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思索とアートとヘアカット
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第二章 ドンバへ

「ところでロイス、ドンバってどうやって行くんだい?」トリスタンがきいた。
「そうですねぇ、とりあえず、この道をまっすぐ行きましょう。《プニウマの宿屋》に行けば、何か話が聞けると思います。旅のしおりによるとそなっています」
「旅のしおりって何?」
「冗談ですよ。そんなのあるわけないでしょ」
「《プニウマの宿屋》っどっかで聞いたことのある名前だな。何だっけな」
「殺人事件があっったんですよ」
「何か違う話になってきてない?」
「そうですねぇ、ここが運命の分かれ道です。わたしは誰でしょう?」
「ハハハ、笑わせるなぁ」
「殺人事件、本当にあったんですよ。俗もいう『プニウマ荘殺人事件』ですよ。あそこ、怪しいんですよ。情報屋がたむろしているんです」
「誰が死んだの?」
「殺人事件の方はどうでもいいんです。単に怒り狂ったカミさんが、宿屋のご主人を殺したんです。聞けば、昔から憎かったそうです。あの、情報屋の情報は、結構、当てになるもんですぜ」
「どんな情報?」
「もちろん、ドンバ王国についてですよ」
「プニウマって、どんな意味?」
「四人姉妹の名前の頭文字です」
「わかった、とにかく道を急ごう。いつ頃、到着するかな?」
「寿命が尽きる前には着くでしょう。だいたい、そんなもん、わからんですよ」
「ごめん、ごめん」
「わたしのこと好き?」
「えっ、そんな!?」
「そんな時はね、嘘でも、好きっていうのよ」
「わかったよ。もういいよ」
トリスタンがロイスと話すときは、だいたいこんな感じだった。ここでロイスについて、書いてみよう。あくまで噂であるが。ロイスの前職は、風俗店の男娼(ホスト)だったという。自称No.1の男娼(ホスト)である。どうやら手っ取り早く、カネを集めたかったらしい。四年に一度、必ず、金欠になるという特徴がある。なぜか?三王国合同の武術大会の賭けに出るからだ。ロイスの出身はゴート王国である。ゴート王国の正規軍に属していたこともあったという噂もある。何故、噂なのかというと、ロイスは過去を語りたがらないからだ。結婚は人生の墓場だ、という座右の銘も。ロイスにはある。セックスは大好きだが、結婚は真っ平ご免らしい。子供は好きらしい。武術大会の賭けは、女子レスリングと決めている。好きな白魔術は、体力回復呪文、コスパ。他にもあるが、また、別の機会にしよう。

《プニウマの宿屋》には、意外と早く着いた。日が暮れる前でよかった。宿屋は、岩壁を刳り貫いて出来ていた。
「こんな所に宿屋があるんだね…」
「いやいやいや、いー宿屋だねぇ」
「何それ?」
「さぁ、独り言ですよ。あのねえ、いちいち…。あっ、もういいです」
二人は夕食を採(と)ることにした。メニューは、「盛り沢山」「並み」「スズメの涙」である。誰も「スズメの涙」は選ばないのではないかと思うが、実はそれは子供用のメニューなのだ。盛り沢山を二人前、頼んだ。飲み物は、ビールだった。まず出て来たのが、羊のレバーペーストと、クレソンと三つ葉、カリフラワー、マッシュルーム、トマトのオリーブオイル仕立てである。黒胡椒(くろこしょう)と塩とビネガーとレモン汁が、オリーブオイルに入っている。メインディッシュは魚だったので、二人ともがっかりしたが、非常に美味かった。スズキのパン粉の香草焼きである。バターと白ワインが下味になている。卵と酢も入っていた。デザートは、アップルパイだった。ハーブティーも良かった。外は、漆黒の夜空に満点の星々が輝いていた。風が冷たかった。カエデの葉が、外でそよいでいた。ドギーフードで残しておいた長パンを齧りながら、二人はベッドで話している。
「あいにく客が誰もいないなんて、予想外だったね。残念だね」
「シーズンオフだからしょうがないですね」
「なんで、わかってるのに」
「そういうもんですよ。人生ってのは。あなたの恋愛もそうです。期待している時は、あまり出会えないものです。わたしも人のこと言えないけれどね」
「そうかなあ…」
「葉巻が欲しいな」
「パイプ、持ってるじゃない」
「今は葉巻の方がいいな」
「ふーん」
「ちょっと外に出て来ます」

一時間が経ち、二時間が経った。遅いな…。トリスタンは、酒は活(い)ける口である。しかし、飲み過ぎると気分が悪くなる。今日は飲み過ぎた。ロイスって軍人なのかな。正規軍兵士だったのかな。そうだな。言ってたから。俺も軍人になったら、恋人できるかな。ロイスってモテるもんな。ああいうふうになればいいんだな。俺、魔法やらんもんな。魔法やったらモテないと言われたから。なんで、ロイス、やってんだろう。そういうのは考え過ぎだな。ロイスが戻って来たら、聞いてみよう。雨が降ってきたかな。恋愛というのが何なのか、トリスタンはよくわかっていなかった。恋愛とは何か。誤解である。勘違いである。思い込みである。総じて、自己愛である。愛とは何か。愛とは、正反対の事象(もの)が互いに引き合うことである。すなわち、男と女、+(プラス)と−(マイナス)、過去と未来。

オークにも愛がある。オークの良さは悪さなのである。邪悪なほうがモテるのである。確かに悪くて強いオークは美しい。貴方のその憎悪が美しい。オークは独特の哲学を持っている。死の哲学と言える哲学である。彼らの宗教、ゴルムント教である。生死不分、愛憎一致、厭離執着(おんりしゅうじゃく)が教理である。始祖ゴルムントを神として崇めている。オークには階級がある。神官階級のヴァストラ。軍人階級のケイマン。庶民階級のラロット。奴隷階級のシャーティー。ゴルムントはヴァストラの父親とシャーティーの母親という身分違いの許されざる恋の落とし子だった。オークの身分は厳格で、同身分しか結婚が許されない。オークには、水と火を対立項にした二元論の宗教であるベーメン教があり、身分制度はベーメン教に由来する。ゴルムントはベーメン教に飽き足らず、新しい宗教を作った。不潔不浄を愛する水の要素と、清潔清浄を愛する火の要素の対立に疑問を抱いていた若きゴルムントの伝承は、ゴルムントの経典群『ラマストラ』にある。ベーメン教の最高神は二体もしくは一体。二体とは。水神ナーガと火神マーアである。一体は秘密である。ナーガとマーアは夫婦である。一体は二体の親である。これは、ベーメン教の奥義である。ゴルムントは、奥義の達成者として、完成者(プートリ)となったが、自分を神と僭称(せんしょう)したために、被差別民(ガーマ)へと堕(お)とされた。初めての弟子は被差別民のうちの一人、ヨーギナであった。ヨーギナは踊り子であった。ヨーギナの妹はタマラであり、ゴルムントに、未来予知の原術(ゴシック)を教えた。原術(ゴシック)とはベーメン今日の呪術体系であり、浄不浄を問わず、水による生命不壊(せいめいふえ)の儀式を執り行う。もうひとつの呪術体系である華術(ロムス)は、帰滅殺生(きめつせっしょう)の、火による生命崩壊(しょうみょうほうかい)の儀式を執り行う。原術(ゴシック)も華術(ロムス)も高度完成の域に達すると、合一行である金剛術(バクトラ)に収斂(しゅうれん)される。金剛術(バクトラ)は、神官階級(ヴァストラ)のみ保持(ハーフィズ)できる。ベーメン教では、成人式に自分の墓を建立することになっているが、ゴルムントは、自分の墓を成人式から十二年後に破壊した。永生のためである。オークは、専制君主の帝政であり、マラキ帝が皇帝となっている。マラキ治政下に、ベーメン教は最も大きな勢力を持ち、ゴルムント教は、その分派として存在していた。

「ちょっとお話が。宿屋の主人です」
「どうしました?」
「ドンバについて知りたいんですよね」
「そうです」
「オルロンの槍についてですが、わたしの父は、その関係で殺されているんです」
「どういうことですか?」
「わたしの母は、ある秘密結社の一員何です。知ってますか?」
「知りません」
「人呼んで《黒輪(こくりん)の誉(ほま)れ》です」
「…」
「これはヤバくなってきたな…」ロイスは頭を掻いた。
「この宿屋には幽霊が出るんです。父の霊ではありません。わたしの父が、この宿屋を譲り受けてから出るようになったんです。母はそれを『召命(ラタス)』と呼んでいました」
「意味がわかりませんが…」
「つまり、スカウトされたわけです。そう、なんというか…、黒輪の誉れに」
「それはどういう意味なんですか?」
「それを教えて欲しいなら。ドラクメ金貨を七枚いただきます」
「トリスタンさん、止(や)めたほうがいいですよ」
「どうして?」
「黒輪の誉れは、相当、ヤバい団体ですよ。童貞好きのオバさんの団体という噂もありますが、そうじゃないんです。永遠の命を得るために、《快楽としての殺人》を行っていると聞きます」
「どうやら、わたしの方が支払いをしないといけないようです」宿屋の主人は、ポケットから、ドラクメ金貨を七枚取り出した。
「ちょっと、待った!受け取らないで!ハメようとしています!」
「それでは仕方がありませんね。ひとまず、事情を説明いたしましょう。オルロンの槍は元々、オークの創(つく)ったものだったのです。つまり、オークは、取り返したわけです。奪ったわけではないのです」
「それと、お父様の死とどういう関係が?」
「ゴルムント教を知っていますか?」
「聞いたことがあります」
「黒輪の誉れは、ゴルムント教系の秘密結社なのです。オルロンの槍は、ベーメン教の秘密祭儀の道具であり、ゴルムント教徒が、力を得るために、槍を欲しがったわけです。わたしの父は、オルロンの槍の所在を知っていたようです。母は、ゴルムント教徒の依頼で、黒輪の誉れの活動の一つとして、父を殺しました」
「なるほど、事情がわかりました。これだけ聞いて、まだ、ドンバ王国に行く必要があるでしょうか?」トリスタンが尋ねた。
「さぁ、それはご自由にと言いたいところですが、ひとまず、ドンバ王国の国王から、槍探しの人員として、登録してもらう必要がありますよ」
「そうだった。わかりました」
「少しヒントがわかりましたね。槍は、オークのゴルムント教徒が持っているらしいこと。人間なら、黒輪の誉れに接触すればよいこと、といったことろか」

翌朝になった。雨上がりの朝は、湿気を含み、いくぶん気だるかった。二人は、朝食を食べながら、話し合った。このまま道を急ぐと、約五日で、ドンバに到着することがわかった。イッピ街道を北上すればよかった。イッピ街道は、カリオン王国とドンバ王国を結ぶ幹線道であり、特産品の交易路として使われていた。途中、グリア湖の瀑布(ばくふ)を見物して行くことになった。このゴリトの滝は、黒龍ドリスカルドと由緒のある滝で、竜の霊力が水に宿るとされていた。また、この湖の近くには、ボーミンの森があり、龍と人間の娘が恋をしたという伝説が残っていた。ここも名所であり、いくつかの土産物屋が並んでいる。ドンバとカリオンの間には、このように、龍に関する名所が多くあり、ドラゴリス教の聖地として知られている、ゴーミンの泉もあった。ゴーミンの泉は、トリスタンたちの旅程にはなかったが、ゴーミンの泉は、生命体に永遠の命を吹き込む力があるとされていた。そのため、一般には開かれておらず、特別な許可がなければ、入れなかった。途中、野宿三回と、宿屋に二回泊まって、ドンバ王国に到着した。


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