加来病院病棟
加来典誉 新患さんですか。はい。わたしですか。はい。どんな方ですか。十五歳。たった十五歳。女性の方。状況は。何かしょんぼりしている。わかりました。外来ですか。外来。今日は外来診療日?じゃない。わかりました。いいでしょう。行きます。田中さん。田中洋子さん。
加来病院外来診察室
加来典誉 元気がないですね。
田中洋子 元気がないです。
加来典誉 ふられましたか。
田中洋子 ふられていないです。
加来典誉 なんで元気がなくなってしまったのかな。犬が死んじゃたから。
田中洋子 そうじゃないです。
加来典誉 おばあちゃんが死んでしまった。
田中洋子 そうです。
加来典誉 ほんと。だいたいわかる。あのね、精神病、その中で、脳の病気じゃなくて、心の悩みで精神病になる人は、大体、二つ種類がある。大事な物、大事な人を失った人、それから、欲しいものが手に入らない人。大体二種類ある。で、大事な物、大事な人を失った人は、鬱病、もしくは鬱症状。
田中洋子 病気ですか。
加来典誉 病気まで行かなくても症状という場合もあります。鬱症状という。統合失調症という病気もあって、これも症状である場合と、本格的な病気の場合があります。欲しい物が手に入らない。例えば、何度も何度も失恋して、女の人が欲しいとか、お金が欲しいけれどないとか、大学を卒業したかったけれどできなかったとか。そういうふうなこと。おばあちゃんが心の拠り所だったのかな。よくね、そういう人に言うんだけど、もし、おばあちゃんがね、あの世でね、洋子さんのことを見ているとしたら、どういうふうに言っていますか。
田中洋子 もうちょっとしゃきっとしなさい。
加来典誉 あと他には?
田中洋子 勉強しなさい。
加来典誉 それだけ。それをやればいいんじゃないですか。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 例えばね。これはごまかしなんだけれど、さっき話せましたよね、おばあちゃんと。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 さみしくなったらね、おばあちゃんと話すことができる。おばちゃん、これどう思うというと、色々、話してくれます。
田中洋子 ははは、なるほど。
加来典誉 なんでこんなことができるかというとね。死んだ人の記憶がずーっと残っているんですよ、自分の頭の中に。この人だったら、多分、こういうふうに言うんじゃないかなって予想がつくわけです。だから、できるんです。本当じゃないんですよ。本当に話しているんじゃないですよ。テレパシーとか。そうじゃないです。でも、まるでテレパシーで話しているように、話すことができます。それでごまかしながらやっていって、ひとつ喜びとするものを見つけないといけないですね。そうだなぁ。お母さんとの関係がうまくいっていないんじゃないかな。
田中洋子 なんでわかるんですか。
加来典誉 だから、そこでおばあちゃんということになったんじゃないかな。
田中洋子 そうです。
加来典誉 そこを改善すべきですね。何か娘さんとうまくやっていけない理由があるんじゃないですかね。
田中洋子の母 あります。
加来典誉 そこをうまく調整していきたいけれども、わたしにお手伝いできますかね。
田中洋子の母 できると思います。
加来典誉 どういう所に問題があると思いますか。お母さんの方から見て。なかなか仲良くなれない。どうしてですか。わからない。なんとなく他人行儀になる。お仕事してますか。してる。お食事はどうしていますか。冷凍食品とか。いつ頃からですか。ずっと前から。旦那さんいますか。いる。わたしが思うのはね、高校まで子供を卒業させてあげるのが、親の務めと思うんです。そこくらいのお金でいいんじゃないですか、学費は。もしもね、私立の高校でもということも考えて。そして、大学に行きたいなら、公立の高校に行けば、大学に行けますね。ぐらいで見ていたらどうですか。そして、資金の換算をしてみると。これだけいるとまず計算してね、それから家計簿をつけてみてください。ここ一ヶ月でいいから、まずは。必要だと思いますよ。いくら使うかわかるでしょ。そしたら、わたしはこんなに働いているけれど、ここまで働く必要はなかったとわかりますから。この程度でいいなら、パートも仕事もこの程度というふうにして。パートですか。パート。そしたら、この程度でいいというふうにして、できるだけ、お食事を洋子さんのために作ってあげるようにしたら、自然と関係が良くなってくるんじゃないでしょうか。お母さんの料理を食べると、それだけでだいぶ違いますよ。昔はお食事を作っていたんでしょ。作ってた。その頃は関係がよかったですか。よかった。だいたいそういうものです。お母さんのご飯を食べさせると、なんとなく仲良くなれるものですよ。今は娘さんがお母さんに甘えることができないんです。お食事を食べながら、「実はさ」というところがないですからね。ぜひ、家計簿をつけることから始められてみてください。それから、学費やローンなどでどれくらい使うことになるか計算してみてください。そしたら、今ほど働く必要はないんじゃないでしょうか。と、思いますよ。旦那さんもいらっしゃいますしね。これが母子家庭ならまだわかりますよ。働かないといけないけれど、旦那さんがいらっしゃるならなんとかなりますよ。一人娘さんですか。そうですか。じゃあ、なんとななりますよ。気持ちはわかりますよ。ブランド物のバッグも持ってみたいしね、旅行も行ってみたいしね、美味しいものも時々、食べてみたいしね、わかりますけれどね、それもやった上でね、十分、娘さんが高校まで卒業するぐらいまでは、もしくは大学ぐらいまでは、お金が出せるぞ、というふうになりますから。そこまで働かなくていいんですよ。と、思いますよ。計算したら。次回、計算してみてきてください。家計簿を一週間つけてみてください。いいですか、洋子さん。
田中洋子 わたしもそう思います。
加来典誉 さびしいですか。
田中洋子 さびしいです。
加来典誉 では、ぜひそうしてください、はい。また来週、外来診療は、月曜日が木曜日ですから。どちらか、よろしくお願いします。
加来病院外来診察室 月曜日
加来典誉 はい、どうですか。大丈夫だったでしょ。
田中洋子の母 大丈夫です。
田中洋子 どれくらい作ってあげられそうですか。
田中洋子の母 三日ぐらいです。
加来典誉 その三日でいいですからね、娘さんに料理を教えてあげてください。
田中洋子の母 料理を?
加来典誉 料理を。
田中洋子の母 ああ。
加来典誉 冷凍食品じゃ、そっけない感じがします。だから週に四日は娘さんが料理を作ります。
田中洋子 ははは、わたしが作るんですか。
加来典誉 そうだよ。そしたら、役に立つから。自炊できる人ってなかなかいないの。価値がある。ご飯が作れるって価値があるんですよ。だから、ぜひ、お母さんが作れない時は、作ってあげて、家族にふるまってあげる。面白いよ、結構、それも。お料理の材料を買いに行ってね。猫ばばしちゃ駄目だよ、お金を。余らしてね。美味しい物を作ってあげたいから。時には少し猫ばばしてもいいよ。三百円とか、四百円とか、千円とか。いいよ。お母さんもわかってるから、ね。そういうふうにしてみたら?
田中洋子 ははは。
加来典誉 四日は洋子さんが作って、三日はお母さんが作ってね。三日の時にお母さんが教えてくれるから。家計簿をつけたら、もっとわかるようになる。もっと少なくていいことがわかるようになる。もっと少なくていいことがわかるようになる。贅沢費も含めてですよ。わたしのお勧めですけれどね。家計簿を作っていると思いますけれどね。贅沢と贅沢じゃない所を分けたほうがいいです。分けるというのはですね。エクセルですか。
田中洋子の母 エクセルです。
加来典誉 そしたらですね。例えば、贅沢だったら、ケーキを買ってきたと。贅沢ですね。そしたらですね、もう一列追加して、旗みたいなものを立てるんですよ。贅沢フラグと。贅沢だったら、「1」、贅沢じゃなかったら、「0」を立てます。オートフィルタは知っていますか。
田中洋子の母 知っています。
加来典誉 そしたら、「1」だけ、とか「0」で表示すれば、贅沢はこれだけ要るんだな、必需品はこれだけ要るんだなとわかりますから。贅沢も人間には必要ですからね。必需品だけで動くのはロボットですからね。ロボットではないですから、人間は。ぜひ、それをやってみてください。わたしもやってみました。どれだけ必要かよくわかりましたよ、はい。それでだいたいわかってきますから。もっと要るかもしれない。そういうこともあるかもしれない。その場合は、働かないといけない。で、あともうひとつは、働いている職場は、いい職場ですか。
田中洋子の母 いい職場です。
加来典誉 ああ、じゃあ、大丈夫です。まだ、診察の必要があるでしょ。
田中洋子の母 まだ、必要です。
加来典誉 じゃあ、まだ様子見ましょう。娘さんもまだしょんぼりしているから。
田中洋子の母 そうですね。
加来典誉 おばあちゃんと話している?話している。本を読んだりしたら?
田中洋子 そうですか。
加来典誉 心がホッとしたりする本とかあるでしょ。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 そういう本を読んでみたら。さびしい時はね。お母さんが本代くらい出してくれるかな。それか図書館に行くかね。結構高いもんね。単行本なら、七百円とか、八百円とか、もっとか、千二百円とかね。文庫本でも七百円とかだからね。高いよね。
田中洋子 高い。
加来典誉 図書館かな。学校とか、市立図書館とか。遠いもんね。
田中洋子の母 遠いですね。
加来典誉 難しいですね。まぁ、ちょっと待っていて。お母さん変わるから。好きな人いないの?彼氏がいる。じゃあ、彼氏と遊んだらいいなじゃないの。うまくいかない?
田中洋子 うまくいっています。
加来典誉 じゃあ、ちょっと待っていて。どれくらい?三週間。ちょっと待ってみようね。お母さんも頑張っているから。
田中洋子 そうですね。
加来病院外来診察室 三週間後
田中洋子の母 料理を教えているんですよ、今。
加来典誉 楽しいですか。
田中洋子 楽しい。
加来典誉 仲良くなるといいですね。
田中洋子の母 仲良くなってきました。
加来典誉 ちょっと待ってみましょう。家計簿は。
田中洋子の母 いいです。わかりやすくていいです。
加来典誉 そのうちグラフになりますよ。
田中洋子の母 ははは、なるほど。
加来典誉 グラフとか作れますから。自分で工夫してみてください。わたしもやってたことがあります。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 楽しい。洋子さん。よし、じゃあ、これでいいかな。お薬も出していないですけれどね。ほぼ人生相談ですね。
田中洋子の母 そうですね。
加来典誉 まぁ、なんとななりますよ、後は何か問題があったら来てください。毎週じゃなくても。たぶん大丈夫ですよ。もったいないですからね、このお金も。この医療費もね、出すのも大変ですから。その代わりね、千円、千二百円くらいで本を買ってあげるというのもいいですね。後は、もし会いたくなったら来てください。
田中洋子の母 わかりました。
その後、田中洋子親子は病院に来なくなった。