加来病院外来診察室
加来典誉 こんにちは。お名前は?山田さん。山田邦子さん。はい、今日はどうなさいましたか。
山田邦子 夫が別れたいって言っている。自分に対して、どうしたらいいんですか。
加来典誉 わたしにできることなりにしますけれど、何か理由があって、精神科に来られたんですか。
山田邦子 評判を聞いて。
加来典誉 ああ、前もいらっしゃったな、あんまり関係なかったけれど。でも、心の悩みですから、いいですよ、診ますよ。どうして別れようって言われているんですか。
山田邦子 問題がある。
加来典誉 どういう所?
山田邦子 勝手な所。
加来典誉 どういう所ですか。
山田邦子 わからない。
加来典誉 どうも怪しいな、嘘でしょ、それは。
山田邦子 なんでわかるんですか。
加来典誉 どうも、何か隠している感じですよ。不自然だから。
山田邦子 あのですね、主人が、女の人を好きになっている、浮気して。それで別れたいって言ってきている。
加来典誉 お子さん、いらっしゃらない?
山田邦子 いないです。
加来典誉 結婚して何年ですか。
山田邦子 一年です。
加来典誉 彼は誠実な人ですね。
山田邦子 なんでですか。
加来典誉 いきなり別れを告げて、さよならしないからです。ちゃんと自分には好きな人がいるって言ってから、別れようってっていうところが、誠実なものを感じますね。正直言って、相性は合っていると思いますか。合わない。お子さんもいらっしゃらないようですから、別れたらどうですか。出会いの場が少ないから、別れるのが怖いのかもしれませんが、出会いの場はありますよ。ぼくが知っている限りでは、出会い系のバーっていうのがあるそうです。女の人がカウンターに座っていて、男の人が、ちょっといいですか、ってやって来るわけです。ただ、大事なのは、それは出会いのきっかけに過ぎないわけで、本当にその人かどうかというのは、二年ぐらい付き合ってみないとわからないわけですよね。まぁ、次を次をと思うかもしれないけれど、焦らずに、次の最適な相手を見つけたらどうでしょうか。恋愛の経験って、何回くらいありますか。三回くらい。じゃあ、特に問題はないんじゃないですか。 初心で全然、わからない方じゃないですからね。見つかると思いますよ。それだけじゃ物足りないですか。
山田邦子 いや、いいです。
加来典誉 たぶん、それで大丈夫じゃないですかね。死にたいとか、そういう気分が起こるなら問題ですけれどね。大丈夫ですよ、また見つかりますよ。今の旦那さんは誠実な方ですよ。お子さんはつくらなかったし。たぶんつくりたくないって言ってたんじゃないかな。
山田邦子 言ってました。
加来典誉 合わないものを感じてたんでしょうね。ためしに一緒になってみたけれど、やっぱり合わないということで、別れることを考えていたんじゃないですかね。で、その時に好きな人ができたから、前もって好きな人ができたよ、と言ってくれるのが誠実だと思います。逆の立場でも、そういうことがあってもおかしくないでしょ。自分が好きな人を見つけちゃって、黙って別れるよりは、やっぱり、好きな人ができましたと言ったほうがいいから。
山田邦子 そうですね。
加来典誉 あのね、今までの恋愛って、今回と似たような感じで終わっていますか。
山田邦子 いいえ。なんでですか。
加来典誉 山田さんの、性格上、もしくは人格上の問題が恋愛を失敗させているなら、別のことを考えないといけません。
山田邦子 そんなことはないです。
加来典誉 そしたら、また何か不安があったら、また来てください。
山田邦子は来なくなった。