加来病院病棟
加来典誉 新患さんですか。今、どこにいらっしゃいますか。今から診察。はい、わかりました。入院されるんですか。わからない。はい。
加来病院外来診察室
加来典誉 えーっと、お名前は。やまぐちともこさん。何歳ですか。十五。あの、女優さんと一緒の名前。おかしいですか。
山口知子 おかしいです。
加来典誉 同じ字じゃない。ともこの、ともは、「知る」。ああ、なるほど。で、元気がない。ふられました?
山口知子 ちがいます。
加来典誉 お父さんが何かあった?そうじゃない。犬が死んだ?そうじゃない。なんだろうな・・・。ふられた?
山口知子 ふられました。
加来典誉 ふられたのはね、男の子が、知子さんを好みと思っていなかったんじゃないかな。と思います。男の子は好みがあるんですよ。いろんな人に言っているんですけど。たとえば、胸が大きな人がいいとかね。ぼくは、顔はちょっとダサくてもいいから、胸だけは大きいほうがいい。という男の子もいます。ぼくは胸は小さくてもいいから、顔はよくないといけない、という人もいます。顔もよさがあって、ぼくは、目が細くて、鼻が高い人がいいとか。いろいろあります。ぼくは髪の毛が長い人がいいなとか、ぼくは刈り上げの人がいいなとか。ぼくはね、ボーイッシュな女の人が好きです。髪の毛の長さは特に問いませんけれど、でも、刈り上げのオカッパが好きです。ボーイッシュな中に女らしさがある人が好きです。ぼくは母性を感じる人が好きなんです。お母さんらしさっていうかな。ちょっと強い感じの人。ちょっと表現は悪いけれど、ぼくのお母さんになってという人。本田茜さんっていう人。コナミスポーツクラブのインストラクター。ポニーテールのボーイッシュな人。そういうふうにね、男には、好みがあるからね、あの、好みに合わないのに、せまってこられても、困るんだよ。女の恋愛の仕方には二つある。まずは、お洒落に装っておいて、男が寄ってくるのを待つという方法。そしたら、自分のことを好みに思っている男しか寄って来ない。つまり、自分みたいな女が好きな人しか寄って来ない。もう一つある。自分が好きになることがあるよね。そしたら、事前にチェックする。この男の子、どんな女の子が好みなのかしら。わたしみたいに背が高い人がいいのかしら。切れ長の目なのか、パッチリまなこがいいのか。胸が大きいほうがいいのか。髪はやっぱりストレートヘアが好きなのか。ショートカットが好きなのか。情報を集めてみて、あ、この人ならわたしは好みになってくれるだろうと、わたしのことを好きになってくれるにちがいないと思ったら、友達の友達を使って、山口知子さんが、ナントカ君を好きになっているらしいよ、ほんとうかどうか知らないけど、と言わせてみるわけ。そして、だんだん近くなっていって、実はっていうふうになっていって、一緒になるっていうことになっていくわけ。どっちかだから。入院は必要なさそうだな。ま、とりあえずさ、くだんの、田中君?田中君に、直接じゃダメだから、別の人を使って、どんな女の人が好きか聞いてごらん。ちがうと思う。山口知子さんじゃないと思う。山口知子さんのタイプの女の人じゃないと思う。女は違うよね。女の人は、ちょっと、この人はわたしのタイプじゃないかなと思っていても、ずーっとつくしてくれたら、グラッとくる、あー、この人、いいかなと思ってくる。そこが違うからね、女の人はね。聞いてごらん、どんな人が好きか、田中君に。聞けるなら、今、聞いてごらん。待っとくから。ちょっと別の人の診察するから。終わったら、受付に声をかけて。また会うから。お父さん、お母さんは、お見合い結婚ですか?
山口知子 はい。
加来典誉 恋愛することが、何かくだらないことのように言われませんか。
山口知子 よく言われます。
加来典誉 ご両親が恋愛結婚だと、息子さんや娘さんに適切なアドバイスができなくて、困っているみたいです。気にしなくていいですよ。とりあえず、田中君の好みを確認してくださいね。では。
山口知子は田中君の好みを確認した。
加来典誉 どうだった?
山口知子 違いました。
加来典誉 そうでしょ。あなたが悪いわけじゃないんだよ。田中君の好みの問題だから。そもそも田中君はそういう好みなんだから。山口知子さんの人間性とか、そういうのは関係ないから。気にしないで。たまたま好みじゃなかっただけだから。まだ若いね、十五歳。大人になると、バーで出会ったりもするけれど、子供だから、まだないからね。交際範囲を広げることだね。男の人がいる所に、よくいることだね。そしたら、出てくるから。いろんな人が。
山口知子 わかりました。
加来典誉 ちょっとまた心配だから、また来週、来たらどうですか。ちょっと今のところ、調子がつかめないから。あと、二、三回、来たら、いいんじゃないかな。
山口知子 そうですね。
加来典誉 それで、治ると思います。お食事がのどを通らなかったんじゃない?通らなかった。眠れない?眠れない。それも治るから。一応、睡眠薬が欲しいですか。要らない。じゃあ、どうぞ来週。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 どうだった。元気になった。あなたも、そんなに悪い顔じゃないから・・・、ごめんなさい、山口さんでした。
山口知子 なんでそんなこと言うんですか。
加来典誉 いや、あなた、なんて言ったらダメでしょ、お客さんでしょ。
山口知子 そうですね。
加来典誉 患者さんだから。じゃあ、とにかく、考えすぎ?ははは。ぼくはもともと商売人の血筋なんだ。お父さんはお医者さんだけど、その前は、商売人だったんだ。お父さんがこの病院をつくったんだけれど、おじいちゃんがカネを持っていたからね。どーんとカネが入って、大病院ができた。商売人だから、お客さんっていう感じがする。大事なお客さんだからね、患者さんは。だから、あなた、とか、きみ、とかぞんざいな感じがして許されないんだ。まぁ、いいならいいや。きみ、って言われたいときもあるよね。
山口知子 ありますね。
加来典誉 まぁ、とにかく、頑張ってみて。お洒落とかね。雑誌見たりとか、色々、研究して。雑誌は、ネットカフェで見るといいよ。そして、いいの見つけて、毎月買ったりとかね。だんだんお洒落になってくるから。今もお洒落かもしれないけれど、もっと違った自分に出会えたり。自分らしさって言うのかな、それを表現していく、いいと思う。自分らしいというのが大事だから。嘘の自分はダメだから。いくら綺麗でも嘘の自分を出したって、それを好きになってもらっても困るから。こういうのがわたしらしさだっていうのを出して、それを好きになってくれる男性がいいんだから。
山口知子 わかりました。
加来典誉 それで、いいですか。あと二回で、元気がないということでの診察は終わるけれど、その後も、来たいときに来てください。恋愛、うまくいくといいですね。
山口知子は二週間後、元気を取り戻し、一旦、診察終了となった。