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思索とアートとヘアカット
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今村陽子さん(神経症)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、精神科医の加来典誉です。お名前をどうぞ。今村洋子さん。お年は。
今村陽子 二十一歳です。
加来典誉 今日はどういうお困りで、来られたんですか。
今村陽子の母 娘がときどき自分は神様だと言っているんです。
加来典誉 最近ですか。
今村陽子の母 つい最近。二ヶ月くらいです。
加来典誉 頻繁に言っている?
今村陽子の母 頻繁に言っています。
加来典誉 うーん。えー、ちょっとね。床とか壁を見て、模様があるでしょ。それが、人の顔とか鬼の顔に見えます?
今村陽子 見えないです。
加来典誉 何か心の悩みはあります?
今村陽子 ないです。
加来典誉 うーん。脳疾患かなぁ。なんかその、実感としてあるんですよね。神様というのが。
今村陽子 そうです。
加来典誉 今日は、とりあえずですね。お薬は出したくないんですよね。なんでかというと、副作用があるから。ドーパミン系のお薬を出すことが普通なんですよ。統合失調症の。いわゆる、妄想ということになります。けれど、ドーパミン系の障害じゃないみたいなんです。というのは、だいたいドーパミン系の障害がある方は、床とか壁を見て、人とか鬼の顔に見えるって言います。注意力が異常に研ぎ澄まされた状態なんです。そういう状態の人がだいたいドーパミン系の障害の人です。いっぱいドーパミンが出ているんです。寝てないとか、食べていないとか、だとなります。それから、もともと遺伝的素質で、その年になったら発現するようになっている。突然、注意力がものすごく上がって、いろんな情報がいっぱい入ってくる。そして、こわれたような感じ。妄想を持ってみたり、幻聴、幻覚、それから、暴力的になってみたり。そうじゃないみたいなんです。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 あの、とりあえずですね。こういうふうにしてください。陽子さんにお願いなんですけどね。自分が神様だって言う人は、お父さんとお母さんと兄弟、そして大事な友達だけ。この人だったら話しても大丈夫。秘密をね。心の秘密を話していいって言う。他の人には話さないようにする。で、できたら、頻度も、頻繁に話すんじゃなくて、時々話すんです。いっぱい話さないで。お母さんが心配しているのは、自分が神様だということを全然知らない人に言ったりすると、損することがわかっているから。「この人って大丈夫かな。どうか頭がしているんじゃないか」と思うから、それが心配でね。あんまり言ってほしくないんですね。
今村陽子の母 そうです。
加来典誉 せいぜいお母さんとお父さんレベルで止めてほしい。そして、どうしても言いたいなら、ほんとうに大事な友達にも。で、できれば、お父さんとお母さんにはいっぱい言っても構わない。大事な友達にはあんまり言わないほうがいい。疲れるんですよ、言われると。どう接したらいいか、わからない。疲れてね、この人と接していると疲れるから会いたくない、となりかねないんです。
今村陽子 そうですね。
加来典誉 お父さんとお母さんに言うのは頻繁でもまだいい。お友達には言わない。できたら、お父さんとお母さんにもあまり言わない。ていうのは、やっぱりきついから、付き合うのが。
今村陽子 そうですね。
加来典誉 わたしもね、「悟ったような感じがする」という経験があります。自分は悟りを開いたんじゃないかと感じたことがあります。何でもわかる気がする。何でもできる感じがする。実感としてあるんですよね?
今村陽子 そうです。
加来典誉 それは誰にも覆すことはできませんからね。わたしもわたしの実感を覆すことはできませんからね。今はそうでもないですけどね。
今村陽子 何ですか。
加来典誉 お薬を飲まなかったからですね。今はわたしは飲んでます。私の場合は、ドーパミン系の障害だったのかもしれませんね。まぁ、わからないですけれど。とりあえずそういう方針で一回やってきましょう。で、お母さんにお願いなんですけど。「あのさ、お母さん、この前買ったブローチどこにやったけ」って言うでしょ。ブローチっていいませんかね?
今村陽子 言いますよ。
加来典誉 「あ、そこの戸棚の中に入れているわよ」「あ、ありがとう」「あなた、神様なのにわからないの?」
今村陽子と今村陽子の母 ははは。
加来典誉 そういうふうに明るく接するんです。眉をひそめて、この人、大丈夫かしらって、接するんじゃなくて、「お願いします、神様、お皿洗いしてください」
今村陽子と今村陽子の母 ははは。
加来典誉 「神様、お願いします」こういうふうに明るく接してあげるんです。逆にそのほうが、陽子さんは、頻繁に自分は神様だと言わなくなるんです。少し言いますけどね。ますます言うようになります、眉をひそめていると。明るく流しているほうがいいです。「わたしは神様」っていうと、「じゃあ、何かスーパーパワーでやってもらおう!」そういうふうに言ってあげたほうがいい。陽子さんもそのほうがいいでしょ?
今村陽子 そのほうがいいです。
加来典誉 ちょっと来週まで様子を見ましょう。

  加来病院外来診察室

加来典誉 どうですか?頻繁ですか?
今村陽子 いえ、少し減りました。
加来典誉 お友達に言ってますか?
今村陽子 言ってないです。お父さんとお母さんだけです。
加来典誉 困りますか?
今村陽子 困らないです。
加来典誉 これとうまく付き合っていくもいいんですけど。うーん、どうですかね。何かね、昔の体験が今に関わっているのではないでしょうか。よく考えたら。自分を神様だと思う理由があるんじゃないかな。ちょっと探ってみましょうか。
今村陽子 そうですか。
加来典誉 で、今日、用意しているんですけどね。あの、このパソコンを使って、別の部屋でインターネットしてもらいます。後で、履歴を見ますから。少しエッチなことを考えならら、インターネットしてください。病院内でしか、データは出ないです。他の病院の人にも言わないです。ちょっとやってみませんか?探ってみましょう。何かあるんじゃないかと。
今村陽子 わかりました。
加来典誉 四十分です。時間の余裕がないですか?
今村陽子 大丈夫です。
加来典誉 お母さんなしで一人でやってもらうほうがいいです。

  加来病院外来診察室 四十分後

加来典誉 では、家に帰って、分析してみます。来週、結果を発表します。

  加来典誉自宅

  加来典誉が今村陽子のインターネットの履歴を見ている。

加来典誉 線路、海、山、線路、海、山、旅行、海、山、線路、旅行、山。うーん。なんかわかった。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 はい、よろしくお願いします。あのー、昔ですね、小学校か、中学校か、高校で、自然教室に行ったでしょ?
今村陽子 ははは。
加来典誉 なに笑ってるんですか?電車で行ったでしょ?
今村陽子 電車で行きました。
加来典誉 それでですね。なんかあったでしょ?
今村陽子 ありました。
加来典誉 なんですか。
今村陽子 ちょっと言いたくないです。
加来典誉 それが秘密じゃないかな。神様と関係している。
今村陽子 あの、レズビアンしました。
加来典誉 あ、そうですか。悪くないですよ、レズビアンは。悪いことではないですよ。
今村陽子 中学のときです。
加来典誉 レズビアン、女同士好きになりますから。あのね、たぶん、そしたら、こういうことじゃないかな。レズビアンはいけないっていう心の動きがあるんです。中学校の時やってしまった。で、悪いことしたのにやってしまったという思いが、ずっと続いていて、「どうしよう、わたし、悪い人だ」と。結局それで、悪いことしたのに許されるためには、自分が神様になるしかないと。神様が決めるんだから。悪いか良いかは。というふうな感じじゃないでしょうか。レズビアンの経験をもっとしたらどうですか?欲求不満になっているんだと思います。性的な。男性とあまりエッチなことをしたくないですか?
今村陽子 あまりしたくないです。
加来典誉 だったら、デリバリーヘルスかなんかを使ってですね。
今村陽子 ははは。
加来典誉 女性とエッチをしてみたらどうですか。レズビアンですと言ったら、理解してくれますから。こういう女性がいいと言ったら。インターネットで探して。顔とか目とか隠れてますけど。身長とかいろいろ出ていますから。だいたいのことを伝えたらいいですよ。一番人気の子がほしいとか。
今村陽子 なるほど。わかりました。
加来典誉 ちょっとそれで、一回か二回か三回かやってみませんか。まず一回ですね。また来週ですね。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか?
今村陽子 ずいぶん減りました。
加来典誉 やっぱりそうですね。その体験が大きかった。線路、列車、旅行、海、山。わたしも自然教室のときに、後ろでホモをしている人がいました。なんかあるんじゃないでしょうか。レズビアンで、欲求不満になっている。で、この前、言っている通りです。やっちゃいけないことをやろうとしている。許されるためには、自分が神様になるしかない。理路整然とした理屈がある。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 彼女の中ではモヤモヤしたものが、はっきりと理屈で説明できる感じがします。もうちょっとレズビアンをしてみたらどうでしょうか。週に一回か。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 お金がずいぶんかかりますが。
今村陽子の母 いえ、いいです。
加来典誉 そのうち、月に一回になっていくと思います。彼氏、欲しくないですか?
今村陽子 欲しくないです。
加来典誉 ずっとですか?
今村陽子 ずっとじゃないです。
加来典誉 折り合いを見て?
今村陽子 折り合いを見て。
加来典誉 じゃ、ちょっと頑張ってみましょう。レズビアンの人も、じゃない、お店の人も喜んでるでしょ?
今村陽子 喜んでます。
加来典誉 楽しいもんね、女の子同士。不安ですか?
今村陽子の母 大丈夫です。
加来典誉 子供が生まれるわけではないからですね。
今村陽子 そうですね。
今村陽子の母 確かにそうですね。
加来典誉 子供は生まれませんからね。
今村陽子の母 安心です。
加来典誉 彼女にとってはそれが心のしこりになっているから。なんとかしないといけないんです。では、また来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

今村陽子の母 全然、言わなくなりました。
加来典誉 そうですか。これで終わりかな。あとは利用したいときに利用すれば、いいですよ。デリバリーヘルス。利用したいと思ったら、お母さんにお願いして。
今村陽子 わかりました。


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