加来病院第六病棟診察室
加来典誉 はい、こんにちは。先代の院長に代わって、わたしの父ですけれど、加来典誉、息子が診察することになりました。よろしくお願いします。はい。昔の院長はどうでした?まあまあだった。何年入院してますか?二年間。お名前は?樋口可南子さん。あー、女優さんと同じですね。
樋口可南子 同じです。
加来典誉 ははは、そうですか。わかりました。樋口可南子さんって、丸坊主になったことあるんですよ。
樋口可南子 ほんとですか。
加来典誉 お坊さんの役をしたことがあって、丸坊主になったことがあります。ほんとですよ。今は、便利な禿のズラがありますけれど、あの人、本当に丸坊主になったから。
樋口可南子 すごいですね。
加来典誉 すごいなと思った。意外と、坊主になると、綺麗な人いますよ。綾瀬はるかさんとか、長澤まさみさんとか、みんな坊主になったけれどね。坊主になったら綺麗になった。
樋口可南子 わたしもなろうかな。
加来典誉 なってみたら。今度、床屋さんに頼んで。ウソですよ。ははは。でも、入院中ならいいかもしれまんね。誰も見ないから。
樋口可南子 ははは。
加来典誉 ははは。まぁ、よく考えてください。師長さんに相談してください。わたしはわからないから。師長さんがいいって言ったら、できるかもしれない。どうですか、あの、鬱病ですかね。何か、あの、入る前に悩み事ありましたか?なかった。あー、これはちょっと、脳疾患型かもしれませんね。お薬は飲みたいでしょ?
樋口可南子 飲みたいです。
加来典誉 そうですね。合うお薬がまだ見つかっていないのかな。ちょっとカルテ見ましょう。夜中大声を上げている。いつ頃かな。ここ一年間くらい。拘禁反応やろうね。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 閉じ込めすぎたかな。外出してますか。してない。ちょっと外出しましょうね。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 旦那さんはいますか。いない。何歳だっけ?三十一。あー、だったら、そうですね。お母さん?いる。忙しいですか?忙しい。よし、そしたらですね、ナースにちょっと行ってもらおうかな。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 ナース、すいません、樋口可南子さんを外出させるのにね、一日、十時から四時までね、何週間に一回ならできますか?一週間に一回できる。この病棟でね。そしたら、一週間に一回、行ってください。何曜日がいいですか?ナース、一番都合がいいのは?金曜日。うん、じゃあ、十時から四時まで。所持金、持って行って、いいですから。いくらか出金して。美味しい物を食べてください。何か食べていいですよ。外の味を味わってきてください。それから、もうひとつ、オナニーしてますか?悪いですけれど。してる。あー、そしたら、拘禁反応だ。前の病院でわかったから。先輩が言っていて。うん。だと思いますよ。とりあえず、それだけでいいと思います。夜中叫んでいるのは覚えていないでしょ?
樋口可南子 覚えていないです。
加来典誉 夜中叫ぶのが治るかどうか見てみましょう。あのね、鬱の症状はだいぶ改善しているんじゃないですか?
樋口可南子 してます。
加来典誉 よし、そしたら、それだけ治しましょう。はい、じゃあ、終わります。
樋口可南子 師長さん、坊主になっていいですか。
第六病棟師長 なんでですか。
加来典誉 樋口可南子さんがね、女優の樋口可南子さんがね、役で丸坊主になったらしいんだよ。丸坊主になる女優さんは、綺麗な人が多いって。長澤まさみさんとか、綾瀬はるかさんとか、みんな坊主になったから。入院中ならいいんじゃないかと。少なくともあと二ヶ月はいないといけないから。
第六病棟師長 そうですね。みんながビックリしますよ。
加来典誉 師長さんどうですか?
第六病棟師長 わかりません。
加来典誉 わからないですよね。でも、退院するときに丸坊主は困ります。世の中の人がビックリするからね。カツラをかぶらないといけない。やってみたいですか。やってみたい。女の床屋さんがいいでしょ。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 いますか。
第六病棟師長 いますよ、女の床屋さん。
加来典誉 まぁ、ご自由にどうぞ。やりたいなら。金曜日でしょ、毎週。今日、水曜日か。でも、外出があるんだ。
樋口可南子 あ、そうか。
加来典誉 できないね。外出が一回、つぶれてもいいならやってください。
樋口可南子 やらないです。
加来典誉 ははは、なるほど、じゃあ、できないですね。外出したいですか。
樋口可南子 したいです。
加来典誉 じゃあ、行ってください。とりあえず、行ってみましょう。
加来病院第六病棟診察室 一週間後
加来典誉 どうですか、まだ叫ぶのがやまないですか、ナース。
ナース やまないです。
加来典誉 まだ、やまないんですか。拘禁反応でもないのかな。難しいな。これは難しいぞ。本当にオナニーしてますか。
樋口可南子 してますよ。
加来典誉 外も出てるしな。院内散歩に行ってますか。
樋口可南子 行ってます。
加来典誉 あらら。もともとですよね。
樋口可南子 もともとです。
加来典誉 外出意味なかったかな。院内散歩に出てたら、拘禁反応は出ないはずだもんな。そこそこ出ないはずですよ。何がいかんのかな。ギャーって言ってる。寝る時間は八時くらい。朝、六時半ごろに起きてる。うわー、これは難しい。あー、これは見たことない。お薬を増やして止めようとしていると思うな、お父さんは、いろいろ入れてね。よし、そしたら、こうしましょう。あの、ナース、パソコン・・・、あー、そうか、わたしのパソコンを使うかな。わたし、持ち運び用のパソコンを持っていますから。あれでインターネットしてください。
樋口可南子 なんでですか。
加来典誉 ちょっと分析します。臨床心理士さんもできたりすることがあるけれど、わたし独自の分析方法があるから。よし、とりあえず、外出は続けてください。まだ、できないね、退院は。二年いるから、二ヶ月いないといけない。正常な状態で二ヶ月いないといけない。ギャーッといわないで二ヶ月いたら、退院。三年いたら、三ヶ月。これがメドです、精神科の。よし、そしたら、今日、わたし、持ってきているから、貸し出ししようかな。
樋口可南子 いいんですか。
加来典誉 悪いことはしないだろうから。インターネットできますからね。ナースは画面を見ないで横にいるだけでいいです。プライバシーなんですよ。奥のところで、三十分間ね、インターネットしてください。いや、四十分間にしようかな。ちょっとエッチなことを考えながらインターネットをしてください。樋口可南子というアカウントを作っておきますから、ええええここでインターネットしてください。ここで好きなこと調べてどんどん見ていってください。わたしは履歴を見ますから。病院の中だけのプライバシー。病院の外には出しませんから、絶対。ナースとぼくくらい。師長さんと、ぼくくらいです。じゃあ、出て行きます。また、回収しますから。
加来典誉自宅
加来典誉 よし、これでどうなっているかな、じゃあ、見ていくか。「花・幼稚園・幼稚園・ブラジャー・保育園・バス・保育園のバス・山・保育園」このひとは、子供になんかあるみたいだな。小児性愛の可能性があるのかな。子供が欲しいのかもしれないな。それか、子供の時に何かいいことをしてもらったかな。お花をもらった、車に乗せてもらった。いい思い出がある。話してみようかな。次週。
加来病院第六病棟診察室 一週間後
加来典誉 はい、こんにちは。樋口さん。どうですか、ナース、まだ叫んでますか。
ナース まだです。
加来典誉 外出やめようか。
ナース そうですか。
加来典誉 意味ないね、これは。ナースの負担になるし。
ナース 院内散歩だけにしてください。
加来典誉 楽しいけどね。
樋口可南子 いえ、いいです。
加来典誉 あのさ、ちょっと奥に行きましょう。
二人、診察室の奥に行く
加来典誉 小さい頃、何かいい思い出があるでしょ?幼稚園とか、保育園の頃。
樋口可南子 ありますよ。
加来典誉 バスに乗せてもらった?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 何かあった?
樋口可南子 ありました。
加来典誉 格好いいお兄ちゃん?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 お父さん?
樋口可南子 お父さんです。
加来典誉 あ、ほんと、お父さんが隠れていたんだ。なるほど。そこが、憧れが。
樋口可南子 憧れが。
加来典誉 自分が、保育園や幼稚園の子が欲しいわけじゃなくて、自分がなりたい。
樋口可南子 そうです。
加来典誉 そうだなー、そこが欲求不満になっているんだろうな。あの、オナニーが足りないんじゃないですか。
樋口可南子 足りないです。
加来典誉 だからかな。そこら辺の欲求が足りないんだろうな。インターネットさせてあげたいんだけどね。ケイタイだけでは難しいでしょ?
樋口可南子 難しいです。
加来典誉 そうですね・・・。インターネットをやったからといって解消する問題じゃないですよね。
樋口可南子 そんな問題じゃないです。
加来典誉 どうしたら解消すると思いますか?わからない?
樋口可南子 わかります。
加来典誉 どうするんですか?幼稚園に行く?
樋口可南子 行くわけじゃない・・・。
加来典誉 お父さんに会う?
樋口可南子 そうです。
加来典誉 いるんですか。
樋口可南子 います。
加来典誉 別れたんですか、お母さんと?
樋口可南子 そうです。
加来典誉 あー、そういうことか、そういう深い訳があるわけだ。お父さんを呼んできてもらう?できるんですか。
樋口可南子 できないです。
加来典誉 もう、どこ行ったかわからない?
樋口可南子 わからない。
加来典誉 そこを、でも、なんとかしないと治らないわけですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 お母さんになんとかお願いしてみようか。わからないですか。
樋口可南子 いや、なんとかなると思う。
加来典誉 じゃあ、わたしがちょっとお願いしてみましょう。理由を言ってね。今度、面談してみますから、お母さんが来れる時に呼んでね。坊主になる?いいですよ。わたしはいいです。二ヶ月ありますから。ナースもいいなら。院内散歩があんまりできなくなるけれど。
樋口可南子 普通、男しかできない髪型だから。
加来典誉 ほんと、いいですよ。ま、綺麗になるといいですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 楽になるらしいですよ、でも、坊主になると。
樋口可南子 わかりました。
加来典誉 言っとくんですよ、みんなに。そしたら、驚きませんからね。今度、いつかな、電話したら、水曜日が診察で、火曜日が来れるみたい。
樋口可南子 わかりました。
加来病院第六病棟診察室 一週間後(火曜日)
加来典誉 なんか、お父さんの思い出がね、すごいね、強烈に残っているらしいんですよ。特に、保育園とか、幼稚園の。そこが鍵になっているみたい、病気の。精神分析とまでは言わないんですけれど、ほぼ精神分析みたいなものをしてわかったんです。お父さんと会うことで改善する可能性があるんです、病気が。何か深い悩みがあるのかもしれない。どうかして、連れてこれないでしょうか。娘さんということで。もう、会いたくないなら、別の人でもいいですから。奥さんが会いたくないなら、別の人を介して、電話して、娘を助けてくれと、こんなふうに二年も入っていると、精神病院に。そしたら、心配してくれるんじゃないですか。ちょっと頑張ってみてください。
樋口可南子の母 わかりました。
加来病院第六病棟診察室 翌日
加来典誉 坊主になったの?ツルツルになった。綺麗になるかもしれないね。なんでかというとね。なんで坊主になったら、綺麗になるかというとね、ぼくなりに考えがあるんだけどね、顔の欠点が全部見える。
樋口可南子 見えますね。
加来典誉 これがいいんだ。髪の毛で隠すと、わからなくなる。坊主になると、ここも悪いここも悪いと思って、なんとか綺麗になろうとして、綺麗になる。でも、単に坊主になるだけでも、なかなか綺麗でしょ?
樋口可南子 そうですね。なかなか綺麗です。
加来典誉 なかなか美人なんですよ。坊主になると。これも不思議なんです。五厘刈りですか?
樋口可南子 五厘です。
加来典誉 バリカンは?
樋口可南子 初めてでした。いい経験でした。面白かったです。
加来典誉 わたしもありますよ。五厘じゃないけれど、四ミリぐらいだった。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 なんか楽になりました。そこから顔が少し良くなった感じ。なんかあるんじゃないかな。やっぱり顔の欠点とか、綺麗になろうとするからでしょうね。でね、お父さんに頑張ってもらおうということになりました。まぁ、いいじゃないですか。虐待されてこんなふうになったという、心配。それは冗談ですけれど。話したいことはいっぱい話していいですから。そこで改善するかどうかみてみましょう。お父さんと外出というのもいいですかね。帽子かぶってね。わからない帽子があるでしょ。今度は、お父さんと一回、外出、幼稚園あたりに行ってみて。なんか幼稚園とか保育園に鍵がありますよ。ちょっとやってみましょう。念願の坊主にもなれましたしね。はい、じゃあ、そういうことで待っていてください。
加来病院第六病棟診察室 一週間後(火曜日)
加来典誉 お父さんと連絡が取れたよ。会えることになりました。一緒に水曜日診察ということになりました。
樋口可南子 恥ずかしい。
加来典誉 わからないでしょ?
樋口可南子 わからないと思う。
加来典誉 なかなか綺麗だと思うよ。
樋口可南子 ははは、そうですね。
加来病院第六病棟診察室 翌日
樋口可南子の父 なんで坊主になったの?
樋口可南子 実は虐待で・・・。
加来典誉 ははは、そんなことないでしょ。樋口可南子さんって、昔、坊主になったでしょ?
樋口可南子の父 ああ、なりましたね。
加来典誉 自分も真似してみると。坊主になる人は、綺麗な人が多いって。長澤まさみさんとか、綾瀬はるかさんとか。わたしも坊主ができると。最初は、外出するからできなかったんですけれど、外出って、外に出ることですね、外出しないことになったからですね、わたし、やるって。あんまり意味がなかったんですよ、外出は。夜中にギャーって叫ぶ癖があったんですけれどね。なんでかなと思ってたんですけれど、いろいろ精神分析っぽいことをしてみたんです。そしたら、幼稚園とか、バスとか、保育園とか、お父さんに鍵があるらしいんです。お父さんは自分で言われたんですけれどね。幼稚園とか、バスとか、お花とか、ブラジャーとか、ほんわかした柔らかい暖色系の世界に鍵がある。ここをクリアしたら、樋口可南子さんの病気は卒業になる。
樋口可南子の父 なるほど。
加来典誉 何か、お父さん、坊主が隠せる帽子を買って来てもらえますか。
樋口可南子の父 いいですよ。
加来典誉 一緒に外出してくれませんか。
樋口可南子の父 ああ、なるほど。
加来典誉 まぁ、二週間に一回でも、一週間に一回でも。二週間に一回。いいですよ。十時から四時ぐらいまで。奥さんは?
樋口可南子の父 いや、いないです。
加来典誉 わかりました。じゃあ、ちょっと、来週?さ来週?
樋口可南子の父 来週、行きます。
加来典誉 じゃあ、帽子を買って。
樋口可南子の父 わかりました。
加来典誉 帽子かぶって行きましょう。さらけ出すと、さすがにびっくりするからね。失礼だから。
樋口可南子の父 そうですね。
加来典誉 わたしも見たことあります。時々、ばーっと坊主をさらけ出している人。あらーっと思って、ちょっと、かつらかなんかかぶってほしいと思ってですね。
樋口可南子の父 そうですね。
加来典誉 わかりました、それでいきましょう。美容法ですね。そしたら、来週。何曜日ですか?金曜日。
加来病院第六病棟診察室 来週
加来典誉 終わったー。これだったんだ。夜、叫ばなくなった。やっぱりお父さんだったんだ。やっぱり、お父さんに会わないといけないね。退院してからもね。これからは、お父さんと外出してごらん。二週間に一回くらい。二ヶ月待って、退院して様子見ましょう。そのころには髪の毛も伸びているでしょうからね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 坊主から伸びるのは早いでしょ。
樋口可南子 そうですね。あっという間でした。
加来典誉 もう、3ミリくらい。早いですね。さーっと伸びますよ。
加来病院第六病棟診察室 二ヵ月後
加来典誉 ちょっと時々、二週間に一回くらい、お父さんに会って、外出することになりました。続けて欲しいという要望を樋口可南子さんを介してお父さんに言ってもらうと。電話番号を知っているから。お父さんとの関係がどうも病気に関係しているようです。ここがわからずに、いろいろ試行錯誤しました。うちの父も訳がわからずに薬を変えているんですよ。わたしは特に薬を変えていませんけれどね。少し減らしましたけれどね。どうもそこに原因があったみたい。そこからどうもこの病気の根っこができているような感じです。そこさえクリアしていたら、樋口可南子さんは社会で、普通の人が生活するのと同じように生活できるみたいですね。鬱症状は改善できてます。お薬は飲まないといけません。セロトニンという物質が少し足りないみたいですね。脳内の物質が。少し、それを調整しないといけないという感じでしす。ですから、お父さんと関係するのは煙たいかもしれないけれど、少し我慢してください。
樋口可南子の母 なるほど、わかりました。
加来典誉 ちょっとね、昔いろいろあって、ちょっととおもうかもしれないけれど、まぁ、隠れてかな。樋口可南子さん。お母さんがあんまり気を悪くするといけないから。こっそり、何曜日に会うって決めておいてね、二週間に一回、この日に行くって言って、お母さんに黙って、黙ってじゃない、行ってきますって言って、というふうにしてください。外来にいますから、ぼくは。
樋口可南子の母 わかりました。なんで坊主?
加来典誉 じゃあ、本人から。
樋口可南子 美容法。
加来典誉 ははは。樋口可南子さんていう女優さんが坊主になったから。わたしも綺麗になりたいって。なかなか綺麗な顔立ちしてますよ。
樋口可南子の母 そうですね。
加来典誉 まぁ、普通の人が坊主にしてもなかなか綺麗なものですね。あとね、本当にい美人な人って、丸坊主にしても綺麗ですね。
樋口可南子の母 そうですね。わかります。それはあります。
加来典誉 樋口可南子さんも綺麗ですよ。なんか顔の欠点があらわになるって、坊主になると。それで頑張るんじゃないかと思って。あらー、ここが出っ張りすぎているなとか、引っ込みすぎているなとか、いろいろ気にしているうちにだんだん、綺麗になるって。まぁ、なかなかできませんからね、普通の人は。せっかく入院しているから、見られないからね、できるかなと思って、やったそうです。女の床屋さんにお願いしてね。何歳くらいの床屋さんでしたか?
樋口可南子 四十歳くらい。
加来典誉 おずおずしてたんんじゃない?
樋口可南子 おずおずしてた。
加来典誉 髪型どんな髪型?
樋口可南子 セミロング。
加来典誉 そうだろうね。おずおずするだろうね。自分もなったことないし。オカッパとかならできるけれど、あたしもなったことあるし、と思うし。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 こわいよね。いいのかなって。
樋口可南子 先生がいいって、言いました。
加来典誉 まぁ、いいんじゃないですか。元通りですから。髪も綺麗ですね。
樋口可南子 そうですね。
樋口可南子 痛んでないし。まぁ、ちょっと様子を見ましょう。毎週、月曜日と木曜日が外来ですから。お独りでも、お母さんと一緒でも。どっちでもいいです。独りで来られますか。
樋口可南子 独りで来ます。
加来病院外来診察室 月曜日
加来典誉 どうですか。お父さんと行きましたか。
樋口可南子 まだ行ってないです。
加来典誉 お母さんが樋口可南子さんがギャーって言ってるって言ってますか。
樋口可南子 言ってないです。
加来典誉 何が病気の原因なのかな。遺伝的要素なのかな、それとも幼児体験かな。何かほったらかしにされた経験ってありますか。
樋口可南子 あります。
加来典誉 お母さんに?お父さんに?
樋口可南子 お母さん。
加来典誉 寂しくなってしまったかな。がっくりきてしまっているのかな。幼児体験でね、何かその、がっくりくるっていう体験をしているから、鬱病になっているのかもしれない。昔は薬はなかったから、なんとか追求して、パシッっと言って、これですって言って、治していたんだけれど。できるかな、樋口可南子さんは。お薬を飲んで、困ることありますか。
樋口可南子 ないです。
加来典誉 じゃあ、いいや。ないなら。眠くてきつくてしょうがないだったら、なんとなしないといけないですけれど。これから、様子を見てみましょう。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 行ってきた?
樋口可南子 行ってきました。
加来典誉 よかった?
樋口可南子 よかったです。
加来典誉 何もない。楽しい?
樋口可南子 楽しい。
加来典誉 お仕事するの?
樋口可南子 しないです。
加来典誉 まだ無理?
樋口可南子 そうです。まだ無理です。
加来典誉 どんなことしたいですか。三十一でしょ。結婚したい?彼氏が作りたい?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 お父さんと一緒にいたい?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 どんなことしたいですか。
樋口可南子 結婚したいです。
加来典誉 そしたらね、まず、相手探しからですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 あの、まず、働いとかないといけない。最低限ね。家事手伝いじゃ、ちょっと弱い。少し働いておかないと。最初は、家事手伝いでいいですからね。慣らしで。お母さんの手伝いでいいですから。買い物行ったりとか、料理をしたりとか。慣らしていって、週に一回とか、二回のアルバイトから始めていって、週五回のバイトにして、そして、できればいつか正社員になってというふうにしていって、もういっぽうでお洒落をしてみるとか。最初はゆっくりでいいですよ。週に一回とか二回とか。最初は家事手伝いでいいですから。最初の、三ヶ月、四ヶ月かな、それか半年かな、家事手伝いね。それから、働いてみてください。週に一回くらい。できると思いますよ。それくらい。半年休めばできるんじゃないかな。家事手伝い、半年やったら、できると思います。結構疲れますからね、家事手伝い。掃除したりね、洗濯機かけたり、料理したりね、疲れますからね、耐えれたらできると思います。だいたい六ヶ月じゃないですかね、二年入ってたから。六ヶ月くらい入っている人だったら、三ヶ月くらい家事手伝いっていうところだけれど、二年入っているからね。じゃあ、その方向でやっていきましょう。お洒落は知っていますか。
樋口可南子 知っています。
加来典誉 じゃあ、お洒落は大丈夫ですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 それだけやって。出会い系のバーって、わたしよくいうんだけれど、知ってますか?
樋口可南子 知らないです。
加来典誉 あのね、女の人がカウンターに座っているんです。そして、男の人が、ちょっとちょっと、あなたいいですか、って言ってくるんですよ。女の人が気に入ったら、いいですよ、ってお話しするんですよ。気に入らなかったら、ちょっとごめんなさいって言うんです。
樋口可南子 それはいいですね。
加来典誉 大名にあるらしいですよ。どこかバーに一件入ってみてね、出会い系のバーないですかって、綺麗になってからね、綺麗になってっていうのは着飾ってから、もうお綺麗ですけれどね。色々お洒落してね。今は、服もあまり買えていないし、少しよれよれになってしまっているから。もう少し綺麗な服を買えてからね。働いてからかもね、お金があるから。買えるでしょ、服を。お母さんもぽんぽん出してくれるわけじゃないからね。まぁ、三ヶ月、六ヶ月経ってから。あまり焦らなくていいですよ。焦って、また鬱病になったら意味がないから。
樋口可南子 わかりました。
加来典誉 じゃあ、ちょっと待ってみましょう。
六ヵ月後。樋口可南子は週に一回、働き始めた。そのうち週に二回働くようになった。樋口可南子は、綺麗になってきた。さらに週に四日働くようになった。二ヵ月後、週に五日働くようになった。出会い系のバーに行くようになった。恋人ができた。後は結婚だけになった。二年後、結婚することになった。
加来典誉 よかった。これで終わりだ。お父さんいなくても大丈夫なの?
樋口可南子 いや、お父さんは要ります。
加来典誉 お父さんが死んだらどうするの。
樋口可南子 そうですね。それもそうですね。
加来典誉 どうするの、お父さんが死んだら。
樋口可南子 ・・・。
加来典誉 お父さんが死んで、鬱になる人もいるんですよ。だからね、お父さんが死んだ後、例えば、お父さんが、あの世で、どう思っているかということを、自分のことを、生きている間にね、誤魔化しているような感じで、お父さんが死んでいると仮定して生活してみる。会えないと思って。お父さんとは今回は、会わない。
樋口可南子 それはできますよ。
加来典誉 それで生活してみてください。お父さんは会いたがっていますか。
樋口可南子 いや、そうでもないです。
加来典誉 今月は会わないようにしましょう。頑張って。ちょっとそれでやってみましょう。
加来病院外来診察室 二ヵ月後
加来典誉 これで、会っても会わないでも同じだなと思ったら大丈夫ですよ。
樋口可南子 わかりました。
加来病院外来診察室 三年後
樋口可南子 できました。会っても、会わないでも、大丈夫です。
加来典誉 これでいいです。後は、好きに会っていていいです。終わりです。