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心配と後悔を乗り越える方法

未来に対する苦しみ:心配
過去に対する苦しみ:後悔

心配と後悔を乗り越える方法。これは筆者である私自身が最も関心のあることである。私は、何事につけても、こうであらなければならないというこだわりを強く持つ傾向がある。その結果、未来の心配や、過去の後悔でいっぱいになる。私にとっては、未来の心配より、過去の後悔の方が、より大きな問題となっている。今の私の未来の心配は、最愛の人と再会できるか、生涯を通した職業に就けるか、ということだけである。しかし、後悔は、毎日、色々雑多に現れる。買い物をし忘れたとか、洗面台でズボンを汚したとか、部屋の鍵をかけ忘れたとか、掃除ができなかったとか、パーソナルコンピュータの作業で、内容を確認せずにファイルを削除してしまったとか、ウェブサービスのパスワードを間違って入れたりとか。後悔は、何らかの失敗によって生じる。こだわりの多い私は常に後悔から後悔へと渡り合っているように思う。後悔に苦しむ私が考えるには、後悔を乗り越える方法は、失敗をチャンスと捉えることではないか。以前、私が地元の雑貨店の楽天市場担当で働いていた時、いわゆる、クレーマーというお客様がいたが、手書きの手紙とお菓子を送るなどの丁寧な対応で最後まで徹した。そのお客様は女性だったが、結果として私が働いている会社にいいイメージを持ったのではないかと信じている。『松下幸之助の商売戦術三十ヶ条』にも、「品物の取替や返品に来られた場合は、売った時よりもより一層気持ちよく接せよ」とある。ほとんどのお客様は、買い物を注意して行い、後で買った物に満足する。詳しく調査したわけではないが、返品したいというお客様は、全体の1%にも満たないだろう。今回、買った商品を気持ちよく返品できれば、次回は、もっと安心して買い物ができる。返品は物的な意味では損失になるが、お客様を満足させた返品は、販売促進になる。クレーマーや返品という失敗事項が、成功へとつながるチャンスだという認識を私は持っている。多くの人が初めて押して開けるドアを、間違って引いてしまう場合、そのドアは引く仕組みにするのが正解である。また、物がなくなった場合に、最初に探す場所がある。その場所が本来、その物の最も適した保管場所である。失敗によって、より合理的な解決方法が見つかることは多い。料理でも、いつもの手順を間違えて、失敗したと思っていたら、こちらの方が良かったと発見することがある。今では当たり前のラーメンの白濁した豚骨スープも、ラーメン屋の失敗から生まれたそうである。私は中学と高校でバレーボール部に所属していたが、運動音痴の私は、チームメートに迷惑をかけていた。私がレシーブで失敗すると、他のチームメートがカバーに向かう。バレーボールという競技は、仲間の失敗をいかに補正(カバー)して乗り越えていくかということが重要だ。日常生活で失敗も、失敗の後、どう工夫して切り抜けていくかということに人生の面白さがある。行為の結果も重要だが、行為の過程を楽しむことが幸福につながる。我々は成功より失敗から多くのことを学ぶ。成功を予想通り、失敗を予想外と定義すると、失敗の予想外の事態は、発見や発想の源になる。近年、生成AIの発展が報じられている。私は生成AIの専門家ではないが、生成AIは時々、失敗して、間違った答えをすることがある。昔のAIになくて、現在の生成AIにある機能の一つとして、「失敗」とそれに続く「発見」があるのではないだろうか。このように後悔を乗り越える方法は、失敗を活かすことである。では、心配を乗り越えるにはどうすればいいか。それは将来の心配、例えば、私の場合は、最愛の人と再会できるか、生涯を通した職業に就けるか、という心配は、今、この瞬間に何をすれば良いのかを考えることにある。例えば、Webプログラマーの仕事を本格的に展開するための準備をする、作家としての仕事をするために小説やエッセイなどの文章を書く、などである。将来(未来)に向けて、何らかの準備を行っていれば、心配は自ずと消えて安心へと変わる。

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