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人間の強さについて

強い人間とは何であろうか。肉体(筋肉)の発達した人も強いと言える。金持ち(資産家)も強いと言えるだろう。天寿を全(まっと)うして90才以上で死ぬ人も強いと言えるだろう。苦しんでいる弱い人を助ける人も強いと言えるだろう。格闘や武術(軍事用)の技能を身につけた人も強いと言えるだろう。努力し続ける人も強いと言えるだろう。それでは、おしなべて最強の人間とは、これら全てを兼(か)ね備えた人間であるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると、何のための強さだろうか。人間が生きるために最低限必要なのは、水分、塩分、糖分である。しかし、これだけでは人間は満足しない。ワインであったり、日本酒であったり、じゃがいもの塩ゆでであったり、焼き肉や焼き魚やプリンやヨーグルトであったりする。人間には娯楽も必要である。知的娯楽で一般的に程度が低いとされるのがギャンブル(賭博)であったり、Rock、R&B、Rap、HipHopである。知的娯楽で一般的に程度が高いとされるのは、オペラであったり、クラシック音楽であったり、能楽、狂言、歌舞伎であったりする。人間は、いや知的生命体は自分の幸せ(つまり一日の中で起こりうる幸せ)以上のもの得ようとしてはいけないと思う。アメリカ合衆国とソビエト連邦を中心とした東西冷戦は、地球人を何度でも絶滅させうるだけの核弾頭という負の財産を残した。原子エネルギーという新しいエネルギーを手に入れた人類は自然とこうならざるを得なかった。国の防衛のために必要な核弾頭は、どれくらいだろうか。最小化すべきである。人間は幸せになるために強さを求めるのに、その強さが大きくなりすぎて人間を滅ぼしてしまうのであれば意味がない。かつてイエズス会を創設したイグナチオ・デ・ロヨラが、フロンシスコ・ザビエルに何度も言った通り、「たとえ全世界を手に入れても、自分自身を失ったら、何の意味もない(新約聖書)」と言った通りであると思う。