トリスタン、ロイス、ルキア、キュクレ、そして犬のナディは、ドンバ王国に戻った。「何でも屋」のドワーフのヘシオスとは別れた。キュクレは、ロンコイ逓信庁の郵便で、ホビットのケイレン・バギンズを、ドンバに呼び寄せていた。ルキアは、ゴルムント僧官バラリアに会わなければならないと言ったが、ロイスが許さなかった。一行は、イスファのゴルムント寺院、フリードラ寺院の前でまった。ほどなくして、ルキアはバラリアと一緒に姿を現した。バラリアはひどく落ち着いていた。これからゴリアマ城へ、プレスオス王に会いに行く所である。ケイレンは、すでにゴリアマ城に着いているようであった。
「とにかく、我が主、トリスタンさんに何かあったら私が承知しないからな」ロイスが念を押した。
「大丈夫です。トリスタンさんは、見事、試され、そして認められました。すなわち、ご自分の血を提供されることに同意いただいたわけですから」バラリアが言った。
「信用できない」
「トリスタンさんには、多大なる功績があります。トリスタンさんの決断は、他の血の提供者の命を救うことになりました。本来、ウルクハイ生産のための血の提供者は犠牲にされる予定でしたが、古くからの定めに従い、今回は、血の提供者全員が、生きたまま解放されます。しかし、ウルクハイの生産上限数が減少したので、ドンバ国王プレシオスが難をつける可能性があります。ゴルムント僧官であるわたくしとしては、このたびのドンバ王家との取引には満足しているということを告げさせていただいます」バラリアはゆっくりと目を閉じた。
プレシオス王の元には、すでに、ケイレンと、ベーメン教の祭官が到着していた。
「トリスタン、そしてその旅の仲間よ。このたびのこと、深く感謝する。あなたは、賢明にも自らの血を提供することとを厭(いと)わなかった。よって、他の地の提供者も生きたまま解放することになった。察しておるかもしれないが、ウルクハイの生産は、戦争準備のためである。心して聞いてほしい。勝利を確実なものにするため、もうひとつ頼みがある。ゴート王国にある、ケイロンの角笛を持ってきてほしい。それから、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、カリオンの法王立図書館マンツィから取ってきてほしいのだ。娘のイゾルデ姫の辞退は相わかった。娘の代わりに、トリスタン、そなたに、ドンバ王国の貴族の称号を与えるものとする。どうかな?」
「戦争は、カリオン王国に対するものですか?お教えください、王よ」
「さよう、カリオン王国に対する戦じゃ。トリスタン、そちの故郷であるな、カリオン王国は。どうする?父上は、ゴレンド戦争で、ドンバについた。その功績も併せて認めたい。父上と相談してはどうかな?」プレシオス王はあごひげをひねった。
「父と相談するために、一度、カリオンに戻ってもよいでしょうか?」
「よいが、一つ提案がある。トルホンというデマストス騎士修道士を知っておるな。彼を頼り、一旦、デマストス騎士修道会の見習い修道士の身分になってもらいたい。というのは、カリオンに対して戦端を開くことは、極秘事項であるし、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法の写しを、マンツィで手に入れるのにも好都合であるからだ。また、それに続いて、ゴート王国から、ケイロンの角笛を取ってくる時も、デマストス騎士修道会の身分は役に立つはずじゃ」
「わたくしは、結婚を志す者です。デマストス騎士修道会は、会士に童貞であることを求めます。ご意向には添いかねますが」
「あくまで見習い修道士じゃ。結婚を志す貴族の子弟として、見習い修道士になることは自然なこと。そちには、貴族の称号を授ける。これは正式な貴族の称号であり、正式なあなた方の家名ともなる。ホミルよ、トリスタンの貴族家名は、どうする?」ホミルは、宰相であり、宮廷魔術師でもある。
「ゴランザはどうでしょうか?」
「ゴランザか、その理由(わけ)は?」
「ゴランザとは、古代ドンバの豪族の名前です。カリオンからのドラゴリス法王座奪還の記念としてはいかがでしょう?」
「トリスタン、そちに言っておく。この戦争は、ドラゴリス法王座を巡るものなのだ。古来、ドラゴリス教は、ドンバ王国にて創始されたもの。あるべきものが本来の主(あるじ)の元へと戻るわけである」
「トリスタンさん、本気でデマストス騎士修道会の見習の修道士になるつもりですか?」
「父と相談してみないとわからないな」
「父上に相談する前に、デマストス騎士修道会に入ってもらう必要がある。すまんが、事態は切迫している。わかってくれ」
「わかりました。父とドンバは近い関係にあります。わたくしは、結婚を志す者でありますゆえ、あくまで見習い修道士としてしか活動しなくてよい条件でお引き受けしましょう。たしか、ケイロンの…」
「ケイロンの角笛と、ケイロンの鉄製首飾りの鍛造法じゃ。ケイロンの角笛とケイロンの鉄製首飾りの使用法は、すでに知っておるからよしとする」
「ルキア、これでお別れだね。ルキア、ロイス、これからどうするの?」
「そんなに簡単に女の子に別れを告げていいんですか?見た所、相思相愛のようですね」ロイスがうそぶいた。
「ルキアにもルキアの事情があると思って」
「プレシオス王よ、わたくし、ロイスと、ルキアを、トリスタンさんの従者として、側に置かせていただくこと、叶いませんでしょうか?」
「それは、我々が決めることでなく、おぬしらで決めること。口出しはすまい」
つづく