加来病院第六病棟診察室
加来典誉 はい、よろしくお願いします、先代の院長に代わって、わたしが、息子の加来典誉と申します。田中秀子さん、はい、お願いします。田中秀子さんは、カルテは、統合失調症ですね。二年間。今、二十五。長いですね。そろそろ退院したいでしょ。
田中秀子 退院したいです。
加来典誉 あの、お薬を飲むのは嫌ですか。
田中秀子 嫌です。
加来典誉 そしたら、これは心因性ですね。心の悩みから来ているんでしょうね。心の悩みがあったんでしょ、入る前に。あった。今は解決している。解決している。わかりました。そしたら、できれば、お薬を無くす治療をしたいんだけれど、今の所、開発されていないんですよ。やってみます?やらない。早く退院したい。わかりました。よし、そしたらね、薬の副作用なんですが、今、薬を飲んで、朝、七時とか八時に起きているじゃないですか、それが、実際に退院すると、夜、十時、十一時に寝て、朝、十一時、十二時まで寝ることがあったりします。
田中秀子 なんでですか。
加来典誉 あの、この病院というのはね、いつも同じ人しかいない、同じ空間でしかない。だから、ここは開放病棟だけれどね、六病棟で、同じような人しかいないから、刺激が限られていますよね。だから、疲れないんですよ。ところが、退院すると、いろんな刺激がやってきます。いろんな人にあったり、いろんな物があったり、それで疲れるんですよ。だから、ぐっと疲れて、いっぱい寝てしまうんですね。それが普通に働くために、薬の副作用として、難しくなったりします。どうします?
田中秀子 早く退院したいです。
加来典誉 よし、わかりました。そしたらば、カルテによると、時々、なんか看護師さんに言ってるみたいね。譫言みたいなことを言ってる。うん。よくわからないことを言ってる。どんなことですか、譫言って書いてあるから。これを書いたのは砂畑さん。砂畑さん、いない。みんな知ってる人いないですか。どんなこと言っているんですか。
ナース わたしは神様なんです、とか、なんでもできるんです、とかです。
加来典誉 そういう神様系のこと。入る前からですか。
田中秀子 そうでした。
加来典誉 ざっくばらんに言うと、色、カネ、名誉が多いんですよ、人間というのは。心の悩みからくる統合失調症は、欲しい物が手に入らない時になる病気なんです。何が欲しかったんですか。恋人ですか。お金ですか。誇り、名誉ですか。
田中秀子 誇りです。
加来典誉 馬鹿にされていましたか。
田中秀子 馬鹿にされていました。
加来典誉 なんでかな、なんで馬鹿にされていたんでしょう。
田中秀子 大卒じゃないから。
加来典誉 あー、なるほど。彼氏はいたんですか。
田中秀子 いました。
加来典誉 今は。
田中秀子 別れました。
加来典誉 遅いからね。二年も経ったし。
田中秀子 そうですね。
加来典誉 うーん、女の人にしては珍しいですね。誇りが欲しいというのは。うーん、まぁ、神様じゃなくてもね、例えば、会社の社長さんとかでもいいわけですか。
田中秀子 それでもいいです。
加来典誉 神様になるのはちょっと難しいだろうけれど、会社の社長さんになるというのは現実的ですね。退院したら、会社の社長さんを目指すということで、やっていきましょうか。で、実は、譫言を言っていることでね、 先生によって様々なんだけれど、退院できない理由を直接、言ってくる先生と、隠す先生がいます。なぜ隠すかというと、つまり、その、症状が緩和すれば、自然と言わなくなるだろうと。言ってしまうと、わざと無理をして隠して言わなくなるから、それでは、症状がわかりにくくなるから、とりあえず、何も言わないでおこうという先生もいます。わたしは言う先生です。どういう理由で退院できないか言う先生です。というのはね、ふりをするというのも結構、大事なんです。わざと言わない。例えば、自分が神様だと思っていても、わざと言わない。これは結構、重要なことなんです。それができれば、世の中でやっていけますからね。先生によって様々です。だから、言わないようにしてくださいね。神様とか、なんでもできるとか。看護師さんにも患者さんにも言わない。それを二ヶ月続けたらOKです。一ヶ月は週に一回、外泊して過ごしましょう。二年だから、二ヶ月。大丈夫な期間がね。三年入ったら三ヶ月。一年だったら一ヶ月。五ヶ月だったら、やっぱり一ヶ月。やれそうですか。
田中秀子 やれます。
加来典誉 退院してから、もうちょっと考えてみましょう。いいでしょ。
田中秀子 いいです。
加来典誉 そしたら、様子を見ましょう。もう、お薬はだいぶ整理できないかな。感情調整薬は入ってないもんな。ルーランだけか。これだけでいいか。急に無くすと怖いからね。ぼーっ、としたりしませんか。しない。それじゃあ、いいか。薬を止めるのですか?頑張ればですね。色々工夫しないといけない。止めたいですか。
田中秀子 いや、いいです。
加来典誉 わかりました。では、このまま続けていきましょう。
田中秀子は、二ヵ月後退院した。
加来病院外来診察室
加来典誉 よかったですね。退院できて、約束どおりでしたね。
田中秀子 よかったです。嬉しいです。
加来典誉 社長さんになってみたいんですよね。うーん、ご親戚で事業家の方、いらっしゃいますか。いない。お医者さんいますか。いない。難しいな。大学を出てないのが、気になっている。どうしたらいいかな。うーん。尊敬されたいんですよね。
田中秀子 尊敬されたいです。
加来典誉 数学は得意ですか。
田中秀子 得意です。
加来典誉 社会は得意ですか。
田中秀子 得意です。
加来典誉 税理士になってみます?
田中秀子 なれるんですか。
加来典誉 なれますよ。頑張れば。
田中秀子 やってみます。
加来典誉 できますよ。高卒でも。
田中秀子 そうですか。
加来典誉 確か、なれると思います。あの、大原という所がありますから。税理士になるための学校で。有名ですよ。大原簿記専門学校という所。ちょっと、スマホで調べてもらって。
田中秀子 ありました。
加来典誉 電話してみてください。高卒でも税理士になれますか、ということで。今、いいですよ。
田中秀子は、専門学校の大原に電話した。
田中秀子 高卒でもなれるみたいですね。公認会計士もなれるみたいですね。頑張れば。やってみます。
加来典誉 やってみましょう。そしたら、頑張ってください。簿記一級を取れとか、言われると思います。日商簿記。商工会議所の資格があるんです。何年かしたら取れると思います。
加来病院外来診察室 数週間後
加来典誉 どうですか、勉強のほうは。寝るでしょ。
田中秀子 いっぱい寝ます。
加来典誉 きつい?
田中秀子 きつくないです。
加来典誉 勉強はできてますか。
田中秀子 できてます。
加来典誉 今、薬がいいからね。知能には影響はないから。眠くなるだけで。
加来病院外来診察室 三ヵ月後
田中秀子は、日商簿記二級に合格した。
加来病院外来診察室 六ヵ月後
田中秀子は、日商簿記一級に合格した。
加来典誉 たいしたもんですね。
田中秀子 そうですね。言われています。
加来典誉 いよいよ、税理士の試験ですね。
田中秀子 そうですね。
加来病院外来診察室 二年後
加来典誉 税理士になったんですね。良かったですね。
田中秀子 わたし、これで嬉しいです。念願が叶いました。
加来典誉 神様とかじゃなくていいでしょ。
田中秀子 いいです。
加来典誉 これでほぼ終わりです。治療は。
田中秀子 そうですか。
加来典誉 後は、二週間に一回、三ヶ月くらい来てもらって。さらに月に一回を三ヶ月来てもらって、後は、来なくていいです。好きなときにだけ来るだけでしていいです。あ、無理だ、薬を飲んでいるから、最低でも月に一回ですね。
田中秀子 薬は止めなくていいです。
加来典誉 では、そうしてください。