加来病院第二病棟診察室
加来典誉 はい、よろしくお願いします。今日が初めてですね。うちの父に代わって、息子の加来典誉です。お名前は。田中久仁子さんですね。年齢は、四十一歳ですね。四年入ってますね。病名は、統合失調症ということになっていますね。入る時にですね、心の悩みがありましたか。
田中久仁子 なかったです。
加来典誉 じゃあ、お薬を飲みたかったでしょ。
田中久仁子 飲みたかったです。
加来典誉 いい、お薬を見つけられなかったかなぁ、うちの父が。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 だいたいその、入院の目的というのは、心を鎮めることにありますけれど、あの、自分にぴったりのお薬を見つけるという目的があるんです。見つけられなかったみたいですね、わたしの父の時に。
田中久仁子 先生なら見つけられますよ。
加来典誉 ちょっと、今、何飲んでいますかね。ルーランとジプレキサと感情調整薬ですね。うーん、そうですか、これは普通なんですよね。ちょっと、思い出してもらっていいですか。あの、入院する時に、なんかこう、壁とかを見ると、模様が人の顔とかに見えたり、周囲の物音が気になったり、嗅覚が異常に鋭くなったりしましたか。
田中久仁子 わからないです。
加来典誉 そうですか。例えば、イライラしていましたか。
田中久仁子 してなかったです。
加来典誉 では、どんな症状が出てました。寝れてなかったとか。
田中久仁子 寝れてました。妄想がありました。
加来典誉 例えば、どんな妄想でした?恥ずかしいなら人払いしますよ。
田中久仁子 いえ、いいです。
加来典誉 自分が神様じゃないかと思った。あ、ほんとですか。じゃあ、やってみますかね、いちかばちか。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 ちょっとパソコンをね、置いていきますからね、今度。今日でもいいですね。今日、置いていきますから。じゃない、一個決めているパソコンがあるから、持ってきますからね。ナースに行って。やり方はナースは知らないから、わたししかいないけれど。あのー、エッチなことを少し考えなら、少しですよ、バイブとかローターとかまでいかなくて、限界じゃなくて、少しエッチなことを考えて、インターネットで、ブラジャーとか、わからないけれど、グーグルで検索したり、リンクをたどったりしてください。閲覧履歴が残るんです。その履歴を解析しますから、わたしが。そこでちょっとどんなことに気になっているか読んでみましょう。おそらくこれじゃないかなぁと。
田中久仁子 わかりました。やってみます。
加来典誉 じゃあ、おそらく、わたしがこの病棟の診察が終わって、他の病棟に行く前にですかね。だから、一時間くらい後ですか。今、三時だから、四時ごろですか。五時ごろまでなら、ご飯が間に合いますね。
田中久仁子 間に合いますよ。
加来典誉 四十分くらい。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 がーっと焦ってやるとよくないから。ナースに時間を計ってもらってね。師長さんに言っておきますから。
加来典誉 師長さん、田中さんが、精神の分析をするから、パソコンで分析をするから、四十分時間を計って、独りきりで、ずーっとインターネットをしてもらって、見ないようにして、やってください。終わったら、呼んでください。じゃあ、田中さん、それでやってください。じゃあ、わたし別の病棟に行って、今日は結果は出せませんから。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 一応、病院の中と・・・。わたしの・・・。病院の中だけの秘密です。奥さんはいないから。
田中久仁子 はは、そうですか。
加来典誉 奥さんまで秘密、と言いたい所だけど、無理だから。病院の中だけの秘密です。それではやっておおいてください。
加来典誉は結果を受け取った。田中久仁子のネットの閲覧履歴を見る。
加来典誉 コンロが出た。面白いな。鍋が出た。雑炊が出た。ああ、お鍋なんだな。スポーツ。サッカーが出てきた。野球も出てる。水泳も出てる。それぐらいらしい。スポーツマンの人と恋に落ちて、お鍋でもしたかな。その時に何かあったのかな。今度、診察の時に聞いてみよう。
加来病院第二病棟診察室 一週間後
加来典誉 田中さん、ネットの閲覧履歴を見てみたんですけれど、お鍋の様子とね、食事の、それから、スポーツの、サッカー、野球、水泳・・・。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 スポーツマンの人と、例えばトライアスロンをするようなスポーツマンの人と、お鍋をしたことが記憶がある?
田中久仁子 あります。
加来典誉 そこがある。大事な記憶。
田中久仁子 大事な記憶です。
加来典誉 そこがどうも病気の基本になっているんじゃないかな。その人、結婚したんじゃないですか。
田中久仁子 結婚しちゃいました。
加来典誉 そこを田中さんはなんとかしようとしているんじゃないですか。そこをなんとかしようとするところから、自分が神様だというふうに思っているんじゃないかな。好きで好きでたまらなくて、その人以外に考えられないと思っていると。で、どうしても、ということで、自分が神様になってなんとかしようと。代償作用としてね、なったんじゃないかと。そしたら、何年ですか、その人、結婚して。
田中久仁子 もう、三年くらい。
加来典誉 入院した後ですか。
田中久仁子 そうです。
加来典誉 寂しい。
田中久仁子 寂しいです。
加来典誉 断られた?
田中久仁子 断られました。
加来典誉 あー、でも考えたら、わたしもよく患者さんに言っているんですけれど、男性が女性を断るときはね、女性がどんなにアタックしてもまず無理ですよ。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 男性は好みがあるんですよ。背が高い人が好きとか、低い人が好きとか。目がパッチリした人が好きとか、細い人が好きとか、童顔がいい、丸顔がいい、面長がいい。
田中久仁子 ははは。
加来典誉 好みがあるんですよ。好みに合致しない人は、女性として好きになれないんですよ。
田中久仁子 あ、そうですか。
加来典誉 まぁ、よっぽどイケメンさんで、何度も恋愛している人だったら、優しい人がいいと、性格が、となってきますけれど。一般的に男性は外見的な特徴で女性を選ぶときがほとんどですから。ぼくの好みの女性ということになりますから。ちょっと、それで無理だったと。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 ある程度、楽しんでですね、その人の友達で、田中さんと友達という人はいますか。
田中久仁子 いますよ。
加来典誉 その人に、男の人の女性の好みを聞いてみてください。電話ごしでいいから、今、入院中でね、どう?というと、ちがったー、ということになりますから。ほとんどそうです。今まで診てきですね。もう何人か診てきましたけれど、ほとんど違いました。ちょっと電話してみてください。たぶん、ちがうと思います。今後の治療方針ですけれどね。その人はまず無理でしょ。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 と思うでしょ。好みが違ったら。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 新しい素敵な人を見つけるしかないですね。
田中久仁子 なるほど。
加来典誉 と思って。その人は何歳ですか。
田中久仁子 四十くらいです。
加来典誉 じゃあ、同じくらい四十代位で、素敵な人を見つけるしか。出会い系のバーというのがあります。
加来典誉 心因性ですね。心の悩みですね。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 わからないですね。精神科というのは。ははは。出会い系のバーというのがあって。大名に。とりあえずバーに入って、中年、三、四十代の出会い系のバーってありますかって聞いたらあるかもしれません。中年人が多いようなバーということで。年がいった人用のバーとか。それか、大旅行して、東京に行くかですね。東京に行けば、確実に中年用の出会い系のバーはありますよ。やっぱり二十代が行くバーが多いでしょうね。という方針で行きましょう。
加来典誉 それから、師長さん、田中さんのどこが問題ですか。言っていいですよ。わたしの指示だから。
第二病棟師長 はい、ときどき夜中に変な声。
加来典誉 いつ頃からですか、入院して。
第二病棟師長 三年ごろからかです。
加来典誉 外出していないでしょ、最近。
田中久仁子 してないです。
加来典誉 拘禁反応だ。これは。あの、女の人しかいないから、オナニーしてますか。
田中久仁子 してます。
加来典誉 じゃあ、拘禁反応だ。そしたら、週にいっぺんくらい。お母さん来れますか。
田中久仁子 来れないです。忙しいから。
加来典誉 じゃあ、看護師さん誰か一人と一緒に。
第二病棟師長 一週間に一回ですね。
加来典誉 週に一回ね。金曜日がいいんですよね。
第二病棟師長 そうです。
加来典誉 金曜日にね、どこか自分の好きな所に、十時から四時まで出かけてください。お小遣い持って。どこ行ってもいいです。飛行場に行くのもよし、おいしい食べ物屋さんに行くのもよし。それで、様子見て、何にも叫んだりするようなことがなければね、入院期間が四年ということなので、四ヶ月間くらい安静だと退院です。長く入院すると、退院するための正常な安静期間も長いです。田中さんはお洒落ですよね。だから、わたしのほうからお洒落になりなさいと言う必要もないですね。じゃあ、一旦そうしましょう。
加来病院第二病棟診察室 二週間後
加来典誉 やっぱり拘禁反応だったみたいですね。叫ぶのが止まりましたね。わたしも色々経験させてもらったから。お医者さんの質も上がったからですね。ニーズが高まったからですね、精神科の。昔に比べて、入るのが難しいというか、敷居が高くなったという感じで、優秀なやつが入りやすくなったと思います。精神病がポピュラーな病気になりましたから。うちの父の頃は、あんまり出来のいいやつがいないというか、そういう感じです。うちの父が出来がいいかどうか知りませんけれどね。
田中久仁子 わかりました。
加来病院外来診察室 四ヵ月後
田中久仁子は退院した。
加来典誉 家族仲はいいほうですか。
田中久仁子 いいほうです。
加来典誉 ちょっと身綺麗にして。病院の中にいると老けますからね。ちょっと時間かけて綺麗に。
田中久仁子 わかりました。
加来典誉 まぁ、原因がわかりましたから。妄想の原因も、夜、叫ぶ原因もわかりましたから。もう、バッチリじゃないですか。身綺麗にして、通ってもらって。薬は極力、減らすようにしますから。きついでしょうから。感情調整薬だけにしようかな。そして無くせるかもしれません。
加来病院外来診察室 一年後
加来典誉 薬を止めるのはもう一年くらいかかりますかね。だいぶ減りましたけれど。朝はちゃんと起きれるようになりましたね。じゃあ、ちょっと仕事をしてみますか。肩慣らしから。できるところから。後は身綺麗にして。
加来病院外来診察室 三年後
加来典誉 彼氏が出来ましたね。よかったですね。
田中久仁子 よかったです。
加来典誉 これで終わりです。よかった。言ってましたよね、女の人は、男に追わせるか、男の好みを事前に調査してアタックすると。この男の人ならわたしを好みと思ってくれると。追わせる場合は、何人か来ているから、そのうちの一人を選ぶと。どっちでした?
田中久仁子 追ってくるほうです。
加来典誉 よかったですね。おめでとうございます。