加来病院外来診察室
加来典誉 こんにちは。よろしくお願いします。お名前は?原田光子さん。ご年齢は?十三歳。お母さんも来てる。どういうお悩みというか、問題をお抱えですか。お母さんが言ってくれる。
原田光子の母 よくわからない。
加来典誉 よくわからないっていうのは、どういうことでしょう。
原田光子の母 突然、変なことを言ったりする。
加来典誉 ほほ、いつ頃からですか。
原田光子の母 ここ一ヶ月。突然、素っ頓狂なことを言うんです。
加来典誉 例えば?
原田光子の母 馬鹿野郎!って言ったりする。
加来典誉 それだけ?
原田光子の母 それだけ。
加来典誉 何か原田光子さん、個人的な生活で何かありましたか?言いづらいこともあるでしょうけれど。あったか、なかったかだけ言ってください。
原田光子 なかったです。
加来典誉 なかったんですか。これは脳の病気かな。原田光子さん、この馬鹿野郎っていうのを治すのに、お薬を飲みたいですか。
原田光子 飲みたくないです。
加来典誉 うーん、何かあったんじゃないですか?笑ってますね。本当はあったでしょ?
原田光子 ありました。なんでわかるんですか。
加来典誉 脳の病気の人はね、本当に飲みたがるんですよ、お薬を。止めたいからです。症状を。何とかしたいからです。脳の病気の人は。ところが、飲みたくない人は、理由はわかっているんです。例えばね、死にたい人っていうのは、漠然と死にたいという人は、あまりいないんです。病気の人はいますけれど。だいたい死にたい理由があったりします。就職もうまくいかない、恋愛もうまくいかない、家族関係もうまくいかない、もう死にたい。そういうのがあるんです。死にたい理由は、はっきりしているんです。漠然と死にたいのであれば、これは脳の病気です。死にたい理由がはっきりしている場合は、お薬は必要ない場合が多いです。薬をすでに飲んでいる場合であれば、薬を飲んでいないと、脳の化学バランスが崩れますから、飲んだほうがいい場合が多いですけれど。初めての受診でしょ、精神科は?
原田光子の母 初めてです。
加来典誉 お薬は飲まなくていいんじゃないかなと思いますけれどね。お母さんに聞かれたら困りますか?
原田光子 困らないです。
加来典誉 恋愛ですか?
原田光子 恋愛じゃないです。・・・いや、恋愛です。
加来典誉 何かうまくいかなかったですかね。ふられた?ふられた。まだ、十三歳ですからね。初めての失恋ですね。まぁ、何度も何度も女の子に言ってるんですけれどね、飽きるほど。男の子っていうのは好みがあるんですよ。
原田光子 そうですか。
加来典誉 例えば、背が高い人がいいとか、背が低い人がいいとか。目がクリッと大きい人がいいとか、切れ長で細い目がいいとか。鼻は高いほうがいいとか、低いほうがいいとか。脚が長いほうがいいとか、形がいいのがいいとか。胸が大きいほうがいいとか、小さいほうがいいとか。髪はロングヘアがいいとか、短いほうがいいとか。ストレートヘアにこだわっているとか。いろいろあるんです。そこにね、自分の好きな人が自分を好みに思ってくれるかどうかをリサーチしてから、告白しないといけない。単に、光子さんのことが好みじゃないということ。光子さんが悪いわけじゃないということ。光子さんの人格に何か問題があるわけじゃなくて、単に外見的な容貌が、ちょっと好みじゃなかったということです。だと思いますよ。だから、その男の子との共通の友達にね、女の子にね、どんな人が好きなのか聞いてみてください。今でもいいですけれど。後でもいいですけれど。ちょっとちがうと。わたしみたいな女の人は好みじゃないみたいとわかります。あー、わかった、わたしは無理なんだと。じゃあ、どうすればいいのかと。まず、自分を魅力的にして、いろんな男に追わせるんですよ。自分のことが好みに思っている人が追ってくるわけでしょ、そこから一人、選ぶんですよ。という方法と、リサーチしてアタックする方法と。だいたいこれが女の子のうまくいく恋愛。どうですか、やってみませんか。
原田光子 やってみます。
加来典誉 まず、聞いてみてください。ちょっと聞いてください。もう大丈夫だと思いますよ。後ね、次の彼氏ができるまでオナニー禁止と思わないで。オナニーすること。オナニーしてください。楽になりますから。馬鹿野郎って叫ぶ気がしなくなりますから。オナニーしないから、馬鹿野郎って叫ぶことになりますから。
原田光子 なんでわかるんですか。
加来典誉 わたし診ているから。オナニーしてない人。院内の患者さんでもそうですよ。病院に入院している患者さんでも。オナニーしてないと、やっぱり叫びまわったりしますね。いいですか。では、また一週間後に来てください。心配ですから。治っているかなと思って。お薬は出さないです。寝れてますか。寝れてる。じゃあ、とりあえず、一週間後。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 どうですか。聞いてみましたか。
原田光子 聞いてみました。
加来典誉 お好みじゃなかったでしょう。
原田光子 お好みじゃなかったです。
加来典誉 やっぱり、そうでしょう。仕方ないんですよ、これは。男の性欲というのは、視覚情報、眼で見た情報であるから、好みじゃない女性だとグッとこないんですよ。
原田光子 そうですね。
加来典誉 仕方ない。まぁ、美しくなって追わせるんですね。楽ですよ。
原田光子 わかりました。
加来典誉 まだ若いから、どんな顔になるかもわからないから。十三歳でしょ。いろいろ変わってきますから、顔は。彼氏を作る準備をしているでしょうけれど、負わせる、アタックどっちですか。
原田光子 両方です。
加来典誉 頑張って綺麗になってください。綺麗になろうと思う気持ちが一番大事ですから。毎日、鏡を見てね、自分の顔が素敵だなと思う。時々は、証明写真を撮ってみたり、パソコンのカメラで撮影したりして、ああ、わたしってこんな顔しているんだな、なかなかいい顔ね、って思えるような顔じゃないといけない。そうじゃないと駄目です。鏡の顔とカメラの顔って違うでしょ。カメラの顔がいい顔だなと思えたら、なかなかの美人ですよ。それを目指しましょう。また一週間後。次の次は、二週間後だと思います。その後は、一ヵ月後です。彼氏が出来たら来なくなっていいです。初めての彼氏ですね。
原田光子 わかりました。
加来病院外来診察室 二ヵ月後
原田光子 彼氏が出来ました。
加来典誉 特に問題はないようですね。いいでしょ、これで。
原田光子 いいです。
加来典誉 じゃあ、これで終わりにしましょう。後は、好きな時に来てください。調子悪いなと思ったら来てください。じゃあ、よろしくお願いします。
原田光子は、病院に来なくなった。