加来病院外来
加来典誉 あ、はい。あ、措置入院ですか?今、警察が連れてきた。あ、そうですか。どんな状態ですか?暴れまわっている。警察が抑えている。保護室ですかね。わたしが主治医ですか?北野武さん。あ、そうですか。ひとり、警察と。わかりました。じゃあ、親御さんが・・・。今、何歳の人ですか?わからない。よし、警察の方に聞いてみましょうかね。警察の方・・・。
警察官 あ、はぁ。
加来典誉 どういう方なんでしょう。
警察官 わからないんです。素性不明です。
加来典誉 ああ、一旦入れておきましょう。
警察官 注射とか?
加来典誉 いや、わたしはあまり注射とかはしたくない人なんです。
警察官 そうですか。
加来典誉 あの、ちょっと様子見てから、処方する感じなんです。沈静注射は効き過ぎますからですね。記憶が飛んだりするんですよ。ちょっと様子見ましょう、保護室入れて。
警察官 わかりました。
加来典誉 保護室入れたら、なんとかなりますから。
警察官 なるほど。
加来典誉 とりあえず、今、入れてますから。わたしたちが。警察さんの方でやることが何かありますか?書類の手続き。わかりました。ちょっと事務所でやっていてください。
警察官 わかりました。
加来典誉 職業は?
警察官 それが言わないんですよ。
加来典誉 困るでしょ?
警察官 困ります。
加来典誉 どうしようかな。じゃあ、落ち着いてから。ちょっと残ってもらえますか?なんとかコミュニケーションしてみますよ。
警察官 そうですか。
加来病院第一病棟
加来典誉 保護室入った。入った。美人さんは?一人しかいない。亀井さんだけ。美穂ちゃんは?いる。じゃあ、みぃちゃんと亀井さんで行こう。いやだって?なんで、いいやないね、みぃちゃん。落語するっていう予定だったじゃない。みぃちゃんの美人落語って、さ。やってよ、みぃちゃんの美人落語。患者さんが暴れているのが止まるからさ。なんでしないの。みぃちゃんの美人落語しようよ。行かない?行く。じゃあ、行こう。亀井さんとみぃちゃんで行こう。怖いの?
中村美穂 怖くないよ。
加来典誉 どんなことしたの?
ナース 自動販売機を蹴りまくっていたそうです。大声上げて。
加来典誉 あ、ほんと。それだけですか。壊していた。じゃあ、行ってみましょうかね。氷も水も持っているし。
加来病院第一病棟保護室
北野武、暴言を吐いて暴れまわる。一同、入室。北野武、暴れまわったまま止まらない。
加来典誉 よし、例のやつしよう。みんな正座しよう。
中村美穂・亀井はるか なんでですか。
加来典誉 とにかく。
加来典誉 かいきょうげー。むじょうじんみみょうのほうわー、
北野武 ははは。
加来典誉 笑い出しましたね。まだ聞きたいですか。もっと聞きたいですか。わかりました。ひゃーくせんまんごうにもあいおうことかたし、わーれ、いまけんもんしじゅじすることをえたり。ねがわくはにょらいしんじつのぎをげせん。
北野武 もういいです。
加来典誉 面白いでしょ。
北野武 面白い。はははは。
加来典誉 沈静する作用があるんです、お経って。落ち着くんです、日本人は。
北野武 はははは。
加来典誉 面白いでしょ。悲しみにくれている時。お亡くなりになってね。ああ、悲しい、どうしようか、生きられない、という時に、お経を聞くとほっとする。
北野武 はははは。
加来典誉 どうしたんですか。自動販売機、蹴ったりして。
北野武 わけわからん。
加来典誉 お父さんと、お母さんの名前くらい教えてくれませんか?警察が連れてきたから、危ないということです。
北野武 そうなんよ。
加来典誉 あのね。一応、措置入院という形になっているんです。あ、お母さんに知られたくないんでしょ?
北野武 うん、その通りです。お母さんに知られたくない。
加来典誉 あ、じゃあ、秘密で退院します?医療費が。どうなるんだっけ、みぃちゃん、医療費?国が持つの?国が持つ。やっぱり無理なんですよ。保護者が必要?必要。みぃちゃんに来てもらってよかった。お母さんに来てもらおう。お兄ちゃんもいる。今、二十二歳ですか。北野武さん。
北野武 ちょっと怒られる。
加来典誉 ちょっと聞きたいことがあるんですが。ちょっとお水でも飲みませんか? のど渇いたでしょ。薬は入ってないですから。わたしたちも飲みますから。コップはどれでもいいです。わたしたちが先に飲みますから。絶対に薬は入ってないです。
一同、氷入りの水を飲む。北野武、二杯飲む。
北野武 大丈夫。おいしい。
加来典誉 だいたい気が狂っている時はね、お水が美味しいんです。
北野武 そうですか。うまいです。おいしい。治った。お経の力。
加来典誉 昔、悪霊退散とかで調伏って、やってましたよね。お母さん、呼んでみる?ちょっと、みぃちゃん、書くもの持ってくる?そこらへんにあるもの。電話番号とお母さんの名前。お兄ちゃんも来てもらおうか。お兄ちゃんも来てもらおうか。お母さんと二人きりだと、怒るんじゃないかな。なんですか、寝れなかったんですか?
北野武 寝れないことはなかった。
加来典誉 食べてないとかですか?
北野武 食べてないことはない。
加来典誉 なにか心の悩みはないですか?
北野武 ない。
加来典誉 じゃあ、脳疾患だ。あのね、心の悩みからきてる統合失調症と、統合失調症ていうのは、暴れ回る病気なんです。例えばね、ちょっと水飲んで落ち着いたっと思うんですけれどね。ハッキリ見えませんか、世の中が?
北野武 見えます。
加来典誉 あの、ゴミとか、ハッキリ見えます。これが怖い、恐ろしい。
北野武 恐ろしい。
加来典誉 これがね、ドーパミンていう物質がいっぱい出ると起こるんです。普通はね、食べてない、飲んでない、寝てない時に、いっぱい出るんです。これは危険信号なんです。いっぱい注意させておいて、いっぱい食物を集めたり、寝ないといけないから、注意喚起物質として出るんです。いっぱい情報を集めようとするんです。でも、通常なのに、情報がいっぱい来てしまうと、混乱して暴れだすんです。
北野武 なるほど。
加来典誉 わかるでしょ。
北野武 わかります。
加来典誉 脳疾患だから、お薬飲まなないと。注射とかじゃないですから。今、いいお薬ありますから?痩せる体質ですか?太る体質ですか?
北野武 太る体質です。
加来典誉 ああ、太りたくないから、ルーランあたりがいいかな。リスパダール、セロクエルもあるけれど。どれがいいかな。わたしはルーランが好きなんですけど。まぁ、ルーランが合わないようだったら、別の薬にしましょう。軽めの薬を今、入れて起きますから。ちょっと飲んでみてください、ルーラン。もう、話ができる状態だから。ちょっと、お父さん、お母さん・・・。
北野武 お兄ちゃんに電話しよう。お兄ちゃんがいい。お母さんが怖い。
加来典誉 警察の方には、一応、お母さんの電話番号を教えないといけないけれど、お母さんに電話するのはやめておいてくれと言っておきましょう。お兄ちゃんに電話してもらって、お兄ちゃんからお母さんに電話をしてもらいましょう。ちょっと待っていてくださいね。わたしにいて欲しいでしょ?
北野武 いて欲しい。
加来典誉 じゃあ、みいちゃんと亀井さんはそういうことで言っておいて。大さん。北野大さん。ちょっと、お兄ちゃんに言って欲しいと、警察の方に言っておいて。そして、北野さんから、大さんからお母さんに言ってもらうようにしよう。来てらおう、ご両人とも。なんか食べたいものないですか?
北野武 饅頭が食べたい。
加来典誉 なんの饅頭ですか?
北野武 なんでもいい。饅頭が食べたい。
加来典誉 お茶と。
北野武 お茶と饅頭がいい。
加来典誉 二個くらい。お茶と饅頭。お母さんに。
北野武 お母さんに。
加来典誉 大さんにお願いして、間接的にお願いして。そうしましょう。みぃちゃんお願いします。
中村美穂 わたしがやります。
加来典誉 警察さんと一緒にやってごらん。
中村美穂 わかりました。
加来典誉 だいぶ落ち着いてきましたね。食べ物食べるとだいぶ落ち着きますよ。どうもね、人間の体のバランスを保つのは、食べ物と飲み物みたい。冷水っていうのは結構、効くんですよ。これは普通ですね。薬を飲めば治りますよ。今、電話しているところです。戻ってきますからね。戻ってきた。大さんに電話してみた。連絡取れた。お母さんに言ってみるって。饅頭とお茶を。あーよかった。二人で来てくれるって。もう一時間で来れるそうです。とりあえずお薬を飲んでですね、一番いいお薬を探すのが入院の目的なんです。この病院に入ってですね、ここは精神病院なんです。
北野武 わかってます。
加来典誉 ここに入ると、特殊施設と思う人がいるんです。
北野武 あ、そうですか。
加来典誉 そうじゃなくて、普通の病院だから、あの・・・。
北野武 先生、やさしいですね。
加来典誉 そうですか。わたしはこういうアプローチでいく人なんです。無理やり薬を飲ませたりしない人なんです。お薬をたくさん入れないで、というのは、お薬を入れると副作用が出るから、いろんな薬を試してみて、これでOKというところで退院してもらう。一番このお薬がいいな、という頃。だいたい一ヶ月から二ヶ月じゃないですかね。
北野武 そうですか。
加来典誉 お仕事は?タレントさん。それは大変。タレントさんなら、大丈夫ですね。お笑いタレント。そうですか。なんとかなりますよ。少し休んでも。お兄さん、大学教授。うわ、すごいですね。
北野武 すごいですよ。兄貴が羨ましくて。
加来典誉 そうですか。
北野武 タイプが違う。
加来典誉 たぶん脳疾患のせいじゃないかな。武さんの。知的レベルでは同じだと思う。
北野武 そうでしょうね。
加来典誉 知的レベルでは同じ。脳疾患で、どうしても精神が暴れてしまう。一応、ルーラン入れておきます。二日ぐらいここに入ってもらいます。ちょっとゆっくり鎮静する時間が必要なんです。そして閉鎖病棟に入ります。えー、なんでと思うかもしれないけれど、同じ風景を見たり、同じ人を見ると、刺激が少ないんですよ。開放病棟になると、いろんな人を見て、刺激が増えて、また悪くなるんです。できるだけ刺激が少ない所に入るほうが無難なんです。だから、一応、閉鎖病棟で。閉鎖病棟から退院もありますから。措置入院って言ってますけれど、関係ないですよ。措置入院は入院代は国持ちみたいですけれど。お母さんのことだから、わたしが払いますって言うんじゃんないかな。立派なお母さんみたいだから。
北野武 そうですね。
加来典誉 ご迷惑をおかけするとかね。
北野武 その通りです。おふくろ、そういうこと言うんですよ。
加来典誉 ま、来てもらいましょう。饅頭持ってきてくれますよ。ちょっと待っときましょうね。別の患者さんが来ると、出ていかないといけませんけれど。大丈夫でしょう。苦しかったですか?
北野武 苦しかったです。
加来典誉 薬飲んでみませんか?ルーラン。処方してみましょう。ちょっと待ってください。すぐ効くわけではないですけれど。リスパダールの水薬がありますよ。リスパダールの水薬は即効性がありますよ。少し量が多いけれど、飲んでみてください。
北野武 あ、おさまりました。おさまった。
加来典誉 リスパダールがいいですかね。
北野武 わからん。ルーランでいいかもしれない。
加来典誉 ルーランを出しておきましょうね。
北野武 あ、終わった。
加来典誉 脳疾患だったんだと思います。遺伝子の問題です。
北野武 そうですか。
加来典誉 武さんが悪いわけではないです。お母さんが悪いわけでもないです。たまたま遺伝子の配合がそうだっただけで。あ、お母さんが来た。大さんが来てない。来てる。
北野武の母 本当に馬鹿な子で、何やってるの。
北野武 おふくろ、すまん。でも、脳疾患みたい。
北野武の母 脳疾患って何?
北野武 あの、脳の病気って。
北野武の母 あ、本当。
北野武 どうしようもないらしいんだ。あの、おれが悪いわけじゃないらしいんだ。
北野武の母 それは、また、あんたが色々こねくりまわして。
北野武 いや、そうじゃなくて。先生が言ってるから。
北野武の母 あ、本当。
北野武 脳疾患って。脳の病気なんだって。
北野武の母 あ、本当。
北野武 今、リスパダールっていう薬を飲んで、楽になったんだ。イライラが取れてきたから。ルーランっていう薬を飲んでだいぶ落ち着くだろうって、言われてる。ちょっと飲んでみる。
北野武の母 じゃ、いいんじゃない。買って来たよ。饅頭とお茶。
加来典誉 食べるともっと落ち着きますよ。
北野武 あー、落ち着く。落ち着きますね。不思議。
加来典誉 食べてない、寝てないが、そういうのが一番、大変なんですよ。よかったですね。お母さん、安心ですよ。武さんが悪いわけじゃないんですよ。
北野武の母 あーそうですか。
加来典誉 あの、遺伝的な・・・。お母さんが悪いわけでもないんですよ。遺伝子というのはたまたま決まるものなんですよ。お父さんの遺伝子とお母さんの遺伝子が配合されて、勝手に決まるものなんです。だから、武さんが悪いわけじゃないんです。
北野武の母 わかりました。
加来典誉 だから、武さんを責めないでください。大さん。
北野大 ぼくはもうわかってたよ。武はちょっと違ったもんね。ときどき、がーんと怒ることがあるもんね。まぁ、いいんじゃない。これで。
加来典誉 ちょっと副作用がありますけれどね。眠くなったりとか。それは耐えなければいけないけれど。暴れまわるよりはいいでしょう。だいたい一ヶ月、二ヶ月の入院と思ってください。一ヶ月目は、一番、最適な薬を見つけて、二ヶ月目は、外泊っていって、一週間にいっぺんくらい、お家に帰って、大丈夫だって確認して、退院っていう形にしていこう。じゃあ、やってみましょう。
加来典誉 お母さん、来てくれます?週に一回くらい。
北野武の母 いいですよ。週に一回くらい。
加来典誉 お菓子を持ってきて。
北野武 それはいいね。嬉しいね。
加来典誉 大さん?
北野大 わたしはちょっと忙しいんですよ。
加来典誉 そうですか。じゃあ、お母さん、来てもらって。
北野武 いいです。わたしもそれが嬉しいです。週にいっぺんくらい・・・。あーよかった。
加来典誉 あの、一応、保護室を出たら、七日間は私物が持てないんです。
北野武 持てない。
加来典誉 すぐ保護室に戻る人がいる。
北野武 なるほど。
加来典誉 なんとかなりますよ。
北野武 わかりました。
加来典誉 楽しみですね。
北野武 楽しみです。
加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後
加来典誉 一応、きれいに治っている感じ。特に暴力的なところはないみたい。これでいいんじゃないかな。あとは何回か外泊して退院するだけ。
加来病院外来診察室 一ヵ月後(退院後)
北野武 特に困ってないです。楽になりました。
加来典誉 芸のキレは?
北野武 芸は悪くなってないです。
加来典誉 それなら大丈夫だ。きちんとやっていけますよ。オープン(病気を公開)にするんですか?
北野武 オープンにはしないです。
加来典誉 じゃ、これでいいんじゃないですか?診察は、一週間にいっぺんから、二週間にいっぺんになって、一ヶ月にいっぺんになると思います。
北野武 よかったです。ありがとうございます。
加来典誉 これでいいですね。お母さんは。
北野武の母 わたしもいいです。
北野武 あー、よかったです。
加来典誉 では、これで終わりです。じゃ、一応、薬は飲み続けないといけないということで、よろしくお願いします。