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第六章 ケイロン

トリスタン、ロイス、ルキア、キュクレ、そして犬のナディは、ドンバ王国に戻った。「何でも屋」のドワーフのヘシオスとは別れた。キュクレは、ロンコイ逓信庁の郵便で、ホビットのケイレン・バギンズを、ドンバに呼び寄せていた。ルキアは、ゴルムント僧官バラリアに会わなければならないと言ったが、ロイスが許さなかった。一行は、イスファのゴルムント寺院、フリードラ寺院の前で待った。ほどなくして、ルキアはバラリアと一緒に姿を現した。バラリアはひどく落ち着いていた。これからゴリアマ城へ、プレシオス王に会いに行く所である。ケイレンは、すでにゴリアマ城に着いているようであった。
「とにかく、我が主、トリスタンさんに何かあったらわたしが承知しないからな」ロイスが念を押した。
「大丈夫です。トリスタンさんは、見事、試され、そして認められました。すなわち、ご自分の血を提供されることに同意いただいたわけですから」バラリアが言った。
「信用できない」
「トリスタンさんには、多大なる功績があります。トリスタンさんの決断は、他の血の提供者の命を救うことになりました。本来、ウルクハイ生産のための血の提供者は犠牲にされる予定でしたが、古くからの定めに従い、今回は、血の提供者全員が、生きたまま解放されます。しかし、ウルクハイの生産上限数が減少したので、ドンバ国王プレシオスが難をつける可能性があります。ゴルムント僧官であるわたくしとしては、このたびのドンバ王家との取引には満足しているということを告げさせていただきます」バラリアはゆっくりと目を閉じた。

プレシオス王の元には、すでに、ケイレンと、ベーメン教の祭官が到着していた。
「トリスタン、そしてその旅の仲間よ。このたびのこと、深く感謝する。あなたは、賢明にも自らの血を提供することを厭(いと)わなかった。よって、他の血の提供者も生きたまま解放することになった。察しておるかもしれないが、ウルクハイの生産は、戦争準備のためである。心して聞いてほしい。勝利を確実なものにするため、もうひとつ頼みがある。ゴート王国にある、ケイロンの角笛を持ってきてほしい。それから、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、カリオンの法王立図書館マンツィから取ってきてほしいのだ。娘のイゾルデ姫の辞退は相わかった。娘の代わりに、トリスタン、そなたに、ドンバ王国の貴族の称号を与えるものとする。どうかな?」
「戦争は、カリオン王国に対するものですか?お教えください、王よ」
「さよう、カリオン王国に対する戦じゃ。トリスタン、そちの故郷であるな、カリオン王国は。どうする?父上は、ゴレンド戦争で、ドンバについた。その功績も併せて認めたい。父上と相談してはどうかな?」プレシオス王はあごひげをひねった。
「父と相談するために、一度、カリオンに戻ってもよいでしょうか?」
「よいが、一つ提案がある。トルホンというデマストス騎士修道士を知っておるな。彼を頼り、一旦、デマストス騎士修道会の見習い修道士の身分になってもらいたい。というのは、カリオンに対して戦端を開くことは、極秘事項であるし、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、マンツィで手に入れるのにも好都合であるからだ。また、それに続いて、ゴート王国から、ケイロンの角笛を取ってくる時も、デマストス騎士修道会の身分は役に立つはずじゃ」
「わたくしは、結婚を志す者です。デマストス騎士修道会は、会士に童貞であることを求めます。ご意向には添いかねますが」
「あくまで見習い修道士じゃ。結婚を志す貴族の子弟として、見習い修道士になることは自然なこと。そちには、貴族の称号を授ける。これは正式な貴族の称号であり、正式なあなた方の家名ともなる。ホミルよ、トリスタンの貴族家名は、どうする?」ホミルは、宰相であり、宮廷魔術師でもある。
「ゴランザはどうでしょうか?」
「ゴランザか、その理由(わけ)は?」
「ゴランザとは、古代ドンバの豪族の名前です。カリオンからのドラゴリス法王座奪還の記念としてはいかがでしょう?」
「トリスタン、そちに言っておく。この戦争は、ドラゴリス法王座を巡るものなのだ。古来、ドラゴリス教は、ドンバ王国にて創始されたもの。あるべきものが本来の主(あるじ)の元へと戻るわけである」
「トリスタンさん、本気でデマストス騎士修道会の見習の修道士になるつもりですか?」
「父と相談してみないとわからないな」
「父上に相談する前に、デマストス騎士修道会に入ってもらう必要がある。すまんが、事態は切迫している。わかってくれ」
「わかりました。父とドンバは近い関係にあります。わたくしは、結婚を志す者でありますゆえ、あくまで見習い修道士としてしか活動しなくてよい条件でお引き受けしましょう。たしか、ケイロンの…」
「ケイロンの角笛と、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法じゃ。ケイロンの角笛とケイロンの鉄製首飾りの使用法は、すでに知っておるからよしとする」
「ルキア、これでお別れだね。ルキア、ロイス、これからどうするの?」
「そんなに簡単に女の子に別れを告げていいんですか?見た所、相思相愛のようですね」ロイスがうそぶいた。
「ルキアにもルキアの事情があると思って」
「プレシオス王よ、わたくし、ロイスと、ルキアを、トリスタンさんの従者として、側に置かせていただくこと、叶いませんでしょうか?」
「それは、我々が決めることでなく、おぬしらで決めること。口出しはすまい」
「ルキア、どうだい?トリスタンさんに付いて行かないか?」ロイスが尋ねた。
「わたくしは、バラリア様の言う通りにします」ルキアは打つ向いている。
「トリスタンさんが血を提供してくれること、プレシオス王の意向を汲むことを条件に許可しましょう」ゴルムント僧官バラリアが応えた。
「血の提供、ケイロンのことを承りました。ルキア、一緒に来てくれるかい?」
「喜んで」ルキアは少し寂しそうに微笑(ほほえ)んだ。
「よかったですね。何といっても、トリスタンさんの優しい心がけが、ルキアを動かしたんだと思いますよ」
トリスタンの血の提供は無事に終わった。数日間で他の血の提供者も無事解放された。プレシオス、キュクレ、ケイレン、ダラムという名のベーメン教祭官は、人間、ドワーフ、ホビット、オークの代表として、オルロンの槍を、その血液で覚醒させた。ウルクハイは三百体、製造予定である。すなわち、三百頭のメスの馬の膣に、ウルクハイの胚(はい)を生じさせたのである。出産は、十二ヶ月後の予定である。トリスタンは、デマストス騎士修道会士トルホンの導きで、見習い修道士トリスタン・ゴランザとして初誓願を立てた。トリスタン、ロイス、ルキア、犬のナディに加えて。トルホンが旅の仲間となった。一行は、カリオン王国の首府、レマヌスに帰郷した。だんだんと肌寒い季節になっていた。ロイスは、グレオスからドラクメ金貨三百五十枚を後金として受け取った。グレオスは、大変喜んだ。ジェシカもトリスタンの母として心から誇りに思うと言った。トリスタンの家は、ゴランザ家として、ドンバ王国に迎えられることになった。ゴランザ家は、これから荷物をまとめ、ドンバ王国に引っ越す予定である。何と言っても、花嫁ルキアに対する期待は大きかった。プレシオスは自分のことのように、トリスタンとルキアとの出会いを喜び、祝福した。

トリスタンは、ルキアに愛情を強制しなかった。それが何よりもルキアを喜ばせた。当のトリスタンとルキアは、お互いを友人として見ていたが、周囲の者は、婚約と見ていた。特にロイスはそうだった。トリスタンは、ロイスとルキアと犬のナディと一緒にレマヌスのデマストス騎士修道会の修道院に入った。その必要はないんじゃないかとロイスは言ったが、トルホンが、法王立図書館マンツィを利用するためには、どうしても必要な手続きだと言い張った。ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法を図書館で探すのは大変だった。まず本の題名がわからないし、重要な本として閉架書庫に収められていたのだ。トルホンは、持ち前の粘り強さで、何とか『ケイロンの秘儀』という本を見つけ出した。写本には五日間かかった。すべてトルホンが写した。鍛造本の詳しい解説は技術的な問題でもあるので、割愛(かつあい)させてもらうが、要するに、完成した首飾りを、ゴーミンの泉の水に浸(ひた)し、ケイロンの角笛の音を聞かせることで、完成するというものであった。出来あがったケイロンの鉄製首飾りを兵士に付け、ケイロンの角笛を吹くと、兵士の体力が増す仕組みであった。プレシオス王は、ケイロンの鉄製首飾りを、ウルクハイに装備させるつもりではないのかというのがトルホンの考えであった。ただでさえ強力なウルクハイが、さらに強くなるはずである。残るは、ゴート王国から、ケイロンの角笛を持ってくるだけである。デマストス騎士修道会がゴートから借り受けるという形で、持ち出してしまうという計画であった。ロイスは、そんなに簡単に持ち出せるだろうかと心配した。トルホンによれば、ゴート王国は、ケイロンの角笛の真価を知らないという。それどころか、そんなものが国内にあるということすら知らないのだという。トリスタンたち一行は、ゴート王国に向けて出発した。それと前後して、グレオスとジェシカとマリア、つまり、ゴランザ夫妻と、トリスタンの妹は、家財、商売道具の一切を、ドンバ王国に荷馬車二台を使って移送した。ゴランザ夫妻は、ドンバ王国の貴族として、正式に邸宅と土地を授与された。グレオスの希望により、グレオスは、ドンバ王国の御用武器商人となることになった。これが、《ゴランザ武器商》の興(おこ)りであった。後に、トリスタンが継ぎ、ゴランザ武器商は、ドンバ一の武器商となるのである。