加来病院病棟
加来典誉 入院患者さんですか。今、どこですか。保護室。暴れている。もう入れたんですか。わかりました。男性、女性どっちですか。女性。何歳ですか。二十一歳。お名前は。田中寛子さん。えーっと、じゃあ、美人さんは?久家さんと亀井さん、どっちもいる。じゃあ、お水と氷の用意をしてください。
加来病院第一病棟保護室
加来典誉 じゃあ、入りましょう。止まらないですね。じゃあ、いつものをやりますかね。みなさん、正座しましょう。はい正座。なむぶつ。なむほう。なむそう。なむくおんんじつじょうほんししゃかむにぶつ。なむいちじょうみょうほうれんげきょう。なむまっぽううえんのだいどうし。ほんげじょうぎょうこうそにちれんだいぼさつ。ろくちゅうくろうそうとうしゅうもんれきだいにょほうくんこうのせんしせんてつ。べっしては。ほけきょうおうごのしょてんぜんじん。そうじては。じっかいかんじょうのしょそんとう。らいとうどうじょうごほうみのうじゅー。むじょうじんじんみみょうのほうわー。ひゃーくせんまん・・・、
田中寛子、笑い出す。
加来典誉 じゃ、ちょっといいですね。みなさんちょっと、体操座りしましょう。お水を飲みましょう。
田中寛子 なんでこんなことするんですか。
加来典誉 うーん、落ち着くから。これをすると。だいたい患者さんはお経を言うと、落ち着く人が多いの。日本人だから、みんなお経を聞いているんだろうね。むじょうじんじんからで、よかったかな。
田中寛子 ははは、すごいですね。
加来典誉 覚えましたよ。ずっと聞いて。あの、眠れなかったですか。ここにくる時。
田中寛子 眠れなかったです。
加来典誉 何か心の悩みがありましたか。
田中寛子 なかったです。
加来典誉 あらら、これは脳疾患かな。何晩くらい寝ていないですか。
田中寛子 二晩。
加来典誉 困ったな。寝れなくて脳疾患というのをあんまり診てないから。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 本当に心の悩みがないですか。
田中寛子 ないです。
加来典誉 そうですか。判断を誤ると、大変なことになりますからね。じゃあ、お薬を飲んでみたいですか。
田中寛子 飲んでみたいです。
加来典誉 あ、これは大丈夫だ。脳疾患だ。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 そしたら、ちょっとお薬を、弱目だけれどあげておきます。あんまり強いのを出すと、身体がびっくりしますからね。太ると嫌だから、ルーランを出しましょう。ジプレキサは太りますからね。太る体質ですか。
田中寛子 太ります。
加来典誉 ルーランを出しておきますから、はい。ちょっとね、ここで、落ち着くまで、二日か三日くらいおってください。看護師さんが判断しますから。もう落ち着いたなと思ったら出れますから。つまり、大声を上げたりとか、そういうことをしないで、ちゃんと夜に寝れていたら、たぶん大丈夫です。一応ね、夜、十時ごろに看護師さんが見回りに来ますから、もし寝れてなかったら、お薬をくださいと言ったら、睡眠薬をもらえますから。今、昼でしょ、晩にルーランを飲んでもらいます。寝る前ですね。八時頃。で、寝れたらいいですね。寝れなかったら、追加のお薬を飲んでください。あまり強くないお薬ですから。ロヒプノールというお薬がちょうどいいと思います。ちょっと、それで様子を見ましょう。二、三晩、二回か、三回寝たら、出れますから、ここから。あのね、ここは閉じ込められるんだけど、刺激がないんですよね。人がいないし。なんにもないでしょ。人間というのは、なんにもない、人がいないとね、落ち着くんですよ。そのために入ってもらうんです。閉じ込めて、意地悪しているわけではないんです。ここは軍隊の特殊施設とか、そういうのじゃないですから。普通の精神病院です。精神病院に入ったら、もうわたしは終わりとか思わないでください。わたしも入ったことがある。大丈夫ですよ。
田中寛子 どうして入ったんですか。
加来典誉 あのね、女優の上原多香子さんを好きなってね。好かれているっていう妄想を持っているということで、精神病院に入っちゃった。うちの父も精神科医だったから、治療してくれたけどね。妄想じゃないと思ったんだけどな。でも、ぼくも精神科医になることにした。その前に、プログラマーも経験したんだけどね。色々、頑張ってね、結局、精神科医になった。継ぐことにした、病院を。加来病院だからね。なんにも心配しなくいい、なんとかなるから。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 お薬も弱めだからね。もともと脳疾患のね、つまり、脳の疾患の場合の方の、精神薬を投与する場合は、そんなに副作用が出ないんですよ。心因性といって、心の悩みの人に薬を入れると、副作用が出やすいんですよ。どうもそんな傾向が見えますね。診てると。だから、大丈夫ですよ。ちょっと様子見ましょう。ちょっと出るまで待ってますから。来週、また、何曜日かな、水曜日ですね。診察しますから。水、飲みましょうか。おいしいと思いますよ。わたしたちも飲みますから。水にお薬が入ってたら大変と思うでしょ。わたしたちも飲みますから。どれでもいいですよ。どれ飲んでもいいんだから。わたしたちが先に飲みますから、絶対に違うってわかるでしょ。
田中寛子 ありがとうございます。
加来典誉 はい、いいですよ、大丈夫です。わたしたちの仕事ですから。
田中寛子 おいしいです。
加来典誉 そしたら、お母さんに来てもらいましょうね。鉄格子越しになりますけれどね、差し入れしてもらいましょう。何か欲しいものないですか。セブンイレブンがあるから、何か買って来てもらおうと思って。プリンがいい。なめらかプリンですか。ちがう。焼きプリン。わからない。なにかプリン。美味しいプリン。一個でいいですか。一個でいい。飲みのは。いらない。じゃあ、プリンを一個、買ってきてもらいましょう。じゃあちょっと、お母さんに言っておきますから。この女の人たちは来ないけれど、別の女性か男性がお母さんを連れてきます。男性が来ても、怖がらなくていいから。優しい人だから。怖くないから。
田中寛子 わかりました。
加来典誉 では、また水曜日に会いましょうね。
加来病院第一病棟診察室 水曜日
加来典誉 出れたかな。出れましたね。どうですか、寝れましたか、最初の晩は。
田中寛子 寝れました。
加来典誉 どうですか、落ち着きましたか。落ち着いた。ルーランだけで落ち着いたのかな。あー、このまま様子見ていて、だいたい一ヶ月半くらいで退院ということになりますかね。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 最後、三週間ぐらい、外泊って言って、週に一回、自分のうちに泊まってみてね、それで良かったら、退院しましょう。特に問題ない感じですけどね。わたしの見る限り。何かどこか引っかかるところがあるかな。寝れなくて、というのはちょっとおかしいかったなと思いましたけどね。でも、あるんでしょうね。寝れなくなるのかな。寝れなくなって、症状が出たのかもしれないですね。心の悩みは本当にないんですよね。
田中寛子 ないです。
加来典誉 じゃあ、これは脳疾患だから、様子を見ましょう。じゃあ、また水曜日、来週。
田中寛子、一ヶ月ほどして、外泊後、退院。
加来病院外来診察室
加来典誉 大丈夫ですか。もう、心配ないですか。じゃあ、薬だけもらいに来てください。最初のうちは週に一回来てください。で、まぁ、三ヶ月後から六ヶ月後が、二週間に一回に切り替えて、あとは、一ヶ月に一回でいいですよ。来るのは面倒ですからね。ただ、お薬は飲み忘れないようにしてください。命をつなぐお薬ですからね。きれいに精神を整えるためのお薬ですから、どうか、よろしくお願いします。
田中寛子は順調に社会生活を行っていった。