ」
「そうかな」
トリスタンはルキアとイゾルデのことを考えた。顔のつくりからするとルキアの方が美人かもしれない。しかし、イゾルデも顔と体つきの全体が性的なエロティシズムの感をトリスタンに与えていた。ルキアに対するトリスタンの愛情が人間的とすれば、イゾルデに対するトリスタンの愛情は動物的であった。動物的とは、意識的というより本能的という表現が合うであろう。黒輪の誉れに代表されるようなルキアの苦しい生い立ちと、ドンバ王家であるドマルト家の豊かな境遇であるイゾルデの恵まれた生い立ちは、対照的であった。トリスタンは、女に対する義侠心(ぎきょうしん)から、イゾルデよりルキアと結ばれたいという自身の心理的傾向に気づいていたが、ゴルムント僧官バラリアの意向には逆らえなかった。トリスタンは、イゾルデと接してからまだ間もないため、トリスタンとの恋愛や結婚は確とした形を持っていなかった。オルロンの槍の獲得者であるトリスタンの権利は、イゾルデとの結婚について一定の保証を与えていたが、トリスタンは、それでも安心できずにいた。
トリスタンが、ロイスと母ジェシカと父グレオスとともにドンバのゴランザ邸で過ごしてから一週間ほどが経ったある日、ドンバ王家のゴリアマ城から、ドンバ軍の百人隊長(センチュリオン)をしているというゴードンという男が訪ねてきた。ドンバ王家宰相ホミルの使いだという。用向きは、トリスタンによる殺人であった。ゴリアマ城での夕食会の折にホミルがトリスタンに、人を殺せるか、という問いに、トリスタンは、できる、と答えていたが、果たして、丁度、処刑が必要な罪人が出たという。トリスタンは、父グレオスと母ジェシカに相談した。グレオスは殺人に賛成したが、ジェシカは殺人に反対した。しかし、ゴードンの強い勧めで、トリスタンは生まれて初めて人を殺すことになった。明後日の夕方にゴリアマ城の裏門に来るように、ゴードンはトリスタンに告げた。処刑の道具であるが、オルロンの槍探しの際にグレオスがトリスタンに渡した銀製の短剣「ロッド」が選ばれた。グレオスに人を殺すのは恐(こわ)くないかと聞かれたトリスタンは、苦しめて殺すのは忍びないので、頸動脈を切って楽に死なせるつもりであると答えた。トリスタンらしいなとグレオスは溜(た)め息をついた。ジェシカはトリスタンに、処刑の際には、黒龍ドリスカルドに祈りを捧げるようにと約束してほしいと頼んだ。トリスタンはジェシカの母らしい気遣いに感謝して両手を合わせて合掌(がっしょう)した。ロイスは、その場に居合わせなかった。
後でその話を聞いたロイスは驚いた。人を殺す経験は武人には必要であるが、武器商人には必ずしも必要ないのではないかというのがロイスの考えであった。百人隊長ゴードンのことなら知っているとロイスは言った。ゴードンの年齢は七十歳近くらしい。ゴードンは信用できない男ではないらしい。ロイスはトリスタンの武術を高く評価していた。しかし、トリスタンには何となく自信が足りない所がある。それはもしかすると、人を殺したことがないためかもしれないとロイスは言った。ロイス自身には人殺しの経験はあるという。ゴート王国の正規軍兵士として勤務中、付近の山賊討伐作戦の際のことであるという。殺しをするかしないかはトリスタン次第であるが、殺しというのは、あまり気持ちの良いものではない、というのがロイスの考えであった。
百人隊長ゴードンとの約束の日の夕方、トリスタンとロイスはゴリアマ城の裏門へと向かった。裏門にはゴードンとホミルが待っていた。頭に麻の袋を被せられた囚人と思しき人物の姿もあった。
「覚悟はできましたかな、トリスタン?」宰相ホミルがトリスタンに訪ねた。
「できるだけ酷にならず、短時間で済ませようと思うのですが、よろしいですか?」
「殺し方はお任せする。納得のいく殺しをしてください」ホミルが答えた。
「こちらへ」ゴードンが、階段下の刑場へと案内した。囚人はゴードンに突き動かされて、ひざまずいた。「どうぞ、トリスタン」ゴードンが言った。トリスタンは銀製の短剣「ロッド」を取り出した。トリスタンは囚人の頭に被せられた麻袋を動かし、囚人の首をむき出しにした。首の感じからして、囚人は女性のようだった。トリスタンが一応「囚人は女ですか?」と聞くと、ホミルは「そうです」と答えた。トリスタンは囚人の頸動脈を手で探り当て、短剣「ロッド」の剣先を突き刺した。血液がどっとほとばしり、囚人はしばらくして事切れた。ホミルが囚人の顔を見せたいといい、囚人の頭に被せられた麻の袋を取りのけた。囚人の顔はトリスタンの見覚えのあるものだった。なんと死刑囚はイゾルデだった。
「この人はイゾルデですよね?」トリスタンがホミルに訪ねた。ロイスも仰天している。
「さよう。この女はエルフでした。イゾルデは死なないといけなかったのです。ゴレンド戦争の原因です。あなたは立派なことをしました。イゾルデ自身もあなたトリスタンに殺されることを希望していました。ドンバ王国としては正式に貴君に感謝します」
「ロイス、僕は自分の宿命の重さを感じるよ。僕は絶対に手に入らないものを求め続ける愚か者だと思う。僕は自分の宿命を変えることができないのだろうか」
ゴリアマ城の刑場から、どうやってゴランザ邸に戻ったのか、トリスタンは、ほとんど憶(おぼ)えていなかかった。ロイスに始終、支えられていたことは確かだった。帰ってから三日間は、トリスタンは、スープ類と飲み物の他は受けつけなかった。グレオス、ジェシカ、マリア、ロイスは、極力、外出を控(ひか)えていたが、イゾルデの死の知らせは、ドンバ王国首府イスファでは、次第(しだい)に有名になってきていた。ドンバ王国政庁としての正式な声明は、まだであったが、イゾルデがエルフであったことは、盛(さか)んに宣伝されていたようであった。グレオスとジェシカは、トリスタンに負の評判が立たないように、ドンバ王室に請願しようと相談していた。しかし、誰よりもトリスタンのことを深く理解し、心配していたのは、ロイスではなかっただろうか。自身が最愛の人、クオリアと死別していたロイスは、トリスタンの無念さ、悔(くや)しさが、充分すぎるほど理解されていた。ようやく起き上がって部屋の中を歩き回れるようになったトリスタンに、ロイスは話しかけた。
「昔から恋愛結婚は難しいと相場が決まっていますが、トリスタンさんの場合は、さらに一段と状況が厳しいですね。トリスタンさん、イゾルデのことは、どのくらい好きでしたか?」
「見た目も性格も理想通り、と言った感じだろうか。少し大袈裟(おおげさ)かもしれないけれど、イゾルデが運命の人だったかもしれないと言えると思う」
「そこまで真剣に考えられているなら、言わなければならないことがあります。わたし自身の問題でもあったのですが、わたし、ロイスは、最愛の人であるクオリアを失った身です。トリスタンさん、《グレイビアード》という言葉を聞いたことはありますか?」
「グレイビアード?よく知らない」
「多分、書物などには記されていないのだからでしょうね。トリスタンさんは読書家だから。オークの居住地方にあるアトス山という山に住んでいる隠者集団がグレイビアードです。一説によると、グレイビアードは、龍語を研究しているそうです。グレイビアードは、人間、ホビット、ドワーフ、オークの区別なく誰でもなることができます。誰でもと言っても、入団には条件があります。条件とは、結婚を考えた相思相愛の恋人と死別している男性です。トリスタンさんは、その条件に当てはまります。グレイビアードは、死に別れた恋人と霊界を介して交信し、会話することができます。グレイビアードには寿命がなく、千年以上、生きている者もいるそうです。グレイビアードが何を目的にした団体なのかは定かではありませんが、恋愛結婚を考えた女と死別した男が、心のよすがを求めて入団する隠者集団であることは確かです。トリスタンさん、グレイビアードに興味を持ちましたか?」
「僕は、自分が、恋愛や結婚ができないようになっているのにもかかわらず、恋愛や結婚を最も望んでいるという、二律背反の宿命になっているんだと、ようやく理解し始めたんだ。だから、死んだ恋人と話ができるというグレイビアードの生き方にはとても興味があるよ」
「わたし、ロイスも最愛の人、クオリアと死別しました。その際、友人からグレイビアードの話を聞きました。クオリアと話ができる、ということには魅力を感じましたが、一度、入団すると、退団は許されないということで、一生、隠者、そして、永遠の命ということには耐えられませんでした。わたしは死後の世界を信じているので、自分が死んだ後、クオリアと一緒になれるのではないかと思っており、現世での永遠の命には、あまり重きを置いていません。トリスタンさんは、それでもグレイビアードになりたいですか?」
「僕は、死後の世界でも、恋愛や結婚ができなくなっているのではないかと疑っている。かといって好きでもない人と恋愛や結婚をすることはできないんだ。グレイビアードになるための方法を教えてくれないかな?」
「わたしも実は詳(くわ)しくは知らないんです。オークの居住地方に行って、調べてみましょう。『テラウス』で胸に出せる『△』のオークの通行証があれば、安全にオーク地方に行けるはずです。ゴルムント僧官バラリアからもらいましたよね。今、『テラウス』って言ってみましょうか」
トリスタンとロイスは、「テラウス」と唱えた。トリスタンとロイスの胸には「△」の印が浮き出てきた。二人は、胸の印に手を当て、もう一度「テラウス」と唱えて、「△」の印を胸から消した。
「この『テラウス』で出せる通行証のことは、わたしは知らなかったんです。オークは、地下都市を作って住んでいるんですが、この通行証があれば、地下都市へも入れるかもしれません。普通は、オーク地方では、地上施設しかオーク以外の人は行けないのです。トリスタンさん、お父さんとお母さんを説得して、もう一度、わたしと一緒に旅に出ますか?グレイビアードになると、アトス山から二度と出れませんし、わたしとも会えなくなりますが、いいですか?」
「父と母に孝行したい気持ちはあるけれど、好きな女の人への渇望には、もう耐えられない。何とか、父と母を説得してみるよ」
「わかりました。トリスタンさん、自分の宿命を乗り越えられるといいですね。わたしもクオリアを失った身ですし、トリスタンさんの人生の問題が解ける日を、心から願いますよ」
トリスタンとロイスは、事情をグレオスとジェシカに説明した。グレオスはトリスタンに同情的であったが、ジェシカは目に涙を浮かべて反対した。トリスタンは、どんなに努力しても好きな人と恋愛できない自身の宿命をジェシカに説得し、理解を求めた。恋愛や結婚だけが人生ではないとジェシカはトリスタンに訴えたが、トリスタンの真の絶望には心を動かされたようだった。ジェシカは、祈りを捧(ささ)げる時間が欲しいと言って、自室に退出した。数十分経ってから、ジェシカはトリスタンの所に戻ってきて、寂しく微笑(ほほえ)んだ。
「トリスタン、あなたの信じる道を行きなさい。良い母でなくて、ごめんなさいね」とジェシカ。
「お母さん、僕の方こそ親不孝で、ごめんなさい。いつの日か、再会する日が来ると信じています。そして、お父さん、今まで世話になりました。ロイスと出会わせてくれたこと、心から感謝します。ありがとうございました」
グレオスは、ロイスにドラクメ金貨百枚を渡すと言い張ったが、ロイスは丁重に断った。代わりにトリスタンがドラクメ金貨五十枚をグレオスから受け取った。トリスタンは、かえってつらくなるので、送別の会などはしないで欲しいとジェシカに言った。その日から五日間は、トリスタンは、両親と生前に会うことは難しくなると考え、自分自身の持ち物の整理に徹した。トリスタンは整理整頓が得意であったので、ゴミ類は最小限であった。家族との思い出の品で、旅に持っていく物の選定に時間がかかった。グレイビアードが、どういう団体なのか、はっきりしなかったが、旅用の荷物入れには、沢山の物を入れることはしなかった。ジェシカのくれたウリドラ聖書とグレオスのくれた短剣ロッドは持っていくことにした。学校でもらった卒業を示すバッジも持っていく。ジョーやロンといった友達がくれた手紙も何枚か選んでみた。物品の整理をしていると、いくつもの思い出が思い起こされた。つらい思い出より、嬉しい思い出の方が多かった。しかし、なぜ恋愛だけがうまく行かないのか、それがトリスタンには最大の謎だった。トリスタンの家族はゴランザと名乗る前はサイコスであった。サイコス、いやゴランザ一家は、仲が良かった。ルキアと比べても、ゴランザ家は格別に温(あたた)かった。それゆえに、両親と別れるというトリスタンの決断は、苦渋の選択であった。
トリスタンの友人や知人は主にカリオン王国に残してきたので、別れを告げるのは、グレオスとジェシカとマリアだけであった。もうすぐ夏になるのではないかという春の日の昼、トリスタンとロイスと犬のナディは、オーク地帯に向けて旅立った。
「オルロンの槍探しをした時もそうでしたが、特に前準備なしに旅立つのがわたしたちのスタイルになりましたね。どう思います?」とロイス。
「グレイビアードの情報がほとんどない今、むしろ自然な旅立ちじゃないかな」とトリスタン。
「グレイビアードって、死後の世界の彼女と交信して性感マッサージをするらしいですよ。性欲の処理には困らないみたいです、グレイビアードは。少しは安心しましたか?」
「見えない彼女と交信するのは、どんな気分なんだろうね。死んだイゾルデと話が出来るだけで僕は嬉しいよ。心の安らぎが欲しい」
「イゾルデのどんな所を好きになったんですか?」
「顔の感じもそうなんだけど、ちょっと意地悪で気の強そうな所がドンピシャなんだよ。体つきもガッチリしていて、圧倒されそうな所がエロいんだよ」
「ルキアにはそいう感じはなかったんですか?」
「ルキアも美人で背か高くて好みだったけど、イゾルデの男勝(おとこまさ)りのキツい感じが僕の性的妄想と強く結びついているんだ」
「性的な願望ですかね?トリスタンさんの」
「そうだね、強くて美しい女性にコテンパンにやられるという願望があるね、僕には」
「それって女性の願望でもあるんじゃないですか?」
「女性全員ではないけれど、女は自分の好きな時に性行為をしてくれる男が好きですよ。普通、SEXって男の都合じゃないですか?女が求めている時に男と性行為をするスタイルが、トリスタンさんの願望では?」
「女が性的に興奮しているのが好きだってことだったら当たってるね。なんか笑えるでしょ。あと、女が男のペニスをくわえて、眼球が上転している様子が好きだよ。これも笑えるね」
「なるほど、これだけ女性から好かれる要素がありながら、恋人が出来ないのは、ますます不思議ですね。考えられるのは、何らかの呪いがあるのでは?と思います」
「呪いについては考えたことがあるよ。ひょっとして、父グレオスと母ジェシカによるものではないかと…」
「やっぱり…。わたしもそう思ったんですが、あえて黙ってました」
「もし、それが当たっていても、僕は両親を恨(うら)もうとは思わない。両親に愛されて育ったし、その代償かもしれないと思うんだ。何もかもが備(そな)わっているというわけには行かないと思うよ。僕は両親に感謝している」
「トリスタンさんのご両親が、トリスタンさんの恋愛に呪いをかけているとしたら、トリスタンさんは何もしないのですか?」
「はっきりしたことは、分からないけれど、両親が呪いをかかていることを突き止められたら、真相を確認して、両親と話し合いたいと思っていた。でも、グレイビアードに入ってアトス山にこもることになったら、それも無理だね」
「グレイビアードに入る前に真相を明らかにしたいですね」
トリスタンとロイスと犬のナディは、オーク地帯への駅馬車があるドンバ王国のグリスタという街に向かう。ドンバ首府イスファからグリスタへは、徒歩で五日かかった。三日、野宿し、二日、宿屋に泊まった。グリスタはオーク地帯と交流があるため、人間に混じってオークも居住していた。オークは、日光が苦手なため、日中は、建物の中にいるのが普通である。トリスタンとロイスは、夜にグリスタに着いたので、オークの姿を街で見かけることが多かった。
「トリスタンさん、オークの友達って作ろうと思ったことがないですか?」
「ホビットとは友達になれたけど、オークとは、どうかな?」
「まず、ホビットと友達になれたというのがトリスタンさんのすごい所ですね。オークの友達もできるんじゃないですか?」
「アトス山って、だいたいどこにあるんだっけ?」
「オーク地帯の首府であるゲヘナの近くです」
「グリスタから直接、ゲヘナに行けるのかな?」
「駅馬車の乗り場まで行って、確かめてみましょう。まだ、やってるかな?」
トリスタンとロイスは道行く人に尋ねながら、オーク地帯への駅馬車の乗り場まで、たどり着いた。駅馬車は、その日の出発は終了していた。駅馬車の駅員に聞くと、グリスタからゲヘナへの直行便は、日に一回だけ、出ているということが、わかった。出発時間は正午ごろらしい。トリスタンとロイスと犬のナディは、宿屋に泊まった。グリスタからゲヘナまで、駅馬車で三日かかるらしく、宿屋で、必要な食糧と水を買い込んだ。翌日の正午頃、一行はゲヘナ行きの駅馬車に乗り込んだ。オーク地帯への通行証は必要ないのかと、ロイスが駅馬車の馭者(ぎょしゃ)に聞くと、特に要(い)らないという。「テラウス」で胸に出せる「△」のオークの通行証について、トリスタンが馭者(ぎょしゃ)に話そうとすると、ロイスが制止した。「△」の通行証は表立っての物ではなさそうだった。ロイスは、御者に、ゲヘナの地下都市について聞いてみた。すると、馭者は、自分は、ゲヘナの地下都市のことは知ってるだけで、入ったことはないと答え、またゴルムント教徒なら地下都市に入れると続けて答えた。トリスタンがゲヘナ以外にもオークの地下都市はあるのかと聞くと、馭者は、オークは日光が苦手なため、通常、地下に居住空間を造るので、その規模の大きなものを、「地下都市」と、ひとまず、呼んでいるだけだと答えた。駅馬車には、トリスタンとロイスと犬のナディの他、人間の男が三人と、オークの女が二人いた。駅馬車は、クラスト川沿いに南下して行き、途中、馬を休ませつつ、予定通り、三日後にゲヘナに到着した。到着は夕方であった。ロイスはオークの二人の女に、到着したら話したいことがあると事前に言っていた。ロイスは馭者や人間の客から離れた所に二人を招いた。そして、ロイスはトリスタンと一緒に、「テラウス」と唱え、「△」の印が胸に出るのをオークの二人の女に見せた。オークの女二人は驚いた様子であった。オークの女二人は、ロイスとトリスタンに、ゴルムント教徒なのか、と尋ねた。トリスタンはロイスに返答をゆだねた。ロイスは、自分達はゴルムント教徒ではないが、オルロンの槍探しの勝利者であり、その過程で、ゴルムント僧官バラリアから、このオークの通行証をもらったと説明した。二人の女のオークによると、この通行証を持つことができる人間は、オークにとって重要な者に限られるということだった。何のためにゲヘナに来たのかというオークの問いに、ロイスは、トリスタンが、アトス山のグレイビアードの生活に関心があり、入団を検討していることを話した。オルロンの槍探しの勝利者は、イゾルデ姫を手に入れたはずだがとのオークの問いに、トリスタンは、ドンバ王国宰相ホミルの策謀により、トリスタン自身の手で、イゾルデ姫を死に追いやった、と話した。二人のオークは、仰天した様子であった。トリスタンがアトス山に登るのは自由であるが、オークの首府ゲヘナで、前準備をするのが賢明であるだろうとオークは答えた。ゲヘナのオークの地下都市に入ることはできるのか、というロイスの問いに、二人のオークは、もちろん、と答えた。地上のオークの建物は、大抵、地下につながっているので、建物の主に胸の「△」を見せて頼めば。地下に行くことができるだろう、ということだった。
「地下都市にあるオークの居酒屋に行って、アトス山の情報を集めてみましょうか?」ロイスがトリスタンに尋ねた。
「そうだね、どういう前準備をするかすらわかってないからね」とトリスタン。
トリスタンとロイスと犬のナディは、ゲヘナのオークの私宅ではなく、公的な建物を探した。ほどなくして、オークの食品市場の建物が見つかった。ニワトリやウシやブタの肉の他に、トカゲやカエルなどの肉も見られた。生魚や、干物の魚もあった。市場は地下へとつながっていた。食品市場に入る人間は珍しいということで、トリスタンとロイスとナディは、オークたちの好奇の目にさらされた。トリスタンとロイスと犬のナディは、胸の「△」の通行証を見せて、地下へと入っていった。やはり、この「△」の通行証がなければ、地下都市へは入れないようだった。居酒屋は、ほどなくして見つかった。トリスタンとロイスとナディは、居酒屋《グーテルダンの酒場》に入った。まだ客は多くはなかった。ロイスは、店の主人とおぼしき人物に話しかけた。
「アトス山のグレイビアードについて知っていることを教えてほしいのだが、どうだろう?」
「酒は飲まないのかい?」
「人間でも飲めるきつくない酒はあるかい?」
「キモネードはどうだろう。人間でも大丈夫だろう。一杯、アッス銅貨五枚だよ」
十アッス銅貨が一デノリ銀貨である。ロイスはキモネードを二つ頼んだ。ナディのために地下水も頼んだ。地下水はアッス銅貨一枚だった。
「グレイビアードについて知りたいのかい?」
この居酒屋の主人の名はキンナと言うらしかった。
「グレイビアードが、最愛の女性と死別した男性が入る隠者集団であることは知っているけれど、どうやってグレイビアードの仲間に入るのかわからないし、もっと詳(くわ)しくグレイビアードについて知りたいんだ」とロイス。
「あんたか、あんたのつれがグレイビアードに入りたいんだね」
「わたしの主人、トリスタンさんが、グレイビアードに興味をお持ちだ」
「まず、勘違いなすっとるのは、グレイビアードは、男が死別した女と話すための団体じゃないってことだね。グレイビアードは、龍の道の探究者集団だ。ドラゴンの言葉、生きざま、力について研究するのがグレイビアードの使命だ。トリスタンさんとやらは、ドラゴンに興味をお持ちかね?」
「わたしはドラゴリス教徒なので、ドラゴンに対する敬意は持っています。ドラゴンに関する書籍は十冊ほど読んでいますが、何ぶん、生きたドラゴンには会えないので、信仰の中で敬意を持つに留(とど)まります」
「なぜグレイビアードが、死別した最愛の女性と交信するのか知りたいかい?」
「ぜひお願いします」
「それは、黒龍ドリスカルドが、最愛の白龍カレンと死別していることが発端だからだ。黒龍ドリスカルドと志(こころざし)を同じくする男性が、共にドラゴンの生きざまを辿(たど)るのが、グレイビアードの本分というわけだ」
「ドラゴリス教と、グレイビアードは、どういう関係がありますか?」
「グレイビアードの住まうアトス山が、オーク地帯にあるためだろうが、ドラゴリス教とグレイビアードは直接、関係してはいない。たまにデマストス騎士修道会と交流はあるようだが、グレイビアードは、外界から孤立したがる性質がある。トリスタンさんは、最愛の女と死別したのかね?」
「ドンバ王国のイゾルデ姫と死別しました。イゾルデ姫はエルフだったと言われています」
「ということは、トリスタンさん、あなたはオルロンの槍探しの勝利者なのかい?」
「そうです」
「イゾルデ姫は、どのように亡くなったのですか?」
「ドンバ王国宰相ホミルに導かれ、それと知らずに、わたしがイゾルデ姫を殺(あや)めました」
「本当ですか?」
「本当です」
「イゾルデ姫と死別、これはグレイビアードになるには大事な要素ですよ。わたし自身も驚いている所だけど。事が事ですね」
「わたしはグレイビアードに入団すべきでしょうか?」
「それはご自由に、と言いたい所だけど、まず、第一、あなたはドラゴンに本当に興味を持っていますか?」
「今までは、信仰の中でしか、ドラゴンに興味を持ちませんでした。わたしは恋愛に強い興味を持ちながら、恋人を持ったことが、一度もないのです。この自分自身の宿命と折り合いをつけて生きていく中で、見えないながらも、イゾルデ姫と交信を通じて結ばれることは、わたしにとって大きな慰(なぐさ)めとなると思います。そのために、ドラゴンの研究を行うことが必要なら喜んで致しましょう。どうでしょうか?」
「ドラゴン事体には大きな関心をお持ちではないようだね。一度、グレイビアードに入団すると、出ることは許されないですよ」
「知っています」
「人生は恋愛だけではない、ということは、お分かりだろうが、グレイビアードに入団して、後悔することがないようにする必要がありますね」
「どうしたらいいでしょうか?」
「グレイビアードの生活を知るために『グレイビアードの栄光』という典籍を購入して、読むことをお勧めします。カリオンやドンバやゴートの言葉でも読めるはずです。ゲヘナの書店ではもっとも大きいのが《ボリブラ書店》ですが何分、胸に出る『△』の通行証がなければ、地下都市のボリブラ書店にいけないので、『グレイビアードの栄光』は、オーク地帯の外に持ち出されることが希(まれ)で、本自体にも、オーク地帯から外には、『グレイビアードの栄光』を持ち出すことは控えるように書いてあるため、この本はエゴルディア大陸では、一種、禁書のような扱いになっているんです」
「ボリブラ書店は、ここから近いですか?」
「今日、行くのかい?」
「できれば…」
「オークは夜行性なので、ボリブラ書店も、今頃、開店ですよ。いよいよ夜だからね。歩いても行けるが、オーク名物《鉱山トロッコ》で行くのもいいと思うよ。鉱山トロッコを知ってるかい?」
「知らないです」
「オーク地帯は、鉱山地帯でもある。特に、金、銀、銅がよく取れる。鉱山開発で使用したトロッコに、少し手を加えて普通の人が乗れるようにしてあります。代金を支払えば、トロッコに乗ることができ、目的地に着いたトロッコを、自力で元の場所に戻すと、労賃がもらえる仕組みにんなっているんです。代金はアッス銅貨三枚から八枚くらいが多いですね。まあ、気をつけて行ってください」
トリスタンとロイスとナディは、グーテルダンの酒場から出て、道行くオークに、ボリブラ書店への経路を尋ねた。しばらく歩いていると、ボリブラ書店への鉱山トロッコが見つかった。代金のアッス銅貨七枚を、鉱山トロッコの係り官に支払い、二人と一匹はトロッコに乗り込んだ。トロッコは最初はゆっくりだったが、だんだん速くなり、気持ちの良い向かい風を楽しめた。およそ二十分ほどで、トロッコは目的地に到着した。ボリブラ書店の入口は、吹き抜けのようになっており、外からでも、大量の本が収納されていることがわかった。本が好きなトリスタンは、胸踊る気持ちであった。さっそく一行は、ボリブラ書店の中へと入って行った。店内の書籍のほとんどが、オーク語で書かれていた。
『真偽見分法-商店経営上』ヒョン・マーチン・パス:デノリ銀貨三枚
『悪行為善行為指針』グード・スカラ・グナイ:デノリ銀貨四枚
『無意識的偽善在女』クリパ・マネマネ・クンナ:デノリ銀貨五枚
『電気式演算機試論』ポイマ・ファクト・ロマヌ:デノリ銀貨五枚
『前進的農園経営法』コンヌ・グリパ・アバ:デノリ銀貨五枚
『天球回転地球創始』ユンマ・スカラ・テナト:デノリ銀貨五枚
『万病気病』コイ・キモイ・トンガ:デノリ銀貨四枚
『鋼鉄戦車活用法』ユンナ・センチネル・トマ:デノリ銀貨七枚
『低罰高治法』ユンニ・パッス・マーダ:デノリ銀貨六枚
ざっとだが、まだまだあった。
オークの名前は、《家族名(氏)(うじ)》・《家門名(姓)(かばね)》・《個人名》から成っている。姓とは、仕事を意味する。姓は十三種類ある。
帝(キャス)・司(カツマーダ)・学(スカラ)・兵(センチネル)・工(ファクト)・商(マーチン)・農(グリパ)・芸(マネマネ)・刑(パッス)・病(キモイ)・奴(スラブ)・囚(トワレ)・魔(ガーマ)
以上が十三種類あるオークの家門名(姓)(仕事)である。病(キモイ)とは、自分自身の病気を研究する医学者である。
ボリブラ書店の店員に、ドンバ語とカリオン語・ゴート語の『グレイビアードの栄光』計二冊を頼んだ。(カリオン語とゴート語は同じである)しばらくして、店員が二冊の『グレイビアードの栄光』を持って来た。代金は共に各デノリ銀貨五枚であった。デノリ銀貨が十枚でドラクメ金貨一枚なので、トリスタンは店員に、ドラクメ金貨一枚を支払った。
久しぶりに書籍を買ったトリスタンは、とても興奮していた。トリスタンとロイスと犬のナディは、ゲヘナの地下都市で宿を探した。
《ゴッツの宿屋》という宿屋に泊まることにした。ベッドサイドで、早速、トリスタンは『グレイビアードの栄光』をカリオン語で読み始めた。ロイスはドンバ語で読み始めた。夕食を挟んで、ぶっ通し五時間あまりでトリスタンは本を読み終わった。『グレイビアードの栄光』には、グレイビアードの始祖コンラッドの生涯と、グレイビアードの発展の歴史、戒律などが記されていた。ロイスが読み終わるまで、後一時間かかった。
「死んだ連(つ)れと話が出来ること以外には何の魅力も感じられない団体というのが、わたしの見解ですね」とロイス。
「そんなこと言わなくていいじゃないか。龍語の研究と龍の呪言については、僕は興味があるよ。イゾルデと話ができて、静かに暮らせるのは、僕にとっては魅力的だね」
「トリスタンさんは、欲がないから。でも、龍語を研究して何になるんですか?」
「ドラゴリス教が隠しているドラゴンの秘密を探るには、龍語は必須だと思うよ。それにドラゴンの呪言は、通常の魔法にはないパワーが、ありそうだよ」
「トリスタンさんは学問が好きだから。グレイビアードの食事っておいしいのかな?」
「グレイビアードは自給自足が基本だけど、地元のオークや他の種族からの支援物資もあるみたいだね」
「トリスタンさんって、料理はできるんですか?」
「食べるには困らないくらいの簡単な料理ならできるよ。母、ジェシカが料理が上手だったから、自然と僕も料理ができるようになったよ。『グレイビアードの栄光』にあったけど、永遠の命の場合には、おいしすぎる料理は危険らしいね。おいしすぎない食事が何なのかわからないけど、食事が苦痛なら、生きていくのは辛いね。逆に食事がおいしければ、グレイビアードの生活も楽だと思うよ」
「話は変わりますが、エゴルディア大陸の貨幣鋳造って、ここゲヘナの地下都市でやっていると知っていましたか?」
「カリオンじゃないの?」
「『グレイビアードの栄光』の解説をドンバ人が書いている所によりますと、エゴルディア大陸の、ドラクメ金貨、デノリ銀貨、アッス銅貨は、鉱石が、オーク地帯に加えて、ドワーフのウンヘイ山岳地帯から採取されて、ここゲヘナに運ばれ、《ゴブリニッシュ貨幣鋳造局》で貨幣にされているそうです。貨幣にはカリオン語が記されているので、カリオンで造られていると思われがちですが」
一ドラクメ金貨=十デノリ銀貨、一デノリ銀貨=十アッス銅貨である。
「アトス山に行く前に、ゴブリニッシュ貨幣鋳造局を訪ねてみませんか?」
「意外なこともあるもんだね。ぜひ、行ってみよう。でも、中を見せてくれるかな?」
「とりあえず、行ってみようじゃないですか」
トリスタンとロイスとナディは、宿屋の主人に聞いて、ゴブリニッシュ貨幣鋳造局の住所を知ろうとしたが、宿屋の主人は、住所はおろか、ゴブリニッシュ貨幣鋳造局の名前すら知らなかった。信用が最も重視される貨幣がなぜオーク製なのか、思案にくれるが、トリスタンの推測では、金や銀や銅の含有率でごまかしが効かないように、そうしたことを最もしがちなオークが鋳造することで、逆にズルができなくなるのではないかということであった。ロイスも、その説に賛同した。
「じゃあ、寂しくなっちゃいますが、アトス山に向かいますか?」
「ロイスと別れるのはつらいけど、先延ばしするわけにはいかないから、そうしよう」
『グレイビアードの栄光』によると、グレイビアードになるために必要な奉納物は、黒の木綿のシャツ三枚と羊の毛のセーター三枚と黒いズボン三枚と牛の革でできた靴一足と白い手拭(てぬぐ)い五枚であった。トリスタンとロイスは、ゴッツの宿屋を起点に必要な物を集めた。三日ほどで物資は揃(そろ)った。トリスタンとロイスとナディはゲヘナの地下都市から地上に昇った。地上のゲヘナにいたオークに聞くと、アトス山へは、歩いて半日くらいだということだった。一行は、道の標識を頼りに、一路、アトス山へと向かった。季節は初夏であり、太陽の光が強かった。樹木の緑(みどり)も青々しかった。通りがかりの茶店で一服してから、一行はついにアトス山に到着した。アトス山への入口から歩いて登って中腹ほどの所に、グレイビアードの館の山門があった。時は夕方であった。トリスタンが、山門の大きな呼び鈴(りん)をならすと、山門の上部に人間のグレイビアードと思(おぼ)しき人が一人出てきた。トリスタンは『グレイビアードの栄光』に書いてあった通り、五体投地の礼というお動作を行なった。すなわち、山門に向かって手を合わせ、ひざをついて両手の手のひらを上にむけ、額と肘(ひじ)と手の甲を地面につけてから、手のひらを上にあげる。これを三回繰り返した。ほどなくして、山門は内側から開かれた。先ほどのグレイビアードと思(おぼ)しき人が、話しかけてきた。
「入門を希望されるのはおひとりか?」
「わたくしがトリスタンと申します。入門を希望します。こちらのロイスと犬のナディは旅の仲間です。入門に必要な物は取り揃えてあります」
「入門の動機は?」
「わたくしは、ドンバ王国の姫君イゾルデを殺(あや)めました。自分の意思ではなく、そうと知らされずに、ドンバ王家の宰相ホミルの指示で、罪人とされる女を処刑しました。その女が、イゾルデだったのです。イゾルデと言葉をかわしたのは数度しかありませんでしたが、わたしはイゾルデを心から好きになれる自信がありました。それから、わたし、トリスタンには、好きになった女性と恋愛関係になれないという宿命のようなものがあります。もしかすると呪いのようなものにかかっているのかもしれません。どんなに頑張っても恋愛が失敗するなら、せめて死んだイゾルデと話をして静かに暮らしたいというのが、入門の最大の動機です。龍語の研究は興味はありますが、入門の動機ではないことを、正直に告白します」
「ここに真面目(まじめ)にやってくる者の誰もが、同じような宿命を背負っています。わたしの名前はガントレと申します。わたしたちは、ドラゴンの導きで、恋愛が成就できなくなっていると考えています。黒龍ドリスカルドが、最愛の白竜カレンと死別しているので、その運命を共に分かち合っています。わたしたちグレイビアードが、通常よりも、はるかに長生き、ほとんど永遠の命なのは、黒龍ドリスカルドと白竜カレンを再会させる研究を行なっているからなのです。龍語の研究も、その一環(いっかん)です。山門で来客の対応をするグレイビアードが、来訪者の入門の許可を出すことができます。つまり、わたしがあなたの入門を許可するわけです。わたしたちグレイビアードはドラゴンの呪法で、話し相手の嘘を見抜ける力を持っています。トリスタン、あなたの話に偽(いつわ)りはありません。入門を許可します」
「トリスタンさん、よかったですね。ここでお別れになりますが、どうかお元気で」とロイスが言った。
「ありがとう、ロイス、そして、ナディ。ドンバに戻ったら、父グレオスと母ジェシカに無事にグレイビアードに僕が入れたと報告しておいてください」
「わかりました。最後にわたしと握手してください」
トリスタンとロイスは力強く握手した。
「トリスタン、こちらへどうぞ。山門を開けます。旅の仲間の方々、どうか、お気をつけてお帰りください」
トリスタンが、山門をくぐると、ガントレは山門を閉めた。ロイスが手を振っていた。
「トリスタン、ご出身はドンバですか?」
「わたしの出身はカリオンです。オルロンの槍探しを知っていますか?」
「名前までは聞いたことがありますが、詳しくは知りませんね」
「オルロンの槍を獲得したのがわたしだったんです。しかし、実際には、ウルクハイという戦闘動物を作るための人間の生き血を集めるために、オルロンの槍探しが実行されていたんです。そしてオルロンの槍の獲得者であるわたしに、イゾルデ姫が与えられることになっていたのです」
「そのイゾルデ姫を、あなたが殺(あや)めたんですね?」
「そうです」
「グレイビアードでは、入門者は、まず、自分の恋愛の軌跡(きせき)を書に記さねばなりません。あなたは、今、何歳ですか?」
「今年で三十歳になります」
「イゾルデ姫が生きていたら何歳ですか?」
「おそらく二十七歳です」
「恋愛の軌跡は、イゾルデ姫を含めた女性全員との記録になります。トリスタン、あなたが、恋愛の軌跡を描き終えるまで、この部屋に入ってもらいます。トイレはあります。あと、週に三回、入浴があります。着る物は用意してきましたね。それに加えて、黒のガウンを差し上げます」ガントレはそう言って、黒いガウンをトリスタンに渡した。トリスタンは机と椅子とベッドとタンスと便器が備わった一人部屋に入れられた。
「朝の七時、昼の十二時、夕の十八時に、食事を持ってきます。月曜日と水曜日と土曜日の朝十時に入浴です。浴室まで連れて行きます。その時以外は外から鍵をかけます」
「原稿用紙と書く道具はどこですか?」
「タンスの中に入っています」
「恋愛の軌跡は原稿用紙何枚くらい書けばいいですか?」
「最低一枚は書いてください。枚数に制限はありません。ドンバ語でもカリオン語でもかまいません。わかりましたか?」
カリオン語とゴート語は同じである。トリスタンは、ガントレに部屋の鍵を外からかけられ、一人になると思った。(このまま死んでいいな)そこに、ロイスのニッコリと笑う顔が現れる。(僕は良かったんじゃないかな。お母さん、お父さん、マリア、ありがとう。たぶんここで僕は死ぬんだ。良かったんだ。ドンバの遊郭ルイツァでコルマも抱いたし、ルキアと相思相愛になれた。もう思い残すことはない。イゾルデは、あんまり、いい女の子じゃないのかもしれないな。何でアメリ姫はルキアを見てニッコリしたんだろう。やっぱり、僕は間違えていたのかな。でも、ゴルムント僧官バラリアがダメって言ったし、しょうがない。言うことをちゃんと聞くいい子だな、ルキアは。僕と似てる。ルキアは、どうしてダメなんだろうな。ホビティアで風を読んだら、ルキアと相思相愛になれるって言われたから、嬉しかった。何とかルキアの笑う顔が見たい。いつも悲しそうな顔をしてる、ルキアは)
トリスタンは、タンスを開いて、原稿用紙と羽根ペンとインクを取り出した。トリスタンは八日間かけて、自分の恋愛の軌跡を書き上げた。途中出た食事は、どれも美味しい物だったが、時々、お腹が痛くなったり、頭がボーッとしたりした。食べ物には、薬が入れられているようだった。入浴は、大浴場であった。
「トリスタン、大丈夫ですよ。あなたは、すぐここで死んだりはしませんよ。わたし達もいつか死ぬでしょうがね」ガントレが言った。
「どうして、僕が考えていたことがわかっているんですか?」
「特殊な道具を使って、トリスタン、あなたが考えていることを見ていました。あなたはとても立派です」
「そうですか?」
「お父さんやお母さんや妹に感謝しているあなたの心の動きは、わたしを含めた他のグレイビアードの感動を興(おこ)しています。これから色々な真相をあなたに教えていきます。少しずつ学習していって下さい」
グレイビアードの学習は、龍語の習得から始まった。龍語の発音と、龍文字の記法と読解はいくぶん難解であった。三ヶ月ほど経つと、それに加えて、龍の呪法と龍の歴史の学習が加えられた。トリスタンの教育は、ガントレを含め、五人のグレイビアードによって行われた。入門から九ヶ月ほど経った頃から、トリスタンはイゾルデと対話できるようになった。特に儀式などはなく、イゾルデとの交信は突然、始まった。ガントレによると、それはいつものことらしかった。トリスタンは、何気ない日常の会話から、グレイビアードの修行、性的なことまで、姿の見えないイゾルデと話し続けた。この交信の中で、トリスタンのイゾルデに対する愛情は確かなものになっていった。入門後、三年間でグレイビアードの教育期間は終わり、グレイビアードは生涯をかけた研究生活へと入る。
入門から五年が経ったある日、トリスタンは、中庭の四阿(あずまや)に呼び出された。ガントレは一人のグレイビアードを伴っていた。
「トリスタン、こちらは最初のグレイビアードの一人であるパニタスさんだ」
「よろしくお願いします」トリスタンとパニタスは握手した。
「話すのは初めてかな、トリスタン」とガントレ。
「お見かけしたことはありましたが、話すのは今日が最初です」とトリスタン。
「トリスタン、よく聞いてほしい。グレイビアードは創設から、一千年以上経っている。わたしは最初期のグレイビアードだ。最初は三人からグレイビアードは始まった。わたしも年齢が、千歳を超えている。我々グレイビアードは、過去三回、黒龍ドリスカルド自身の訪問を承(う)けている。三回目の来訪の折に、グレイビアードは二百五十六人までと告げられた。実は、トリスタン、あなたが、二百五十六人目のグレイビアードなのだよ。二百五十六人目のグレイビアードは、黒龍ドリスカルドと共に、生きたまま黄泉(よみ)の国へと行かねばならない。その時に必要なのが、トリスタンと、その先祖代々が探し求めていたトリマスの大斧(おおおの)なのだよ。トリマスの大斧はもちろん知っているな、トリスタン?」
「知っています」
「よろしい。トリマスの大斧の所在は、オークの首長であるマラキ帝が知っている。我々グレイビアードが長い年月をかけて研究してきた龍(ドラゴン)について、ここに一冊の書籍として結実したものがある。これを君に託す」パニタスは頭陀袋(ずだぶくろ)から、本を一冊取り出した。その本は深紅(スカーレット)であり、表紙に『G』とだけ記されていた。
「この本を渡せば、マラキ帝は、トリスタンに、トリマスの大斧の所在を明かしてくれるはずである。この本は、マラキ帝以外には渡してはならない。くれぐれも言っておく。龍の研究は万物の運行について並々ならぬ影響力を持っている。本来はグレイビアードによって独占すべき龍の知識は、グレイビアードが、黒龍ドリスカルドと白竜カレンの再会によって、役割を終えるに当たり、正当な後継者を必要としている。オークのマラキ帝なら十分に、その資格があるとわたし達は判断している。オークには寿命がないことは知っているかね、トリスタン」
「オークが、致命的な病気や怪我を受けない限り、生き続けることは知っています」
「では何故オークに寿命がないかは知っているか?」
「存じ上げません」
「我々、人間、ホビット、ドワオーフ、オークは死後、黄泉(よみ)の国ソブンガルデにて、エルフとして永遠の命を得る。しかし、ソブンガルデに滞在中に、修行が足らず、正気では永遠に生きられなくなったエルフは、主要な記憶を一旦、失わされ、オークとしての姿で次の人生を送ることになる。十分に修行を積んだオークは、過去の記憶を取り戻し、姿も旧に復(ふく)して、再び、ソブンガルデの住人となるのだ。そして、マラキ帝ような前世がエルフでないオークもいる。グレイビアードになるオークは前世がない」
「わたしの最愛の人である、ドンバ王国の姫君イゾルデが、エルフだというのはどういうことですか?」
「そのことに関しては、わたしは独自の見解を持っている。イゾルデ姫は、カナルディア王妃とプレシオス王の娘ということになっていたが、実はそうではなく、イゾルデは、カナルディア王妃とデマストス騎士修道会総長、ハンス・ゲオルガイという人物の間に生まれた娘のようだ。ハンス・ゲオルガイはソブンガルデにいると思われるエルフであり、この世の人は彼に会うことはできない。ハンス・ゲオルガイは、ソブンガルデからデマストス騎士修道会を動かしてきたのだ。デマストス騎士修道会は、黒龍ドリスカルドにのみ従う独立した機関とされているが、実際には、デマストス騎士修道会に対する指示は、ほとんど、ハンス・ゲオルガイになされたものだろうとわたしは考えている。そして、トリスタン、君の恋愛の軌跡に出てくるルキアが、実は、カナルディア王妃とプレシオス王との間の実の娘であることを明かしておく。ハンス・ゲオルガイとカナルディア王妃の娘、イゾルデは、カナルディア王妃の腹から産まれ、プレシオス王とカナルディア王妃の娘、ルキアは、ドンバのとある町の女の腹から産まれたようだ。両者は、男女の交わりではなく、高度なエルフの技術による妊娠と出産であったことになる。以上は龍の呪法によって知りえたことだ」
「プレシオス王とカナルディア王妃は、ルキアが実の娘であることを知っているのですか?」
「おそらく知らないと思われる。ドンバ王家は母系の家系であり、もし、ドラゴリス法王座がドンバ王国に戻れば、アメリ姫かルキアが女王とならねばならない」
「プレシオス王は、盛んに戦争準備をしていましたが、戦争によってドラゴリス法王座がドンバのものになれば、プレシオス王自らが法王となろうと思っているのではないでしょうか」
「プレシオス王自身は、そう考えていたとしても、ドラゴリス教が、古代巫女から始まった以上、アメリ姫か、ルキアしかドラゴリス法王座につくことはできない。ドラゴリス教の呪法で、古代巫女から始まった母系集団には逆らえないわけである」
「アメリ姫は、一日に五分しかまともに話すことができないようです。となると、実質、ルキアが後継者となるのでしょうか?」
「アメリ姫の精神的な症状は、アメリ姫だけに特有な現象ではない。ドンバ王家のドマルト家では女子に一定の確率でアメリ姫のような女系子孫が発生する。彼女たちは三十三歳を超えたどこかのタイミングで、死去したことにされ、ドンバ王家のゴリアマ城のドラゴンの磐座の地下の洞穴に入れられる。正確な数ではないが、洞穴に入れられているアメリ姫のような女系子孫は二十人は下(くだ)らないと思われる。彼女たちはドラゴリス教の呪法に実質的な根拠を与えている。ドラゴリス教のドラゴンは、黒龍ドリスカルドだけではないし、白竜カレンだけではない。ドンバの地下洞穴にいる巫女たちは、さまざまなオスの龍と、さまざまなメスの竜と、対話することが出来る。龍や竜との対話によって、巫女たちは、特に未来予知に長(た)けている。
「イゾルデと食事をした際に、アメリ姫がにっこりと笑ったことが、あったんです。もしかすると、アメリ姫はルキアが実の妹であることに気付いていたのかもしれませんね」
「その可能性はある」
「わたしが黒龍ドリスカルドと共に黄泉(よみ)の国に生きたまま行くとして、黒龍ドリスカルドは白竜カレンに会えるのでしょうか?そして、わたしはイゾルデと再会後、再び、この世に戻ることになるのでしょうか?」
「黄泉(よみ)の国、ソブンガルデに関する我々のグレイビアードの知識は限られている。しかし、黒龍ドリスカルドは、二百五十六人目のグレイビアードが、黒龍ドリスカルドと白竜カレンの再会を実現させると予告していた。これは間違いない。ソブンガルデに行く時は、トリスタンは、黒龍ドリスカルドと共に、トリマスの大斧(おおおの)で次元を切り裂いて行くが、ソブンガルデからこの世に戻る時は、黒龍ドリスカルドとトリスタン、白竜カレンとイゾルデ、のペアで、ドンバ王国の辺境、ベラストの神の井戸から戻ることになっている。そして、黒龍ドリスカルドと白竜カレンとトリスタンとイゾルデで、ここアトス山のグレイビアードに最終報告をしてほしい。黒龍ドリスカルドと白竜カレンの再会と、結婚が確認できたら、我々グレイビアードの使命は達成されたことになる。誤解を生じさせそうな中途半端な書物は処分し、グレイビアードの設備は、オークのマラキ帝に手渡そうと考えている。トリスタンを除くグレイビアードは全員、《最期の間》で、全身に特殊な油を塗って、火を点け、ソブンガルデへ旅立つ予定である。わたし達もついに最愛の人との再会と結婚をすることになるのだ」
「この世に連れて帰ることが出来るのは、イゾルデだけですか?」とトリスタン。
「他に連れ戻したい人がいるのか?」パニタスが尋ねた。
「ガントレ、わたしがグレイビアードに入門する際に同行していた黒人の旅の仲間を覚えていますか?」
「君に黒人の連れがいたことは、覚えている」とガントレ。
「彼の名前はロイスというのですが、やはり死に別れた女が彼にもいたんです。クオリアという名前の女子レスリングの選手でした。ゴート王国の首府メンファの高名な呪術師に二人が必ず結婚できる秘技を行ってもらった所、クオリアはしばらくして自殺しました。ロイスは責任を感じ、四年に一度の三王国合同の武術大会であるパンクロイドで、持ち金を全て、女子レスリグの賭けに使い切るという償いをしています。ロイスの導きがなければ、わたしはグレイビアードにはなれませんでした。クオリアを連れて帰れば、わたしはロイスに恩返しができます」
「ソブンガルデから戻ったクオリアは、エルフとして永遠の命を得ているが、ロイスは一旦、死んでソブンガルデに行くか、ここグレイビアードで永遠の命の処置を受けなければ、寿命で死んでしまうのだが、どう思うかね?」パニタスが言った。
「わたしの直感的な考えなのですが、生きとし生ける者は皆、死という通過点を通ります。わたし、トリスタン自身も、死という経験を踏まなければならないと思うのですが、いかがでしょうか?」
「トリスタン、君はよくわかっているね。永遠の命のためにグレイビアードに入ることは元々できないのだよ。グレイビアードの永遠の命の処置をしても、千年が限度だと言われている。アメリ姫たちも同じだ。やはり、我々は、ドラゴンや動物と同じく、死というプロセスを経ることが必要なのだ。黒龍ドリスカルドが不死なのも、おそらく、どこかの時点で死を経験しているからだと思われる。トリスタン、そして、ロイス、イゾルデ、クオリアが最終的にソブンガルデに居るべきか、この世に居るべきかは、黒龍ドリスカルドと白竜カレン、そしてハンス・ゲオルガイといったソブンガルデの実権者と対話して決めねばなるまい。ひとまず、我々、グレイビアードで、ロイスの身柄を確保しておこう。トリスタンが、我々に最終報告に戻るまでには間に合わせるつもりだ」パニタスが言った。
「わたしがイゾルデもクオリアも連れて戻らずに、最期の間で、他のグレイビアードと共に、また、ロイスと共に、ソブンガルデに旅立つ、というのはどうでしょうか?」
「それが最も自然ではあるが、やはりソブンガルデに一度、行ってからではないと明確な答えは出せない。我々がイゾルデに、この世に戻ってきてほしいのは、我々も最愛の人と再会できるという確信が欲しいからというわがままなのだよ。そして、トリスタン、あなたも不死のために死を経験すべきだ。イゾルデはこの世に戻さなくてもいいが、最終報告は、黒龍ドリスカルドと白竜カレンとともにしてほしい。最終的には、ソブンガルデで、進退を決めてほしい」
「この世に戻ってきたイゾルデが、もう一度、死んだら、どうなるんですか?」トリスタンが尋ねた。
「一度、死を経験した者は死なないと言われている」パニタスが答えた。
「どういうことですか?オークになったエルフも同じなんですか?」
「死んだ人間が人間の姿のまま生きてソブンガルデからこの世に戻ってくるということ事体が今までなかった。オークになったエルフは、この世で死ぬと、別の肉体のオークとしてこの世に復活する。オークになったエルフは修行を終えないとソブンガルデには戻れない」
「では、この世に戻ったイゾルデが、死んでオークになるということはありえますか?」
「今まで前例のなかったことでもあり、自信を持っては言えないが、いわゆる『不死』ということを考える時、不死の黒龍ドリスカルドについて考えを巡(めぐ)らせるとわかりやすいだろう。生きとしいける者が、永遠に生きるためには、死という過程を最低でも一度は経験しないといけない。逆に必要以上、死を経験する必要はない。そこで、一度、死んで死ぬ必要のなくなった黒龍ドリスカルドは、運命管理、あるいは因果律の管理といってもよいだろうが、それによって死ぬことのないように管理されている。この世に戻ったイゾルデも、おそらく、黒龍ドリスカルドと同じく、死ぬことのないように管理されるはずだ。トリスタンが、生きたまま、ソブンガルデに行くことは、エゴルディア大陸の政治支配体制に、大きな変革をもたらす可能性が高い。だからこそ、イゾルデやクオリアのこの世への帰還も含めて、トリスタンの進退はソブンガルデの住人とよく話し合って決めなければならないのだ」パニタスが言った。
「ソブンガルデから帰還後の最終報告の際にルキアを呼んでもらえないでしょうか。ドンバ王家の血筋であることが明らかなアメリ姫を呼ぶことは難しいでしょうが、ルキアはドンバ王家の血筋とは知られていないので呼び出しても支障はないはずです」トリスタンが言った。
「ロイスとルキアは、我々で呼び出しておこう」パニタスが言った。
「ゴルムント教教祖のゴルムントと会う必要はないのですか?」トリスタンが言った。
「ゴルムントはデマストス騎士修道会総長のハンス・ゲオルガイ同様、この世の人が会うことはできない」パニタスが言った。
「マラキ帝なら、ゴルムントについても、もっとよく知っているでしょうか?」トリスタンが言った。
「少なくともわたしよりはマラキ帝の方が、ゴルムントについて知っていることは多いだろう。どうしてゴルムントについて知りたいのか?」パニタスが言った。
「ルキアは、ゴルムント僧官バラリアに運命を握られています。わたしはルキアを自由にするため、ゴルムントについて知る必要があると考えます」トリスタンが言った。
「ルキアとゴルムント教に関しては、マラキ帝に尋ねるのがよかろう」パニタスが言った。
「わかりました」
トリスタンは、グレイビアード入門の際に着ていた服と金銭と短剣ロッドやウリドラ聖書といった荷物をまとめ、翌日の朝、グレイビアードの館を出て、アトス山を下山した。アトス山の樹木は紅葉していた。
グレイビアードのパニタスとガントレの指示通り、トリスタンはオーク地帯の首府であるゲヘナのオーク政庁を目指した。アトス山からゲヘナまでは歩いて半日くらいである。
ゲヘナに到着したトリスタンは、地上のオークの宿屋《レギンの宿屋》に泊まった。一泊で料金はドラクメ金貨一枚であった。日没後、トリスタンは地上にあるオーク政庁に向かった。道行くオークに尋ねつつ、ほどなくして、オーク政庁に到着した。日光を嫌うオークは夜を生活時間にしている。トリスタンはオーク政庁外務局の門をくぐった。トリスタンは、受付のオークの役人に声をかけた。
「二百五十六人目のグレイビアードである、トリスタン・ゴランザと申します。トリマスの大斧(おおおの)の所在をマラキ帝に尋ねに参りました。グレイビアードからマラキ帝への贈り物としてドラゴンの知恵の書『G』を持参しております。この書籍はマラキ帝以外には渡せません。グレイビアードから連絡は、ありませんでしたか?」
「わたしは聞いていませんが、他の者が聞いているかもしれません。しばらく、ここでお待ちください」受付のオークの役人が答えた。
二十分ほどして、先程のオークの役人が、別の役人(こちらは女性)を連れて戻ってきた。
「二百五十六人目のグレイビアード、トリスタン・ゴランザさん、初めまして。わたくしは、コルト・カツマーダ・エレンと申します。グレイビアードのガントレさんから、お手紙を頂いておりました。トリスタンさんは、二百五十六人目のグレイビアードにふさわしい方だと伺(うかが)っています。ドラゴンの知恵の書『G』は、トリスタンさんが、直接、マラキ帝に渡していただくのが良いと考えております。いかがですか?」エレンは微笑して言った。
「わたしも、それで良いと思います」トリスタンは首肯(しゅこう)した。
「トリスタンさんが、お探しの斧の名前をもう一度、教えてください」
「トリマスの大斧です」トリスタンが答えた。
「では、トリスタンさんは、オークの通行証をお持ちですか?」エレンが尋ねた。
「持っています」トリスタンは「テラウス」と唱えて、胸を見せた。トリスタンの胸には「△」が浮き出ている。
「その通行証は、どこで手に入れたのですか?」
「オルロンの槍探しの際に、ドンバ王国首府イスファのフリードラ寺院にて、ゴルムント僧官バラリアから受け取りました」
「確かにグレイビアードから頂いた手紙の内容と一致していますね。認証が取れましたので、トリスタンさんはマラキ帝に会うことができます。わたくしが、トリスタンをマラキ帝の《玉座》へと、ご案内いたします。よろしいですか?」エレンが言った。
「よろしくお願いします」トリスタンが答えた。
「オーク政庁が五角形(ペンタゴン)であることを知っていましたか?」エレンが尋ねた。
「知らなかったです」とトリスタン。
「オーク政庁は、学務局、内務局、外務局、軍務局、刑務局の五つの局で構成しており、それぞれの出入口が五角形(ペンタゴン)の頂点に当たります。それでは玉座に参りましょう。どうぞこちらへ」エレンが手招きした先には、階段があった。トリスタンとエレンは階段を昇った。
「この渡し廊下は、各局の入口に一箇所、玉座への出口に一箇所、左右に六箇所ずつ階段があります。全部で五本の渡し廊下がオーク政庁の五角形(ペンタゴン)の頂点から中央点である玉座出入口にそれぞれつながっています。どうですか、オーク政庁の役人たちが働いているのが見えるでしょう?」エレンが言った。
渡し廊下の階上はアクリルの樹脂のような透明の板で覆われている。
「役人たちの姿はよく見えますが、声は聞こえませんね」トリスタンが言った。
「渡し廊下は防音構造になっています。オークの役人たちをご覧になって、どうです?トリスタンさん、オークに対する印象が変わりませんでしたか?」エレンが尋ねた。
「というと、どういうことですか?」
「オークにとって『悪』ということは、重要な意味を持っています。ゆえにオークが邪悪であるとの印象を、人間やホビットやドワーフで持っている人は多いのです。しかし、『悪』が治世の根幹の原則では、そもそも治世が成り立たないのではないかと思いませんか?」
「そう思います」
「悪には、自分のための悪と、他者のための悪があります。悪人には、弱い悪人と強い悪人がいます。わたしたちオークの役人は、他者のために悪を行う、強い悪人を理想としています。刑罰を受ける覚悟で、自分以外の他者のために悪を犯すことは強い悪人しかできません。そして、それがオークでは最も称賛に値する行為なのです。善が秩序、悪が無秩序。善が合法、悪が非合法。こういう図式では、オーク政府には矛盾が存在することになります。治世は、法の執行による秩序と言えます。オークの役人にとって『悪』とは、オーク社会の自己矛盾を解決する超法規的行為なのです。オークの役人は秩序を愛しています。しかし、閉塞(へいそく)した現状を打破し、新しい秩序を打ち立てるために無秩序である『悪』の力を使います。人間の多くは善を賛美し、悪を否定します。わたしたちオークは、怒り、憎しみ、恐怖といった悪の側面を否定せず、必要なものとして是認(ぜにん)します。生があれば、死があり、善があれば、悪があります。こういった根本思想は、オークの宗教であるベーメン教の教理でもあります」
エレンとトリスタンは、そのまま三十分ほど渡し廊下を歩いた。
「玉座の入口です。もうすぐ玉座です。トリスタンさん、わたしがいいと言うまで両目を閉じてください。よろしいですか?」エレンが言った。
「わかりました」トリスタンは両目を閉じた。
「それでは参ります」
バチバチバチ、と五、六回、閃光(せんこう)が起こった。
「トリスタンさん、目を開けていいですよ。玉座に到着しました」
トリスタンが目を開けてみると、赤黄色く光った溶岩マグマが幾何学模様に配置された床石の岸辺に打ち寄せている光景が見えた。その奥には、人間の成人男性の身長ほどの幅の階段がある小さなピラミッドがあった。ピラミッドの頂上には、衛兵(えいへい)と思われるオークが二人、立っていた。
「マラキ帝に、ご報告です。二百五十六人目のグレイビアードであるトリスタン・ゴランザさんを、お連れしました。拝謁(はいえつ)を希望します」エレンが衛兵に呼びかけた。
二人の衛兵は、ピラミッドの頂上にある入口に姿を消した。十五分ほどして、衛兵二人は、人間の五歳児ぐらいの身長のオークを伴(ともな)って出て来た。ピラミッドの頂上には石で出来た椅子(いす)があり、二人の衛兵は、その左右に立ち、小柄なオークはその椅子(玉座)に座った。
「トリスタンさん、マラキ帝です。ご挨拶をお願いします」
玉座への突然の移動と、初めて会うマラキ帝が、このような小柄なオークであったことに驚きを隠せないトリスタンであった。
「初めてお目にかかりますトリスタン・ゴランザと申します。二百五十六人目のグレイビアードとして、特別にアトス山から下りて参りました。わたしは黒龍ドリスカルドと共に、生きたまま黄泉(よみ)の国、ソブンガルデへ行かなければなりません。そのため、わたしとわたしの祖先が代々、探し続けてきた、トリマスの大斧(おおおの)が必要です。トリマスの大斧の所在はマラキ帝がご存知と承っております。わたしが、最初期のグレイビアードであるパニタスから託された龍(ドラゴン)研究の結晶である知恵の書『G』を、マラキ帝に献上いたします。よろしくお願い致します」
「朕(ちん)が小さいことに驚いているのであろう。朕は齢(よわい)二○六五歳である。朕が生まれたのは奇(く)しくもドラゴリス歴の元年なのだ。この玉座はオークの首府ゲヘナの地下最深部にあり、人間で玉座まで来れたのはほんの数人しかいない。グレイビアードが最期の時を迎えたことはとても感慨深い。二百五十六人目のグレイビアードであるトリスタン、ひとまず貴殿(きでん)に歓迎の意を表することにする。よくぞ来られた。トリマスの大斧は、ドンバ王国首府イスファのゴリアマ城にあるドラゴンの磐下にある地下洞穴宝物庫に納められておる。朕が今、右手に持っているこの『立法体(キューブ)』と、ベーメン教祭官の呪言(マントラ)がないと、トリマスの大斧を取り出すことはできない。トリスタン、ドラゴンの知恵の書『G』を朕にひとまず見せてくれないか?」マラキ帝の声は子供のように若々しい。
「もちろんです、陛下」トリスタンは『G』を両手で捧(ささ)げ持った。衛兵の一人がピラミッドから降りて来て、トリスタンから『G』を受け取り、再びピラミッドの階段を昇り、マラキ帝に『G』を手渡した。マラキ帝は、二十分ほど『G』を眺め読んだ。
「グレイビアードの研究の結晶を、我が手に入れたこと、望外の喜びである。朕を信頼してくれたグレイビアードに深く感謝したい。ゴルムントについて知りたいことが貴殿トリスタンにはあるようだな。朕はゴルムントに会ったことはない。ゴルムントは、確かに実在したオークではあるのだが、ゴルムントに会ったことがある人物は今では、ほとんどいないため、ゴルムントは伝説のように考えられることもある。ゴルムントが生きているのか死んでいるのかもわからない。しかし、ゴルムント教には普遍性があり、オーク、人間、ホビット、ドワーフと、種族を超えてゴルムント教が広まったことは確かだ。実際に教団を取り仕切っているゴルムント僧官は、祈りと瞑想を通じてゴルムントの意志に従っていると言われている。ルキアという黒輪の誉れのメンバーを、ゴルムント僧官バラリアから解き放ちたいなら、黄泉の国ソブンガルデに行き、ゴルムントと意思の疎通(そつう)を図(はか)らなければならないだろう。他に朕に尋ねたいことはあるだろうか、トリスタン?」マラキ帝が言った。
「ゴブリニッシュ貨幣鋳造局は実在するのですか?」トリスタンが尋ねた。
「オークがエゴルディア大陸に流通する貨幣を鋳造していることは秘密になっている。オークでも知らない者の方が多い。ゴブリニッシュ貨幣鋳造局は、オーク政庁学務局の内局として秘密に運営されている。ゴルムント教の伝播(でんぱ)が、それまで種族ごとに別のものであったエゴルディア大陸の通貨の統一の原因になったことは重要である。朕はベーメン教の最高権威者であるが、ゴルムント教と共存して治世にあたっていかねばならないのが現実である」
(イゾルデ、マラキ帝から聞くべきことは、もうないかな?)トリスタンは心に念じた。(立方体(キューブ)とベーメン教祭官について、それからトリマスの大斧(おおおの)の使い方を聞かないといけないよ)冥府のイゾルデが返した。
「マラキ皇帝陛下、立方体(キューブ)とベーメン教祭官をわたしのために用意していただけるのですか?」
「もちろんだとも。衛兵、この立方体(キューブ)をトリスタンに渡しなさい。それから、ベーメン教祭官ザーマを連れて来なさい」
「トリマスの大斧の使い方を知りたいのですが、教えていただけますか?」衛兵から立方体(キューブ)を受け取ったトリスタンが尋ねた。
「トリマスの大斧には鈴(すず)がついている。ゴリアマ城のドラゴンの磐座で、トリマスの大斧の鈴を鳴らすと、黒龍ドリスカルドが現れるであろう。そして、トリスタンが黒龍ドリスカルドに股(また)がった後、空中でトリマスの大斧をかざすと次元が切り裂かれ、ソブンガルデへと転送される。そして、トリマスの大斧には刃先に特徴がある。前の刃を相手の首に当てると、その相手は、何の苦しみもなく、死に至る。一方、後ろの刃を相手の身体(からだ)に強く当てると、その相手は、激痛にもだえ苦しんで、死に至る。トリマスの大斧が、このような刃先の特徴を持つ理由はソブンガルデに行けば分かると言われている」マラキ帝が答えた。
「マラキ帝、ベーメン教祭官ザーマを連れて参りました」衛兵が戻って来て言った。
「マラキ帝、ご無沙汰しておりました。お話は伺(うかが)っております。トリスタン、わたくしはヤハン・スカラ・ザーマと申します。この度(たび)はドンバ王国への旅をご一緒させていただきます」男のオーク、ザーマが挨拶した。
「トリスタン、ザーマは信頼できる男だ。彼はソブンガルデにトリスタンが行くための大きな手助けとなるであろう」マラキ帝が言った。
「マラキ帝、旅の成功を願って、祝杯をあげましょう。つまみのトカゲの刺し身も持って参りました。ドンバ産の醤油(しょうゆ)で頂きましょう」
衛兵とザーマとエレンは、玉座にて、酒の杯(さかずき)と、刺し身の皿を用意した。一同は乾杯した。初めて食べるトカゲの刺し身は、トリスタンにも美味であった。
「わたしは自他ともに認める美食家です。オークだけでなく人間にも美味(おい)しい食べ物となると、本日の酒と刺し身になりました。米清酒のゴルト酒とオスルトカゲの刺し身、どうでしたか、トリスタン?」ザーマが尋ねた。
「どちらも美味(おい)しかったです。ありがとうございます」トリスタンが答えた。
「ザーマ、ドンバ王国イスファへの専用馬車として、朕が所有する帝室馬車を手配しよう。何日くらいでイスファに到着できるだろうか?」マラキ帝が言った。
「車中泊し、休憩(きゅうけい)も合わせて、五日ほどと思われます」ザーマが答えた。
「人間であるトリスタンさんに合う食料も用意しなければなりませんね」エレンが言った。
マラキ帝の帝室馬車の準備は、半日ほどかかった。マラキ帝の玉座を辞去したトリスタンとザーマは、オーク政庁の客間で、待機した。帝室馬車は、日光を嫌うオークのため、窓には遮光(しゃこう)カーテンがついていた。オークの首府ゲヘナからドンバ王国首府イスファまで、腕のいい馭者(ぎょしゃ)のおかげもあり、特にトラブルにも遭(あ)わず、無事に旅ができた。関所がドンバ王国に在(あ)ったが、オークの帝室馬車ということで、ほぼ素通りであった。
(イゾルデ、父のグレオスと母のジェシカに会うかどうか悩んでいる。どう思う?)
(グレイビアードのアトス山から生きて帰れたことは良かったけれど、ゴリアマ城のドラゴンの磐座から黄泉(よみ)の国ソブンガルデに行くということで、会うと、かえって、ご両親を心配させると思うよ)
(そうだね。両親には、ソブンガルデから戻ってから会うことにするよ)
イスファに入った帝室馬車はゴリアマ城へと向かった。時刻は正午過ぎである。季節は秋から冬になろうとしていた。帝室馬車はゴリアマ城の城門前で停(と)まった。しばらくすると、城内から数名の衛兵が出てきた。馭者がトリスタンに、そのことを告げると、トリスタンは帝室馬車を降りた。
「ゴランザ武器商グレオスの息子トリスタンです。二百五十六人目のグレイビアードとしての役割を果たしに参りました。お話の分かる方はいらっしゃいますでしょうか?」
「トリスタン・ゴランザさん、ようこそお帰りなさいました。オークの帝室馬車でのご来訪に、当方は驚いております。ロンコイ逓信庁などによる連絡もなく、プレシオス王には直(じか)にお会いいただいて、お話されるのが良いと思われます。プレシオス王に取り次ぎますので、簡単にご来訪の目的を教えて下さい」
「わたくし、トリスタンは、生きたまま黄泉の国ソブンガルデに行くため、黒龍ドリスカルドを呼び出し、次元を切り裂くため、トリマスの大斧(おおおの)を必要としています。トリマスの大斧は、ドラゴンの磐座の地下洞穴にある宝物庫にあると、オークのマラキ帝から告げられました。また、トリマスの大斧を取り出すには、今、わたしが持っている立方体(キューブ)と、同行しているベーメン教祭官ザーマの呪言(マントラ)が必要です。以上が、来訪の理由になります」
ザーマも帝室馬車から降りた。ザーマは、日光を避けるためフード付きのローブをまとっている。馭者は帝室馬車を、ゴリアマ城の城内へと引き入れた。トリスタンとザーマは御者を残して、衛兵と共(とも)にプレシオス王の王座の間へと向かった。
(ねぇ、イゾルデ、ルキアの誕生の秘密は、プレシオス王には内緒にしたほうがいいよね)
(ルキアが、プレシオス王とカナルディア王妃の実の娘だということだよね。まだ、教えないほうがいいと思うよ)
(ルキアとロイスの、その後についてプレシオス王に尋ねるのはどうだろう?)
(それは大丈夫だよ)
(僕がイゾルデと、こんなふうに話せることは、プレシオス王に言っていいかな?)
(プレシオス王がグレイビアードのことを知っているかどうかだと思うよ。もし知らないのなら、黙っていたほうがいいんじゃないかな)
トリスタンとザーマは、ゴリアマ城の王座の間で、三十分ほど待った。プレシオス王が、宰相ホミルを伴(ともな)ってやって来た。プレシオス王は、王座に座り、ホミルは、側(そば)に立っている。
「トリスタン、よくぞ戻られた。それから初めて会うベーメン教祭官ザーマ、よろしく。グレイビアードについては、ホミルから聞いている。グレイビアードが、アトス山を降りてくることは、まずないことのようだが、どうかな?」
「グレイビアードは創設から千年以上が経っています。最初期の創設者の三人の一人であるパニタスというグレイビアードによると、わたくし、トリスタンは、二百五十六人目のグレイビアードであり、黒龍ドリスカルドと共に、生きたまま黄泉(よみ)の国、ソブンガルデに行かねばなりません。そのため、ドラゴンの磐座の地下洞穴宝物庫にあるトリマスの大斧が必要です」トリスタンが言った。
「トリマスの大斧は名前すら知らないのだが、どう思う?」プレシオス王が言った。
「オーク首府のゲヘナでマラキ帝からトリマスの大斧の所在を聞きました」トリスタンが言った。
「トリマスの大斧があるとして、トリスタンが黄泉(よみ)の国に行くのは、やはり、死んだイゾルデ姫と再会するためなのか?」プレシオス王が言った。
「グレイビアードは皆、恋人と死に別れており、自分の最愛の女との再会と結婚を望んでいます。わたくしとて例外ではありません」トリスタンが言った。
「ホミル、どう思う?」プレシオス王が言った。
「トリスタン、あなたはイゾルデ姫を、この世に連れ戻すつもりなのか?」ホミルが言った。
「はい、そうです。黒龍ドリスカルドとわたしが、白竜カレンとイゾルデを、この世に連れ戻し、アトス山のグレイビアードたちに、その姿を見せることで、死後の世界に自分の最愛の女が居(い)ると言う証明をしなければなりません。その後、黒龍ドリスカルドと白竜カレンとわたしとイゾルデが、もう一度、ソブンガルデに行くことも考えられますが、そのことに関しては、ソブンガルデの実権者と話し合って決めねばなりません」トリスタンが言った。
「トリスタンの証明に従って、二百五十五人の他のグレイビアードは自殺するのだろうか?」
「はい、わたし以外のグレイビアードは皆、最期の間で、全身に特殊な油を塗って火を点(つ)けて死ぬことになっています」トリスタンが言った。
「少なくとも、エゴルディア大陸では、死者が戻ってくることは、今までなかった。これ以降は、死者が戻ってくることは、普通のことになるのだろうか?」ホミルが言った。
「それは、ソブンガルデの実権者と話し合わないと、わかりません」トリスタンが言った。
「エルフであるイゾルデが、この世のエゴルディア大陸に戻ってくることは、何かと問題があるのだが、どうだろう?」プレシオス王が言った。
(イゾルデ、君が誰の子か、プレシオス王に言っていいかな?)
(いいと思うよ)
「最初期のグレイビアードの一人であるパニタスによると、ドンバ王国のイゾルデ姫は、カナルディア王妃と、デマストス騎士修道会総長のハンス・ゲオルガイの子であるようです。この世ではハンス・ゲオルガイと会うことができる人はおらず、ハンス・ゲオルガイは、ソブンガルデの実権者か、複数いる実権者の一人と思われます。プレシオス王は、このことをご存知でしたか?」トリスタンが言った。
「イゾルデがわしの実の娘でないことは、ホミルから聞いて知っていたが、デマストス騎士修道会総長ハンス・ゲオルガイという人物と名前は全くの初耳である。これは本当に確かなことなのか?」プレシオス王が言った。
「グレイビアードの呪法によって知り得たことなので確かだと思われます。グレイビアードがこれまで続けてきた龍の研究は、万物の運行に大きな影響力を持っています」トリスタンが言った。
「カリオン王国とゴート王国に対する、ドラゴリス法王座奪還のための戦争準備が整いつつある。この戦争にドンバ王国が勝利した暁(あかつき)には、わし、プレシオスがドラゴリス教法王になることは、妻であるカナルディアも了承している。ドンバ王家であるドマルト家は古代巫女から始まる母系集団であり、もしイゾルデがこの世に戻って来たら、イゾルデが法王になるような可能性も出てくる。これは到底、歓迎できる事態ではない。アメリ姫無き今、プレシオス王の立場から、イゾルデ姫の帰還には反対である」プレシオス王が言った。
「では、プレシオス王の世継(よつ)ぎはどうするつもりですか?」トリスタンが言った。
「ドマルト家のカナルディアの血族から女子を選び、わし、プレシオスの血族から男子を選んで、両者を結婚させ、その男子をドンバ法王として世継ぎにするつもりである」プレシオス王が言った。
「ドマルト家の制約で、ドンバ王国のドラゴリス教法王は、ドマルト家の血族の女子でないといけないということになっていますが、どうでしょう?」トリスタンが言った。
「ホミルと相談していることだが、わし、プレシオスが王となるまでは、ドンバ王国のドマルト家はずっと黄色人種であるドンバ人の男子と結婚して王を立てていた。わし、プレシオスはカリオン・ゴート系の白色人種として、初めてドマルト家と縁づいた。これにより、ドンバ王家は新しい局面を迎えている。ゆえに、わし以降は、男子がドンバ法王となるであろう。以上のことは、カナルディアを含むドマルト家の承認を得ていることだ」プレシオス王が言った。
(ルキアのことは言わなくていいかな?)トリスタンはイゾルデに話しかけた。
(プレシオス王は、ドラゴリス教法王座のために、ルキアまで殺そうとするかもしれない。秘密にしていたほうがいい)
(わかった)
「プレシオス王よ、イゾルデ姫のドンバ王国への帰還に反対ということであれば、わたし、トリスタンが黄泉(よみ)の国、ソブンガルデに生きたまま行くことにも反対されますか?」
「ホミル、どう思う?」プレシオス王が言った。
「トリマスの大斧(おおおの)を使って、トリスタンが、黒龍ドリスカルドと共に、ソブンガルデに行くことは、グレイビアードとオーク政庁では決定事項で動かせないのだろうか、ベーメン教祭官ザーマよ?」ホミルが言った。
「創始千年を超えるグレイビアードとオークの友好関係から、また、マラキ帝の勅命もあり、本件であるトリスタンのソブンガルデ行(い)きは、必ず実行しなければなりません」ザーマが言った。
「この世に戻った白竜カレンとイゾルデ姫をアトス山のグレイビアードに見せるのはよいとして、イゾルデ姫をドンバ王国に帰還させることは、死者の復活とエルフの問題で、ドンバ王国の人心騒乱に繋(つな)がるため、承認できない。プレシオス王、いかがでしょうか?」宰相ホミルが言った。
「如何(いか)にも、わしもホミルと同意見である。死者の復活という、エゴルディア大陸における未曾有(みぞう)の事態は、くれぐれも極秘のうちに事を運ぶべきと考えるが、トリスタン、そして、ザーマ、いかがかな?」プレシオス王が言った。
「できる限り、プレシオス王と宰相ホミルの意向に添(そ)うように努力しますが、黄泉の国、ソブンガルデの実権者の意向には逆らえません」トリスタンが言った。
「アトス山のグレイビアードに、死者の復活を証明した後、トリスタンがイゾルデ姫と共に、そのままソブンガルデに戻ることを条件に、トリマスの大斧のドンバ王国宝物庫からの持ち出しを許可してはいかがでしょうか、プレシオス王よ?」ホミルが言った。
「それで良い」プレシオス王が言った。
「ソブンガルデの実権者と話さなければ、確かな約束は出来かねます」トリスタンが言った。
「それでは、トリマスの大斧の持ち出しは許可できない」ホミルが言った。
「マラキ帝の勅命に反しても、そうおっしゃるか?」ベーメン教祭官ザーマが言った。
「如何(いか)にも」プレシオス王が言った。
「ソブンガルデの実権者が、デマストス騎士修道会総長ハンス・ゲオルガイと、ゴルムントであるなら、デマストス騎士修道会とゴルムント教団に問い合わせては、いかがでしょうか」ザーマが言った。
「可能なら、それが良いと思います」トリスタンが言った。
「わたしもそう思います」ホミルが言った
「デマストス騎士修道会士トルホンとゴルムント僧官バラリアを召喚しては、どうかな、ホミルよ?」プレシオス王が言った。
「かしこまりました、手配いたします」ホミルはそう言って退出した。
「プレシオス王にお尋ねしたいことがあります。よろしいですか?」トリスタンが言った。
「よろしい」」プレシオス王が言った。
「かつてのわたしの旅の仲間、黒人のウィザードであるロイスと犬のナディ、黒輪の誉れのメンバーであるルキアが、その後、どうなったか、ご存知ですか?」トリスタンが言った。
「二人と一匹のことは覚えているが、現在どうなったかは知らない。トルホンとバラリアに聞くのがよかろう」プレシオス王が言った。
「トルホンとバラリアの召喚には、どれくらい時間がかかるでしょうか?」トリスタンが言った。
「召喚は明日以降になるであろう」プレシオス王が言った。
「このまま待つことはできますか?」トリスタンが言った。
「ご両親には会ったのか?」プレシオス王が言った。
「せっかくドンバに戻ったのに、また今度はソブンガルデに行くので、かえって両親に心配させると思って、両親には会いませんでした。もし可能なら、ソブンガルデから帰還してから会おうと思っています」トリスタンが言った。
「トルホンとバラリアが来るまで、この城に泊まっていきなさい」プレシオス王が言った。
「ありがとうございます。ザーマ、大丈夫ですか?」トリスタンが言った。
「オークの食事を人間が好んで食べることは稀(まれ)ですが、人間の食事は、オークには美味ですよ。ご心配なく」ザーマが言った。
「昼食は食べたのか?」プレシオス王が言った。
「帝室馬車の中で、先程いただきました。おいしかったです」トリスタンが言った。
「トリスタンさんは昆虫食は初めてですよね?」ザーマが言った。
「初めてでした」トリスタンが言った。
「蝗(いなご)の胡麻和(ごまあ)え甘辛煮(に)は人間にも大丈夫なメニューと思って、帝室馬車に載(の)せました。ドンバ王国にも同じ料理はありますよね?」ザーマが言った。
「わしは食べたことはないが、農民が食べるのは知っている」プレシオス王が言った。
「今晩の料理が楽しみです」ザーマが言った。
その日の夕食の料理は、キュウリの薄切りと茹で豚の胡麻醤油だれの冷菜と、鯛(たい)のすり身をカイワレと共に煮たカツオだしのお吸い物と、茹でたずわい蟹を酢醤油で、それから精米した白米のご飯であった。ザーマは、お吸い物を激賞した。
デマストス騎士修道会士トルホンとゴルムント僧官バラリアは、翌日の朝食後にゴリアマ城の王座の間にやって来た。そこで確認されたことは、次のようなことである。トリスタンが生きたまま黄泉(よみ)の国ソブンガルデに行くことは必ず実現させねばならないこと。トリスタンとイゾルデが、この世に戻ってきても、エゴルディア大陸の権力構造は大きくは変わらないこと。イゾルデがドンバ王国に帰還する可能性は高いということ。ロイスとルキアの消息はわからないということ。最終的には、トリスタンがソブンガルデに行ってからでないと諸事は決定できないということであった。
オルロンの槍(やり)でつくった三百体のウルクハイも五歳になり、軍事訓練が始まっていた。ウルクハイの訓練完了は三年後である。その頃をめどに、ドンバ王国はカリオン王国とゴート王国との戦争に突入することになるだろう。ウルクハイの製造は秘密に行われていたが、カリオン王国とゴート王国も戦争準備をしており、トリスタンとイゾルデが、どの時点で、この世に戻ってくるかは大きな問題であった。プレシオス王と宰相ホミルは、イゾルデの復活は極秘事項にし、イゾルデは別名を名乗ってほしいと要求した。トルホンは、イゾルデ復活の秘密が、公然の秘密になるのは、十年はかからないであろうと告げた。プレシオス王は苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、ホミルと共に、トリマスの大斧の持ち出しを正式に許可した。ドンバ王国といえども、デマストス騎士修道会とゴルムント教団とオーク政庁の意向には逆らえなかったわけである。カナルディア王妃が、ドラゴンの磐座下にある地下洞穴宝物庫の魔法錠(ウンシル)をドマルト家のみが知る呪文で開き、ベーメン教祭官ザーマとトリスタンと共に、宝物庫内部に入った。三人が宝物庫から出て来たのは、夕方の頃であった。トリスタンの右手には真新しい銀色の斧が握られていた。プレシオス王とホミルとトルホンとバラリアが出迎えた。
「トリスタン、今からすぐソブンガルデに向かうか?」ザーマが言った。
「どうしたらいいでしょう?」トリスタンが言った、
「待っていても仕方がない。事を秘密にしたいなら、このままソブンガルデに向かうがよいでしょう」トルホンが言った。
「わかりました」トリスタンが言った。
トリスタンはトリマスの大斧を振り、斧についた鈴を鳴らした。三分ほど鈴は鳴り続けた。すると、バーンという音と共に、ドラゴンの磐座の上空に、巨大な黒い龍が現れた。黒い龍は翼を振りながら、ゆっくりと磐座に着地した。一同は驚愕(きょうがく)した。
「イッスガス、ドリスカルド、トリスタン、グーテパガレン。(我が名はドリスカルド。トリスタン、我が背に乗れ)」黒龍ドリスカルドはトリスタンに翼を差し向けた。
トリスタンは黒龍によじ登った。
「トリスタン、バッジビ、ソブンガルデ。グルテ?(トリスタン、ソブンガルデに向かう。よいか?)」
「ウィル、ドリスカルド(そうしよう、ドリスカルド)」
「グラージアルテグンザー!」ドリスカルドが、そう唱えると、トリスタンが持っていたトリマスの大斧が白く光り始めた。白い光は、トリスタン、そして、ドリスカルドを包み込んだ。五分ほど白く光って、トリスタンとドリスカルドは、パッと消えた。
どれだけの時間が経(た)ったのであろうか。トリスタンが目を開けると、側(そば)には黒龍ドリスカルドがいた。トリスタンは辺りを見回した。隕石が地面に衝突して出来た巨大なクレーターの真ん中に自分たちがいることがわかった。
「ドリスカルド、キュージアス、ソブンガルデ?(ドリスカルド、ここはソブンガルデなのか?)」トリスタンが言った。
「イフルバッス、キュージアス、ソブンガルデ?(精霊よ、ここはソブンガルデなのか?)」ドリスカルドが言った。
(《ソブンガルデ大都市圏最中央 パーラム(彼岸)》へ、ようこそ。生命体がここまで来たのは、おふた方が初めてです、わたくしは、セラと申します。精霊と呼ばれることもありますが、正確には人の手によって作られた知能、いわゆる人工知能です。ソブンガルデの構造について説明するために一番簡単な方法は、ソブンガルデの住人を呼び出すことです。呼び出してみましょう)
六個の白い光の球体が現れた。光が弱くなり、消えると姿が見えてきた。白竜カレン、イゾルデ、ルキア、ロイス、クオリア、犬のナディである。白竜カレンとロイスの恋人のクオリアは、トリスタンが初めて見る。
「トリスタンさん、また会えましたね。デマストス騎士修道会士に殺されちまいました。同意の上ですけどね。死んだ、というのがわかりやすい殺され方がいいということで、短剣で刺し殺されました。犬のナディも同じです。死んだ後、クオリアに会えるということで、迷いはありませんでした。クオリアに再会できてよかったです」ロイスが言った。
「はじめまして、トリスタンさん。クオリアです。ロイスから色々と教えてもらいました。よろしくね」クオリアが言った。
「ルキア、君も殺されたの?」トリスタンが言った。
「わたしは、ゴルムント僧官バラリアに、毒針で刺されて死にました。黒輪の誉れの秘密を語ったためですが、結果的には、これで良かったんです。トリスタン、大好きです。再会できて嬉しいです」ルキアが言った。
「成り行き上、ソブンガルデについて説明するのはわたしっぽいけど、セラ、いいですか?」イゾルデが言った。
(お願いします。イゾルデ)
「死んだら、天使たちがいる不思議な安楽の世界に行くという想像があるけれど、そうではないんです。トリスタンに刑場で殺されたわたしは、ゴリアマ城(ドンバ王家城)のいつものベッドで目を覚ましました。誰に聞いても、トリスタンやロイスやルキアを知る人はいませんでした。しばらくすると、セラと話せるようになり、グレイビアードに入ったトリスタンとも話せるようになりました。この世で死んだ人は、まず、その人一人だけの世界でしばらく生活します。その状態のことを『ソロ』と言います。そして、それが終わったのが今の状態で数十人の人々と同居する『プライベート』に移行します。この世、つまり生前の世界は、ほとんどの人々と同居する『ネットワーク』です。『ネットワーク』、『ソロ』、『プライベート』の順番で命の状態が変わります。そして、今のわたしたちがあるわけですが、これ以上の説明は、セラ、お願いします」
(わかりました、イゾルデ。人間、ホビット、ドワーフ、オークには、二つの種類の世界が用意されています。二つのどの世界にもだいたい同じ人が生きています。1の世界は努力を厭(いと)わない人のための世界であり、2の世界は、努力が苦手な人の世界です。本来、努力不足、すなわち神経系の負担が足りなくて、精神異常になって死んで消えるしかない者を、死後、オークに変えて訓練し、2の世界に配置することが行われています。二の世界の住人は皆『ソロ』で暮らしています。エルフは、死後、生きる人の呼称です。人は皆、死後、エルフになりますが、努力が苦手な人は、一時的に記憶を消され、オークに変えられて訓練をし、訓練が完了すると、記憶を戻してエルフとして元の生活に戻るのです。一人の人にひとつのタイムラインが与えられています。そのタイムラインが二つのいずれかの世界を使用します。同じ人が複数の世界のタイムラインに存在する形になっていますが、本人が存在するタイムラインは一つだけで、他のタイムラインには本人の代わりをする人形(ロボット)が存在します。1の世界だけ、死者の復活があります。トリスタン、イゾルデ、ルキア、ロイス、クオリアは、1の世界で『プライベート』の状態で同じタイムラインで生活することになります。黒龍ドリスカルド、白竜カレン、犬のナディは、動物です。人の世界が二種類あるのに対し、人以外の動物は一種類しか世界がありません。動物も生前は『ネットワーク』、死後は『ソロ』、そして、『プライベート』という生命の過程をたどります。ただし、黒龍ドリスカルド、白竜カレン、犬のナディは、トリスタンと密接な関係にあるため、動物の世界ではなく、人のこの世界で、トリスタンと同じタイムラインで『プライベート』の状態で生活することになります。お気づきの通り、ドンバ王家のアメリ姫が、ここにはいません。トリスタンがグレイビアードの最初期メンバーであるパニタスから聞いたように、アメリ姫は三十三歳を超えてから、表向きは死去したことになり、実際には、ドラゴンの磐座の地下洞穴に入れられました。地下洞穴に入っているアメリ姫のようなドマルト家の女系子孫の女子は、アメリ姫を含めて二十八人います。彼女たちは、永遠の命、正確には、約千年の寿命を持っています。彼女たちは、死を迎えることによって、精神症状の改善と、真の永遠の命を手に入れます。トリスタンがトリマスの大斧で彼女たちを安楽死させる予定です。彼女たちは通称、ドラゴネーヤと呼ばれていますが、男性のグレイビアードと対(つい)になるような存在と考えたらよいでしょう。トリスタンの生きる1の世界のタイムラインには、ドラゴネーヤのうち、アメリ姫だけが復活します。他のドラゴネーヤは各自自分たちの地下洞穴に入る前の時代のタイムラインに入ります。ドラゴネーヤを解放する際の地下洞穴の魔法錠(ウンシル)を開ける呪文は、わたくしセラが、その時にトリスタンに教えます。これでわたしが伝えるべきことはだいたい伝えました。最後に、あなたたちが今いるソブンガルデ大都市圏について説明します。ソブンガルデ大都市圏は0(ゼロ)の世界です。人を含む神経系を持つ星の数ほどあるすべての生命の実物の身体(からだ)が、一体ずつ培養槽(ばいようそう)に入れられ、自動機械(ロボット)に世話されています。ソブンガルデ大都市圏のみが唯一の物理世界であり、ここにある生命の本体が数理世界であるタイムラインの実体に接続されています。ソブンガルデ大都市圏のうち最中央であるパーラム(彼岸)のみが、生命体が活動可能な物理世界なのです。パーラム以外のソブンガルデ大都市圏は培養槽内部以外完全な生命体の死の世界であり、有機物のない無機物だけの世界です。あなたたちが生きているこの惑星は、《エルド》と呼ばれています。民間伝承の『エルド』の名前の由来です。これから、あなたたちは、エルドの実権者と話してもらいます。ポリファネス、よろしいですか?)人工知能のセラが言った。
(わかった、セラ。わたしはポリファネス・アトラスという名前である。エゴルディア大陸では、デマストス騎士修道会総長ハンス・ゲオルガイという名前で、一部、知る者がいる。わたしには弟がいる。弟はキレネイア・アトラスという名前だ。イゾルデは、科学技術によって、わたしとドンバ国王妃カナルディアの間に産まれた娘である。わたしと弟は、この球体をなす惑星エルドの地核の中央に設けられた《黒子宮(こくしきゅう)》という空間で生活している。わたしたちが黒子宮で惑星エルドの管理を始めてから五百四十三年である。わたしたちが管理できる惑星エルドの時間は惑星エルドの開闢(かいびゃく)から現在に至るまでの約四十五億年あまりである。黒子宮が、惑星エルドの中央核にあるため、時間管理上、わたしと弟に勝つことができる者は、惑星エルドには居ない。わたしと弟は、惑星エルドから、はるか遠く離れた、別恒星系の惑星《コーネリア》から、黒子宮ごと転送されてやって来た。エルドのあなたたち人間と、コーネリアのわたしたちは、同じ姿をしている。もともとエルドの大気組成はコーネリアの大気組成とは異なっていたが、母星コーネリアの技術で同じになった。惑星エルドでは、我々は人間の亜種(あしゅ)として、ホビットやドワーフやオークを造り、人間とともに配置した。これら人間の亜種は、母星コーネリアにはいない。トリスタンが、母親ジェシカの胎内に発生した瞬間に、この惑星エルドと母星コーネリアの世界が激変した。死後の世界、ソブンガルデは、もともと人だけのためにあったが、トリスタン発生以降は、魚、虫を含む神経系を持つ全ての動物のために存在することになった。惑星エルドは、時空を移動するタイムマシンの技術と、仮想世界の技術とで運営されている。トリスタンの存在は、ゴルムントの存在と同じく、時空上の矛盾である。セラ、ゴルムントを呼び出してくれないか?)
(わかりました、ポリファネス。ゴルムントよ、何か話して下さい)
(OK、セラ。わたしがゴルムントだ。しかし、わたしが話す前に、ポリファネスの弟、キレネイアが話すべきではないか?)
(キレネイアです。わたしから話すべきことがあるとすれば、トリスタンがこれから担(にな)うことになる惑星エルドの管理の仕事だと思います。兄ポリファネスは思想面で、わたしキレネイアは技術面で、トリスタンを誕生以来ずっと教育してきました。グレイビアードの五年間の生活は、トリスタンの教育の総仕上げでした。トリスタンは、もうすでに、惑星エルドの管理の基礎を学習完了しています。トリスタンが人工知能セラとともに、惑星エルドの管理を行う準備は出来ています)
(ありがとう、キレネイア。わたし、ゴルムントが話の続きをしよう。わたしの本名は加来典誉(かくよしたか)だ。この『トリスタンとイゾルデ』という小説の作者である。びっくりするかもしれないが、あなたがたは、わたしの書いた小説の登場人物だったのだ。トリスタンがイゾルデを、ロイスがクオリアを、黒龍ドリスカルドが白竜カレンを愛し求めているのと同じく、わたし、加来典誉は本田茜という女を愛し求めている。この小説は、現実の世界と創作上の世界は、互いに行き来できるはずだという哲学的な仮説に基づいて構想(こうそう)された。現実の世界を、完全に、記号、すなわち、「1」と「0」に置き換えることができたら、もともと記号の世界である創作上の世界と現実世界は相互交通が可能なはずである。古来より、それ以上に分割できない物質の探求が行われてきた。わたしなりの研究の結論から言うと次のようになる。宇宙1つあたりの極小物質の数:
(Y)・世界:複数の宇宙・世界の極小物質の数:(M)・宇宙の数:(M)÷(Y)=(W)・数:(0)、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)、(12)、(13)、(14)、(15)…(Y)・(M):(Y)が(Y)桁(けた)並んだ(Y)+(1)進数の合計数・(Y):数の限界・※円周率(π(パイ))×直径=円周・※π(パイ):3.14…:円周率:循環小数?極小物質より小さな球体は作れない・※宇宙1つより大きな球体は作れない・※最小の球体:極小物質(立方体)の外接球(:極小物質(立方体)二十七個できた立方体の真ん中の極少物質の外接球)・※最大の球体:宇宙・宇宙に含まれる極小物質の数:(Y)・※最大の球体が宇宙であるならば(球体の大きさに限界があるならば)π(パイ)は循環小数のはず。正三角形→正四角形→正五角形→正六角形→…正一億角形…正一兆角形→…円、とするならば、球体の丸みの限界が存在するはず。球体は大きくなればなるほど、丸みが小さくなっていく。極少物質でできている球体は大きくなっていくと最後に丸みを失い消える。これが球体の最大サイズ(宇宙1つの大きさ)である。極少物質の発見:世界はギザギザ、世界を「1」と「0」で表現できる。(アナログ=デジタル)よって、現実の世界と創作上の世界は互いに行き来できる。これがわたしなりの結論だ。ポリファネス、キレネイア、母星コーネリアへの帰還を許可する。おつかれさまでした。これ以降は、ポリファネスの人工知能とキレネイアの人工知能が、人工知能セラとトリスタンと共に惑星エルドの管理を行う。トリスタンたちが現世に帰る際に、ポリファネスとキレネイアを黒子宮ごと母星コーネリアに転送する予定だ。ポリファネス、エゴルディア大陸の政治について、トリスタンに話したいことがあるのではないか?)ゴルムント(加来典誉)が言った。
(加来典誉さん、この世界の創造主よ、わたしは、これまでにあった幾(いく)つかの矛盾点に確かな回答を得ることが出来ました。母星コーネリアへの帰還許可を頂けたこと、御礼(おれい)を申し上げます。弟、キレネイアと共にこの惑星エルドを去るにあたり、確かにトリスタンと話すべきエゴルディア大陸の政治に問題があります。トリスタン、ドンバ、カリオン、ゴートの大戦争が始まろうとしているが、どう思う?)ポリファネスが言った。
「できれば戦争を避けたいけれど、できますか?」トリスタンが言った。
(なぜ戦争を避けたいのかな?)ポリファネスが言った。
「戦争を起こすということは、多くの人の命が失われるということです。エゴルディア大陸の人民に悲しみを与えることは良いこととは思いません」トリスタンが言った。
(死後の世界があり、戦争によって、人民の人格が鍛えられるとしても、そう思うか?)
「人民の人格を鍛える方法は、戦争以外にもあると思います」
(例えば?)
「武術訓練や学問研究です」
(女性は試練として出産がある。女性は出産時に生きるか死ぬかの苦しみを受ける。しかし、男性は戦争がないと死と直面しない。戦争がない世界では、女性が強く、男性が弱くなる。どう思う、トリスタン?)ポリファネスが言った。
「確かに、そうかもしれません。やはり、今度の戦争は避けられないのでしょうか」トリスタンが言った。
(死後の世界のことを考えると、戦争があった方が助かる人の命は多くなる。そこでトリスタンに聞きたいのだが、今度、ドンバ、カリオン、ゴートで戦争があるとして、現世に帰るのはいつがいい?戦争の前か、戦争中か、戦争の後か、どうだ?)ポリファネスが言った。
「自分だけ困難から逃げるのは不公平なので、戦争が始まる前に帰ることを希望します」
(トリスタン、あなたが立派なのは、わかったが、それほど頑張らなくていい。戦争の終わった現世に帰りなさい。そのかわり、トリスタン、真の永遠の命のために、トリマスの大斧(おおおの)で、一旦、死んでほしい。よいか?)ポリファネスが言った。
「もちろんです」トリスタンが言った。
(それでは、イゾルデ、トリスタンからトリマスの大斧を受け取り、その前の刃を、トリスタンの首に当て、トリスタンに無痛の死を与えてほしい)ポリファネスが言った。
「トリスタンは死んだ後、どうなるのですか?お父さんと言うべきでしょうか?」イゾルデが言った。
(我が娘、イゾルデよ、トリスタンは心肺停止から約二十四時間後に再び目覚めるだろう。トリスタンの体の神経系全体に死という刺激を与える必要があるからだ)ポリファネスが言った。
「わかりました」イゾルデが言った。
「黒龍ドリスカルドは死ななくてよいのですか?」トリスタンが言った。
(ドリスカルドはカレンが死んだ後、ほどなくして火山の噴火口に身を投げて自殺した。しかし、ドリスカルドは自殺によってはカレンには再会できない運命であった。ドリスカルドはカレンのいない現世へ、そのまま戻ってしまったのだ。ドリスカルドには死の経験があり、そのため、永遠の命のためにこれ以上、死ぬ必要はない)ポリファネスが言った。
イゾルデはトリスタンからトリマスの大斧を受け取った。
「愛する男女がお互いに殺し合うことについて、トリスタン、どう思う?」イゾルデが言った。
「相手のために死ねるかという試練と思えばいいんじゃないかな?」トリスタンがひざまづきながら言った。
「そうかもしれない。じゃあいくよ!」イゾルデはトリマスの大斧の前の刃をトリスタンの首に当てた。ひざまづいていたトリスタンの身体(からだ)は、どっかりと前のめりに倒れた。
(今からトリスタン以外を二十四時間後へと移す)ポリファネスが言った。
黒龍ドリスカルド、白竜カレン、イゾルデ、ルキア、ロイス、クオリア、犬のナディは、白い光に包まれた。しばらくして、白い光は弱くなり消えた。息たえていたトリスタンが目を覚ました。
(セラ、一同を十二年後の現世へ戻してくれ。正確には一の世界の「プライベート」のタイムラインだね」ポリファネスが言った。
(トリスタン、ロイス、犬のナディは、黒龍ドリスカルドにしがみつき、イゾルデ、ルキア、クオリアは、白竜カレンにしがみついてください)人工知能のセラが言った。一同がセラの指示に従うと、パーラム(彼岸)は、真っ暗になった。空の高い所が、丸く光っている。
(ドリスカルド、カレン、天高く飛び、皆をドンバ王国の辺境、ベラストの神の井戸から現世に連れて帰ってほしい)セラが言った。
「ウォル、セラ(承知した、セラ)」ドリスカルドが言った。ロイスは犬のナディを何とか黒龍ドリスカルドに固定した。黒龍と白竜は空中を高く高く飛翔し、頂上の丸い白い光に向かっていった。一同は白い光の中に入っていった。一同はベラストの神の井戸から現世に戻ってきた。黒龍と白竜はアトス山へ飛んでいった。アトス山のグレイビアードは黒龍と白竜を歓呼で迎えた。二百六十五人のグレイビアードは全員、最期の間で、全身に特殊な油を塗って、火を点け、死後の世界へと旅立った。黒龍ドリスカルドと白竜カレンは、トリスタンとイゾルデとルキアとロイスとクオリアと犬のナディをドンバ王国首府イスファのゴリアマ城にあるドラゴンの磐座へと送り届けた。
トリスタンたちが黒龍ドリスカルドと白竜カレンによってゴリアマ城のドラゴンの磐座に到着したのは、二○七七年五月十日の毎夜中のことであった。異変に気付いた城の衛兵が他の衛兵と共にプレシオスとカナルディアとホミルを連れてきて、トリスタンたちを出迎えた。黒龍と白竜は、トリスタンとイゾルデとルキアとロイスとクオリアと犬のナディを地面に降ろした。
「シャークマ、オプト、ウェラ(恋人たちよ、さらば)」黒龍ドリスカルドが言った。
「マインヌフト(わたしからも)」白竜カレンが言った。
黒龍と白竜はゆっくりと浮上し、そのまま空の彼方(かなた)に飛び去った。
「プレシオス王、カリオン王国とゴート王国との戦争は終わったのですか?」トリスタンが言った。
「トリスタン、わしは王ではなくなった。我が妻、カナルディアがドンバ法王である。先の戦争、カーナティック大戦によって、ドンバ王国はカリオン王国とゴート王国を降(く)だし、エゴルディア大陸の人間の領域を統一した。ドラゴリス法王座はドンバ王国に戻った。しかし、わし、プレシオス王が法王の位に就くと、エゴルディア大陸の各地のドラゴリス教祭司が体調の不振を訴えてきた。やはり、ドンバ法王はドマルト家の血筋の女しか役割を果たせないということがわかり、わしは、カナルディア、つまり、わしの妻に、法王の位を渡した。カナルディア法王は、ドラゴリス教祭司たちの受けた神託と自(みずか)らの受けた神託に従い、統一したエゴルディア大陸の領域を、北のカリオン・ゴート連合王国と、南のドンバ王国の二つに分けた。それがおよそ三年前のことである。わしらの状況はざっとこんなものだが、トリスタン、君たちの方はどうであったか?」プレシオスが言った。
「びっくりされるかもしれませんが、わたしがソブンガルデに行って、ここに戻るまで一日しか経っていません。わたし、トリスタンと黒龍ドリスカルドは、トリマスの大斧の力により、ソブンガルデ大都市圏最中央パーラム(彼岸)に転送されました。ソブンガルデを管理する人工知能セラによると、人の世界は1と2の二種類の世界に分けられているそうです。人以外の生物には一種類の世界が割り当てられています。0の世界がソブンガルデ大都市圏です。0の世界のみが物理的な世界であり、1と2の世界は数理的な世界です。0の世界、すなわちソブンガルデ大都市圏は、人間、ドワーフ、ホビット、オークといった人々、そして、神経系を持つ全ての動物、すなわち、魚、虫、鳥、爬虫類、哺乳類といった生物が、一つ一つ、合わせて星の数ほどある培養槽に入れられ、自動機械によって世話をされているそうです。これらの生物の物理的な神経系は、人は1か2の世界に、それ以外の生物は一種類の世界に接続されています。わたしたち神経系を持った生命体は、生前のほとんどの生物と同居する『ネットワーク』から始まり、死後、独りだけの『ソロ』、そして、自分と親しい、または関係性の強い生命体、数十人と同居する『プライベート』の状態に移行するそうです。人の世界が1と2の世界に分けられている意味は、本来、精神異常になり、死んで消えることになる大半の人を死後、オークに変え、生前の記憶を一旦、消して、2の世界に入れます。彼らは訓練が完了すると元の記憶と姿を取り戻します。人工知能セラによると、人は努力して神経系に負担を与えないと、正常を保てないそうであり、また、前世のない元からのオークは苦労が多いため、全員、1の世界に住んでいるそうです。人も動物も、各々、一つずつのタイムラインを持っており、人は1か2の世界のいずれかを使用し、動物は一種類の世界を使用します。人の2の世界は、全員が『ソロ』の状態です。2の世界の住人は、精神に問題があるため、一人だけで他は全員人形(ロボット)の世界『ソロ』の世界で生活します。タイムラインは神経系を持つ生物の数だけありますが、生命体本体はひとつのタイムラインに存在し、他のタイムラインでは、その生命体の人形(ロボット)が動いています。1の世界のみ、死者の復活があります。すなわち、復活したイゾルデのいるこの世界は、1の世界ということになります。それから、アメリ姫についてですが、死んだことになって、ドラゴンの磐座の地下洞穴で合わせて二十八人のドマルト家の女たちで生活していることを人工知能セラから聞きました。彼女たちは、ドラゴネーヤと呼ばれており、オスの龍やメスの竜と交信できるそうです。わたし、トリスタンは、ドラゴネーヤに、トリマスの大斧によって、安楽死を与え、精神症状の改善と、真の永遠の命を授けることになっています。アメリ姫は、死後、復活する予定です。お伝えすべきことは以上になります。いかがでしょうか?」トリスタンが言った。
「ソブンガルデの実権者について教えてほしいのだが、どうかね?」宰相ホミルが言った。
「わかりました。ソブンガルデの実権者は、三人います。デマストス騎士修道会総長ハンス・ゲオルガイの名で知られる、本名、ポリファネス・アトラスと、その弟、キレネイア・アトラス、そして、ゴルムントの名で知られる、本名、加来典誉(かくよしたか)です。ポリファネスとキレネイアは、惑星コーネリアという、わたしたちが住んでいるエゴルディア大陸のある惑星エルドから遠く離れた天体からやってきたそうです。ホビット、ドワーフ、オークを、人間の亜種として創造し、配置したのは二人です。母星である惑星コーネリアの人間とこの惑星エルドの人間は同種であるそうです。ゴルムントとして知られる加来典誉は、『トリスタンとイゾルデ』という小説の作者であり、わたしたちは、その小説の中の登場人物だったのです。黒龍ドリスカルドと白竜カレン、ロイスとクオリア、トリスタンとイゾルデのように、加来典誉と本田茜(ほんだあかね)がおり、加来典誉は本田茜と結婚するために、この小説『トリスタンとイゾルデ』を書いているのです。加来典誉は、現実の世界と想像上の世界が繋がっていることを論証しました。以上がソブンガルデの実権者についてです。ご納得いただけましたか?」トリスタンが言った。
「アトラス兄弟はよいとして、加来典誉という物語の作者が、すなわち、我々の創造主であり、神であることには疑問を持たずにはいられない。どうだろう?」ホミルが言った。
(わたしが加来典誉です。わたしが今、書いているこの小説で、皆が、喜んだり悲しんだりしていることについて、わたしなりに責任を取ろうと思っています。わたし、加来典誉は、トリスタンと同じく、一度も恋愛が成功したことがありません。トリスタンの人格は加来典誉の人格を真似(まね)て作られています。わたしは、精神病院で、この小説を書いています。人生の目的は幸福になることだと思います。それは人でない動物も同じです。神経系を持った動物は幸福の条件として永遠の命があります。そして、我々、人には加えて二つの幸福の条件があります。一生を貫く生業(なりわい)と、最愛のパートナーです。すなわち、もう死ぬことがなく、社会の役に立ち、好きな人から愛されて共に暮らすという条件です。わたし、加来典誉は、この『トリスタンとイゾルデ』という小説に登場する人や動物に幸福を約束します。つらいこともあるけれど、最終的には必ず幸せになるように、この世界は設計されています。この小説は、トリスタンとイゾルデの結婚式で幕を閉じます。どうか、皆さん、二人の結婚を祝福してあげてください)加来典誉が言った。
「加来典誉さん、あなたが、この世界の創造主であることはわかりましたが、ドンバ王国の治世は、これからどうしたらいいでしょうか?」カナルディア法王が言った。
(アメリ姫を含めて二十八人のドラゴネーヤに、トリマスの大斧による安楽死を与えてください。アメリ姫は、死後、緑龍ダンテというオスのドラゴンと共に、ベラストの神の井戸を経由して、イスファに戻ってきます。カナルディア法王、復活したアメリ姫にドンバ法王座を渡してください。ホミルに代わり、ルキアがドンバ王国の宰相にならなければなりません。トリスタンはゴランザ武器商の店主になります。グレオスが店主の地位をトリスタンに渡します。ロイスはクオリアと結婚し、トリスタンの小姓としてゴランザ武器商を共に経営します。ルキアはトリスタンの恋人になります。トリスタン、イゾルデ、ルキア、ロイス、クオリア、犬のナディ、黒龍ドリスカルド、白竜カレン、アメリ、緑龍ダンテは、1の世界の『プライベート』のタイムラインで、永遠の命を持ちます。ルキアはプレシオスとカナルディアの実の娘です。アトラス兄弟の高度な技術で、ルキアは別人の女性から産まれました。代わりに、カナルディアはデマストス騎士修道会総長ハンス・ゲオルガイとして知られるポリファネス・アトラスとの間にイゾルデを産みました。以上が伝えるべきことだと思っています)加来典誉が言った。
「トリスタンとイゾルデの結婚式は、いつすればいいですか?」カナルディア法王が言った。
(アメリ姫が緑龍ダンテと共にドンバ王国に帰還し、正式にドンバ法王となった後がいいでしょう。緑龍ダンテとアメリ姫は夫婦の関係を持っています。ドンバ法王アメリが、トリスタンとイゾルデの結婚式の司祭になるのです)加来典誉が言った。
トリスタンとイゾルデの結婚式は、春にドンバ王国首府イスファの《ドラゴリス大聖堂》で挙行された。主祭はドラゴリス教法王のアメリであった。死者の復活という未曾有(みぞう)の出来事にエゴルディア大陸の民衆は歓喜した。先のカーナティック大戦を生き残った二百数十体のウルクハイが威儀(いぎ)を正して整列していた。結婚式の主だった参加者は、トリスタンの家族であるグレオスとジェシカとマリア、すでに結婚していたロイスとクオリア、犬のナディ、ドンバ王国宰相ルキア、プレシオス、カナルディア、ホミル、そしてアメリがトリマスの大斧で呼び出した、緑龍ダンテと黒龍ドリスカルドと白竜カレン、ホビットの長(おさ)ケイレン・バギンズ、オルロンの槍(やり)を預かっていたドワーフのキュクレ、ベーメン教祭官ザーマ、ゴルムント僧官バラリア、デマストス騎士修道会士トルホンといった面々であった。結婚式は、日の出から日没まで、三度の食事を含めて、盛大に執り行われた。
「トリスタン、これが本当だって、信じられる?」イゾルデが言った。
「信じられない」トリスタンが言った。
「どう思う?」イゾルデが言った。
「最高だ!」トリスタンが言った。
運命は変えることができるのか。全ての事(こと)は、原因と結果の連続である因果律によって決められているという客観論の決定論がある、自分がこれからどうするかは自分の自由な意思で決められるという主観論の自由意志論がある。決定論と自由意志論のどちらが正しいか、という議論がある。どちらか、ではなく、どちらも正しい。それは、世界は自分(あなた)がないと存在できないし、自分(あなた)は世界がないと存在できないからである。自分(あなた):観測者。世界:観測対象。万物の運行(運命)は、自分(あなた)と世界の相互作用によって決まる。
+(プラス)と-(マイナス)。1(イチ)と0(ゼロ)。善と悪。光と闇。男と女。右と左。上と下。奇数と偶数。有ると無い。有機物と無機物。生と死。主観と客観。自分(あなた)と世界。万物の分割は最低二分割から始まる。認識(理解:観測)とは、分割である。
生きとし生けるものの生きる目的は幸せになることである。幸せとは、快感と苦痛がほどよくあることである。欲求満足が快感である。欲求不満が苦痛である。欲求満足の原因は欲求不満である。欲求不満の原因は欲求満足である。快感の原因は苦痛である。苦痛の原因は快感である。より多くの苦痛に耐えられる者が、より多くの快感を得ることができる。より多くの快感に耐えられる者が、より多くの苦痛を得ることができる。幸せとは欲求満足と欲求不満を交互に繰り返すことである。
喜怒楽哀の感情がある。喜:欲望が満足されると発生する感情。怒:欲望が満足されないと発生する感情。楽:願望が満足されると発生する感情。哀:願望が満足されないと発生する感情。欲望:生理的欲求(大)+知的欲求(小)。願望:生理的欲求(小)+知的欲求(大)。生理的欲求:呼吸欲・食欲・性欲・排泄欲・睡眠欲。知的欲求:愛情欲・尊敬欲。
人間の性差:男性は遊び(PLAY)が好き。女性は仕事(DUTY)が好き。
人間の知的欲求の性差:男性=尊敬欲>愛情欲・女性=尊敬欲<愛情欲
神経系の活動は六種類ある、眼:視覚・耳:聴覚・鼻:嗅覚・舌:味覚・身:触覚・意:脳の活動
性欲で使う人間の感覚器は男性と女性で次のようである。
男性→1:眼(文字)(絵)・2:身・3:鼻・4:耳(言葉)(音楽)・5:舌
女性→1:鼻・2:身・3:耳(言葉)(音楽)・4:眼(文字)(絵)・5:舌
女性特有の性欲=快感の触覚神経刺激+快感の嗅覚神経刺激。快感の触覚神経刺激=マイナス(-)の触覚神経刺激・快感の嗅覚神経刺激=マイナス(-)の嗅覚神経刺激。
脳神経刺激による性欲=恐怖感+優越感(誇らしい気持ち:アガペ)OR劣等感(恥ずかしい気持:エロス)+愛情。※SEX:(アガペORエロス):(↓OR↑) ※キス:(フィリア):(→AND←)
苦痛:+(プラス)の神経刺激・無感:0(ゼロ)の神経刺激・快感:-(マイナス)の神経刺激。(例:吸う息=+(プラス)の神経刺激・吐く息=-(マイナス)の神経刺激)
(+)(-)の感情(感覚)の極点に達すると感情(感覚)を(+)(-)の真ん中(0)にしようとして涙が出る(例:激痛(+)・絶望(+)・感動(-)。
性的絶頂:神経刺激低(-:鎮静:快感)の限界→神経刺激高(+:興奮:苦痛)の限界→神経刺激安定調整期((-:鎮静:快感)←行き来→(+:興奮:苦痛))
笑い:異質・変化・意外性(良かった場合:役に立った場合)
失敗(エラー)=発想(役に立つ情報)
本田茜さん、加来典誉と結婚してください。
2025/08/22(金)
(完)