加来病院外来診察室
加来典誉 はい、精神科医の加来典誉です。お名前を伺ってよろしいですか。田中拓郎さん。はい。どんなことでお困りですか。スキーをしていて、突然、おかしくなった。どんなふうにおかしくなりましたか。わけのわからない感じがする。なんかこう、宇宙人が乗り移ったような・・・。
田中拓郎 ははは、そんなんじゃないです。
加来典誉 ごちゃごちゃになったような感じ。
田中拓郎 そうです。ごちゃごちゃになったような感じ。頭の中が。
加来典誉 スキーがきっかけ、それ以降?スキーの時だけ。
田中拓郎 いや、それ以降です。
加来典誉 ちょっとね、壁とか床を見てください。模様があるでしょ、それが人の顔とか鬼の顔に見えますか?
田中拓郎 見えないです。
加来典誉 わかりました。それでは、テストをしてみましょう。ちょっと待ってくださいね。専用のパソコンがありますから。部屋がありますから、このパソコンを使って、いいですか、こんなふううにするんですよ、こういうふうにやって、このソフトを使って、インターネットを見るんです。で、グーグルのクロムですね、知ってますか。変わってますけれど、リナックスなんですこのパソコン。閲覧の履歴が残るんですよ。この履歴に関しては、病院内だけの秘密にしますから、とにかく安心して見てほしいと。で、少しエッチなことを考えて、例えば、女の胸とか、ははは、いきなり、アハアハ言っているような、セックスとかね、どスケベではなくて、ちょっとだけエッチな感じ、フェチがあったりして、ちょっと考えながら、インターネットして、何か少しポロッと出てくることがある。秘密が。何か過去に自分が抑えつけている記憶がポロッと出てくることがあります。だから、四十分ばっかしやってみてくれませんか。ちょっと案内しますから。わたしが案内しましょうね。こっちです。いいですか。ここでやってください。で、タイマーを置いておきますから、終わったら、看護師さんに行って、お帰りください。一日じゃ分析できないので、本当はできるけれど、患者さんがいらっしゃいますから、一応、今日中には分析して、来週に来られた時に、お教えします、結果を。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉自宅
加来典誉 最初に車がある。山がある。4WDの大きな車、テント、キャンプかな、またキャンプ、雪山、来週、聞いてみよう。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 えーとですね、テントとか山とか、ジープじゃないけれど、4WDの大きな車とか。なんかそのキャンプ場かスキー場で性的な体験があったんじゃないですか。
田中拓郎 ありました。なんでわかったんですか。
加来典誉 そこがエッチと結びついているんですよね。直接的に言ってみれば。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 キャンプ場でエッチをした?
田中拓郎 そうです。
加来典誉 みんなが知らない時に?
田中拓郎 そうです。
加来典誉 彼氏持ちですか。
田中拓郎 そんなことないです。
加来典誉 彼氏がいない人。どれ位の年齢の人ですか。
田中拓郎 同じ位です。
加来典誉 スキー場で?
田中拓郎 スキー場です。
加来典誉 強烈な体験?
田中拓郎 そうじゃないです。
加来典誉 やっちゃいけなかったと思ってる?
田中拓郎 思ってます。
加来典誉 だからかな。抑えつけているんじゃないかな。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 その人にまだ会えるんですか。
田中拓郎 会えますよ。
加来典誉 近くにいる?
田中拓郎 近くにいます。
加来典誉 セックスすること自体は悪いことじゃないですよ。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 子供ができたというわけではないし、セックス自体は悪いことじゃないから、ただ、キャンプ場で、そんなことをしてしまうと、友情もあるし、でも、みんな聞いたら、笑い話ですよ。可笑しいだけですよ。彼女はとても話さないでって言うと思いますけれどね。笑い話ですよ。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 そうですよ。お前、可笑しいよ。よくやったな、と、気づかれずに。可笑しいだけですよ。それを履き違えて、悪いことした、悪いことしたと思ってるから・・・。わけがわからない?
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 どうしていいかわからないわけですね。自分として。心の着地点というんですか。どういうふうに着地していいかわからなくなった。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 もういっぺんその女性に会ってみるのもいいと思いますよ。よくわからないことが時々ある?
田中拓郎 時々あります。
加来典誉 そういうことない?って女性に言うと。そんなことないって言われるかもしれませんけれど。女の人は強いからね。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 ちょっともういっぺん仲良くなってみてください。付き合わなくてもいいから。彼女には彼氏がいるでしょ?
田中拓郎 いますよ。
加来典誉 別に彼氏になるわけじゃないと。ただ、お医者さんに言われて、わけわからないのをなおしたいのだと。少し昔のスキー場とかの思い出を掘り返してみて、やっぱりよかったと、いい思い出になったと、けっして悪いことじゃなかったと、再確認してください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 二週間かかるんですね。じゃあ、それが終わってから診察しましょう。
加来病院外来診察室 ニ週間後
田中拓郎 落ち着きました。
加来典誉 どうですか、わけがわからない感じは。
田中拓郎 だいぶとれました。
加来典誉 だいぶですか?
田中拓郎 いえ、もうないです。
加来典誉 もしわけわからなくなったら、彼女に会うようにしてください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 とりあえず、これでもういいです。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 もし、困ったな、どうも調子が悪いなと思ったら、また来てください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 病名ですか?神経症でしょうね、強いて言えば。よくわからないですよ。統合失調症と鬱病は付けやすいんですけれど、それ以外は、どうもわからないですよね。パニック障害とか、強迫症とか、解離性人格障害とか、いろいろあるんですよ。個別に違っていて、極論すれば、ナントカさん病と名前をつけるのが一番なんです。田中さんは、強いて言えば、神経症です。この前やってもらったテストは、軽い精神分析みたいなものなんです。精神分析が効力を発揮するのは神経症と言われているんです。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 では、たぶん、大丈夫ですよ。また何かあったら来てください。
田中拓郎は、その後、来なかった。