加来病院第二病棟診察室
加来典誉 はい、よろしくお願いします。前、主治医が院長だったんですよね。わたしの父だった。はい。田中史也さん。三十五歳ですね。統合失調症。三年間入院。三十二のときに入ったんですね。初めての入院ですか。
田中史也 初めての入院です。
加来典誉 なんで退院できないのかな。ちょっと待ってください。ぶつぶつ言ってる。歩いている時に。何か話しているんですか?
田中史也 話しています。
加来典誉 それがいけないということかな。一応、ぶつぶつ言っても、社会に迷惑をかけなければ、全然いいんですけれどね。わたしの考えなんですけれどね。まぁ、街中で、ぶつぶつ言っても、わからないですよね。聞こえないから。ただ、人が一緒にいる時に、ぶつぶつ言うと、ちょっとおかしな人と思われるから、それはNGと。それがわかっていたら退院です。看護師さんが近くにいるのに、ぶつぶつ言っていると、これはダメです。遠くにいて、だれも聞けない時にぶつぶつ言う、これは大丈夫です。わたしの考えですけれど。誰かとお話しているんですか。してる。偉い人と。偉い人。まぁ、イエス=キリストさんも偉い人と話していたから、そういうことはあるかもしれません。ないとは言えないから、否定はしません。ただ、みんなと一緒にいる時に、ぶつぶつ言うのはNGです。そこを訓練しましょう。看護師さんがいるなぁと思ったら、ぱっと止めましょう。ぶつぶつ言っていいのは、独りでいる時だけ。あとは、ざわざわみんながいっていて、自分が言ってもわからない時だけ。外で言っても、みんなわからないでしょ、うるさいから。ちょっとそこを頑張ってみましょう。ここに入るときに、心の悩みはありましたか。なかった。これは脳疾患だな。声が聞こえてくるけれど、いい声ですか、悪い声ですか。悪い声。これは気の毒だな。命令してくる?命令してくる。お薬で調整するしかない。ずーっと治らない。治らない。お薬が多いときついでしょ。きつい。社会生活が送れないもんな。どんな声ですか。
田中史也 便所に行けとか、言ってくる。
加来典誉 行きたくない時に。
田中史也 そうです。
加来典誉 声と遊んでみたことはありますか。
田中史也 あります。
加来典誉 つまらない。
田中史也 面白いです。
加来典誉 遊んでみてください、声と。やーだ、お前が行けとか。
田中史也 ははは。
加来典誉 色々、言ってみてください。そうやって遊んでみてください。薬はこれ以上、増やしたくないです。本当に声が消えるかどうかもわからないから。一旦増やしてみる?わからない。増やして欲しくない?きついから。とりあえず声と遊んでみてください。ちょっとそれでやってみましょう。
加来病院第二病棟診察室 一週間後
加来典誉 ナースどうですか。田中史也さん。
ナース だいぶいいです。ぶつつぶ言わなくなりました。
加来典誉 そうでしょうね。わたしが、言ったから。独りの時だけしか、ぶつぶつ言ったらいかんと。
ナース そうですか。
加来典誉 人がいる時に、ぶつぶつ言うの禁止と。それが普通の人だからですね。
ナース それもそうですね。
加来典誉 独りでいる時にぶつぶつ言う人はいるでしょ。
ナース そうですね。
加来典誉 それと同じ。
加来典誉 田中史也さん、だいぶ良くなりましたよ。
田中史也 そうですか。
加来典誉 これで三ヶ月くらい調子が続けば退院です。訓練しましょうね、ここで。
田中史也、三ヶ月ほどして、外泊後、退院。田中史也の母親が喜んでいる。薬を減らしていっている。
加来病院外来診察室
加来典誉 苦しい?もうちょっと薬を増やしますか?これくらいでいい。だいぶ楽になった。では、これで続けていきましょう。声が聞こえるのは、うまくあしらわないといけない、一生の問題だから。頑張ってください。では、お願いします。