加来病院病棟
加来典誉 急患さん?暴れているの?暴れている。男の人?男の人。わたしが担当するんですか?主治医。わかりました。では、いつものように亀井さんと久家さんを呼んでください。お休み、両方とも。ほんと。では、わたしだけで行くかね。
ナース なんで美人なんですか?
加来典誉 美人がいいのよ。美人を連れて行くと、暴れているのが止まるから。美人を連れて行くと、ここが病院ってわかるのね。ごっつい男の看護師とかを連れて行くと、怖いところ、拷問を受けたりする特殊施設と思うのよ。だから、美人さんを連れて行くとさ・・・。
ナース ひどい。
加来典誉 ははは。女の人でもわかるでしょ。美人の看護師さんが来たら、安心と思うでしょ?
ナース 思います。
加来典誉 それで美人を連れて行くんですよ。若くてピチピチで、若くなくても、三十五ぐらいでもいいですよ。美人さんでね。そしたら、ここが普通の病院だなってわかるでしょ。それで連れて行くんです。わたしの好みなんですよ。二人とも。わたしは好きな人、他にいますけれどね。では、ちょっと行ってきます。保護室ですね。今、連れて行っている。保護室に入ったら教えてください。ああ、密閉型、鉄格子じゃないところね。新しく出来た。あ、鉄格子があるところね。勘違いしてました。密閉型ないもんね。怖いもんね、密閉型。怖かった。ぼく、知ってるから、密閉型。
ナース なんですか?
加来典誉 ガスが出たら大変でしょ。殺すやつ。怖いなー。あるらしいよ。うちはないね、わたしの父がやってるから。ちょっと行ってみようか。
加来典誉 入った。鉄格子からでもいいけれど、こっちの普通のドアから行こう。
ナース 大丈夫ですか?
加来典誉 大丈夫、大丈夫。なんて名前?木村さん。木村さん大丈夫ですか?(ノックして)
木村好文 大丈夫じゃない。ふざけんな。
加来典誉 あの、叫び疲れて、何か飲みたいんじゃないですか?飲み物とか。お薬は入れませんよ。ぼくも飲むから。
木村好文 ほしい。
加来典誉 じゃあ、入っていいですか?
木村好文 入っていい。
加来典誉 そしたら、お水と氷を持ってきてください。ちょっと待ってください。入りますから。コップを二つ持ってきてください。薬ははいりませんからね。ここは病院です。精神病院。精神が少しおかしくなった人が来るところです。うーん、ちょっと待ってくださいね。お水を飲むと、だいぶ調子よくなりますよ。食べ物をちゃんと食べてないでしょ?
木村好文 食べてないです。
加来典誉 食べ物を、食べたり、飲んだりすると、だいぶ気分が落ち着きますから。食べてない、飲んでない、寝てない、これで調子を崩しますから。だいたいここらへんなんですよ、おかしくなるところ。ここが基本。水が来ました。紙コップだけれどね、両方、どっちでもいいですよ。わたしも飲みますから。氷も入れて。いっぱいある。入れますよ。これなら、大丈夫ですね。これが木村さんですね、では、わたしはこれがわたしですね。わたしが先に飲みますね。どうですか?大丈夫。おいしいですか?
木村好文 おいしい。
加来典誉 飲みたいですか?
木村好文 飲みたい。
加来典誉 精神が狂っている人には、水を飲ませるのが一番いい。食べ物より水がいい。ブルブル震えている人とか。だいたいそうなの。昔から知っている人がいる。お医者さんじゃなくても。わたしもおかしくなったことがあって、水を飲んだことがあった。末松さんっていう親戚の会社の女性の店員さん。上原多香子さんから愛されているっていうふうに考えて、おかしくなっているときに、水を飲んで助かった。不思議だね。でも、入院することになった。どうしてたの?なんかあったの?眠れなかったの?
木村好文 眠れなかった。
加来典誉 眠れないのはなんでかな?恋愛?
木村好文 恋愛じゃない。
加来典誉 なんでかな。試験に落ちた?
木村好文 そうじゃない。
加来典誉 なんでしょう?なんだろうな。失敗した?
木村好文 失敗しました。
加来典誉 試験?
木村好文 試験じゃない。
加来典誉 恋愛?
木村好文 恋愛じゃない。
加来典誉 なんで失敗したんですかね。うーん、わからない。
木村好文 あのですね、恋愛・・・。
加来典誉 恥ずかしくて言えなかった。
木村好文 うん。
加来典誉 うーん、そうだなー。あの、ちょっとね、真面目な方だろうから、真面目に考えすぎて失敗してしまったんだね。女なんて、いくらでもいるわ、と思っている人なら、思い悩まないんだけどね。特に恋愛ていうのはね、失恋するとね、全人格を否定されたような気分になるんだよね。お前は悪い人間だ、ダメな人間だと、決めつけられたような気がする。だからきついんだよね。じゃあね、とりあえずね、恋愛の悩みはね、退院してから、考えましょう。恋愛できるようになりましょう。今まで付き合ったことがないんですよね。わたし、わかりますよ。一回付き合ったことがあったら、こういうふうにならないから。今、十八?まだ若いからできますよ。四十とかじゃないんだから。うん。精神科に入って、四十になって、、全く恋愛したことがないっていう人もいるから。いるよ。もう先生が、あきらめなさい、一方で、あきらめなさいっていう方針で治療しているわけよ。あなた恋愛できないって。ちょっとここだけだけど。反対なの、そういう治療。それはいかんと思っているんよ。意味ないんよ。うつうつとしてね。患者さんが不満なんだ。QOLっていってね、「Quality Of Life」ていっていうんだよ。患者さんの生活の質が重要だと。症状が改善したからよかろうと、そういう問題じゃななくてね。患者さん本人が幸せじゃないと意味がないって。例えば、外科手術でさ、脳の手術をすると、で、女の人を丸坊主にしたほうが清潔だと。どう思う?これは、ひどいよね。
木村好文 ひどい。
加来典誉 今、丸坊主しないもんんね。毛があったままでいいもんね。手術。カパッって開けて。消毒をうまくしてやるから。そのほうがいいでしょ。今、ようやくわかったんだ。剃らなくていいって。可哀想でしょ。男の子もそうだよね。丸坊主にされたくないもんね。ということです。じゃあ、寝て食べるようにしましょう。寝れるよう、食べるようになりましょう。睡眠薬を使ってもいいから。寝れないなら。例えば、十一時、十二時になっても眠れないなら、看護師さんに言ってください。看護師さんが一時間おきにくるから。看護師さん、すいません、睡眠薬くださいって言えば、飲ませてくれるから。それで、すとんと寝れるから。まぁ、中くらい強いのをあげておくから。弱いのもいいけれど、中くらいをやっておこう。一番強いのはいきなり寝る。べゲタミン。すごいよ、べゲタミンAとべゲタミンBがあってね。Aは殺人級だから。一瞬で寝る。ダメダメ。慣れちゃうから。
木村好文 わかりました。
加来典誉 じゃあ、ちょっと様子見て、ここに二、三日、居ってごらん。で、どう、お母さん一緒に来てるよね。欲しい物ない?食べ物?コンビニがあるよ。
木村好文 あ、そうですか。
加来典誉 食べ物ない?おいしい物、食べたいんじゃない?
木村好文 食べたい。
加来典誉 何が食べたいの?
木村好文 ヨーグルト。ブルガリアヨーグルト。
加来典誉 大きいの?
木村好文 大きいの。
加来典誉 それとお茶?ポカリスエット。それだけ。じゃあ、お母さんに買ってきてもらおう。お母さんにここに来てもらおう。鉄格子の向こうから。
木村好文 わかった。
加来典誉 一応、お母さんはこっちから来たらいかん。
木村好文 そうですか。
加来病院第一病棟保護室 約一時間後
加来典誉 あ、お母さんが来た。
木村好文の母 ありがとうございます。ヨーグルトと、砂糖も入っている。ポカリスエット。
加来典誉 水もあるしね。ナースが来たら、飲めるからね。大丈夫ですよ。失恋の痛手でなっているだけで、脳疾患とは違うみたいだから。脳疾患型と、心因性といって、心の悩みから来ているのを、わたしは分けているんですよ。薬も、まぁ、要らんでしょうね。睡眠薬くらいでいいんじゃないでしょうか。睡眠薬もいずれは卒業ということで。普通になりますよ。副作用がありますからね、薬は。わたしのポリシーなんですよ。薬を入れんでいい人には入れないようにしています。イギリスでもそうしています。心理療法士っていう人がいて。お薬なしで治そうとしています。医療費も安くなるでしょ。大丈夫です。よかったね。話したいことありますか?ない。失恋しちゃったみたい。ということで、よろいしくお願いします。じゃあ、そういうことで、治療していきますからね。
加来病院第一病棟診察室
加来典誉 寝れている。古くて汚いやろ。ごめんね。ちょっと我慢しておいて。一ヶ月半から、二ヶ月くらいして、外泊しよう。外泊って、自分の家で泊まること。外泊は二回くらいでいいかな。成功したら退院。特に挙動不審なこともないみたいだし。よし、じゃあ、そうしましょう。
加来病院第一病棟診察室 二ヶ月後
加来典誉 外泊、成功したね。じゃあ、退院。これから外来診療ね。毎週来てね、最初は。
加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 あんまりお洋服とか髪型に凝ってないみたいだね。そこを女の子は見てる。顔以上にファションセンスとか見てる。この人といて、幸せなかなと思うのよ。まず、ファッションを変えないといけない。岩田屋あたりがいいんじゃないかな。今、伊勢丹がやってるけれどね。とか、三越とかね。どこでもいいけどね。デパート回ってね、大丸とか回ってね。自分が一番合うなあっていう思うブランドを一つ見つけてごらん。そこでお金払って買ってごらん、ひとそろい。上下は別のところでいいけれどね。お洒落してみてね、終わったらね、美容室ね、いい美容室。TAYAとかmod'shaiarとかね。かわいい女の子を指名して。美人さん。ネットで調べていいから。整形の美人さんも時々いるけどね。そこはわからないからね。まずは、服装。美容師さんは、服装見るんだね。お洒落の感覚で髪型を決めるの。例えば、かっちりした背広を着ている人を、ホストみたいにしたら、ダメだよね。遊人風はダメだよね。服に合わせてやっているだよ。それはわかっといて。
木村好文 わかりました。
加来病院外来診察室 二週間後
加来典誉 だいぶ格好よくなったね。美容室に行った。かわいい女の子がいた。よかったね。よし、仕事は?してない。まぁ、あなたは大学生だから。アルバイトもしてみたら?お金にもなるし。
木村好文 そうですね。
加来典誉 アルバイトして、出会い系のバーっていうのがあるから、行ってみて。
木村好文 わかりました。
加来典誉 アルバイトするの、週に一回とか二回とか。家庭教師でもいいんじゃない?家庭教師じゃなくてもバイトして、出会い系のバーにいったら、彼女ができると思うから。出会い系のバーは、カウンターに女の人がいてね、じっと待ってるから。ちょっといいですかって、行くんだよ、そして、あの、ちょっと好みじゃないんで、って言われたら、さっと引かないといけない、ルールだから、いっぱいいるから、他の人。大名あたりにあるから。聞いてごらん。バーに一件いって聞いてごらん。出会い系のバーはどこにありますかって。キャバクラで練習でもいい。
木村好文 もう出会い系のバーでいい。
加来病院外来診察室 二週間後
加来典誉 彼女ができた。よかったね。これで終わり。病気の原因は断ちました。木村さんは恋愛ができない病気だから。恋愛できない病だから。それを克服しました。もう、あとは、二週間ごとに二、三回来たら、もう来なくていいです。来たい時に来たらいいです。クリニックと同じだから。はい。