katabami.org

思索とアートとヘアカット
ページ:

播磨健吾さん(統合失調症)

   加来病院第六病棟診察室

加来典誉 あー、播磨さん、先代の院長に代わって、ぼくがやります。加来典誉です。もう何年ですかね。十五年。長いねえ。院長が引退したからね、ぼくがやることになったんだ。他の病院にいたんだけれど、ここで働くことになってね。どうですか調子は。わからない。どうしたい、退院したい。わからないようになった。もう、だいぶ調子がいいようなんですけれどね。わたしの父から聞いたんだけれどね。
播磨健吾 ほんとですか。
加来典誉 もう、だいぶいいような感じ。お父さん、お母さんかな。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 そんな話も聞いたけれど。治療に前向きではあるけれど、なんていうか、どうしていいかわからない。美味しいもの食べたりしてみたいよね。
播磨健吾 してみたいです。
加来典誉 考えておく。グループホームとか一杯なんだよね。グループホーム飛び抜かして独り暮らしかな。結構、きついもんな。じゃ、また、考えておくから。お薬は、いいですか。いい。喧嘩とかしてないですか。はい。また、翌週。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 調べたんだけれど、グループホーム一杯だった。ケースワーカーさんに聞いたんだけれど。うーん、どうかな、独り暮らしをいきなりやってみる。っていうのはね、生活保護を受けて、障害者年金をもらって、週に一回だけ外泊したらどう?
播磨健吾 そうですか。そんなんできるんですか。
加来典誉 できるかもしれんね。ケースワーカーさんに聞いてみる。できるかどうかね。ちょっとそう思ってる。週に一回外泊。
播磨健吾 それいいです。
加来典誉 いいでしょう。天神とか行けるもんね。
播磨健吾 そうですね、ははは。
加来典誉 美味しいお店とかね。寿司屋もね。きあり寿司やろ、大名にあったんだよね。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 音羽寿司さんのお弟子さんだよね、お父さんが。
播磨健吾 よく知ってますね。
加来典誉 うちのばあちゃんが知ってた。お店がなくなったって。ケースワーカーさんに聞いておくから。また、来週ね。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 ケースワーカーさんに聞いてみたら、できるって。じゃあ、ケースワーカーさんに相談して、独り暮らしを始めてごらん。独り暮らしに必要なものって何だろう。ベッドかな。ベッド高いね。たんす。衣装ケースでいいかな。衣装ケースなら、千円か二千円かな。衣装ケースでいいでしょ。寝袋はどう?お布団も高いし、ベッドも高いし。寝るところはとても大事だから。一日、睡眠時間八時間として、人生の三分の一は寝ているから。すごく大事なんです。寝るところは。だからいいのを買って。ぼくはセミダブルをお勧めします。狭いからシングルは。セミダブルがいいです。結構、いいところから買うと、三十万くらいかかります。一生物だからね。
播磨健吾 そんなにするんですか。
加来典誉 セミダブルだと、奥さんとギリギリ寝れるからね。
播磨健吾 もらえるかな、ははは。
加来典誉 仲が悪かったら、セミダブル二個になるね。シングルだったらきついよ。狭いもんね。すぐ落ちるしね。寝袋と衣装ケースを買って、宿探しね。
播磨健吾 わかりました。


   加来病院第六病棟診察室 ニ週間後

播磨健吾 決まりました。
加来典誉 大橋だったの?デザイナーズマンションって言っておけばよかったかな?
播磨健吾 いや、いいです。
加来典誉 家賃、三万だった?三万だった。衣装ケース買った。九大の寮とか?
播磨健吾 そうそう。
加来典誉 綺麗なところ。忘れてた。綺麗なところがいい。ケースワーカーさんが言ってたでしょ、ゴキブリが出るところはいけないって。
播磨健吾 うん。
加来典誉 週に一回からね。外泊。一年くらい続けてみようかな。
播磨健吾 そうですか。
加来典誉 だいぶ安心。病院が長いからね。十五年だから。プラス三ヶ月くらい、二泊三日を、二週間に一回をして、退院。できたらいいね。あまりにも先代と違いすぎるけどね。
播磨健吾 違いすぎますよ。
加来典誉 ぼくは退院させたいんだよね。できるだけ、外来に来て欲しい。今は退院できるからね。お薬がいいから。若いし。三十五くらいでしょ。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 もう、五十、六十になったら、退院できないけれどね。神宮さんとかね。神宮さんは無理だもんね。いくら調子よくても。世話する人がいないから。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 何かあったら、言ってください。

   加来病院第六病棟診察室 六ヵ月後

加来典誉 だいぶいいみたいですね。全然、問題ないみたい。疲れやすいですか?そんなことはない。どんなことがしたい、退院後?
播磨健吾 わからないです。
加来典誉 あと、六ヶ月かな。

   播磨健吾は六ヶ月間、何も問題なかった。

加来典誉 そしたら、後、三ヶ月だね、二泊三日。やってみよう。調子いいからね。播磨さん。
播磨健吾 わかりました。

   播磨健吾は三ヶ月間、何も問題なかった。

   加来病院第六病棟診察室 三ヵ月後

加来典誉 どうしようかね。お仕事してみたら、っていったら、変だけど。いつかはね。すし屋がいい?
播磨健吾 すしです。すしが握りたい。
加来典誉 やま庄、知らない。開、知らない。やま中、知らない。河庄、知ってる。高玉、知ってる。音羽鮨。
播磨健吾 音羽鮨がいい。
加来典誉 音羽鮨がいいの?音羽鮨で働くの?
播磨健吾 うん。
加来典誉 そしたら、こうしたら、ハンデがあるでしょ?薬飲んでるから、ボーっとする。
播磨健吾 そうそう、ある。
加来典誉 給料をタダにしてもらう。
播磨健吾 なんでですか。
加来典誉 無理だから。今はわからないだろうけれど、退院したら、睡眠時間が異常に長くなるから。十二時間とか。そしたら、朝、七時とか、八時とかに起きないといけないのに、それが、十一時とか、十二時に起きることになるから。それでもいいって言われないといけない。まかないを食べればいい。昼と夜。
播磨健吾 なるほど。
加来典誉 節約できるよ。昼食代と夕食代。喜ぶと思うよ。お父さんが、音羽鮨で修行していたこと、言えばいいよ。喜んでくれるよ。言ってみたら。
播磨健吾 わかった。
加来典誉 退院して、少し落ち着いてからね。二、三ヶ月、してからね。どうなるかわからないから。いきなり働いたらいけないよ。
播磨健吾 わかった。

   播磨健吾は退院した。

   加来病院外来診察室

加来典誉 やっぱり眠たい。すごく眠たい。眠い時間がある。刺激が多くなるからね。入院している所は、刺激が少ないんですよ。いつも同じ顔ぶれだし、いつも同じ部屋だし。外も大したことない。ストレスがかからないんですよ。退院すると、神経に刺激が加わって、疲れて、いっぱい寝てしまうんです。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 お金、少し貯まった?
播磨健吾 貯まらないです。
加来典誉 働けるようになって、寝袋から脱出かな。三年とかだろうね。修行なら。三年修行して、ようやくお金になるんだろうね。音羽鮨とは、違うところで働くのもいいだろうね。河庄とか。楽しみ?
播磨健吾 そうですね。

   加来病院外来診察室 三ヵ月後

加来典誉 働き始めた?きつい?きつくない。慣れている。色々言われても平気だもんね。よかったね。喜んでた。すごい喜んでた。知ってるからね、大将はね。修行は三年?
播磨健吾 四年です。
加来典誉 やってみて。訪問看護をしないといけないね。訪問看護をなんでするかわかる?
播磨健吾 わからないです。
加来典誉 お医者さんはね、自分だけで判断したくないんですよ。診察だけで判断したくはないんですよ。看護師さんの目というのも必要なんですよ。入院中もそうです。叫んでましたとか、泣いてましたとか、ぶつぶつ言ってましたとか、カルテに看護師さんが書くんですよ。それをお医者さんが見て判断材料にするです。訪問看護さんも同じです。偵察に来られるみたいで、悪いけれど、ちょっと心配だから、一年は続けさせて。調子よさそうだね。肌の調子もいいようだし。美味しいご飯でしょ?
播磨健吾 美味しいです、ご飯が。まかないが、美味しいです。
加来典誉 良かったね。働くようになっても、まかないだね。
播磨健吾 そうですね。
加来典誉 飲食店だから、得したね。結婚もできるかもね。

   加来病院外来診察室 一年後

加来典誉 訪問看護、抜かしてみようか?きついでしょ?
播磨健吾 きついです。
加来典誉 大丈夫だと思う。お店の人の目があるからね。音羽鮨さんの。お前、ちょっとおかしいんじゃないか、っていう。そういうことはあるよ。それでチェックになる。まったく独りきりになってしまったら心配だけれど。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 じゃあ、後、三年。

   加来病院外来診察室 三年後

加来典誉 卒業。どこに行くの?
播磨健吾 河庄。
加来典誉 一番いいところ。開に行ったことある?
播磨健吾 美味しかった。
加来典誉 ぼく、好きなんだよ。あそこ、すごいもんね。
播磨健吾 すごい。
加来典誉 あそこ、お弟子さんは取らないもんね。今、一人いるけれど。河庄はお弟子さん取るけどね。開さんは高玉で修行してたらしいね。
播磨健吾 そうなんだ。
加来典誉 高玉で修行したって。ぼくのおじいちゃんがよく高玉に通ってたらしい。それですごいよくお父さんは挨拶されるんだよ。今度、河庄さんに行ってみるからね。
播磨健吾 うん、行って、行って。
加来典誉 わかりました、じゃあ、行ってみます。いつでもいい?
播磨健吾 いつでもいい。

   河庄福岡ビル店

加来典誉 こんにちは、あ、働いてる。大将ですか?
河庄福岡ビル店大将 はい。
加来典誉 彼は、ずっと精神病院に入っていたんです。
河庄福岡ビル店大将 えー、ほんと、精神病院ですか?
加来典誉 言ってない?
河庄福岡ビル店大将 言ってないですよ。
加来典誉 わ、すごいな。たいしたもんだな。ちょっと出勤が遅いでしょ。
河庄福岡ビル店大将 出勤が遅いです。身体の調子で。
加来典誉 少し安くしているんでしょ。
加来典誉 十二万。飲食費がいらないからね。
河庄福岡ビル店大将 よく働きますよ。
加来典誉 ほんとですか。
河庄福岡ビル店大将 真面目に。
加来典誉 それはいいことですね。女が欲しいとか、酒が欲しいとか。
河庄福岡ビル店大将 そうです。違いますからね。
加来典誉 わたし、河庄にはあまり行っていませんでした。河庄も来ます。ブランドだからね、河庄は。開さんのお寿司は、特殊ですね。
播磨健吾 そうですね。
加来典誉 研究してみてもいいかもね。大阪のほうですね、刷毛で醤油を塗るのは。自分で塗るんだけどね、大阪はね。べたべた多すぎるからね。
播磨健吾 ありがとうございます、よかったです。

   加来病院外来診察室 一週間後

播磨健吾の父 ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。わけがわからなかったから。どうしていいかわからなかったんです。わたしが、何かしても変わるわけでもないし。
加来典誉 薬が良くなったからですね。あんまり副作用がなくなってきたんですよ。それで、ボーっとしなくなってきて、ある程度、知能が働くようになったんです。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 きあり寿司つくるんですか?もう一回。そうですか。よかったですね。もう一回つくるって。どこに出すんですか。
播磨健吾 大橋。
加来典誉 近いですね。懐かしいし。お家も大橋だし。いいかもしれないですね。お寿司屋さんもあんまりないからね。いい所ついているかもしれませんね。楽しみだね。何年、かかるかな。
播磨健吾 十年。
加来典誉 お金を貯めないといけないね。
播磨健吾 そう、お金を貯めないといけない。
加来典誉 節約。

   加来病院きあり寿司 十年後

加来典誉 美味しいね。うまいねぇ。開さんに負けなくなったね。開さんは、教えてくれないからね。教えないのが礼儀だからね。
播磨健吾 礼儀です。
加来典誉 研究してる。お弟子さんにも教えないから。自分でやってください。そんなもんだからね。勉強にならないからね。

   加来病院外来診察室

   播磨健吾は彼女を作り、結婚することになった。彼女はきあり寿司のお上さんになった。

加来典誉 よかったね、これで終わりだ。奥さん、三十五。ピチピチだね。女の色気がたっぷりだね。十代とか、二十代は、淡白な感じだからね。結婚式に出てくださいって?嬉しいな。新婚旅行はハワイに行くの?一人前の男になったね。
播磨健吾 そうですね。まさか、こうなるとは思わなかったです。病院で一生と思ってた。
加来典誉 他の患者さんもこうしたいんだけどね。神宮さんもなんとかしたいんだけど、無理だね。あの年だと。
播磨健吾 ははは、そうですね。


サイトマップ © katabami.org 2024