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思索とアートとヘアカット
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『精神科医』
加来典誉

まえがき

わたしが初めて精神病になったのは、高校二年生の時だった。その時に服薬を開始した。正確には、中学二年生の時にも鬱症状になっている。その後、二十歳のときに、アイドル(上原多香子)から愛されていると主張し、それが妄想ということで、精神病院に計六ヶ月、保護者である両親から強制入院(医療保護入院)させられた。退院後しばらくして、自己判断で薬を止め、再び六ヶ月、強制入院となった。その後、また自己判断で薬を止め、二年間強制入院となった。その後、薬を飲んでいるにも関わらず両親から強制入院させられ、六年間入院した。

これらの入院を雑観してみて思うのは、いつも恋愛が引き金になって精神症状が始まっているということだった。このことは、精神科医は気付いていなかったかもしれない。わたしはそのことを精神科医に告げていなかったからだ。しかし、両親にはそのことを告げていた。そして、わたしの病気は恋愛が成功することによってのみ完治すると語っていた。なぜならこれを執筆している今まで、一度もわたしは彼女というものを持ったためしかないからだ。しかし、両親の見解は否定的であった。恋愛と病気は無関係であると両親、特に母親がそう主張した。わたしは納得できなかった。両親はひたすら「薬、薬」であった。毎日のように、「薬は飲んだのか?」と両親に聞かれ、わたしはうんざりしていた。「薬=精神病=劣等人間」というレッテルを貼られているようで、屈辱感と悔しさで一杯だった。わたしが薬を何度も止めようとしているのもご理解いただけるのではないだろうか。

わたしは、精神障害者である。精神薬を飲み続ける限り、わたしは精神障害者であり続けるのだ。だから、わたしは薬を止めたいと思うのである。すなわち、精神障害者であることを、わたしは止めたいのである。しかし、それは現実問題として難しそうである。精神薬、特に統合失調症(旧名:精神分裂病 妄想、幻聴、幻覚などの症状)のための、抗精神薬には、依存性がある(中毒性はないが、服薬を止めると症状が再発する)。抗精神薬には、ドーパミンという物質をブロックする作用があるのだが、一定の期間、服薬すると、脳が、より多くのドーパミンを出そうとするようになる。例えるならば、水道の蛇口を手で押さえて、水を出すと、水は出ない。そして、手を蛇口から放すと、いきよいよく水が放出されるのに似ている。精神薬には、睡眠時間が長くなる、疲れやすくなる、ろれつがまわらなくなる、手が震える、などの副作用がある。いよいよもって止めたくなる。わたしは、素敵な女の人と一緒に恋愛がしたい。それが夢なのだ。たとえ、薬が止められないにしても、恋愛くらいはしたい。しかし、これはわたしだけの問題ではなくて、多くの精神障害者が同じような悩みを持っているということをここで明かしておきたい。しかし、精神障害者、特に統合失調症の患者はもともと非社交的で、社会的能力が低い。さらには、抗精神薬によって、社交性と社会的能力をさらに低くされている。精神障害者の恋愛はとても難しい。

精神障害には、大別して、統合失調症、鬱病、神経症、人格障害、薬物依存がある。ほとんどが、統合失調症と鬱病である。統合失調症は、欲しい人、物が手に入らない悩み(求不得苦)、鬱病は、愛しい人、物との別れる(もしくは「た」)悩み(愛別離苦)である。 求不得苦、 愛別離苦ともに、仏教用語である。統合失調症になる引き金として有名なのが、「色」「カネ」「名誉」である。「色」とは、異性と付き合いたいという欲求、「カネ」は金銭に対する欲求、「名誉」とは、人から尊敬されたいという欲求である。統合失調症の患者のほとんどが、おそらく、「色」が引き金になって、発症しているものと思われる。発症しやすい年齢は、十代後半から三十代前半までであることからもそのことがよくわかる。

わたしは映画監督になりたいという夢を持っていた。そして、ほかには、父の会社の後を継いで、経営者になるということも考えていた。しかし、その時のわたしの主治医(デイケア付きクリニック院長で他界)は、「あきらめるように」わたしに言ってきた。彼の実家が仏教のお寺だったこととも関係していたのだろうか。彼をあえて弁護するなら「あきらめ」が重要であるという一種の信仰めいたものが彼にあったのかもしれない。映画監督は社交性がないといけないし、経営者になるためには、あなたには人を束ねていく能力がない、と断言されたのだ。彼が言っていたのは、「野球でいったら、患者さんはプレイヤー、精神科医は監督である」ということであった。わたしはこの発言に激しい怒りを感じた。人生で右に行くのか左に行くのかを決めるのは患者本人であって、精神科医ではないということ。すなわち精神科医は、百歩譲っても、野球で言ったらコーチぐらいの存在感しかないと、わたしは思うのだ。その精神科医にわたしが感じていたのは、患者を見下し馬鹿にする尊大な態度であった。

精神病院への入院には、大別して三種類ある。「任意入院」「医療保護入院」「措置入院」。任意入院は、患者本人のお金と意思で入る入院で、原則、本人が希望すればいつでも退院できる。ただし家族のお金での入院の場合は、自分の好きなときには退院できない。その場合は医療保護入院と同じである。医療保護入院は、精神症状が悪化していると患者の家族と精神科医が判断した場合に、警察沙汰を起こしていなくても、強制的に入院させることができる入院形態である。事前予防入院とも言える。退院には、家族の同意が必要である。もし仮に、精神科医が退院してよいと判断しても、家族が同意しなかったら、退院できない。逆に精神科医の退院してよいという判断がなくても、家族の意向で退院させることができる。医療保護入院は単に家族を捨てるための便利な方法になっているとしか思えない。精神科医が退院していいと思っているなら、退院していいはずである。医療保護入院は間違った入院形態である。患者本人は入退院を決められないで、親や保護者が決めてしまえるようになっている。(わたしはこれで何度も入院させられた。)措置入院は警察沙汰の入院である。退院には精神科医の許可が必ず必要である。場合によっては、医療保護入院や任意入院への変更がある。

精神病というのは、社会的な病である。胃がんや、腎臓結石などの「普通」の病気が、患者本人にしか、病気の被害がないのに対して、精神病は、精神症状によっては、周囲の人を大いに困らせる(例えば、暴れまわったりして)ものである。したがって、周囲の人(多くは家族)が、困り果てて、精神病院を訪ねるというケースが多い。そして、強制入院となる。「普通」の病気なら、患者本人が治療拒否してもよいが、精神病は許されないのである。これが拡大していくとどうなるのか。精神科医は、常に患者でなく、患者の家族の顔を見て、何事も決めるようになる。わたしはこれに疑問を感じる。確かに、患者の能力は低くなっているかもしれないし、わけがわからないことを言っているかもしれない。しかし、精神科医には、患者本人に向かい合う義務があるとわたしは思うのだ。

わたしはこの戯曲形式の小説を書くに当たって、自分(加来典誉)をわたしが考える理想的な精神科医になった(こんな精神科医がいたらいいな)と仮定して、執筆した。わたしの理想とする精神科医には三つの軸がある。

  その一。患者の夢をあきらめさせる医療から、患者の夢を実現させる医療へ。
  その二。患者の家族中心の医療から、患者本人中心の医療へ。
  その三。薬物中心の医療から、原因療法的な医療へ。

 その一とその二に関しては、すでに述べたことから類推できると思う。その三についてだが、精神科で出す薬剤はすべて、症状を緩和させるためのものであって、病気の原因を治療するものではないとういこと。脳の構造異常(わたしは脳疾患と呼ぶ)ではなく、心の悩み(色、カネ、名誉や、大事な人、物との別れ)の場合では、それを解消させる。わたしの場合では、恋愛を成功させる、といったアプローチでやっていくことである。これは、その一に関することでもある。この三つの軸は、精神科医なら誰でも一度は思うことであり、また、実現がかなり困難なことでもある。患者風情で、大変おこがましいのではあるけれど、わたしは、現在の日本の精神医学界に、この小説で、これら三軸を実現させるための、治療に対するいくつかの提言をしたいと思っている。


飯田花子さん(人生相談)

  加来病院外来診察室 月曜日

加来典誉 はい、今日初めて担当ですね。加来です。よろしくお願いします。加来典誉です。飯田花子さん。あ、はい。よろしくお願いします。お年をお伺いしていいですか?・・・二十一。先生の噂を聞いて・・・。あ、そうですか。ありがとうございます。よく治るって。ああ、病気が、うんうん。お薬を使わずに。
飯田花子 そうですね。
加来典誉 初めて精神科にかかる患者さんだとそうできる可能性が大きいんですけどね。もうすでにお薬を飲んでいる方だと、なかなかやめられないのが現状なんですよ。脳がね、薬に慣れているんですよ。だから、急にお薬を抜くとね、びっくりして症状が大きく出るんですよ、。断薬というのはかなり難しいです。今、わたしの研究課題なんですよ、断薬が。で、どうなさったんですか?
飯田花子 息子が・・・。
加来典誉 息子さんがいらっしゃるんですか?二十一歳で・・・。何歳ですか?
飯田花子 八歳です。
加来典誉 はい。
飯田花子 息子が夜中、お母さんが嫌いだっていう。
加来典誉 うーん、なるほど。お母さんね、おうちでご飯作っていないでしょ?
飯田花子 なんでわかるんですか?
加来典誉 だいたい、そこでこどもはお母さんのこと、不満に思うようになるんです。いーなー、おともだちはね、みんなね、週にね、まぁ、毎日じゃないけど、三日か、四日は、お母さんのご飯が食べれるのにね、ぼくのおうちはずーとごはん、なんか、冷凍食品とか、外食とかね。
飯田花子 なるほど。
加来典誉 お母さん、嫌いとか言っているんじゃないかな。あの、旦那さんいらっしゃいます?
飯田花子 います。
加来典誉 一応ね、家計簿をつけることをお勧めします。
飯田花子 そうですか。
加来典誉 いったいどれくらい自分は一ヶ月に使っているんだろう。で、旦那さんへのお小遣いもあるなら、いくらとか。お小遣い制ですか?
飯田花子 お小遣い制です。
加来典誉 お小遣いでいくらやっているとか書いて。で、子供は大きくなっていくから、息子さんが。小学校は公立に行くとして、無料として、中学もまあ、無料ですね。でも、もしかして高校で私立に行くかもしれない。それか、高校も公立だったけど、大学や専門学校で私立に行くかもしれない。まあ、専門学校は私立しかないですね。ということを考えていると・・・。生涯・・・、息子さんはね、わたしは、高校まで行かせればわたしはOKだと思います。そこまでが、親の義務だと思います。あとは勝手にさせておけばいいと思います。心配だったら、専門学校、大学まで。高校は公立に行ったおかげで、大学は私立に行けた。もしくは、大学に行けた。国公立の大学にいけた。というふうに考えます。いろいろなパターンを考えて、だいたいいくらぐらい要るのか。今の仕事でどれくらいかせげるのか。計算してみて、うーん、わたしね、実は週に三日ぐらいは家でご飯作れるね。となるんだと思います。
飯田花子 なるほど。
加来典誉 もちろん、贅沢品というのも大事ですよ。例えばバッグとかね。エルメスのバッグがほしいとかね。こういうのも女の人には必要ですからね。
飯田花子 よくわかりますね。
加来典誉 わたしもわかりますよ。やっぱり、バッグひとつ持っているだけで、格好がちがいますね。
飯田花子 そうですね。ははは。
加来典誉 そこで印象が違いますもんね。だから、あの、とにかく贅沢も含めて考えます。それと、これはお勧めなんですけども。エクセルで家計簿を作るとして、贅沢に使ったのは、列に「1」をつける。必需品に使ったのは「0」をつける。例えば、3月4日 0 サニー(食料)3000円。そしたら、これで必需品に3000円使ったのことになります。そしたら、オートフィルタって知ってますか?
飯田花子 知らないです。
加来典誉 「0」だけ出すってできます。これだけ「0」に使ったとか、「1」に使ったとかがわかります。いろいろ工夫してみてください。最終的にできたらいいのはグラフですね。1月1日から始まって、12月31日まで、どういう推移なのか、必需品と・・・。
飯田花子 難しそうですね。
加来典誉 まぁ、そこまで凝らんんでいいにしてもだいたいですね。三ヶ月ぐらい見ていてですよ。これぐらいじゃないかなってわかると思いますよ。わたしは実は週に三回か四回は家で料理が作れるな、これだけでもお子さんはニッコリしますよ。
飯田花子 そうですか。ははは。
加来典誉 お母さんの料理は週に四回ぐらい食べれる、ニッコリ、自慢げに言いますから。
飯田花子 ははは。そうですか。
加来典誉 お忙しいからね、毎日は作れない。土日とあと、もう一日ぐらいは作れるとかね。
飯田花子 なるほど、そうですね。
加来典誉 だったら、子供さんは喜びますね。特別な日だから。その日はお祝いみたいな感じで喜んでいると思いますよ。だから、それができないもんだから、お母さんともっと触れ合いたいんですね、もっと。子供さんはお母さんと触れ合いたいんです。ところが、冷たい感じで、冷たい関係になって、もっと甘えてみたいんですね、お母さんに。できないんですね。食事を食べている時が一番甘えやすいんです。「あのさ、実はぼくさ、学校で、好きな人がいるんだ」そういうことをいう余裕が食事のときにあるんです。そういうことがないから、うまくいかないんです。だから、そうですね。お母さん、なんていうお名前ですか?息子さん。ジュンタくん。「お母さんね、ジュンタのためにご飯作ろうと思っているの夜」「なんで」「ひとりでさびしいでしょ。これから三ヶ月くらいどうすればいいか考えるから、それが終わってからご飯作ろう」というと、納得しますから。今、小学校何年生ですか?
飯田花子 小学校三年生です。
加来典誉 三年生ならわかりますよ。
飯田花子 そうですね。
加来典誉 ずいぶん若くして産んだんですね。
飯田花子 そうですよ。
加来典誉 苦労してますね。
飯田花子 苦労しました、わたし。
加来典誉 そうですか。じゃあ、危機感があるんですね。
飯田花子 そうです。
加来典誉 お金がないっていう。
飯田花子 よくわかりますね。
加来典誉 わたしもね。わからないなりにわかっているつもりです。わたしは、うちの父も医者でしたしね、院長でね。カネはあったんです。だから、貧乏な人の気持ちはよくわからないと思っていましたけど、わたしもいろいろ女性の体験があったりして。お金がない女の子と一緒になったりして、大変だと、お金はあればあるほどいいとか、そういう話を聞いていると、やっぱりお金は大変だな、と、そういうので知りました。
飯田花子 そうですか。
加来典誉 わたしはお嬢さんというが苦手でね、もちろんいいお嬢さんもいらっしゃいますけど、苦労知らずが多いもんですから。ただ、貧乏な女の子も人を騙してみたりすることもあるけど。
飯田花子 ははは、そうですね。
加来典誉 そこも問題は問題ですけど。貧乏なほうが苦労しているから、人の痛みがわかりますからね。わたしは、貧乏な子が好きだったから、女性体験するときも貧乏な子が多かったですね。相手は。女性体験っていっても、付き合うわけじゃないですよ。夜の女の子ですから。
飯田花子 なるほど。
加来典誉 でも・・・。
飯田花子 わたしもしてました。
加来典誉 あるんですか?あ、そうですか。お金がなかったんですね。
飯田花子 ないです。
加来典誉 キャバクラみたいなのですか?デリバリーヘルスですか?
飯田花子 デリバリーヘルスです。
加来典誉 わたしもよく利用していましたよ。
飯田花子 ははは。
加来典誉 好きでしたよ、デリバリーヘルス。まぁ、うまくやればもうかる。
飯田花子 うまくやればもうかる。
加来典誉 わたしは絶対に秘密は守りますから。カルテにも書きませんから。
飯田花子 人にはあんまり言いたくないです。
加来典誉 わたしは恥じる職業じゃないと思っていますけど、外聞きがわるからですね。
飯田花子 そうですね。
加来典誉 お母さんも大変なんだな。そういう話を息子さんに小さな頃から話してみたらどうですか。お父さんがね、お母さんは売女だ。とかいって文句を言ってくることがある。
飯田花子 そうですか。
加来典誉 そんな話を聞いたことがあります。お母さんは昔、淫乱なことをしていた。ひどい女だ。とか言ったりするんですよ、お父さんが。だから、今のうちに、「わたしねデリバリーヘルスって言うところで、男の人と寝てたのよ」と、息子さんに小さい頃から言っておくんです。そしたら、男の子はニッコリして「そうなんだ」と、「お友達には言わないでね」と言うと、「なんで」「馬鹿にされるから」っていうと、本当に言いませんから。「きつい?」ていうと、「好きな人にだけ言っておいたらいい」て言うんです。
飯田花子 わかりました。
加来典誉 正直に言っておいたほうがいいですよ。後で旦那さんが言ってきますからね。だいたいそれが息子さんが十六歳か十七歳くらいのときに起こるんですよ。その年齢じゃ、まだデリバリーヘルスは利用できませんからね。
飯田花子 そうですね。
加来典誉 飲み屋なら行けますけどね。キャバクラね。少し行ってみるっていうのもいいですよ。大失敗になるって言う可能性ももしかしてありますよ。友達に言って、しょんぼりしたとかね。だから「あまり、言わないほうがいいよ」ということなんですよ。ただ、お母さんはそういうところで働いていたと。なんでかというと、ジュンタを育てるためと。
飯田花子 そうです。そのとおりです。
加来典誉 でもね。一番いけないこと。自殺しちゃいけないということ。
飯田花子 なんですか?
加来典誉 責任を感じて。
飯田花子 あぁ。
加来典誉 子供さんに悪いと思って。わたしがいなければ息子は幸せになれるという感じで。絶対に思わないこと。
飯田花子 わかりました。
加来典誉 まぁ、家計簿をつけてみるということ。三ヶ月くらい様子を見てみて、週に三回くらい家で食事を作れるようになるということ。三回か、四回。目標は四回ですね。半分以上。また来週こられたらどうですか。今日が月曜日で、木曜日もありますけど。どっちが。
飯田花子 木曜日で。
加来典誉 では、木曜日。

加来病院外来診察室 木曜日

加来典誉 あ、こんにちは。どうですか?お子さんは。
飯田花子 よかったです。喜んでます。甘えたいみたいです。
加来典誉 やっぱりそうでしょ。デリバリーヘルスの話をしましたか?
飯田花子 してないです。
加来典誉 それはそうですよね。怖いですよね。
飯田花子 怖いです。
加来典誉 ははは、お父さんが不満になって言ってくるから、いずれ。それが心配。まだ小さいから、わからないなら、五年生くらいかな。
飯田花子 そう、五年生くらいです。
加来典誉 でも、五年生くらいになってからのほうが逆に大変なこともあります。性の目覚めの以前に言われると、「ま、そんなものかな」という感じになります。
飯田花子 そうですか。なるほど。でも、喜んでいます。
加来典誉 甘えられるからね、お母さんにね。それが嬉しいんですね。お友達と話が合って「お前のお母さん、どれくらい家で・・・」と言われて、前は悔しいと思っていたけれど、今は違いますからね。
飯田花子 そうでしょうね。ははは。
加来典誉 また、月曜日、来られるんですね。わかりました。

加来病院外来診察室 月曜日

加来典誉 笑ってました?お子さんが。おかしいって。そんなんでお金がもらえるって、不思議がってた。今のうちに言っていると、子供は怖がらない、嫌がらないんです。子供は。そんなもんなんだと思ってます。あんまり言わないほうがいいですね。馬鹿にされるから。ぼくもやってみたいって。子供は純粋ですね。男はないからって。
飯田花子 純粋ですね。ほほえましいですね。
加来典誉 ずっと来られるか、一カ月おきでもいいですよ。
飯田花子 落ち着くんです。
加来典誉 落ち着くんですか、わたしが。ははは。ずっと毎週来られます?二週間にいっぺんでもいいですよ。
飯田花子 二週間に一度で。
加来典誉 わかりました。では、やってみてください。

加来病院外来診察室 三ヵ月後

飯田花子 だいたいわかりました。こんなに働かなくてよかったです。
加来典誉 そうでしょ。貯金も含めて。
飯田花子 そうです。週三日食事を作れるようになりました。約束どおり。
加来典誉 よかったじゃないですか。ははは。また問題があったら来てください。
飯田花子 いえ、もういいです。
加来典誉 では、卒業です。ありがとうございました。また、用事がないことを願っています。では、失礼します。


今村陽子さん(神経症)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、精神科医の加来典誉です。お名前をどうぞ。今村洋子さん。お年は。
今村陽子 二十一歳です。
加来典誉 今日はどういうお困りで、来られたんですか。
今村陽子の母 娘がときどき自分は神様だと言っているんです。
加来典誉 最近ですか。
今村陽子の母 つい最近。二ヶ月くらいです。
加来典誉 頻繁に言っている?
今村陽子の母 頻繁に言っています。
加来典誉 うーん。えー、ちょっとね。床とか壁を見て、模様があるでしょ。それが、人の顔とか鬼の顔に見えます?
今村陽子 見えないです。
加来典誉 何か心の悩みはあります?
今村陽子 ないです。
加来典誉 うーん。脳疾患かなぁ。なんかその、実感としてあるんですよね。神様というのが。
今村陽子 そうです。
加来典誉 今日は、とりあえずですね。お薬は出したくないんですよね。なんでかというと、副作用があるから。ドーパミン系のお薬を出すことが普通なんですよ。統合失調症の。いわゆる、妄想ということになります。けれど、ドーパミン系の障害じゃないみたいなんです。というのは、だいたいドーパミン系の障害がある方は、床とか壁を見て、人とか鬼の顔に見えるって言います。注意力が異常に研ぎ澄まされた状態なんです。そういう状態の人がだいたいドーパミン系の障害の人です。いっぱいドーパミンが出ているんです。寝てないとか、食べていないとか、だとなります。それから、もともと遺伝的素質で、その年になったら発現するようになっている。突然、注意力がものすごく上がって、いろんな情報がいっぱい入ってくる。そして、こわれたような感じ。妄想を持ってみたり、幻聴、幻覚、それから、暴力的になってみたり。そうじゃないみたいなんです。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 あの、とりあえずですね。こういうふうにしてください。陽子さんにお願いなんですけどね。自分が神様だって言う人は、お父さんとお母さんと兄弟、そして大事な友達だけ。この人だったら話しても大丈夫。秘密をね。心の秘密を話していいって言う。他の人には話さないようにする。で、できたら、頻度も、頻繁に話すんじゃなくて、時々話すんです。いっぱい話さないで。お母さんが心配しているのは、自分が神様だということを全然知らない人に言ったりすると、損することがわかっているから。「この人って大丈夫かな。どうか頭がしているんじゃないか」と思うから、それが心配でね。あんまり言ってほしくないんですね。
今村陽子の母 そうです。
加来典誉 せいぜいお母さんとお父さんレベルで止めてほしい。そして、どうしても言いたいなら、ほんとうに大事な友達にも。で、できれば、お父さんとお母さんにはいっぱい言っても構わない。大事な友達にはあんまり言わないほうがいい。疲れるんですよ、言われると。どう接したらいいか、わからない。疲れてね、この人と接していると疲れるから会いたくない、となりかねないんです。
今村陽子 そうですね。
加来典誉 お父さんとお母さんに言うのは頻繁でもまだいい。お友達には言わない。できたら、お父さんとお母さんにもあまり言わない。ていうのは、やっぱりきついから、付き合うのが。
今村陽子 そうですね。
加来典誉 わたしもね、「悟ったような感じがする」という経験があります。自分は悟りを開いたんじゃないかと感じたことがあります。何でもわかる気がする。何でもできる感じがする。実感としてあるんですよね?
今村陽子 そうです。
加来典誉 それは誰にも覆すことはできませんからね。わたしもわたしの実感を覆すことはできませんからね。今はそうでもないですけどね。
今村陽子 何ですか。
加来典誉 お薬を飲まなかったからですね。今はわたしは飲んでます。私の場合は、ドーパミン系の障害だったのかもしれませんね。まぁ、わからないですけれど。とりあえずそういう方針で一回やってきましょう。で、お母さんにお願いなんですけど。「あのさ、お母さん、この前買ったブローチどこにやったけ」って言うでしょ。ブローチっていいませんかね?
今村陽子 言いますよ。
加来典誉 「あ、そこの戸棚の中に入れているわよ」「あ、ありがとう」「あなた、神様なのにわからないの?」
今村陽子と今村陽子の母 ははは。
加来典誉 そういうふうに明るく接するんです。眉をひそめて、この人、大丈夫かしらって、接するんじゃなくて、「お願いします、神様、お皿洗いしてください」
今村陽子と今村陽子の母 ははは。
加来典誉 「神様、お願いします」こういうふうに明るく接してあげるんです。逆にそのほうが、陽子さんは、頻繁に自分は神様だと言わなくなるんです。少し言いますけどね。ますます言うようになります、眉をひそめていると。明るく流しているほうがいいです。「わたしは神様」っていうと、「じゃあ、何かスーパーパワーでやってもらおう!」そういうふうに言ってあげたほうがいい。陽子さんもそのほうがいいでしょ?
今村陽子 そのほうがいいです。
加来典誉 ちょっと来週まで様子を見ましょう。

  加来病院外来診察室

加来典誉 どうですか?頻繁ですか?
今村陽子 いえ、少し減りました。
加来典誉 お友達に言ってますか?
今村陽子 言ってないです。お父さんとお母さんだけです。
加来典誉 困りますか?
今村陽子 困らないです。
加来典誉 これとうまく付き合っていくもいいんですけど。うーん、どうですかね。何かね、昔の体験が今に関わっているのではないでしょうか。よく考えたら。自分を神様だと思う理由があるんじゃないかな。ちょっと探ってみましょうか。
今村陽子 そうですか。
加来典誉 で、今日、用意しているんですけどね。あの、このパソコンを使って、別の部屋でインターネットしてもらいます。後で、履歴を見ますから。少しエッチなことを考えならら、インターネットしてください。病院内でしか、データは出ないです。他の病院の人にも言わないです。ちょっとやってみませんか?探ってみましょう。何かあるんじゃないかと。
今村陽子 わかりました。
加来典誉 四十分です。時間の余裕がないですか?
今村陽子 大丈夫です。
加来典誉 お母さんなしで一人でやってもらうほうがいいです。

  加来病院外来診察室 四十分後

加来典誉 では、家に帰って、分析してみます。来週、結果を発表します。

  加来典誉自宅

  加来典誉が今村陽子のインターネットの履歴を見ている。

加来典誉 線路、海、山、線路、海、山、旅行、海、山、線路、旅行、山。うーん。なんかわかった。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 はい、よろしくお願いします。あのー、昔ですね、小学校か、中学校か、高校で、自然教室に行ったでしょ?
今村陽子 ははは。
加来典誉 なに笑ってるんですか?電車で行ったでしょ?
今村陽子 電車で行きました。
加来典誉 それでですね。なんかあったでしょ?
今村陽子 ありました。
加来典誉 なんですか。
今村陽子 ちょっと言いたくないです。
加来典誉 それが秘密じゃないかな。神様と関係している。
今村陽子 あの、レズビアンしました。
加来典誉 あ、そうですか。悪くないですよ、レズビアンは。悪いことではないですよ。
今村陽子 中学のときです。
加来典誉 レズビアン、女同士好きになりますから。あのね、たぶん、そしたら、こういうことじゃないかな。レズビアンはいけないっていう心の動きがあるんです。中学校の時やってしまった。で、悪いことしたのにやってしまったという思いが、ずっと続いていて、「どうしよう、わたし、悪い人だ」と。結局それで、悪いことしたのに許されるためには、自分が神様になるしかないと。神様が決めるんだから。悪いか良いかは。というふうな感じじゃないでしょうか。レズビアンの経験をもっとしたらどうですか?欲求不満になっているんだと思います。性的な。男性とあまりエッチなことをしたくないですか?
今村陽子 あまりしたくないです。
加来典誉 だったら、デリバリーヘルスかなんかを使ってですね。
今村陽子 ははは。
加来典誉 女性とエッチをしてみたらどうですか。レズビアンですと言ったら、理解してくれますから。こういう女性がいいと言ったら。インターネットで探して。顔とか目とか隠れてますけど。身長とかいろいろ出ていますから。だいたいのことを伝えたらいいですよ。一番人気の子がほしいとか。
今村陽子 なるほど。わかりました。
加来典誉 ちょっとそれで、一回か二回か三回かやってみませんか。まず一回ですね。また来週ですね。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか?
今村陽子 ずいぶん減りました。
加来典誉 やっぱりそうですね。その体験が大きかった。線路、列車、旅行、海、山。わたしも自然教室のときに、後ろでホモをしている人がいました。なんかあるんじゃないでしょうか。レズビアンで、欲求不満になっている。で、この前、言っている通りです。やっちゃいけないことをやろうとしている。許されるためには、自分が神様になるしかない。理路整然とした理屈がある。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 彼女の中ではモヤモヤしたものが、はっきりと理屈で説明できる感じがします。もうちょっとレズビアンをしてみたらどうでしょうか。週に一回か。
今村陽子の母 そうですね。
加来典誉 お金がずいぶんかかりますが。
今村陽子の母 いえ、いいです。
加来典誉 そのうち、月に一回になっていくと思います。彼氏、欲しくないですか?
今村陽子 欲しくないです。
加来典誉 ずっとですか?
今村陽子 ずっとじゃないです。
加来典誉 折り合いを見て?
今村陽子 折り合いを見て。
加来典誉 じゃ、ちょっと頑張ってみましょう。レズビアンの人も、じゃない、お店の人も喜んでるでしょ?
今村陽子 喜んでます。
加来典誉 楽しいもんね、女の子同士。不安ですか?
今村陽子の母 大丈夫です。
加来典誉 子供が生まれるわけではないからですね。
今村陽子 そうですね。
今村陽子の母 確かにそうですね。
加来典誉 子供は生まれませんからね。
今村陽子の母 安心です。
加来典誉 彼女にとってはそれが心のしこりになっているから。なんとかしないといけないんです。では、また来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

今村陽子の母 全然、言わなくなりました。
加来典誉 そうですか。これで終わりかな。あとは利用したいときに利用すれば、いいですよ。デリバリーヘルス。利用したいと思ったら、お母さんにお願いして。
今村陽子 わかりました。


大久保亜衣子さん(拒食症)

  加来病院病棟

加来典誉 あれ、病院の紹介で来たの?どこの?済生会。あ、ほんとに。どうして?食べない、拒食症?意識、昏睡とかなってない?なってない。あ、ほんとに。わかりました。拒食症ね。わかりました。わたしが担当ですか?わかりました。お母さんがいる。今から診察ね。お名前は?大久保亜衣子さん。何歳ですか?二十三。わかりました。

  加来病院外来診察室

加来典誉 こんにちは。わたし、加来です。まだ若いんですけど、三十二です。先代の院長がやめたから、この病院をつぎました。
加来典誉 なにニッコリ笑ってるんですか?なに笑ってるんですか?
加来典誉 どうしたんですか?わからない。なんで食べないんですか?
大久保亜衣子 言えないです。
加来典誉 深い訳でもあるんでしょうね。
大久保亜衣子 そうでもないです。
加来典誉 そうだな。どうしようかな。とりあえずね、きちんと、食べ物が食べれるようになって、退院というふうにしてほしいわけです。ここは精神科の病院です。いわゆる精神病院です。気が狂った人が来るところです。食べれなくなる人がいる。摂食障害ということになるわけで、精神科の担当になっているんです。あと、過食症。いっぱい食べる人、精神科の担当です。食べるようになりましょう。訳があるのかな?脳の異常なのか?心の悩みなのか?それで、治療のアプローチが変わってくるわけです。どちらですか?脳の異常ですか?心の悩みですか?
大久保亜衣子 心の悩みです。
加来典誉 自分でわかっているということは、隠しているだけですね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 それを言ってくれないと治らないんだけど・・・。お母さん、知っているんですか?
大久保亜衣子 知ってます。
加来典誉 じゃ、わたしに言っていいんじゃないでしょうか。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 お母さんが知っているなら、わたしが知ってもいいんじゃないでしょうか。一応、他言無用ということですが、カルテに書くから、病院内だけでは知られてしまいます。
大久保亜衣子 そうですか。実は、彼氏に逃げられました。
加来典誉 それだけですか?
大久保亜衣子 子供が産まれました。
加来典誉 あ、ほんとうに。それで逃げられた。それはきついね。中卒?ははは、次の彼氏が難しいわけね。
大久保亜衣子 そうです。
加来典誉 なんのために生きているかわからないのね。セックスしたいしね。キスもしたいし、抱きしめたいしね。それで・・・。人事みたいに言ってごめんなさいね。それでね、彼氏に逃げられて、子供が一人いて、中卒だったら、絶望だよね。
大久保亜衣子 絶望なんです。ははは。
加来典誉 絶望か。どうしたらいいかな。次の彼氏が欲しいんですか?
大久保亜衣子 そうじゃないです。
加来典誉 なんとなく?
大久保亜衣子 なんとなく。
加来典誉 娘さんのこと好きになれないんでしょ?息子さん?
大久保亜衣子 娘です。なんでわかったんですか?
加来典誉 適当に言ってみた。娘さん、まだ、三歳。じゃあ、二十で産んだんですね。安産でしたか?
大久保亜衣子 安産です。
加来典誉 じゃあ、あれかな、あまり、かわいくないかな。
大久保亜衣子 かわいくないです。
加来典誉 あ、ほんと。安産で産むと、女の人は子供をかわいがらないんです。苦労して産むと、かわいがるんです。奈々ちゃん。誰が名前をつけたの?
大久保亜衣子 お母さんです。
加来典誉 うーん、そうねぇ。どういう時が、一番、楽しいですか?これしていると、楽しいなっていうこと。
大久保亜衣子 寝ているときです。
加来典誉 あなた、セックスが好きなんじゃないですか?
大久保亜衣子 ははは、なんでですか?
加来典誉 だいたいね。そういうふうに答える人は。セックスとかキスが好きな人。芸術家肌の人ですね。
加来典誉 飲み屋で働いているの?
加来典誉 ははは。向いているのかもしれないね。
加来典誉 おばあちゃんに怒られた?好きのなの、おばあちゃん?
大久保亜衣子 はい。
加来典誉 まぁ、そういうことしたらね。馬鹿にされる、とかそう言われたんでしょ?
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 そういことしてるとね、いっぱしの人間と見れないと、言われるもんね。
大久保亜衣子 楽しいんです。
加来典誉 楽しいのね。お金になるしね。倍だもんね。だいたい普通、給料二十万といっても、飲み屋では四十万だもんね。君、綺麗だから、もてるだろうね。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 いいじゃないね。中卒でも高卒でも、飲み屋では関係ないもんね。お話が上手でね。まぁ、ちゃんと聞き役になってくれれば。聞き役だよね?
大久保亜衣子 聞き役ですね。
加来典誉 聞き上手でなければね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 うーん、どうしたら、娘さんがかわいくなるかな。娘さんと一緒にいると楽しいってなるとね、また人生に希望が持てるんだけどね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 うーん、まぁ、一言で言えばね、娘さんも好きで生まれてきた訳じゃわけじゃないんだね。苦しいだろうけどね、大久保アイコちゃんもね。あの、どうしても・・・、やめてほしい?
大久保亜衣子 いや、いいですよ。
加来典誉 どうしてもね、自分だけ損しているような気がして。死んじゃえと。
大久保亜衣子 そうです。
加来典誉 わかった。食べないで死のうと思ったんだね。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 でも、なんでこの子が生まれてくるんだろうと思ったかもしれない。
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 でも、好きで生まれてきたわけじゃないんだよ。こっちも好きで産んだわけじゃないけど。
大久保亜衣子 うははは。
加来典誉 生まれてくるほうも、好きで生まれてきたわけじゃないんだよね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 食べてくれないかな。生きていこう。奈々ちゃんのためにね。中学卒業だったら、娘さんは高校にやりたいんじゃない。
大久保亜衣子 高校にはやりたいです。
加来典誉 大検、受けてみたら?高校卒業資格取れるよ。大検っていう試験受ければ。
大久保亜衣子 あ、そうですか。
加来典誉 簡単な参考書で勉強して、受ければいい。高校卒業の資格取れればいい。堅い職業もつけるよ。おばあちゃんの言うこと聞くならね。いややね。飲み屋のほうが楽しいね。
大久保亜衣子 ははは。なんでわかるの?
加来典誉 ぼくも飲み屋に行ってたから。小林あけみちゃんというひとと仲良くなった。あけみちゃん。こえださんっていう源氏名。一回で一万円くらい。ワンセットで四十分。ツーセット頼んでた。同伴で、一万二千八百円。
大久保亜衣子 おかしい、ははは。
加来典誉 同伴で行ってたよ。小林あけみさんってね、はじめっから、整形したような顔で生まれているんよ。ガクトみたい。整形していないんよ。整形したんじゃないかなと思うぐらい、きれいなんよ。整形した後みたいな顔なんよ、もともと。綺麗過ぎて、ぼくは色気を感じなかった。アイちゃん、きれいだよね。ごめん、セクハラだ。ははは。まぁ、いいや。どうしようかな。娘さんと遊んでみたら?
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 こんど、連れて来たら?一緒に。どうしようかな。入院して、様子を見てほしいんでしょ?お母さん?
大久保亜衣子の母 そうなんですよ。
加来典誉 あの、静かなところがいいでしょうね。せっかく入るなら。七病棟空いてますか?空いてない。一病棟だけ。一病棟、うるさいもんね。あなた美人だから、追い掛け回されるもんね。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 ちょっと、様子見て、食べれるようになってから、家に帰るようにしましょう。
大久保亜衣子の母 そうですね。
加来典誉 食べる?
大久保亜衣子 食べない。
加来典誉 食べない?わかった、ぼくと遊びたいんでしょ?
大久保亜衣子 ばれました?
加来典誉 ばれましたじゃないよ。ははははは。外来で来ればよかろうもん。そうする?
大久保亜衣子 いやだ。
加来典誉 いたいんだ。いいよ。入院して。じゃあ、娘さんを連れて来てもらおう。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 わたしも話してみる、娘さんと。三歳なら。しゃべれるんでしょ。もう?
大久保亜衣子 しゃべれる。
加来典誉 じゃあ、こんど、娘さん連れてきて。奈々ちゃん。アイコってどういう字書くの?亜細亜の「亜」に、「衣」。「亜」っていうのは、色の名前ですよね。亜麻色の髪っていう。
大久保亜衣子 そうですよ。
加来典誉 それで、衣。なかなか風雅な名前ですよね。普通、アイコなら、愛する子供、天皇陛下のお孫さんの愛子さまの愛子だけど。もっとしゃれた名前。
加来典誉 そんなの知らなかった?
大久保亜衣子 知らなかった。
加来典誉 つけたのおばあちゃんじゃないの?
大久保亜衣子 おばあちゃん。
加来典誉 ははは。よかったね。また、娘さんもおばあちゃん(亜衣子のお母さん)につけてもらったね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 本当はお母さんじゃなくて、おばあちゃんにつけてもらったほうがよかったんじゃないの?ちがう?
大久保亜衣子 そう。
加来典誉 ははは。もう名前変えられないからね。じゃあ、入院しましょう。ちょっと、着るものとかに名前を書かないといけないからね。なくなるから。
大久保亜衣子 ああ。
加来典誉 いやでしょ?
大久保亜衣子 いいです。
加来典誉 わかった。入院しよう。まずいよご飯。おいしくないよ。ときどきおいしいのがあるよ。昼ご飯に。夜ご飯はおいしくない。朝ご飯はおいしい。あの、ところてんが出たり、おきゅうとがでたりする。あと、納豆とか。パンとか。当たり前だけど。おいしいよ。食べたことある。じゃああと、何?
大久保亜衣子 何歳?
加来典誉 三十二。
大久保亜衣子 わたし、二十三。結婚できるね。
加来典誉 ははははは。ごめん、ぼく、好きな人がいるんだ。本田茜さんっていう、コナミスポーツクラブのインストラクター。
大久保亜衣子 いいですね。
加来典誉 本田茜さんが、冷たいから、飲み屋の小林あけみさんにしようと思ったけど、無理やった。やっぱり本田茜さんがよかった。
大久保亜衣子 わかりました。
加来典誉 準備できてますか?
大久保亜衣子の母 できてないです。
加来典誉 じゃあ、洋服とか持ってきてもらって。とりあえず入ってもらって。開放病棟じゃないけど、閉鎖の一般病棟だから。保護室とかじゃないから。あなたは、必要ないと思う。食べないだけだから。
大久保亜衣子 先生、ずっといるんですか?
加来典誉 いやあ、ぼくは回るから、病棟を。四がなくて一病棟から七病棟まである。ずっとぐるぐる回ることになる。外来ふくめて。なかなか来ないよ。一週間にいっぺんだから。意味ないよ。
大久保亜衣子 いいです。
加来典誉 わかった。ご飯食べるから。では、入院ということで、では、ナース、準備ということで。
ナース わかりました。
加来典誉 女性と男性が一緒だから。注意してね、男の人が寄ってくるから。あなた、美人だから。
大久保亜衣子 わかりました。
加来典誉 あなた、飲み屋だから、どんなふうにあしらったらいいか、知ってるでしょ。ぼくも行ってたから。一軒だけ。CAT'Sっていうところ。中洲のね。ヒップホップとか流れてる。知ってるの?知ってるんだ!はははは。あるもんね。働いたことある?ない。そこで働く。働かない。そこが乙女心だね。わかりました。では、入院で。とりあえず一病棟に行ってみて。ナースが案内するから。じゃあ、来週ね。
大久保亜衣子 来週ですか!?
加来典誉 そうだよ。来週だよ。週に一回だよ。
大久保亜衣子 ああ。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 食べてる?
ナース 食べてますよ。
大久保亜衣子 退院したい。
加来典誉 ははははは。お母さん、連れて来るかな、奈々ちゃん。まだわからない。電話もしてない。娘さんといる時間が楽しくなったら退院ということにしようかな。
大久保亜衣子 あ、そうですか。
加来典誉 うん。じゃないと娘さんの顔を見るたびに憂鬱になるようでは、これはまた食べなくなる。
大久保亜衣子 なるほど。
加来典誉 娘さんと一緒におって、楽しくなるなら、退院。大検の勉強でもしたら?携帯で調べてごらん、大検って。あるでしょ、携帯。インターネットで、使える時間決められているけど。参考書をお母さんに買ってきてもらって。
大久保亜衣子 わかった。
加来典誉 好きなの?ぼくが?好きなんだ。正直だね。嬉しいな。本田茜さんは好きでも、絶対にぼくに好きって言わないの。嬉しいなぁ。美人さんだし。ファンなんでしょ。
大久保亜衣子 ファンです。
加来典誉 付き合ってくれないんでしょ?
大久保亜衣子 ばれました?
加来典誉 ははは。ぼく、ファンがいっぱいいるんだよ。でも付き合ってくれないんだ。ははは。どうしたらいいかな。じゃあ、とりあえず大検調べてごらん。で、いつか呼んでごらん、お母さん。お姉さんがいるの?じゃあ、いろいろ呼んだらいいじゃない。ぼくにも紹介して。
大久保亜衣子 恥ずかしい。
加来典誉 ほんと。それはいろいろな家庭があるからね。恥ずかしがらなくていいよ。
大久保亜衣子 わかった。
加来典誉 おばちゃんに来てもらうの?でも、心配するよ。お年は?
大久保亜衣子 六十ぐらい。 
加来典誉 元気なの?
大久保亜衣子 元気。
加来典誉 一回来てもらったら。
大久保亜衣子 来てもらう。
加来典誉 電話してみたら?テレフォンカード。
加来典誉 しない。ダメなんだ。やっぱり。お母さんに言ったら?ダメかな?
大久保亜衣子 ダメっぽい。
加来典誉 ちょっとびっくりするかもね、おばあちゃん。こんなとこいたら。こんなとこまで来てしまった。飲み屋で働いていていた挙句に、精神病院まで。ははは、びっくり仰天してしまって。
大久保亜衣子 そのとおり。
加来典誉 ははは。じゃあ、そうしよう。あとは娘さんといる時間が楽しくなる。そのとき診察する。娘さんと一緒に来てごらん。お母さん抜きでね。お母さんがいるとわからなくなる。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 お母さんに連れて来てもらってね。お母さんに待っててもらってね。こんどの診察のとき、お母さんいるのかな。働いているのかな?働いている。日曜日?
大久保亜衣子 金曜日。
加来典誉 なんとか頑張るよ。大丈夫、金曜日なら、わたしいるから。そうしましょう。金曜日診察ね。どうするかね。おばあちゃんの話もしといたら。無理だろうけどね。おばあちゃん、びっくりさせるからって。そうなると思う。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後 金曜日

加来典誉 なかなか、かわいい子。いっぱいしゃべるね。かしこいね。ずいぶんかしこいじゃない。亜衣子さんはしゃべらないのに。いっぱいしゃべるね。かしこいのかな。
大久保亜衣子 かしこいと思う。
加来典誉 似ているんじゃないかな、本当は。しゃべらないだけで、本当はかしこいんじゃないかな。
大久保亜衣子 ははは、そうかな。
加来典誉 どう、お母さん、あんまりよくわからない?
大久保奈々 よくわからない。
加来典誉 お母さん、なんでね、奈々ちゃんのことよくわからないと思ってるかわかる?
大久保奈々 わからない。
加来典誉 お母さん、言ってみたら?
大久保亜衣子 あのね、お父さんが逃げた。
大久保奈々 なんで、死んじゃったって言ってるよ。
大久保亜衣子 うそだ、おばあちゃんが嘘ついている。逃げちゃった。
大久保奈々 なんで?
大久保亜衣子 子供、産ましたから、わたしに。
大久保奈々 へぇ。
大久保亜衣子 子供、産ますことできる。逃げちゃった。
大久保奈々 ひどいね。それはしょうがないよね。
加来典誉 かしこいね。まだ三歳なのにね。
大久保亜衣子 先生に、言われたの。奈々も好きで生まれてきたわけじゃないって。
加来典誉 ははは。
大久保奈々 わたしは楽しいよ。
加来典誉 それは結構だね。よかったじゃない。お母さんはね、奈々ちゃんと仲良くなって、奈々ちゃんと一緒にいると幸せだなと思ったら、幸せってって言うのは、嬉しいということ、嬉しいなと思ったら、退院ということ。
大久保奈々 あ、ほんと。
加来典誉 病院だからここは。そうじゃないとまた同じことになる。楽しくない?
大久保奈々 楽しい。
加来典誉 高校に行かせたいのよ。高校って知らないでしょ?
大久保奈々 知らない。
加来典誉 学校があるんだよ、知ってる?
大久保奈々 知ってる。
加来典誉 すごいね、よく知ってるね。小学校、中学校、高校、大学まである。お母さんはね、中学までしか行ってない。だから、奈々ちゃんには高校まで行ってほしいんだって。働いているから、お母さんは。飲み屋さん、ていうとこ。
大久保奈々 なに?
加来典誉 お酒飲むところ。男の人が。よくわからない?
大久保奈々 わかるよ。いまはわかるよ。
加来典誉 かしこいなぁ。遺伝したんだね。どうしたの?嬉しいの。
加来典誉 よかったねぇ。あぁ、泣きそうになってる。ははは。ごめんなさい。
大久保亜衣子 いえ、いいです。
加来典誉 苦しかったんやね。今までの人生、苦しかったんじゃないの?
大久保亜衣子 苦しかったです。
加来典誉 苦労が多かったんでしょうね。中学校から。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 じゃあ、だいぶいいじゃない。娘さんと一緒で。だいぶいいよ。あと、三回くらい会ってみたら。それくらいでしょ。先生のこと、好きなんだって。お母さん。ぼくと結婚したいんじゃないの。
大久保亜衣子 ははは。
大久保奈々 好きな人いるの?
加来典誉 コナミポーツクラブの本田茜ちゃんっていう人。
大久保奈々 へぇ。お母さんと結婚して。
加来典誉 ははは。好きな人、いなかったら結婚していいんだ。
大久保奈々 わかった。
加来典誉 ファンなんだって。ファンって、好きだっていう人。付き合わないけど。付き合うってわかる?
大久保奈々 わかる。
加来典誉 かしこいなぁ。末は東大じゃないかなぁ。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 末っていうのは、大きくなってっていうこと。じゃあ、そういうことにしよう。高校までやって、大学、国立大学に入ったら、すごいよね。
大久保奈々 すごいね。
加来典誉 なるかもね。九大とか。医学部とか。
大久保亜衣子 ははは。
加来典誉 じゃあ、そうしよう。あと、二、三回かな。あと、二回かな。選んでいいよ、二回か、三回か。二回がいい。わかった。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後 金曜日

加来典誉 よかったね。大丈夫だ。来週も同じ。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後 金曜日

加来典誉 ああ、これは大丈夫だ。どうするの、退院して、また飲み屋で働くの?
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 いいの?
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 じゃあ、大検は調べたの?
大久保亜衣子 調べた。
加来典誉 勉強してるの?
大久保亜衣子 してない。
加来典誉 めんどくさい?しない?
大久保亜衣子 いや、する。
加来典誉 便利だもんね。高卒のほうが、働き口があるから。びっくりされるやろ、中卒だと。
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 やってみたら、ひまがあるときにね。あとは診察は、外来診療でいいからね。週に一回から、二週に一回なって、ぐらいになると思う。あとは、来なくていい。来たかったら、来てください。月一でもいいけどね。あとは退院。外泊とかはしてなかったけど、いいでしょう。いい、わかってるから。入院期間は。四週間だから、一ヶ月ぐらいね。はい、退院です。あさってね、退院。外来は、月曜日と木曜日、午前と午後があるから。
大久保亜衣子 何時ですか?
加来典誉 午前は、九時から十一時三十分までが受付で、九時十五分から十二時までが診察。午後は、十三時から十五時までが受付で、十三時三十分から十七時までが診察。え、好きなの、ありがとう、嬉しいなぁ。カードあげるから。帰りにもらって帰ってね。保険証を出してね。

  加来病院外来診察室 月曜日

加来典誉 どう、食べてる?
大久保亜衣子 食べてる。
加来典誉 娘さん、かわいい?
大久保亜衣子 かわいい。
加来典誉 楽しみができた?
大久保亜衣子 楽しみができた。
加来典誉 それでいいやろ。男と付き合うとしたら、どうするかね。友達づきあいで、いいでしょう?彼氏にならんでも、結婚はできなくても、キスしたりはできるね。
大久保亜衣子 できる。
加来典誉 抱きしめたりとかできる。娘さん、かわいがればいい。
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 無責任かもしれないけど。ぼくも頑張れって?ありがとう。ほんと、嬉しい。恋が実らん人で、まだ童貞なんよ。
大久保亜衣子 童貞?ははは。
加来典誉 おかしい?
大久保亜衣子 おかしい。
加来典誉 これは、大丈夫やろ。
大久保亜衣子 ほんと、ははは。
加来典誉 なにもせんでいい、あとは。来たいなら来てもいいよ。毎週?二週間にいっぺん?毎週来たい。わかった、じゃあ、悩み相談だから、飲み屋で困ったお客さんがいるとか言っていいよ。大検、どうしたらいんですか、とか。わかった、毎週ね。お薬出さんでいいからね。
大久保亜衣子 そうですね。
加来典誉 お薬なかったもんね、最初から。
大久保亜衣子 うん。
加来典誉 いい、いい、心の悩みだからね。脳疾患じゃないからね。わたし、そういうふうに分けているのよ、脳疾患と心の悩みをね。心の悩みは一時的なものだからね。確かに、ちょっと、例えばさ、むしゃくしゃして、アルコール飲んだら、すっきりした、ってあるよね。
大久保亜衣子 あるある。
加来典誉 それと同じで、お薬飲むと治ることがある、それはいいよ。いずれ薬は抜けるんだから。抜かせれるんという先生ばっかりだったけど、ぼくは抜かそうという人だから。
大久保亜衣子 わかりました。
加来典誉 風邪が治ったのに、風邪薬飲む人はいないでしょ。それで。ま、毎週ですね。楽しみですね、トークが。それでは。


緒方文武さん(統合失調症)

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 あの、先代の院長がやめたので、わたしが緒方さんの担当になりました。よろしくお願いします。加来典誉です。
緒方文武 早く退院したい。
加来典誉 何年くらいですか?入院して。
緒方文武 だいたい二年くらい。
加来典誉 何が問題なんですかね、大地さん。
大地真央 やっぱり妄想がある。
加来典誉 どういう妄想があるんですか?
緒方文武 妄想じゃない。ほんと。
加来典誉 うん、例えば、どういうことか。大地さんから見て、妄想というのはどういうことか。
大地真央 オメガ教の教祖になっている。
加来典誉 宗教団体の教祖になっている。うーん、最初からですか?入院した当初から。
大地真央 だと思います。
加来典誉 緒方さんが思い始めたのは、入院する直前からですか?
緒方文武 そうです。
加来典誉 うーん、そうだね。
緒方文武 退院したい。
加来典誉 あのね、たしかに信者さんがやってきてね。百人、千人やってきてね、退院させてくださいって言えばね、これは妄想じゃないと思うけど、誰も来れないなら、緒方さん一人だけの世界の話でね。例えば、ぼくだったら何かな。あの、毎晩、毎晩、ぼくの大好きな女の人と一緒になれるって、空想の中だけでね、本当はいないんだけどね、空想の女の人と一緒に寝たりとかね、普通、誰にもしゃべらないじゃない。
緒方文武 しゃべらない。
加来典誉 それをしゃべった時点で、「この人、おかしい」っていうことになるわけ。
緒方文武 なんで。
加来典誉 いやいや、理解できないから。他の人が理解できないことを言われても困るわけ。例えば、数学の問題は難しいでしょ。ものすごく難しい数学の問題ってあるじゃない。それを説明すると、他の人は、普通の人は困るよね。
緒方文武 困る。
加来典誉 困る。
緒方文武 迷惑。
加来典誉 でも、わかる人に聞けばわかるからね。数学が得意な人に聞けばわかるからね。ということは、これは別にいいということ。誰が聞いてもわからないということだから困るわけ。ということなの。ぼくはね、いわゆる、一人だけ世界の思い、妄想って言ってしまっているけどね、それは本人にとっては本当の話であって、他の人にとっては嘘でも、本人にとっては本当だから、それを否定するのはいいこととは思わない。否定するのは良くないと思っている。ただね、その妄想、っていったら変だけど、一人だけの思いにお付き合いすると、これは治療上、後ろ向きになってしまうから。そうじゃなくてね、妄想というふうにまず言わせてもらうけど、妄想の奥にある何か思いがあるはず。例えば、緒方さんって、恋愛したことある?ある。早稲田に行ったの?就職は?してない。そしたら、偉くなりたいんじゃないかな?
緒方文武 どういうことですか?
加来典誉 例えば、会社の社長さんとか。それこそ、宗教法人の教祖さんでもいいよ。つまりその、人に命令する立場になってみたいんじゃない?
緒方文武 そうじゃない。
加来典誉 オメガ教を広めたいの?
緒方文武 そうじゃない。
加来典誉 何が人生の目的なのかな、緒方さん。
緒方文武 わからない。
加来典誉 たぶんね、偉くなりたいんじゃないかな。あのね、統合失調症っていう病名がついているのよ。それはね、幻聴、幻覚、妄想、だったり、激しい興奮状態だったら、統合失調症なのね。このうち、心の悩みが発展して統合失調症になった場合は、色、カネ、名誉っていう原因を持ってます。色っていうのは異性に関すること、女とか男とか、カネっていうのはお金のこと、名誉っていうのは、誇り。お金とか名誉に興味があるんじゃない?
緒方文武 あると思う。
加来典誉 そこだと思う。そこが原因で病気になっちゃったんだと思う。そこを解決すればね、オメガ教の教祖でなくても、この社会で幸せに暮らしていけるんじゃないかな。
緒方文武 なるほど。
加来典誉 今、院内でオメガ教どうこうって言ってる場合には・・・。笑ってるんですか?大地さん。ははは。わたし、新任だからですね。それ以外は問題ない?
大地真央 問題ないです。
加来典誉 そしたら、そこをクリアするのは、おそらく、あの、色、カネ、名誉のなかの、お金と名誉の部分を解決すればね、自然とオメガ教うんぬんっていうのは言わなくていいようになるんじゃなかな。自信がないもんだからね、自分にね。わたしだって、九州大学卒業っていう肩書きがついているからいいけどね、どこの大学も行ってなくて、医者を志しています、っていったら、自信がないよね。
緒方文武 そうですね。
加来典誉 緒方さんも、早稲田大学の政経ですか?
緒方文武 政経です。
加来典誉 政経っていう立派な肩書きを持ってるわけだから、それは自信につながるけど、何もないとね、なかなか自信につながらないからね。まぁ、なんとなそういうふうにやっていきませんか。
緒方文武 うん。
加来典誉 でね、ひとつお願いがあるんです。オメガ教の教祖っていうのはわかりましたけどね。それを言わないようにしましょう。
緒方文武 なんで?
加来典誉 あのね、妄想っていうのは持ってていいんです。
緒方文武 そうですか。
加来典誉 例えば、自分は神様であるとか。持ってていいけど、黙っとくこと。これはルールなんです。生きていけないから、世の中で。世の中っていうのは、理解不能なことが起こっては困るんです。理解可能なことしか起こっちゃいけない。やっぱり困るからね。普通の人が。「わたしは神様である、あなた、言うことを聞きなさい」って言われたら、困るね。「わたしはオメガ教の教祖である、あなた、信者になりなさい」っていったら、困るでしょ。黙っとかないといけない。本当にね、宗教法人として、登録・・・、したんだと思いますけどね。まだ、信者さん見たことないし、みんな。ちゃんと、幸福の科学みたいに宗教法人として、あ、行った、修行したそこで、宗教法人として活動しているならいいけど、目に見えない宗教法人では、なかなか・・・。ブログがある?でも、信者さんが活動している様子が見えてこないんだな。たぶん、それだから、みなさん、言っているんじゃないかな、どうもおかしいって、緒方さんが。
緒方文武 そうですね。
加来典誉 例えば、本当に宗教法人として活動しているならばね、これは本当だと、みんな思うけど、これがわからないのであればなかなか。ただ、今ね、その、心のバランスというのがある。糧にしているものがある。人間には。例えば、昔の人だったら、天皇陛下を糧にしていた。天皇陛下を大事にしないといけない。天皇陛下があってこそ、自分がある。天皇陛下は人間ですって言われたら、がっかりする。天皇陛下はたいしたことないです、て言われたら、大変がっかりしてしまう。それまで信じていたものが全部ガラガラになって崩れてしまう。だから、今、緒方さんがね、オメガ教うんぬんっていうのを捨てなさいっていうのは、それは困るわけよ。それはわかるよ。大事な心の中の支えになっているのね。それをこう取ってしまう。例えば、支えの棒ってあるよね、建物を建てるときに支えている棒があるよね、仮だけど、仮に支えている棒があったりする。木でお家を建てるときに、棒で支えたりすることがあるよね、たぶん。その棒がおそらくその宗教法人のオメガ教なんだと思う。心の支えになっている、それを急に取るとね、緒方さんの心はバラバラになってしまうから、取らないほうがいいと思う。あったほうがいいからね。二年間もその支えの棒を持っているわけだからね。これは面白い見方だって言われるかもしれないけど、ぼくはこうういう考え方は持っていたほうがいいと思う。いずれ、要らなくなって、建物としてきちんとね・・・、拍手ですか?ハハハ。大地さんですか。そうですか。そう、建物としてきちんとして立てるころになったら、棒は抜かしても大丈夫なわけなのね。そうだと思う。今は持ってていいから。みんな看護師さんも優しいんじゃないの?オメガ教って言っても、みんな文句言わないでしょ?
緒方文武 言わない。
加来典誉 お医者さんが言うんだ、じゃあ。ぼくのお父さんが。ダメって、ちょっと古いからね。
緒方文武 バカ院長。
加来典誉 わはははは。バカ院長って、患者さんからよく言われるっていってた。ぼくは違うの?よかったな。患者さんに迎合してるかな。ははは。そういうふうにやっていかない?オメガ教は言わんという約束にしてて。ぼくの時だけ言っていいから。
緒方文武 ほんと?
加来典誉 看護師さんに言わんこと。それを守ってくれるなら退院できるから。ねぇ、大地さん。
大地真央 はい、退院できます。
緒方文武 ははは。
加来典誉 先生の時だけ、言って。退院できるから。入院期間は二年だっけ、二ヶ月言わないで。三ヶ月くらいで退院できる。
緒方文武 わかりました。
加来典誉 言わないで。退院してから考えよう。建物を作るということを考える。支えの棒は今、オメガ教だから。建物をしっかり建てないといけない。人生という建物をね。そっちは退院してから考えよう。
緒方文武 どうするの?
加来典誉 何か、事業してみたら?ご親戚に会社経営してるからいらっしゃるんじゃない?
緒方文武 わからない。
加来典誉 探してみたら?修行してみたら、そこで。どうしたらいいんですかって。修行、終わったって?いやや、そんなことないよ。宗教と実業は違うから。ぼくもまだ、修行中だし。必要ないことないと思うよ。お金くださいって言って、もらえるかな、銀行から。
緒方文武 もらえない。
加来典誉 やっぱり、ある程度、実績持ってたら、この人、大丈夫だって、お金出してくれるけど、実績がないのに、お金を出してくれる人、いないからね。
緒方文武 わかりました。

  加来病院外来診察室  三ヵ月後(退院後)

加来典誉 よかったですね、お母さん。
緒方文武の母 言わなくなりました。驚いています。
加来典誉 ぼくにだけ、言うことにしているんですよ。それがルールだから。退院したいから。緒方文武さんは、頭がいいからね。早稲田の政経に行かれてるし。頭もいいから、わかってるんですよ。わかってるから、ちゃんと言わなくなったんです。なんで教えてくれなかったかって?前のお医者さんが?わざと教えないようにしているんじゃないかな、理由をね。わざと症状をごまかす人がいるから。つまり、妄想という症状をごまかす人がいると思うわけ。自然になくなるのがいいと思っているわけ。だから、言わないお医者さんがいるわけ。ぼくはそうは思わなかった。緒方さんの場合は、脳疾患なのかな、心の悩みなのかな。どっちかな。お薬を飲みたい?
緒方文武 飲みたくない。
加来典誉 じゃあ、心の悩みだ。なにかどこかで失敗したかな?失敗した。就職?
緒方文武 就職。
加来典誉 そこだね。そこがたぶん契機になってできてる。心の支えが欲しくて、オメガ教を作ったんだ。
緒方文武の母 そのとおりです。
加来典誉 なにかね、お母さん、つらい時って、宗教って、支えになるじゃないですか。支えの棒が必要だっていって、緒方さん、宗教に入るんじゃなくて、自分で作っちゃったんですね。
一同 ははは。
加来典誉 いずれ、オメガ教に頼らずにでも、自分で独力でやっていけるようになったらいいなと話していたんです。オメガ教もいいけどね。就職で失敗したんだったら、文武さんは、普通のサラリーマンより、経営者になりたがるタイプなんじゃないかなとおもったんです。教祖になってみたい、オメガ教のね、ということはね、どちらかというと、サラリーマン家業じゃなくて、社長さんをやってみたいと思っているんだと思います。
緒方文武の母 そうです。
加来典誉 ご親戚にですね、事業家の方はいらっしゃいませんか?
緒方文武の母 います。
加来典誉 修行されてみたらどうかと思って。
緒方文武の母 ああ、はい。
加来典誉 下で働かせてもらって。最初はね、睡眠時間も長いし、普通の人の出勤時間よりは短いけどね、そのぶん、給料を少し安くしてもらってね。それは仕方ないよ、最初だから。最初の三ヶ月は休んでいいけど。三ヶ月過ぎぐらいから働いてみたらどうですか?半年みてもいいけど、三ヶ月でいいんじゃないかな、と思いますけどね。あまり変わらないですよ。
緒方文武の母 そうですか。
加来典誉 修行してみて。その代わり、甘めにしてもらって、「ちょっと途中できついから帰る」というのを許してもらう。その代わり給料を少し安くしているからいいでしょと、他の従業員さんに、「だって、少し給料安いし、親戚だらいいじゃないか」ということで。甘く見てもらったらいいんじゃないでしょうか。勤務時間に関して。仕事の内容に関しては、厳しくしてもらっていいかもしれないと思います。修行にならないからですね。勤務時間に関しては、「帰る」でも大丈夫にしてもらわないといけないと思います。朝も少し遅く出たり、朝も眠くなりますからね。たぶん眠くなるんだと思います。だいたい普通の人の一・二倍くらい寝てしまうようです。普通の人が十時間寝るところを、十二時間。八時間寝るところを、十時間、十一時間寝たり。ちょっとそれでやってみたどうでしょうか。来週、また聞いてみましょう。事業家の方のお話を聞かれてから。
緒方文武の母 はい、わかりました。

  加来病院外来診察室  一週間後

加来典誉 どうでした?
緒方文武 会ってみたら、面白そうでした。
加来典誉 今、少し休んでいてください。あと三ヶ月。体の調整で、トレーニング。好きなことをやって、いろいろ。本読んだり、テレビ見たり 、新聞読んだりとかして、トレーニングして、規則正しい生活をして。実家暮らしですね?
緒方文武 実家です。
加来典誉 三ヵ月後始めてください。
緒方文武 わかりました。

  加来病院外来診察室  三ヵ月後

加来典誉 仕事が始まったけれど、どうですか?
緒方文武 面白い。
加来典誉 よかったですね。
緒方文武 ちょっと眠くなる。
加来典誉 眠くなりますよね。わかる、それは薬の副作用だからしょうがないからね。薬を無くしたいけれどね、今まで、いっぱい飲んできたから、なかなか急に無くすわけにもいかなくてね。無くす療法もあるんじゃないかと考えているんだけれど、なかなかお医者さん同士で、それはないよってみんな言っているんですよ。お薬を無くす療法はないって言っているんですよ。あるんじゃないかなってぼくは思っているんだけれどね。ちょっと今後の医療の進歩に期待をしていてください。面白いでしょ、仕事。
緒方文武 面白い。
加来典誉 いろいろ勉強していたらいい。何年かかるんですか?独立するまで。
緒方文武 五年。
加来典誉 それじゃ、頑張ってみて。

  加来病院外来診察室  五年後

加来典誉 会社つくるの?
緒方文武 会社つくる。
加来典誉 よかったね。同じような会社?
緒方文武 全然、ちがう会社。
加来典誉 よかったね。本当に会社がつくれるんだね。よかったね。
緒方文武の母 本当によかったです。自信がついたみたいです。
加来典誉 自信がつきましたね。早稲田の政経を出て会社の経営しているって言ったら、誰もおかしいと思いませんね。
緒方文武の母 ははは、おかしくないですね。
加来典誉 当然ですね。
緒方文武の母 当然です。
加来典誉 早稲田の政経を出て、病気になって、病気が治ってから、会社経営って、全然、おかしくないです。本当によかった。昔が大変だったってですか?病院時代ですよね。わけわからずに病院に入れられているからですね。「なんで俺は入られているんだ」と思って入っているからね。そこがつらかったんじゃないでしょうかかね。文武さんにとっては。理由がわかっていればね、例えば、ガンになって、胃ガンになって入っているってわかっていればね、「俺も入っておかないといかんな」と思うけど、「俺は何も悪くないぞ」と思って入っていたら、腹が立ちますけどね。まぁ、支えにするものが、女性で、実際に彼女を作って女性に支えてもらうのであれば、特に問題がないけれど、いわゆる一般的には認められないような考えに支えてもらっていると、それは妄想と言われますからね。わたしもね、だいたい調子が悪くなると、女の人に頼るんです。一回すごいのがあってね。アイドルの女の子に頼ったことがあるんです。アイドルの女の子から好かれていると思ったことがあるんです。それは本当なんです。
緒方文武の母 そうですか。
加来典誉 わたしも妄想と言われました。入院もしました。贈り物をずっと送ってですね、彼女をモノにしたんです。事務所の意向で反対されてダメになったんでしょう。たぶん。プログラマーの時です。一種の妄想って言われるでしょ?だから妄想の人の気持ちはよくわかりますよ。その人にとっては真実ですからね。周りに人にとっては嘘でも。それに支えてもらっているわけです。急にそれを取るとですね、おおげさにいうと、人間がバラバラになってしまうんです。支えの棒が必要だってぼくは前に言ったんですよ、建物の。
緒方文武の母 聞きました。
加来典誉 家が完成すれば、支えの棒は要りませんからね。今はそういう状態ですから。オメガ教とか言わなくていいでしょ?
緒方文武 言わなくていいです。
加来典誉 必要ないですね。これでいいんじゃないでしょうか。お薬も極限まで減らしました。今後の医療に期待してください、お薬を全部無くすのは。


亀田幸樹さん(統合失調症)

  加来病院病棟

加来典誉 急患さん、また?どんな状態?わたしが診察するの?わかりました。
  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは。どうも。どうしたんですか?困ってますか?
亀田幸樹 困ってます。
加来典誉 どうしたんですか?
亀田幸樹 あの、女優の上原多香子さんが、ぼくのことを愛している。
加来典誉 と、思う。証拠はあるんですか?
亀田幸樹 ないです。
加来典誉 そうですねぇ。いつごろからそういうふうに思うようになりましたか?
亀田幸樹 一週間くらい前から。
加来典誉 好きになったのは?
亀田幸樹 一ヶ月前くらいからです。
加来典誉 まぁ、恋愛ってそんなもんですよ。自分のことを好きなんじゃないかと思ってみたり。お父さんが違うって。それはわからないですよね。神様がね、いるかどうか、わからないですよね。もしかしてひょっとすると、亀田さん、亀田幸樹さんを好きかもしれない。もしかしてひょっとすると好きかもしれない。恋愛したことありますか?
亀田幸樹 ないです。
加来典誉 女なんていくらでもいるや、と思えないんですね。あんまり恋愛したことがないから。この人じゃないといけないとなってしまって。うーん、あの人、結婚しているでしょ。
亀田幸樹 ははは、はい。
加来典誉 TENNさんでしょ?
亀田幸樹 そうですね。
加来典誉 離婚したがっていると。実はね。ぼくも彼女に挑戦したことがあるんですよ。
亀田幸樹 ははは。
加来典誉 まぁ、くわしいことはやめとこう。で、やめた。贈り物を送りまくった。本当に、向こう、好きになったみたい。でも、事務所が、反対したみたい。付き合うの。無理だった。それだけ。なんかやりました?贈り物するとか?
亀田幸樹 やっていないです。
加来典誉 じゃあ、ちょっとおかしいですね。亀田さんのことを知るわけないし。彼女をつくりたいんじゃないですか?要は。幻覚、妄想、幻聴って言うのは、統合失調症の症状なんだけど、妄想の場合、よくお医者さんがマニュアル的に言うんだけど、患者さんの妄想に付き合ってはいけないと。上原多香子に愛されていると、では事務所に電話してみましょうとか、そういうことはやっちゃいかんと。妄想の中身を聞いてみて分析しても意味がないと。ぼくはこういうふうに言っています。妄想の奥にあるもの、例えば、「ぼくは神様です」と、この場合は、偉くなりたいという欲求があるわけ。人に命令したいという。例えば、ある女の人から好かれているという妄想があるとして、その奥にあるのは、彼女がほしいということ。彼女ができたらいいんじゃないでしょうか。上原多香子さんによく似た彼女だったらいいんじゃないでしょうか。暴れましたか?
亀田幸樹 暴れてないです。
加来典誉 では、上原多香子さんに似た彼女をつくりましょうよ。そしたらですね。まず、お願いしたのは、服装をきれいにして、髪型もきれいにして、女性慣れすることですね。何歳ですか?
亀田幸樹 十八歳です。
加来典誉 お父さんにお願いして、お金出してもらって、飲み屋さんに行って、一人で行って、キャバクラに。いろいろ話してごらん、女の人に、お洒落にして。お洒落はね、デパートに行って、うろうろして、自分にぴったりのブランドを見つけること。そこでいろいろそろえてみて、髪の毛もいい美容室に行って、美人の女の人がいるところに行って、「すいません、ぼく、女のきれいな美容師さんが好きで、そこそこうまくて若い人を案内してください」って言えばいいんです。TAYAとかmod’s hairとかいいろあるから。マニアックな人はSHIMAとかに行くけどね。マニアックでもないかな。行ってごらん。長めか、短めかいえばいいから。まず、服装を変えてから、美容室に行くんだよ。逆はよくないです。それからキャバクラに行ってください。好きな人がそこにいると思いますよ。
亀田幸樹 わかりました。
加来典誉 今日は一旦、帰りましょう。寝れますか?
亀田幸樹 寝れます。
加来典誉 ではいいです。帰ってください。お母さん大丈夫ですか?
亀田幸樹の母 大丈夫です。
加来典誉 では、とりあえず、また来週来てください。最初は心配だから。心配だったら、二、三日後に来てもいいです。ただ、わたしは外来診療が月曜日と木曜日だから。もし心配だったら、木曜日に来てください。今日は特別に急患さんだから診たんです。
亀田幸樹の母 よろしくお願いします。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうだった?お洒落と髪の毛もしたようですね。習ったワックスとか?今度、行くの?飲み屋さん。お父さんと?
亀田幸樹 自分でインターネットで調べました。
加来典誉 行ってごらん。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 好きになった?電話番号を教えてくれた。お店用で持っているから。
亀田幸樹 つまらない。
加来典誉 でも、それで連絡取れるから。電話はしないほうがいいです。嫌われるから。メールもあまりしないほうがいい。ときたまメールするぐらい。「こんど、同伴出勤お願いします」っていうだけ。仕事上のことだけ。
亀田幸樹 同伴ってなんですか?
加来典誉 食事を一緒にして、それからお店に行くこと。行ってごらん。かわいい子がいるでしょ?
亀田幸樹 います。
加来典誉 同伴出勤すればいいじゃない。そんなに高くないよ。美味しい食事の場所を覚えておかないといけない。それか、女の子に、「あなたの好きなところに連れてって」っていうと、「かわいい」って言われるかもね。
亀田幸樹 わかった。

  加来病院外来診察室 一週間後
加来典誉 女の子に連れてってもらった。かわいいって言われた。ははは。それはよかった。慣れていくといいね。女の人は、外見や能力よりハートで男を選ぶからね。心意気っていうかね。自分をどれだけ好きでいてくれるか、大事にしてくれるかね。自分勝手は嫌われるから。上原多香子はもういいでしょ。
亀田幸樹 いいです。
加来典誉 お母さん、いいでしょ?
亀田幸樹の母 いいです。ときどき飲み屋に行ってるみたいです。
加来典誉 健全、健全。彼女つくったらいいじゃない?
亀田幸樹 どうやってつくるか聞いてます。
加来典誉 出会い系のバーがあるって聞いた?
亀田幸樹 言われました。
加来典誉 行ってみたらいい。
亀田幸樹 わかった。

  加来病院外来診察室 一週間後

亀田幸樹 彼女ができた。
加来典誉 それはよかった。これでもう終わり。薬もないしね。来たいときに来ていいよ。

  加来病院外来診察室 一週間後

亀田幸樹 セックスしました。
加来典誉 また、なんかあったら来てください。


川口尋子さん(統合失調症)

  加来病院二病等棟診察室

加来典誉 はじめまして。先代の院長に代わって、わたしが主治医になりました、精神科医の加来典誉です。川口さんですね。川口尋子さん。どうぞ、よろしくお願いします。何歳ですか?
川口尋子 十九歳です。
加来典誉 はい。まだ一ヶ月経ってないですね。最初、保護室に入ってたんですね。そうですね、どういう理由で入ったのかな。あの、心の悩みがありましたか?
川口尋子 ありました。
加来典誉 それが原因ですね。寝てましたか?
川口尋子 寝てなかったです。
加来典誉 食べてましたか?
川口尋子 食べてなかったです。
加来典誉 それが原因で入ったんですね。寝てない食べてないで、人間の精神はおかしくなります。治さないと出れません。入院の目標はですね、心の悩みを治すってのもありますけれど、まず、寝ること、食べることを、きちっとやるということを目標にしています。それができたら退院です。それから、社会に出て、おかしな人と見られないようにするということ。例えば、大声を上げて通りを歩いてみたり、服を脱いでみたり。そういうことをするのであれば退院させることはできません。あとは、川口さんにピッタリのお薬を見つけてから退院してほしいというのがあります。カルテを見ると、まだちょっと興奮しているような状態が見られるようですね。まぁ、ちょっとどうしても退院と急がれているようですから、今日聞きますけれどね。川口さんは心の悩みって、恋愛ですか?
川口尋子 恋愛じゃないです。
加来典誉 嘘じゃないかな。
川口尋子 はは、なんでわかるんですか。
加来典誉 なんとなく焦っているっていうので、恋愛だと思って。好きな人がいるんですか?
川口尋子 好きな人がいます。
加来典誉 どういう人ですか?どういうい人って聞いたらいけないですかね。
川口尋子 聞いてもいいです。
加来典誉 どこの男の人ですか?
川口尋子 学校の。
加来典誉 大学?
川口尋子 専門学校です。
加来典誉 一緒になりたい。一緒になれなかったんですね。その人がいいのか、絶対にその人じゃないといけないのか、その人みたいな人でもいいのか、それはどっちですか。
川口尋子 その人みたいな人でもいい。
加来典誉 そしたら、その人じゃなくても出会いはありますよ。その人がね、川口さんみたいな女性が好みかどうかわからないわけです。男性というのは好みがありますからね。例えば、背が高い人が好きな人、わたしはどちらかというと背が高い女の人が好きです。背が小さい人が好きな人もいます。胸が大きな人が好きな人がいるだろうし、髪の毛がストレートで多い人がいいという人もいるし、そんなのは気にしない、胸が大きければいいという人もいます。好みがあるからね。川口さんみたいな容姿が好みの、今、川口さんが好きなタイプの男性が現れれば、うまくいくわけです。だから、無理やり今、好きな人と一緒になろうとしても無理な話。探さないといけない。いっぱい人と接してね。どうやって接するかでしょ。出会い系のバーっていうのがあるんですよ。わたし何度も何度も患者さんに言っているんですけれどね。大名あたりにあるらしいんですよ。女の人がね、川口さんみたいな人がカウンターに座るんですよ。あら、二十歳以上が飲酒可能かな。二十歳になってからね。オレンジジュースならいいのかな。入ったらダメなのかな。まぁ、二十歳になってからです。で、座ってて、「ちょっといいですか」って男の人がやって来るわけです。あんまり好みじゃなっかったら、「ごめんなさい、わたし、ちょっと合わない感じ」というと、どっかに行ってくれるから。ずっと試している間に、うまく行くということです。まだ、私服を見たことがないから、部屋着しか見たことがないから、どれだけ川口さんがお洒落する人がわからないから。お洒落にはなっとかないといけない。髪の毛もきちんとして。似合う髪型と洋服にして、そういう所に行って、うまく彼氏が作れるといいですね。とりあえずその人じゃないといけないというのは・・・、その人は一緒になってどれくらいですか?
川口尋子 一年です。
加来典誉 うまくいかなかった?
川口尋子 うまくいかなかったです。
加来典誉 あんまり、好みじゃないんじゃないかな、川口さんのこと。悪いけどね。男は違うけどね。女の人のことを男が好きになって、一回、ダメって言われて、あきらめるようでは、それはいけない。
川口尋子 そうですか?
加来典誉 やっぱり食らいついていく男の人が好かれます。ストーカーはしてはいけないですけどね。食らいついていく男の人を女の人は好きになります。ここまでわたしのことを愛してくれているということで、嬉しくなって一緒になるとか。男の場合は、好みというのがあるので、無理ですね。そういうふううになっているです。身体が。脳がね。だから、例のその人みたいな人で、川口さんみたいな人が好みだという人を見つけれるのが目標です。そんなに急がなくていいですよ。もうちょっと待ってください。少し、精神が落ち着いて、食事をちゃんとして、夜、ちゃんと寝て、ゆっくりしているということがわかって、退院だから、長くて三ヶ月と思ってください。後、もう一ヶ月以内にはもう出られるんじゃないかな。できそうじゃないかなと思ったら、外泊させますから。させますって言ってごめんなさいね。外泊して、外で泊まっていいですから。自分の家で。アパートですか?
川口尋子 アパートです。
加来典誉 実家があるでしょ?福岡市内に。
川口尋子 あります。
加来典誉 じゃあ、そっちの実家に泊まってください。そっちのほうが楽じゃないかな。退院してしばらくは、もちろんアパートもあるだろうけど、実家に暮らしたらどうですか?で、少し経ってから、部屋の掃除をして、アパートに移ったらいいんじゃないかな。そのほうがいいと思います。ちょっと、それで様子を見ましょう。いいですか?
川口尋子 いいです。

  加来病院二病等棟診察室  一週間後

加来典誉 だいぶ落ち着いたみたいですね。よし、外出してみましょうか?
川口尋子 いいんですか?
加来典誉 外出、二回ぐらいしてみましょう。一週間に一回。土曜日にね。土曜日はダメだね。金曜日かな。何曜日がいいかな、師長さん?
長谷川町子 金曜日です。
加来典誉 金曜日。お父さんかお母さんにお願いして、外出させてもらってください。許可出しておきますから。午前十時から午後四時まで。一回、二回。あと、二回外泊して、退院でいいと思います。もし、外出や外泊で失敗したら、退院が伸びます。失敗というのは、興奮状態になるということ。特殊な興奮状態になると、これはいかんぞということになります。興奮というのは、大声を上げたり、人にいろいろ話しかけたり、むやみに気になるとか言ったりとかが、興奮状態。
川口尋子 わかりました。

  川口尋子、二回外出して、二回外泊して退院。

   加来病院外来診察室

加来典誉 もうちょっとお洒落にならないといけないかな。
川口尋子 そうですか。
加来典誉 雑誌で研究してみると面白いですよ。なかなか美人の友達は、友達になってくれないと思う。美人の女の子は、高嶺の花だよね。
川口尋子 そうですね。
加来典誉 無理だもんね。あの人たちから勉強するのが一番早いんだけれどね。だから、ネットカフェに行って、雑誌をいっぱい見るんですよ。で、どれが自分に合うだろうって、いろいろ考えならら見て、これがかわいいって見つけて、それを参考にして、お店に行って買ってみるといい。女の人の洋服屋さんのほうがずっと多いから、適切な値段でね、そこまでたくさん払わなくても、うまく組み合わせれば、お洒落ができるから。ぜひそういうふうにしてみてください。そして、それから美容室に行ってくください。学校に行ってますか?
川口尋子 行ってます。
加来典誉 ちょっとそれでやってみてください。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 だいぶ綺麗になりましたね。美容室も行った。いいんじゃないですか。だんだん成長している感じで。ネットカフェで研究した。楽しいでしょ。お母さんが真面目なんでしょ?
川口尋子 真面目です。
加来典誉 だから、わからないんじゃないかな。お母さん、お見合いかな?
川口尋子 お見合いです。
加来典誉 じゃあ、わからない。この病気になる人はね、親がお見合いで、つまり、恋愛が原因で、この病気になる人はね、だいたい親がお見合いで結婚している人が多いんじゃないかととぼくは思う。予想だけどね。わからないんだよね、親が、どうやって恋愛したらいいか。だから、自分で切り開いていかないとね、尋子さん。なんとか自分で見つけていかないと。わたしもそうだった。わたしも親がお見合いでわけがわからなかったら。自力でなんとかしないと。苦労は多いけどね。まぁ、大丈夫だから。どのみち、綺麗になって、出会い系のバーは二十歳になったらいけるから、それまで自分を磨く作業をしてね。あと、ホストクラブに、お金をためて、バイトして行ったらいいですよ。ホストクラブでいろいろお話を聞いて、どういうふうに男の人とお話したらいいのか、教えてもらえるから。それはダメだよ尋子ちゃん、とか言われるから。行ってみたらいいですよ。ホストクラブはいいんじゃないかな。お酒を飲まなければ。未成年者っていうことになるのかな。聞いてみてください。最初は、お父さんと一緒でもいいよ。中洲がちょっと怖いなら。
川口尋子 わかりました。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 行ってみたの?お父さんと一緒に行ったの?
川口尋子 大丈夫だった。面白かった。
加来典誉 だいぶ参考になったんじゃない?どういうふうに考えるか、男の人が。好みがあるとか。
川口尋子 言われた、言われた。
加来典誉 好みがあるからね、男の人はね。どうしても、その壁は越えられないから。あのね、えー、こんな人がいいの、っていう人が好きな人もいる。童顔で目が離れていて、鼻が低いような人。そう言う人いるの。知ってるから。わたしの先輩だから。病気になる前の。プログラマーで働いていた時に病気になって、やっぱり医者になった方がいいんじゃないか、とお父さんに言われて、医者になったんだけど。おれは一応、九大だけどね。そこそこ頭が良かったんだろうね。おれはなんとかなった。そんなかんじ。好きな人?いるよ。うまくいってない。本田茜さんていう人。スポーツクラブのインストラクター。なかなかうまくいかなくてね。ぼくはあきらめないどこうと思っている。ぼくはね、その人みたいな人がいいんじゃなくて、その人が好きだから。無理だからね、他の人は。結婚してしまって、どうしようもなくなってしまったら、そしたら、どうしようもない。そうでない限り、ずっとあきらめないで挑戦し続けようと思っている。尋子さんも、そのうちモテるから、大丈夫。

   加来病院外来診察室 一年後

加来典誉 出会い系のバーで彼氏ができたんですね。これでいいでしょ。
川口尋子 いいです。
加来典誉 では、二週間に一回だったけど、一ヶ月に一回でいいです。それを三ヶ月、四ヶ月、五ヶ月、様子見て、良かったら、来なくていいです。気が向いた時だけでいいです。お薬も・・・、あ、お薬出しているんだ。無理なんだ。今、面白いようにしているんだよ。ルーランとか統合失調症の薬は無くなったでしょ。
川口尋子 無くなった。
加来典誉 感情調整薬だけにしているんだよね。いわゆる躁鬱病の薬。無くせる可能性があるんだよ。将来、薬をなくせるといいね。来なくていいにしたいんだよ。面倒くさいもんね。薬の飲むの。忘れるもんね。ちょっと今、研究していますから、よろしくお願いします。


川田浩司さん(自殺未遂)

  加来病院病棟

加来典誉 はい。入院患者さん。他の病院からの搬送。はい。どんな感じですか。脚の骨折。自殺未遂ですか?
ナース そうです。自殺未遂です。
加来典誉 では、一般病棟で。
ナース はい。 
加来典誉 とりあえず、診察したほうがいいですか?
ナース いえ、まだです。もう少し落ち着いてから。
加来典誉 わかりました。来週頃ですね。お名前は?
ナース 川田浩司さんです。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 あの、大丈夫ですか?落ち着いてますか、今?
川田浩司 落ち着いています。
加来典誉 今、後悔していますか?
加来典誉 していないです。死にたいです。
加来典誉 今、あまりその理由は言いたくないかな。
川田浩司 言いたくないです。
加来典誉 また、ここから出てしまうと、自殺したくなるんじゃないですか?
川田浩司 そうです。
加来典誉 川田さんが自殺されて、悲しむ人がいるのはわかりました?
川田浩司 わかります。
加来典誉 でも、それ以上に苦しい感じ。
川田浩司 そうです。
加来典誉 いつ言います。その理由を。ずっと言いませんか?
川田浩司 いえ、言ってみます。いつかは。
加来典誉 ちょっと心が落ち着いてきたら、言ってみましょうか。
川田浩司 そうですね。
加来典誉 食べ物はあまりおいしくないですけどね。まぁ、そろそろ言っていいかなと思ったら、言ってください。退院するまでには一回、言ってください。じゃないと、また死にたくなる。わたしも、できるだけこの世の中にいるのが嫌じゃないようにアドバイスできればと思っているんです。アドバイスしかできないんです。お医者さんは。命令じゃないから。こうしなさい、とかじゃなくて、こうしたらいいんじゃない、っていうだけですから。それはお医者さんの宿命だから。
川田浩司 わかりました。

  加来病院第一病棟診察室 三週間後

川田浩司 お金が足りないんです。
加来典誉 ああ、そうですか。お金が。何に使うんですか?
川田浩司 結婚。
加来典誉 結婚にお金が足りないって、自殺したら・・・。
川田浩司 そうですね。
加来典誉 意味ないですよね。結婚はお金がなくても、なんとか。同居するだけの費用があれば。他にお金が必要なんですか?
川田浩司 そうです。
加来典誉 なんか使っちゃた?
川田浩司 そうです。
加来典誉 借金抱えちゃった?
川田浩司 そうです。
加来典誉 競馬か、パチンコか、なんかですか。
川田浩司 パチンコでやってしまいました。
加来典誉 自己嫌悪してしまっているんですね。
川田浩司 そうです。自己嫌悪です。
加来典誉 うーん、何万くらいですか?
川田浩司 三千万くらいです。
加来典誉 そんなにないですよ。実際には。
川田浩司 そうですか。
加来典誉 あの、親戚から、お金を集めて、百万は集まると思う。親戚全員から。親戚、何人いますか?
川田浩司 三十人くらいです。
加来典誉 一人、三万出してもらって。
川田浩司 ちょっと厳しいですね。
加来典誉 じゃあ、もっと少なくして、一人、二万とかにして。
川田浩司 そうですね。
加来典誉 弁護士さんを雇うんですよ。そしたら、安くなるから、七百万とか、八百万とか、一千万とかになると思います。一千万ならなんとかなる。
川田浩司 そうですね。
加来典誉 高い車のローンくらいだから。弁護士さんに一度、相談したらいいです。まず、五千円くらいで相談できる弁護士の事務所がありますから。いっぱい弁護士が登録している。ビルの中に。そこにどういう弁護士がいますか、と聞いて、紹介してもらって行くといいですよ。そこは五千円だから。お金を用意して。だいたい弁護士さんは百万だから。返せることがわかっても、結婚はできなくなるんですか?
川田浩司 そんなことはないです。
加来典誉 退院したら、行ってみましょう。

   加来病院外来診察室 二週間後 (退院後)

川田浩司 弁護士さんの所に行ってみました。やっぱり多すぎるみたいじゃないかという疑いがありました。百万集めようと思います。
加来典誉 それがいいですよ。無駄な百万じゃないから。借金が減りますから。返済プランを立ててくれるから。今の収入に見合った返済プランを。
川田浩司 わかりました。

   加来病院外来診察室 一週間後

川田浩司 やっぱり行ってきました。お金が集まったので。二、三万ずつ集めて。行ってみたら。やっぱり多すぎました。一千万くらいでした。
加来典誉 わたしもなんとなくわかるんですよ。人から聞いたことがあるから。一千万で、返済プランもできたんですか?
川田浩司 十分です。
加来典誉 これでいいでしょ?
川田浩司 いいです。
加来典誉 他に死にたくなることありますか?
川田浩司 いや、もうないです。
加来典誉 そしたら、もう、二週間にいっぺんを一回、二回して、あとは来なくていいですよ。
川田浩司 そうですか。

   加来病院外来診察室 四週間後

加来典誉 後は好きな時に来てください。死にたいと思ったら、来てください。
川田浩司 わかりました。
加来典誉 わたしのところに相談してください。死にたいという気持ちがふくれてどうしようもないという時に来てください。


北野武さん(統合失調症)

   加来病院外来

加来典誉 あ、はい。あ、措置入院ですか?今、警察が連れてきた。あ、そうですか。どんな状態ですか?暴れまわっている。警察が抑えている。保護室ですかね。わたしが主治医ですか?北野武さん。あ、そうですか。ひとり、警察と。わかりました。じゃあ、親御さんが・・・。今、何歳の人ですか?わからない。よし、警察の方に聞いてみましょうかね。警察の方・・・。
警察官 あ、はぁ。
加来典誉 どういう方なんでしょう。
警察官 わからないんです。素性不明です。
加来典誉 ああ、一旦入れておきましょう。
警察官 注射とか?
加来典誉 いや、わたしはあまり注射とかはしたくない人なんです。
警察官 そうですか。
加来典誉 あの、ちょっと様子見てから、処方する感じなんです。沈静注射は効き過ぎますからですね。記憶が飛んだりするんですよ。ちょっと様子見ましょう、保護室入れて。
警察官 わかりました。
加来典誉 保護室入れたら、なんとかなりますから。
警察官 なるほど。
加来典誉 とりあえず、今、入れてますから。わたしたちが。警察さんの方でやることが何かありますか?書類の手続き。わかりました。ちょっと事務所でやっていてください。
警察官 わかりました。
加来典誉 職業は?
警察官 それが言わないんですよ。
加来典誉 困るでしょ?
警察官 困ります。
加来典誉 どうしようかな。じゃあ、落ち着いてから。ちょっと残ってもらえますか?なんとかコミュニケーションしてみますよ。
警察官 そうですか。

   加来病院第一病棟

加来典誉 保護室入った。入った。美人さんは?一人しかいない。亀井さんだけ。美穂ちゃんは?いる。じゃあ、みぃちゃんと亀井さんで行こう。いやだって?なんで、いいやないね、みぃちゃん。落語するっていう予定だったじゃない。みぃちゃんの美人落語って、さ。やってよ、みぃちゃんの美人落語。患者さんが暴れているのが止まるからさ。なんでしないの。みぃちゃんの美人落語しようよ。行かない?行く。じゃあ、行こう。亀井さんとみぃちゃんで行こう。怖いの?
中村美穂 怖くないよ。
加来典誉 どんなことしたの?
ナース 自動販売機を蹴りまくっていたそうです。大声上げて。
加来典誉 あ、ほんと。それだけですか。壊していた。じゃあ、行ってみましょうかね。氷も水も持っているし。

   加来病院第一病棟保護室

   北野武、暴言を吐いて暴れまわる。一同、入室。北野武、暴れまわったまま止まらない。

加来典誉 よし、例のやつしよう。みんな正座しよう。
中村美穂・亀井はるか なんでですか。
加来典誉 とにかく。
加来典誉 かいきょうげー。むじょうじんみみょうのほうわー、
北野武 ははは。
加来典誉 笑い出しましたね。まだ聞きたいですか。もっと聞きたいですか。わかりました。ひゃーくせんまんごうにもあいおうことかたし、わーれ、いまけんもんしじゅじすることをえたり。ねがわくはにょらいしんじつのぎをげせん。
北野武 もういいです。
加来典誉 面白いでしょ。
北野武 面白い。はははは。
加来典誉 沈静する作用があるんです、お経って。落ち着くんです、日本人は。
北野武 はははは。
加来典誉 面白いでしょ。悲しみにくれている時。お亡くなりになってね。ああ、悲しい、どうしようか、生きられない、という時に、お経を聞くとほっとする。
北野武 はははは。
加来典誉 どうしたんですか。自動販売機、蹴ったりして。
北野武 わけわからん。
加来典誉 お父さんと、お母さんの名前くらい教えてくれませんか?警察が連れてきたから、危ないということです。
北野武 そうなんよ。
加来典誉 あのね。一応、措置入院という形になっているんです。あ、お母さんに知られたくないんでしょ?
北野武 うん、その通りです。お母さんに知られたくない。
加来典誉 あ、じゃあ、秘密で退院します?医療費が。どうなるんだっけ、みぃちゃん、医療費?国が持つの?国が持つ。やっぱり無理なんですよ。保護者が必要?必要。みぃちゃんに来てもらってよかった。お母さんに来てもらおう。お兄ちゃんもいる。今、二十二歳ですか。北野武さん。
北野武 ちょっと怒られる。
加来典誉 ちょっと聞きたいことがあるんですが。ちょっとお水でも飲みませんか? のど渇いたでしょ。薬は入ってないですから。わたしたちも飲みますから。コップはどれでもいいです。わたしたちが先に飲みますから。絶対に薬は入ってないです。

      一同、氷入りの水を飲む。北野武、二杯飲む。

北野武 大丈夫。おいしい。
加来典誉 だいたい気が狂っている時はね、お水が美味しいんです。
北野武 そうですか。うまいです。おいしい。治った。お経の力。
加来典誉 昔、悪霊退散とかで調伏って、やってましたよね。お母さん、呼んでみる?ちょっと、みぃちゃん、書くもの持ってくる?そこらへんにあるもの。電話番号とお母さんの名前。お兄ちゃんも来てもらおうか。お兄ちゃんも来てもらおうか。お母さんと二人きりだと、怒るんじゃないかな。なんですか、寝れなかったんですか?
北野武 寝れないことはなかった。
加来典誉 食べてないとかですか?
北野武 食べてないことはない。
加来典誉 なにか心の悩みはないですか?
北野武 ない。
加来典誉 じゃあ、脳疾患だ。あのね、心の悩みからきてる統合失調症と、統合失調症ていうのは、暴れ回る病気なんです。例えばね、ちょっと水飲んで落ち着いたっと思うんですけれどね。ハッキリ見えませんか、世の中が?
北野武 見えます。
加来典誉 あの、ゴミとか、ハッキリ見えます。これが怖い、恐ろしい。
北野武 恐ろしい。
加来典誉 これがね、ドーパミンていう物質がいっぱい出ると起こるんです。普通はね、食べてない、飲んでない、寝てない時に、いっぱい出るんです。これは危険信号なんです。いっぱい注意させておいて、いっぱい食物を集めたり、寝ないといけないから、注意喚起物質として出るんです。いっぱい情報を集めようとするんです。でも、通常なのに、情報がいっぱい来てしまうと、混乱して暴れだすんです。
北野武 なるほど。
加来典誉 わかるでしょ。
北野武 わかります。
加来典誉 脳疾患だから、お薬飲まなないと。注射とかじゃないですから。今、いいお薬ありますから?痩せる体質ですか?太る体質ですか?
北野武 太る体質です。
加来典誉 ああ、太りたくないから、ルーランあたりがいいかな。リスパダール、セロクエルもあるけれど。どれがいいかな。わたしはルーランが好きなんですけど。まぁ、ルーランが合わないようだったら、別の薬にしましょう。軽めの薬を今、入れて起きますから。ちょっと飲んでみてください、ルーラン。もう、話ができる状態だから。ちょっと、お父さん、お母さん・・・。
北野武 お兄ちゃんに電話しよう。お兄ちゃんがいい。お母さんが怖い。
加来典誉 警察の方には、一応、お母さんの電話番号を教えないといけないけれど、お母さんに電話するのはやめておいてくれと言っておきましょう。お兄ちゃんに電話してもらって、お兄ちゃんからお母さんに電話をしてもらいましょう。ちょっと待っていてくださいね。わたしにいて欲しいでしょ?
北野武 いて欲しい。
加来典誉 じゃあ、みいちゃんと亀井さんはそういうことで言っておいて。大さん。北野大さん。ちょっと、お兄ちゃんに言って欲しいと、警察の方に言っておいて。そして、北野さんから、大さんからお母さんに言ってもらうようにしよう。来てらおう、ご両人とも。なんか食べたいものないですか?
北野武 饅頭が食べたい。
加来典誉 なんの饅頭ですか?
北野武 なんでもいい。饅頭が食べたい。
加来典誉 お茶と。
北野武 お茶と饅頭がいい。
加来典誉 二個くらい。お茶と饅頭。お母さんに。
北野武 お母さんに。
加来典誉 大さんにお願いして、間接的にお願いして。そうしましょう。みぃちゃんお願いします。
中村美穂 わたしがやります。
加来典誉 警察さんと一緒にやってごらん。
中村美穂 わかりました。
加来典誉 だいぶ落ち着いてきましたね。食べ物食べるとだいぶ落ち着きますよ。どうもね、人間の体のバランスを保つのは、食べ物と飲み物みたい。冷水っていうのは結構、効くんですよ。これは普通ですね。薬を飲めば治りますよ。今、電話しているところです。戻ってきますからね。戻ってきた。大さんに電話してみた。連絡取れた。お母さんに言ってみるって。饅頭とお茶を。あーよかった。二人で来てくれるって。もう一時間で来れるそうです。とりあえずお薬を飲んでですね、一番いいお薬を探すのが入院の目的なんです。この病院に入ってですね、ここは精神病院なんです。
北野武 わかってます。
加来典誉 ここに入ると、特殊施設と思う人がいるんです。
北野武 あ、そうですか。
加来典誉 そうじゃなくて、普通の病院だから、あの・・・。
北野武 先生、やさしいですね。
加来典誉 そうですか。わたしはこういうアプローチでいく人なんです。無理やり薬を飲ませたりしない人なんです。お薬をたくさん入れないで、というのは、お薬を入れると副作用が出るから、いろんな薬を試してみて、これでOKというところで退院してもらう。一番このお薬がいいな、という頃。だいたい一ヶ月から二ヶ月じゃないですかね。
北野武 そうですか。
加来典誉 お仕事は?タレントさん。それは大変。タレントさんなら、大丈夫ですね。お笑いタレント。そうですか。なんとかなりますよ。少し休んでも。お兄さん、大学教授。うわ、すごいですね。
北野武 すごいですよ。兄貴が羨ましくて。
加来典誉 そうですか。
北野武 タイプが違う。
加来典誉 たぶん脳疾患のせいじゃないかな。武さんの。知的レベルでは同じだと思う。
北野武 そうでしょうね。
加来典誉 知的レベルでは同じ。脳疾患で、どうしても精神が暴れてしまう。一応、ルーラン入れておきます。二日ぐらいここに入ってもらいます。ちょっとゆっくり鎮静する時間が必要なんです。そして閉鎖病棟に入ります。えー、なんでと思うかもしれないけれど、同じ風景を見たり、同じ人を見ると、刺激が少ないんですよ。開放病棟になると、いろんな人を見て、刺激が増えて、また悪くなるんです。できるだけ刺激が少ない所に入るほうが無難なんです。だから、一応、閉鎖病棟で。閉鎖病棟から退院もありますから。措置入院って言ってますけれど、関係ないですよ。措置入院は入院代は国持ちみたいですけれど。お母さんのことだから、わたしが払いますって言うんじゃんないかな。立派なお母さんみたいだから。
北野武 そうですね。
加来典誉 ご迷惑をおかけするとかね。
北野武 その通りです。おふくろ、そういうこと言うんですよ。
加来典誉 ま、来てもらいましょう。饅頭持ってきてくれますよ。ちょっと待っときましょうね。別の患者さんが来ると、出ていかないといけませんけれど。大丈夫でしょう。苦しかったですか?
北野武 苦しかったです。
加来典誉 薬飲んでみませんか?ルーラン。処方してみましょう。ちょっと待ってください。すぐ効くわけではないですけれど。リスパダールの水薬がありますよ。リスパダールの水薬は即効性がありますよ。少し量が多いけれど、飲んでみてください。
北野武 あ、おさまりました。おさまった。
加来典誉 リスパダールがいいですかね。
北野武 わからん。ルーランでいいかもしれない。
加来典誉 ルーランを出しておきましょうね。
北野武 あ、終わった。
加来典誉 脳疾患だったんだと思います。遺伝子の問題です。
北野武 そうですか。
加来典誉 武さんが悪いわけではないです。お母さんが悪いわけでもないです。たまたま遺伝子の配合がそうだっただけで。あ、お母さんが来た。大さんが来てない。来てる。
北野武の母 本当に馬鹿な子で、何やってるの。
北野武 おふくろ、すまん。でも、脳疾患みたい。
北野武の母 脳疾患って何?
北野武 あの、脳の病気って。
北野武の母 あ、本当。
北野武 どうしようもないらしいんだ。あの、おれが悪いわけじゃないらしいんだ。
北野武の母 それは、また、あんたが色々こねくりまわして。
北野武 いや、そうじゃなくて。先生が言ってるから。
北野武の母 あ、本当。
北野武 脳疾患って。脳の病気なんだって。
北野武の母 あ、本当。
北野武 今、リスパダールっていう薬を飲んで、楽になったんだ。イライラが取れてきたから。ルーランっていう薬を飲んでだいぶ落ち着くだろうって、言われてる。ちょっと飲んでみる。
北野武の母 じゃ、いいんじゃない。買って来たよ。饅頭とお茶。
加来典誉 食べるともっと落ち着きますよ。
北野武 あー、落ち着く。落ち着きますね。不思議。
加来典誉 食べてない、寝てないが、そういうのが一番、大変なんですよ。よかったですね。お母さん、安心ですよ。武さんが悪いわけじゃないんですよ。
北野武の母 あーそうですか。
加来典誉 あの、遺伝的な・・・。お母さんが悪いわけでもないんですよ。遺伝子というのはたまたま決まるものなんですよ。お父さんの遺伝子とお母さんの遺伝子が配合されて、勝手に決まるものなんです。だから、武さんが悪いわけじゃないんです。
北野武の母 わかりました。
加来典誉 だから、武さんを責めないでください。大さん。
北野大 ぼくはもうわかってたよ。武はちょっと違ったもんね。ときどき、がーんと怒ることがあるもんね。まぁ、いいんじゃない。これで。
加来典誉 ちょっと副作用がありますけれどね。眠くなったりとか。それは耐えなければいけないけれど。暴れまわるよりはいいでしょう。だいたい一ヶ月、二ヶ月の入院と思ってください。一ヶ月目は、一番、最適な薬を見つけて、二ヶ月目は、外泊っていって、一週間にいっぺんくらい、お家に帰って、大丈夫だって確認して、退院っていう形にしていこう。じゃあ、やってみましょう。
加来典誉 お母さん、来てくれます?週に一回くらい。
北野武の母 いいですよ。週に一回くらい。
加来典誉 お菓子を持ってきて。
北野武 それはいいね。嬉しいね。
加来典誉 大さん?
北野大 わたしはちょっと忙しいんですよ。
加来典誉 そうですか。じゃあ、お母さん、来てもらって。
北野武 いいです。わたしもそれが嬉しいです。週にいっぺんくらい・・・。あーよかった。
加来典誉 あの、一応、保護室を出たら、七日間は私物が持てないんです。
北野武 持てない。
加来典誉 すぐ保護室に戻る人がいる。
北野武 なるほど。
加来典誉 なんとかなりますよ。
北野武 わかりました。
加来典誉 楽しみですね。
北野武 楽しみです。

   加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 一応、きれいに治っている感じ。特に暴力的なところはないみたい。これでいいんじゃないかな。あとは何回か外泊して退院するだけ。

   加来病院外来診察室 一ヵ月後(退院後)

北野武 特に困ってないです。楽になりました。
加来典誉 芸のキレは?
北野武 芸は悪くなってないです。
加来典誉 それなら大丈夫だ。きちんとやっていけますよ。オープン(病気を公開)にするんですか?
北野武 オープンにはしないです。
加来典誉 じゃ、これでいいんじゃないですか?診察は、一週間にいっぺんから、二週間にいっぺんになって、一ヶ月にいっぺんになると思います。
北野武 よかったです。ありがとうございます。
加来典誉 これでいいですね。お母さんは。
北野武の母 わたしもいいです。
北野武 あー、よかったです。
加来典誉 では、これで終わりです。じゃ、一応、薬は飲み続けないといけないということで、よろしくお願いします。


木村好文さん(統合失調症)

   加来病院病棟

加来典誉 急患さん?暴れているの?暴れている。男の人?男の人。わたしが担当するんですか?主治医。わかりました。では、いつものように亀井さんと久家さんを呼んでください。お休み、両方とも。ほんと。では、わたしだけで行くかね。
ナース なんで美人なんですか?
加来典誉 美人がいいのよ。美人を連れて行くと、暴れているのが止まるから。美人を連れて行くと、ここが病院ってわかるのね。ごっつい男の看護師とかを連れて行くと、怖いところ、拷問を受けたりする特殊施設と思うのよ。だから、美人さんを連れて行くとさ・・・。
ナース ひどい。
加来典誉 ははは。女の人でもわかるでしょ。美人の看護師さんが来たら、安心と思うでしょ?
ナース 思います。
加来典誉 それで美人を連れて行くんですよ。若くてピチピチで、若くなくても、三十五ぐらいでもいいですよ。美人さんでね。そしたら、ここが普通の病院だなってわかるでしょ。それで連れて行くんです。わたしの好みなんですよ。二人とも。わたしは好きな人、他にいますけれどね。では、ちょっと行ってきます。保護室ですね。今、連れて行っている。保護室に入ったら教えてください。ああ、密閉型、鉄格子じゃないところね。新しく出来た。あ、鉄格子があるところね。勘違いしてました。密閉型ないもんね。怖いもんね、密閉型。怖かった。ぼく、知ってるから、密閉型。
ナース なんですか?
加来典誉 ガスが出たら大変でしょ。殺すやつ。怖いなー。あるらしいよ。うちはないね、わたしの父がやってるから。ちょっと行ってみようか。
加来典誉 入った。鉄格子からでもいいけれど、こっちの普通のドアから行こう。
ナース 大丈夫ですか?
加来典誉 大丈夫、大丈夫。なんて名前?木村さん。木村さん大丈夫ですか?(ノックして)
木村好文 大丈夫じゃない。ふざけんな。
加来典誉 あの、叫び疲れて、何か飲みたいんじゃないですか?飲み物とか。お薬は入れませんよ。ぼくも飲むから。
木村好文 ほしい。
加来典誉 じゃあ、入っていいですか?
木村好文 入っていい。
加来典誉 そしたら、お水と氷を持ってきてください。ちょっと待ってください。入りますから。コップを二つ持ってきてください。薬ははいりませんからね。ここは病院です。精神病院。精神が少しおかしくなった人が来るところです。うーん、ちょっと待ってくださいね。お水を飲むと、だいぶ調子よくなりますよ。食べ物をちゃんと食べてないでしょ?
木村好文 食べてないです。
加来典誉 食べ物を、食べたり、飲んだりすると、だいぶ気分が落ち着きますから。食べてない、飲んでない、寝てない、これで調子を崩しますから。だいたいここらへんなんですよ、おかしくなるところ。ここが基本。水が来ました。紙コップだけれどね、両方、どっちでもいいですよ。わたしも飲みますから。氷も入れて。いっぱいある。入れますよ。これなら、大丈夫ですね。これが木村さんですね、では、わたしはこれがわたしですね。わたしが先に飲みますね。どうですか?大丈夫。おいしいですか?
木村好文 おいしい。
加来典誉 飲みたいですか?
木村好文 飲みたい。
加来典誉 精神が狂っている人には、水を飲ませるのが一番いい。食べ物より水がいい。ブルブル震えている人とか。だいたいそうなの。昔から知っている人がいる。お医者さんじゃなくても。わたしもおかしくなったことがあって、水を飲んだことがあった。末松さんっていう親戚の会社の女性の店員さん。上原多香子さんから愛されているっていうふうに考えて、おかしくなっているときに、水を飲んで助かった。不思議だね。でも、入院することになった。どうしてたの?なんかあったの?眠れなかったの?
木村好文 眠れなかった。
加来典誉 眠れないのはなんでかな?恋愛?
木村好文 恋愛じゃない。
加来典誉 なんでかな。試験に落ちた?
木村好文 そうじゃない。
加来典誉 なんでしょう?なんだろうな。失敗した?
木村好文 失敗しました。
加来典誉 試験?
木村好文 試験じゃない。
加来典誉 恋愛?
木村好文 恋愛じゃない。
加来典誉 なんで失敗したんですかね。うーん、わからない。
木村好文 あのですね、恋愛・・・。
加来典誉 恥ずかしくて言えなかった。
木村好文 うん。
加来典誉 うーん、そうだなー。あの、ちょっとね、真面目な方だろうから、真面目に考えすぎて失敗してしまったんだね。女なんて、いくらでもいるわ、と思っている人なら、思い悩まないんだけどね。特に恋愛ていうのはね、失恋するとね、全人格を否定されたような気分になるんだよね。お前は悪い人間だ、ダメな人間だと、決めつけられたような気がする。だからきついんだよね。じゃあね、とりあえずね、恋愛の悩みはね、退院してから、考えましょう。恋愛できるようになりましょう。今まで付き合ったことがないんですよね。わたし、わかりますよ。一回付き合ったことがあったら、こういうふうにならないから。今、十八?まだ若いからできますよ。四十とかじゃないんだから。うん。精神科に入って、四十になって、、全く恋愛したことがないっていう人もいるから。いるよ。もう先生が、あきらめなさい、一方で、あきらめなさいっていう方針で治療しているわけよ。あなた恋愛できないって。ちょっとここだけだけど。反対なの、そういう治療。それはいかんと思っているんよ。意味ないんよ。うつうつとしてね。患者さんが不満なんだ。QOLっていってね、「Quality Of Life」ていっていうんだよ。患者さんの生活の質が重要だと。症状が改善したからよかろうと、そういう問題じゃななくてね。患者さん本人が幸せじゃないと意味がないって。例えば、外科手術でさ、脳の手術をすると、で、女の人を丸坊主にしたほうが清潔だと。どう思う?これは、ひどいよね。
木村好文 ひどい。
加来典誉 今、丸坊主しないもんんね。毛があったままでいいもんね。手術。カパッって開けて。消毒をうまくしてやるから。そのほうがいいでしょ。今、ようやくわかったんだ。剃らなくていいって。可哀想でしょ。男の子もそうだよね。丸坊主にされたくないもんね。ということです。じゃあ、寝て食べるようにしましょう。寝れるよう、食べるようになりましょう。睡眠薬を使ってもいいから。寝れないなら。例えば、十一時、十二時になっても眠れないなら、看護師さんに言ってください。看護師さんが一時間おきにくるから。看護師さん、すいません、睡眠薬くださいって言えば、飲ませてくれるから。それで、すとんと寝れるから。まぁ、中くらい強いのをあげておくから。弱いのもいいけれど、中くらいをやっておこう。一番強いのはいきなり寝る。べゲタミン。すごいよ、べゲタミンAとべゲタミンBがあってね。Aは殺人級だから。一瞬で寝る。ダメダメ。慣れちゃうから。
木村好文 わかりました。
加来典誉 じゃあ、ちょっと様子見て、ここに二、三日、居ってごらん。で、どう、お母さん一緒に来てるよね。欲しい物ない?食べ物?コンビニがあるよ。
木村好文 あ、そうですか。
加来典誉 食べ物ない?おいしい物、食べたいんじゃない?
木村好文 食べたい。
加来典誉 何が食べたいの?
木村好文 ヨーグルト。ブルガリアヨーグルト。
加来典誉 大きいの?
木村好文 大きいの。
加来典誉 それとお茶?ポカリスエット。それだけ。じゃあ、お母さんに買ってきてもらおう。お母さんにここに来てもらおう。鉄格子の向こうから。
木村好文 わかった。
加来典誉 一応、お母さんはこっちから来たらいかん。
木村好文 そうですか。

   加来病院第一病棟保護室 約一時間後

加来典誉 あ、お母さんが来た。
木村好文の母 ありがとうございます。ヨーグルトと、砂糖も入っている。ポカリスエット。
加来典誉 水もあるしね。ナースが来たら、飲めるからね。大丈夫ですよ。失恋の痛手でなっているだけで、脳疾患とは違うみたいだから。脳疾患型と、心因性といって、心の悩みから来ているのを、わたしは分けているんですよ。薬も、まぁ、要らんでしょうね。睡眠薬くらいでいいんじゃないでしょうか。睡眠薬もいずれは卒業ということで。普通になりますよ。副作用がありますからね、薬は。わたしのポリシーなんですよ。薬を入れんでいい人には入れないようにしています。イギリスでもそうしています。心理療法士っていう人がいて。お薬なしで治そうとしています。医療費も安くなるでしょ。大丈夫です。よかったね。話したいことありますか?ない。失恋しちゃったみたい。ということで、よろいしくお願いします。じゃあ、そういうことで、治療していきますからね。

   加来病院第一病棟診察室

加来典誉 寝れている。古くて汚いやろ。ごめんね。ちょっと我慢しておいて。一ヶ月半から、二ヶ月くらいして、外泊しよう。外泊って、自分の家で泊まること。外泊は二回くらいでいいかな。成功したら退院。特に挙動不審なこともないみたいだし。よし、じゃあ、そうしましょう。

   加来病院第一病棟診察室 二ヶ月後

加来典誉 外泊、成功したね。じゃあ、退院。これから外来診療ね。毎週来てね、最初は。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 あんまりお洋服とか髪型に凝ってないみたいだね。そこを女の子は見てる。顔以上にファションセンスとか見てる。この人といて、幸せなかなと思うのよ。まず、ファッションを変えないといけない。岩田屋あたりがいいんじゃないかな。今、伊勢丹がやってるけれどね。とか、三越とかね。どこでもいいけどね。デパート回ってね、大丸とか回ってね。自分が一番合うなあっていう思うブランドを一つ見つけてごらん。そこでお金払って買ってごらん、ひとそろい。上下は別のところでいいけれどね。お洒落してみてね、終わったらね、美容室ね、いい美容室。TAYAとかmod'shaiarとかね。かわいい女の子を指名して。美人さん。ネットで調べていいから。整形の美人さんも時々いるけどね。そこはわからないからね。まずは、服装。美容師さんは、服装見るんだね。お洒落の感覚で髪型を決めるの。例えば、かっちりした背広を着ている人を、ホストみたいにしたら、ダメだよね。遊人風はダメだよね。服に合わせてやっているだよ。それはわかっといて。
木村好文 わかりました。

   加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 だいぶ格好よくなったね。美容室に行った。かわいい女の子がいた。よかったね。よし、仕事は?してない。まぁ、あなたは大学生だから。アルバイトもしてみたら?お金にもなるし。
木村好文 そうですね。
加来典誉 アルバイトして、出会い系のバーっていうのがあるから、行ってみて。
木村好文 わかりました。
加来典誉 アルバイトするの、週に一回とか二回とか。家庭教師でもいいんじゃない?家庭教師じゃなくてもバイトして、出会い系のバーにいったら、彼女ができると思うから。出会い系のバーは、カウンターに女の人がいてね、じっと待ってるから。ちょっといいですかって、行くんだよ、そして、あの、ちょっと好みじゃないんで、って言われたら、さっと引かないといけない、ルールだから、いっぱいいるから、他の人。大名あたりにあるから。聞いてごらん。バーに一件いって聞いてごらん。出会い系のバーはどこにありますかって。キャバクラで練習でもいい。
木村好文 もう出会い系のバーでいい。

   加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 彼女ができた。よかったね。これで終わり。病気の原因は断ちました。木村さんは恋愛ができない病気だから。恋愛できない病だから。それを克服しました。もう、あとは、二週間ごとに二、三回来たら、もう来なくていいです。来たい時に来たらいいです。クリニックと同じだから。はい。


幸田文さん(過食症)

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、精神科医の加来典誉です。お名前を伺っていいですか?幸田文さん。今日はどういうことでお困りで。過食症。いっぱい食べる。あんまり太ってはいないですね。いっぱい食べる、突然。どうしていいかわからない。そうですね。無理やり食わせんようにしても、しょうがないわけですよ。そうゆう問題じゃないからですね。食べるということの裏に、もう一つ原因があるんですよ。食べたいということじゃないんですよ。食べたくて食べているわけじゃなくて、食物依存といったらいいんです。食べてるとこう、悩みご事を忘れることができる。例えば、ぼりぼりぼりぼり、おばちゃんとかが食べ続けていると。落ち着くんですね。食べてると。それと同じで、依存しているんですね、食べることに。だからなんで依存するかというと、逃げたいのがある。現実から、逃げたい現実がある。そこを解決したら、いわゆる食物依存というのは消えていくと思うと。何ですかね。何かあるんじゃないですか?
幸田文 あります。
加来典誉 どんなことですか?
幸田文 彼氏とうまくいかない。
加来典誉 今の彼氏ですか?付き合っているですか。
幸田文 付き合っています。
加来典誉 彼氏が悪いと思いますか?自分が悪いと思いますか?
幸田文 自分が悪い。
加来典誉 あれじゃないですか。イライラする?
幸田文 イライラする。
加来典誉 怒られる?
幸田文 怒られる。
加来典誉 性欲ですよ、これは。だいたいイライラする時は、性欲が高まっている時なんです。エッチしたくてたまらなくなっているんです。そういう時は、オナニーするのがいいです。今いる彼氏にも説明したほうがいいです。今まで、あなたにいっぱいあたってきたのは、自分が性欲が強いほうで、イライラするから、あたってきた。これからは性欲が高まってきたらオナニーするから、イライラしないいと思うよ、とひとこと言うと、向こうも安心。性欲が高い女というのは、男から見たら、価値が高いんです。エッチな女というのは価値が高いんです。嬉しいもんなんです。別れたくはないわけです。そういうふうにしたらどうですか。わたしがここで食うなといっても仕方がないわけです。突発的に食べているだけで。常時いっぱい食べているわけではない。食物依存ですね。やけ食いですね。
幸田文 そうです。やけ食いです。
加来典誉 わたしもやったことがあるんですけれど、ふられたときに、酒を浴びるように飲んだことがあります。そこに逃げようとするわけですね。いつも飲むわけじゃない。それと同じじゃないですかね。そこを解決すれば食べなくなると思います。と、思いますよ。彼氏の問題。
幸田文 彼氏の問題。入院します。
加来典誉 ハハハ、いや、意味ないです。
幸田文 そうですか?
加来典誉 食べさせないようにするということじゃないんです。食べる理由をついてやらないといけないんです。
幸田文 わかりました。
加来典誉 ちょっとまだ心配だから、来週くらい来てください。一週間に一回ぐらいでいきましょう。
幸田文 わかりました。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 うまくいきました?彼氏と。
幸田文 うまくいきました。納得していました。
加来典誉 ニッコリしてた。喜んでいたと思います。意味が分かったしね。ちょっと嬉しかった。じゃあ、来週また。

   加来病院外来診察室 一週間後

幸田文 過食はもうないです。
加来典誉 もうこれは問題ないですね。大丈夫です。あとは来たい時だけ来てください。
幸田文 わかりました。
加来典誉 困ったと。また食べだしたと。
幸田文 わかりました。


古賀優子さん(心身不調)

   加来病院外来診察室

加来典誉 古賀優子さん、二十五歳、女性の方。はい、今日はどうされましたか。
古賀優子 頭がボーッとします。
加来典誉 精神薬は飲んでますか?
古賀優子 飲んでいません。
加来典誉 寝ていますか?
古賀優子 寝ています。
加来典誉 寝てて、ボーッとする。何か、その、自分の思い通りに身体が動かない感じですか?
古賀優子 そうじゃありません。頭がボーッとするだけです。
加来典誉 仕事とかに差し支えがありますか?
古賀優子 ありません。
加来典誉 何か隠しているでしょ?わたしに。
古賀優子 なんでわかるんですか?
加来典誉 うーん、どうもおかしいなと思って。辻褄が合わない感じがする。おっしゃってもいいし、おっしゃらなくてもいいですけれど。
古賀優子 言います。実は彼氏にふられました。どうしていいかわからなくなりました。
加来典誉 うーん、そうですね。わたしはそういう時に、いつも聞くことにしているんですけれど。
古賀優子 いつですか?
加来典誉 前の病院の時に勤めていた時に、先輩とか色々あったから。どこの病院かですかって。九大病院です。九大病院の外来で勤めていました。時々、非常勤で、別の病院で、勤務医で働いたりすることもありましたね。経験を積みたいと思ってね。やっぱり保護室とかがある、本格的な精神病院で働きたいと思っていましたからね。どうせ継がないといけませんでしたから、この病院。
古賀優子 なるほど。
加来典誉 はい。わたしが聞くことにしているのはですね、今、その彼氏さんに彼女がいますか?
古賀優子 います。
加来典誉 それはダメだ。別れてどれくらいですか?
古賀優子 一週間です。
加来典誉 ああ、ダメですよ。ひどいじゃないですか。だって、別れて、その瞬間に彼氏が出来ているんでしょ?ということはですよ、古賀さんとお付き合いしている段階で、、もう彼女を作っているわけですよ。ひどい人でしょ。大したことないですよ。その人は。人の気持ちも全然考えないし、迷惑も全然考えない。こういう人は大したことないですよ。将来、ずっと見ていてください。友達づてにずっと聞いていてください、どうなっていくか。奈落の底に落ちていきますから。ろくな人生になりませんから。ひもじい人生になっていきますから。信用を失ってね。見つからなければいいんだ、悪いことしたって。みたいな感じな人ですから。そんな人と一緒にならない方がいいですよ。別の人を見つけたほうが幸せですよ。なかなか出会いの機会がない?
古賀優子 そんなことはないです。
加来典誉 じゃあ、できますよ。なかなか容姿もいいみたいですし。まぁ、できますよ。彼氏が、いいように見えてもね、それはひどいですよ。例えばね、わたしが浮気するんだったら、事前に言いますね。好きな人ができたって。ちょっと困っていると。君より好きかもしれない、本当に申し訳ないと。これは誠実な言い方ですよ。やっぱり付き合っているわけだから、結婚しているわけではないわけだから。本当にその人であるかどうかはわからないわけだから、ちゃんと考えた上で、やっぱり君じゃなくて、今度、好きになった人が、ぼくのフィアンセというか、婚約者になる人じゃないかと思う。となっていくのが、これが普通のあるべき姿じゃないでしょうか。いきなり、はい、さよならで、次の人と付き合いますっていうのは、ひどいですよ。だから、あんまりしょげないでください。古賀さんは悪くないですから。全然、気に病むことないですよ。わたし、どこか悪かったかしらと思ったかもしれないけれど、全然、悪くないです。もしね、彼氏に新しい彼女が出来ていないなら、古賀さんにどこか悪いところがありますよ。だって、まだ女の人がいないわけでしょ。そしたら、何か事情があって別れたわけですね。そしたら、古賀さんが改めないといけないところがあるはずです。男の人が悪いんです。古賀さんは悪くないですから。眠れるようだから、睡眠薬を出す必要もないし、特に、統合失調症というわけでもないし、鬱病でもないので、お薬は何も出せませんけれど、もし心配だったら、毎週来てもいいですよ。彼氏が出来るまでとかね。医療費はかかりますけれどね。それでよろしければ毎週来てもいいし、もう大丈夫と思うなら来なくていいです。まぁ、どちらでもいいです。今日はこれでいいですか?
古賀優子 いいです。
加来典誉 じゃあ、またもし来られるようなら、お待ちしております。

   古賀優子は病院に来なくなった。


小林友梨香さん(統合失調症)

   加来病院病棟

加来典誉 急患さんですか?女性の方。小林友梨香さん。はい。何歳ですか?十八歳。わかりました。はい、美人、呼んでください。亀井はるかさんが休み。わかりました。久家さんね。久家さんと、あと、みぃちゃん。中村美穂さん。わたしが事務所まで行こう。

   加来病院事務所

加来典誉 美穂さん。みぃちゃん。
中村美穂 なんで、みぃって知ってるの?
加来典誉 みぃって言われているんでしょ?ブログ見て、ブログじゃない。ミクシィで見つけたよ。みぃちゃんやろ。みぃって書いてある。ダメ?、美穂さん?みぃちゃんでいい。みぃちゃんと久家さんで行くから今日。小林さんていう患者さんが来ているから。
中村美穂 わかりました。
加来典誉 ちょっと、暴れているから。どっちもガッチリタイプでいいじゃない。強そうで。強いから。行こう行こう。わたしの好みだから。好きな人は別にいるから。
中村美穂 いちいち言うな。
加来典誉 ははは。

   加来病院第一病棟保護室

加来典誉 ギャーギャー言ってる。
ナース 注射が必要ですかね。
加来典誉 注射を打つとね、副作用が出るんんよね。水薬もいいかもしれない。ちょっと待っててね。わからないから。お水でいいかもしれない。
ナース お水は用意しています。
加来典誉 三人で入ってみようか。ダメだ。入っても止まらない。大丈夫ですか?大丈夫じゃない。ここは病院です。精神病院です。あの、人間がここで終わるわけじゃないから。なんとかなりますから。勝手に身体が動く感じですか?勝手に身体が動く。どうしようかな。お薬を飲んでみたいですか?飲んでみたい。飲めるかな。飲めない。ちょっと、抑えつけてもらおうかな。女の人にね。二人、美人がいるから。はい、お薬、リスパダール。軽いの。どう?変わらない。落ち着いた、嬉しい。みぃちゃんも、久家さんも強いからね。よし、じゃあ、リスパダールっていうので弱いの。ぼわーっと身体があったかくなていく感じ。どう?しびれてきた。止まった。イクときの感じやろ?ぼわーっとくる感じ。ちょっと違うけど。落ち着いた。
小林友梨香 うん。
加来典誉 よし、そしたら、二人とももう少しいてください。また暴れだす可能性があるから。男の人は嫌だもんね。
小林友梨香 嫌だ。
加来典誉 どうしてかな。突然、こうなったわけじゃなくて、寝れなかったんじゃない?
小林友梨香 寝れてた。
加来典誉 突然?
小林友梨香 突然。
加来典誉 本当に?
小林友梨香 本当に。
加来典誉 あらー。今日から、昨日から?
小林友梨香 昨日から。突然。
加来典誉 二十?
小林友梨香 十八。
加来典誉 わからないねー。心の悩みはある?
小林友梨香 ない。
加来典誉 壁とか床を見てくれる?模様が人の顔とか鬼の顔みたいに見えますか?それから、なんでもハッキリ見える感じだったり、臭いをいつもよりも強く感じますか?
小林友梨香 はい。
加来典誉 脳疾患だこれは。これはお薬を飲み続けないといけない。
小林友梨香 あ、そうですか。
加来典誉 最初から、お薬を飲みたいというところから、脳疾患の可能性が高いね。
小林友梨香 そうですか。
小林友梨香 いいお薬が調合できるようになるまで、入院してもらうことにならないといけない。つまり、いくつか薬を試してもらって、副作用が一番少なくて、効果も一番ある薬がわかってから、退院してもらわないといけない。じゃないとまた同じようになって入ってきても仕方がないしね。
小林友梨香 そうですね。
加来典誉 それか、少しリスクがあるけれど、早めに退院するか。やっぱりピッタリ合う薬ができるまで、だいたい三ヶ月と思ったらいい。
小林友梨香 三ヶ月もですか?
加来典誉 三ヶ月かかる。何しているの?仕事?
小林友梨香 仕事です。
加来典誉 休職できる?
小林友梨香 できます。
加来典誉 三ヶ月間で見つけるのが一番いいんだけどね。ただね、リハビリが要るから。よし、二ヶ月入院で、一ヶ月リハビリに使おう。
小林友梨香 そうですか。
加来典誉 どうしようか?それでいい?
小林友梨香 いいです。
加来典誉 よし、そしたら、一ヶ月はずっと病院の中。一ヶ月は毎週一回、外泊って言って家に泊まる。もう一ヶ月は退院と。リハビリでね。リハビリは、ぼーっとして、好きなことしていていいです。
小林友梨香 わかりました。
加来典誉 会社に行って手伝いたいならそれでもいいでしょう。別に迷惑じゃないはずだから。
小林友梨香 そうですね。
加来典誉 よし、そしたら大丈夫かな?
小林友梨香 大丈夫です。
加来典誉 そしたら、どっかへ行くよ。いいですか。お母さんに好きなものを持ってきてもらう?買ってきて欲しい。何がいい?
小林友梨香 大福。
加来典誉 売ってるかな?売ってないかもね。いつものところがある。じゃあ、持ってきてもらおう。でも、閉まってる。
小林友梨香 そうですね。
加来典誉 明日でもいい?
小林友梨香 明日でもいい。
加来典誉 明日、持ってきてもらおうね。大丈夫かな、お母さん。
小林友梨香 大丈夫。
加来典誉 大福を明日・・・。今日は要らない?
小林友梨香 要らない。
加来典誉 じゃあ、明日、大福を持ってきたもらおう。じゃあ、出ます。

   加来病院病棟

加来典誉 久家さん、知ってたんだ?
久家沙由里 あたし知ってましたよ。
加来典誉 みぃって言われていたんやろ?
中村美穂 みぃって言われている。
加来典誉 みぃちゃんのほうがかわいい。みぃちゃんの美人落語。みぃちゃんの美人落語て面白い。美人が落語する。みぃちゃんの美人落語。ぼくのブロクに書いてるもんね。うまくいかんのは分かっているんだけどね。ぼくと。好きなんだけどね。なかなかうまくいかないんだよ。なかなか。恋愛がね。久家さん、どんな彼氏?強い人?
久家沙由里 強くない。
加来典誉 自分より背が低い?
久家沙由里 背が低い。
加来典誉 マザコンボーイじゃないかな。
久家沙由里 ちがう、ハハハ。
加来典誉 わからんね。うそうそ。久家さんの彼氏に怒られる。甘えがいがあるもんね。久家さんは。デカイから。
久家沙由里 デカイって言わん。
加来典誉 男の子の丸刈りが好きなんやろ?
久家沙由里 なんで。
加来典誉 丸刈りにしてみたいんやろ。小学校五年生くらいを。
久家沙由里 ちがいます。
加来典誉 どうも怪しい。今、ぼくの好きな人もそういう傾向があるの。
久家沙由里 え、ほんとに。
加来典誉 ぼくがゲットしたら、仲良くできるかもね。
久家沙由里 そうですね。
加来典誉 それじゃあ、患者さん診るから。
久家沙由里 はい。
加来典誉 みぃちゃんいかん?
中村美穂 いや、いい。先生だけ。あとはみぃでいい。
加来典誉 ははは。よし、じゃあ、また患者さん診るから、小林さん。

   加来病院第一病棟保護室

加来典誉 あとね、三日くらい経てば、出れるからね。一般の病棟にね。あんまり綺麗じゃないけどね。出れるから。
小林友梨香 わかりました。
加来典誉 お薬を一応、精神薬出しておくから。夜。だいぶ落ち着いてくるよ。一応、水薬っていうのは頓服だから。なんかあったら、すぐに出せるようにしておくから。看護師さんに言ってちょうだい。
小林友梨香 わかりました。
加来典誉 眠り薬は、眠れない?
小林友梨香 わからない。
加来典誉 一応、眠り薬入れさせおいて、最初は。後で、抜いていくから。
小林友梨香 わかりました。

加来病院第一病棟診察室 三日後

加来典誉 出れたね。眠り薬は減らしてみようかね。一応ね、いわゆるリスパダール系が効いたから、そっち系の薬しか入れてないもんね。だけど落ち着いているもんね。睡眠薬を抜いてみようかね。それで一週間、二週間見てみようかね。
小林友梨香 そうですね。
加来典誉 リスパダールだけみたいでいいみたいね。あの、ジブレキサは太るのよ。女の人は嫌がるからね。知ってる?知らない。リスパダールの方がいいかな。何か副作用ない?ボーッとするとか。ない。そしたら、睡眠薬を抜いてくから。

   加来病院第一病棟診察室 一ヶ月後

加来典誉 睡眠薬なしで、リスパダールだけになったね。これが維持量かな。

   小林友梨香、一ヶ月間、外泊を繰り返し、退院。

   加来病院第外来診察室 一ヶ月後

加来典誉 よし、このままでいいでしょう。小林さんには薬が要ると思いますよ。脳の疾患なんですよ。心の悩みと違って、話でなんとかなるわけじゃないですよ。まぁ、ちょうどいい具合に効いているみたいだから。ぜひ、飲んでください。
小林友梨香 わかりました。

   加来病院第外来診察室 一ヶ月後

加来典誉 働きだしても大丈夫みたいですね。じゃ、毎週・・・、もう、二週間に一回でいいですね。来てください。面倒くさかったら、半年後には、月に一回でいいですから。来たかったら、二週間に一回でもいいですから。面倒くさいでしょ?
小林友梨香 面倒くさいです。
加来典誉 ただ、薬は飲まないといけないですよ。
小林友梨香 分かっています。
加来典誉 いわゆる、血圧異常の方が飲む薬と同じで、飲み続ける必要がありますから。
小林友梨香 わかりました。


坂口陽子さん(恋愛相談)

   加来病院第外来診察室

加来典誉 はい、精神科医の加来典誉です。よろしくお願いします。お名前を伺ってよろしいですか?坂口陽子さん。ご年齢は?二十一歳。どんなことにお困りですか?
坂口陽子 あの、どうしていいかわからならい時がある。
加来典誉 例えば、どういう時ですか?男性に対して、接し方がわからない。
加来典誉 付き合ったことはありますか?
坂口陽子 ないです。
加来典誉 いっぺん付き合うとわかるんですけれどね。
坂口陽子 そうですね。
加来典誉 あしらい方がわからない?
坂口陽子 そうです。あしらい方がわからない。
加来典誉 恋愛に失敗した?
坂口陽子 そうじゃないです。
加来典誉 あんまり興味ないですか。
坂口陽子 興味はあります。
加来典誉 付き合いたいですか?
坂口陽子 付き合いたいです。
加来典誉 どんな症状が出ました?自分でおかしいなっていう症状とか。
坂口陽子 あります。
加来典誉 どんな感じですか?
坂口陽子 誰にも言わないですか?
加来典誉 じゃあ、カルテにも書かないようにしますから。
坂口陽子 ・・・。やめておきます。
加来典誉 じゃあ、わからないですけれど、わたしのアドバイスなんですけれど、付き合ってみるというのが早いでしょうね。ふられたんでしょ?
坂口陽子 ふられました。
加来典誉 そうでしょうね。ふられるっていうことは別におかしいことじゃないですよ。恥ずかしいことじゃないですよ。これはいろんな人に言っているんですけれどね。男性と女性では恋愛観が違うということ。女性は男性に対して、どちらかというと、変わらぬ愛を誓って欲しい、変わらず、いつまでもずっと愛してくれる人がいい。男性は女性に対して、綺麗な人、かわいい人、フェチがあったりする。そういうことがある。たぶんね、くだんの男性は坂口さんに対して、自分の好みじゃないなと思ったんじゃないかな。例えば、ぼくはもっとぽっちゃりした人のほうがいいなとか思ったのかもしれない。そういう好みに合わなかっただけだから。無理なんですよ、好みに合わないと。まあ、よっぽど女性経験が豊富で飽きたという人は別だけど。そうじゃないと、好みの女性じゃないと無理ですね。そのくだんの男性の友達の女性で、自分の友達でもある人に、聞いてもらったら、やっぱり、坂口さんは、くだんの男性の好みじゃないってわかりますよ。女性の恋愛の仕方で、三通りあるのは、まず、めかしこんで、綺麗になって、多くの男性に自分を追わせる。例えば五、六人追わせて、そのなかから一人選ぶ。それか、自分が好きになる人を何人か見つける。例えば、五、六人見つける。それで、ひとりひとり、友達を使って、この人はどういう好みを持っているのだろうとチェックして、好みに合う人にだけアタックする。そうしたら成功する確率が高いです。それにもう大人だから、出会い系のバーっていうところにも行っていいですね。出会い系のバーっていうのは、女の人がカウンターに座っているんです。男の人が、ちょっと、ちょっと、って、寄ってくるんです。好みだったら、話したりして、一緒になるんです。どれでもいいです。でも、めかしこんで綺麗になっとかないと、なかなかいいのがこないんじゃないですか。まぁ、大名あたりがいいんじゃないですか?ぼくは好きな人がいるから行きませんけどね。スポーツクラブのインストラクター。なんか規約で会員とスタッフは付き合えないらしくて。そんなんで付き合えないんです。
坂口陽子 どんなことしますか?
加来典誉 わからないけれど、いろいろやってみます。自分に出来ることを。ちょっとした有名人になって会社を動かせないかなとか。計画はぼちぼちではありますけれど、あります。彼女はぼくのことを好きなんだろうなとなんとなくわかります。まぁ、そういふうにやってほしいです。まず、彼氏をつくるところから、やってみたら。自分にはどれが合いますか?
坂口陽子 出会い系のバーです。
加来典誉 じゃあ、綺麗になって行ってください。今も綺麗ですけれどね。まぁ、いろいろと頑張って。くだんの男の人に聞いてみてください。どんな人が好みか。
坂口陽子 わかりました。
加来典誉 では、来週また。

   加来病院第外来診察室 一週間後

坂口陽子 わたしが彼の好みとちがいました。
加来典誉 ちがいますか。心配しなくていいですよ。坂口さんが悪いわけではないですから。
坂口陽子 そうですね。
加来典誉 全人格を否定されたような気がしますけれど、そういうわけではないですから。出会い系のバーが、楽しみですね。
坂口陽子 楽しみです。

   加来病院第外来診察室 一週間後

加来典誉 あんまりいい人がいなかった。ずっと通ったらいいですよ。それかホストクラブに行くのもいいですよ。練習で。
坂口陽子 はは。
加来典誉 行かない?
坂口陽子 行ってみます。

   加来病院第外来診察室 一週間後

坂口陽子 面白かったです。
加来典誉 ははは。うまい人もいた?
坂口陽子 いました。
加来典誉 じゃあ、今度も、ホストクラブに行くのもよし、出会い系のバーに行くのもよし、ですね。

   加来病院第外来診察室 一週間後

加来典誉 彼氏、できました?
坂口陽子 できました。
加来典誉 じゃあ、だいぶいいんじゃないですか?どうしていいかわからないか、男性に対して。
坂口陽子 とれました。なんの病気ですか?
加来典誉 病気というよりは、心の悩みですね。ただ、どうしていいかわからないと。心の悩みですね。対人関係のトラブルですね。
坂口陽子 そうですね。
加来典誉 病気というよりは症状といったらいい。ぐらいですね。お薬も出していないし。また、困ったら来てください。
坂口陽子 そうですね。


しらみ騒動

   加来病院院長室

加来典誉 はい。あ、大地さんですか。ちょっと通してください。どうしたんですか?
大地真央 一病棟で・・・。
加来典誉 師長さんですよね、一病棟の。どうしたんですか?しらみ?あ、ほんとですか。初めてですよね。しらみは。けじらみ。誰か、専門家に言った?内科の先生。見たらわかる。お薬はありました?ありました。何人なってましたか。男の子、一人と、女の子、一人。年齢はどれくらいですか?十代。若い子に多いのかな。聞いたことがあるけれど。大人はあまりならないもんね。大人は何か塗ったりするからかな。と思っていたんだけど。子供は洗い髪でしょ。洗いっぱなしの髪だから。特にねばねばの状態にならんから。つまり、皮脂が出て、ねばねばにならんから。十代やったら、さらさらかもしれない。二十代でねばねばになるかな。女の人も、二十代で皮脂が多くなります?なります。それでかな、十代がなりやすいのは。とりあえず、お薬を塗っておいてください。感染が広がらないようにしてください。で、原因を究明しましょうかね。原因を究明しなさい、とだけ言っておきます。わたしもよくわかりませんから。いいですか?
大地真央 いいですよ。
加来典誉 じゃあ、また来てください。原因を究明してわかったら来てください。最長でも三週間以内に。わたしもカレンダーに書いて覚えておきますから。

   加来病院院長室 三週間後

加来典誉 どうでした?
大地真央 わからなかったです。
加来典誉 例えば、どんなことが考えられる?
大地真央 わからないです。
加来典誉 皮膚科の先生に聞いてみたりしました?外部の。聞いた。どんなのがあるって、感染方法は。空気感染と、水中感染。プールで感染するってよく聞きますもんね。
大地真央 そうですね。
加来典誉 空気感染だったら、例えば、その男の子と女の子は似たような部屋に住んでいましたか?つまり、部屋が同じような場所にあったんですか?なかった。かなり離れている。そしたら、空気感染よりは水中感染のほうが可能性としては高いわけですね。ということはお風呂ですね。
大地真央 ははは。
加来典誉 じゃないですか?
大地真央 そうですね。
加来典誉 そうでしょうもん。わからなかった?
大地真央 わからなかったです。
加来典誉 どうして、お風呂からなのかな。他の病棟は平気なのにね。
大地真央 そうですね。
加来典誉 ・・・配管工事を見てもらいますかね。・・・。見てもらおうかね。
大地真央 そうですね。
加来典誉 見てもらいましょう。
大地真央 はい。
加来典誉 じゃあ、そういうことで。もし発生したら、すぐにお薬を塗るようにと言っておいてください。
大地真央 わかりました。
加来典誉 さっとすぐに報告するように、患者さんにもスタッフにも言っておいてください。すぐにお薬を塗ってしまえば、感染しないからと。
大地真央 わかりました。

   加来病院院長室 数時間後

加来典誉 お金払いますけれど、いくらで調べてもらえます?十万、わかりました。


   加来病院院長室 数日後

配管業者 特に悪いところはないとおもいますけれど。
加来典誉 そうですか。あらあららら、どうしてかなー。もっと詳しく調べないといけないかもしれませんね。
配管業者 そうですね。
加来典誉 もっとヒントがいると。
配管業者 大きいから、わからないです。どこを重点的にやっていいかわからないんですよ。漠然としすぎていてですね。かなり大きな病院だから、わからないんですよ。この病棟だけですか?
加来典誉 わからないです。
配管業者 広いからですね。ここら辺を調べてくれって言われていれば、だいたいここって、重点的に調べてわかると思うんです。漠然と言われるとわからないですね。マンパワーがもっと要るから、何百万って要りますよ。
加来典誉 そうですか。なるほど。もしかしたら、他の病棟もと。
配管業者 それも考えて、やりました。
加来典誉 そうでしょうね。もうちょっと待ってみますかね。専門家とかの意見を聞いてみないと。逆に、もうちょっと発生するのを、待ってみたほうが、ヒントが出るかもしれない。
配管業者 そうですね。
加来典誉 薬さえ、塗ればなんとかなりますからね。はい、ありがとうございました。

   加来病院院長室 二ヵ月後

大地真央 先生、また発生しました。
加来典誉 あ、ほんとに。男の子、二人と、女の子、二人。同じ、男の子と、女の子がいる。男の子が二人とも十代、女の子も十代。聞いたでしょ、配管の話。
大地真央 聞きました。
加来典誉 意味ないもんね。一病棟、だけっていっても広いからね。重点的に一病棟していると思うけれど。広すぎてわからなかったらしい。
大地真央 そうですか。
加来典誉 例えばだよ、最初に起きたのは何月だったっけ?
大地真央 十月です。
加来典誉 十二月だよね。秋口になって、冬もなる。普通、虫というのは、暖かい時しか活動しないはずだんだよ。冬だけ活動する虫なのかな。
大地真央 そうですね。
加来典誉 それを考えてみないといけない。皮膚科の先生に電話して聞いてみましょうかね。

   加来典誉、皮膚科に電話をかける。

加来典誉 いつというわけではないらしいです。冬は活動は低い。もしかしたら暖かい所があるのかもしれない。
大地真央 そうかもしれませんね。
加来典誉 どこまでいったら解決するかな。あのね、仕替えしたほうがいいかもしれない。全部。配管をね。でも、わからないもんね、他の病棟もまたなったりしたら、無駄になるから。全部の病棟の配管を代えないかもしれないから。わからんなぁ、困ったなあ。とりあえずお薬を塗っておいてください。

   加来病院院長室 三ヵ月後

加来典誉 また、なりました。あららら。気の毒だね、しらみの人も。怖いだろうな、他の患者さんも。
大地真央 そうですね。
加来典誉 自分もなるんじゃないかって。虫がいるもんね。目に見えるんでしょ?
大地真央 見えますよ。
加来典誉 怖いだろうね。近くに寄りたくないっておもっているんじゃない?
大地真央 思っています。
加来典誉 あららら、どうしようかな、お薬を塗ってもなるもんね。お薬を塗るしかないでしょう。
大地真央 そうですね。
加来典誉 原因を究明して。暖かくてもなるね。一年中ですね。これがヒントになるかな。ちょっと待って。

   加来典誉、再び皮膚科に電話をかける。

加来典誉 わからない。これだけじゃわかならない。どういうことがヒントになるかもわからない。どうしました?
大地真央 あのですね、男の子は丸坊主にしたらどうですか?
加来典誉 今のこの時代にですか。男の子をですか。うーん、本人がいいって言えば、いいんじゃないですか。説明するべきですよね。不潔扱いされるって。でも、同じじゃないかな・・・。ツルツルに剃っていない限り。
大地真央 そうですね。
加来典誉 やっぱりしらみがいると思うんじゃないかな、他の人は。
大地真央 そうですね。
加来典誉 でも、その子がなって、他の子に感染する可能性があると、大地さんは言いたいんでしょ?
大地真央 そうです。
加来典誉 でも、女の子はどうするの。
大地真央 そうですね。
加来典誉 その子も感染しているんだから、その子もまた、感染させるよ、他の人に。
大地真央 そうですね。
加来典誉 なる順番は・・・。
大地真央 わからないです。
加来典誉 うーん。あのさ、もうちょっと、早期発見できるようにしよう。
大地真央 そうですか。
加来典誉 二週間にいっぺんか、一週間にいっぺんか、一週間にいっぺんは多すぎるから、二週間にいっぺんでいいです。
大地真央 でも、一週間にいっぺんでいいです。
加来典誉 マンパワー足りる?
大地真央 どういうことですか?
加来典誉 ずらーっと並んでもらって、頭チェック。
大地真央 あぁ。
加来典誉 卵があったりとかね。
大地真央 なるほど。
加来典誉 二週間にいっぺん、できたら、できればいいけどね。そちらの仕事もあるだろうから、その、ちょっと、できるだけチェックして、早く見つけるようにしよう。そしたら、順番がどの順番で発生するかもわかるんじゃないかな。
大地真央 そうですね。
加来典誉 ちょっと可哀想かな、丸坊主は。
大地真央 そうですか。
加来典誉 言ってみるだけ、言ってみて。確かに効果はあるって、インターネットでも調べたけど、あるもんね。一番効果があるのは五厘刈りって書いてあったけどね。五厘以下ってことでしょうね。五厘って、1.5か2ミリのことでしょ。調べたけど、五厘ってなんなのか。2ミリ以下なら効果があるってことね。ま、髪の毛は伸びるからね。ツルツルにしてもすぐに伸びちゃうからね。まぁ、効果はあるだろうね。駆除するのにね。感染らないとかね。ただ、維持しないといけないんじゃない?
大地真央 そうですね。
加来典誉 そららへんを皮膚科の先生に聞いてみようか。わたしが今聞いてみるから。

   加来典誉、再び皮膚科に電話をかける。

加来典誉 たびたびすいません、精神科の加来病院の院長の加来です。いつもお世話になっています。お恥ずかしい限りで、しらみの件で。でね、あの、一応、しらみの駆除なんですけれどね。よく言うのは、五厘坊主がいいとか言うじゃないですか。あれはどうしていいんですか。例えば、住む所がなくなるとか。
皮膚科医 そうです。住む所がなくなります。
加来典誉 例えば、発生している人に対してですよ、お薬を塗らずに、五厘坊主にしても、治るんですか。
皮膚科医 治ります。
加来典誉 そしたら、お薬を塗ったら五厘にしなくていいんですか。
皮膚科医 しなくていいです。
加来典誉 意味ないんですか。
皮膚科医 いや、意味がないことはないです。
加来典誉 そうですか。どういう効果があるんですか。お薬を塗った後に、五厘にしたら。
皮膚科医 なりにくくなる。
加来典誉 そしたら、維持しとかないといけませんね、短い髪を、なりやすい人。
皮膚科医 そうです。
加来典誉 どれくらいの髪にしてたらいいですか、男の子。
皮膚科医 坊主がいい。
加来典誉 何ミリくらいですか?もしくは何センチとか。
皮膚科医 6ミリくらい。
加来典誉 6ミリくらいの坊主ですね。わかりました、6ミリ以下ではいいということで。では、お薬を塗った後に、五厘ではなくて6ミリ?
皮膚科医 いや五厘の方ががいいです。残っているのがあるから。
加来典誉 なってしまった時は、五厘がいいんですね。わかりました。じゃあ、ちょっとお伺いしにくいことがあるんですけれどね。女の子でよくなる子がいるんですよ。
皮膚科医 はは、なるほど。
加来典誉 ちょっと五厘坊主にするわけにいかないと。どうしたらいいんですか?
皮膚科医 ちょっとわからないです。
加来典誉 そうですか。結局、男も女も変わらないわけですか。
皮膚科医 変わらないです。
加来典誉 6ミリ以下が一番いい?
皮膚科医 そうです、 6ミリ以下が一番いいです。
加来典誉 うーん、最長でどれくらいあったらいいですか?
皮膚科医 3センチくらい。
加来典誉 いわゆるスポーツ刈りみたいにした方がいいんですか。
皮膚科医 そうです。それが一番いいです。維持では。
加来典誉 ちょっと、検討してみます。ご家族の方とね。では、ありがとうございました。すいません。お世話になりました。お金を払わなくてすいません。
皮膚科医 いえ、おたがいさまですから。
加来典誉 すいません、何かあったら、言ってください。ありがとうございます。
加来典誉 大地さんどう思う?
大地真央 わたしはいいと思いますよ。女の子のスポーツ刈りも。
加来典誉 本人がいいって言ったらね。かゆい思いもせんでいいしね。しらみが入れないんだろうね。スポーツ刈りにされるとね。男の子もスポーツ刈りでいいんじゃない?どう思う?
大地真央 坊主のほうがもっと安心でしょう。
加来典誉 女の子は丸坊主はちょっとあんまりだもんね。まず、本人のお母さんかお父さんに聞いてみて。どう思いますかって。十代だったかな。あと本人に。まず、お母さんに言って、わたしに報告してください。
大地真央 わかりました。
加来典誉 本人は、わたしが一病棟に行ってもいいし、ここでもいいし。

   加来病院院長室 一週間後

大地真央 男の子も女の子も、どっちともOKがでました。
加来典誉 あ、ほんと。じゃあ、本人に言わないといけないね。わたしが言わないといけないね。わたしが責任者だから。わたしが言おうかね。
大地真央 そうですか。
加来典誉 お願いしてみようかね。だいたいね、男性だけが行くと、怖がるからね。若い綺麗な女性スタッフいない?一病棟に。
大地真央 いますよ。田中さん。
加来典誉 では、その人と一緒に、三人で行きましょう。日付が決まったら、お願いします。
大地真央 今度の火曜日。
加来典誉 何時くらいですか。
大地真央 十時くらい。
加来典誉 わかりました。わたしも行きます。まずナースステーションに行きますから。

   加来病院第一病棟 火曜日

加来典誉 山口祐介さん、十九歳ですね。じゃあ、田中さんも一緒に行きましょう。

   加来病院第一病棟 ナースステーション

加来典誉 はい、こんにちは。院長の加来です。退院したいですね。
山口祐介 そうですね。
加来典誉 何ヶ月入っていますか?
山口祐介 三ヶ月。
大地真央 もっと長いですよ。
加来典誉 何ヶ月?
大地真央 七ヶ月から八ヶ月です。
加来典誉 拘禁反応かな。外出してますか?
山口祐介 してないです。
加来典誉 先生に言っておこう。先生が違うから。あんまり閉じこもりすぎて、逆にイライラしている。時々、外出したり、オナニーしないと、イライラするんです。申し訳ない、女の人がいるけど、医療関係者だから、気にしないで。先生に言っておくから。それから、しらみになる回数がもう三回目なの。でね、大地さんといろいろ相談して、皮膚科の先生に聞いたんだけれど、丸刈りが一番いいんじゃないかと。
山口祐介 いやです。
加来典誉 やっぱりいやか。先生も丸刈りになったことあるよ。意外とね、綺麗な女の人にしてもらうと、楽しいよ。
山口祐介 そうですか、ほんとに?
加来典誉 この人が素敵だなあと思う人にやってもらうと楽しいよ。どう?
山口祐介 いや、いいです。
加来典誉 いやね、でも、山口さんがね、もし感染しなかったら、他が止まるかもしれない。いつもなるから。それを知りたいのよ。山口さんがならなかったら、他の人がならないかなっていうのを知りたいのよ。坊主になると、もうならないらしいのよ。で、それでやってみたいと思っているの。それだけじゃ意味ないから、女の人の樋口さん、樋口さんも髪を切ってもらおうと思っている。この二人が短い髪になったら、もうならないのじゃなないかなと思って。たぶん。わからないだけどね。ちょっと実験で。申し訳ないけれど。その間にね、原因を究明しないといけない。配管らしいのよ。お湯とか水とかの管が、どうもおかしくなっているらしいのよ。そこを徹底調査して、し返さないといけない。無駄な工事してもいけないから。ちゃんとここが悪いって分かってからでないと、工事しないと意味ないから。また出たらしょうがないもの。お金の無駄で。ちゃんと、例えばね、山口さんと樋口さんが短い髪になってもなるのであれば、これは誰でもなるということがわかる。誰でもなりうるということがわかる。どこか管に異常があるんだろうとずっと見ていかないといけない。お金はある。なんとかなる。一病棟のお湯の出るところから、ずーっと、そこも入れなかったりする。スペースがなくて。そこがおかしかったら、そこも代えないといけない。がぱと外したら入れるけれど。そこをやったら、もうお湯が出ないから。最終的にそこだけ残ったら、そこをやるから。要は、有意義にやりたいから。とりあえず、実験的にやってみたいなと。あなたたち二人がね、短い髪になったら、どうなるかなと。女の子には気の毒なんだけれどね。坊主はそこまで怖くないよ。綺麗な人にやってもらったら。男の人にしてもらうのは、面白くないね。綺麗なお姉さんにしてもらったら。病棟全部見回っていいよ。一病棟はブスばっかりと思うなら。病棟全部回してあげるから。散髪してもらう人見つけていいよ。どう?
山口祐介 やってみます。
加来典誉 じゃあ、よかった。その代わりね。6ミリ以下の坊主だから、3ミリがいいね、大地さん?
大地真央 そうですね。
加来典誉 3ミリの坊主にしてもらって、伸びてくるでしょ、また3ミリにしてもらうというふうにしてもらおう。じゃあ、大地さんにお願いしておこうかな。わたしは仕事でちょっと行けないから。大地さんか、その部下の方に、ナースに言ってね。部下じゃないね、昔、先生、会社にいたから。ナースにお願いしてね、ぐるっと回ってもらってもらって、病棟中、休みの人もいるからね、きれいに見れるようにしてね、だいたいこの人は若いってわかるから。小母さんはいやでしょ。でも、小母さんのほうがいいこともあるもんね。ちょっと年増女が魅力的と、あるからね。それも全部こみで。写真はある?
大地真央 ないです。
加来典誉 じゃあ、ぐるっと回って、何週間?一週間でできる、で、坊主にしてもらって。どこでもいいよ、坊主になるのは。ただ、病棟は無理だから、保護室かな。保護室の廊下あたりで坊主にしてもらって。目立ったら困るからね。いやでしょ、じろじろ見られたら。
山口祐介 いやです。
加来典誉 じゃあ、そうして。

加来典誉 よしこれで終わり。はい、次、女の子だね。
大地真央 はは、そうですね。
加来典誉 まぁ、男の子はね、好きな人に坊主にされても、あまり腹が立たないですね。
大地真央 そうですか。
加来典誉 いやですよ。無理やり不細工な人に坊主にされたら、腹が立ちますね。
大地真央 そうですか。

加来典誉 はい、樋口さん、山口さんと話していたんだけど、しらみをなんとかしたいんですよ。どうもね、お風呂に問題があるみたいでね。パイプをし返さないといけない。どっかに問題があることはわかっているんだけど、配管のどこに問題があるかまだわかっていないんです。とりあえず知りたいのは、山口さんと樋口さんが、まずなるから、他の人が感染してなるのか、ランダムに感染してなっているのか、みんなね、そこを知りたいの。いつも、山口さんと樋口さんがなるから、山口さんと樋口さんだけならないようにしたいのよ。
樋口陽子 どうするんですか?
加来典誉 ちょっと申し訳ないんだけどね、髪の毛を短くしてもらおうと思って。山口さんは坊主になってもらう。ただ坊主になるのは可哀想だから、病棟中のね、七病棟まであるから、美人の看護師さんを物色して、バリカンで丸坊主に。楽しいから。わたしも実は丸坊主になったことがあって、昔、美人さんにしてもらって、楽しかったから。だから、ぜひ、思い出作りでね、美人さんに毎月毎月丸坊主に。女の子はそれができないから、そういうわけでもないから。出入りの床屋さん?美容師さん?両方だよね。
大地真央 両方です。
加来典誉 女性?
大地真央 女性です。
加来典誉 綺麗?
大地真央 いや、あんまり綺麗じゃないです。
加来典誉 短くされるなら綺麗な方がいいね。
樋口陽子 ははは、そうですね。
加来典誉 四十か、五十の人?
大地真央 四十か、五十です。
加来典誉 恥ずかしいもんね。わたしもわかるよ。わかる気がする。
樋口陽子 どれくらいですか?
加来典誉 どれくらいと思う?
樋口陽子 わからない。
加来典誉 男の子、丸坊主だよ。
樋口陽子 スポーツ刈り?
加来典誉 そう、スポーツ刈り。一番長いところ3センチ。
樋口陽子 そんなに?
加来典誉 一番短いところで6ミリでいいらしい。だいたい下のほうを短くするでしょ?スポーツ刈り。下のほうを1ミリに刈って、2、3、4、5、6って長くして3センチと、そしたら自然な感じのスポーツ刈りになるからね。
樋口陽子 そうですね。
加来典誉 あ、こうしたら?
樋口陽子 なんですか?
加来典誉 あの、美容室に行ったら?
樋口陽子 ははは、いやです。
加来典誉 有名美容室に行けばいいじゃない。
樋口陽子 いやだ。もっと恥ずかしい。
加来典誉 お洒落なスポーツ刈りにしてもらったらいいなじゃない。
樋口陽子 いやだ。
加来典誉 うーん、かっこいいスポーツ刈りのほうがいいんじゃない?
樋口陽子 そうですかね。
加来典誉 ラインが入っているとか。ズバッと。単なる角刈りじゃダサいから。ライン坊主みたいな、かっこいいスポーツ刈りにしてもらったら?
樋口陽子 そうですかね。
加来典誉 どう?
樋口陽子 わからない。
加来典誉 わからないもんね、どうなるか。美容室のほうがいいでしょう。
樋口陽子 いいです。
加来典誉 美容室に行って。そしたら。助かるんだけど。
樋口陽子 わかりました。
加来典誉 ナースと毎月行っていいから。
樋口陽子 あ、そういう意味ですか。
加来典誉 いいです、いいです、毎月行って。自分が行っていた美容室でいいから。ナースとずっと一緒に行っていいから。。今度、できるだけ早くナースと行ってください。
樋口陽子 わかりました。

   加来病院第一病棟 二週間後

大地真央 二人とも終わりました。短くなりました。
加来典誉 これでもうならないかな。男の子は?
大地真央 喜んでいます。他の病棟です。
加来典誉 可笑しいでしょ?
大地真央 可笑しいです。
加来典誉 男は結構、喜ぶんだよ。触られたりして。看護師さんは?
大地真央 楽しそうでした。あの、十代の男の子は、全員、こういうふうにしたらどうでしょう。
加来典誉 あ、ほんと、そうかもね。しらみになったらね。
大地真央 はい。
加来典誉 いいんじゃない。そうしておいて、美人さん選んで。
大地真央 ははは。
加来典誉 女の子もこうしておいて。みんな美容室で。かっこよくなったでしょ?
大地真央 かっこよくなっています。
加来典誉 あんなふうになるんだなということであればいいから。
大地真央 わかりました。
加来典誉 ただ原因がわかりませんね・・・。原因がわからない。調査費用を設けようかな。いくつかの業者よりひとつの業者がいいでしょうね。どうしたらいいかヒントをもらおう。

   加来典誉、配管業者に電話をかける。

配管業者 もう地道にやるしかないです。
加来典誉 そうですか。全部やってくれますか。一病棟の所だけでいいから。
配管業者 いいですよ。
加来典誉 一病棟しか、しらみにならないみたいだから。
配管業者 わかりました。
配管業者 二百万、いいです。わかりました。それがいいんじゃないですか。原因がわからないとですね。例えば、こういうふうな配管の作り方をしていたから、こういうふうになってしまったと、今度から気を付けようと。
配管業者 そうですね。
加来典誉 いっぺんそれで調査をお願いします。何ヶ月ですか?
配管業者 二ヶ月です。
加来典誉 わかりました、ではお願いします。

   加来病院第一病棟診察室 二ヵ月後

加来典誉 男の子、坊主が増えたね。女の子は?増えてる、スポーツ刈り。かっこいいって、良かったね。ラインを入れたりして喜んでいる。最初は無理やりと思ってました?
大地真央 思ってないです。
加来典誉 厳しくやったらそうなる。でも、みんな不満がないみたいだから。
大地真央 ははは、そうですね。
加来典誉 結果が出たよ。一箇所おかしい所があった。ずーっと温かくなっている所があって、他の所から繋がっている所があって、そこをし返さないといけない。そこだけちょっと代えてもらおうと思っている。
大地真央 なんでそこだけなんですか。
加来典誉 わかるでしょ。本当にそこが原因かどうかわかるから。お金が無駄になるようで、こっちのほうが得なのよ。全部、し返さないといけないから、損するようだけど、後で経験になるからね。本当にそこが原因かどうかまだわからないから。
大地真央 思ってないです。そうですね、わかりました。
加来典誉 違ったら、少し安くしてもらおう、後で、し返す時。全部、し返すから。そこだけやるより、全部し返す方がいいから。
大地真央 そうですね。わかりました。

   加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 どうですか。
大地真央 出なくなりました。

   加来病院第一病棟診察室 三ヵ月後

加来典誉 どうですか。
大地真央 出なくなりました。
加来典誉 よし、そしたら、もういいね、髪の毛、伸ばしていいようにしよう。
大地真央 わかりました。

   加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 男の子が嫌がっているんだ。ははは。美人さんがいなくなるから?
大地真央 そうです。
加来典誉 うーん、マンパワー足りているんですか?
大地真央 足りていますよ。
加来典誉 そしたら、散髪は続けてもらっていいかな。
大地真央 そうですか。
加来典誉 双方、ともに楽しんでやっているなら。うーん、ただ、少し不公平かな。
大地真央 なんですか。
加来典誉 しらみになっていない男の子が散髪してもらえないから。
大地真央 そうですね。
加来典誉 十代の男の子限定で、ナースの散髪を受けれるようにしよう。丸刈りだけだけど。希望者だけ、丸刈りにしてもらえるようにしよう。自分の好みのナースにね。一応、病棟中回っていいことにして。希望したら。この人がいいって。不公平だからね。自分の好みのナースに丸刈りにしてもらうとして。ひとつのサービスとしてね、病院の。いいんじゃない。
大地真央 わかりました。
加来典誉 女の子は伸ばしたいでしょ。
大地真央 伸ばしたいです。
加来典誉 で、これで終わった。で、今度は全体をし返すから。
大地真央 そうですか。
加来典誉 今度は、建物ごと立て替えることを考えて、それでし返してもらう。途中で寸断してしまっても大丈夫なように造ってもらうから。その間、患者さんは、どうするんだろうね。一旦、他の病院に転院だろうね。そうするしかないな。スペースないもんな。ばらばらに散らして。で、やるしかないな。閉じ込めとかないといけないから。
大地真央 そうですね。
加来典誉 あの子はもう退院したの?最初の子、男の子、山口さんは。
大地真央 退院しました。
加来典誉 やっぱり拘禁反応だった?
大地真央 そうです。
加来典誉 樋口さんはどうですか?
大地真央 退院しました。
加来典誉 そしたら、もうハッピーライフを満喫しているかな。長い髪を目指して。どれくらいになっているかな。ショートカットぐらいかな。ちょっと気の毒なことをしたな。
大地真央 そうですね。
加来典誉 本人は納得しているのかな?
大地真央 わからないです。
加来典誉 うーん、男の子は納得しているの?
大地真央 してますね、楽しいから。
加来典誉 ちょっと、女の子だけ、何か贈り物をしようか。何人いますか?
大地真央 五人です。
加来典誉 何がいいかな。何がいいと思う?
大地真央 わからないです。
加来典誉 ヘアバンドかカチューシャとか。
大地真央 いいんじゃないですか。
加来典誉 長い髪になったときに使ってくださいと。それから櫛とかね。短い髪の時は要らないでしょ。これから伸ばしてください、ということであげたら。一人、一万円を計上するから。
大地真央 そんなにですか。
加来典誉 とにかく物に凝ってください。コットン百とか、いいのを。立派なのをあげていいから。大人がつけるようなものを。何か皆さんでセンスのある方たちで選んで、もう退院している方だったら、ナースが外来の受付に渡して、そのときにお渡しするように、なんですかって言われたら、スポーツ刈りになられ時のお礼で、大したことないけどということで。
大地真央 わかりました。
加来典誉 入院している人は?
大地真央 三人です。
加来典誉 あげといてください。
加来典誉 わかりました。
大地真央 髪が伸ばせて、喜んでいるだろうね。でも、まぁいい体験ができたのかもしれない。滅多にしないから。はい、じゃあ、そういうふうにお願いします。

   加来病院第一病棟診察室 二週間後

加来典誉 女のへのプレゼントはあげましたか?
大地真央 あげました。
加来典誉 男の子は何人いました?
大地真央 七人です。
加来典誉 プレゼントは要らないですよね。
大地真央 要らないと思います。喜んでいるから。
加来典誉 女の子はどうでした?
大地真央 全員喜んでました。外来の子もすごく喜んでいました。綺麗な物をもらったって。伸ばしますって。
加来典誉 よかったね。これで不満は出ないかな。男の子は自分の好みの人に散髪してもらってるしね。じゃあ、これで解決ですね。お疲れ様でした。


神宮繁夫さん(精神病院での生活改善)

   加来病院第六病棟診察室

加来典誉 神宮さん、ぼく、担当になりました。院長が代わったから。天神のほうに行きたいんでしょ、独りで。
神宮繁夫 そうです。
加来典誉 うーん、途中で倒れられたりすると、困るんですよね。ばたっと倒れると。
神宮繁夫 困ります。
加来典誉 ひとつ考えていることがあってですね。普通の携帯電話を持っているでしょ?
神宮繁夫 持っています。
加来典誉 あれじゃなくてですね、病院で貸し出しの携帯がないかなと。
神宮繁夫 なんですか。
加来典誉 連絡先にね、病院の電話番号だけしか入っていないことにする。そしたら、もし倒れたりしたときに、やっぱり人が探すでしょ、携帯電話。探してすぐ連絡。他の人が、全然関係ない人が。まぁ。神宮さんは倒れないけどね、まだ。倒れたこと、ないでしょ?
神宮繁夫 ないです。
加来典誉 十台くらい携帯電話を買っておいて、代わりばんこにみんなで外出と。遠くまで自分の好きな所に行っていいと。時間内に帰ってきたら、どこにでも行っていいと。
神宮繁夫 それがいいです。
加来典誉 どこまででも一緒、あんまり長くなるとよくないです。滅多に行かないでしょ。間違っても人がいるから、倒れてもぱっと気付くから。そういうことをやってもいい。治療はね、一応、年取ったから、お薬を止めてもいいかもしれない。
神宮繁夫 嘘でしょ。
加来典誉 止めてもいいかもしれない。神宮さんは統合失調症だもんね。
神宮繁夫 そうですね。
加来典誉 統合失調症は四十過ぎると、弱まるんですよね。お薬止めても、ある意味、大丈夫かもしれないけれど、止めるには苦労が要る感じ。ぼーっとするのが取れる感じ。そうでもないね、神宮さんは慣れているから。
神宮繁夫 そうですね。止めたら退院やないかな。
加来典誉 荒木さんからなんか言われるかな。
神宮繁夫 暮らしていけないって。
加来典誉 病院がいいんじゃないですか。自由度があってね。自由に出れてね。薬止めても、入院はできるけどね。播磨さんが独り暮らししてるって。
神宮繁夫 播磨くんが?
加来典誉 独り暮らししてるって。週に一回、アパート借りて。
神宮繁夫 いいね。
加来典誉 まぁ、若いからね。
神宮繁夫 若い。無理だ。
加来典誉 自由に外出できればね。
神宮繁夫 そうそう、それがいい。
加来典誉 順番になる。週に一回とか。毎日できてもいいけどね。六病棟だけだろうね。開放病棟の。神宮さんは万年六病棟でしょ。もう一病棟に行くことはないでしょう。まぁ、少しお薬を減らしてみよう。
神宮繁夫 そうですか。
加来典誉 減らしても大丈夫かなと、実験してみたいんです。今ね、ルーランとリスパダールとリチオマールといくつか、デパケンは入っているね。そんな感じかな。レキシンは入っていないね。睡眠薬も入れているね。要るかなぁ。要らないかもしれないね。できるだけ薬に頼らないようにしたいんですよね。まずは睡眠薬から減らしてみますかね。寝れなかったら、また、言ってください。外出に関しては、ちょっと病院で話し合ってみます。みんなと。師長さんたちとかと。看護師さんたちがあんまり乗り気じゃないだろうってですか?まぁ、都合があるんでしょうね。自分も一生懸命、仕事、頑張っているからね。わたしはこんなに頑張っているのに、患者さんが色々、わがまま言ってきて、腹が立つと、そういうことだと思う。ちょっと許しとってください。まぁ、限界があるからね。医者は楽ができるけど、看護師さんは大変。医者は言うだけでいい。看護師さんは動かないといけないから。
神宮繁夫 わかりました。
加来典誉 ちょっと睡眠薬を減らしてみようと思います。半分くらいにしようと。ロヒプノールじゃなくて、フルニトラゼパムだね。スローハイムは入ってないし。フルニトラゼパムは強いから、ロヒプノールにしよう。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

神宮繁夫 寝れます。
加来典誉 今度はロヒプノールにしようかな。

   加来病院第六病棟診察室 二週間後

加来典誉 寝れるみたいですね。病院で話し合ったんだけど、反対派が多くてね。看護師さんで。無理っぽいの。独りで行きたいよね?
神宮繁夫 行きたい。
加来典誉 看護師さん同伴とかいやだもんね。
神宮繁夫 いやだ。
加来典誉 色々、行ってみたいもんね。いっぱしの大人だからね。子供じゃないからね。
神宮繁夫 そうですね。
加来典誉 姉ちゃんにいるところに行ってみたい?
神宮繁夫 姉ちゃんのおるところは行かんでいい。
加来典誉 お金かかるからね、姉ちゃんは。ぼくもデリバリーヘルスを頼んだことがある。初めてのキスは、デリバリーヘルスの女の子。二十七歳の時。大好きやった。仁掛宏美ちゃん。本名。源氏名は、まりえ。まりえっち。電気バリカンで坊主にしてもらった、頭を。好きだったから。一番いいラブホテル、パームゲートって言う所で。そこの一番いいスイートルームみたいなところ。お風呂はジャグジーのでっかいの。二階建て仕様。まぁ、姉ちゃんは、どうでもいいんだね。美味しいものが食べたいんだね。実験的にやってみようかな。若い人でね。お年寄りは少し怖いから。ちょっと、そういうふうに言ってみよう。二十代、三十代で、うまくいったら、お年寄りでもできると。そこらへんは心配しないでしょ。逃げ出す人がいると思うのかな。逃げ出さないと思うけど。逃げ出しても意味ないもんね。警察呼ばれるし。じゃあ、わかりました。

   加来病院会議室

加来典誉 どうですか、ナースの方たち。荒木さん。
荒木将人 ぼくは・・・、いいと思います。楽しいから。一生入院の人がいるから。どうせなら。
加来典誉 内野さん。
内野英俊 わたしは、わからない。
加来典誉 なんか起きるかもしれないね。
内野英俊 起きないと思いますよ。
加来典誉 若い人からやりましょうか。二十代、三十代。退院できる人で。倒れないと思うから。一応、携帯を三台くらい購入する。契約してみる。病院のお金で。簡単携帯、らくらくフォンみたいなの。すぐに通報できるように。電話でね。拾った人が連絡する。
ナース一同 それはいいですね。
加来典誉 自分の携帯だと色々連絡先が入っていてわからないと思うから。加来病院一個だけ、連絡先が入っているわけです。女性のナースはどう思っているんでしょう。
女性ナース わたしも若い人たちなら大丈夫と思います。
加来典誉 携帯を三台くらい購入しましょうかね。やってみましょうかね。じゃあ、そうですね、一応、わたしの責任でなんですけれど、実際に行動してくれる人を決めようかな。ナースのほうがいいかな。事務かな、訪問看護かな。ナースがいい?やっぱり。内野さん?偉いなあ。偉いねぇ。合気道で強いもんね。
内野英俊 関係ないです。
加来典誉 じゃあ、よろしくお願いします。時間は空けていいですから。休みの日は使わなくていいです。その用事で、って言ったら、抜けていいですから。二、三週間かかるでしょ。
内野英俊 そうですね。
加来典誉 男の子、二人と、女の子、一人ぐらいで、やってみましょう。

   加来病院第六病棟診察室 二週間後

加来典誉 特に問題ないね。六病棟だけだけどね。朝、十時に出て行って、四時に帰ってくる。特に問題ないですね。これでいいんじゃないかな。

   加来病院第六病棟診察室 三ヶ月後

加来典誉 戻ってくるもんね。長くなっている人を出してみるかな。神宮さんも行けるんじゃないかな。独りで。
ナース いいですよ。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

神宮繁夫 外出、楽しかったです。
加来典誉 睡眠薬もないですよね。
神宮繁夫 ないです。
加来典誉 寝れますか。
神宮繁夫 寝れます。
加来典誉 うーん、感情調整薬とドーパミン系の薬だもんね。ドーパミン系を少し抜かすかな。感情調整薬は要るもんね。どうしても暴れたくなるから、心が。なんかムカムカしたり。ドーパミン系を減らして、感情調整薬を増やすかな。幻聴とかはないから。ドーパミン系を減らすと、感情調整薬を増やさないと、釣り合わないんですよ。感情調整薬というのは、いわゆるセロトニン系なんですけれど、ここら辺が減るとね、どうも、変調をきたすんですよ。だから、増やしてみる。ぐらいでいいや。ドーパミン系をなくして、セロトニン系だけにする。できるかな。できないだろうな。ちょっと、変えてみましょう。眠くはならないと思います。寝れなくなるかな。ドーパミン系を三分の一ぐらい減らそう。リスパダールを減らしてみよう。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 眠れますか?
神宮繁夫 眠れないです。
加来典誉 あー、これはいかん。睡眠薬で寝るか、いやいや、やっぱり、飲まないといけない。同じですもんね、睡眠薬と。感情調整薬は増やしたんだけどね。睡眠薬のロヒプノールを出してみましょう。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

神宮繁夫 寝れました。
加来典誉 これでいいかな。どう、眠い感じはありますか。
神宮繁夫 前より楽になりました。
加来典誉 これぐらいですね。全部、薬をなくせるかな。まぁ、いつか、やってみたいですね。


杉田博美さん(鬱症状)

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、お名前、よろしいですか。杉田博美さん。何歳ですか。
杉田博美 二十一です。
加来典誉 どうなさいましたか。
杉田博美 なんかですね。突然、不安になることがある。
加来典誉 なんとなく、漠然とした不安感ですか。
杉田博美 そうです。
加来典誉 将来、どうなるのかな・・・。
杉田博美 そうじゃないです。
加来典誉 なんか不安で落ち着かなくなる。
杉田博美 そうです。
加来典誉 どんな時ですか。例えば、起きた時とか、寝る時とか。
杉田博美 起きた時です。
加来典誉 寝る時はない?
杉田博美 寝る時はないです。
加来典誉 早く死にたいと思う?
杉田博美 思ってないです。ははは。どうしてそう思うんですか?
加来典誉 あのね、人間というのは、寝るというのは、一種、死ぬようなものなんです。いよいよね、終わる時が来ましたと。寝る前に元気になるんですね。
杉田博美 そうですね。
加来典誉 まぁ、鬱状態ですね。鬱病まではいかないけれど、鬱状態。もう、終わりじゃあ、と。もうすぐ終わりだと、よかったと思って、ほっとして、夕方くらいから元気になるんです。鬱症状ということなります。鬱病ではないです。鬱病なると、一日中だから。朝から晩までずーっと不安で、寝る前だけちょっと元気になります。早く死にたい、早く死にたい。そこまではないですね。どうやったら改善できるかな。何か心の悩みはありますか。
杉田博美 ありません。
加来典誉 寝れてますか。
杉田博美 寝れてます。
加来典誉 何歳くらいからですか。
杉田博美 今年からです。
加来典誉 何かきっかけになる事件がありましたか。
杉田博美 わからないです。
加来典誉 うーん、難しいですね。
杉田博美 なんでですか。
加来典誉 お薬をあんまり入れたくないですよ。ぼくは入れたくない人だから。お薬を入れると、副作用があるから。眠くなったりとか。お薬が欲しいですか。
杉田博美 いや、いいです。
加来典誉 どうやって、鬱症状を緩和していけばいいのか、というのがありますね。鬱症状をどうやって。あー、これはいいですね。スポーツクラブに行って、ヨガしてください。コナミスポーツクラブ福岡天神店の本田茜という人がいます。
杉田博美 なんですか、それは。ははは。
加来典誉 ぼくの好きな人。
杉田博美 ははは。
加来典誉 わたしが三十三で、彼女が三十歳かな。あの、もともと出会ったのは、五年位前だから、わたしが二十八で、彼女が二十五だったと思う。最初は、デイ会員とかでいいから。その時だけの会員。試しに。毎日やるわけじゃないけれど。家でやってみてもいいでしょうね。ヨガマットを買って、家でやってみるのもいいですよ。持って行くのは大変だから。ネットで買うか、コナミで売ってますよ。それくらいしかないですね、今のところ。お酒は飲みますか。
杉田博美 飲まないです。
加来典誉 これもいいですよ。朝、やることを決めておくんですよ。必ずこれだけはやるということを。簡単なことをですね。例えば、ラジオを聴いてみるとか。好きなDJさんのラジオを聴いてみるとか。朝のラジオだったら、クラシックとか色々やっていますよね。好きなラジオを聴いてみるとか。何かひとつ決まったことをやってみる。自分が決めたことをやってみる。朝は起きれますか。
杉田博美 起きれます。
加来典誉 少しなんか聴いてやってみる。決めてね。好きなこと、自分が熱中できることはありますか。
杉田博美 ないです。
加来典誉 じゃあ、やっぱりラジオとかがいい。時間を決めて。十分くらいがいいかな。ちょっとやってみる。どっちがいいですか。
杉田博美 ヨガに興味があります。
加来典誉 では、ヨガをやってみてください。また来週来てください。いつレッスンがあるか、ネットで調べます。本田茜って調べて、茜は漢字です。
杉田博美 わかりました。
加来典誉 では、また来週。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか。ヨガやってみました?
杉田博美 やってみました。
加来典誉 どんな?わからない?
杉田博美 いや、効果がありました。
加来典誉 家でやってみた?
杉田博美 やってないです。
加来典誉 次の日、どうだった?
杉田博美 楽です。
加来典誉 ほんと?
杉田博美 はい。なんでですか。
加来典誉 どうもね、ヨガにはね、セロトニンという物質の、脳内の量を、正常化する作用があるようです。人間には、元気になる元気にならないということを決めている物質があるんです。それがセロトニンなんですけれど、それを調整する作用がヨガにはあるようです。身体の色んな所を曲げたり、伸ばしたりして、体内の循環を良くしているようです。偏りがなくなるようです。身体の偏りから、セロトニンの量の偏りができているのかもしれません。つまり、少なすぎるとか。それをいい感じに整えていくようです。多すぎる人は少なくなるし、少なすぎる人は多くなるから。じゃあ、ヨガだけでいいでしょう。週に二回あってますね。まぁ、行ける時に行ったらいいでしょう。仕事は大丈夫ですか。
杉田博美 大丈夫です。
加来典誉 じゃあ、ちょっと行ってみてください。あと、二回くらい週に一回、診察。あとは二週間に一回を二回、そして、月に一回を二回、後は好きなときに来てください。
杉田博美 わかりました。

   杉田博美の経過はその後、良好だった。


田中久仁子さん(神経症)

   加来病院第二病棟診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします。今日が初めてですね。うちの父に代わって、息子の加来典誉です。お名前は。田中久仁子さんですね。年齢は、四十一歳ですね。四年入ってますね。病名は、統合失調症ということになっていますね。入る時にですね、心の悩みがありましたか。
田中久仁子 なかったです。
加来典誉 じゃあ、お薬を飲みたかったでしょ。
田中久仁子 飲みたかったです。
加来典誉 いい、お薬を見つけられなかったかなぁ、うちの父が。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 だいたいその、入院の目的というのは、心を鎮めることにありますけれど、あの、自分にぴったりのお薬を見つけるという目的があるんです。見つけられなかったみたいですね、わたしの父の時に。
田中久仁子 先生なら見つけられますよ。
加来典誉 ちょっと、今、何飲んでいますかね。ルーランとジプレキサと感情調整薬ですね。うーん、そうですか、これは普通なんですよね。ちょっと、思い出してもらっていいですか。あの、入院する時に、なんかこう、壁とかを見ると、模様が人の顔とかに見えたり、周囲の物音が気になったり、嗅覚が異常に鋭くなったりしましたか。
田中久仁子 わからないです。
加来典誉 そうですか。例えば、イライラしていましたか。
田中久仁子 してなかったです。
加来典誉 では、どんな症状が出てました。寝れてなかったとか。
田中久仁子 寝れてました。妄想がありました。
加来典誉 例えば、どんな妄想でした?恥ずかしいなら人払いしますよ。
田中久仁子 いえ、いいです。
加来典誉 自分が神様じゃないかと思った。あ、ほんとですか。じゃあ、やってみますかね、いちかばちか。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 ちょっとパソコンをね、置いていきますからね、今度。今日でもいいですね。今日、置いていきますから。じゃない、一個決めているパソコンがあるから、持ってきますからね。ナースに行って。やり方はナースは知らないから、わたししかいないけれど。あのー、エッチなことを少し考えなら、少しですよ、バイブとかローターとかまでいかなくて、限界じゃなくて、少しエッチなことを考えて、インターネットで、ブラジャーとか、わからないけれど、グーグルで検索したり、リンクをたどったりしてください。閲覧履歴が残るんです。その履歴を解析しますから、わたしが。そこでちょっとどんなことに気になっているか読んでみましょう。おそらくこれじゃないかなぁと。
田中久仁子 わかりました。やってみます。
加来典誉 じゃあ、おそらく、わたしがこの病棟の診察が終わって、他の病棟に行く前にですかね。だから、一時間くらい後ですか。今、三時だから、四時ごろですか。五時ごろまでなら、ご飯が間に合いますね。
田中久仁子 間に合いますよ。
加来典誉 四十分くらい。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 がーっと焦ってやるとよくないから。ナースに時間を計ってもらってね。師長さんに言っておきますから。

加来典誉 師長さん、田中さんが、精神の分析をするから、パソコンで分析をするから、四十分時間を計って、独りきりで、ずーっとインターネットをしてもらって、見ないようにして、やってください。終わったら、呼んでください。じゃあ、田中さん、それでやってください。じゃあ、わたし別の病棟に行って、今日は結果は出せませんから。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 一応、病院の中と・・・。わたしの・・・。病院の中だけの秘密です。奥さんはいないから。
田中久仁子 はは、そうですか。
加来典誉 奥さんまで秘密、と言いたい所だけど、無理だから。病院の中だけの秘密です。それではやっておおいてください。

   加来典誉は結果を受け取った。田中久仁子のネットの閲覧履歴を見る。

加来典誉 コンロが出た。面白いな。鍋が出た。雑炊が出た。ああ、お鍋なんだな。スポーツ。サッカーが出てきた。野球も出てる。水泳も出てる。それぐらいらしい。スポーツマンの人と恋に落ちて、お鍋でもしたかな。その時に何かあったのかな。今度、診察の時に聞いてみよう。

   加来病院第二病棟診察室 一週間後

加来典誉 田中さん、ネットの閲覧履歴を見てみたんですけれど、お鍋の様子とね、食事の、それから、スポーツの、サッカー、野球、水泳・・・。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 スポーツマンの人と、例えばトライアスロンをするようなスポーツマンの人と、お鍋をしたことが記憶がある?
田中久仁子 あります。
加来典誉 そこがある。大事な記憶。
田中久仁子 大事な記憶です。
加来典誉 そこがどうも病気の基本になっているんじゃないかな。その人、結婚したんじゃないですか。
田中久仁子 結婚しちゃいました。
加来典誉 そこを田中さんはなんとかしようとしているんじゃないですか。そこをなんとかしようとするところから、自分が神様だというふうに思っているんじゃないかな。好きで好きでたまらなくて、その人以外に考えられないと思っていると。で、どうしても、ということで、自分が神様になってなんとかしようと。代償作用としてね、なったんじゃないかと。そしたら、何年ですか、その人、結婚して。
田中久仁子 もう、三年くらい。
加来典誉 入院した後ですか。
田中久仁子 そうです。
加来典誉 寂しい。
田中久仁子 寂しいです。
加来典誉 断られた?
田中久仁子 断られました。
加来典誉 あー、でも考えたら、わたしもよく患者さんに言っているんですけれど、男性が女性を断るときはね、女性がどんなにアタックしてもまず無理ですよ。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 男性は好みがあるんですよ。背が高い人が好きとか、低い人が好きとか。目がパッチリした人が好きとか、細い人が好きとか、童顔がいい、丸顔がいい、面長がいい。
田中久仁子 ははは。
加来典誉 好みがあるんですよ。好みに合致しない人は、女性として好きになれないんですよ。
田中久仁子 あ、そうですか。
加来典誉 まぁ、よっぽどイケメンさんで、何度も恋愛している人だったら、優しい人がいいと、性格が、となってきますけれど。一般的に男性は外見的な特徴で女性を選ぶときがほとんどですから。ぼくの好みの女性ということになりますから。ちょっと、それで無理だったと。
田中久仁子 そうですか。
加来典誉 ある程度、楽しんでですね、その人の友達で、田中さんと友達という人はいますか。
田中久仁子 いますよ。
加来典誉 その人に、男の人の女性の好みを聞いてみてください。電話ごしでいいから、今、入院中でね、どう?というと、ちがったー、ということになりますから。ほとんどそうです。今まで診てきですね。もう何人か診てきましたけれど、ほとんど違いました。ちょっと電話してみてください。たぶん、ちがうと思います。今後の治療方針ですけれどね。その人はまず無理でしょ。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 と思うでしょ。好みが違ったら。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 新しい素敵な人を見つけるしかないですね。
田中久仁子 なるほど。
加来典誉 と思って。その人は何歳ですか。
田中久仁子 四十くらいです。
加来典誉 じゃあ、同じくらい四十代位で、素敵な人を見つけるしか。出会い系のバーというのがあります。
加来典誉 心因性ですね。心の悩みですね。
田中久仁子 そうですね。
加来典誉 わからないですね。精神科というのは。ははは。出会い系のバーというのがあって。大名に。とりあえずバーに入って、中年、三、四十代の出会い系のバーってありますかって聞いたらあるかもしれません。中年人が多いようなバーということで。年がいった人用のバーとか。それか、大旅行して、東京に行くかですね。東京に行けば、確実に中年用の出会い系のバーはありますよ。やっぱり二十代が行くバーが多いでしょうね。という方針で行きましょう。
加来典誉 それから、師長さん、田中さんのどこが問題ですか。言っていいですよ。わたしの指示だから。
第二病棟師長 はい、ときどき夜中に変な声。
加来典誉 いつ頃からですか、入院して。
第二病棟師長 三年ごろからかです。
加来典誉 外出していないでしょ、最近。
田中久仁子 してないです。
加来典誉 拘禁反応だ。これは。あの、女の人しかいないから、オナニーしてますか。
田中久仁子 してます。
加来典誉 じゃあ、拘禁反応だ。そしたら、週にいっぺんくらい。お母さん来れますか。
田中久仁子 来れないです。忙しいから。
加来典誉 じゃあ、看護師さん誰か一人と一緒に。
第二病棟師長 一週間に一回ですね。
加来典誉 週に一回ね。金曜日がいいんですよね。
第二病棟師長 そうです。
加来典誉 金曜日にね、どこか自分の好きな所に、十時から四時まで出かけてください。お小遣い持って。どこ行ってもいいです。飛行場に行くのもよし、おいしい食べ物屋さんに行くのもよし。それで、様子見て、何にも叫んだりするようなことがなければね、入院期間が四年ということなので、四ヶ月間くらい安静だと退院です。長く入院すると、退院するための正常な安静期間も長いです。田中さんはお洒落ですよね。だから、わたしのほうからお洒落になりなさいと言う必要もないですね。じゃあ、一旦そうしましょう。

   加来病院第二病棟診察室 二週間後

加来典誉 やっぱり拘禁反応だったみたいですね。叫ぶのが止まりましたね。わたしも色々経験させてもらったから。お医者さんの質も上がったからですね。ニーズが高まったからですね、精神科の。昔に比べて、入るのが難しいというか、敷居が高くなったという感じで、優秀なやつが入りやすくなったと思います。精神病がポピュラーな病気になりましたから。うちの父の頃は、あんまり出来のいいやつがいないというか、そういう感じです。うちの父が出来がいいかどうか知りませんけれどね。
田中久仁子 わかりました。

   加来病院外来診察室 四ヵ月後

   田中久仁子は退院した。

加来典誉 家族仲はいいほうですか。
田中久仁子 いいほうです。
加来典誉 ちょっと身綺麗にして。病院の中にいると老けますからね。ちょっと時間かけて綺麗に。
田中久仁子 わかりました。
加来典誉 まぁ、原因がわかりましたから。妄想の原因も、夜、叫ぶ原因もわかりましたから。もう、バッチリじゃないですか。身綺麗にして、通ってもらって。薬は極力、減らすようにしますから。きついでしょうから。感情調整薬だけにしようかな。そして無くせるかもしれません。

   加来病院外来診察室 一年後

加来典誉 薬を止めるのはもう一年くらいかかりますかね。だいぶ減りましたけれど。朝はちゃんと起きれるようになりましたね。じゃあ、ちょっと仕事をしてみますか。肩慣らしから。できるところから。後は身綺麗にして。

   加来病院外来診察室 三年後

加来典誉 彼氏が出来ましたね。よかったですね。
田中久仁子 よかったです。
加来典誉 これで終わりです。よかった。言ってましたよね、女の人は、男に追わせるか、男の好みを事前に調査してアタックすると。この男の人ならわたしを好みと思ってくれると。追わせる場合は、何人か来ているから、そのうちの一人を選ぶと。どっちでした?
田中久仁子 追ってくるほうです。
加来典誉 よかったですね。おめでとうございます。


田中拓郎さん(神経症)

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、精神科医の加来典誉です。お名前を伺ってよろしいですか。田中拓郎さん。はい。どんなことでお困りですか。スキーをしていて、突然、おかしくなった。どんなふうにおかしくなりましたか。わけのわからない感じがする。なんかこう、宇宙人が乗り移ったような・・・。
田中拓郎 ははは、そんなんじゃないです。
加来典誉 ごちゃごちゃになったような感じ。
田中拓郎 そうです。ごちゃごちゃになったような感じ。頭の中が。
加来典誉 スキーがきっかけ、それ以降?スキーの時だけ。
田中拓郎 いや、それ以降です。
加来典誉 ちょっとね、壁とか床を見てください。模様があるでしょ、それが人の顔とか鬼の顔に見えますか?
田中拓郎 見えないです。
加来典誉 わかりました。それでは、テストをしてみましょう。ちょっと待ってくださいね。専用のパソコンがありますから。部屋がありますから、このパソコンを使って、いいですか、こんなふううにするんですよ、こういうふうにやって、このソフトを使って、インターネットを見るんです。で、グーグルのクロムですね、知ってますか。変わってますけれど、リナックスなんですこのパソコン。閲覧の履歴が残るんですよ。この履歴に関しては、病院内だけの秘密にしますから、とにかく安心して見てほしいと。で、少しエッチなことを考えて、例えば、女の胸とか、ははは、いきなり、アハアハ言っているような、セックスとかね、どスケベではなくて、ちょっとだけエッチな感じ、フェチがあったりして、ちょっと考えながら、インターネットして、何か少しポロッと出てくることがある。秘密が。何か過去に自分が抑えつけている記憶がポロッと出てくることがあります。だから、四十分ばっかしやってみてくれませんか。ちょっと案内しますから。わたしが案内しましょうね。こっちです。いいですか。ここでやってください。で、タイマーを置いておきますから、終わったら、看護師さんに行って、お帰りください。一日じゃ分析できないので、本当はできるけれど、患者さんがいらっしゃいますから、一応、今日中には分析して、来週に来られた時に、お教えします、結果を。
田中拓郎 わかりました。


   加来典誉自宅

加来典誉 最初に車がある。山がある。4WDの大きな車、テント、キャンプかな、またキャンプ、雪山、来週、聞いてみよう。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 えーとですね、テントとか山とか、ジープじゃないけれど、4WDの大きな車とか。なんかそのキャンプ場かスキー場で性的な体験があったんじゃないですか。
田中拓郎 ありました。なんでわかったんですか。
加来典誉 そこがエッチと結びついているんですよね。直接的に言ってみれば。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 キャンプ場でエッチをした?
田中拓郎 そうです。
加来典誉 みんなが知らない時に?
田中拓郎 そうです。
加来典誉 彼氏持ちですか。
田中拓郎 そんなことないです。
加来典誉 彼氏がいない人。どれ位の年齢の人ですか。
田中拓郎 同じ位です。
加来典誉 スキー場で?
田中拓郎 スキー場です。
加来典誉 強烈な体験?
田中拓郎 そうじゃないです。
加来典誉 やっちゃいけなかったと思ってる?
田中拓郎 思ってます。
加来典誉 だからかな。抑えつけているんじゃないかな。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 その人にまだ会えるんですか。
田中拓郎 会えますよ。
加来典誉 近くにいる?
田中拓郎 近くにいます。
加来典誉 セックスすること自体は悪いことじゃないですよ。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 子供ができたというわけではないし、セックス自体は悪いことじゃないから、ただ、キャンプ場で、そんなことをしてしまうと、友情もあるし、でも、みんな聞いたら、笑い話ですよ。可笑しいだけですよ。彼女はとても話さないでって言うと思いますけれどね。笑い話ですよ。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 そうですよ。お前、可笑しいよ。よくやったな、と、気づかれずに。可笑しいだけですよ。それを履き違えて、悪いことした、悪いことしたと思ってるから・・・。わけがわからない?
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 どうしていいかわからないわけですね。自分として。心の着地点というんですか。どういうふうに着地していいかわからなくなった。
田中拓郎 そうですね。
加来典誉 もういっぺんその女性に会ってみるのもいいと思いますよ。よくわからないことが時々ある?
田中拓郎 時々あります。
加来典誉 そういうことない?って女性に言うと。そんなことないって言われるかもしれませんけれど。女の人は強いからね。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 ちょっともういっぺん仲良くなってみてください。付き合わなくてもいいから。彼女には彼氏がいるでしょ?
田中拓郎 いますよ。
加来典誉 別に彼氏になるわけじゃないと。ただ、お医者さんに言われて、わけわからないのをなおしたいのだと。少し昔のスキー場とかの思い出を掘り返してみて、やっぱりよかったと、いい思い出になったと、けっして悪いことじゃなかったと、再確認してください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 二週間かかるんですね。じゃあ、それが終わってから診察しましょう。

   加来病院外来診察室 ニ週間後

田中拓郎 落ち着きました。
加来典誉 どうですか、わけがわからない感じは。
田中拓郎 だいぶとれました。
加来典誉 だいぶですか?
田中拓郎 いえ、もうないです。
加来典誉 もしわけわからなくなったら、彼女に会うようにしてください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 とりあえず、これでもういいです。
田中拓郎 そうですか。
加来典誉 もし、困ったな、どうも調子が悪いなと思ったら、また来てください。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 病名ですか?神経症でしょうね、強いて言えば。よくわからないですよ。統合失調症と鬱病は付けやすいんですけれど、それ以外は、どうもわからないですよね。パニック障害とか、強迫症とか、解離性人格障害とか、いろいろあるんですよ。個別に違っていて、極論すれば、ナントカさん病と名前をつけるのが一番なんです。田中さんは、強いて言えば、神経症です。この前やってもらったテストは、軽い精神分析みたいなものなんです。精神分析が効力を発揮するのは神経症と言われているんです。
田中拓郎 わかりました。
加来典誉 では、たぶん、大丈夫ですよ。また何かあったら来てください。

   田中拓郎は、その後、来なかった。


田中秀昭さん(幻覚=脳の構造異常)

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、精神科医の加来です。お名前をうかがっていいですか。田中秀昭さん。ご年齢は。二十一歳ですね。どんなご用件でしょうか。ご用件じゃないですね、すいません。お困りのことは何でしょうか。
田中秀昭 何か変なものが見える。
加来典誉 そうですか。どんなものですか。よくわからないけれど、変なもの。ふわふわ、白いもの。
田中秀昭 そうです。
加来典誉 あの、どれくらい前からですか。
田中秀昭 二ヶ月くらい前からです。
加来典誉 あの、作家の芥川龍之介さんが『歯車』という小説を書いているんですけれど、自分の眼の前に歯車が出てくるらしいんです。で、幻聴の方に言ったんですけれど、夢を見ているのが、起きた状態で起きているような感じですね。
田中秀昭 なるほど。
加来典誉 例えば、普通、夢で映像を見ますよね。
田中秀昭 見ます。
加来典誉 それが起きている時は見えない。
田中秀昭 見えない。
加来典誉 それが見えているような感じ。結局、脳の構造異常じゃないかと思います。ちょっと待ってくださいね。壁とか床を見て、模様が人の顔に見えますか。
田中秀昭 見えないです。
加来典誉 ああ、これは分裂病じゃないんだなぁ。ごめんなさいね、統合失調症という名前があります。昔は早発性痴呆と言ってました。これはちがいますね。わたしも臨床があまりないから。これは薬を入れないほうがいい。
田中秀昭 そうですか。
加来典誉 いつ、出てきます、一日で。
田中秀昭 朝です。
加来典誉 やっぱり朝ですね。寝た後でしょ。夢の続きが見えている、と思ってください。
田中秀昭 なるほど。
加来典誉 気になるでしょうけれど、いろいろ見えてくるでしょ、そしたら、自分も頭を振って楽しんでください。こうして、頭を振って、一緒に踊ってみてください。そうやってごまかして、不安でしょうけれど慣れてください。おそらく、二十一歳で発現するようになっていたんだと思います。脳の構造上。例えば、水がだんだんたまってくるでしょ。ゼロ歳からぽったんぽったんたまってきて、ある一定の所になると見え出す、みたいな感じだったと思います。もう付き合っていくしかないと思います。お薬で無理やり消すことはできるけれど、副作用があるから。飲みたいですか。
田中秀昭 いや、いいです。
加来典誉 では、適当にごまかしていくしかないです。ドーパミン異常とか、そんなのじゃないです。ドーパミンという物質がいっぱい出ると、幻覚が見えることがあります。それじゃないです。脳の構造上の問題だから。夢の続きが見れている感じ。だから、うまく付き合ってください。来週また来てくれませんかうまくやり過ごせているか。不安なのはわかりますけれど。わたし以外に信頼できる人に話してみてください。ぼく、脳の異常で、夢の続きが起きているときに見えるんだと言ったら、あまり変な顔はされませんから。幻覚というふうに言う人がいるかもしれないけれど、適当にやり過ごしていると言ったら、あまり変な顔はされないと思います。彼女はいますか。
田中秀昭 いますよ。
加来典誉 話してみてください。
田中秀昭 もう話しました。
加来典誉 昼間に出ると、問題だから、その時はまた言ってください。
田中秀昭 わかりました。
加来典誉 その時は、お薬があったほうがいいですね。
田中秀昭 そうですね。
加来典誉 困りますもんね。起きてからどれくらいに見えますか。
田中秀昭 一時間くらいです。
加来典誉 じゃあ、大丈夫です。また来週来てください。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか。
田中秀昭 見えるけれど、だいぶ楽になりました。
加来典誉 じゃあ、あと毎週二回来て、それから、二週間にいっぺん二回来て、後、一ヶ月にいっぺん二回来て、後は、昼間も見えたりして心配になった時に随時来てください。
田中秀昭 わかりました。

   田中秀昭の経過はその後、良好だった。


田中秀子さん(統合失調症)

   加来病院第六病棟診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします、先代の院長に代わって、わたしが、息子の加来典誉と申します。田中秀子さん、はい、お願いします。田中秀子さんは、カルテは、統合失調症ですね。二年間。今、二十五。長いですね。そろそろ退院したいでしょ。
田中秀子 退院したいです。
加来典誉 あの、お薬を飲むのは嫌ですか。
田中秀子 嫌です。
加来典誉 そしたら、これは心因性ですね。心の悩みから来ているんでしょうね。心の悩みがあったんでしょ、入る前に。あった。今は解決している。解決している。わかりました。そしたら、できれば、お薬を無くす治療をしたいんだけれど、今の所、開発されていないんですよ。やってみます?やらない。早く退院したい。わかりました。よし、そしたらね、薬の副作用なんですが、今、薬を飲んで、朝、七時とか八時に起きているじゃないですか、それが、実際に退院すると、夜、十時、十一時に寝て、朝、十一時、十二時まで寝ることがあったりします。
田中秀子 なんでですか。
加来典誉 あの、この病院というのはね、いつも同じ人しかいない、同じ空間でしかない。だから、ここは開放病棟だけれどね、六病棟で、同じような人しかいないから、刺激が限られていますよね。だから、疲れないんですよ。ところが、退院すると、いろんな刺激がやってきます。いろんな人にあったり、いろんな物があったり、それで疲れるんですよ。だから、ぐっと疲れて、いっぱい寝てしまうんですね。それが普通に働くために、薬の副作用として、難しくなったりします。どうします?
田中秀子 早く退院したいです。
加来典誉 よし、わかりました。そしたらば、カルテによると、時々、なんか看護師さんに言ってるみたいね。譫言みたいなことを言ってる。うん。よくわからないことを言ってる。どんなことですか、譫言って書いてあるから。これを書いたのは砂畑さん。砂畑さん、いない。みんな知ってる人いないですか。どんなこと言っているんですか。
ナース わたしは神様なんです、とか、なんでもできるんです、とかです。
加来典誉 そういう神様系のこと。入る前からですか。
田中秀子 そうでした。
加来典誉 ざっくばらんに言うと、色、カネ、名誉が多いんですよ、人間というのは。心の悩みからくる統合失調症は、欲しい物が手に入らない時になる病気なんです。何が欲しかったんですか。恋人ですか。お金ですか。誇り、名誉ですか。
田中秀子 誇りです。
加来典誉 馬鹿にされていましたか。
田中秀子 馬鹿にされていました。
加来典誉 なんでかな、なんで馬鹿にされていたんでしょう。
田中秀子 大卒じゃないから。
加来典誉 あー、なるほど。彼氏はいたんですか。
田中秀子 いました。
加来典誉 今は。
田中秀子 別れました。
加来典誉 遅いからね。二年も経ったし。
田中秀子 そうですね。
加来典誉 うーん、女の人にしては珍しいですね。誇りが欲しいというのは。うーん、まぁ、神様じゃなくてもね、例えば、会社の社長さんとかでもいいわけですか。
田中秀子 それでもいいです。
加来典誉 神様になるのはちょっと難しいだろうけれど、会社の社長さんになるというのは現実的ですね。退院したら、会社の社長さんを目指すということで、やっていきましょうか。で、実は、譫言を言っていることでね、 先生によって様々なんだけれど、退院できない理由を直接、言ってくる先生と、隠す先生がいます。なぜ隠すかというと、つまり、その、症状が緩和すれば、自然と言わなくなるだろうと。言ってしまうと、わざと無理をして隠して言わなくなるから、それでは、症状がわかりにくくなるから、とりあえず、何も言わないでおこうという先生もいます。わたしは言う先生です。どういう理由で退院できないか言う先生です。というのはね、ふりをするというのも結構、大事なんです。わざと言わない。例えば、自分が神様だと思っていても、わざと言わない。これは結構、重要なことなんです。それができれば、世の中でやっていけますからね。先生によって様々です。だから、言わないようにしてくださいね。神様とか、なんでもできるとか。看護師さんにも患者さんにも言わない。それを二ヶ月続けたらOKです。一ヶ月は週に一回、外泊して過ごしましょう。二年だから、二ヶ月。大丈夫な期間がね。三年入ったら三ヶ月。一年だったら一ヶ月。五ヶ月だったら、やっぱり一ヶ月。やれそうですか。
田中秀子 やれます。
加来典誉 退院してから、もうちょっと考えてみましょう。いいでしょ。
田中秀子 いいです。
加来典誉 そしたら、様子を見ましょう。もう、お薬はだいぶ整理できないかな。感情調整薬は入ってないもんな。ルーランだけか。これだけでいいか。急に無くすと怖いからね。ぼーっ、としたりしませんか。しない。それじゃあ、いいか。薬を止めるのですか?頑張ればですね。色々工夫しないといけない。止めたいですか。
田中秀子 いや、いいです。
加来典誉 わかりました。では、このまま続けていきましょう。

   田中秀子は、二ヵ月後退院した。

   加来病院外来診察室

加来典誉 よかったですね。退院できて、約束どおりでしたね。
田中秀子 よかったです。嬉しいです。
加来典誉 社長さんになってみたいんですよね。うーん、ご親戚で事業家の方、いらっしゃいますか。いない。お医者さんいますか。いない。難しいな。大学を出てないのが、気になっている。どうしたらいいかな。うーん。尊敬されたいんですよね。
田中秀子 尊敬されたいです。
加来典誉 数学は得意ですか。
田中秀子 得意です。
加来典誉 社会は得意ですか。
田中秀子 得意です。
加来典誉 税理士になってみます?
田中秀子 なれるんですか。
加来典誉 なれますよ。頑張れば。
田中秀子 やってみます。
加来典誉 できますよ。高卒でも。
田中秀子 そうですか。
加来典誉 確か、なれると思います。あの、大原という所がありますから。税理士になるための学校で。有名ですよ。大原簿記専門学校という所。ちょっと、スマホで調べてもらって。
田中秀子 ありました。
加来典誉 電話してみてください。高卒でも税理士になれますか、ということで。今、いいですよ。

   田中秀子は、専門学校の大原に電話した。

田中秀子 高卒でもなれるみたいですね。公認会計士もなれるみたいですね。頑張れば。やってみます。
加来典誉 やってみましょう。そしたら、頑張ってください。簿記一級を取れとか、言われると思います。日商簿記。商工会議所の資格があるんです。何年かしたら取れると思います。

   加来病院外来診察室 数週間後

加来典誉 どうですか、勉強のほうは。寝るでしょ。
田中秀子 いっぱい寝ます。
加来典誉 きつい?
田中秀子 きつくないです。
加来典誉 勉強はできてますか。
田中秀子 できてます。
加来典誉 今、薬がいいからね。知能には影響はないから。眠くなるだけで。


   加来病院外来診察室 三ヵ月後

   田中秀子は、日商簿記二級に合格した。

   加来病院外来診察室 六ヵ月後

   田中秀子は、日商簿記一級に合格した。 

加来典誉 たいしたもんですね。
田中秀子 そうですね。言われています。
加来典誉 いよいよ、税理士の試験ですね。
田中秀子 そうですね。

   加来病院外来診察室 二年後

加来典誉 税理士になったんですね。良かったですね。
田中秀子 わたし、これで嬉しいです。念願が叶いました。
加来典誉 神様とかじゃなくていいでしょ。
田中秀子 いいです。
加来典誉 これでほぼ終わりです。治療は。
田中秀子 そうですか。
加来典誉 後は、二週間に一回、三ヶ月くらい来てもらって。さらに月に一回を三ヶ月来てもらって、後は、来なくていいです。好きなときにだけ来るだけでしていいです。あ、無理だ、薬を飲んでいるから、最低でも月に一回ですね。
田中秀子 薬は止めなくていいです。
加来典誉 では、そうしてください。


田中寛子さん(統合失調症)

   加来病院病棟

加来典誉 入院患者さんですか。今、どこですか。保護室。暴れている。もう入れたんですか。わかりました。男性、女性どっちですか。女性。何歳ですか。二十一歳。お名前は。田中寛子さん。えーっと、じゃあ、美人さんは?久家さんと亀井さん、どっちもいる。じゃあ、お水と氷の用意をしてください。

   加来病院第一病棟保護室

加来典誉 じゃあ、入りましょう。止まらないですね。じゃあ、いつものをやりますかね。みなさん、正座しましょう。はい正座。なむぶつ。なむほう。なむそう。なむくおんんじつじょうほんししゃかむにぶつ。なむいちじょうみょうほうれんげきょう。なむまっぽううえんのだいどうし。ほんげじょうぎょうこうそにちれんだいぼさつ。ろくちゅうくろうそうとうしゅうもんれきだいにょほうくんこうのせんしせんてつ。べっしては。ほけきょうおうごのしょてんぜんじん。そうじては。じっかいかんじょうのしょそんとう。らいとうどうじょうごほうみのうじゅー。むじょうじんじんみみょうのほうわー。ひゃーくせんまん・・・、

   田中寛子、笑い出す。

加来典誉 じゃ、ちょっといいですね。みなさんちょっと、体操座りしましょう。お水を飲みましょう。
田中寛子 なんでこんなことするんですか。
加来典誉 うーん、落ち着くから。これをすると。だいたい患者さんはお経を言うと、落ち着く人が多いの。日本人だから、みんなお経を聞いているんだろうね。むじょうじんじんからで、よかったかな。
田中寛子 ははは、すごいですね。
加来典誉 覚えましたよ。ずっと聞いて。あの、眠れなかったですか。ここにくる時。
田中寛子 眠れなかったです。
加来典誉 何か心の悩みがありましたか。
田中寛子 なかったです。
加来典誉 あらら、これは脳疾患かな。何晩くらい寝ていないですか。
田中寛子 二晩。
加来典誉 困ったな。寝れなくて脳疾患というのをあんまり診てないから。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 本当に心の悩みがないですか。
田中寛子 ないです。
加来典誉 そうですか。判断を誤ると、大変なことになりますからね。じゃあ、お薬を飲んでみたいですか。
田中寛子 飲んでみたいです。
加来典誉 あ、これは大丈夫だ。脳疾患だ。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 そしたら、ちょっとお薬を、弱目だけれどあげておきます。あんまり強いのを出すと、身体がびっくりしますからね。太ると嫌だから、ルーランを出しましょう。ジプレキサは太りますからね。太る体質ですか。
田中寛子 太ります。
加来典誉 ルーランを出しておきますから、はい。ちょっとね、ここで、落ち着くまで、二日か三日くらいおってください。看護師さんが判断しますから。もう落ち着いたなと思ったら出れますから。つまり、大声を上げたりとか、そういうことをしないで、ちゃんと夜に寝れていたら、たぶん大丈夫です。一応ね、夜、十時ごろに看護師さんが見回りに来ますから、もし寝れてなかったら、お薬をくださいと言ったら、睡眠薬をもらえますから。今、昼でしょ、晩にルーランを飲んでもらいます。寝る前ですね。八時頃。で、寝れたらいいですね。寝れなかったら、追加のお薬を飲んでください。あまり強くないお薬ですから。ロヒプノールというお薬がちょうどいいと思います。ちょっと、それで様子を見ましょう。二、三晩、二回か、三回寝たら、出れますから、ここから。あのね、ここは閉じ込められるんだけど、刺激がないんですよね。人がいないし。なんにもないでしょ。人間というのは、なんにもない、人がいないとね、落ち着くんですよ。そのために入ってもらうんです。閉じ込めて、意地悪しているわけではないんです。ここは軍隊の特殊施設とか、そういうのじゃないですから。普通の精神病院です。精神病院に入ったら、もうわたしは終わりとか思わないでください。わたしも入ったことがある。大丈夫ですよ。
田中寛子 どうして入ったんですか。
加来典誉 あのね、女優の上原多香子さんを好きなってね。好かれているっていう妄想を持っているということで、精神病院に入っちゃった。うちの父も精神科医だったから、治療してくれたけどね。妄想じゃないと思ったんだけどな。でも、ぼくも精神科医になることにした。その前に、プログラマーも経験したんだけどね。色々、頑張ってね、結局、精神科医になった。継ぐことにした、病院を。加来病院だからね。なんにも心配しなくいい、なんとかなるから。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 お薬も弱めだからね。もともと脳疾患のね、つまり、脳の疾患の場合の方の、精神薬を投与する場合は、そんなに副作用が出ないんですよ。心因性といって、心の悩みの人に薬を入れると、副作用が出やすいんですよ。どうもそんな傾向が見えますね。診てると。だから、大丈夫ですよ。ちょっと様子見ましょう。ちょっと出るまで待ってますから。来週、また、何曜日かな、水曜日ですね。診察しますから。水、飲みましょうか。おいしいと思いますよ。わたしたちも飲みますから。水にお薬が入ってたら大変と思うでしょ。わたしたちも飲みますから。どれでもいいですよ。どれ飲んでもいいんだから。わたしたちが先に飲みますから、絶対に違うってわかるでしょ。
田中寛子 ありがとうございます。
加来典誉 はい、いいですよ、大丈夫です。わたしたちの仕事ですから。
田中寛子 おいしいです。
加来典誉 そしたら、お母さんに来てもらいましょうね。鉄格子越しになりますけれどね、差し入れしてもらいましょう。何か欲しいものないですか。セブンイレブンがあるから、何か買って来てもらおうと思って。プリンがいい。なめらかプリンですか。ちがう。焼きプリン。わからない。なにかプリン。美味しいプリン。一個でいいですか。一個でいい。飲みのは。いらない。じゃあ、プリンを一個、買ってきてもらいましょう。じゃあちょっと、お母さんに言っておきますから。この女の人たちは来ないけれど、別の女性か男性がお母さんを連れてきます。男性が来ても、怖がらなくていいから。優しい人だから。怖くないから。
田中寛子 わかりました。
加来典誉 では、また水曜日に会いましょうね。

   加来病院第一病棟診察室 水曜日

加来典誉 出れたかな。出れましたね。どうですか、寝れましたか、最初の晩は。
田中寛子 寝れました。
加来典誉 どうですか、落ち着きましたか。落ち着いた。ルーランだけで落ち着いたのかな。あー、このまま様子見ていて、だいたい一ヶ月半くらいで退院ということになりますかね。
田中寛子 そうですか。
加来典誉 最後、三週間ぐらい、外泊って言って、週に一回、自分のうちに泊まってみてね、それで良かったら、退院しましょう。特に問題ない感じですけどね。わたしの見る限り。何かどこか引っかかるところがあるかな。寝れなくて、というのはちょっとおかしいかったなと思いましたけどね。でも、あるんでしょうね。寝れなくなるのかな。寝れなくなって、症状が出たのかもしれないですね。心の悩みは本当にないんですよね。
田中寛子 ないです。
加来典誉 じゃあ、これは脳疾患だから、様子を見ましょう。じゃあ、また水曜日、来週。

   田中寛子、一ヶ月ほどして、外泊後、退院。

   加来病院外来診察室

加来典誉 大丈夫ですか。もう、心配ないですか。じゃあ、薬だけもらいに来てください。最初のうちは週に一回来てください。で、まぁ、三ヶ月後から六ヶ月後が、二週間に一回に切り替えて、あとは、一ヶ月に一回でいいですよ。来るのは面倒ですからね。ただ、お薬は飲み忘れないようにしてください。命をつなぐお薬ですからね。きれいに精神を整えるためのお薬ですから、どうか、よろしくお願いします。

   田中寛子は順調に社会生活を行っていった。


田中史也さん(統合失調症)

   加来病院第二病棟診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします。前、主治医が院長だったんですよね。わたしの父だった。はい。田中史也さん。三十五歳ですね。統合失調症。三年間入院。三十二のときに入ったんですね。初めての入院ですか。
田中史也 初めての入院です。
加来典誉 なんで退院できないのかな。ちょっと待ってください。ぶつぶつ言ってる。歩いている時に。何か話しているんですか?
田中史也 話しています。
加来典誉 それがいけないということかな。一応、ぶつぶつ言っても、社会に迷惑をかけなければ、全然いいんですけれどね。わたしの考えなんですけれどね。まぁ、街中で、ぶつぶつ言っても、わからないですよね。聞こえないから。ただ、人が一緒にいる時に、ぶつぶつ言うと、ちょっとおかしな人と思われるから、それはNGと。それがわかっていたら退院です。看護師さんが近くにいるのに、ぶつぶつ言っていると、これはダメです。遠くにいて、だれも聞けない時にぶつぶつ言う、これは大丈夫です。わたしの考えですけれど。誰かとお話しているんですか。してる。偉い人と。偉い人。まぁ、イエス=キリストさんも偉い人と話していたから、そういうことはあるかもしれません。ないとは言えないから、否定はしません。ただ、みんなと一緒にいる時に、ぶつぶつ言うのはNGです。そこを訓練しましょう。看護師さんがいるなぁと思ったら、ぱっと止めましょう。ぶつぶつ言っていいのは、独りでいる時だけ。あとは、ざわざわみんながいっていて、自分が言ってもわからない時だけ。外で言っても、みんなわからないでしょ、うるさいから。ちょっとそこを頑張ってみましょう。ここに入るときに、心の悩みはありましたか。なかった。これは脳疾患だな。声が聞こえてくるけれど、いい声ですか、悪い声ですか。悪い声。これは気の毒だな。命令してくる?命令してくる。お薬で調整するしかない。ずーっと治らない。治らない。お薬が多いときついでしょ。きつい。社会生活が送れないもんな。どんな声ですか。
田中史也 便所に行けとか、言ってくる。
加来典誉 行きたくない時に。
田中史也 そうです。
加来典誉 声と遊んでみたことはありますか。
田中史也 あります。
加来典誉 つまらない。
田中史也 面白いです。
加来典誉 遊んでみてください、声と。やーだ、お前が行けとか。
田中史也 ははは。
加来典誉 色々、言ってみてください。そうやって遊んでみてください。薬はこれ以上、増やしたくないです。本当に声が消えるかどうかもわからないから。一旦増やしてみる?わからない。増やして欲しくない?きついから。とりあえず声と遊んでみてください。ちょっとそれでやってみましょう。

   加来病院第二病棟診察室 一週間後

加来典誉 ナースどうですか。田中史也さん。
ナース だいぶいいです。ぶつつぶ言わなくなりました。
加来典誉 そうでしょうね。わたしが、言ったから。独りの時だけしか、ぶつぶつ言ったらいかんと。
ナース そうですか。
加来典誉 人がいる時に、ぶつぶつ言うの禁止と。それが普通の人だからですね。
ナース それもそうですね。
加来典誉 独りでいる時にぶつぶつ言う人はいるでしょ。
ナース そうですね。
加来典誉 それと同じ。

加来典誉 田中史也さん、だいぶ良くなりましたよ。
田中史也 そうですか。
加来典誉 これで三ヶ月くらい調子が続けば退院です。訓練しましょうね、ここで。

   田中史也、三ヶ月ほどして、外泊後、退院。田中史也の母親が喜んでいる。薬を減らしていっている。

   加来病院外来診察室 

加来典誉 苦しい?もうちょっと薬を増やしますか?これくらいでいい。だいぶ楽になった。では、これで続けていきましょう。声が聞こえるのは、うまくあしらわないといけない、一生の問題だから。頑張ってください。では、お願いします。


田中裕子さん(神経症)

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします。精神科医の加来典誉です。お名前を伺っていいですか。田中裕子さん。はい。何歳ですか。
田中裕子 十八です。
加来典誉 どんなことでお困りですか。お母さん?
田中裕子の母 突然、叫び出すことがある。
加来典誉 どんな所で叫びますか。
田中裕子の母 電車の中です。
加来典誉 電車の中が一番、多い?
田中裕子の母 電車の中だけです。
加来典誉 わたしの経験からなんだけれどね、止まる時じゃないですか。
田中裕子 なんでわかるんですか、ははは。
加来典誉 あのね、わたしの予想なんですけれど、ききーっ、と止まって、ばーっと詰められた経験があるんじゃないかな。ぎゃーんと人が寄ってきて、おじさんとか、おばさんとか、おしりががーっと寄ってきて、押しつぶされた経験があるんですよ。それでフラッシュバックになって、怖くなるんでしょ。小さい時のね、たぶん、まだ小学校四年生くらいかな、きゃーっ、と言って、死ぬんじゃないかと。小学校四年生ですか。
田中裕子 小学校四年生です。
加来典誉 叫んでいいです。慣れることです。電車にいっぱい乗ってください。なるほど、こんなものかと思って、だんだん治ってくると思います。二週間後にまた来てください。

   加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 どうですか。
田中裕子 だいぶ慣れてきました。電車が止まる時に。怖くないです。
加来典誉 これからもずっとやってみませんか。
田中裕子 そうですね。
加来典誉 時間が許す限り。好きな人とか、お友達とか、一緒に乗ってみて。
田中裕子 ははは。
加来典誉 楽しくね。独りがいいかな。他人がいると、心がそれるから。
田中裕子 そうですね。
加来典誉 独りが一番、苦しいから。
田中裕子 一番、苦しいです。
加来典誉 叫んでいいです。いいです。殴ったりするなら別ですけれど。半年くらい続けてみてください。半年くらい後に、また来てください。

   加来病院外来診察室 半年後

加来典誉 どうですか。
田中裕子 もう治ったと思います。
加来典誉 後はきついときとか、お母さんから見ておかしいなと思ったときに来てください。
田中裕子 わかりました。


田中優梨子さん(鬱病)

   加来病院第二病棟診察室

加来典誉 院長が辞めたので、代わりに入ることになりました。加来典誉です。田中優梨子さん。何歳ですか。二十五歳。入院して一年。どうしたのかな。入院した時は、ギャーギャー言っていました?言っていなかった。鬱病?鬱病。お父さんが亡くなった?
田中優梨子 なんでわかったんですか。
加来典誉 だいたいそれが多いんですよ。お父さんが亡くなって、鬱になる人。女の人はね、特に。では、働いていた頃だったんですね。
田中優梨子 そうです。
加来典誉 では、そう言う人に言うんですけれど、天国でお父さんが生きているとして、田中さんになんて言います?
田中優梨子 優梨子、早く元気になれ、って言ってる。
加来典誉 それから。
田中優梨子 退院しろ、って。
加来典誉 それから。
田中優梨子 結婚しろって言ってます。
加来典誉 そうじゃないですか、きっと。
田中優梨子 そうですね。わたしもそう思います、ははは。
加来典誉 あのね、これはごまかしなんだけれどね。本当に本当じゃないだけれど、お父さんと話す方法がある。あの、スターウォーズのジェダイが死んだ人と話しているのがある。あれと同じで、お父さんといくらでも話しができる。いろいろ話せるでしょ。
田中優梨子 話せます。
加来典誉 今日のご飯は何がいいとか。
田中優梨子 そうです。
加来典誉 なんでかわからないでしょ。
田中優梨子 わからないです。
加来典誉 これはね、田中さんの、田中優梨子さんの頭の中に、お父さんの記憶がいっぱい詰まっている。だから、お父さんだったら、こう言うだろうっていうなっていうのが、頭の中でだいたいわかっちゃってる。だから、どう言えば、どう言うってことがわかるわけね。こう言えば、ああ言うみたいな。わかってしまうという。お父さんの脳みそが頭の中にできてしまっている。一部、小さいけれどね。だから、話せる。寂しくなったら、これやってみたら。退院して結婚して仕事してね、それがいいだろうね。
田中優梨子 そうですね。
加来典誉 ナースから見て、元気がない?元気がない。だからでしょうね。今は退院でしょう、希望は?
田中優梨子 そうですね。
加来典誉 もうちょっと元気を出さないといけないな。例えば、そうだな、何かやらないといけないね。
田中優梨子 そうですか。
加来典誉 あの、OTのね、いわゆる作業療法に参加するのもいいし、もしくは、そうだなぁ、音楽を聴いてみるとかね、あとは本を読んでみるとか、そういうなにかこう活動的なことをしてほしい。そしたら、何かやってるなぁということで、ポイントが上がるんだけど。何がいいですか。作業療法。では、作業療法に参加してみてください。だいぶ点数が上がりますよ。ねぇ、ナース、内野さん。
内野英俊 うん、上がります。
加来典誉 じゃあ、やってみてください。内野さんがいくつくらいかって。いくつですか。
内野英俊 いくつでしょう。
田中優梨子 三十五、六でしょう。
内野英俊 そんなに若くないですよ。
加来典誉 すごいもんね、強くてね。合気道でね。優しくてね。わたしもいいな。ああいう人は安心だもん、ボコボコにされないから。合気道は痛くないからね。警察も合気道を習っているらしいもんね。柔道もいいけどね。柔道も結構、危ないからね、投げたらね。危ないよ、畳の上だからいいけどね、ポーンと投げて、コンクリートの上だったら、頭を怪我するからね。合気道のほうがいいよ。アイタタタってなるんだよ。
内野英俊 そうですね。よく知ってますね。
加来典誉 それでね、もう止めるんだよ。相手が。暴れるの、止めるの。わたし、知ってるから、合気道。ぼくはしきらんよ。空手とかはボコボコにしちゃうからね。寸止め・・・。極真空手とかは、ね・・・、ま、関係ないね。ま、やってみて。で、一応、お薬は今のまま出しておきます。先代の院長の時のまま出しておきます。元気が出てきたら、少し減らしたりしますから。はい、やってみましょう。

   加来病院第二病棟診察室 二週間後

加来典誉 どうですか。内野さん。だいぶ良くなった。三ヶ月くらい様子見るかな。
内野英俊 そうですね。
加来典誉 院内散歩を許可しておこう。

   田中優梨子、三ヶ月ほどして、外泊後、退院。

   加来病院外来診察室

加来典誉 どうしようかな。どうですか。今、やりたいことは何ですか。結婚じゃない。
田中優梨子 結婚じゃないです。
加来典誉 何かしたいことはないですか。美味しいものを食べたりとか。
田中優梨子 そうですね。美味しいものを食べたいです。
加来典誉 それをやってください。お母さんと一緒に。
田中優梨子 そうですね。
加来典誉 どんなことがしたいですか。
田中優梨子 わからない。
加来典誉 とりあえず、お仕事をしてみたらどうですか。ごめんなさい、ちょっとまだ早いかな。一年入っていたから。えーと、まぁ、家事手伝いでもしていたいたらどうですか。
田中優梨子 そうですね。
加来典誉 掃除したりとか、料理してみたりとか。それを半年くらいやってみて、ようやっと、外で働いてみると。家事手伝いすると、結婚には役に立ちますからね。家で料理が作れるって、重宝がられますよ。料理ができて、働けたら完璧ですよ。後はお洒落をして、ヘアスタイルも綺麗にしてね。いい旦那さんができると思いますよ。働くとお金ができるじゃないですか、そのお金でお洒落ができますから。
田中優梨子 嬉しいです。
加来典誉 良かったね。良かったですね。本当に。とりあえず、半年、週に一回来てください。薬も最低維持量まで減らしていきますから。なくしてもいいのかもしれない。それは結婚してからですね。また憂鬱になったら困るから。結婚して少したってから。鬱病の薬は無くせるから、理論上。統合失調症の薬と違って、無くせるんですよ。なんとななると思います。半年位して、何か、バイトして、お洒落ができるといいですね。好きな雑誌もありますよね。
田中優梨子 あります。
加来典誉 綺麗になって。出会いの場はありますか。
田中優梨子 あります。
加来典誉 そのうち、相手は見つかりますよ。

   田中優梨子、二年後、結婚。

   加来病院外来診察室

加来典誉 じゃあ、一年間くらい、結婚生活を続けてください。その後から、無くしますから、薬を。面倒臭いでしょ。
田中優梨子 面倒臭いです。
加来典誉 飲み忘れるもんね。

   加来病院外来診察室 一年後

加来典誉 薬を無くしたけれど、どうですか。
田中優梨子 なんとかなりそうです。
加来典誉 あなたは、あれですもんね、心因性、心の悩みですからね。
田中優梨子 そうですね。
加来典誉 先生によっては、薬が必要って言う先生もいますけれど、症状が出ていない時に、薬をあえて投与する必要はないと思うんです。統合失調症は違いますけれど、鬱病は無くしてもいいから。診察はこれから一ヶ月に一回にしましょう。面倒臭いもんね。この状態で、一年か二年続いたら、もう来なくていいです。後は好きな時に来ていいです、挨拶くらいで。
田中優梨子 わかりました。
加来典誉 よろしくお願いします。


田中洋子さん(鬱病)

   加来病院病棟

加来典誉 新患さんですか。はい。わたしですか。はい。どんな方ですか。十五歳。たった十五歳。女性の方。状況は。何かしょんぼりしている。わかりました。外来ですか。外来。今日は外来診療日?じゃない。わかりました。いいでしょう。行きます。田中さん。田中洋子さん。

   加来病院外来診察室

加来典誉 元気がないですね。
田中洋子 元気がないです。
加来典誉 ふられましたか。
田中洋子 ふられていないです。
加来典誉 なんで元気がなくなってしまったのかな。犬が死んじゃたから。
田中洋子 そうじゃないです。
加来典誉 おばあちゃんが死んでしまった。
田中洋子 そうです。
加来典誉 ほんと。だいたいわかる。あのね、精神病、その中で、脳の病気じゃなくて、心の悩みで精神病になる人は、大体、二つ種類がある。大事な物、大事な人を失った人、それから、欲しいものが手に入らない人。大体二種類ある。で、大事な物、大事な人を失った人は、鬱病、もしくは鬱症状。
田中洋子 病気ですか。
加来典誉 病気まで行かなくても症状という場合もあります。鬱症状という。統合失調症という病気もあって、これも症状である場合と、本格的な病気の場合があります。欲しい物が手に入らない。例えば、何度も何度も失恋して、女の人が欲しいとか、お金が欲しいけれどないとか、大学を卒業したかったけれどできなかったとか。そういうふうなこと。おばあちゃんが心の拠り所だったのかな。よくね、そういう人に言うんだけど、もし、おばあちゃんがね、あの世でね、洋子さんのことを見ているとしたら、どういうふうに言っていますか。
田中洋子 もうちょっとしゃきっとしなさい。
加来典誉 あと他には?
田中洋子 勉強しなさい。
加来典誉 それだけ。それをやればいいんじゃないですか。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 例えばね。これはごまかしなんだけれど、さっき話せましたよね、おばあちゃんと。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 さみしくなったらね、おばあちゃんと話すことができる。おばちゃん、これどう思うというと、色々、話してくれます。
田中洋子 ははは、なるほど。
加来典誉 なんでこんなことができるかというとね。死んだ人の記憶がずーっと残っているんですよ、自分の頭の中に。この人だったら、多分、こういうふうに言うんじゃないかなって予想がつくわけです。だから、できるんです。本当じゃないんですよ。本当に話しているんじゃないですよ。テレパシーとか。そうじゃないです。でも、まるでテレパシーで話しているように、話すことができます。それでごまかしながらやっていって、ひとつ喜びとするものを見つけないといけないですね。そうだなぁ。お母さんとの関係がうまくいっていないんじゃないかな。
田中洋子 なんでわかるんですか。
加来典誉 だから、そこでおばあちゃんということになったんじゃないかな。
田中洋子 そうです。
加来典誉 そこを改善すべきですね。何か娘さんとうまくやっていけない理由があるんじゃないですかね。
田中洋子の母 あります。
加来典誉 そこをうまく調整していきたいけれども、わたしにお手伝いできますかね。
田中洋子の母 できると思います。
加来典誉 どういう所に問題があると思いますか。お母さんの方から見て。なかなか仲良くなれない。どうしてですか。わからない。なんとなく他人行儀になる。お仕事してますか。してる。お食事はどうしていますか。冷凍食品とか。いつ頃からですか。ずっと前から。旦那さんいますか。いる。わたしが思うのはね、高校まで子供を卒業させてあげるのが、親の務めと思うんです。そこくらいのお金でいいんじゃないですか、学費は。もしもね、私立の高校でもということも考えて。そして、大学に行きたいなら、公立の高校に行けば、大学に行けますね。ぐらいで見ていたらどうですか。そして、資金の換算をしてみると。これだけいるとまず計算してね、それから家計簿をつけてみてください。ここ一ヶ月でいいから、まずは。必要だと思いますよ。いくら使うかわかるでしょ。そしたら、わたしはこんなに働いているけれど、ここまで働く必要はなかったとわかりますから。この程度でいいなら、パートも仕事もこの程度というふうにして。パートですか。パート。そしたら、この程度でいいというふうにして、できるだけ、お食事を洋子さんのために作ってあげるようにしたら、自然と関係が良くなってくるんじゃないでしょうか。お母さんの料理を食べると、それだけでだいぶ違いますよ。昔はお食事を作っていたんでしょ。作ってた。その頃は関係がよかったですか。よかった。だいたいそういうものです。お母さんのご飯を食べさせると、なんとなく仲良くなれるものですよ。今は娘さんがお母さんに甘えることができないんです。お食事を食べながら、「実はさ」というところがないですからね。ぜひ、家計簿をつけることから始められてみてください。それから、学費やローンなどでどれくらい使うことになるか計算してみてください。そしたら、今ほど働く必要はないんじゃないでしょうか。と、思いますよ。旦那さんもいらっしゃいますしね。これが母子家庭ならまだわかりますよ。働かないといけないけれど、旦那さんがいらっしゃるならなんとかなりますよ。一人娘さんですか。そうですか。じゃあ、なんとななりますよ。気持ちはわかりますよ。ブランド物のバッグも持ってみたいしね、旅行も行ってみたいしね、美味しいものも時々、食べてみたいしね、わかりますけれどね、それもやった上でね、十分、娘さんが高校まで卒業するぐらいまでは、もしくは大学ぐらいまでは、お金が出せるぞ、というふうになりますから。そこまで働かなくていいんですよ。と、思いますよ。計算したら。次回、計算してみてきてください。家計簿を一週間つけてみてください。いいですか、洋子さん。
田中洋子 わたしもそう思います。
加来典誉 さびしいですか。
田中洋子 さびしいです。
加来典誉 では、ぜひそうしてください、はい。また来週、外来診療は、月曜日が木曜日ですから。どちらか、よろしくお願いします。

   加来病院外来診察室 月曜日

加来典誉 はい、どうですか。大丈夫だったでしょ。
田中洋子の母 大丈夫です。
田中洋子 どれくらい作ってあげられそうですか。
田中洋子の母 三日ぐらいです。
加来典誉 その三日でいいですからね、娘さんに料理を教えてあげてください。
田中洋子の母 料理を?
加来典誉 料理を。
田中洋子の母 ああ。
加来典誉 冷凍食品じゃ、そっけない感じがします。だから週に四日は娘さんが料理を作ります。
田中洋子 ははは、わたしが作るんですか。
加来典誉 そうだよ。そしたら、役に立つから。自炊できる人ってなかなかいないの。価値がある。ご飯が作れるって価値があるんですよ。だから、ぜひ、お母さんが作れない時は、作ってあげて、家族にふるまってあげる。面白いよ、結構、それも。お料理の材料を買いに行ってね。猫ばばしちゃ駄目だよ、お金を。余らしてね。美味しい物を作ってあげたいから。時には少し猫ばばしてもいいよ。三百円とか、四百円とか、千円とか。いいよ。お母さんもわかってるから、ね。そういうふうにしてみたら?
田中洋子 ははは。
加来典誉 四日は洋子さんが作って、三日はお母さんが作ってね。三日の時にお母さんが教えてくれるから。家計簿をつけたら、もっとわかるようになる。もっと少なくていいことがわかるようになる。もっと少なくていいことがわかるようになる。贅沢費も含めてですよ。わたしのお勧めですけれどね。家計簿を作っていると思いますけれどね。贅沢と贅沢じゃない所を分けたほうがいいです。分けるというのはですね。エクセルですか。
田中洋子の母 エクセルです。
加来典誉 そしたらですね。例えば、贅沢だったら、ケーキを買ってきたと。贅沢ですね。そしたらですね、もう一列追加して、旗みたいなものを立てるんですよ。贅沢フラグと。贅沢だったら、「1」、贅沢じゃなかったら、「0」を立てます。オートフィルタは知っていますか。
田中洋子の母 知っています。
加来典誉 そしたら、「1」だけ、とか「0」で表示すれば、贅沢はこれだけ要るんだな、必需品はこれだけ要るんだなとわかりますから。贅沢も人間には必要ですからね。必需品だけで動くのはロボットですからね。ロボットではないですから、人間は。ぜひ、それをやってみてください。わたしもやってみました。どれだけ必要かよくわかりましたよ、はい。それでだいたいわかってきますから。もっと要るかもしれない。そういうこともあるかもしれない。その場合は、働かないといけない。で、あともうひとつは、働いている職場は、いい職場ですか。
田中洋子の母 いい職場です。
加来典誉 ああ、じゃあ、大丈夫です。まだ、診察の必要があるでしょ。
田中洋子の母 まだ、必要です。
加来典誉 じゃあ、まだ様子見ましょう。娘さんもまだしょんぼりしているから。
田中洋子の母 そうですね。
加来典誉 おばあちゃんと話している?話している。本を読んだりしたら?
田中洋子 そうですか。
加来典誉 心がホッとしたりする本とかあるでしょ。
田中洋子 そうですね。
加来典誉 そういう本を読んでみたら。さびしい時はね。お母さんが本代くらい出してくれるかな。それか図書館に行くかね。結構高いもんね。単行本なら、七百円とか、八百円とか、もっとか、千二百円とかね。文庫本でも七百円とかだからね。高いよね。
田中洋子 高い。
加来典誉 図書館かな。学校とか、市立図書館とか。遠いもんね。
田中洋子の母 遠いですね。
加来典誉 難しいですね。まぁ、ちょっと待っていて。お母さん変わるから。好きな人いないの?彼氏がいる。じゃあ、彼氏と遊んだらいいなじゃないの。うまくいかない?
田中洋子 うまくいっています。
加来典誉 じゃあ、ちょっと待っていて。どれくらい?三週間。ちょっと待ってみようね。お母さんも頑張っているから。
田中洋子 そうですね。

   加来病院外来診察室 三週間後

田中洋子の母 料理を教えているんですよ、今。
加来典誉 楽しいですか。
田中洋子 楽しい。
加来典誉 仲良くなるといいですね。
田中洋子の母 仲良くなってきました。
加来典誉 ちょっと待ってみましょう。家計簿は。
田中洋子の母 いいです。わかりやすくていいです。
加来典誉 そのうちグラフになりますよ。
田中洋子の母 ははは、なるほど。
加来典誉 グラフとか作れますから。自分で工夫してみてください。わたしもやってたことがあります。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 楽しい。洋子さん。よし、じゃあ、これでいいかな。お薬も出していないですけれどね。ほぼ人生相談ですね。
田中洋子の母 そうですね。
加来典誉 まぁ、なんとななりますよ、後は何か問題があったら来てください。毎週じゃなくても。たぶん大丈夫ですよ。もったいないですからね、このお金も。この医療費もね、出すのも大変ですから。その代わりね、千円、千二百円くらいで本を買ってあげるというのもいいですね。後は、もし会いたくなったら来てください。
田中洋子の母 わかりました。

   その後、田中洋子親子は病院に来なくなった。


田中良人さん(統合失調症)

   加来病院第一病棟保護室前

加来典誉 新患さんですか。はい。暴れている。美人は?二人いる。久家さんと亀井さん。はい。じゃあ、水と氷と持って行きましょう。コップとね。田中良人さん。二十五歳。わかりました。男の人。じゃあ、行こうか、亀井さん、久家さん。飽きてきた?飽きてない。面白いでしょ。面白いね。暴れているね。いつもどおり。じゃあ、入りますね。はい。
加来典誉 暴れたまんまだ。どうしようかな。ちょっと待ってくださいね。わたし、裏技使いますから。亀井さんと久家さん、怖い?怖くない。ちょっと正座しよう。じゃあ、いきますよ。なむぶつ。なむほう。なむそう。なむくおんんじつじょうほんししゃかむにぶつ。なむいちじょうみょうほうれんげきょう。なむまっぽううえんのだいどうし。ほんげじょうぎょうこうそにちれんだいぼさつ。ろくちゅうくろうそうとうしゅうもんれきだいにょほうくんこうのせんしせんてつ。べっしては。ほけきょうおうごのしょてんぜんじん。そうじては。じっかいかんじょうのしょそんとう。らいとうどうじょうごほうみのうじゅー。止まった。
止まりましたね。
田中良人 ははは。
加来典誉 これ、裏技なんですよ。わたしの。大丈夫ですか。
田中良人 なんですか、そのお経。
加来典誉 いやー、わたし、日蓮宗だから、覚えてみたんです。
田中良人 なるほど。
加来典誉 美人さん二人呼んできたんだけど、あんまり女の人に興味ない?
田中良人 いや、興味ありますよ。
加来典誉 水飲みませんか。のどがカラカラでしょ。お薬、入っていませんから。その証拠に、わたしたちも飲みますから。全員飲みますよ。どのコップでもいいから。お薬が入っているかどうかって、心配ですよね。ここは軍の特殊施設とか、なんか国家機関とか、そんな所じゃないですから。私立病院ですから、精神病院。普通の病院ですから。普通じゃない?精神病院だから?無理やり入れられるから?症状が症状だからね。精神病というのは社会性を持っているわけね。難しい話になって悪いけれど、こんな時にね。一人だけの問題じゃないわけよ。他の人にもね、迷惑かかったりするわけよ。胃癌になった人で、別に困らないでしょ、他の人は。精神病になったら、周りが困るわけよ。社会性を持った病気だから、ちょっと違う病気。だから精神病院はちょっと毛色が違う。無理やり入れることもあります、確かに。治って欲しいから。社会生活をちゃんと送れるようになって欲しいから。昔は、狐憑きということで殺されてた。
田中良人 そうですね。
加来典誉 じゃあ、お話を。まぁ、飲んで。あの、寝てますか。
田中良人 寝てます。
加来典誉 突然なった?
田中良人 ちがいます。
加来典誉 心の悩みがあった?まぁ、ちょっと、飲みましょう。わたしが飲みますから。久家さんと亀井さんと、美人さんがいるから。飲みますから。大丈夫だから。お薬は入っていっていですから。いっぱい飲んだら効きだすとか、そんなんじゃないですから。いっぱい飲んでも大丈夫。どれだけでも飲んでも大丈夫です。叫びつかれてきついと思う。お水とか飲んだり、食べ物を食べると、だいぶ治るんですよ、症状がね。心の悩みですか。
田中良人 心の悩みじゃない、突然です。
加来典誉 あー、これは脳疾患型かな。じゃあ、お薬が欲しいでしょ。
田中良人 欲しいです。
加来典誉 よし、これは脳疾患型だから、お薬をあげないといけないね。うーん、どれがいいかな、痩せ型だね。ジプレキサがいいかな。副作用が少ないような気がするんだよね、ジプレキサが。
田中良人 そうですか。
加来典誉 ジプレキサという薬があってね。ただ少し太るっていうのがある。太りにくいでしょ。
田中良人 太りにくいです。
加来典誉 じゃあ、多少飲んでも大丈夫だ。副作用が少ないから、ジプレキサは。うーん、5ミリくらい入れてみようかな。で、効かなかったら、10ミリにしようかな。5ミリが最低だから。2.5もあるけれど、まぁ、5ミリからね。今もそうだと思うけれど、なんかこう、壁とかいろんなものがはっきり見えるでしょ。
田中良人 はっきり見えます。
加来典誉 これはね、分裂病、統合失調症の症状なの。情報をいっぱい集めようとするわけよ。危険信号と思っているわけね。今、危ないと思った時は、いっぱい情報を集めたほうが得でしょ。軍隊とかでもさ、あーこれは危ない、これは危ない作戦だから、情報集めなきゃと思って、いろんなところに偵察機を飛ばして情報を集めるでしょ。
田中良人 集めます。
加来典誉 それと同じで、危ないなと思ったら、いっぱい情報を集めようとしてそうなるんです。だから、食べてないとか、寝てない時に、そういうふうになるんです。でも、良人さんの場合は、脳疾患で、ドーパミンが過剰に出ると、そういうふうになるんです。食べていて、寝ているのに、ドーパミンが勝手に出るんです。お薬で調整する必要があります。ということです。じゃあ、一日か、二日か、三日くらい、ここにおってください。看護師さんが決めますから、出ていいかどうか。閉鎖病棟ですけれど。刺激を少なくするためなんです。閉鎖にして、閉じ込めて、嫌がらせしているわけじゃないんです。刺激を少なくするためなんです。いろんなものを見ると疲れるんですよ。できるだけ刺激を少なくするために、閉鎖にしているんです。あの、そうですね、お母さんに来てもらいましょうか。欲しい物ありますか。食べ物。食べ物がいいです。わからない。好きな食べ物は。肉まん。肉まんを買ってきてもらおう。なかったら?コカコーラ。両方、買ってきてもらおう。何個?二個。あるかな。セブンイレブン、高木店。あった。電話してみようかな。キープしておこう。あ、もしもし、加来病院の院長の加来と申します。お世話になっております。まだ肉まん二個ありますか。ある。肉まんを二個キープしておいてください。今から、取りに行きますから。別の人なんですけれど、加来病院の者で、と言われたら、あげてください。よろしくお願いします。良人さん、お母さんには、ここまで来てもらうから。

   田中良人は、睡眠薬なしに、寝て、三日で出て、一週間で私物が全部持てた。

   加来病院第一病棟診察室

加来典誉 私物を一週間預かっておくのは、悪いけれど、また保護室に戻る人がいて、全部出すと、大変だから。
田中良人 そうですね。言われました。
加来典誉 計画なんですけれどね。一応、一ヶ月か二ヶ月はおってほしいと。というのを、一番、ぴったりのお薬の量というのを加減したい。見ときたい、様子を。一ヵ月半から二ヶ月。一ヶ月入院しておいて、もう一ヶ月は週に一回外泊っていって、お家に泊まるんです。そういうふうにしてみましょう。

   加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 効くねぇ、ジプレキサ。
田中良人 効きますね。
加来典誉 よかった、よかった。じゃあ、あと一ヶ月は外泊。

   加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 外泊が成功したので、退院して、外来通院になります。最初は、週に一回ですけれど、そのうち週に二回、一ヶ月に一回となります。
田中良人 わかりました。


田村国男さん(統合失調症)

   加来病院病棟

加来典誉 あ、はい、急患さんですか。保護室ですか、今。そうですか。ぼくが担当ですか。わかりました。お名前は。田村国男さん。何歳ですか。二十四歳。どうしようかな。美人ですかって。ははは。久家さんが休み。はるかさんしかいない。亀井はるかさん。どうしようかな。なんで二人かって?一応ね、もし何かあった時に、抑え付けないといけない。わたしが抑え付けると何か残酷な感じがするから。美人さんに抑え付けてもらおう。あんまり傷つかんから。そうでしょ。美人さんに抑え付けられてもあんまり嫌じゃないでしょ。と思って美人さんを二人ね。事務所に中村さんがいるでしょ。中村美穂さんが。医療事務の。あの人を連れて来て。お水と氷をいつもどおり。わたし、中村さんの所に行ってこようかな。
ナース わかりました。

   加来病院事務所

加来典誉 あ、中村さん。
中村美穂 なんですか。
加来典誉 あの、今日ね、田村国男さんていう人が入院してきたんですよ。今日、久家さんが休みなんですよ。一緒に行ってみない?
中村美穂 嫌です。
加来典誉 ははは、なんで、いいじゃないの。仕事だから。セクハラですか。
中村美穂 いいです。
加来典誉 わかった、行く。効くから。美人さんがいいんだよ。楽しいよ。どうなるか面白いよ。ぎゃーぎゃーいいよるやろ、パタッと止まるから。わからないね。ちょっと行ってみよう。

   加来病院病棟

加来典誉 亀井さんとは仲がいい?仲がいい。じゃあ、一緒に行きましょう。だいたい美人と美人は仲がいいもんね。昔、ヨーロッパはそうでもなからったらしいけどね。すごい美人にすごいブスがついていたことがあったらしい。貴族とかそういうのがあったからだろうね。召使みたいな。じゃあ、お水持っている?じゃあ、入るよ。どんと入る。どんと。

   加来病院第一病棟保護室

加来典誉 わはは。止まった。止まった。やっぱり。どうしたんですか。
田村国男 困っています。
加来典誉 どうして。お水飲みませんか。わたしたちも飲みますよ。お薬は入っていませんからね。三人、いや四人で飲みますから。みんなコップがありますから。氷もあって、わたしたちが先に飲みますから。どのコップがいいですか。これ。じゃあ、わたしたちで飲みますね。はい。どうですか。
田村国男 美味しいです。
加来典誉 美味しいでしょ。どんどん飲んでいいです。女の人はいてほしいですか。
田村国男 いてほしいです。
加来典誉 わかりました。お母さんに持ってきて欲しいものはありますか。ある。ここは軍事施設とか、特殊施設とかじゃないです。単なる普通の田舎の精神病院です。田舎っていっても、半分都会ですけれど。そこそこ都会の精神病院。ちょっと調子を崩したようだから、入院ということで、急患さんで来てもらいました。困っている。どうしたんですか。自分は神様。で困っている。そういう気がする。事実そうだと思う。それで困っている。それはつらいでしょうね。世の中、困っている人が大勢いるから。助けないといけない。いっぱいいすぎて大変ですね。
田村国男 ははは。
加来典誉 中村美穂さんね、ももと貧乏だから。
中村美穂 ひどい。
加来典誉 助けてもらえない。美人さん、こっちが中村美穂さん。こっちが亀井はるかさん。中村さんは事務所だから入院中は会わないと思うけれどね。どっちが好み?中村さんと亀井さんと。亀井さん。亀井さんは保護室と一病棟が担当。美人がいるとやすらぎがあるでしょ。
田村国男 そうですね。
加来典誉 普通の病院であることがわかりましたか。
田村国男 わかりました。
加来典誉 そしたら、もっと深い話をしましょう。寝れていますか。
田村国男 寝れていません。
加来典誉 まずは寝れるようになりましょう。何晩くらい寝ていないですか。三日晩ぐらい。心の悩みはありますか。ある。薬は飲みたいですか。飲みたくない。わかりました。薬はまだ出しませんから。とにかく寝れるようになって、食べれるようになって、退院しましょう。それが目標です。神様うんぬんということも随時考えていきましょう。まずは寝れるように食べれるようになってから考えましょう。今、お母さんに買ってきてもらいましょう。何が欲しいですか。コカコーラ。だけ。一本?一本。じゃあ、コンビニで買ってきてもらいましょう。そしたら一旦、帰ります。さびしいですか。
田村国男 さびしくないです。
加来典誉 よし、じゃあ、一旦、帰ります。お母さんに言っておきますから。お母さん、ここから来ますから、前のほうから。鉄格子越しに。鉄格子って残酷なんですけれど、換気が良くていいのよ。密閉しちゃうとこもるでしょ、空気が。換気がいいから。それにここから物を投げられるでしょ。だから、こういうふうにしています。ちょっと残酷だけれど。また、亀井さんとはお食事を運んでくれたりする時に会えたりする。中村さんとは退院してから。
田村国男 わかりました。
加来典誉 じゃあ、さよなら。

   加来病院第一病棟保護室前

加来典誉 お母さんに。じゃあ、どうなるかな、誰が。中村さん。うん。じゃあ、お母さんに言っておいてください。コカコーラ。誘導してもらおう、ナースに。それからね、寝れて、暴れなかったら、二、三日して出られるって言っておいてください。一般病棟に。閉鎖だけれど。あなたも美人で喜んでいるから。
中村美穂 わかりました。

   田村国男は喜んでいた。三日後、田村国男は保護室を出た。

   加来病院第一病棟診察室


加来典誉 どうですか。寝れますか。保護室を出て、一週間、まだ五日間ですね。寝れている。そしたら、ほぼ一ヶ月以内に退院と思っておいてください。
田村国男 そうですか。
加来典誉 なんで神様になろうと思ったのかな。そこを考えないといけないですね。神様ということの奥に、何か隠れているんだと思う。例えば、アイドルに愛されていると思っている人もいる。それはね、彼女が欲しいからというのが奥にあったりするんですよ。彼女が欲しいけれど、なかなかうまくいかないものだから、アイドルが自分のことを好きなんじゃないかと思うことで、心のバランスをとろうとする人もいるんですよ。だから、何かうまくいかないことがあって・・・。
田村国男 そうです、ぼく、そうです。
加来典誉 何がうまくいかないんですか。
田村国男 何もかもが、色々。
加来典誉 うーん、あのね、田村さんはいっぺんにいろんなことを終わらせようとしていませんか。
田村国男 はい、そうです。
加来典誉 一個一個終わらせないといけません。
田村国男 そうですね。
加来典誉 一個一個終わらせないといけません。なんでも一個一個です。よし、今日はお食事をちゃんと食べた。よし、今日はちゃんと寝れた。次の日もちゃんとお食事。食べる、寝る。よし、じゃあ、一冊本を読んでみよう。漫画本だけれど、一冊読んでみよう。翌日は、薄っぺらいけれど、小説、例えば、夏目漱石の『こころ』を一冊、読んでみようとかね。一個一個、終わらせないと終わらないですね。いっぺんに終わらせようとするから終わらないんですね。で、なんとか神様になって一気に終わらせようということになりますね。何が一番したかったんですか。一番したいことがあるんじゃないですか。
田村国男 あります。
加来典誉 なんですか。言えない。言える。恋愛。恋愛だったらね、うーん、まずはね、二十・・・、二十四。働いている?働いている。働いているなら、一個クリアですよ。働いているなら一個クリアです。大人の場合、働けないと恋愛はできませんからね。基本的にね。まれに働かなくても恋愛できる人もいますけれどね。
田村国男 いるんですか。
加来典誉 いますよ。人間的魅力と、あと潜在的な可能性ですね。かなり優秀でね、ぼくは働かんというひともいます。すごく優秀なんだけれど、例えば、数学者とかね、ものすごく優秀なのに働かない、勉強ばっかりしていると、そういう人もいます。だから、働いているっていうのは一つクリアです。それから、服装がね、たぶん、なかなか自分の思うような服装をしていないんじゃないかな。というのは、どういうことかと言うと、ファッションというのは、お洒落っていうのは、自己表現なんです。自分はこういう人間なんだと世間にアピールすることなんです。お洒落っていうのは、嘘つくことじゃないんです。だから、もっとも自分が自分らしい格好というのをしないといけない。こういう人間なんだよ、と表現しないといけない。それで、あなたの魅力に取り付かれて女の人がやってきて一緒になる。ヘアスタイルもそうです。
田村国男 わかりました。
加来典誉 だから、お洒落してみましょう。それから、出会い系のバーっていうのがあるんです。出会い系のバーっていうのがあって、大名あたりに行って、適当にバーに行って、出会い系のバーはどこにありますかって聞いたら、教えてくれますから。格好とヘアスタイルを綺麗にしてから。そしたら、いいですよ。他にもあるんでしょ。
田村国男 あります。
加来典誉 何ですか。仕事。うまくいかない。難しい。何の仕事。設計。向いてないんですね。転部させてもらったらどうですか。それか、職を変わるか。簡単に言いますけれど。
田村国男 そうですね。
加来典誉 例えば、事務職になるとか。営業さんになるとか。それか、別の会社に行くとか。ちょっと難しかったんじゃないかな。今の設計が。理系ですか。理系だったら、やっぱり設計のほうがいいですか。
田村国男 いや、そんなことないです。
加来典誉 そしたらやっぱり、事務職とか、営業とか。事務職。事務職だったら、たぶん、空きがない。
田村国男 そうですね。
加来典誉 だから、別の会社に行ったらどうですか。ポイントはね、ニコニコしているところがいいですよ。ちょっと見学させてくださいって言うんですよ。入る前にね。どんな感じで仕事しているかね。ずっと見ていて、みんなニコニコしていたらOK、ムッツリしていたら行かないほうがいい。イジメがありますからね。
田村国男 なるほど、わかりました。
加来典誉 まぁ、一旦、こういうことで、退院に向けて、そうですね、三週間くらい待ってください。最後の一週間は外泊っていって、家に泊まれますからね。大丈夫ですよ。ただそれだけですから。早くしないと会社の都合がありますからね。

   田村国男は、三週間後退院した。

   加来病院外来診察室

加来典誉 中村美穂さんと会った?会った。よかった。美人だもんね。ぼくも好きな人、いるんだよ。あの人も彼氏いるから。じゃあ、どうなるかな、まずやらないといけないのは仕事のほうだね。
田村国男 そうですね。仕事のほうですね。
加来典誉 やってみた?
田村国男 やってないです。
加来典誉 仕事のほうをやってみたら。。相談してみたら。それか、向いてないからって言って、会社を紹介してくれませんかって、もしかすると、そこでも合わないということもあるけどね、失礼だけれど。事務職で。給料は少し安くなるけどね。単なる事務職じゃ駄目だけど、スキルアップするとね、例えば、パソコンがかなり強い事務職、エクセルがかなり強い事務職。そうですね、エクセルにかなり強いと有利かもしれないね。エクセルの勉強をしてね。関数とか、色々わかっている。エクセルでかなりできるというのもいいかもしれない。普段の設計の仕事に耐えられない感じですか。正直言って。実家でしょ。
田村国男 実家です。
加来典誉 そしたら、こうしたらどうですか、エクセルの勉強ができるまで、給料を半額にしてもらって、事務職で働いたらどうですか。
田村国男 なるほど、そうですね。
加来典誉 それで、勉強したらどうですか、働く時間の半分くらいを勉強に使わせてもらって、三分の一ぐらいかな、無理か。半分は。働きながらエクセルやっていって、実践積んでいって、そして、次の会社と。言ってみたらどうですか。
田村国男 わかりました。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうでした。いいと言われた。半額なら。三分の一はエクセルでもいいと。こっちでも転職でも役に立つからと。やっていきましょうね。まずは職をきちんとしないといけませんね。目標は三ヶ月後に転職。わかりました。

   加来病院外来診察室 三ヵ月後

加来典誉 転職はいいところに決まった。よかったですね。給料も前より上がった。
田村国男 これはイジメがなくて、楽ですよ。
加来典誉 よし、そしたら、あと一週間か二週間したら、お洒落を始めましょうね。
田村国男 そうですか。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか、会社は。いい。すごくいい。よかったですね。お洒落はね。どこでもいいですよ、岩田屋、三越、大丸、どこでもいいから、百貨店というか、デパートに行って、紳士服売場をうろついてね、自分の雰囲気にピッタリの所を一個選んでください。そこに行って、お洒落をしてみてください。下はジーンズですか。わからない。聞いてみてください。どういうのを着たらいいのか。一個見つけてください、ブランドを。そこから始めて、美容室、TAYAとかmod’s hairととか、いいとこ、美容室。どっちがいいかな。わたしはTAYAが好きですね。TAYAだから、ずっと。永田さんという人、永田麻里子さんという人、十年間くらいのお付き合い、結婚して砂田さんになったけれど、辞めてしまうから、どうなるのかなと思ってる。大森舞さんという人もいるけれどね、大森舞ちゃん。その人にもカットしてもらってます。女の人がいいでしょ。
田村国男 いいです。
加来典誉 美人でかわいくて、カットもうまい女の人がいいって言うといいから、正直に。笑うから。恥ずかしがらずに。ずっとお世話になるから、できるだけ綺麗で相性がいい人がいいですよ。インターネットで調べてから行くというのもいいですよ。ぼくはけやき通り店ね。行ってみる?TAYAに行く?mod’s hairに行く。行ってごらん。
田村国男 わかりました。

   加来病院外来診察室 二週間後

   田村国男は、服装、髪型ともにお洒落になった。

加来典誉 飲み屋さんに行って、修行してみる?女性に接するのに。キャバクラに行ってみたら。かっこいいい格好して、一時間でもいいし、二時間でもいいし。少し修行して、だんだん女の人に慣れてきたなと思ったら、出会い系のバーに行くといいですよ。

   加来病院外来診察室 二ヵ月後

   田村国男は、出会い系のバーに行って、彼女ができた。

加来典誉 これで終わりです。仕事もできた。彼女もできた。これでもう、なんにも思い残すことがないですね。あとは診察回数は・・・、投薬はなしですもんね、もともと。
田村国男 そうですね、
加来典誉 お薬、全然ないですもんね。二週間にいっぺんになっていましたけれど、どうしましょうかね、来たいですか。
田村国男 いや、もういいです。
加来典誉 そしたら、あともう二ヶ月だけ、月に一回来てください。なかったら、来たい時だけでいいです。節目でね、例えば、結婚とか、心配でという時に来てもらってもいいです。来なくてもいいです。自由です。

   田村国男は、二ヵ月後、診察を無事終了した。


中村幸子さん(統合失調症)

加来典誉 あ、急患さん?今?わかりました。どんな感じ?わたし、診ようか。保護室。そうですか。診察したの、誰?沢田先生。あ、ほんと。誰が主治医になるのかな。わたし?わたしなの。わかった、わかった。医療保護?どっち?医療保護。わかりました。どうしてるのかな。行きますから、後で。うーん、どうしてるかな。女の子。何歳くらいですか。二十歳。お母さん、いるんですか。いる。よし、美人いるかな。ちょっとね、美人さんの看護師さんを二人連れてきてください。

加来典誉 亀井さんと久家さんね。久家さん大きいね、身長が高くて。ぼく、好みだな。亀井さんも美人だな。ぼく、好みだな。言わないでだって。まあ、どうでもいいや。彼女がいないかだって?好きな人はいるんだけどね。スポーツクラブのインストラクターでね、本田茜ちゃん。コナミスポーツクラブの、福岡天神店の。なかなかうまくいかなくてね。アタックしているんだけどね。
久家沙由里  うまくいくといいですね。
加来典誉 ちょっと一緒に行ってくれる?ついてくるだけでいいから。二十歳の、名前がわからないんだけど。中村さん、中村幸子さんね。じゃあね、面白いよ。入る。鉄格子の。一番奥の。
亀井はるか こっちから入るんですか。普通の入り口の。危ないですよ。
加来典誉 そうだよ。あ、そうだ、水を持ってきて。水と氷を持ってきて。コップを三つ。いや、四つ。紙コップだね。お薬塗ったりしたらダメだよ。

   加来病院第一病棟保護室前

久家沙由里 持って来ました。
加来典誉 よし、じゃあ、入ろうか。さて、入るよ。一、ニの三で入るよ。ズドン。止まった。面白いでしょ。前の病院で試してみて、美人連れてくると止まるんだよ。前もって美人を選んでいたんだよ。中村幸子さん、どうね、面白いでしょ。
中村幸子 面白い。
加来典誉 美人連れてくると、止まるもんね。美人だもん。どちらもぼくの好み。
亀井はるか うるさい。
加来典誉 ははは。どうですか。調子は。まずさ、叫びまわったから、飲み物が欲しいでしょ。水、持って来ました。お薬は入っていませんから。あの、これ飲んでも何にもならないです。その証拠に紙コップを四つ持ってきました。全部に注いで、みんなで飲みますから。どれ選んでもいいです。わかるでしょ、これで入ってないの。飲みましょう。まず、わたしたちが飲みますから。

加来典誉 大丈夫でしょ。ここは軍事施設とか特殊施設じゃないからね、軍事秘密基地とかじゃない。思った?
中村幸子 思った。
加来典誉 単なる病院。精神病院。終わりだから。ここに来たら、人間終わりだから。と思うでしょ。でも、なんとかなるんだよ。二十歳か。まだ若いな。
中村幸子 先生は?
加来典誉 ぼくは三十ニ。他の二人に年を聞いたら怒られるけれど、まぁ、ぼくと同じくらいだね。じゃあ、久家さんたち、面白いからこのままいる?
亀井はるか いや、帰ります。
加来典誉 わかった、わかった。遠慮しなくていいんだよ。
久家沙由里 いえいえ。
加来典誉 いなくていいの?中村さん。
中村幸子 いいです。
加来典誉 じゃあね、言うけどね、寝れなかったんじゃない?寝れなかった。何晩?三晩。ああ、それはね、おかしくなるよ。人間ね、だいたい三日間寝なかったら、怒り出すからね、カンカンになって怒り出すから。五日間寝なかったら、幻覚、幻聴、妄想が始まると言われています。誰でもなるんだよ。おかしくなるんだよ。寝なかったら。脳の病気だと思う?原因は。
中村幸子 いや、思わないです。
加来典誉 心の悩みがあったんですかね。
中村幸子 あります。
加来典誉 恋愛ですか?
中村幸子 なんでわかるんですか。
加来典誉 ほとんど恋愛だから若い人は。お金の悩みとかじゃないからね。だいたいね、色、カネ、名誉っていって、それが原因で入るんだって。色っていうのは恋愛ですね。お金と、誇りみたいなの。名誉。例えば、試験に落ちたとかね。大学の試験に。それとか、社長さんになりたいとか。あのね、恋愛の悩みをなんとかしようっていうのはまた後でいいから。今でもいいんだけれど、今はとりあえず、寝れるようになるのが先。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、生活するっていうのが大事。ふられた?ふられた。ふられてもちゃんと寝れないといけない。それが目標です。今回の入院のね。入院ですよ。特殊施設とかじゃないから。ちゃんと入って、寝る。寝る。それだけ。退院してから恋愛のことを考えましょう。あなた、そんなにブスじゃないよ。
中村幸子 そうですか。
加来典誉 なんでかな。好みじゃなかったんだよ、その男はあなたのことが。そういうことあるから。また後で話すけれどね。今、聞きたい?
中村幸子 聞きたいです。
加来典誉 あのね、男はね、背が高いのが好みとか、低いのが好みとか、胸が大きいのがいいとか、髪が真っ直ぐなストレートヘアがいいとか、長いのがいいとか短いのがいいとか、いろいろ好みがあるんですよ。目がクリッとしているとか、目が細いのがいいとか、いろいろ好みがあるんですよ。それに合わないと一緒になれないんだよ。ブスじゃなくても合わない人がいるんだよ。ぼくもそうよ。さっきの二人はぼくの好みだから。美人だけれどぼくの好みじゃない人もいるんだよ。あ、美人ですね、で終わり。まぁ、そういう感じ。
中村幸子 わかりました。
加来典誉 とりあえず寝れるようになりましょう。ちょっとこの保護室にね、二日くらい入っていてもらおう。刺激が少ないから。沈静して、寝れるようなくらいになってから、大部屋に移ってもらいます。大部屋、古くて汚いけれどね。一病棟はね。ガサガサいってるけれど、そこに耐えられたら、別の病棟に移ってもいいけれどね。うるさいしね、ガンガン、テレビは鳴ってるし、患者さんもガーガー言ってるし、そこで耐えられたら、他に移れるから。訓練。
中村幸子 わかりました。
加来典誉 じゃあ、そうしましょう。あの、水が欲しいときはね、看護師さんが通りがかった時に、水くださいと大声でひとこと言って、来なくても、腹を立てないこと。看護師さんも仕事があるからね。腹立てたら、出れなくなってしまう、ここから。鉄格子の向こうにも来てくれることがあるから。その時に水をもらったらいい。どうしようかな、おやつが欲しいでしょ。
中村幸子 欲しい。
加来典誉 じゃあ、お母さんに買ってきてもらおうかな。セブンイレブンが近くにあるから。プリン。美味しいプリンがいい。なめらかプリン?
中村幸子 ははは、ちがいます。
加来典誉 ちがう。
中村幸子 いえ、そうです。
加来典誉 わかった。二個?一個。だけ。だけ。飲み物は?コーラ。わかった。お母さんに言っておく。お母さんに持ってきてもらおうね。鉄格子の向こうから。
中村幸子 わかりました。
加来典誉 なんで鉄格子かって?渡しやすいでしょ。ぎゃーぎゃーって危ない人がいるから。そういう時に楽だから。換気もいでしょ。空気がいいじゃない。残酷な感じがするけれどね、まぁ、最初はショックだけれどね、換気が良くてこもらないから。
中村幸子 わかりました。

   加来病院病棟

加来典誉 娘さんがなめらかプリンとコカコーラが欲しいと言われていました。ちょっと買ってきてくれませんかね。そして、娘さんに渡してください。看護師が誘導しますから。保護室に行ってください。大丈夫ですから。
中村幸子の母 わかりました。

   加来病院病棟 数時間後

中村幸子の母 喜んでいましたよ。
加来典誉 良かったですね。だいたいですね、一ヶ月か二ヶ月ぐらいでいいと思います、退院まで。

   加来病院第一病棟診察室

加来典誉 保護室から出れたね。私物は戻ってくるまで一週間かかるからね。名前書いちゃったね、お母さんが。ちょっと嫌だろうけれど、そうしないとわからなくなるから。

   加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 大丈夫だね。寝れてる?
中村幸子 寝れてます。
加来典誉 睡眠薬飲んでる?
中村幸子 飲んでないです。
加来典誉 一応、臨時の睡眠薬は看護師さんに言ってるんだけど。
中村幸子 言われました。
加来典誉 よしよしよし、これは経過順調かな。中村さんの場合はね、脳疾患じゃなくて、心因性って言って、心の悩みが原因だから、お薬が要らない可能性があるんだけど。ほぼ要らないんじゃないと思うだけどね、心因性は。これはあまり言っている人はいないもんね。心因性と脳疾患を同じように治療する人が多いんだよ。でも、ぼくは違うと思って。お医者さんから怒られたこともあったけれど。でもいいやと、患者さんが喜んでいるから。だいたい脳疾患の場合は、薬を飲みたがるから。飲みたいって言う。怖いから。飲みたがらない人はだいたい心因性だね。風邪になったら、風邪薬を飲むでしょ。なんでもないのに風邪薬を飲まされたら、腹が立ちますよね。髪の毛切りたいの?あともうちょっと待ってね。ちょっと早いかな。あと三週間くらい待って。働いているの?学生。看護師さん同伴で行かないといかないね。毎週、診察して様子をみましょう。二週間後かな。

   加来病院第一病棟診察室 二週間後

加来典誉 大丈夫やね。あなたなんてことないね。じゃあ、どっちがいい久家さんと亀井さんと。亀井さんがいい。わかった。セミロングやね。どうするの。わからない。亀井さんに聞いてみたら。
中村幸子 いえ、いいです。
加来典誉 いつも行っている所がある。
中村幸子 あるある。
加来典誉 どこ、mod’s hair。男の人?女の人。女の人。男の人は怖いもんね。
中村幸子 怖いです。
加来典誉 じゃあ、行って来たら。亀井さんに言っておくから。あ、いた。
加来典誉 一緒に行ってあげて、美容室に。 mod’s hairに。天神の。良かったね。じゃあ、一緒に行ってあげてください。土曜日がいいかな。何曜日がいいだろう。金曜日がいい。予約してね。行ってらっしゃい。

   加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 ボブにした。短くして。かわいいね。ボブ。亀井さんは?
亀井はるか わたしもかわいいと思います。
加来典誉 もともとかわいいからね。顔がかわいいのに、なんでふられたかな。好みかな。地黒だけれどね。後藤久美子も地黒だから。
加来典誉 亀井さん、中村幸子さんの襟足がジョリジョリになっているのがうけるね。
亀井はるか うける。
加来典誉 かわいいね。
亀井はるか かわいい。
加来典誉 おれもああいう癖があるんよ。ああいう恥ずかしいの、見たくなるんよ。かわいいね。おれも好きな人いるけどね。
亀井はるか わたしも彼氏がいるけどね。本人に言わないでね。
加来典誉 言ってみたら。
亀井はるか いやです。
加来典誉 かなりジョリジョリで青くなってる。
亀井はるか 青くなってる。
加来典誉 いいねぇ。久家さんも同じ趣味じゃないの。
亀井はるか ちがう。あの人、ちがう。男の坊主だけ。
加来典誉 ぼくも坊主にしてもらったことある。好きな人に。楽しいよ、結構。亀井さんは男の坊主どうなの。
亀井はるか わたし、あんまり好きじゃない。
加来典誉 ほんと、嘘やろ。
亀井はるか 嘘です。
加来典誉 やってみたいやろ、丸坊主、人を。
亀井はるか やってみたい。
加来典誉 患者さん喜ぶやろ。
亀井はるか 喜ぶと思う。
加来典誉 やってみたらいい。丸刈り専門のナース床屋。
亀井はるか いやです。
加来典誉 やればいい。
亀井はるか やらない。
加来典誉 嫌いな人はやりたくない。十代限定とかかもね。
亀井はるか いいです。
加来典誉 わかった。

   中村幸子は、投薬なしで、外泊を経て。入院期間、一ヶ月半で退院した。

   加来病院外来診察室

加来典誉 そんなにファッションセンスは悪くないしなぁ。なにがいけないかな。何回か恋愛したことありますか。
中村幸子 ありますよ。
加来典誉 初めてふられた?
中村幸子 そうです。
加来典誉 だからだ。そういうことか。じゃあ、男には好みというのがあるのがわかっていないんだよ。ブスとかそういうわけじゃなくて、好みなんだよね。だけ、わかっておけば、これからはさ、好きになったら、好みを聞いて、友達の友達を使ったりして、好みを聞いてから、アタックする。あたし無理だぁ、この人の好みじゃない、わたしは、と思ったら、あきらめて。そしたら、傷つかないからね。全人格を否定された気分がするよね、ふられたら。
中村幸子 そうですね。
加来典誉 また、彼氏つくれるといいね。どうやってつくるか知ってる?
中村幸子 知ってます。

   加来病院外来診察室 三週間後

加来典誉 できた、彼氏が。終わりだな。ボブがすごくかわいかったって、亀井さん言ってたよ。
中村幸子 ほんと。
加来典誉 またやるの?
中村幸子 またやります。
加来典誉 ボブはね、短いほうがかわいいもんね。
中村幸子 そうですか。
加来典誉 中途半端な長さだと、ださい感じ。あんまりかわいくない。ストレートのセミロングとかなら別だけれどね。ボブは短いほうがかわいいもんね。とぼくは思う。耳たぶが少し見えたりする長さ。サッパリ感があって、首もスッキリ見えるし。とにかく良かった。終わり。

   中村幸子は、治療完了し、それから一ヵ月後、病院に来なくなった。


花田聖子さん(性的不満足)

   加来病院病棟

加来典誉 はい、あ、みぃちゃん。どうした?困ってる。何が。彼氏のことで。なんで。今から?何、どうしたの?
中村美穂 実はね、あのね、浮気しているんじゃないかと思う。
加来典誉 へー。そしたら、一応、コツを知っているんだけれどね。例えばね、どういう女の人が好きなの?背が高い人、低い人?胸が大きい人小さい人??低い人?髪が長い人?短い人?わかった、あなた、そういう人と浮気しているのね。って、言えばいい、そしたら、あ、ばれたか、ということもあるし、そんな冗談だろっていうこともある。笑いで包みながら聞き出すっていう方法がある。
中村美穂 そんなことじゃない。
加来典誉 みぃちゃん、ぼくのことが好きなんでしょ?どうなんやろ。
中村美穂 ちがう。
加来典誉 なんね。思い上がっちゃいかんね。困っている。
中村美穂 困っている。
加来典誉 デートするために?なんね。
中村美穂 もういい。
加来典誉 わかっとる。ぼくもみぃちゃんのこと好きなんだよ。彼氏がいたからね。今、休み時間だね。また、今度。お話するんだったら、いくらでもやってあげるから。大丈夫だよ。また、誘って。

   加来病院病棟

加来典誉 新患さん?今日?どういうふうな感じですか。入院患者さんですか。
ナース じゃ、ないです。診察です。
加来典誉 あれ、今日はでも、外来じゃないですよ。
ナース 外来じゃないです。
加来典誉 どうして。
ナース どうしてもということで。
加来典誉 わかりました。では、ちょっと診ましょう。花田聖子さん。女性の方。年齢は?
ナース 二十歳。

   加来病院外来診察室

加来典誉 はい、花田さん、どうされました?落ち着かない感じがある。どういうふうに落ち着かないですか。
花田聖子 わからない。
加来典誉 ちょっと、変なことを聞きますけれど、オナニーしていますか。
花田聖子 していないです。
加来典誉 だからじゃないかな。
花田聖子 そうですか。
加来典誉 願かけているんじゃないですか。
花田聖子 そうじゃないです。
加来典誉 オナニーはしないと身体の調子を崩しますからね。したことはありますか?ある。オナニーはしてください。身体の中にはいろんな信号が行き来しているんですよ。例えば、信号機には、青と、黄色と、赤がありますよね。青だったら、進め。赤だったら、止まれ。黄色だったら、注意しろですね。そういうふうに脳と身体も信号を送りあっているんです。はい、今、緊張しなさい、危ないですよー、とかね、今はゆっくりしていいですよ、とか、急ぎなさい、とか、色々信号があるんです。性的に満足したよー、というのをみんなに教えるとか、今、ちょっと不満だから、頑張れ、とか、そういう信号が行き来している。だから、ずーっと性的な欲求が満足しないと、性的欲求を満足しなさいという物質が出すぎて、他の所が迷惑するんです。だから、必ず欲求というのはきちんと満たさないといけない。食べることだけでいいと大丈夫だろうと思うかもしれないけれど、人間というのは性的な欲求というのも重要なんです。特に若い頃はね。ちょっと、オナニーをしてみてください。お便所でもいいですよ。せっかくだから今日来られたから、お便所でオナニーしてみてください。きれいなお便所がいいですね。あんまりきれいな便所がないんですよね。あそこじゃできないでしょ?
花田聖子 わからない。
加来典誉 ちょっとやってみませんか。ちょっとやってみてください。だいたいすぐできますか?
花田聖子 できます。
加来典誉 待ってますから。

   加来病院外来診察室 10分後

加来典誉 どうですか、気分は。
花田聖子 だいぶいいです。
加来典誉 やっぱりやらないとダメです。願掛けじゃないですか?
花田聖子 願掛けです。
花田聖子 オナニーはしておかないと、ますます恋愛から遠ざかりますよ。まごまごまごまごして、変なことして、逆に失敗しますよ。それより、ちゃんとオナニーして、満足しながら落ち着いて恋愛したほうがずっといいから。とりあえず、それだけでしょうか。お薬は必要ないと思いますよ。時間外だったけれど、まぁ、いいでしょう。お急ぎの様子だったから。もし、不安だったら、また、来てください。月曜日と木曜日が外来だから。いいですか。
花田聖子 はい。

   花田聖子は、病院に来なくなった。


原田光子さん(恋愛相談)

   加来病院外来診察室

加来典誉 こんにちは。よろしくお願いします。お名前は?原田光子さん。ご年齢は?十三歳。お母さんも来てる。どういうお悩みというか、問題をお抱えですか。お母さんが言ってくれる。
原田光子の母 よくわからない。
加来典誉 よくわからないっていうのは、どういうことでしょう。
原田光子の母 突然、変なことを言ったりする。
加来典誉 ほほ、いつ頃からですか。
原田光子の母 ここ一ヶ月。突然、素っ頓狂なことを言うんです。
加来典誉 例えば?
原田光子の母 馬鹿野郎!って言ったりする。
加来典誉 それだけ?
原田光子の母 それだけ。
加来典誉 何か原田光子さん、個人的な生活で何かありましたか?言いづらいこともあるでしょうけれど。あったか、なかったかだけ言ってください。
原田光子 なかったです。
加来典誉 なかったんですか。これは脳の病気かな。原田光子さん、この馬鹿野郎っていうのを治すのに、お薬を飲みたいですか。
原田光子 飲みたくないです。
加来典誉 うーん、何かあったんじゃないですか?笑ってますね。本当はあったでしょ?
原田光子 ありました。なんでわかるんですか。
加来典誉 脳の病気の人はね、本当に飲みたがるんですよ、お薬を。止めたいからです。症状を。何とかしたいからです。脳の病気の人は。ところが、飲みたくない人は、理由はわかっているんです。例えばね、死にたい人っていうのは、漠然と死にたいという人は、あまりいないんです。病気の人はいますけれど。だいたい死にたい理由があったりします。就職もうまくいかない、恋愛もうまくいかない、家族関係もうまくいかない、もう死にたい。そういうのがあるんです。死にたい理由は、はっきりしているんです。漠然と死にたいのであれば、これは脳の病気です。死にたい理由がはっきりしている場合は、お薬は必要ない場合が多いです。薬をすでに飲んでいる場合であれば、薬を飲んでいないと、脳の化学バランスが崩れますから、飲んだほうがいい場合が多いですけれど。初めての受診でしょ、精神科は?
原田光子の母 初めてです。
加来典誉 お薬は飲まなくていいんじゃないかなと思いますけれどね。お母さんに聞かれたら困りますか?
原田光子 困らないです。
加来典誉 恋愛ですか?
原田光子 恋愛じゃないです。・・・いや、恋愛です。
加来典誉 何かうまくいかなかったですかね。ふられた?ふられた。まだ、十三歳ですからね。初めての失恋ですね。まぁ、何度も何度も女の子に言ってるんですけれどね、飽きるほど。男の子っていうのは好みがあるんですよ。
原田光子 そうですか。
加来典誉 例えば、背が高い人がいいとか、背が低い人がいいとか。目がクリッと大きい人がいいとか、切れ長で細い目がいいとか。鼻は高いほうがいいとか、低いほうがいいとか。脚が長いほうがいいとか、形がいいのがいいとか。胸が大きいほうがいいとか、小さいほうがいいとか。髪はロングヘアがいいとか、短いほうがいいとか。ストレートヘアにこだわっているとか。いろいろあるんです。そこにね、自分の好きな人が自分を好みに思ってくれるかどうかをリサーチしてから、告白しないといけない。単に、光子さんのことが好みじゃないということ。光子さんが悪いわけじゃないということ。光子さんの人格に何か問題があるわけじゃなくて、単に外見的な容貌が、ちょっと好みじゃなかったということです。だと思いますよ。だから、その男の子との共通の友達にね、女の子にね、どんな人が好きなのか聞いてみてください。今でもいいですけれど。後でもいいですけれど。ちょっとちがうと。わたしみたいな女の人は好みじゃないみたいとわかります。あー、わかった、わたしは無理なんだと。じゃあ、どうすればいいのかと。まず、自分を魅力的にして、いろんな男に追わせるんですよ。自分のことが好みに思っている人が追ってくるわけでしょ、そこから一人、選ぶんですよ。という方法と、リサーチしてアタックする方法と。だいたいこれが女の子のうまくいく恋愛。どうですか、やってみませんか。
原田光子 やってみます。
加来典誉 まず、聞いてみてください。ちょっと聞いてください。もう大丈夫だと思いますよ。後ね、次の彼氏ができるまでオナニー禁止と思わないで。オナニーすること。オナニーしてください。楽になりますから。馬鹿野郎って叫ぶ気がしなくなりますから。オナニーしないから、馬鹿野郎って叫ぶことになりますから。
原田光子 なんでわかるんですか。
加来典誉 わたし診ているから。オナニーしてない人。院内の患者さんでもそうですよ。病院に入院している患者さんでも。オナニーしてないと、やっぱり叫びまわったりしますね。いいですか。では、また一週間後に来てください。心配ですから。治っているかなと思って。お薬は出さないです。寝れてますか。寝れてる。じゃあ、とりあえず、一週間後。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか。聞いてみましたか。
原田光子 聞いてみました。
加来典誉 お好みじゃなかったでしょう。
原田光子 お好みじゃなかったです。
加来典誉 やっぱり、そうでしょう。仕方ないんですよ、これは。男の性欲というのは、視覚情報、眼で見た情報であるから、好みじゃない女性だとグッとこないんですよ。
原田光子 そうですね。
加来典誉 仕方ない。まぁ、美しくなって追わせるんですね。楽ですよ。
原田光子 わかりました。
加来典誉 まだ若いから、どんな顔になるかもわからないから。十三歳でしょ。いろいろ変わってきますから、顔は。彼氏を作る準備をしているでしょうけれど、負わせる、アタックどっちですか。
原田光子 両方です。
加来典誉 頑張って綺麗になってください。綺麗になろうと思う気持ちが一番大事ですから。毎日、鏡を見てね、自分の顔が素敵だなと思う。時々は、証明写真を撮ってみたり、パソコンのカメラで撮影したりして、ああ、わたしってこんな顔しているんだな、なかなかいい顔ね、って思えるような顔じゃないといけない。そうじゃないと駄目です。鏡の顔とカメラの顔って違うでしょ。カメラの顔がいい顔だなと思えたら、なかなかの美人ですよ。それを目指しましょう。また一週間後。次の次は、二週間後だと思います。その後は、一ヵ月後です。彼氏が出来たら来なくなっていいです。初めての彼氏ですね。
原田光子 わかりました。

   加来病院外来診察室 二ヵ月後

原田光子 彼氏が出来ました。
加来典誉 特に問題はないようですね。いいでしょ、これで。
原田光子 いいです。
加来典誉 じゃあ、これで終わりにしましょう。後は、好きな時に来てください。調子悪いなと思ったら来てください。じゃあ、よろしくお願いします。

   原田光子は、病院に来なくなった。


播磨健吾さん(統合失調症)

   加来病院第六病棟診察室

加来典誉 あー、播磨さん、先代の院長に代わって、ぼくがやります。加来典誉です。もう何年ですかね。十五年。長いねえ。院長が引退したからね、ぼくがやることになったんだ。他の病院にいたんだけれど、ここで働くことになってね。どうですか調子は。わからない。どうしたい、退院したい。わからないようになった。もう、だいぶ調子がいいようなんですけれどね。わたしの父から聞いたんだけれどね。
播磨健吾 ほんとですか。
加来典誉 もう、だいぶいいような感じ。お父さん、お母さんかな。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 そんな話も聞いたけれど。治療に前向きではあるけれど、なんていうか、どうしていいかわからない。美味しいもの食べたりしてみたいよね。
播磨健吾 してみたいです。
加来典誉 考えておく。グループホームとか一杯なんだよね。グループホーム飛び抜かして独り暮らしかな。結構、きついもんな。じゃ、また、考えておくから。お薬は、いいですか。いい。喧嘩とかしてないですか。はい。また、翌週。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 調べたんだけれど、グループホーム一杯だった。ケースワーカーさんに聞いたんだけれど。うーん、どうかな、独り暮らしをいきなりやってみる。っていうのはね、生活保護を受けて、障害者年金をもらって、週に一回だけ外泊したらどう?
播磨健吾 そうですか。そんなんできるんですか。
加来典誉 できるかもしれんね。ケースワーカーさんに聞いてみる。できるかどうかね。ちょっとそう思ってる。週に一回外泊。
播磨健吾 それいいです。
加来典誉 いいでしょう。天神とか行けるもんね。
播磨健吾 そうですね、ははは。
加来典誉 美味しいお店とかね。寿司屋もね。きあり寿司やろ、大名にあったんだよね。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 音羽寿司さんのお弟子さんだよね、お父さんが。
播磨健吾 よく知ってますね。
加来典誉 うちのばあちゃんが知ってた。お店がなくなったって。ケースワーカーさんに聞いておくから。また、来週ね。

   加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 ケースワーカーさんに聞いてみたら、できるって。じゃあ、ケースワーカーさんに相談して、独り暮らしを始めてごらん。独り暮らしに必要なものって何だろう。ベッドかな。ベッド高いね。たんす。衣装ケースでいいかな。衣装ケースなら、千円か二千円かな。衣装ケースでいいでしょ。寝袋はどう?お布団も高いし、ベッドも高いし。寝るところはとても大事だから。一日、睡眠時間八時間として、人生の三分の一は寝ているから。すごく大事なんです。寝るところは。だからいいのを買って。ぼくはセミダブルをお勧めします。狭いからシングルは。セミダブルがいいです。結構、いいところから買うと、三十万くらいかかります。一生物だからね。
播磨健吾 そんなにするんですか。
加来典誉 セミダブルだと、奥さんとギリギリ寝れるからね。
播磨健吾 もらえるかな、ははは。
加来典誉 仲が悪かったら、セミダブル二個になるね。シングルだったらきついよ。狭いもんね。すぐ落ちるしね。寝袋と衣装ケースを買って、宿探しね。
播磨健吾 わかりました。


   加来病院第六病棟診察室 ニ週間後

播磨健吾 決まりました。
加来典誉 大橋だったの?デザイナーズマンションって言っておけばよかったかな?
播磨健吾 いや、いいです。
加来典誉 家賃、三万だった?三万だった。衣装ケース買った。九大の寮とか?
播磨健吾 そうそう。
加来典誉 綺麗なところ。忘れてた。綺麗なところがいい。ケースワーカーさんが言ってたでしょ、ゴキブリが出るところはいけないって。
播磨健吾 うん。
加来典誉 週に一回からね。外泊。一年くらい続けてみようかな。
播磨健吾 そうですか。
加来典誉 だいぶ安心。病院が長いからね。十五年だから。プラス三ヶ月くらい、二泊三日を、二週間に一回をして、退院。できたらいいね。あまりにも先代と違いすぎるけどね。
播磨健吾 違いすぎますよ。
加来典誉 ぼくは退院させたいんだよね。できるだけ、外来に来て欲しい。今は退院できるからね。お薬がいいから。若いし。三十五くらいでしょ。
播磨健吾 そうです。
加来典誉 もう、五十、六十になったら、退院できないけれどね。神宮さんとかね。神宮さんは無理だもんね。いくら調子よくても。世話する人がいないから。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 何かあったら、言ってください。

   加来病院第六病棟診察室 六ヵ月後

加来典誉 だいぶいいみたいですね。全然、問題ないみたい。疲れやすいですか?そんなことはない。どんなことがしたい、退院後?
播磨健吾 わからないです。
加来典誉 あと、六ヶ月かな。

   播磨健吾は六ヶ月間、何も問題なかった。

加来典誉 そしたら、後、三ヶ月だね、二泊三日。やってみよう。調子いいからね。播磨さん。
播磨健吾 わかりました。

   播磨健吾は三ヶ月間、何も問題なかった。

   加来病院第六病棟診察室 三ヵ月後

加来典誉 どうしようかね。お仕事してみたら、っていったら、変だけど。いつかはね。すし屋がいい?
播磨健吾 すしです。すしが握りたい。
加来典誉 やま庄、知らない。開、知らない。やま中、知らない。河庄、知ってる。高玉、知ってる。音羽鮨。
播磨健吾 音羽鮨がいい。
加来典誉 音羽鮨がいいの?音羽鮨で働くの?
播磨健吾 うん。
加来典誉 そしたら、こうしたら、ハンデがあるでしょ?薬飲んでるから、ボーっとする。
播磨健吾 そうそう、ある。
加来典誉 給料をタダにしてもらう。
播磨健吾 なんでですか。
加来典誉 無理だから。今はわからないだろうけれど、退院したら、睡眠時間が異常に長くなるから。十二時間とか。そしたら、朝、七時とか、八時とかに起きないといけないのに、それが、十一時とか、十二時に起きることになるから。それでもいいって言われないといけない。まかないを食べればいい。昼と夜。
播磨健吾 なるほど。
加来典誉 節約できるよ。昼食代と夕食代。喜ぶと思うよ。お父さんが、音羽鮨で修行していたこと、言えばいいよ。喜んでくれるよ。言ってみたら。
播磨健吾 わかった。
加来典誉 退院して、少し落ち着いてからね。二、三ヶ月、してからね。どうなるかわからないから。いきなり働いたらいけないよ。
播磨健吾 わかった。

   播磨健吾は退院した。

   加来病院外来診察室

加来典誉 やっぱり眠たい。すごく眠たい。眠い時間がある。刺激が多くなるからね。入院している所は、刺激が少ないんですよ。いつも同じ顔ぶれだし、いつも同じ部屋だし。外も大したことない。ストレスがかからないんですよ。退院すると、神経に刺激が加わって、疲れて、いっぱい寝てしまうんです。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 お金、少し貯まった?
播磨健吾 貯まらないです。
加来典誉 働けるようになって、寝袋から脱出かな。三年とかだろうね。修行なら。三年修行して、ようやくお金になるんだろうね。音羽鮨とは、違うところで働くのもいいだろうね。河庄とか。楽しみ?
播磨健吾 そうですね。

   加来病院外来診察室 三ヵ月後

加来典誉 働き始めた?きつい?きつくない。慣れている。色々言われても平気だもんね。よかったね。喜んでた。すごい喜んでた。知ってるからね、大将はね。修行は三年?
播磨健吾 四年です。
加来典誉 やってみて。訪問看護をしないといけないね。訪問看護をなんでするかわかる?
播磨健吾 わからないです。
加来典誉 お医者さんはね、自分だけで判断したくないんですよ。診察だけで判断したくはないんですよ。看護師さんの目というのも必要なんですよ。入院中もそうです。叫んでましたとか、泣いてましたとか、ぶつぶつ言ってましたとか、カルテに看護師さんが書くんですよ。それをお医者さんが見て判断材料にするです。訪問看護さんも同じです。偵察に来られるみたいで、悪いけれど、ちょっと心配だから、一年は続けさせて。調子よさそうだね。肌の調子もいいようだし。美味しいご飯でしょ?
播磨健吾 美味しいです、ご飯が。まかないが、美味しいです。
加来典誉 良かったね。働くようになっても、まかないだね。
播磨健吾 そうですね。
加来典誉 飲食店だから、得したね。結婚もできるかもね。

   加来病院外来診察室 一年後

加来典誉 訪問看護、抜かしてみようか?きついでしょ?
播磨健吾 きついです。
加来典誉 大丈夫だと思う。お店の人の目があるからね。音羽鮨さんの。お前、ちょっとおかしいんじゃないか、っていう。そういうことはあるよ。それでチェックになる。まったく独りきりになってしまったら心配だけれど。
播磨健吾 わかりました。
加来典誉 じゃあ、後、三年。

   加来病院外来診察室 三年後

加来典誉 卒業。どこに行くの?
播磨健吾 河庄。
加来典誉 一番いいところ。開に行ったことある?
播磨健吾 美味しかった。
加来典誉 ぼく、好きなんだよ。あそこ、すごいもんね。
播磨健吾 すごい。
加来典誉 あそこ、お弟子さんは取らないもんね。今、一人いるけれど。河庄はお弟子さん取るけどね。開さんは高玉で修行してたらしいね。
播磨健吾 そうなんだ。
加来典誉 高玉で修行したって。ぼくのおじいちゃんがよく高玉に通ってたらしい。それですごいよくお父さんは挨拶されるんだよ。今度、河庄さんに行ってみるからね。
播磨健吾 うん、行って、行って。
加来典誉 わかりました、じゃあ、行ってみます。いつでもいい?
播磨健吾 いつでもいい。

   河庄福岡ビル店

加来典誉 こんにちは、あ、働いてる。大将ですか?
河庄福岡ビル店大将 はい。
加来典誉 彼は、ずっと精神病院に入っていたんです。
河庄福岡ビル店大将 えー、ほんと、精神病院ですか?
加来典誉 言ってない?
河庄福岡ビル店大将 言ってないですよ。
加来典誉 わ、すごいな。たいしたもんだな。ちょっと出勤が遅いでしょ。
河庄福岡ビル店大将 出勤が遅いです。身体の調子で。
加来典誉 少し安くしているんでしょ。
加来典誉 十二万。飲食費がいらないからね。
河庄福岡ビル店大将 よく働きますよ。
加来典誉 ほんとですか。
河庄福岡ビル店大将 真面目に。
加来典誉 それはいいことですね。女が欲しいとか、酒が欲しいとか。
河庄福岡ビル店大将 そうです。違いますからね。
加来典誉 わたし、河庄にはあまり行っていませんでした。河庄も来ます。ブランドだからね、河庄は。開さんのお寿司は、特殊ですね。
播磨健吾 そうですね。
加来典誉 研究してみてもいいかもね。大阪のほうですね、刷毛で醤油を塗るのは。自分で塗るんだけどね、大阪はね。べたべた多すぎるからね。
播磨健吾 ありがとうございます、よかったです。

   加来病院外来診察室 一週間後

播磨健吾の父 ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。わけがわからなかったから。どうしていいかわからなかったんです。わたしが、何かしても変わるわけでもないし。
加来典誉 薬が良くなったからですね。あんまり副作用がなくなってきたんですよ。それで、ボーっとしなくなってきて、ある程度、知能が働くようになったんです。

   加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 きあり寿司つくるんですか?もう一回。そうですか。よかったですね。もう一回つくるって。どこに出すんですか。
播磨健吾 大橋。
加来典誉 近いですね。懐かしいし。お家も大橋だし。いいかもしれないですね。お寿司屋さんもあんまりないからね。いい所ついているかもしれませんね。楽しみだね。何年、かかるかな。
播磨健吾 十年。
加来典誉 お金を貯めないといけないね。
播磨健吾 そう、お金を貯めないといけない。
加来典誉 節約。

   加来病院きあり寿司 十年後

加来典誉 美味しいね。うまいねぇ。開さんに負けなくなったね。開さんは、教えてくれないからね。教えないのが礼儀だからね。
播磨健吾 礼儀です。
加来典誉 研究してる。お弟子さんにも教えないから。自分でやってください。そんなもんだからね。勉強にならないからね。

   加来病院外来診察室

   播磨健吾は彼女を作り、結婚することになった。彼女はきあり寿司のお上さんになった。

加来典誉 よかったね、これで終わりだ。奥さん、三十五。ピチピチだね。女の色気がたっぷりだね。十代とか、二十代は、淡白な感じだからね。結婚式に出てくださいって?嬉しいな。新婚旅行はハワイに行くの?一人前の男になったね。
播磨健吾 そうですね。まさか、こうなるとは思わなかったです。病院で一生と思ってた。
加来典誉 他の患者さんもこうしたいんだけどね。神宮さんもなんとかしたいんだけど、無理だね。あの年だと。
播磨健吾 ははは、そうですね。


樋口可南子さん(鬱病・神経症)

   加来病院第六病棟診察室

加来典誉 はい、こんにちは。先代の院長に代わって、わたしの父ですけれど、加来典誉、息子が診察することになりました。よろしくお願いします。はい。昔の院長はどうでした?まあまあだった。何年入院してますか?二年間。お名前は?樋口可南子さん。あー、女優さんと同じですね。
樋口可南子 同じです。
加来典誉 ははは、そうですか。わかりました。樋口可南子さんって、丸坊主になったことあるんですよ。
樋口可南子 ほんとですか。
加来典誉 お坊さんの役をしたことがあって、丸坊主になったことがあります。ほんとですよ。今は、便利な禿のズラがありますけれど、あの人、本当に丸坊主になったから。
樋口可南子 すごいですね。
加来典誉 すごいなと思った。意外と、坊主になると、綺麗な人いますよ。綾瀬はるかさんとか、長澤まさみさんとか、みんな坊主になったけれどね。坊主になったら綺麗になった。
樋口可南子 わたしもなろうかな。
加来典誉 なってみたら。今度、床屋さんに頼んで。ウソですよ。ははは。でも、入院中ならいいかもしれまんね。誰も見ないから。
樋口可南子 ははは。
加来典誉 ははは。まぁ、よく考えてください。師長さんに相談してください。わたしはわからないから。師長さんがいいって言ったら、できるかもしれない。どうですか、あの、鬱病ですかね。何か、あの、入る前に悩み事ありましたか?なかった。あー、これはちょっと、脳疾患型かもしれませんね。お薬は飲みたいでしょ?
樋口可南子 飲みたいです。
加来典誉 そうですね。合うお薬がまだ見つかっていないのかな。ちょっとカルテ見ましょう。夜中大声を上げている。いつ頃かな。ここ一年間くらい。拘禁反応やろうね。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 閉じ込めすぎたかな。外出してますか。してない。ちょっと外出しましょうね。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 旦那さんはいますか。いない。何歳だっけ?三十一。あー、だったら、そうですね。お母さん?いる。忙しいですか?忙しい。よし、そしたらですね、ナースにちょっと行ってもらおうかな。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 ナース、すいません、樋口可南子さんを外出させるのにね、一日、十時から四時までね、何週間に一回ならできますか?一週間に一回できる。この病棟でね。そしたら、一週間に一回、行ってください。何曜日がいいですか?ナース、一番都合がいいのは?金曜日。うん、じゃあ、十時から四時まで。所持金、持って行って、いいですから。いくらか出金して。美味しい物を食べてください。何か食べていいですよ。外の味を味わってきてください。それから、もうひとつ、オナニーしてますか?悪いですけれど。してる。あー、そしたら、拘禁反応だ。前の病院でわかったから。先輩が言っていて。うん。だと思いますよ。とりあえず、それだけでいいと思います。夜中叫んでいるのは覚えていないでしょ?
樋口可南子 覚えていないです。
加来典誉 夜中叫ぶのが治るかどうか見てみましょう。あのね、鬱の症状はだいぶ改善しているんじゃないですか?
樋口可南子 してます。
加来典誉 よし、そしたら、それだけ治しましょう。はい、じゃあ、終わります。
樋口可南子 師長さん、坊主になっていいですか。
第六病棟師長 なんでですか。
加来典誉 樋口可南子さんがね、女優の樋口可南子さんがね、役で丸坊主になったらしいんだよ。丸坊主になる女優さんは、綺麗な人が多いって。長澤まさみさんとか、綾瀬はるかさんとか、みんな坊主になったから。入院中ならいいんじゃないかと。少なくともあと二ヶ月はいないといけないから。
第六病棟師長 そうですね。みんながビックリしますよ。
加来典誉 師長さんどうですか?
第六病棟師長 わかりません。
加来典誉 わからないですよね。でも、退院するときに丸坊主は困ります。世の中の人がビックリするからね。カツラをかぶらないといけない。やってみたいですか。やってみたい。女の床屋さんがいいでしょ。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 いますか。
第六病棟師長 いますよ、女の床屋さん。
加来典誉 まぁ、ご自由にどうぞ。やりたいなら。金曜日でしょ、毎週。今日、水曜日か。でも、外出があるんだ。
樋口可南子 あ、そうか。
加来典誉 できないね。外出が一回、つぶれてもいいならやってください。
樋口可南子 やらないです。
加来典誉 ははは、なるほど、じゃあ、できないですね。外出したいですか。
樋口可南子 したいです。
加来典誉 じゃあ、行ってください。とりあえず、行ってみましょう。

  加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 どうですか、まだ叫ぶのがやまないですか、ナース。
ナース やまないです。
加来典誉 まだ、やまないんですか。拘禁反応でもないのかな。難しいな。これは難しいぞ。本当にオナニーしてますか。
樋口可南子 してますよ。
加来典誉 外も出てるしな。院内散歩に行ってますか。
樋口可南子 行ってます。
加来典誉 あらら。もともとですよね。
樋口可南子 もともとです。
加来典誉 外出意味なかったかな。院内散歩に出てたら、拘禁反応は出ないはずだもんな。そこそこ出ないはずですよ。何がいかんのかな。ギャーって言ってる。寝る時間は八時くらい。朝、六時半ごろに起きてる。うわー、これは難しい。あー、これは見たことない。お薬を増やして止めようとしていると思うな、お父さんは、いろいろ入れてね。よし、そしたら、こうしましょう。あの、ナース、パソコン・・・、あー、そうか、わたしのパソコンを使うかな。わたし、持ち運び用のパソコンを持っていますから。あれでインターネットしてください。
樋口可南子 なんでですか。
加来典誉 ちょっと分析します。臨床心理士さんもできたりすることがあるけれど、わたし独自の分析方法があるから。よし、とりあえず、外出は続けてください。まだ、できないね、退院は。二年いるから、二ヶ月いないといけない。正常な状態で二ヶ月いないといけない。ギャーッといわないで二ヶ月いたら、退院。三年いたら、三ヶ月。これがメドです、精神科の。よし、そしたら、今日、わたし、持ってきているから、貸し出ししようかな。
樋口可南子 いいんですか。
加来典誉 悪いことはしないだろうから。インターネットできますからね。ナースは画面を見ないで横にいるだけでいいです。プライバシーなんですよ。奥のところで、三十分間ね、インターネットしてください。いや、四十分間にしようかな。ちょっとエッチなことを考えながらインターネットをしてください。樋口可南子というアカウントを作っておきますから、ええええここでインターネットしてください。ここで好きなこと調べてどんどん見ていってください。わたしは履歴を見ますから。病院の中だけのプライバシー。病院の外には出しませんから、絶対。ナースとぼくくらい。師長さんと、ぼくくらいです。じゃあ、出て行きます。また、回収しますから。

  加来典誉自宅

加来典誉 よし、これでどうなっているかな、じゃあ、見ていくか。「花・幼稚園・幼稚園・ブラジャー・保育園・バス・保育園のバス・山・保育園」このひとは、子供になんかあるみたいだな。小児性愛の可能性があるのかな。子供が欲しいのかもしれないな。それか、子供の時に何かいいことをしてもらったかな。お花をもらった、車に乗せてもらった。いい思い出がある。話してみようかな。次週。

  加来病院第六病棟診察室 一週間後

加来典誉 はい、こんにちは。樋口さん。どうですか、ナース、まだ叫んでますか。
ナース まだです。
加来典誉 外出やめようか。
ナース そうですか。
加来典誉 意味ないね、これは。ナースの負担になるし。
ナース 院内散歩だけにしてください。
加来典誉 楽しいけどね。
樋口可南子 いえ、いいです。
加来典誉 あのさ、ちょっと奥に行きましょう。

  二人、診察室の奥に行く

加来典誉 小さい頃、何かいい思い出があるでしょ?幼稚園とか、保育園の頃。
樋口可南子 ありますよ。
加来典誉 バスに乗せてもらった?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 何かあった?
樋口可南子 ありました。
加来典誉 格好いいお兄ちゃん?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 お父さん?
樋口可南子 お父さんです。
加来典誉 あ、ほんと、お父さんが隠れていたんだ。なるほど。そこが、憧れが。
樋口可南子 憧れが。
加来典誉 自分が、保育園や幼稚園の子が欲しいわけじゃなくて、自分がなりたい。
樋口可南子 そうです。
加来典誉 そうだなー、そこが欲求不満になっているんだろうな。あの、オナニーが足りないんじゃないですか。
樋口可南子 足りないです。
加来典誉 だからかな。そこら辺の欲求が足りないんだろうな。インターネットさせてあげたいんだけどね。ケイタイだけでは難しいでしょ?
樋口可南子 難しいです。
加来典誉 そうですね・・・。インターネットをやったからといって解消する問題じゃないですよね。
樋口可南子 そんな問題じゃないです。
加来典誉 どうしたら解消すると思いますか?わからない?
樋口可南子 わかります。
加来典誉 どうするんですか?幼稚園に行く?
樋口可南子 行くわけじゃない・・・。
加来典誉 お父さんに会う?
樋口可南子 そうです。
加来典誉 いるんですか。
樋口可南子 います。
加来典誉 別れたんですか、お母さんと?
樋口可南子 そうです。
加来典誉 あー、そういうことか、そういう深い訳があるわけだ。お父さんを呼んできてもらう?できるんですか。
樋口可南子 できないです。
加来典誉 もう、どこ行ったかわからない?
樋口可南子 わからない。
加来典誉 そこを、でも、なんとかしないと治らないわけですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 お母さんになんとかお願いしてみようか。わからないですか。
樋口可南子 いや、なんとかなると思う。
加来典誉 じゃあ、わたしがちょっとお願いしてみましょう。理由を言ってね。今度、面談してみますから、お母さんが来れる時に呼んでね。坊主になる?いいですよ。わたしはいいです。二ヶ月ありますから。ナースもいいなら。院内散歩があんまりできなくなるけれど。
樋口可南子 普通、男しかできない髪型だから。
加来典誉 ほんと、いいですよ。ま、綺麗になるといいですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 楽になるらしいですよ、でも、坊主になると。
樋口可南子 わかりました。
加来典誉 言っとくんですよ、みんなに。そしたら、驚きませんからね。今度、いつかな、電話したら、水曜日が診察で、火曜日が来れるみたい。
樋口可南子 わかりました。

  加来病院第六病棟診察室 一週間後(火曜日)

加来典誉 なんか、お父さんの思い出がね、すごいね、強烈に残っているらしいんですよ。特に、保育園とか、幼稚園の。そこが鍵になっているみたい、病気の。精神分析とまでは言わないんですけれど、ほぼ精神分析みたいなものをしてわかったんです。お父さんと会うことで改善する可能性があるんです、病気が。何か深い悩みがあるのかもしれない。どうかして、連れてこれないでしょうか。娘さんということで。もう、会いたくないなら、別の人でもいいですから。奥さんが会いたくないなら、別の人を介して、電話して、娘を助けてくれと、こんなふうに二年も入っていると、精神病院に。そしたら、心配してくれるんじゃないですか。ちょっと頑張ってみてください。
樋口可南子の母 わかりました。

  加来病院第六病棟診察室 翌日

加来典誉 坊主になったの?ツルツルになった。綺麗になるかもしれないね。なんでかというとね。なんで坊主になったら、綺麗になるかというとね、ぼくなりに考えがあるんだけどね、顔の欠点が全部見える。
樋口可南子 見えますね。
加来典誉 これがいいんだ。髪の毛で隠すと、わからなくなる。坊主になると、ここも悪いここも悪いと思って、なんとか綺麗になろうとして、綺麗になる。でも、単に坊主になるだけでも、なかなか綺麗でしょ?
樋口可南子 そうですね。なかなか綺麗です。
加来典誉 なかなか美人なんですよ。坊主になると。これも不思議なんです。五厘刈りですか?
樋口可南子 五厘です。
加来典誉 バリカンは?
樋口可南子 初めてでした。いい経験でした。面白かったです。
加来典誉 わたしもありますよ。五厘じゃないけれど、四ミリぐらいだった。
樋口可南子 そうですか。
加来典誉 なんか楽になりました。そこから顔が少し良くなった感じ。なんかあるんじゃないかな。やっぱり顔の欠点とか、綺麗になろうとするからでしょうね。でね、お父さんに頑張ってもらおうということになりました。まぁ、いいじゃないですか。虐待されてこんなふうになったという、心配。それは冗談ですけれど。話したいことはいっぱい話していいですから。そこで改善するかどうかみてみましょう。お父さんと外出というのもいいですかね。帽子かぶってね。わからない帽子があるでしょ。今度は、お父さんと一回、外出、幼稚園あたりに行ってみて。なんか幼稚園とか保育園に鍵がありますよ。ちょっとやってみましょう。念願の坊主にもなれましたしね。はい、じゃあ、そういうことで待っていてください。

  加来病院第六病棟診察室 一週間後(火曜日)

加来典誉 お父さんと連絡が取れたよ。会えることになりました。一緒に水曜日診察ということになりました。
樋口可南子 恥ずかしい。
加来典誉 わからないでしょ?
樋口可南子 わからないと思う。
加来典誉 なかなか綺麗だと思うよ。
樋口可南子 ははは、そうですね。

  加来病院第六病棟診察室 翌日

樋口可南子の父 なんで坊主になったの?
樋口可南子 実は虐待で・・・。
加来典誉 ははは、そんなことないでしょ。樋口可南子さんって、昔、坊主になったでしょ?
樋口可南子の父 ああ、なりましたね。
加来典誉 自分も真似してみると。坊主になる人は、綺麗な人が多いって。長澤まさみさんとか、綾瀬はるかさんとか。わたしも坊主ができると。最初は、外出するからできなかったんですけれど、外出って、外に出ることですね、外出しないことになったからですね、わたし、やるって。あんまり意味がなかったんですよ、外出は。夜中にギャーって叫ぶ癖があったんですけれどね。なんでかなと思ってたんですけれど、いろいろ精神分析っぽいことをしてみたんです。そしたら、幼稚園とか、バスとか、保育園とか、お父さんに鍵があるらしいんです。お父さんは自分で言われたんですけれどね。幼稚園とか、バスとか、お花とか、ブラジャーとか、ほんわかした柔らかい暖色系の世界に鍵がある。ここをクリアしたら、樋口可南子さんの病気は卒業になる。
樋口可南子の父 なるほど。
加来典誉 何か、お父さん、坊主が隠せる帽子を買って来てもらえますか。
樋口可南子の父 いいですよ。
加来典誉 一緒に外出してくれませんか。
樋口可南子の父 ああ、なるほど。
加来典誉 まぁ、二週間に一回でも、一週間に一回でも。二週間に一回。いいですよ。十時から四時ぐらいまで。奥さんは?
樋口可南子の父 いや、いないです。
加来典誉 わかりました。じゃあ、ちょっと、来週?さ来週?
樋口可南子の父 来週、行きます。
加来典誉 じゃあ、帽子を買って。
樋口可南子の父 わかりました。
加来典誉 帽子かぶって行きましょう。さらけ出すと、さすがにびっくりするからね。失礼だから。
樋口可南子の父 そうですね。
加来典誉 わたしも見たことあります。時々、ばーっと坊主をさらけ出している人。あらーっと思って、ちょっと、かつらかなんかかぶってほしいと思ってですね。
樋口可南子の父 そうですね。
加来典誉 わかりました、それでいきましょう。美容法ですね。そしたら、来週。何曜日ですか?金曜日。

  加来病院第六病棟診察室 来週

加来典誉 終わったー。これだったんだ。夜、叫ばなくなった。やっぱりお父さんだったんだ。やっぱり、お父さんに会わないといけないね。退院してからもね。これからは、お父さんと外出してごらん。二週間に一回くらい。二ヶ月待って、退院して様子見ましょう。そのころには髪の毛も伸びているでしょうからね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 坊主から伸びるのは早いでしょ。
樋口可南子 そうですね。あっという間でした。
加来典誉 もう、3ミリくらい。早いですね。さーっと伸びますよ。

  加来病院第六病棟診察室 二ヵ月後

加来典誉 ちょっと時々、二週間に一回くらい、お父さんに会って、外出することになりました。続けて欲しいという要望を樋口可南子さんを介してお父さんに言ってもらうと。電話番号を知っているから。お父さんとの関係がどうも病気に関係しているようです。ここがわからずに、いろいろ試行錯誤しました。うちの父も訳がわからずに薬を変えているんですよ。わたしは特に薬を変えていませんけれどね。少し減らしましたけれどね。どうもそこに原因があったみたい。そこからどうもこの病気の根っこができているような感じです。そこさえクリアしていたら、樋口可南子さんは社会で、普通の人が生活するのと同じように生活できるみたいですね。鬱症状は改善できてます。お薬は飲まないといけません。セロトニンという物質が少し足りないみたいですね。脳内の物質が。少し、それを調整しないといけないという感じでしす。ですから、お父さんと関係するのは煙たいかもしれないけれど、少し我慢してください。
樋口可南子の母 なるほど、わかりました。
加来典誉 ちょっとね、昔いろいろあって、ちょっととおもうかもしれないけれど、まぁ、隠れてかな。樋口可南子さん。お母さんがあんまり気を悪くするといけないから。こっそり、何曜日に会うって決めておいてね、二週間に一回、この日に行くって言って、お母さんに黙って、黙ってじゃない、行ってきますって言って、というふうにしてください。外来にいますから、ぼくは。
樋口可南子の母 わかりました。なんで坊主?
加来典誉 じゃあ、本人から。
樋口可南子 美容法。
加来典誉 ははは。樋口可南子さんていう女優さんが坊主になったから。わたしも綺麗になりたいって。なかなか綺麗な顔立ちしてますよ。
樋口可南子の母 そうですね。
加来典誉 まぁ、普通の人が坊主にしてもなかなか綺麗なものですね。あとね、本当にい美人な人って、丸坊主にしても綺麗ですね。
樋口可南子の母 そうですね。わかります。それはあります。
加来典誉 樋口可南子さんも綺麗ですよ。なんか顔の欠点があらわになるって、坊主になると。それで頑張るんじゃないかと思って。あらー、ここが出っ張りすぎているなとか、引っ込みすぎているなとか、いろいろ気にしているうちにだんだん、綺麗になるって。まぁ、なかなかできませんからね、普通の人は。せっかく入院しているから、見られないからね、できるかなと思って、やったそうです。女の床屋さんにお願いしてね。何歳くらいの床屋さんでしたか?
樋口可南子 四十歳くらい。
加来典誉 おずおずしてたんんじゃない?
樋口可南子 おずおずしてた。
加来典誉 髪型どんな髪型?
樋口可南子 セミロング。
加来典誉 そうだろうね。おずおずするだろうね。自分もなったことないし。オカッパとかならできるけれど、あたしもなったことあるし、と思うし。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 こわいよね。いいのかなって。
樋口可南子 先生がいいって、言いました。
加来典誉 まぁ、いいんじゃないですか。元通りですから。髪も綺麗ですね。
樋口可南子 そうですね。
樋口可南子 痛んでないし。まぁ、ちょっと様子を見ましょう。毎週、月曜日と木曜日が外来ですから。お独りでも、お母さんと一緒でも。どっちでもいいです。独りで来られますか。
樋口可南子 独りで来ます。

  加来病院外来診察室 月曜日

加来典誉 どうですか。お父さんと行きましたか。
樋口可南子 まだ行ってないです。
加来典誉 お母さんが樋口可南子さんがギャーって言ってるって言ってますか。
樋口可南子 言ってないです。
加来典誉 何が病気の原因なのかな。遺伝的要素なのかな、それとも幼児体験かな。何かほったらかしにされた経験ってありますか。
樋口可南子 あります。
加来典誉 お母さんに?お父さんに?
樋口可南子 お母さん。
加来典誉 寂しくなってしまったかな。がっくりきてしまっているのかな。幼児体験でね、何かその、がっくりくるっていう体験をしているから、鬱病になっているのかもしれない。昔は薬はなかったから、なんとか追求して、パシッっと言って、これですって言って、治していたんだけれど。できるかな、樋口可南子さんは。お薬を飲んで、困ることありますか。
樋口可南子 ないです。
加来典誉 じゃあ、いいや。ないなら。眠くてきつくてしょうがないだったら、なんとなしないといけないですけれど。これから、様子を見てみましょう。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 行ってきた?
樋口可南子 行ってきました。
加来典誉 よかった?
樋口可南子 よかったです。
加来典誉 何もない。楽しい?
樋口可南子 楽しい。
加来典誉 お仕事するの?
樋口可南子 しないです。
加来典誉 まだ無理?
樋口可南子 そうです。まだ無理です。
加来典誉 どんなことしたいですか。三十一でしょ。結婚したい?彼氏が作りたい?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 お父さんと一緒にいたい?
樋口可南子 そうじゃないです。
加来典誉 どんなことしたいですか。
樋口可南子 結婚したいです。
加来典誉 そしたらね、まず、相手探しからですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 あの、まず、働いとかないといけない。最低限ね。家事手伝いじゃ、ちょっと弱い。少し働いておかないと。最初は、家事手伝いでいいですからね。慣らしで。お母さんの手伝いでいいですから。買い物行ったりとか、料理をしたりとか。慣らしていって、週に一回とか、二回のアルバイトから始めていって、週五回のバイトにして、そして、できればいつか正社員になってというふうにしていって、もういっぽうでお洒落をしてみるとか。最初はゆっくりでいいですよ。週に一回とか二回とか。最初は家事手伝いでいいですから。最初の、三ヶ月、四ヶ月かな、それか半年かな、家事手伝いね。それから、働いてみてください。週に一回くらい。できると思いますよ。それくらい。半年休めばできるんじゃないかな。家事手伝い、半年やったら、できると思います。結構疲れますからね、家事手伝い。掃除したりね、洗濯機かけたり、料理したりね、疲れますからね、耐えれたらできると思います。だいたい六ヶ月じゃないですかね、二年入ってたから。六ヶ月くらい入っている人だったら、三ヶ月くらい家事手伝いっていうところだけれど、二年入っているからね。じゃあ、その方向でやっていきましょう。お洒落は知っていますか。
樋口可南子 知っています。
加来典誉 じゃあ、お洒落は大丈夫ですね。
樋口可南子 そうですね。
加来典誉 それだけやって。出会い系のバーって、わたしよくいうんだけれど、知ってますか?
樋口可南子 知らないです。
加来典誉 あのね、女の人がカウンターに座っているんです。そして、男の人が、ちょっとちょっと、あなたいいですか、って言ってくるんですよ。女の人が気に入ったら、いいですよ、ってお話しするんですよ。気に入らなかったら、ちょっとごめんなさいって言うんです。
樋口可南子 それはいいですね。
加来典誉 大名にあるらしいですよ。どこかバーに一件入ってみてね、出会い系のバーないですかって、綺麗になってからね、綺麗になってっていうのは着飾ってから、もうお綺麗ですけれどね。色々お洒落してね。今は、服もあまり買えていないし、少しよれよれになってしまっているから。もう少し綺麗な服を買えてからね。働いてからかもね、お金があるから。買えるでしょ、服を。お母さんもぽんぽん出してくれるわけじゃないからね。まぁ、三ヶ月、六ヶ月経ってから。あまり焦らなくていいですよ。焦って、また鬱病になったら意味がないから。
樋口可南子 わかりました。
加来典誉 じゃあ、ちょっと待ってみましょう。

  六ヵ月後。樋口可南子は週に一回、働き始めた。そのうち週に二回働くようになった。樋口可南子は、綺麗になってきた。さらに週に四日働くようになった。二ヵ月後、週に五日働くようになった。出会い系のバーに行くようになった。恋人ができた。後は結婚だけになった。二年後、結婚することになった。

加来典誉 よかった。これで終わりだ。お父さんいなくても大丈夫なの?
樋口可南子 いや、お父さんは要ります。
加来典誉 お父さんが死んだらどうするの。
樋口可南子 そうですね。それもそうですね。
加来典誉 どうするの、お父さんが死んだら。
樋口可南子 ・・・。
加来典誉 お父さんが死んで、鬱になる人もいるんですよ。だからね、お父さんが死んだ後、例えば、お父さんが、あの世で、どう思っているかということを、自分のことを、生きている間にね、誤魔化しているような感じで、お父さんが死んでいると仮定して生活してみる。会えないと思って。お父さんとは今回は、会わない。
樋口可南子 それはできますよ。
加来典誉 それで生活してみてください。お父さんは会いたがっていますか。
樋口可南子 いや、そうでもないです。
加来典誉 今月は会わないようにしましょう。頑張って。ちょっとそれでやってみましょう。

  加来病院外来診察室 二ヵ月後

加来典誉 これで、会っても会わないでも同じだなと思ったら大丈夫ですよ。
樋口可南子 わかりました。

  加来病院外来診察室 三年後

樋口可南子 できました。会っても、会わないでも、大丈夫です。
加来典誉 これでいいです。後は、好きに会っていていいです。終わりです。


樋口可南子さん余話

  加来病院事務所前

加来典誉 今度、ランチに行こう。夜のほうがいい?わかった。
中村美穂 いいねぇ、お医者さんは、
加来典誉 土日休みだもんね。みぃちゃんもやね。
中村美穂 わたしも。
加来典誉 看護師さんは結構休みあるもんね、夜勤明けとか。
中村美穂 そうね。
加来典誉 五時までだし。六時までだっけ?五時まで。じゃあちょっと行こう。

  路上

加来典誉 ロイヤルホスト。夜の。何食べるの?ぼくのおごり?いいよ。
中村美穂 ほんと?
加来典誉 お金持ってるから。
中村美穂 むかつく。
加来典誉 ははは。ばんばん、旨いもの食べてください。いいよ。おれもあんまりおごることないからね。お付き合いでもないからね。お医者さんで。ほぼないよ。ぼくは。後輩連れとかないからね。普通ね、会社の人だったら、後輩連れてね、食べに行ったりあるでしょうけれど。ないもんね。後輩っていっても。医者の後輩でもないしね。こんな時かな。何を食べようかな。ハンバーグにしようかな。
中村美穂 子供みたい。
加来典誉 ハンバーグ美味しいよ。ぼくはね、ステーキにするなら、レアがいい。
中村美穂 ほんと、気持ち悪い。
加来典誉 気持ち悪いかな。生っぽいのがいい。しゃぶしゃぶとかする時もね、少し赤いのがいい。美味しいのよ。あ、そうそうそう、樋口可南子さんって知ってる?
中村美穂 知らん。
加来典誉 坊主の患者さんん知ってる?女の人で。
中村美穂 ああ、知ってる。
加来典誉 あの人、ぼくが勧めてみたの。
中村美穂 何してるの、ばか。
加来典誉 なんか、同じ名前の樋口可南子さんて女優はね、昔、坊主になったことがある。お坊さんの役して坊主になったらしい。
中村美穂 へー。
加来典誉 なかなか綺麗なお坊さんだった。綾瀬はるかとか、長澤まさみとか、坊主になったから、なかなか綺麗だったから。坊主と綺麗と関係があるんじゃないかと。坊主にすると、顔の欠点がわかるんだよ。ここが出っ張り過ぎているとか、引っ込みすぎているとか、ほくろがあるとか。なんとなく坊主したても、綺麗なんだよ。そうやったんだよ。そう思わない?
中村美穂 わたしも思う。なかなか綺麗と思う。
加来典誉 前見た時よりきれいだったと思わない?
中村美穂 そう。
加来典誉 若返っていた。
中村美穂 若返っていた。
加来典誉 坊主ファッションっていうのもあると思う。女の。みぃちゃんも思うやろ。
中村美穂 思う。
加来典誉 あるよね。まぁ、綺麗な野球部坊主とは限らないけれどね。ほぼ、綺麗な、全体が、三ミリが四ミリに刈られていて、真ん中だけ長く、上のほうだけ長くて、五ミリとか、ほぼ坊主とか。
中村美穂 あるあるある。
加来典誉 そういうファッションがあってもおかしくない。雑誌とか、美容室が流行らせればなると思う。普通の野球部坊主にして、イヤリングとか、アクセサリー、ネックレスとか・・・。
中村美穂 なんでわかるの。
加来典誉 夏場とか、凝ったら、そこそこ美しいと思う。清楚な感じで。意外と人気あるんじゃないかな。絶対にダメっていう人はいるだろうけれど。
中村美穂 好きなの?
加来典誉 いや、おれは刈り上げが好き。刈り上げのオカッパと刈り上げのショートカットが好き。
中村美穂 言ってたもんね。
加来典誉 でも、本田茜さんが・・・。わからんね、おれも。うまくいくかなー。色々アタックしているんだけどね。社長さんに手紙送ったり。
中村美穂 なんでー?
加来典誉 業務改善提案ってさ。お風呂とマッサージが弱いから、コナミスポーツクラブは。
中村美穂 ほんと。お風呂が大したことないの?
加来典誉 大したことあるんだよ。施設はいいんだよ。でもね、置いてある、お風呂のシャンプーとか、ボディソープがいかにも化学薬品っていう感じがするんだよ。つける気がしなくて。お風呂も塩素が入っているし。男のがそうだから、女もそうだと思う。子供がいないから、塩素は入れなくていいと思う。要らないんじゃないかな。マッサージはね、外部委託にして、提携って言う形にしたほうが、お洒落で、女性が入りやすくなるんじゃないかって。後一つは、東ヨーロッパに行ったらいいんじゃないかって。
中村美穂 なんで。
加来典誉 少し、もうかるし、勲章がもらえるから。ないんだよ、スポーツクラブとか。屋根がアクリル樹脂で、透明になっていて、プールになっているんだよ、中が。暖房が効いていて、温かくて、ジュースバーがあって、飲み放題。デッキチェアがあって。バカンスができる。いいでしょう?庶民のバカンス。嬉しいと思うよ。行けるよ、バカンス。毎週行けるから。喜ぶと思うよ。勲章がもらえるよ。国民栄誉賞。国民の生活質改善に大変寄与したと。あ、きたきたごはん。おれ、髪フェチやもんね。おかしいと思ったんだよ。小学校六年生くらいから。女の子がバッサリ髪を切られている所を漫画に描いてた。
中村美穂 おかしい。
加来典誉 おかしいでしょ。久家さんとか、はるかちゃんとかわかるんじゃない?
亀井はるか わからない。
加来典誉 嘘つけ。はるかちゃんはわかるでしょう。久家さんは、男の坊主だもんね。ぼくもやったことがある。母さん役の女の人が、男の子を電気バリカンで丸刈りにしているところを描いた。この頃はさ、校則で髪を切らないといけない、オカッパとショートカットと丸刈りと、そういうののイメージがあって、描いているんだよ。そして、ドキドキしているんだよ。なんかわからないんだよ。わけわからないでっやっているんだよ。それでフェチになっていってさ。最初はね、散髪されている女の子が好きだったんだよ。オカッパにされたりして。だんだん、散髪している女の人が好きになった。年増の。三十とか三十五ぐらいの女の人が好きになった。こっちのほうに興味を持つようになったんだよ。おかしいよね。刈り上げはその頃から好き。女の人の坊主はなかったね。女の人を坊主にするもなかったね。でも、坊主ファッションってありかなと思う。でも、坊主にしたら、毛が増えるのかな?五厘にしたもんね、樋口さん。増えたかな?退院したね。うまくやっているのかな。お父さんとの関係がすごく重要らしい。だいぶ良くなったみたい。
中村美穂 どうしたの。
加来典誉 精神分析。軽い精神分析。あんまり重いのやると、ぼくのことを好きになるから。やっちゃいかん。軽い精神分析。時間を決めてインターネットをしてもらう。少しエッチなことを考えながら、インターネットしてもらって、履歴を見る。そしたら、わかる。お花、ブラジャー、幼稚園、保育園、バス。小さい頃の思い出がある。お父さんと結婚したかったみたい。
亀井はるか あー、そうかもしれない。
加来典誉 いるやろ、そういう人。お父さん、先に死ぬやろ、なしでも大丈夫にしないといけないからね。患者さんのプライバシーだけど、みんな病院の人だからお話ししました。みぃちゃんはお父さん、好きだったもんね。
中村美穂 わたし、好きだった。お父さん、お母さんと別れたけど。
加来典誉 仁掛宏美ちゃんだったな。お父さんが好きだっていってたの。あの人は別れていなかったけれど。お母さんと仲が良くなかったみたい。でも、なんか、夜の仕事しててね、仁掛宏美ちゃん、尊敬する人、お母さんだった。
中村美穂 偉いね。
加来典誉 産んでくれたからじゃないの。育ててくれたとか。仕送りしてたらしい。福岡にいた頃。親に。
久家沙由里  偉いね。
亀井はるか 偉いよ。
加来典誉 今でもしてるんじゃない。たぶんね、億積もうと思ってるんだよ。たぶん。デリヘルで、デリバリーヘルスで。億積んだら安心やろ、生活。アパート暮らしで億積んでおけばいい。やる気だと思う。挑戦してみたい髪型ある?はるかちゃん。
亀井はるか 刈り上げオカッパ。
加来典誉 やっぱそうなんだ。今の彼氏納得しない?
亀井はるか 納得しない。
加来典誉 ぼくだったらよかったのに。
亀井はるか うるさい。
加来典誉 やってみたいね。
亀井はるか やってみたい・
加来典誉 ジョリジョリに。
亀井はるか ジョリジョリに。
加来典誉 久家さんは?
久家沙由里  わたしはあんまない。
加来典誉 男の坊主?
久家沙由里  男の坊主。
加来典誉 みぃちゃんは?
中村美穂 わたしもない。
加来典誉 はるかちゃんだけだ。ぼくも坊主になったことあるもんね。
中村美穂 あるんだ。
加来典誉 あるよ。仁掛宏美さんにバリカンで刈ってもらった。ラブホテル、パームゲート。
中村美穂 あ、そこ知ってる。
加来典誉 知ってるやろ。いいもんね。そこの最高級の部屋。丸坊主。楽しかったよ。久家さん、つまらないやろ?
久家沙由里  つまらないことはない、それでいい。そんなのがいい。
加来典誉 楽しく坊主。
久家沙由里  楽しく坊主。
加来典誉 彼氏、坊主にしてみたいやろ?
久家沙由里  してみたい。
加来典誉 欲求不満?
久家沙由里  欲求不満。
加来典誉 やってくれない?
久家沙由里  やってくれない。
加来典誉 ぼくやったら、医者だからなってもいい。怒られないもんね。
久家沙由里  やらしてよ。
加来典誉 いいよ。でも、本田茜さんがね。
久家沙由里  あ、そうか。やりたいんでしょ。
加来典誉 あの人も髪フェチっぽい。男も女も両方わかるみたい。はるかちゃん、両方わかるやろ。
亀井はるか わたし、両方わかる。
加来典誉 得やね。これわかると得なんだよ。エッチだけじゃなくて、他のところお楽しめる。

  一同、食事をして、ロイヤルホストを後にした。


山口昭弘さん(急性アルコール中毒)

  加来病院病棟

加来典誉 はい、急患ですか。あ、どうされました?アルコール中毒?急性アルコール中毒。はい、保護室に。そうですね、保護室がいいと思います。入院歴は?ない方、初めてですね。お名前と年齢は?山口昭弘さん、三十三歳。わかりました。すいません、看護師さん、これ、いきなり浴びるように飲んだタイプですか、それとも、いっぱい日頃から飲んでいる、いわゆるアル中ですか。突然、飲んだ。じゃあ、お酒を抜いても、苦しまないでしょうね。じゃあ、そのままにしておきましょう。もう少し静かにしておきましょう。誰も行かないようにしましょう。話にならないから。一日、二日、様子を見ましょうかね。お食事だけ出して。話せるようになったな、と思ったら、わたしが行きますから。はい。

  加来病院病棟 一日後

ナース もう話せますよ。
加来典誉 じゃあ、行きます、美人はいいです。

  加来病院第一病棟保護室

加来典誉 はい、山口さん、大丈夫ですか。
山口昭弘 大丈夫です。
加来典誉 なんかあったんですか。
山口昭弘 ありました。
加来典誉 きつくなって、お酒飲んだ感じですかね。そうですか。わたしもふられたことがあってですね。その時、浴びるように酒を飲みましたけれどね。こういう所には行きませんでしたけれどね。普段からお酒を飲まれるわけではない。
山口昭弘 そうですね。
加来典誉 ここ病院って、わかりますか。
山口昭弘 わかります。
加来典誉 あの、怖いところじゃないですからね。ちょっと、ものものしい感じですけれどね。大丈夫ですか。
山口昭弘 大丈夫です。
加来典誉 あと、一日か、二日か経ったら出れますからね。ここから。一般病棟って、閉鎖ですけれど、鍵の閉まった所ですけれど、まぁ、みなさんが何人かいる所で、水も飲めるし、お湯もあるし、おやつがあれば、おやつが食べられるし。
山口昭弘 わかりました。
加来典誉 そしたら、今、きついでしょう?
山口昭弘 きついです。
加来典誉 じゃあ、あまり長居すると大変ですから、とりあえず、また来週ですね。もう出てると思いますよ。私物は一週間たたないと持てないんですよ。説明ありました?
山口昭弘 ありました。
加来典誉 とりあえず、来週また会いましょう。お母さんに会いたいでしょう?きりがないですね。ま、そのうち、お見舞いに来てくれますよ。電話とかして、持ってきて欲しいものを言ったらいいです。テレホンカードはもう、置いてあるんじゃないですかね、ナースの詰め所に。
山口昭弘 わかりました。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 出ましたね。どうですか、寝れてますか。
山口昭弘 寝れてます。
加来典誉 うん、とりあえず、寝ると、食べるだけ、きちんとできておくこと。そして、退院した後に、なぜお酒を飲んだのか、大事ですから、今、話しておきます?
山口昭弘 退院した後がいいです。
加来典誉 なぜ、お酒を飲んだか、ちょっと聞きましょうね。まぁ、恋愛じゃないですかね。
山口昭弘 恋愛です。
加来典誉 毎回毎回、恋愛で失敗してしまうのであれば、ちょっと問題があります。怖いから。お母さんに電話しました?
山口昭弘 しました。
加来典誉 今度、いらっしゃる。わかりました。うん、じゃあ、とりあえず、二週間から三週間いてください。ま、一週間いて、あとの二週間は、一週間に一回、外泊って言って、実家に泊まってもらいます。

  三週間後、山口昭弘は退院した。

  加来病院外来診察室

加来典誉 じゃあ、ちょっと診ましょうか。どういう理由で、お酒を飲んだんですか、改めて。
山口昭弘 失恋です。
加来典誉 苦しくなった。恋愛に成功したことないんですか。
山口昭弘 ないです。
加来典誉 じゃあ、絶望して、死のうと思っていた?
山口昭弘 そうです。
加来典誉 あの、まず、見た目をですね、身なりをきちんとすること、それから、仕事をある程度すること、からだいたい始まります、恋愛の基本は。仕事はしていますよね。
山口昭弘 していますよ。
加来典誉 そしたら、仕事はしているから、身なりをね、安いところですますのもいいかもしれないけれど、ちゃんとした身なりをしておかないといけないんですよ。デパートに一回行ってですね、どこのブランドが自分に一番合うのかを探してみないといけない。いくつかデパートに行って、ここが一番合うなという所で、一そろい買ってみます。まぁ、全部同じ所である必要はないですから、ジーンズは別の所、上着はこれ着てと分けてもいいですから。テイストがありますから。その後、美容室に行って、きれいな格好で、長めか、短めか好きなほうを言って、女性の美容室さん?今、男性の美容師さんですか?
山口昭弘 女性です。
加来典誉 じゃあ、そこに言って、綺麗にしてもらう。今までの髪型は一旦、忘れてもらって、というのは、お洒落を自分がしてからじゃないと、わからないわけです。つまり、お洒落というのは、無理やり美しくしているわけじゃなくてね、自分らしさを表現しているわけです。自分らしさを表現して、それに合った髪型にしているんです。美容師さんは、格好で決めているんです。いわゆる洋服の格好で、髪型を。こういう格好だから、こういう髪型が似合うだろうと、しているんです。だから、山口さんが似合う格好にして、そして、さらに似合う髪形にしてもらう。というふうにしてもらう。それから、挑戦と。それから、女性経験がないなら、キャバクラに行くのもよし、それからデリバリーヘルスでホテルに女の子を呼ぶのもよし。ホテルに女の子を呼ぶなら、綺麗な人に来てもらわないと困るっていうんだったら、だいたいの好みを店の人に言えばいいです。たとえば、背が高い人がいいとか、売れっ子がいいとか、そうすれば、だいたい綺麗な子が来ますからね。それか、インターネットの写真で選ぶが。目が出ている人は安心だから。まぁ、そういう感じでデリバリーヘルスを呼んで。独り暮らしですか。
山口昭弘 いえ、実家です。
加来典誉 そしたら、ホテルに呼んで。そして、女の子との付き合いを勉強します。お金かかりますけれど。そういうことを何回かやりながら、キャバクラかデリバリーヘルスやりながら、勉強していって、今度は、出会い系のバーというのがああるんです。男女が出会うバーがあるんです。そこで、カウンターに女の人がいますから、ちょっとすいません、どうですか、言ったら、ダメって言われることもあるし、合わないということで、そしたら、引きますし、よかったら、お話です。服装と顔つきをみるでしょうね。だから、服装と顔つきはすごく大事です。眉毛を剃ったりするのも大事です。お手入れ。そういうふうな感じでやってみてください。
山口昭弘 わかりました。
加来典誉 まずは服装を整える。髪型を整える。それから、女の人の勉強をしてみる。そして、実際に出会い系のバーに行ってみます。出会い系のバーは、普通のバーに行って、出会い系のバーはどこにありますかと聞いたら、わかりますから。とりあえず、綺麗になってみる。あんまり急がなくていいですから、また来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

山口昭弘 どうですか。
加来典誉 だいぶいいですよ。だいぶよくなりました。これなら恋愛できるんじゃないですか。やりやすくなりました。みんなできることなのにやらないひとがいる。今度はいきなりバーに行くよりは、デリバリーヘルスかキャバクラか。一対一で話したいなら、デリバリーヘルスがいい。いっぱい女の子と話したいならキャバクラがいい。キャバクラは、作っている場合がある、キャラを。ファーストキスは風俗嬢は嫌っていうなら、キャバクラがいいかもしれない。キャバクラがいい。無理してキスしなくてもいんですよ、デリバリーヘルスは。お話するだけでもいい。高い。キャバクラがいい。わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

山口昭弘 行ってきました。面白かったです。
加来典誉 勉強になったでしょ。
山口昭弘 勉強になりました。
加来典誉 何回か行ってみて、勉強して、実践を積んで、出会い系のバーに行くのもいいでしょう。この辺でいいかなと思ったら。

  加来病院外来診察室 一週間後

山口昭弘 出会い系のバー、ちょっと難しかったです。
加来典誉 場所は、キャバクラの人に教えてもらった?
山口昭弘 はい。
加来典誉 また、コツをキャバクラの人に教えてもらうといいいですよ。
山口昭弘 はい。

  加来病院外来診察室 ニ週間後

山口昭弘 彼女ができました。
加来典誉 ちょっと様子見ましょうか。
山口昭弘 なんでですか。
加来典誉 あの、すぐできた彼女は、すぐ別れるから。用心しておかないと。別れなくていいように、注意しておかないといけない。ちょっと二ヶ月ぐらい様子を見ないといけない。どっちでもいい、一週間に一回でも、二週間に一回の診察でも。二週間に一回がいい。わかりました。二週間に一回で。三ヶ月にしましょう。
山口昭弘 わかりました。

  加来病院外来診察室 三ヵ月後

加来典誉 何事もなかったようですね。これで大丈夫です。また、何かあったら言ってください。もう恋愛はクリアしたから大丈夫です。


山口香織さん(統合失調症)

  加来病院外来

加来典誉 はい、新患さんですか。どんな状態ですか。暴れている。女の人?男の人?女の人。十八歳。山口香織さん。はい、わかりました。とりあえず、保護室まで行っておいてください。はい。今日は美人は?いる。二人とも。わかりました。終わったら言ってください。わたし、行きますから。久家さんと亀井さんね、一緒にここに集まるようにしてください。
ナース わかりました。

ナース 先生、エッチ目的じゃないですか?
加来典誉 エロくはないですよ。わたしは別にセックスする目的じゃないですから。ここで待っておこう。ここはいけないね、外来のところで。怒られるね。ははは。あ、来た。行こうか。亀井さん、久家さん。いつもの仕事だから。中村美穂さんを合わせて、チャーリーズエンジェル。ははは。仲がいいから、三人。じゃあ、行きましょうね。山口香織さんって、十八歳。

  加来病院第一病棟保護室

加来典誉 うーん、暴れているね。お水も用意した。氷もある。コップもある。はい、入りましょうかね。止まった。よし、これで、いいかな。
山口香織 なんですか。
加来典誉 うーん、病院ってことがわかったかな?
山口香織 わかりました。軍の特殊施設とかね、そういうのじゃないから。中国人がつくった特殊施設とか、そういうのじゃないから。ここは精神の調子を崩した人が入る、精神病院です。人生、終わりでしょ。
山口香織 終わりです。
加来典誉 終わりでもないよ。なんとかなるから。今、多いですからね。大事なのはね、わたしの治療のアプローチで大事なのは・・・。まぁ、水でも飲みませんか。お薬は入っていませんから。その証拠にわたしたちも全員、先に飲みますから。どのコップでもいいですから。絶対に薬は入っていないですから。
加来典誉 おいしい?
山口香織 おいしい。
加来典誉 何杯も飲んでいいですよ。飲みたいならね。叫んでたからね。きついでしょ、叫んで、のどが。寝れてます?寝れている。寝れているのに、叫んでいる。心の悩みはありますか?ない。昔あった、エッチなことで隠していることありますか。ない。ああ、これは、脳疾患だな。脳疾患型の統合失調症だな。うん、とりあえず、お薬を出しておきましょう。心の悩み本当にないんですか。ない。これを間違えると大変なことになる。じゃあ、いくつか試してみましょう。わたしはジプレキサが・・・、ああ、ジプレキサは嫌だろうな、太りたくないでしょ。太りたくない。ルーラン出しておこうかな。太らないから。ジプレキサは太りやすいんですよ。嫌でしょ。
山口香織 嫌です。
加来典誉 じゃあ、ルーラン出しておこう。なかなか美人でしょ、二人とも。暴れている人の所には、美人を連れてくることにしているんです。
山口香織 なんでですか。
加来典誉 暴れている人がピタッと止まるんです。美人の力があって、なんか落ち着くんですよ、美人を見ると、安心でしょ、綺麗だから。お父さん、お母さん、どっち?美味しい食べ物を持ってきて欲しいんじゃない?コンビニから買ってきてもらって。どうですか。何が欲しいですか。コカコーラ。だけでいい。じゃあ、コカコーラを買ってきてもらって。一本でいいですか?一本でいい。じゃあ、一本買ってきてもらって、付き添いのナースと一緒にお母さんにここまで来てもらいます。二日くらいここに入っていてもらいますから。あの、精神が沈静するんですよ。食事をちゃんと食べて。朝は美味しくて。昼は時々美味しいことがあって。夕飯はだいたい美味しくないです。ボリューム的には、朝昼晩、あまり変わりはない感じですけれどね。どっか一食でも食べていれば生きれる感じ。久家さんと亀井さんっていう人。久家さんってここの担当?じゃない。亀井さんは?一病棟、ここの担当。久家さんはどこの病棟?六病棟、開放病棟。いろいろ動いているからね。久家さんに会うことはないと思います。はい、では、そうしましょう。二日くらいたって、一般病棟に行きましょう。ただ、そこは閉鎖です。外に自由に出られないです。というのは、やっぱり刺激を減らしたほうがいいです。早く治るから。早く治して、お薬はこれが一番いいというのを見つけて退院するのがいいです。様子見ましょうね。この保護室で、暴れたり、食べなかったり、寝なかったりすると、一般病棟に行くのが延びますから、わかっていてください。
山口香織 わかりました。

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 出れましたね。どうですか調子は。ルーラン出してみましたけれど、寝れてますか。
山口香織 寝れてます。
加来典誉 落ち着きました?
山口香織 落ち着きました。
加来典誉 何かこう、恐怖感みたいなのがあったでしょ。
山口香織 ありました。
加来典誉 あの、統合失調症の症状には、情報がいっぱい集まってくるっていう症状があるんです。なぜかというと、食べなかったりとか、寝なかったりとかすると、危険ですよね。そしたら、動物は、いっぱい情報を集めて、そこに向かって、突進するようにするんです。ドーパミンが出過ぎると、そういう状況になります。ちょうど山口香織さんのような状況になります。食べているのに、寝ているのに、必要ないのにドーパミンが出過ぎると、同じようになるんです。いろんな所の模様がはっきり見えたり、臭いがすごく強く感じたりします。そういう状態なんです。そうでしたか。
山口香織 そうです。
加来典誉 ドーパミンの量は減らせないんですけれど、ドーパミンをキャッチするところがあって、そこをブロックして、減らすようにする、それで、全体としてドーパミンをキャッチできないようにして調整するという仕組みになっています。このままいくと、一ヶ月か二ヶ月で退院できると思います。まぁ、一ヶ月じゃないでしょうか。このままいけばね。一ヶ月様子見て大丈夫だったら、もういいですよ。一ヶ月と二週間にしようかな。

  加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 あと、二週間、毎週外泊、つまり一泊自宅で泊まって、うまくいったら退院です。早く帰りたいでしょ。
山口香織 はい。

  山口香織は外泊に成功し、退院した。


山口汐織さん(統合失調症)

    加来病院外来診察室

加来典誉 はい、山口汐織さんですね。入院していたんですか。
山口汐織 していないです。
加来典誉 ああ、そうですか。うーんと、何か困っていることありますか。
山口汐織 ないです。
加来典誉 お母さんが行きなさいって言うからですか。
山口汐織 そうです。
加来典誉 うーん、なんで統合失調症っていう症状って言われたんですか。自分でわかります?
山口汐織 わからない。
加来典誉 たとえば、わたしはアイドルから好かれているとか。不思議な声が聞こえてくるとか。妙なものが見えるとかね。アイドルから好かれているって言っている。誰かな、田村正和さんかな。
山口汐織 ははは、そうじゃないです。
加来典誉 福山雅治ですか。
山口汐織 ちがいます
加来典誉 SMAPさんですか。
山口汐織 そうじゃないです。
加来典誉 誰だろ。わからないけれどいいや、知らない人。
山口汐織 知らない人。
加来典誉 えーとね、恋愛をしたことがないでしょ。したことない。だからですよ。あのね、恋愛したことがないから、仮想の彼氏が欲しくなって、頭の中でこさえちゃったんですね。だから、恋愛ができれば、その人は必要ないですから。好きな人ができて、その人とうまく付き合えたら、終わりですよ。一般的に言ってね、そのアイドルの人が汐織さんのことが好きだというのは、まずありえないです。そういうことを言って回っていると、この人はちょっとおかしなことを言っているな、と思われます。だから、もし、そういうふうに思っていても、言わなければいいんです。本当にそうだと思っても、言わないようにしましょう。そしたら、統合失調症っていう病名にならなかったでしょう。一緒にしてって、言ったんでしょ。それはダメです。言わないことですね。わたしもね、上原多香子さんのことを好きになってね。女優の、今はあまり人気ないですけれどね。あの人のこと好きになってね、いっぱい贈り物してね、彼女がぼくのことを好きだと思っているって言ったら、変人扱いされて、精神病院に入れられました。ほんとにさんざんでしたよ。そこから、頑張って、精神科医になったんだから。言わないどけって、先生に言われました。言わないだけでいい、思っていても。わたしも彼女が全然出来なかった。今もいないですけれどね。好きな人はいます。本田茜さんっていう。スポーティーな。SPEEDもスポーティーでしたね。ああいう感じの女の子が好きなんです。なかなか似てますよ、本田茜さんと上原多香子さん。好きですね。彼氏をつくりましょうよ。今飲んでいるお薬も必要なかったかもしれないな。ただね、今のところ、ルーランか・・・、全部抜くと、今度は、元気になりすぎる感じがあると思う。だから、感情調整薬でなんとかなるかもしれないし、やめられないかもしれない。仕事できてます?できてない。二十歳。仕事したいですね。まず、お洒落にならないといけないですね。で、仕事しないといけないですね。それで彼氏ができますよ。見た目と仕事でだいたい決まります。仕事は簡単なものです。アルバイトでもいいです。ほとんど見た目です。男が女を見る時。ほとんど見た目、見た目ばっかり、見た目の美しさが一番いい。それから入ります。どうしたらいいか。雑誌を研究とかね。インターネットネットカフェに言って、雑誌をいっぱい見るんですよ。わたしはこういうふうなのがいいんだなと分かってきますから。一冊、自分のお気に入りの雑誌を見つけます。それを頭に入れて、ずっとショッピングします。それを着て、一式、上から下まで揃えて、美容室に行って、かわいい髪にして、働いたりして、出会い系のバーっていうのがありますから、もう、大人だから、バー行っていいから。出会い系のバーっていうのを探して、どこでもバーに入ったらいいですよ、出会い系のバーありますかって聞けば、教えてくれますから。ただし出会い系のバーは、綺麗になってから行ってください。肌の調子を整えたり、くびれを出すために、運動してみたり、これなら大丈夫だとわかってから、行ってください。わたしが決めてもいいです。お母さんが決めてもいいです。お母さんは、自分の娘だから、甘いでしょうけれど、他人のほうがいい。わたしは、男だから厳しいですよ。お母さんはお見合い結婚ですか。
山口汐織 そうです。
加来典誉 どうも両親がお見合い結婚の場合は、息子さん、娘さんが恋愛の仕方がわからなくて困るようです。
山口汐織 なるほど。
加来典誉 そんなに頻繁にくる必要はないかな。変身してからとか。いや、お薬を出さないといけなから。徐々に薬は減らしていこうかなと、これを半分にすると、最低維持量を下回りますね。感情調整薬でなんとかならないかな、と思っています。一応、一週間に一回がいいですか。二週間に一回がいいですか。二週間に一回。じゃあ、そうしましょう。今度は変身して来るんですよ。そんなに焦らなくていいですけど。そして、仕事を探してみましょう。週に一回とか二回でいいから。やってみてください。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 だいぶかわいくなったね。ね、変わるでしょ。随分変わるでしょ。びっくりですね。これでいいんですよ。だいたいできますから、きちんと。で、まぁ、ちょっと気になるところは運動して痩せてみたりとか、そういうことやっているうちになんとかなりますから。お仕事探している?じゃあ、また二週間後。お仕事、見つかったら、出会い系のバーに行けますね。
山口汐織 わかりました。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 お仕事見つかった、もうお仕事している。楽しいでしょ、仕事
山口汐織 そうですね。
加来典誉 じゃあ、出会い系のバーに。ちょっと早いかな。もうちょっと仕事を頑張ってから。
山口汐織 そうですね。
加来典誉 人と話す練習をしてから。それからね、ホストクラブも行ってみたら。男と話す練習になるから。練習と思って。エロい目的じゃなくて、練習と思ったら。実地の演習だから。行ってみたらいい。お父さんとお母さんにお金出してもらっていいから。一回、そうだな、一万五千円くらいじゃないですか。出してもらっていいから。それで、だいたい九十分くらいですかね。わたし、行ったことないけれど、だいたいそれくらいだと思いますよ。二万持たしてもらったら大丈夫ですよ。中洲にお父さんと一緒に行ってね、ハイって入れてくれますから。お母さんは知らないからね。お父さんは大丈夫だから。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 楽しかったでしょ。面白かったでしょ。
山口汐織 面白かった。
加来典誉 練習になるでしょ。
山口汐織 練習になる。
加来典誉 だいたいわかったでしょ、男の子が、もっと練習したい?
山口汐織 いや、もういい。
加来典誉 じゃあ、そろそろ出会い系のバーかな。ホストから、どうしたらいいか聞いたかな。
山口汐織 聞いた。
加来典誉 色々頑張ってごらん。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 なかなか出来ない。まだ、見た目がね、なかなか整わないから。
山口汐織 そうですか。
加来典誉 かわいくなるのにも限界があるから。運動したりとか色々しないといけない。部分痩せとか色々しないといけない。今までのその、さぼっていた時期が長いからね、その時期が長すぎて、今、ちょっと損しているわけですよ。ずっと頑張っていたら綺麗だった。ちょっと研究しながら、やっていきましょう。で、ダメだったら、ホストクラブに行ったらいい。もっとうまくなるから、男の人と話すのが。男の人はほとんど見た目ばっかり見ているから。髪の毛はそんなに悪くないね。顔かなぁ。顔があんまり好かれない顔している。
山口汐織 ははは、そうですか。
加来典誉 そうだね、美容整形はしないほうがいいよ。したら損だからね。
山口汐織 なんでですか。
加来典誉 あのね、美容整形したらね、ああ、この人は、整形して綺麗になったね、ということにされて、結局嫌われて捨てられるから。だから美容整形は絶対にしないほうがいい。ほくろ消すくらいはいいよ。いぼ消すとか。顔の形を変えるのは絶対にダメ。
山口汐織 わかりました。
加来典誉 なんかね、コツがあるんだけど。それか、今度は気になる場所があるでしょ。どうしたらいいかわからないでしょ。今度はね、男性が行くキャバクラに行くんです。女の人がいっぱいいるから。
山口汐織 ははは。
加来典誉 どうしたらいいと思うって言ったら、わかる人がいるから。
山口汐織 ははは。
加来典誉 分かった?わかるでしょ。くわしいからね、彼女たちは。それでいいですよ。だいぶ綺麗になってくると思う。一年ずっと通っていたら、できるんじゃないですか、彼氏。

  加来病院外来診察室 二ヵ月後

加来典誉 彼氏が見つかった。できた。よかったね。中洲のお姉さんと話せて良かったでしょ。
山口汐織 それもよかったです。
加来典誉 これで安心だね、アイドルはどうでもいいでしょ。
山口汐織 どうでもいいです。
加来典誉 よし、薬もだいぶ減らしたから。最低維持量を超しているんだけれどね。その代わりに、少し感情調整役を増やしたからね。ルーラン消してみようかと思って。
山口汐織 そうですか。
加来典誉 いらないもんね。妄想じゃないから。ただね、今、消すと危ないんだよ。暴れだすからね、心が。あのね、ルーランっていうのはね、新薬なんだけれど、抗精神薬の新薬なんだけれど、感情を抑える作用もあるんです。これが抜かれると、ぱーっと気分が上がるから、そこを抑える薬が必要なんです。それを減らしているわけ。それで、感情調整薬を入れているわけ。これで様子を見てみようというわけです。いずれはルーランをなくせるかもしれない。研究中なんです。統合失調症のお薬をなしにするのは。今のところ、実績はないです。頑張っていきましょう。できたらやってみます。外来でやると、やばいからね。院内で実験しているんですよ。院内の人は、大丈夫だから。看護しているからね。今は実験中だから。
山口汐織 わかりました。
加来典誉 じゃあ、お幸せにね。薬だけ、もらいに来てください。月に一回でもいいですよ。月に一回でいいですよ。二週間に一回がいいですか。月に一回。わかりました。それではお大事に。


山口友子さん(鬱病)

  加来病院第二病棟診察室

加来典誉 はい、先代の院長から代わりました、加来典誉です。山口さんですね。山口友子さん。入って何年ですかね。二年間。退院でしょ、希望は。退院。なんで退院できないんですかね、ナース。カルテに書いてある。ちょっと探してみます。時々、夜、叫んでいる。なんで叫んでいるか、わかる、覚えている?覚えていない。これ初期はあったのかな。知っている人いますか。カルテは残っていますか。昔のカルテ。残っている。ない、初期は。拘禁反応だろうね。うちのお父さんがちょっとわからんかったかな。閉じ込めすぎてね、ストレスがたまって、ワーッといいっているんだと思います。旦那さんはいない?いますよね。いる。旦那さんに週に一回来てもらうわけにいかないですかね。いい。旦那さんと一緒に外出しませんか。落ち着いているでしょ、叫ぶの以外。あれは拘禁反応で出ているだけだから。ナースと一緒に行ってもいいけれど、ぼくはもう、旦那さんと一緒でいいと思います。逃げ出さないようにして欲しいです。逃げ出しても、旦那さんがまた入れるから意味ないですよ。それか、旦那さんがもういいや思えば退院です。ただ、どうなのかな、旦那さんはお医者さんに任せていますからね。お子さんは?いる。一人。何歳ですか。十六。息子さん?そう。お母さんに会いたいんじゃないかな。まぁ、息子さんに会うのもいいだろうしね。外出してください。外出許可を出しておきますので、はんこ押して。週に一回、外出ね。やってみましょう。院内散歩はしていますか。やっている。そしたら大丈夫ね、突然じゃないから。じゃ、やってみましょう。

  加来病院第二病棟診察室 一週間後

加来典誉 どうですか、外出は楽しかった?息子さんにも会った。よかったですね。安心した。どうですか、外は。いい。美味しい物を食べた。叫んでますか、ナース。叫んでいない。拘禁反応ですね。うちのお父さん、わかんなかったかな。よし、そしたら、この外出を繰り返していって、そのうち、外泊に切り替えましょう。二ヶ月外出しましょう。で、あと、一ヶ月、週に一回、外泊、つまり家に泊まります。そして、退院しましょう。
山口友子 わかりました。
加来典誉 昔、なんでね、鬱になったんですか。わかっていますか。わかっている。なんでですかね。お父さんが亡くなった。女性に多いですもんね。お父さんが大好きだったら、亡くなったら、寂しくて。後になって考えるのもいいんですけれど、今、考えておきましょう、退院に向けてね。お父さんがね、もし、天国にいるとして、友子さんになんか話しかけていますか。話しかけている。
山口友子 早く帰って、息子の世話をしてやれって言っています。それだけです。
加来典誉 それをしないといけませんんね。
山口友子 そうですね。
加来典誉 美味しいご飯を作ってあげるのだけでも、世話ですよ。息子さんは一番喜びますから。お父さんの料理は、忙しいから、冷凍食品とか、お惣菜になってしまいますから。お母さんは、鬱で入院してからだから、外で働くことはできないけれど、家でお食事したり、掃除したりすると、息子さん、とても喜びますよ。それから始めたらどうでしょう。そのうち、働けるようになって、週に三日くらい、アルバイトか、パートで働いてみたりするといいんじゃないですか。それか時間が短いのを週に五日とか、そしたら、毎日自炊できるでしょ。息子さんは一番喜びますよ。美味しいご飯が嬉しいんですよ、子供って。逆にグレる人もいます、お母さんが働き出すと。ご飯が不味くなるから。そういうふうにやっていきましょう。

  山口友子は三ヵ月後、外泊に成功し、退院した。

  加来病院外来診察室

加来典誉 どうでしょう、どんな感じですか。元気ですか。だいぶ元気になった。
山口友子 治りました。
加来典誉 ひとつは入院するよりはましと思いますよね。
山口友子 そうですね。
加来典誉 自由がないしね。ご飯つくってる。美味しいでしょ?
山口友子 美味しいです。
加来典誉 やっぱり、旦那さんが働きながら料理するより、いいですからね。
山口友子 そうですね。
加来典誉 息子さんが巣立つまで、美味しいご飯で、というのはどうですか。
山口友子 そうですね。
加来典誉 お父さんも稼ぎがだいぶ上がっているから、働かなくていいから。それはよかったですよ。そしたら、美味しいご飯をずっとつくるのがいいんじゃないですか。夢はありますか。息子さんの夢。あんまり息子さんに過大な期待をかけるのはお勧めしません。こうなってほしい、ああなってほしいとか。自由にさせてあげることです。わたしはそう思います。で、よかったね、って言ってあげることです。とにかく元気でいてくれていることだけ。ああしなさい、こうしなさいは、言わないことです。嫌われますからね。ニッコリ笑って、後ろで応援しているよ、っていうぐらいでいいんです。彼女も出来ればいいなと思っていればいいです。ああしなさい、こうしなさいはやめたほうがいいです。
山口友子 わかりました。
加来典誉 息子さんに、お父さんの影があります?
山口友子 そうですね。
加来典誉 だから、逆に息子さんに甘えてみたいこともあるだろうから、そのときは、素直に、話があるんだけどって、話してみたらどうですか。意外とお母さん弱いところがあるんだなと思って、心配してくれたりしますよ。正直にね、そういう時は、我慢しないでね。じゃないとまた鬱になりますからね。わたしじゃわからないことがありますから。息子さんならわかることがあるからね。ということでいいでしょうか。もちろん、旦那さんでもいいですよ。ただ、旦那さんは血が繋がっていませんからね、お父さんとは。友子さんのお父さんっていうのは、すごく精神的に影響力が大きかったみたい、友子さんにとって。
山口友子の夫 あ、そうですか。
加来典誉 何か特別な影響があったみたいです。今は何て言われていますか。
山口友子 すごくよくできていると言っています。
加来典誉 いや、あの世のお父さんが何て言ってるかな、って前に言っていたんです。すごくよくできていると。
山口友子の夫 そうですね。
加来典誉 じゃあ、週に一回を一ヶ月診察、それから後は、二週間に一回でいいですよ。これはそんなに・・・、いや、いや、ちょっと待って、二年間入院しているから、半年間は週に一回にしましょうか、いや、三ヶ月かな、そして、もう三ヶ月は二週間に一回ですかね。薬は極力、減らしていける分は減らしていこうと思っていますから。薬があるとボーっとしますからね。。
山口友子 ボーっとします。
加来典誉 最終的には、薬はゼロにしてあげたいですね。まぁ、三年か、四年くらいかかると思っていてください。抜くのはね。薬の影響というのは結構強いんですよ。脳の中にこびりついていますからね。なかなか抜けないですよ。いわゆる禁断症状っていうのは平安名ですけれど、依存体質になっていますからね、それを抜くのは難しくて、時間がかかるので、よろしくお願いします。

  山口友子は退院後、半年後、一年後、薬が減っていった、もう一年して、薬がなくなった。

  加来病院外来診察室

加来典誉 寝れますか。
山口友子 寝れます。
加来典誉 大丈夫ですか。
山口友子 大丈夫です。
加来典誉 よし、もう大丈夫かな。元気すぎる感じはないですか。
山口友子 ないです。
加来典誉 うん、そしたら大丈夫ですね。ぼくのお勧めなんですけれどね、天神にコナミスポーツクラブってあるでしょ。
山口友子 ありますね。
加来典誉 あそこでね、ヨガがあっているんですよ。ビランクスヨーガっていうのをやっているんですよ。本田茜っていうのがやっていますから。わたしの好きな人です。
山口友子 そうですか。
加来典誉 ビランクスヨーガっていうのをやっていますから、これをやってみてください。鬱に効きますから。躁にも効きます。あの、元気がないときに、ビランクスヨーガをやると、元気が出てきます。逆に元気が出すぎているなっていう時に、これをやると、きれいに調子が戻ります。ぜひやってみてください。あれ、なんかちがうなって思います。
山口友子 わかりました。
加来典誉 月、一万円です。大丈夫ですか。
山口友子 大丈夫です。
加来典誉 じゃあ、ぜひということで。スポーツウェアを買わないといけないです。女の人だから、結構、お洒落しないといけない。結構、お洒落なスポーツウェアで行かないとなんか恥ずかしい感じです。見学してみたらいいですよ、まず一回。
山口友子 わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

山口友子 行ってみました。なんかお洒落してます。面白いです。わたしも、ひとそろい買って行こうと思っています。
加来典誉 二ヵ月後に行くんですね。一そろい買ってからですね。貯めてからですね。靴も買ってね。みっともない格好じゃいけないからですね。楽しみですね。健康、第一ですからね。

  加来病院外来診察室 二ヵ月後

加来典誉 どうですか?
山口友子 なんか落ち着く感じがします。
加来典誉 あ、そうですか。そうでしょ。そわそわしてたのが取れる感じでしょ。
山口友子 そわそわはしていないです。
加来典誉 なんか落ち着きますね。わたし、このヨガには効果があると思っています。本田さんは、わたし好きだから。わたしも時々、行っています。会いませんね。
山口友子 会ってるじゃないですか。
加来典誉 ははは、会いましたね。週に二回やっているから。わかりました。シンプリーヨガというのもやっていますね。本田さん、あの人うまいから。
山口友子 そうですね、うまいですね。
加来典誉 わたしもね、背中が痛いのが悩みで、行っているんですよ。彼女が、自分には彼氏がいるって言ってきたのは、ショックでね、行けなくなりました。本当かなと思って、今、怪しんでいるんです。いろいろやってみました。絵をあげたり。
山口友子 どんな絵ですか。
加来典誉 ちょっと、恥ずかしい。彼女に聞いて。肖像画です。本田茜さんの。あとはビデオとかCDとか。そしたら、支店長から、もうやめてくださいと、喜んでいるけれどということでした。わたしも人間らしいひとなんです。じゃあ、ずっとこれでやっていきましょう。薬もなくなりましたもんね。まぁ、月に一回の診察にしましょう。もし、来たくなったら来てください。怖いとかね。変な感じとか。月に一回続けましょう。あと、二年間くらい続けましょう。そして、終わったら、もう、来なくていいです。来たい時でいいです。

  山口友子は二年後、来なくてよくなった。


山口知子さん(恋愛相談)

  加来病院病棟

加来典誉 新患さんですか。今、どこにいらっしゃいますか。今から診察。はい、わかりました。入院されるんですか。わからない。はい。

  加来病院外来診察室

加来典誉 えーっと、お名前は。やまぐちともこさん。何歳ですか。十五。あの、女優さんと一緒の名前。おかしいですか。
山口知子 おかしいです。
加来典誉 同じ字じゃない。ともこの、ともは、「知る」。ああ、なるほど。で、元気がない。ふられました?
山口知子 ちがいます。
加来典誉 お父さんが何かあった?そうじゃない。犬が死んだ?そうじゃない。なんだろうな・・・。ふられた?
山口知子 ふられました。
加来典誉 ふられたのはね、男の子が、知子さんを好みと思っていなかったんじゃないかな。と思います。男の子は好みがあるんですよ。いろんな人に言っているんですけど。たとえば、胸が大きな人がいいとかね。ぼくは、顔はちょっとダサくてもいいから、胸だけは大きいほうがいい。という男の子もいます。ぼくは胸は小さくてもいいから、顔はよくないといけない、という人もいます。顔もよさがあって、ぼくは、目が細くて、鼻が高い人がいいとか。いろいろあります。ぼくは髪の毛が長い人がいいなとか、ぼくは刈り上げの人がいいなとか。ぼくはね、ボーイッシュな女の人が好きです。髪の毛の長さは特に問いませんけれど、でも、刈り上げのオカッパが好きです。ボーイッシュな中に女らしさがある人が好きです。ぼくは母性を感じる人が好きなんです。お母さんらしさっていうかな。ちょっと強い感じの人。ちょっと表現は悪いけれど、ぼくのお母さんになってという人。本田茜さんっていう人。コナミスポーツクラブのインストラクター。ポニーテールのボーイッシュな人。そういうふうにね、男には、好みがあるからね、あの、好みに合わないのに、せまってこられても、困るんだよ。女の恋愛の仕方には二つある。まずは、お洒落に装っておいて、男が寄ってくるのを待つという方法。そしたら、自分のことを好みに思っている男しか寄って来ない。つまり、自分みたいな女が好きな人しか寄って来ない。もう一つある。自分が好きになることがあるよね。そしたら、事前にチェックする。この男の子、どんな女の子が好みなのかしら。わたしみたいに背が高い人がいいのかしら。切れ長の目なのか、パッチリまなこがいいのか。胸が大きいほうがいいのか。髪はやっぱりストレートヘアが好きなのか。ショートカットが好きなのか。情報を集めてみて、あ、この人ならわたしは好みになってくれるだろうと、わたしのことを好きになってくれるにちがいないと思ったら、友達の友達を使って、山口知子さんが、ナントカ君を好きになっているらしいよ、ほんとうかどうか知らないけど、と言わせてみるわけ。そして、だんだん近くなっていって、実はっていうふうになっていって、一緒になるっていうことになっていくわけ。どっちかだから。入院は必要なさそうだな。ま、とりあえずさ、くだんの、田中君?田中君に、直接じゃダメだから、別の人を使って、どんな女の人が好きか聞いてごらん。ちがうと思う。山口知子さんじゃないと思う。山口知子さんのタイプの女の人じゃないと思う。女は違うよね。女の人は、ちょっと、この人はわたしのタイプじゃないかなと思っていても、ずーっとつくしてくれたら、グラッとくる、あー、この人、いいかなと思ってくる。そこが違うからね、女の人はね。聞いてごらん、どんな人が好きか、田中君に。聞けるなら、今、聞いてごらん。待っとくから。ちょっと別の人の診察するから。終わったら、受付に声をかけて。また会うから。お父さん、お母さんは、お見合い結婚ですか?
山口知子 はい。
加来典誉 恋愛することが、何かくだらないことのように言われませんか。
山口知子 よく言われます。
加来典誉 ご両親が恋愛結婚だと、息子さんや娘さんに適切なアドバイスができなくて、困っているみたいです。気にしなくていいですよ。とりあえず、田中君の好みを確認してくださいね。では。

  山口知子は田中君の好みを確認した。

加来典誉 どうだった?
山口知子 違いました。
加来典誉 そうでしょ。あなたが悪いわけじゃないんだよ。田中君の好みの問題だから。そもそも田中君はそういう好みなんだから。山口知子さんの人間性とか、そういうのは関係ないから。気にしないで。たまたま好みじゃなかっただけだから。まだ若いね、十五歳。大人になると、バーで出会ったりもするけれど、子供だから、まだないからね。交際範囲を広げることだね。男の人がいる所に、よくいることだね。そしたら、出てくるから。いろんな人が。
山口知子 わかりました。
加来典誉 ちょっとまた心配だから、また来週、来たらどうですか。ちょっと今のところ、調子がつかめないから。あと、二、三回、来たら、いいんじゃないかな。
山口知子 そうですね。
加来典誉 それで、治ると思います。お食事がのどを通らなかったんじゃない?通らなかった。眠れない?眠れない。それも治るから。一応、睡眠薬が欲しいですか。要らない。じゃあ、どうぞ来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうだった。元気になった。あなたも、そんなに悪い顔じゃないから・・・、ごめんなさい、山口さんでした。
山口知子 なんでそんなこと言うんですか。
加来典誉 いや、あなた、なんて言ったらダメでしょ、お客さんでしょ。
山口知子 そうですね。
加来典誉 患者さんだから。じゃあ、とにかく、考えすぎ?ははは。ぼくはもともと商売人の血筋なんだ。お父さんはお医者さんだけど、その前は、商売人だったんだ。お父さんがこの病院をつくったんだけれど、おじいちゃんがカネを持っていたからね。どーんとカネが入って、大病院ができた。商売人だから、お客さんっていう感じがする。大事なお客さんだからね、患者さんは。だから、あなた、とか、きみ、とかぞんざいな感じがして許されないんだ。まぁ、いいならいいや。きみ、って言われたいときもあるよね。
山口知子 ありますね。
加来典誉 まぁ、とにかく、頑張ってみて。お洒落とかね。雑誌見たりとか、色々、研究して。雑誌は、ネットカフェで見るといいよ。そして、いいの見つけて、毎月買ったりとかね。だんだんお洒落になってくるから。今もお洒落かもしれないけれど、もっと違った自分に出会えたり。自分らしさって言うのかな、それを表現していく、いいと思う。自分らしいというのが大事だから。嘘の自分はダメだから。いくら綺麗でも嘘の自分を出したって、それを好きになってもらっても困るから。こういうのがわたしらしさだっていうのを出して、それを好きになってくれる男性がいいんだから。
山口知子 わかりました。
加来典誉 それで、いいですか。あと二回で、元気がないということでの診察は終わるけれど、その後も、来たいときに来てください。恋愛、うまくいくといいですね。

  山口知子は二週間後、元気を取り戻し、一旦、診察終了となった。


山口花子さん(統合失調症)

  加来病院病棟

加来典誉 急患さんですか。新患。わたしが担当ですか。はい。保護室ですか。保護室。男性ですか、女性ですか。女性。山口花子さん。わかりまりした。何歳ですか。二十一。統合失調症の傾向?ですか。また、美人を連れて行きましょうか。いる。久家さんと亀井さん、両方いる。はい、、わかりました。一緒に行きます。ちょっと、落ち着かんでしょうけれど、そろったら、行きますから。お水持ってね。

  加来病院第一病棟保護室前

加来典誉 はい、行こうね。久家さんと亀井さん。いつも通りだから。水持って、氷持って。入るよ。

  加来病院第一病棟保護室

加来典誉 止まらないね。うーん、どうしようかな。じゃあ、いつものやつやろうかな。いつものと同じじゃ面白くない。
久家沙由里 いや、いいですよ。
加来典誉 ちょっと正座しようね。むじょうじんじんみみょうのほうわー。ひゃーく・・・、
山口花子 ははは。
加来典誉 おかしいですか。
山口花子 おかしい。
加来典誉 これ、結構、効くんだよね。
山口花子 おかしい。
加来典誉 なんかさ、ここに入ってくる時に、どうだった、眠れなかった?
山口花子 眠れなかった。
加来典誉 それから、食べてないでしょ。
山口花子 あんまり食べてない。
加来典誉 お部屋は散らかりっぱなし?独り暮らし?独り暮らし。散らかりっぱなし。だろうね。心の悩みがあったんじゃない?
山口花子 ありました。
加来典誉 それが原因ですね。だからね、この病院でやらないといけないことは・・・、ここは病院です。軍の特殊施設とかじゃないです。スパイ組織とかね、そういうすごい所じゃないですから。単なる精神病院です。ここ来ても、人生終わりとかじゃないですから。今はだいぶ薬も良くなったし、薬も飲まなくていいかもしれない。普通の人として生活できますから。心配しなくていいですから。心配しないでください。ここに入院している目標。まず、ちゃんと食べること、それから、ちゃんと寝ること。それができたら退院です。で、心の悩みに関しては、退院してから考えましょう。ちょっと今、お伺いしておきましょう。恋愛ですか?
山口花子 そうじゃないです。
加来典誉 彼女たちがいると言いにくいですか?彼女がいないほうがいいですか。
山口花子 いえ、そんなことないです。
加来典誉 ぼくだけがいいですか?
山口花子 いやー、どうしようかな、言います。あの、お金がないんです。で、ちょっと困っている。
加来典誉 何か目標があるんですか。お金を使う。
山口花子 あります。
加来典誉 どうしてもかなえられない。で、お金が足りないから、ちょっと困った状態になっている。じゃ、ちょっと退院後に考えて行きましょう。とにかく、寝れるようになる、食べれるようになるということを考えましょう。それから、退院後すぐにその問題について考えていきますからね。ま、徐々に考えていってもいいですけれど、入院中に。もっとくわしく話してもらって。今はちょっと落ち着かないでしょうから。とりあえず、お水でも飲んでね。飲みましょう。みんなで飲むから、大丈夫。お薬入ってないから。どれ飲んでもいいから。わたしたちが先に飲むから。お薬が入っていないことを証明するから。入ってないでしょ。入ってない。おいしいでしょ。おいしい。じゃあね、お母さん来ているのかな?お母さん。お母さんに美味しい持ってきてもらおうか。近くにセブンイレブンがあるから。何か自分が好きなものないかな、セブンイレブンにありそうなもので。何か持ってきてもらおう。お母さんに。ここまで来てもらおう、お母さんに。何が欲しい?ヨーグルト。ブルガリアヨーグルト?ブルガリアヨーグルト。スプーンつきで持ってきてもらおう。飲み物は?特に要らない。お水でいい。よし、じゃあ、お母さんにここまで来てもらおう。わたしはもう来ないからね。お母さんが来てくれるから。わたしはもう来ないからね。お母さんが来てくれる。看護師さんと一緒にね。別の看護師さんかもしれない。この看護師さんじゃないかもしれない。男の人かもしれないけれど、怖がらないでね。怖くないから。大丈夫だから。じゃあ、ニ、三日、二日間ぐらい入っていて、、ここに。落ち着くんですよ、ここにいると。最初はね、なんでこんな狭いところに入れられるんだと思うかもしれないけれど、刺激がないでしょ、静かで、何にもないでしょ、だんだん落ち着くんですよ。ちょっと入っておくと落ち着くから、眠れない時はね、すいません、眠れませんって、八時ごろ言ったらいいですから。八時じゃない、十時ごろとかね。睡眠薬くれるから。出しておきますから、弱いの。市販レベルですね。本当の精神科のレベルじゃない、市販レベルのを出しておくから。ロヒプノールを出してもいいけれど、そこまで強くなくていいんじゃないかと思います。あんまり強くないのを出しておくから。じゃあ、また、来週、会いましょう。来週の火曜日かな。もうすぐだね。もう出れているんじゃないかな。と思う。いつもの様子だと。じゃ、一旦帰るから。ごめん、閉めるけれど、ね、刺激を減らすためだから。いろいろモノがあると、落ち着かなくなるからね。ごめんね。どうしても用事がある時は、看護師さんが横を通りがかる時あるから、その時に、ごめんなさーいって大きな声出して呼んでください。でも、あんまり、ごめんなさーいって何度も言っていると、出れなくなるから。興奮していると思われて出れなくなるから。じゃあ、またね、お母さん来るからね、この後ね。

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 出れたね。ちょっとね、私物がまだ持たしてもらえないけれど。すぐ保護室に戻る人がいるからなんだけど。あと私物に全部名前を書かれちゃうね。お母さんが名前を書いちゃうから。無くなっちゃうから。ごめんね、申し訳ないけれど。どうしても、これだけは大事な服だっていうのがあったら、お母さんに言っておいて、電話して、持ってこないように言って、そしたら名前を書かれないから。テレホンカードが預けてあるから。いつ話す?お金のこと。
山口花子 退院してから。
加来典誉 よし、それでいい。じゃあ、とにかく頑張ってみよう。まぁ、一ヶ月くらいで退院できると思うよ。
山口花子 そうですか。
加来典誉 今、寝れるでしょ。
山口花子 寝れます。
加来典誉 落ち着いたんじゃないかな。そのまま、やっていきましょう。

  加来病院第一病棟診察室 一ヵ月後

加来典誉 外泊を二回してください。実家に二回泊まってください。二週間かけて。大学だっけ?
山口花子 大学生です。
加来典誉 授業遅れちゃうね。留年しちゃう?
山口花子 留年しちゃう。
加来典誉 留年しなくていいんじゃないかな。なんとかならないかな。
加来典誉 そうですね。

  山口花子は退院した。

  加来病院外来診察室

加来典誉 いよいよお金の話を聞かないといけませんね。お母さんは、知ってるのかな。
山口花子 いや、知らないです。
加来典誉 何に使いたいんですか。
山口花子 誰にも言わないですか。
加来典誉 うーん、ぼくはまだ独身だけど、好きな人がいて、その人と、お付き合いが始まったら、その人には言いたいですね。病院には言わないようにしてもいいですよ。カルテにも書かないし。彼女とか奥さんには話しておきたい。誰にも話せないのは耐えられないです。女の人は秘密を持つのは得意だから。
山口花子 そうですね。
加来典誉 どうしたの。
山口花子 実はね、アイドルと結婚しようと思っているんです。
加来典誉 あ、ほんと、会うためのお金なんだ。それはCMに出すとか?
山口花子 そうです。
加来典誉 本気だね。しかしですね、アイドルさん、男だよね、じゃないといけないのかな、それとも、その人と似たような人でもいいのかな。どっち。似たような人でもいいの?わたしも女優の上原多香子が好きだった。本気で一緒になろうと思った、でも、今は、上原多香子に似たところのある、本田茜さんっていう、コナミスポーツクラブのインストラクターと一緒になろうと思ってる。どう?その人じゃないといけないの?それとも似たような人でもいいの?似たような人でもいい。そしたらね、似たような人にしたら。そのほうが楽だよ。何でかっていうとね、芸能人の生活とね、わたしたちの生活ってちょっと違うんだよね。芸能人はだいたいこんな感じらしい。週に一日か二日ぐらい働いて、後はお休みらしい。ただ、駆け出しのアイドルはもっと忙しいだろうけどね。そうして、おカネもらって暮らしている。で、追っ掛けがあったり、待ち伏せがあったりして、そういう生活している。ちょっと違うからね。で、あの、例えば、アイドルの人がね、木村拓也さん?ああ、結婚しているじゃない?木村拓也さんは、もともと付き合っていた彼女がいて、今でも付き合っているだろうけど、普通の人なの、すごく支えてもらったみたいで、大好きらしいんだけど、結局、工藤静香さんと結婚したでしょ。やっぱり無理らしいんだよ、普通の人と結婚するのは。嫉妬されたりしてね、ファンからね。なんでこんな女と結婚するんですか、とか言われて。芸能人同士だったら嫉妬されないというのがあって、結局、工藤静香さんと結婚したわけ。今でもたぶん前の彼女さんとは付き合いがあると思うけどね。工藤静香さんも分かって結婚しているから、そこは大人の世界だから。出会いの機会が少ないだけでね、出会いの機会が増えれば、似たような人は出てくると思うよ。出会い系のバーっていうのがあるから、一度、いってみるといい。それから、ホストクラブに一回、行ってみたら?似たような人がいるんじゃないかな、何件か行ってみたら。中洲あたりで。お父さんに連れて行ってもらって。わたしこういうことがあって、アイドルを好きになってしまったんだけど、もう止めることにした、って言ったら、喜ぶと思うよ、お父さん。良かったって、言って。そんなの止めてくれて。うん、いいいい、ホストクラブぐらい連れて行ってあげるって。木村拓也さん似の人いませんか、って言ったら、一人ぐらいいるから。行ってみたら。まずね、お洋服とか髪型とか凝ってみてね。それから、身体ね。肌も綺麗にしていて、髪の毛も綺麗にしていて、肌と髪の毛が綺麗って言うのは一番大事だね。それから顔つきwpきれいにして、洋服をきれいにして、髪型をきれいにして、出会い系のバーで出会って、終わりと。そういうプランにしよう。まず、ホストクラブに行ってごらん。ホストクラブはお洒落で行かなくてもいいから。お洒落で行ってもいいけれど。お洒落で行ったほうが本当はいいだろうねね。お洒落の仕方がよくわからない?わからない。お父さんとお母さんはお見合い結婚?そう。お母さんが、お洒落とか恋愛とかがくだらないことみたいに言う?言う。そこのハンデがあるんだけどね。じゃ、まずお洒落だけど、ネットカフェで、いろいろ雑誌を見てごらん。いっぱい女性誌があるから。こんな雑誌もあるし、あんな雑誌もあるんだ、いろいろ見ていてね、あ、わたし、この雑誌がいい。この子、かわいいと思う、これもいいわね、これはたいしたことないわね、色々選んでいるとね、共通点があるの。自分がいいと思った、お洋服のモデルさん、自分の顔になんとなく似た人なの。らしいんだよ、女性に聞くと。だいたい自分に似た人をかわいいと思うらしい。自然だよね。自分ができるお洒落を選んでいるから。それをいっぱいやっていると目が肥えるから、それでショッピングに行けば、これとこれとこれを組み合わせれば、あの雑誌の人みたいになるかな、ってなるからな。そうやって服をお洒落にして、美容室に行くといいよ。美容室に行って、服を買いに行くのはダメだからね、美容師さんは、お客さんの服装に合わせて髪形を決めるからね。で、ホストクラブに行くか。綺麗になってから、ホストクラブに行くのがいい?綺麗になってからがいいんだね。やってごらん。わたしはね、アドバイスしかできないの、お医者さんだから。人に迷惑をかける行動をしている時は、行動を制限することができるけれどね。普通の時は、人生の指示はできないの。こうしなさい、みたいに。わたしは、こうしたらいいんじゃないですか、までしか言えない。だから、それは、たとえば、もうだいぶいいから、行っていいかもしれないね、って言うから。お洒落してね。まあ、やってごらん。また、来週。お薬は飲んでないね。睡眠薬も飲んでいない。ほぼ普通の人と同じだから。大学も大丈夫そう?大丈夫。じゃあ、行ってごらん。アパートだよね。で、実家がある。じゃあ、アパートも掃除した?してる。お母さんが来た。安心だ。じゃあ、来週また会いましょう。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 だいぶ綺麗になったね。これはいい。行ってみたら、ホストクラブ。
山口花子 そうですか。
加来典誉 もういいよ、最低限、綺麗にしていたら、喜ぶから、ホストも。やっぱりね、なんにも綺麗にしていない人が来ると、嫌な顔をするよ。なんにもお手入れしてしていない人が来ると、ホストも嫌な顔をするよホストも。心の中でね。出さないけれどね。いいんじゃないかな。お父さんに、ホストクラブ連れてってって言ったら、いいよ、って言ってくれるから。なんでって言われたら、アイドルの話をしたらいいから、そしたら、それはいいよ、って言ってくれるから、細かいことは、先生に言われたって言えばいいから。
山口花子 わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 行ってきた。面白かった。
山口花子 面白かった。
加来典誉 いた、木村拓也さんみたいな人?いた。いろいろ話してみたでしょ。どんなして恋愛したらいいとか。で、わかったでしょ?
山口花子 わかった。
加来典誉 それで、ホストクラブで時々、勉強しながら。出会い系のバー、大名あたりにあるから、大名あたりで、バーに入って、出会い系のバーありませんか、って聞いて、出会い系のバーを探して、カウンターに座っとくだけでいいから。そしたら、男の人が声をかけてくれるから。ちょっと、ちょっとって、いやだったったら、ごめんなさいって言えばいいし、よかったら、お話しましょう、ってすればいいから。もうちょっと頑張ってみましょう。自分で納得できるようになってから、バーに行きましょう。たいしたことのない男だったら・・・。男もわかっていて、ぼくぐらいだったら、これぐらいの女性じゃないと無理だよな、っていうのもある。これはちょっと美人すぎてぼくには無理だな、っていうのもあるから。
山口花子 わかりました。
加来典誉 行ってみるの、今度?
山口花子 行ってみます。
加来典誉 いいんじゃない。ま、最初はなかなか当たらないけれど、慣れてくるから。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 なかなか当たらない。他の人が来た?
山口花子 他の人が来た。
加来典誉 なかなか来てくれないね。でも、だいぶ自信が付いたでしょ。男の人が来てくれるって分かったでしょ。自分は天涯孤独の身と思ってたけど。
山口花子 そう思ってました。
加来典誉 そうでもないから、ちゃんと来てくれるから。花子さんの人生だから、実りの多いものにしてください。毎週、来てもらって。とりあえず、彼氏が出来るまでは毎週来てもらって。
山口花子 わたしもそのほうがいいです。
加来典誉 彼氏が出来たら、二週間に一回とか、一ヶ月に一回とかでいいから。そうしましょう。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 できない。ホストクラブ、行ってるの?行ってる。勉強になるからね。もういいの?うまくいきそう。じゃあ、頑張って。できたら、そう言って。

  加来病院外来診察室 数週間後

加来典誉 彼氏、できたね。これで終わりだ。花子さんの病気は終わった。ほぼ終わり。普通の人と同じになった。後は、二週間に一回来てもらって、そのうち一ヶ月に一回にして、そして、無くなっちゃっていいから。付き合い始めて二ヶ月くらいは、二週間に一回ぐらい。後は、一ヶ月に一回にして、二、三ヶ月続けたら、後は来なくていいから。気が向いたときに来ればいいから。来たいと思ったときに来ればいいから。
山口花子 わかりました。

  三ヵ月後、山口花子は来なくなった。


山田邦子さん(夫婦相談)

  加来病院外来診察室

加来典誉 こんにちは。お名前は?山田さん。山田邦子さん。はい、今日はどうなさいましたか。
山田邦子 夫が別れたいって言っている。自分に対して、どうしたらいいんですか。
加来典誉 わたしにできることなりにしますけれど、何か理由があって、精神科に来られたんですか。
山田邦子 評判を聞いて。
加来典誉 ああ、前もいらっしゃったな、あんまり関係なかったけれど。でも、心の悩みですから、いいですよ、診ますよ。どうして別れようって言われているんですか。
山田邦子 問題がある。
加来典誉 どういう所?
山田邦子 勝手な所。
加来典誉 どういう所ですか。
山田邦子 わからない。
加来典誉 どうも怪しいな、嘘でしょ、それは。
山田邦子 なんでわかるんですか。
加来典誉 どうも、何か隠している感じですよ。不自然だから。
山田邦子 あのですね、主人が、女の人を好きになっている、浮気して。それで別れたいって言ってきている。
加来典誉 お子さん、いらっしゃらない?
山田邦子 いないです。
加来典誉 結婚して何年ですか。
山田邦子 一年です。
加来典誉 彼は誠実な人ですね。
山田邦子 なんでですか。
加来典誉 いきなり別れを告げて、さよならしないからです。ちゃんと自分には好きな人がいるって言ってから、別れようってっていうところが、誠実なものを感じますね。正直言って、相性は合っていると思いますか。合わない。お子さんもいらっしゃらないようですから、別れたらどうですか。出会いの場が少ないから、別れるのが怖いのかもしれませんが、出会いの場はありますよ。ぼくが知っている限りでは、出会い系のバーっていうのがあるそうです。女の人がカウンターに座っていて、男の人が、ちょっといいですか、ってやって来るわけです。ただ、大事なのは、それは出会いのきっかけに過ぎないわけで、本当にその人かどうかというのは、二年ぐらい付き合ってみないとわからないわけですよね。まぁ、次を次をと思うかもしれないけれど、焦らずに、次の最適な相手を見つけたらどうでしょうか。恋愛の経験って、何回くらいありますか。三回くらい。じゃあ、特に問題はないんじゃないですか。 初心で全然、わからない方じゃないですからね。見つかると思いますよ。それだけじゃ物足りないですか。
山田邦子 いや、いいです。
加来典誉 たぶん、それで大丈夫じゃないですかね。死にたいとか、そういう気分が起こるなら問題ですけれどね。大丈夫ですよ、また見つかりますよ。今の旦那さんは誠実な方ですよ。お子さんはつくらなかったし。たぶんつくりたくないって言ってたんじゃないかな。
山田邦子 言ってました。
加来典誉 合わないものを感じてたんでしょうね。ためしに一緒になってみたけれど、やっぱり合わないということで、別れることを考えていたんじゃないですかね。で、その時に好きな人ができたから、前もって好きな人ができたよ、と言ってくれるのが誠実だと思います。逆の立場でも、そういうことがあってもおかしくないでしょ。自分が好きな人を見つけちゃって、黙って別れるよりは、やっぱり、好きな人ができましたと言ったほうがいいから。
山田邦子 そうですね。
加来典誉 あのね、今までの恋愛って、今回と似たような感じで終わっていますか。
山田邦子 いいえ。なんでですか。
加来典誉 山田さんの、性格上、もしくは人格上の問題が恋愛を失敗させているなら、別のことを考えないといけません。
山田邦子 そんなことはないです。
加来典誉 そしたら、また何か不安があったら、また来てください。

  山田邦子は来なくなった。


山田幸子さん(統合失調症)

  加来病院病棟

加来典誉 急患ですか。はい。どういう状況ですか。暴れている。保護室ですかね、そしたら。空いてます?空いている。じゃあ、また行きます、美人さん連れて。いないんですか、全然。いない。みぃちゃん?いない。嘘でしょ。本当にいない。わかりました。わたし独りで行きますかね。じゃあ、今から行きますから。

  加来病院第一病棟保護室前

加来典誉 あー、暴れているな。お名前はなんていうんですか。山田さん。山田幸子さん。何歳ですか。二十一。山田さん!山田さん!暴れているね。馬鹿野郎って言っている。どんな感じですか!きついですか!ここは病院ですよ!
山田幸子 わたしは気違いじゃない。
加来典誉 気違いじゃないと思いますよ、わたしも。でもきつくないですか。調子を崩して、心の調子が。きついね。それをね、楽にしてあげようと思って、入院ということになりました。誰にもどうしようもないから、とりあえず、無理矢理、入院させることになりました。入っていいでしょうか。
山田幸子 いいです。

  加来病院第一病棟保護室

加来典誉 ちょっと水と氷を持ってきて。コップを二つ持ってきて。お願いします。
山田幸子 なんですか。
加来典誉 わたしと一緒にお水でも飲みましょう。お薬は入っていませんから。絶対に入っていない。わたしも飲みますから。
山田幸子 わかりました。
加来典誉 えー、もう落ち着きましたか。
山田幸子 そわそわする。
加来典誉 これはちょっと何か飲んだほうがいいかな。うーん、ちょっと待ってね。何をしようかな。こうしてください。まずお水を飲みましょう。わたしも飲みますからね。どっちのコップがいいですか。こっち。だったら、わたしはこっちで三杯くらい飲みますからね。絶対にお薬は入っていないですから。秘密のスイッチとかないですからね。どうぞ。どうですか。少し楽になった。じゃあ、あぐらをかいてもらっていいですか。右の手、左手を、それぞれ、ひざのうえにのせて、親指と人差し指で丸を作ってください。それで、背筋をピーンと伸ばして、鼻から息を吸って、鼻と口から同時に息を出す時に、数を数えます。ひとーつ、ふたーつ、みーつ、これを五回繰り返しましょう。ひとーつ、ふたーつ、みーつ・・・。
加来典誉 どうですか。だいぶいいですか。
山田幸子 だいぶいいです。
加来典誉 あんまりお薬は使いたくないからですね。
山田幸子 そうですか。
加来典誉 飲みたくないでしょ。
山田幸子 飲みたくないです。
加来典誉 うーん、なんか恋愛で失敗したこととかですか。
山田幸子 そうじゃないです。
加来典誉 何かあったんですか、嫌なこと。
山田幸子 嫌なことがありました。
加来典誉 ちょっと言いたくないかな。
山田幸子 そうでもない。
加来典誉 ここで一回言ってもらって、それを病院内で解決することはできないです。退院してからですね、ここは精神病院。ま、一般的には、気が狂った人が入ってくるって言われているけれどね、昔はね、お薬もそんなになかったから、今は出れる人が、出れないで精神病院で一生暮らしている人もいました。でも、出る人もいました。お薬がなくてもね。社会になんとか適応できる人もいたんです、昔からね。気が狂っていてもね。気が狂っているというのは変だけど、心の調子を崩して、気が狂っている状態になっている人というのが正しい言い方。脳の異常で、本当に狂っている人がいる。この人と、ほぼ同じ状況になっているということ。また、そわそわしてきたんじゃない?そうでもない。不思議でしょ。
山田幸子 不思議。
加来典誉 まず、水を飲んだことがよかった。それから食べ物を食べてね。食べてないでしょ。
山田幸子 食べてない。
加来典誉 寝てますか。
山田幸子 寝てます。
加来典誉 食べてない、飲んでない、寝てない、がよくないから。あまり美味しいわけじゃないけれど、ここのご飯はね。そこそこ美味しいように作られているはずなんだけれどね。ただ、朝ご飯は美味しいからね。
山田幸子 どんなの?
加来典誉 和食と洋食が交互に出るんだけど、明日は土曜日か。ということは洋食だ。いや、洋食じゃない。和食だ。おきゅうとって知ってる?
山田幸子 知ってます。
加来典誉 後は、生卵、納豆、味噌汁、ご飯が出てくる。
山田幸子 美味しそうです。
加来典誉 美味しいよ。昼は時々、美味しいのが出てくる。ハンバーガーとか。美味しくないときも多い。夜はだいたい美味しくない。これから夜だけど、美味しくないけれど食べてみて。それから、お母さんに一回、来てもらおう。差し入れ、何か欲しいものがあるんじゃない?セブンイレブンがあるから。コカコーラが欲しい。一本でいい?一本。それだけでいいですか。それだけでいい。頼んでおくから、お母さんに来てもらおう。お母さんの顔を見ると、少し落ち着くだろうからね。怖かったよね、無理やり連れてこられて。怖いところじゃないからね。軍の施設とか、スパイ組織とかじゃなくて、普通の精神病院だから。どうしようかな、どういう心の悩みがあるのかな、後から聞いたほうがいい?後がいい。そしたら、じゃあ、今日、眠れなかったらね、そうだな十時ごろに、看護師さんがね、男性か女性かどっちか、男性だからって怖がらないで、怖いことしないから、殴り倒したりしないから、歩いてくるから、その時に眠れません、って言ったら、お薬をくれるから、睡眠薬を。弱めのをあげておくから、寝れると思うよ。寝れないと困るからね、寝れないと注意して。いつも寝る時間があるでしょ。十一時半。それで眠れないなら心配だな。また一時間おきに看護師さんが来るから、十二時に呼び止めて、飲みたいって言ったら、飲ませてくれるから。朝の二時を超えると、飲ませてくれないから。
山田幸子 わかりました。
加来典誉 じゃあ、よろしく。あの、だいたい二泊か、三泊ぐらい、申し訳ないんだけど、ここに居てくれると、助かるな。落ち着くからね、心が。何にもないでしょ、ここは。何にもないから落ち着くんですよ。いろいろ物があったり、人がいたりすると、人間の心はザワザワするんです。何にもない所、人がいない所が落ち着くんです。だから、わざとこういうふうに鍵を掛けて誰もいないようにしているんです。いいですか。
山田幸子 いいです。
加来典誉 じゃあ、一旦、これで。来週また診察しますから。もう出てるでしょうね。あっちのほうに、一般病棟に。じゃあ、また来週。水曜日かな診察は。はい。

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 出れましたね。きつかったでしょ。そうでもない。お母さんに会えた?会えた。よかった、よかった。さて、とりあえず食べること。食べれてますか?食べれている。なんか、ぎゃー、ぎゃー、言ってしまった?うん。とにかく、食べて、寝て、動いて、という普通の人がやってることを普通にやれるようになってください。お薬は今のところ、必要ないようですから。あの、お薬なして治療するというのがわたしは好きなんです。できるだけお薬なして治療したいというのがわたしの方針で、脳疾患、脳の病気の場合は、絶対に飲まないといけないんですけれど、心因性、心の悩みで一時的にそう言う状態になっている人には、わたしは飲ませないんです。副作用があるから。頭がボーっとしたりとか、眠くなったりとか、できるだけ飲まなくていいようにしたいから。飲みたくないでしょ?
山田幸子 飲みたくないです。
加来典誉 わたしは患者さんの気持ちはわかると思っていますけれどね。だから飲ませたくないですね。好きな人?いますよ、わたしも。スポーツクラブのインストラクターですけれどね。本田茜さんっていう。美人のボーイッシュな、でも髪は長いですけれど、ポニーテールにして、綺麗な方ですね。えー、まあ、なかなかうまくいかなくて、もう、五年来の恋愛になります。
山田幸子 そんなに長いんですか。
加来典誉 長いですよ。あきらめないんですね。山田さんの問題は恋愛だったんですか?
山田幸子 恋愛です。
加来典誉 恥ずかしがらなくていいですよ。誰でもありますから。あんまり恋愛した経験がないからですかね。
山田幸子 ないです。
加来典誉 だからかな。恋愛に慣れている人は、また、ふられたかということで、気軽に人に話しています。また、ふられたって。お父さんと、お母さんはお見合い結婚ですか。
山田幸子 そうです。
加来典誉 だろうね。だいたいね、恋愛が苦手な方、お父さんとお母さんがお見合い結婚している場合が多いです。お母さん、こういうことがあるんだけどって言っても、全然わからない、という感じです。
山田幸子 そうです。
加来典誉 じゃあ、わたしが下手くそなりにアドバイスしますから。それでなんとかしましょう。まぁ、退院してから考えましょう。今はそれよりも・・・。一応、聞いておきましょうかね、せっかくだから。告白して、ふられた?
山田幸子 そうです。
加来典誉 何度もいろんな女性に言っているんですけれど、男性というのは、好みのタイプの女性しか受けれいれないものなんです。例えば、顔が丸顔で、目がパッチリして、鼻が低い、っていう、これはあんまり美人じゃないですね。
山田幸子 美人じゃないです。
加来典誉 でも、この顔が好きだっていう人もいるんですよ。わたしの知ってる先輩なんですけれどね。こういう顔が好きなんです。この顔じゃないと恋愛できないんです。たとえば、その人が、あなたの好きな人だったら、おそらく、ふられますよね。全然、美人じゃないですよね。
山田幸子 そうですね。
加来典誉 だから、ふられたからといって、自分は不美人だとか、性格が悪いとか、そういうふうに、全人格を否定されたような感じで思うんじゃなくて、たまたま、その人のお好みに合わなかっただけ。例えば、ロングヘアが好きとか、胸が大きいのがいいとか、背が高いのがいいとか、低いのがいいとか、好みがあるから。そこに合致していなかったというだけであって、将来的には、いずれ趣味が合う人と一緒になれるにちがいないと思っていたらいいですよ。女性は男性に対して、外面的な好みって、多少はあるにしても、そこまで執着するほどじゃないですからね。まぁ、出会いの機会を増やしましょうね、退院したら。出会い系のバーっていって、出会うバーがあるんですよ、そこに行ってみたらどうですか。それか、その前に、ホストクラブに行って、練習とか。男性と話すための。わたしも飲み屋に行ったりしていましたよ。それとか、デリバリーヘルスとか、利用してね。
山田幸子 そんなのを。
加来典誉 そうですよ。女性と一緒になってみて、女性の気持ちがわかるようになったりしてましたよ。で、わたしも今は美人の女性にモテますよ。不美人にはモテませんね。性格美人にはモテますね。不美人でも性格美人にはモテます。だから、総じて、美人にモテるということ。不美人にはモテないということ。意地の悪い不美人とかにはモテないですね。性格美人にはモテます。それか、本当の美人とか。そういうふうにちゃんと色々アタックして経験しないことには、経験値を増やさないことには、レベルアップしないからですね。ドラゴンクエストと一緒で。レベルアップすれば、より簡単に男性をね、ゲットすることができるようになると思います。
山田幸子 わかりました。
加来典誉 じゃあ、ちょっとね、この様子だったら、おそらく一ヶ月程度で退院できると思うから、一ヶ月半かな。最後の三週間は毎週、外泊って言って、自分の家に泊まります。
山田幸子 わかりました。

  山田幸子は一ヵ月後退院した。

  加来病院外来診察室

加来典誉 うーん、まず学校ですかね、職場ですかね。聞いてなかったけれど。
山田幸子 職場です。
加来典誉 変わらなくてよかった?
山田幸子 変わらなくてよかったです。
加来典誉 職場に好きな人がいたんですか?
山田幸子 そうです。
加来典誉 気まずいですか。
山田幸子 そうでもないです。
加来典誉 それならいいですね。聞いてみました、どんな人が好みか。
山田幸子 聞いていないです。
加来典誉 調べてみてください。どんな人が好みなのか、その人がね。ホストクラブ行ってみました?
山田幸子 行ってないです。
加来典誉 行ってみてください。
山田幸子 わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どんな人が好みでした?
山田幸子 やっぱり違いました。
加来典誉 そうでしょ、違うんですよ。好みの問題なんですよ。
山田幸子 そうです。友達から言われました。
加来典誉 好みだけ。背が高くて目が細い人が好みなんですか。でも、背が低くて目が大きいですからね。反対だ。
山田幸子 そうですね。
加来典誉 たまたまそうだけれどね。なんか清楚系の人が好きだったんでしょうね。
山田幸子 そうですね。
加来典誉 ホストクラブ行ってみましたか?
山田幸子 行ってみました。
加来典誉 楽しかったですか。だんだん自信が付いたでしょ、女性として。
山田幸子 そうですね。
加来典誉 なんかその、もうわたしは駄目な人間と思わないで、アタックしているうちにだんだんレベルアップしますからね。お洒落は結構しているようだから、いいと思うんですけどね。うーん。あと、出会い系のバーっていうのが・・・、探してみましたか?行ってない。ホストクラブにだいぶ行って、もういいかなと思ったら、出会い系のバーを・・・。バーに一件入ってみて、大名がいいですよ、どこにありますかって聞いて行くといいですよ。出会い系のバーは、だいたい、カウンターに座っていると、男の人が声を掛けてきてくれるから、どうですか、って言われるから、よかったら、一緒に話すし、嫌だったら、わたしはちょっとタイプじゃないですから、ごめんなさい、って言えば、どっか行ってくれますから。面白いでしょ。
山田幸子 面白いです。
加来典誉 でもね、前の患者さんにも言ったんだけれど、気軽に出会える分、気軽に別れてしまうパターンが多いから、だから、そこは注意をしないと。わたしの恋愛みたいに五年間も愛し続けていると、相当、何があっても別れないようにしますけれど、パッと一緒になると、すぐに相手のことを忘れるパターンが多いから、気をつけてください。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 出会い系のバーに行ってみた?面白かった?いました。一緒になりました。よし、そしたらね、うーん、来たいですか、ここに。
山田幸子 来たくないです。
加来典誉 じゃあ、いいです。前の患者さんは、ずっと、一年ぐらい来てもらったんですよ。心配だったから。じゃあ、大丈夫ですね。もし、これで心配だな、と思ったら、来てください。ちょっと、心配だな、色々、聞きたいな、と思ったら、来てください。とにかく、衣食住、睡眠、食欲、そこら辺のことは、必ず、充足させて、満足させて、健康的な生活を心がけることですね。どんなことがあっても。たとえ、ふられそうになってもね。それが一番重要です。じゃないとまた、入院になりますから。もうならないと思いますけれどね。もし、なんかあったら、言ってください。ちょっと心配ですけれど。よろしくお願いします。


山田陽子さん(恋愛相談)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは。よろしくお願いします。精神科医の加来典誉です。お名前は?山田陽子さん。ご年齢は?二十三歳。どうなさいました?精神科は初めての受診ですか?初めて。心療内科?まぁ、一緒ですよ。精神科と書くと、気違い病院みたいな感じがするでしょ。それを外聞きが悪いので、心療内科って書いているだけです。同じです。重篤なものになると、それこそ気違いレベルになりますけれど。激しいのになりますと、ギャーギャー叫び回ったりとか。軽いのになると、ちょっと落ち込んだりとか、眠れないとか。どういう感じですか。
山田陽子 元気が出ないんです。
加来典誉 何か大事なものを無くしちゃったんですか。
山田陽子 そうじゃないです。
加来典誉 ふられた?
山田陽子 違います。
加来典誉 何かきっかけになる事件がありましたか。
山田陽子 ないです。
加来典誉 あらー、これはちょっとおかしいな。突然?
山田陽子 突然。
加来典誉 お薬は欲しいですか、元気になる。
山田陽子 欲しくないです。
加来典誉 これは何か隠しているでしょ。
山田陽子 なんですか。
加来典誉 精神病にはですね、心の悩みを原因とする、心因性のものと、「因」っていうのは原因の因、「心」っていうのは心、心因性のものとですね、脳疾患って、脳の病気の場合、脳の異常の場合、と二種類あるんですよ。だいたい、心因性、心の悩みの場合は、お薬は飲みたがりません。脳疾患の場合は、いてもたってもいられなくて、背に腹は変えられずで、とにかく絶対、飲みたい、飲んでも治したい、とにかく今苦しいという人が多いです。お話によれば、心の悩みはないということだったので、脳疾患かなと思ったけれど、お薬、飲みたいですかと聞くと、飲みたくないと言っているので、これはやっぱり心因性の可能性が高いと、何か隠していると思いました。
山田陽子 なるほど、ほんとです、隠しています。
加来典誉 あの、一応ですね、カルテに書いて欲しくないということであれば、カルテに書かないようにします。わたしと、わたしの妻になるだろう人しか言いません。結婚前は言いません。まだ、好きな人の段階ですけれど。そうですね、男性的な感じの人です。綺麗な人だけれど、ちょっと男性的な感じで、男の子みたいな感じの女性ですね。
山田陽子 ふられました。
加来典誉 あ、ほんと、ふられとか、別に人に知られても大丈夫ですよ。そんな普通ですよ。
山田陽子 そうですか。
加来典誉 よくあることですよ。異常じゃないから。それでどうしていいかわからなくなった?
山田陽子 そうです。
加来典誉 うーん、お父さんとお母さんはお見合い結婚ですか?
山田陽子 お見合いです。
加来典誉 ご両親がお見合い結婚の場合、恋愛を罪悪視して、失敗を隠したり、恋愛が苦手な人が多いように思います。ぼくが何度も何度も言っているんですけれど、女性の場合ですね、男性を好きになる場合に、告白したんですか?
山田陽子 告白しました。
加来典誉 あの・・・、わたしの良い所、悪い所があって、わたしの良い所を、好みに思ってくれているか、この男の人は、というのが重要です。好みというのは主に外見的な好みです。例えば、髪の毛が好きな人がいます。ストレートヘアのロングヘアがいい。それにこだわりを持っている人がいる、男の人で。そしたら、やっぱりストレートヘアの人じゃないと嫌だって言います。背が高い人がいいとか。背が高い人じゃないと嫌だって言います。胸が大きい人がいい。胸が大きくないと嫌だって言います。顔は、細長い目が好きだという人、目がぱっちりが好きな人、面長が好きな人、丸顔が好きな人、それぞれ好みがありますからね。好みで、自分が合致しているかどうかですね、その告白された方が。それを調べてみてください。ふられるとね、全人格を否定されたような感覚になるんですよ。全部、人格を否定された・・・、そんなことはないですよ。あのー、たまたま、男の方の好みに自分が合わなかっただけでね、山田陽子さんが悪いわけじゃないです。そこを勘違いしないようにしないと。だから、恋愛する時はですね、めかしこんで綺麗にして、いろんな男に追わせるというのが、ひとつの方法です。モテるようにしてね、自分を。五、六人、追わせるわけです、自分を。 その中から、一人選ぶわけです。自分の気に合う人を。それかですよ、こっちから告白する場合だったらですよ、事前に下調べをするんです。好きな人を、三、四人つくっておいて、この人、わたしのことを好みと思ってくれるかなと調べて、この人だったら、わたしを好みと思ってくれるかな、という人にアタックして告白すれば、成功する確立が高いです。理路整然と話しましたけれど、当然の話ですね。まぁ、まだちょっとね・・・、睡眠取れてます?取れてる。一旦、今日帰ってね、その男の人のお友達のお友達でいいから、その男の人が、どんな女の子が好みか聞いてみてください。外見的な好みですよ。たぶん違うと思いますよ。山田陽子さんではないと思う。ただ、それだけです。何ヶ月くらいですか。四ヶ月。四ヶ月なら、まだ、たいしたことない。一年、二年になると、これは大変ですけれど、あきらめられなくなる。わたしも実は好きになって、かれこれ四年です。
山田陽子 四年も!
加来典誉 そうですよ。だからもう大変だから、あきらめられなくなっています。そういう場合もあります。
山田陽子 どうするんですか。
加来典誉 彼女が結婚するまで、頑張るしかないですね。なんとかしようとして。本田茜さんっていうスポーツクラブのインストラクターですね。なかなかうまくいかない。女性は、男性の外見的な好みで惹かれるることよりも、男性の行為とか、人柄で惹かれることがほとんですからね。だから、ぼくはあきらめないわけです。
山田陽子 わかりました。
加来典誉 一回、帰ってから調べてみてください。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 はい、どうでした?
山田陽子 やっぱり好みじゃなかったです。
加来典誉 そうでしょ。あのー、出会いの機会を増やしたいなら、出会い系のバーっていうのがありますから。普通にどこかバーに入ってみてね、大名あたりで、で、出会い系のバーってありますかって聞いたら、教えてくれますから。格好を綺麗にして、カウンターで待ってたら、声を掛けてくれますから。で、この人はちょっと違うと思ったら、ごめんなさい、わたしちょっと好みじゃないみたいと言ったら、さっとどっかに行ってくれますから。何回か、行っているうちに出会いますよ。まぁ、見たところ、ちゃんとお洒落もしているようだし、出会えるんじゃないですか。出会いの機会さえ増えればいいんだから。どちらかと言えば、内気じゃないですか。
山田陽子 内気です。
加来典誉 ご両親はお見合い結婚ですか。
山田陽子 お見合い結婚です。
加来典誉 だからですね。この人しかいないと思い込んでしまうんですね。出会いの機会が少ないからね。本当は、いっぱい人間はいますからね。両親がお見合い、結婚だから、恋愛を罪悪視する所があります。
山田陽子 先生は?
加来典誉 ぼくは、本当に惚れちゃってですね。いいところがいくつかあって。正直に言いますとね。あの、肖像画を彼女にあげたんです。どういう肖像画家というと、女の人が、つまり彼女が、小学生くらいの男の子を、電気バリカンで丸刈りにしている絵をあげたんです。わたしは試しにあげたんですけれど、普通、この絵をあげると、どう思いますかと言われたら、わからない、って言うと思うんです。ところが、いいと思います、っていう返事が返ってきたんです。いつも冷たいのに。ぼくと同じ趣味を持っている。ぼくは散髪が好きなお母さんって言うのに、セクシャルなものを感じて。男の子を丸刈りにするのが好きな女の人にセクシャルなものを感じて、なんか、いいなと思ったんです。なんでかって言うと、たぶん、自分の生まれてからの経験でしょうね。フェチになってしまった。最初は、女性が髪をバッサリ切られるということに興味を持ってですね、そのうち、だんだん、だんだん、髪を切る側の女性に興味を持つようになって、そのフェチが、彼女と一致しているので、千載一遇の出会いだな、と思って。向こうも感じていると思うんです。この人しかいないって。だから、会社が恋愛禁止になっているから、スタッフと会員が。それで、今、頑張っている所なんじゃないでしょうかね。一緒になろうとして、会社の中で。ただ、ぼくと一緒になれると分かってからじゃないと、ぼくに告白はしないんじゃないかと思います。好きだけど、今、会社で係争中です、とか、そういうふうには言わないみたいですね。本当かどうかわからない、わたしの妄想ですけれどね。そうかもしれませんね。まぁ、とにかく恋愛してみましょうよ、どっかで。出会い系の・・・、ホストクラブに行って、練習してもいいですよ。最初はね、男性と話す練習で。あんまり話さないでしょ、男性と。ホストクラブに行くと面白いですよ。まず、ホストクラブに行ったらどうですか。男性と話す練習と思って。慣れていないから。どんなふうに言えば、いいですか、告白する時、お話しする時、こんなふうに言っちゃダメとか、あんなふうに言っちゃダメとか、こんなふうに言うといいとか、教えてくれるから。ホストクラブがいいと思います。中洲の。インターネットで調べるのもいいだろうし、一件、適当に普通の飲み屋に入ってみて、ホストクラブを教えてもらうとかしたらいいと思います。ホストクラブに行ってから、出会い系のバーに行ったらいいんじゃないですか。二回ぐらい行ったら、コツがつかめてくるから。じゃあ、また来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 ホストクラブ行った?楽しかった?
山田陽子 楽しかったです。
加来典誉 男性は意外と簡単だったでしょ?
山田陽子 簡単でした。
加来典誉 いよいよ出会い系のバーは行くんですか。
山田陽子 まだです。あと、二回くらい、ホストクラブに行きます。
加来典誉 慎重に?
山田陽子 慎重に。

  山田陽子はホストクラブを楽しみ、出会い系のバーに行ってみた。

山田陽子 なかなかいないです。
加来典誉 最初は、いないですよ。ファッションもね、自分の好きなタイプの人が、好きなファッションというのを研究してみたらいいですよ。

  数週間後、山田陽子は彼氏をつくった。

  加来病院外来診察室

加来典誉 よかったですね。これで大丈夫。しかし、安易に出来た彼氏だから、安易に別れやすいんですよ。それは注意してくださいね。簡単に出会えてしまった彼氏は、別れやすいんですよ。だから、そこは、これから、じっくりと熟成させていって、仲良くならないといけないです。別れないといいですね。ちょっと様子見ましょう。

  加来病院外来診察室 一ヵ月後

山田陽子 大丈夫です。
加来典誉 よかったですね。一ヶ月経てば、大丈夫じゃないかな、あとは半年、一年。一ヶ月に一回の診察でいいですよ。

  加来病院外来診察室 一年後
加来典誉 もうそろそろいいですよ。わたしのところ、来なくても。あの、来たい時に来てください。ちょっと心配だったものだから。すいません、医療費をいっぱい使わせてしまって。じゃあ、どうかお幸せに。何かあったら来てください。

  山田陽子は、その後、来なくなった。


雪田博実さん(統合失調症)

  加来病院外来診察室

加来典誉 こんにちは、お名前は。雪田博実さん。あの、どういう感じですか。
雪田博実の母 息子が変なことを言っている。
加来典誉 例えばどんなことですか。お母さんに聞いていいですか。
雪田博実 いいです。
雪田博実の母 ぼくは神様だと言っている。
加来典誉 それだけ?
雪田博実の母 それだけです。
加来典誉 時々、そういう人がいるんです。宗教を始める人で。ただ、それが一般に認められるかどうかでね。新興宗教とかでね。天理教とか、金光教とかね。わたしは神様だって言っている人もいますから。社会的に受け入れられないところに、博実さんの難点があるんです。ちょっと難しくなりましたけれど。いつ頃からですか。
雪田博実の母 二ヶ月前からです。
加来典誉 今、何歳ですか。
雪田博実の母 十八です。
加来典誉 なんか、悩みがありました?うまくいかないとか。
雪田博実 特にないです。
加来典誉 なんとなく始まった?
雪田博実 なんとなく。
加来典誉 なんとなく。あのね、この壁を見てください。模様がありますよね。これが人の顔に見えますか?
雪田博実 見えます。
加来典誉 寝てなかったりするとね。普通の人でね、あの、三日間寝てなかったら、怒り出します。かんかんになって怒り出します。五日間寝てなかったら、幻聴とか幻覚とか妄想とかが出てきます。よくある。わたしも統合失調症で治療されたから、わかるんですけれどね。興奮状態の時にね、壁の模様とか、床の模様とかを見るとね、人の顔に見えてくるんです。どうもね、注意を喚起するような状態にあるわけです。ちょっと長くなりますけれど。人間は食べてなかったり、寝てなかったりすると、危険だぞ、というシグナルを身体に与えるんです。今はちょっと頑張らないといけない、ここが踏ん張りどころ、ここが正念場だから、頑張れと。ドーパミンという物質が出てくるんです。いっぱい出てくると、周りが敵ばっかり、情報を一杯集めるようになります。嗅覚も敏感になりますね。たぶん、心の悩みがないなら、脳疾患、脳の状態異常だと思います。お薬、飲みたいですか。
雪田博実 いや、飲みたくないです。
加来典誉 うーん、あんまり、困っていないですか?
雪田博実 困っていないです。
加来典誉 じゃあ、なんとか共存できるかな。暴れたら、もし人を殴ったりとか、物を意図的に壊したりしたら。ちょろっと、家で花瓶を壊したりするのはいいけれど、例えば、自動販売機を思いっきり蹴ったり、バットで殴ったり、ATMを叩いてみたり、人をバットで殴ったりすると、そういうことをすると、お薬を入れないといけない。無理矢理でも。そして、お薬で治療していかないといけない。だけど、軽いのあれば、思い切って、違う方向で治療してもいいでしょう。神様と思っていいです。でも、お母さんと、お父さんと、彼女だけ、彼女いますか。いる。その人たちだけに言っていいから。お母さん、お父さん、彼女だけ。この人は心を許せる人だな、っていう人にだけ言うんです。ぼくも妄想を持っているって言われたんです。女優の上原多香子さんがぼくのことを愛しているって言っていたんだけれど、それが妄想だと言われたんです。でも、今でも否定はできないんです。本当かもしれないから。ぼくは人にあんまり言わないように言われました。言うなと。自分の中にしまっておいて、仲のいい人だけ。そういう方向でいってみたらどうでしょう。幻聴もないみたいだから、あんまりひどくないですから。仲のいい人だけ。それならお母さん、安心?安心。
お母さんとしては、人並みの生活をして欲しいわけね、博実さんに。みんなから軽蔑されたりしないでね。自分の心の許せる人だけに、わたしは神様だ、と言えると。だから、言うことを聞け、じゃなくて、わたしは神様だというだけに留めておく。だから、言うこと聞けはよくない。やらない。じゃあ、いいです。彼女も笑うだけだろうから。なんで、誰が決めたの?って言ってくるかもしれないけれど。誰もわからない、なんとなくそんな気がすると。先生にそう言われたと、精神科で人聞きが悪いけれど、ちょっと様子を見ましょう。また、来週来てください。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうですか。
雪田博実の母 うまく折り合いをつけているようです。
加来典誉 どうですか、博実さん。
雪田博実 ぼくもこれなら満足です。
加来典誉 これでずーっとやっていきましょうか。一応ですね。一ヶ月間ぐらい、一週間に一回。二ヶ月目ぐらいから二週間に一回にして、三ヶ月目ぐらいから、一ヶ月に一回で、三ヶ月続けて、後は、来たい時だけでいいです。そういう治療計画、治療って言ってもよくわかりませんけれど。やっていきましょう。

  雪田博実は、その後、来たい時だけ、来る状態になった。


吉田朗さん(セックス相談)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、どうも、吉田朗さんですね。今度、主治医になりました、加来です。入院されるんですか。
吉田朗 入院です。
加来典誉 入院したいんですか。
吉田朗 入院したいです。
加来典誉 珍しいですね。入院したいっていうのは。自分から入院っていうのは。自費ですか、自分の費用?
吉田朗 そうです。
加来典誉 そしたら、任意入院で、いつでも自分の意思で出れますよ。
吉田朗 そうですか。
加来典誉 うーん、困っていることがあるんですか。
吉田朗 あります。
加来典誉 どんなことに困っていますか。
吉田朗 実は・・・。
加来典誉 いや、恥ずかしかったら、ぼんやりでいいですよ。外側だけでもいいですから。
吉田朗 そうですか。女性関係のことで悩んでいることがあります。
加来典誉 それは精神的なことですか、肉体的なことですか、両方ですか。
吉田朗 精神的なことです。
加来典誉 うまくいかない、女性と?
吉田朗 そうじゃないです。
加来典誉 女性が怖い?
吉田朗 そうじゃないです。
加来典誉 うーん、女性に対して、苦手意識?
吉田朗 そうじゃないです。
加来典誉 奥さん?
吉田朗 奥さんです。
加来典誉 娘さんは、いない?
吉田朗 いないです。
加来典誉 奥さん。何か問題がありましたか。
吉田朗 あのですね、相手してくれないんです。
加来典誉 奥さんが。何ででしょう。おいくつですか、奥さんは。
吉田朗 三十六です。
加来典誉 相手してくれない。浮気しているんですか。
吉田朗 浮気していないと思います。
加来典誉 なんで相手してくれないんですかね。
吉田朗 わからない。
加来典誉 いつ頃から相手してくれなくなりましたか。一、二年ぐらい。浮気している感じはない。もっとラブライフを確かめ合いたい?
吉田朗 そうです。
加来典誉 セックスはうまいほうですか。
吉田朗 いや、わからないです。
加来典誉 こういうセックスしていませんか。さぁー、セックスするぞー、ズコズコズコ、はい、さよなら。
吉田朗 してます。
加来典誉 それが原因だと思いますよ、たぶん。入院する必要はないんじゃないでしょうかね。お金の無駄だし。あのー、スローセックス実践入門っていうのがありますから。ちょっと待ってください。今、あるかもしれない。あ、ありました。『スローセックス実践入門』アダム徳永、講談社プラスアルファ新書。これ、いいです、とても。概略を言いますとね、女性というのは、性的なことに対して、肉体的なことより精神的なことを楽しむんです。だから、男性は、写真そのものを見て、オナニーして、いきますね。女性は、ストーリーが必要なんです。エロ漫画が好きなんです、女性は。エロ雑誌は、男は写真、女は漫画とかストーリーとか精神的なことを求めてきます。例えばですよ、「このスケベ女、真面目なふりして、あそこから涎が垂れてるよ」とか、好きな人から言われるとドキッとして喜びます。あの、遠巻きにやっていかないといけないんです。いきなり最初からクリトリスとかじゃなくてですね、髪の毛を触ったり、キスしたり、身体中を撫でてあげたりとか、ゾクゾクしてきますから、女の人は。遠くから、遠くから、乳首とクリトリスが一番刺激ありますから、遠いとこから、背中とか、腿とか、そういう所から攻めていって、最後に、胸を上げたり下げたり、乳首を舐めたり、クリトリスを舐めたりとかして、たまらなくなったところで、止めて、また最初からやっていく。これはひどいんですけれどね。何度もやっていると絶頂に来るんです。そして、最後に、ブスッと、指とか、ペニスを挿入すると、ドバーッといきますよ。ちょっとそれやってみてください。ちょっとエッチの練習してみた、先生に言われて。本読んでって、本を渡したらいいですよ。スローセックス実践入門を買ってみて、これやってみたいからどうって。あながち、旦那さんのことを嫌いなわけじゃないみたいだから。ちょっとやってみてください。アマゾンで買うのもいいと思います。それまで待ちきれないなら、入院してもいいけれど、意味ないですから。じゃあ、それで。また外来で。月曜日と木曜日が外来なので、どちらでも。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうでした。
吉田朗 爆笑してました。
加来典誉 喜んでいた。それが原因だったんですね。やってほしいって、やった。ラブライフは復活した?復活した。
吉田朗 よかったです。
加来典誉 面白かったです。基本はわたしが言っていた。遠巻きにやっていく。よかったです。これで精神科は必要ないでしょ。
吉田朗 そうですね。
加来典誉 よかった、精神病にならずに。軽度の鬱症状みたいにお見受けしていましたが。よかったです。


吉田恭子さん(拒食症)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします。精神科医の加来典誉です。お名前を伺ってよろしいですか。吉田恭子さん。はい。ご年齢は?二十一歳。どういうことがお困りですか。はい、お母さん。食べない、全然。痩せてますかね。痩せている。死にたいという願望はありますか。
吉田恭子 いや、ないです。
加来典誉 なんで、食べないのかな。痩せたい?
吉田恭子 痩せたいです。
加来典誉 痩せれば美しくなるという一種の考えがあって。それで・・・。
吉田恭子 そうです。
加来典誉 もともと太りやすい体質ですか。
吉田恭子 そうです。
加来典誉 だからでしょうね。誰かに言われたかな、デブかなんか。
吉田恭子 ははは、言われました。
加来典誉 それでかな、それが自分のシコリになって。女の友達?
吉田恭子 なんでわかるんですか。
加来典誉 男に言われるより女に言われるほうがショックだから。
吉田恭子 そうですか。
加来典誉 男ってわからないわね、でいいけれど。女に言われたらショックでしょうね。いい友達?
吉田恭子 いい友達です。
加来典誉 直接?
吉田恭子 そうです。
加来典誉 うーん、アドバイスで言ってくれたんだろうなぁ。ただ、男性から観るとですね、ちょっとふっくらあったほうがいいですよ。
吉田恭子 そうですか。
加来典誉 胸とかね。運動で痩せているなら、まだいいけれど、食べないで痩せているのは変ですよ。トリの毛を抜いてしまった、ガラみたいな、あんまり魅力的と思わないですよ、男性から観て。女性はね、どうしたって、モデルさんみたいなのが格好いいと思うでしょうけれど、男性はモデルさんみたいな身体はセクシーと思いませんよ。痩せている人が好きな人はいますけれどね。ふっくらしたくない?
吉田恭子 ふっくらしたくないです。
加来典誉 ふっくらがいいこともあるんですよ。ふっくらしているほうが魅力的なこともね。ただ、度を越してふっくらすると、デブになる。
吉田恭子 そうですね。
加来典誉 付き合ったこともあるんでしょ。
吉田恭子 ありますよ。
加来典誉 恋愛の問題ですか。そうでもない。友情?
吉田恭子 友情です。
加来典誉 あ、そうか、美味しい物を食べていないんじゃないのかな。
吉田恭子 ははは、そうですか。
加来典誉 お母さんと一緒にね、美味しい物を食べに行ったらいいんじゃないかな。
吉田恭子 ははは、そうですか。
加来典誉 だいたいね、年端のいった女性のほうが、男性や若い女性より、美味しいところを知っていますからね。イタリア料理屋さんとかね、日本料理で美味しい所とか、中華料理で美味しい所とかね。ちょっと行ってみたらいい。食べるということの面白さをもう一回感じたら。面白いな、食べるって。苦痛じゃなくてね。太るんじゃないかという恐怖じゃなくて。楽しいアクション、行動じゃないかと、ビヘイビアーって言うのかな、アクションだかわかりませんけれどもね、ちょっとやってみたらいいですよ。で、好きな人いますか?
吉田恭子 いないです。
加来典誉 好きなタイプで彼女がいる人は?
吉田恭子 いますよ。
加来典誉 そういう人に聞いてみたらいいですよ。どう思う?ガリガリに痩せた女と、少しぽっちゃりの女とどっちがいいと。ガリガリは少し痩せ型の女と。ぽっちゃりはほどよく肉付きがある女と。度を越して痩せていると、嫌ですよ、男は。運動で痩せていて引き締まった肉体ならまだいいですよ。食べてないで、トリガラみたいなのは、ちょっといやですよ。ちょっと聞いてみてください。まぁ、食べることの楽しさを再認識することと、少し肉付きがよくなることの良さをわかってください。では、また来週。
吉田恭子 わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 どうでしたか、食べるのは楽しいですか?
吉田恭子 楽しいです。
加来典誉 美味しいものがあるでしょ。食べることの面白さがわかったから、自分でお料理するのもいいですね。
吉田恭子 そうですね。
加来典誉 デブ、じゃない、ぽっちゃりはどうでした?
吉田恭子 肉付きがいいほうがいいって言われました。
加来典誉 自信持ってくださいよ。あんまり食べ過ぎるといけませんけれどね。運動でもしてみたらどうですか。適度にね。あんまりやりすぎると、ゲソゲソに。わたし、今、好きな人も、Cカップだったんじゃないか、昔、でも、今はAカップ。筋肉質だけど。引き締まり過ぎてね。ぼくは筋肉質は好きですけれど。ほどよくね。運動で痩せるといいですよ。食べないで痩せるより。そういうふうに方向転換をしたらいいですよ。食べながら痩せていく。健康的ですよ。まぁ、どこでも、ルネサンスでもいいし、コナミでもいいし、そこらへんがスポーツクラブでは有名ですね。わたしはコナミですけれどね。
吉田恭子 わかりました。
加来典誉 それで、様子を見ましょう。また、来週。ちょっと心配だから。

  加来病院外来診察室 一週間後

吉田恭子 大丈夫、食べてます。
加来典誉 よかったです。行ってるんですか、運動?
吉田恭子 行ってます。
加来典誉 運動で痩せるっていうのがいいですね。楽しいでしょ、お友達もできるし。
吉田恭子 そうですね。
加来典誉 少しずつやっていきましょう。また、来週。

  吉田恭子は一ヶ月ほど経過順調で最終的に好きな時だけに来る状態になった。


吉田幸次さん(ひきこもり=鬱病)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、精神科医の加来典誉です。今日は、どういうことでお困りですか。息子さん。あ、そうですか。お名前は?吉田幸次さん。何歳ですか。二十八。で、どうして、お母さんだけ?
吉田幸次の母 実はですね、ひきこもりなんです。
加来典誉 あ、そうですか。どれくらいひきこもってますか。
吉田幸次の母 二ヶ月くらいです。
加来典誉 あ、そうですか。原因は何だかわかります?
吉田幸次の母 わからないです。
加来典誉 そうですか。そうですね、ひきこもりの方については、頭では考えたことはあったけれど、実際に来られたのは、これが初めてなんですよね。わたしが、実際にお家に行きたいんですけれどね。そうするしかないと思うんですか・・・。なかなかそうはいかない現実があってですね・・・。ひきこもりに関しては、やっぱりフレキシブルに対応しないといけないかもしれませんね。ただ、わたしが幸いにも院長だからですね、ある程度こうルールを変えることができるから、まぁ、ちょっと、せっかくだから、一回、行ってみますかね、お宅に。はい、じゃないと、わからないんですよね。あれを聞いて、あれを聞いて、ということになりますからね。ご本人がいないことには、どうしようもないんです。わたしも考えていることがあってですね。こうしたらいいと、万人に同じことが通用するかどうかはわからないわけですよ。人それぞれですからね。ちょっと待ってください、ナースに相談しますから。
加来典誉 あ、もしもし、看護部長お願いします。いますか。います。はい。
加来典誉 あ、もしもし、すいません、あの、ちょっとこう、異例の対応をしないといけないことになりまして、ひきこもりの方のお母さんが来られているんですけれど、わたしが行かないことにはね、なんともし難いわけで、これこれこれこれと言ってもね、結局は、わけのわからないまま進んでしまうので、やはり、医師が実際に、ご本人の自宅に行かないことには、と思いましてね。ちょっと異例の対応で申し訳ないけれど、これを第一事例としてやってみたいと思っているんです。いつがいいですか、何曜日がいいですか。金曜日。金曜日のいつ頃がいいですか。金曜日もわたし、診察が入っていますけれど、五時まで。午前中。をあてる。がいい。わかりました。大丈夫ですね。そしたら、わたしが、午前中に、病院に行かずに、直接、お宅のほうに行きましょう。あんまり、遅くならないようにしないと。わかりました。お母さん、何時ごろがいいですか。九時ごろ。わかりました、そしたら、九時ごろ参りましょう。じゃあ、部長さん、ご迷惑をおかけしますけれど、わたし、ちょっと一応、何か残したほうがいいですか。特にない。わかりました。そしたら、何時から何時までかかったということは報告します。後はカルテと。じゃあ、失礼します。
加来典誉 じゃあ、金曜日の九時に、わたし参りますから、よろしくお願いします。
吉田幸次の母 いいんですか。
加来典誉 大丈夫です、大丈夫です。一応、引きこもりの方は、来られるだろうと思っていたんですよね。事例としては、普通の精神病と比べると、あんまりいらっしゃらないのかもしれませんが、もしかすると、結構、いらっしゃるのかもしれません。わたしも正確な数を確認していないので。でも、あまり来られなかったし、でも、もし来られた時は、どうしようということはなんとなく考えていて、患者さんのお宅まで行かないといけないだろうということは予想していたので。じゃあ、今週の金曜日、よろしくお願いします。

  吉田幸次の自宅

加来典誉 タクシーで来ました。道がよくわかると思って。わたし、方向音痴なので。えー、そしたら、お邪魔します。

加来典誉 お茶、ありがとうございます。すいません。どんな感じですか、これをくれ、あれをくれ、ということで、紙に書いて・・・。
吉田幸次の母 そうそう、そうです。
加来典誉 一般的な感じですね。ひきこもりではよくある。
吉田幸次の母 そうですか。
加来典誉 よく、あの、欲しいものを紙に書いて、ぽんとおいてい置いて、お母さんが入れるというような感じでしょうね。うん、そしたら、ちょっと聞いてみたいことがあります。今、元気ですか。
吉田幸次の母 元気です。
加来典誉 そしたらですね、えー、まず第一、朝が元気がなくて、夜が元気になるかどうか。それから、第二、起きている時に、時々、壁とか床とかの模様とか汚れがハッキリ見えてきたりですね、周囲の音が気になったり、嗅覚が非常に鋭くなって、臭いが気になることがあるか、それから、第三、昔あったことで、何か隠し事があるんじゃないか。昔、エロティックなことで隠し事があるんじゃないか。それから、第四、自分と他人が随分違うなというのを昔から感じていた。この四個です。メモしてもらって、マル、バツ形式で送ってもらったらいいと思います。ちょっとやってみてください。お医者さんが来ていると、お医者さんは入院させるつもりはないと。入院はさせたくないと。入院は自傷他害の恐れのある人だけだと、自分や他人を傷つける恐れがある人だけ入院だからと。

加来典誉 どうですか、マルだったのは、朝が元気がなくて、夜が元気がある。ああ、鬱病だ。わたしはですね、ひきこもり病というのはないとふうに思っているんです。もしかすると、ひきこもり専門の先生とかは、ひきこもり病があると思われているかもしれないけれど、わたしもひきこもったことがありますけれど、いわゆるひきこもり病というのはなくて、普通の精神疾患の一形態、一症状として、ひきこもりがあると。例えば、風邪になると、のどが痛くなる、熱が出る、咳が出る、と症状が出ますね。のど痛い病とか、高熱病とか、咳病とか、そういうのはないですね。原因は別のものであって、ひきこもりそのものじゃないわけです。鬱病が本当の病気、ひきこもりは症状です。統合失調症が本当の病気で、ひきこもりになる人もいる。神経症が本当の病気で、ひきこもりになる人もいる。人格性障害が本当の病気で、ひきこもりになる人もいます。その順番になっています。わたしが、最初、朝とか夜とか言いましたね、これが鬱病、神経が異常に研ぎ澄まされるというのが、統合失調症、昔のことで隠していることがあるかどうかが、神経症、自分と他人があまりにも違いすぎるというのが、人格性障害。というふうに分類しているわけです。その中の一つというわけです。鬱病ですから、何か落ち込むことがあったんでしょうね。それか突然かもしれない。ちょっと聞いてみましょうね。次に聞くこと。突然、ひきこもりたくなったんですか、何か、原因があるんですか。お薬は飲みたいですか、飲みたくないですか。ちょっと聞いてみてください。

加来典誉 突然、なったわけじゃない。原因がある。お薬は飲みたくない。なるほど。そしたら、これは間違いなく、心因性、心の悩みが原因で、鬱状態になったということですね。そうですね、一番よくあるのは、失恋ですかね、だったり、仕事の失敗であったり、どっちかだと思います。これも聞いてみましょう。うるさいって言われるかもしれないけれど。鬱病になった原因は・・・。鬱病だと診断します。鬱病になった原因は、仕事のストレスですか、失敗ですか、恋愛の失敗ですか。お母さん、どっちですか、恋愛結婚ですか、お見合い結婚ですか。恋愛結婚。じゃあ、仕事の失敗でしょうね。おそらく、仕事の失敗じゃないですか、と聞いてください。

加来典誉 仕事の失敗。なるほど、そうでしょうね。合わない仕事だと思ってるのかな。出てきませんかと。わたしが入りましょうかと。話したくないのかな。話したいみたい。じゃあ、ちょっと入ったほうがいいですかね。入ったほうがいい。じゃあ、お母さんはどうしたほうがいいんですか。いないほうがいい。

加来典誉 精神科医の加来典誉です。吉田幸次さん、二十八歳。えー、仕事、あんまり合わない?
吉田幸次 合わないです。
加来典誉 どんな、仕事です?営業。どんな仕事がいいですか。事務がいい。部署を変えられたらどうですか。
吉田幸次 そうですね。
加来典誉 お願いして。
吉田幸次 わかりました。
加来典誉 二ヶ月病気で休んだと。合わなかったと。先輩で嫌な人がいましたか。
吉田幸次 そうじゃないです。
加来典誉 部署を変えられたらいいですよ。無理だと、営業は。やってみたけれど。営業の経験は非常に役に立ったと。こういうことしていると分かったから、営業がわかる事務になるんだと、そういうふうに前向きに言えば、雇用主の方も理解できると思います。わたしは向いていないから事務がいいです、と言うと、雇用主は嫌がりますから。いい経験ができましたと、営業で、だけど、わたしは事務のほうが肌に合っているようですから、営業のわかる事務でお願いしますと言えば、だいたいいいと思います。それか経理とか。無理だったら経理とか。でね、治療しないといけない。今の状態でいきなり会社に行ってもいいんだけれど、ちょっとびっくりですね。まぁ、ひとつ、それか、ふたつ、それか、みっつ。何か日課を決めてください。部屋から出れます?出れない。そしたら、部屋の中で何か決めてください。本を百ページ読むとか、筋トレをするとか。それだけ済まして、できれば身体を動かしてください。それを二週間、三週間ぐらいしたら、だいぶ元気になっていると思いますよ。出たいと思った時に部屋から出てみてください。だいたい出るとですね、あー、昔の自分が返ってきた、こんな感じだったな、と思います。わたしも経験ありますから。わたしもひきこもったことがありますから、中学と高校で。まぁ、ちょっとやってみてください。お気持ちはだいたいわかります。わたしがなったことあるから。わたしも病気の綜合本舗でね。鬱病のひきこもりと、統合失調症。神経症と、人格性障害はなったことないですけれどね。でも、得しました、今は病院の院長しているけれど、病気の人の気持ちがわかるから。ちょっとやってみてください。また来週来ましょうかね。それか、お母さんに報告してもらいましょうかね。事前に電話します。行く必要があるかどうか、確認しますから。何かあったら、手紙でお母さんに知らせてください。入院はしないでいいですから。人を傷つけたり、自殺未遂したりする人が入院だから。後はひどい鬱病、人が無理矢理動かさないと何もしない人とかですね。こういう人は、入院です。じゃあ、帰ります。
吉田幸次 わかりました。

加来典誉 お母さん、帰ります。もし、来週、わたしが自宅に来る必要だったら、木曜日か、もっと早く連絡してください。必要なければ、月曜日か木曜日に、外来診療に来られてください。お母さんだけ。
吉田幸次の母 わかりました。

  加来病院外来診察室

吉田幸次の母 日課を決めてやってると言ってました、筋トレとか。
加来典誉 わたしが言った通り、やられているようですね。よかった。少しずつ元気になるでしょう。息子さんに言うのを忘れていたんですけれど、もし可能なら伝えておいてください。身体を動かすと、元気になるんです。ずっと寝ているとどんどん元気じゃなくなるんです。人間の身体は休むと元気じゃなくなるようになっているんです。寝ている時に元気になった困りますからね。おそらく身体を動かすと、セロトニンという脳内の物質が増える、休むと、減ると予測されています。セロトニンが元気かどうかを決めているようです。また、決めている日課を果たすと、ポジティブな気分になると、意欲が湧きます。ちゃんと決められたことをやったぞ、自信もついだぞ、次もやるぞ、と意欲がわきます。脳内で意欲を司るノルアドレナリンという物質が分泌されるようです。鬱病の薬物治療も、セロトニンとノルアドレナリンに働きかけるものなんです。すいません、理屈っぽくなりましたが。

  加来病院外来診察室 三週間後

吉田幸次の母 出れました。
加来典誉 よかったですか。会社に行きたいと。いいんじゃないですか。ご本人は来れますか。お母さんのほうがいいですか。
吉田幸次の母 いえ、本人で大丈夫です。
そうですか。そしたら、ご本人に病院に来てもらうとして。特に問題はないと思います。毎週来てもらって、三回でいいですよ。あとは好きな時に来てもらうということになります。よろしくお願いします。
吉田幸次の母 わかりました。

  吉田幸次は三週間ほど経過順調で最終的に好きな時だけに来る状態になった。


吉田拓郎さん(幻聴=脳の構造異常)

  加来病院外来診察室

加来典誉 あ、こんにちは。はい、わたくし、精神科医の加来典誉です。お名前を伺っていいですか。吉田拓郎さん。ご年齢は?三十一歳。えー、どういう感じで困っていますか。お母さん、はい。何か変な声を聞いている。ぶつぶつ言っている?聞こえますか、拓郎さん。聞こえる。気になる?気になる。嫌なことを言ってきますか、いいことを言ってきますか?嫌なことをいってくるというのは、例えば、死ね、とか、殺すぞ、とか。そういう内容。はっきり聞こえますか?はっきり聞こえる。どうしてかですか。大昔に聞いた、嫌な言葉があります。脳の中に入っているんですね。人間の脳というのは、一度、経験したことを全部覚えているそうです。ただ、思い出せないわけです。ところが、記憶の回路に、例えば、電気刺激を与えれば、パッと繋がるんです。昔ね、こんな実験をした人がいるんです。脳みその開頭手術、脳みそじゃないね、脳を手術する時にですね、まぁ開頭手術ですね、いわゆる、パカッと頭蓋骨を開けて、手術することがあるんです。意識を持ったまま、パカッと開けたことがあるんです。その時に実験したことがあるんです。脳をなぞってみたんです。どんな棒かよくわかりませんけれど、おそらく、綿棒をよく消毒したものでしょうね。ずーっとなぞってみたんです。すると、患者さんが、街の中を歩いているのが見えます、その後、右に曲がりました、と言いました。こんなふうに記憶というのは残っているんです。本来なら、病院の手術室の中にいるのに、違う風景が見えてしまったというわけです。幻聴もそれと同じでね、脳のある部分を触っていると、こんにちは、と言われることもあれば、馬鹿野郎、と言われることもあります。あまり意味のない言葉の羅列に、神経回路が繋がることがあるんです。なぜか、そこにいくようになっている。脳の構造上の問題ですね。例えば、ちょっと待ってくださいね、たぶん、そうだと思いますが、眠れなかったりしますか。そんなことはない。心の悩みはありますか。ない。食事は食べていますか。お母さんの食事を食べている。昔あったことで、隠し事がありますか。ない。じゃあ、問題ないな。脳の構造上の問題、いわゆる脳疾患でしょうね。ちょっと、待ってください。床とか壁を見てください。模様が人の顔や鬼の顔に見えますか。見えない。これはちょっと難しいな・・・。お薬は入れたくないな。脳の構造上の問題とは思うんだけれど。普通は幻聴があるから、ドーパミン障害だと思うんだけれど。ドーパミンがいっぱい出ると、床とか壁を見ると、模様が人の顔や鬼の顔に見えたりするんです。それとはちょっと違うみたいなんですよね。お薬はあまり入れたくない。どういう時に出ますか。起きたばっかりの時。そしたらね、適当にやり過ごしてください。起きたばっかりの時は誰も見ていないから。馬鹿野郎、って言われたら、お前のほうが馬鹿だ、とか、馬鹿でなにが悪いとか。適当に言っていたらいい。お母さんも気になるだろうけれど。そういうふうに彼はなっていますから。ちょっと、様子を見て、朝だけですから。三十分ばっかし格闘してみてね、気になるだろうけれど、怖いと思わずに、お付き合いしていきましょう。適当にあしらって、冗談言ってみたりしてもいいでしょうね。男の声ですか。男の声。だったら、幻聴に男の名前を付けてもいいでしょうね。じゃないと、統合失調症のお薬入れたら、副作用が出ますからね。あまり入れたくないんです。統合失調症じゃない気がする。薬でなんとかなるようなものでもないかもしれない。床や壁の模様が、人の顔に見えるなら、統合失調症の可能性は高いですけれど。脳の構造上の問題で。ちょっとそれで様子見てみませんか。本当に申し訳ないんですけれど。お母さんもそういうものだと思っていてください。聞こえてくるんです、彼は。起きたばっかりの時は、脳の回路が特定の音と繋がっているんです。例えば、夢を見ますね。あれは本当はないものですよね。見せられているんです。だから、眠った後、起きた時に、音が聞こえるということは、夢の続きが、音だけあるような感じです。たぶん、そういうことじゃないかな、理屈として。ちょっと様子見て、一週間後に来てください。
吉田拓郎の母 わかりました。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 変わらないでしょ。
吉田拓郎の母 変わらないです。
加来典誉 どうですか、わかりました、お母さん。
吉田拓郎の母 わかりました。
加来典誉 だいたいいいでしょ。
吉田拓郎の母 いいです。困ってますか、拓郎さん。
吉田拓郎 困ってないです。
加来典誉 これで様子見ましょう。あと二回、一週間おきに来てもらって、それから、一ヶ月、二週間に一回来てもらって、さらに、一カ月おきに二回来てもらって、あとは、好きな時に来てもらうようにします。
吉田拓郎の母 わかりました。

  吉田拓郎は経過順調で最終的に好きな時だけに来る状態になった。


吉村明弘さん(薬物依存)

  加来病院外来診察室前

加来典誉 はい、あ、警察の方。どうされました。この方が薬物依存。薬物名は?LSD。あ、そうですか。何ヶ月くらいですか。わからない。ちょっと様子がおかしい。わかりました。わたしたちで預かってみましょう。措置入院ですか。そうですか。暴れてましたか。暴れていた。今はそうでもないですね。きついですか。きつくない。LSD欲しいですか。欲しい。中毒状態になっていますね。一応、LSDは人体に悪影響を与えると言われているんですよ。あんまりいいことじゃないんです。タバコとかお酒なら、中毒性はあるにしても、それほどひどい影響・・・、まぁ、タバコは肺がんのリスクが高まるというのはありますけれどね、そこまでひどい、特に精神でね、影響がないからですね、許されているんですけれどね。タバコもかなり今、きついでしょ、規制が。自分にも良くない、他人にも良くないからですね。お酒もよくないですけれどね、飲みすぎるとね。脱LSDでやっていこうと思います。LSDを服用するきっかけになった事件や、LSDを使いたくなる時の心境を探っていこうと思います。ちょっとね、依存状態が回復してきてからにしましょうか、お話するのはね。治療方針なんですけれどね。大変、申し訳ないんですが、LSDがない状態で暮らしてもらいます。だいたい、一週間から二週間くらい。小さな個室でですね、外から鍵のかかった、じゃないと他の人に当たったりして、迷惑でいけませんから。その部屋で、いくら暴れてもいいですから、大声上げてもいいですから、きつい時、うわーと言っていいですから。そこで、じっと耐えて、一週間とか、二週間とか経って、だいぶ楽になってきたら、一般病棟に移ります。無理矢理楽なふりををしなくていいですから。大変なことになります。退院が延びますから。楽になったら言ってください。いいですか。お名前は。吉村明弘さん。ご年齢は?二十八。では、保護室のほうに案内しますから。ご家族は?いない。知られたくない。そうですか。入院費は?国が出す。わかりました。じゃあ、保護室のほうに行ってください。怖くないですから。最初は怖いかなと思いますけれど、大丈夫、注射とかはしませんから。わたしも行ったほうがいいですか。必要ない。わかりました。

  加来病院第一病棟保護室 一週間後

吉村明弘 きついです。
加来典誉 きついでしょうね。依存すると止めるのはすごいきついからね。
吉村明弘 なんでですか。
加来典誉 タバコとか、お酒でも一緒なんですけれどね、LSDなんかで、ある特定の物質、LSDの摂取物質はドーパミン系ですけれど、これを体内に取り入れていると、それを受け取る部分が減るんです。摂取量が多すぎるからです。医学用語では受容体、レセプターといいますけれど。この状態で、LSDを完全に止めると、減ったレセプターのために、LSDの物質が足りないことになります。これがいわゆる禁断症状です。しかし、そのまましばらくすると、減っていたレセプターの数が増えて元通りになります。これでふたたび通常に戻れるわけです。後、一週間したら、また診ましょう。わーわー、言ってますか。
吉村明弘 言ってます。
加来典誉 いーです、いーです。言って、いいですから。ちょっと待っていてください。ご飯も美味しくないこともあるでしょうけれどね。朝ご飯は美味しいですよね。
吉村明弘 朝ごはんは美味しいです。
加来典誉 ちょっと我慢。初めてですか、入院は。
吉村明弘 初めてです。
加来典誉 来週、また来ますから。他に聞きたいことありますか。
吉村明弘 ないです。
加来典誉 じゃ、また来ます。

  加来病院第一病棟保護室 一週間後

吉村明弘 楽になりました。
加来典誉 じゃ、そろそろ出ていいです。他の人にも迷惑かけないから。一旦、出ましょう。で、ちゃんと睡眠が取れて、食事もできているようですから、このまま行ったら、後、三週間か、四週間でいいと思います。一人暮らしですか。
吉村明弘 一人暮らしです。
加来典誉 部屋散らかってないですか。
吉村明弘 散らかっています。
加来典誉 お母さんは嫌いなんですか。
吉村明弘 嫌いです。
加来典誉 彼女いますか。
吉村明弘 いないです。
加来典誉 訪問看護に助けてもらうかな。
吉村明弘 そうですか。
加来典誉 特別にね。部屋の掃除とか。そこからやらないとまた再発するから。一緒に掃除してくれる人を見つけないといかんね。うちのスタッフでいいから。ちょっと、誰が出すのかな、代金。お金持ってない?持ってない。誰が出すのかな。ちょっと聞いてみます。今日はね、なんでLSDを服用することになったのか。きかっけ。知り合いがいた。いた。その人から買った。二万円くらいで。LSDって経口?経口。口から。そしたら、どうなるのかな。えーっと、あの、LSDを使う前に、何か事件がありましたか。失恋とか。失恋。自暴自棄になった。何回もあった?何回もあった。恋愛のコツはね。お教えしたいですけれど。まず、男性が女性を愛する場合は、変わらないということが一番大事です。それからストーカーにならないこと。無償の愛ですね。ぼくは君のことが好きだ、だから、君はぼくのものにならないといけない、これはやっぱりダメです。純愛の人が陥りがちです。大好きだから君はぼくのものにならないといけない、これは一方的でダメですよ。ぼくは君のことが好きだ。君はぼくのことをどう思っていても構わない。ただ、ぼくは君のことが好きだから、と無理強いしないところがいいです。そういうふうにしていると、自然と、女性は、この人はいい人だなと、無理強いしてこないし、変わらぬ愛を誓ってくれるから、一生涯、添い遂げてもいいんじゃないかと思います。高校生なんかに、言ったことがあります。好きな人の絵を描いて渡してみたらとかいったことがあります。ふられた同じ人に対して、もう一回アタックしてもいいでしょう。ちゃんと仕事もして。してますか。してる。仕事をして、お洒落をして、好きだけど、一緒になれないかもしれない、ということで、ずっと優しくしていたら、一緒になれますから。その人、彼氏いるんですか。いない。心意気が伝わったら、ぱっと女性は落ちますから。女性に聞いてもやっぱりそうだと思いますよ。仲のいい女性の友達に、それを話してみてはどうでしょう。病院の電話からでいいから。ちょっと、そういう方針で行きましょう。恋愛で失敗する、そしてLSD、この循環で何度も何度も行く、こういう人が多いようですね。心の悩みからLSD、心悩みからLSDとずーっとグルグル何度も繰り返しているようです。退院して、恋愛を何とか決着することから始めましょう。あ、こうすればいいんだ。最後の一週間の時に、外泊がありますから、掃除してもらいましょう。若い人がいいですか。若い人がいい。美人がいいですか。美人かどうかはこだわらない。じゃあ、若い人ね、一緒に掃除してくれる人を言っておきますから、二十代の人。いや、外泊時に散らかっているとよくないから、最初の外泊に掃除しましょう。外泊は週に一回で四回します。最初に掃除した状態を維持してください。

  吉村明弘は外泊に成功して四週間後、退院した。


  加来病院外来診察室

加来典誉 お医者さんだけじゃ、不安ですか。訪問看護、来て欲しいですか。
吉村明弘 いや、要らない。
加来典誉 掃除とか、手伝って欲しくないですか。
吉村明弘 いや、いいです。大丈夫です。
加来典誉 じゃあ、いいです。そしたら、それで。とにかく、掃除と洗濯と、そこらへんは、キレイに。外食でいいですから。きちんとした生活をしてください。治療に薬物は今のところ、使っていないですけれど。ダルクですか。今は必要ないでしょ。ただ、仲間に会ってみたいなら。
吉村明弘 いや、いいです。
加来典誉 なんとか、心の悩みさえ解決すればいいんだと思います。これから一ヶ月は週に一回。わたしも医者の責任があるから、再発してもらうと困るんです。LSDを使いたいなぁと思ったら、まずわたしに相談してください。何か他に方法があると思いますよ。
吉村明弘 そうですね。わかりました。
加来典誉 失敗してもめげないことですね。とりあえず、一ヶ月は週に一回、次の一ヶ月は二週間に一回、それからは、一ヶ月に一回を二回。でやっていきましょう。
吉村明弘 わかりました。

  加来病院外来診察室 四ヵ月後

吉村明弘 心配になってきた。
加来典誉 どうしたんですか。好きな人ですか。
吉村明弘 そうです。
加来典誉 ふられたんですか。
吉村明弘 ふられたわけじゃないです。
加来典誉 彼氏がいた?
吉村明弘 そうじゃないです。
加来典誉 どうしてうまくいかないんですか。
吉村明弘 ・・・。
加来典誉 恥ずかしいんですか。
吉村明弘 そうじゃないです。
加来典誉 恋愛する時は、誠実に誠実に、身綺麗にして、仕事もしてたら、成功する確率はだいぶ高まりますよ。あの、とにかくね、最初のうちは、どんなことを言うかですけれど、彼女に対して。付き合ったことはありますか。
吉村明弘 ありますよ。
加来典誉 話してくれない?
吉村明弘 話してくれないです。
加来典誉 よく思っていない?
吉村明弘 思っていない。
加来典誉 最初は誰でもそうですよ。最初からよく思っている人はいませんよ。怪訝な顔をしますから。
吉村明弘 そうですか。
加来典誉 いろいろ誘っても、全部断ると思う。そういう女性は。
吉村明弘 そうですね。
加来典誉 正直に、わたしね、なんとかさんのことを好きになったんですけれど、それはわたしの勝手な気持ちであってね、なんとかさんがわたしのことを好きかどうかは、わからないです。で、ぼくはね、なんとかさんのこういうところがいいというのはわかる。綺麗なところとか。欠点もある。そこもいいとこだと思えるように思います、と言ってあげると、あ、そうですか、と、なんとなくしょんぼりして答えてくれます。これからも、恋人としてのお付き合いじゃないかもしれないけれど、人間としてのお付き合いをさせてくれませんか、というと、いいですと言ってもらえます。時々、お話してもらえた嬉しいですと。憧れの存在だからと。ちょっと、そういう感じでやってみてください。また、来週、来てください。


  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 言ってみたんですか。ニッコリしてもらった。良かったですね。成功ですよ、これは。
吉村明弘 そうですか。
加来典誉 つまり、無償の愛を与えたんですね。要らないと、こっちは、特に何も。ただ、あげると。あなたが欲しければ、あげるし、欲しくなかったら、あげない。あなたの自由だから。嫌いなところも好きになってもらって、こんな人は嬉しいなと。こんなのもいいですよ。一緒に行ってくれないでしょ、お料理屋さんとかね。自分でお料理屋さんを開拓して、なんとかっていうお料理屋さんは美味しいですよ、とか甘いもの屋さんとか。女性は食べるのが好きだから。お友達と一緒に行ってみたらどうですか、と、そのお店の名前と住所と電話番号を書いて渡したり。

  加来病院外来診察室 一週間後

加来典誉 お料理屋さん、開拓しているんですね。好きな人が喜んでいる。もうすぐですよ。まだ、一週間ずつ来てください。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 彼女さんと一緒に来られた。良かったですね。大成功。
吉村明弘 先生のおかげです。
加来典誉 基本はぼくが考えたかもしれないけれど、実際に動いたのは、明弘さんだから。女性とうまくいかないのがきっかけで、心の調子を崩しやすい方なので。これで一緒になったからないと思うけれど。まぁ、一生添い遂げる仲になるといいですね。大事に思っていったらいいですね。わたしもコツを教えたんです、恋愛の。心を尽くして愛するんだけれど、ストーカーになったらいけない、一方的になったらいけない。わたしはあなたのことが好きだ。だけれど、あなたがわたしのことをどう思っているかはわからない。欠点を好きになると。とにかく良かったです。これからは、来たい時に来てください。


吉村京子さん(精神病院での生活改善)

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 はい、よろしくお願いします。吉村さん。吉村京子さん。何歳ですか。六十一。入院して?二十年ぐらい。今、困っていることは、ほぼないでしょ。ない。もう、退院は考えないでしょうね。したいことはありますか。例えば、美味しいものが食べたいとか。美味しいものが食べたい。今、一病棟ですね。六病棟に行けばね、外出で、ちょっと、美味しいところに行けるけれど。例えば、木曽路のしゃぶしゃぶとかね。食べたいですね。二千五百円ですよ、昼間。払えないことはないでしょ。まぁ、行けないことはないんじゃないかな。どうでしょうかね、どういうところがいけなくて、開放病棟の六病棟に行けないんですかね、ナース。もともとの病気は意味ないですね。統合失調症って書いてあるけれど。意味ないですね。どういうところがいけないんですか。喧嘩することがある。なんで喧嘩するんですか。イライラする。そうじゃない。気に食わない。性格かな。賢い人は、そこで我慢する人が多いだろうけれどね、そこでちょっと手が出ちゃうかな。それじゃあ、社会には通用しないということ。そこをちょっと我慢するためにどうすればいいかを考えると。そうですね。まずね、気に食わないことがあったら、よく言われていると思うけれど、看護師さんに言ってください。それか、わたしに言ってください。これは気に食わないなこの人はと思ったら、その場で解決しようと思わないで、看護師さんに言ったり、看護師長さんに言ったり、医師に言ってください。その方と話してみて、なんとか解決しようとしますから。今、いますか。いる。何人いますか。一人だけ。何歳くらい。六十ぐらい。田中さん。田中富子さん。どんなところが気になります?自分勝手。例えば?オマルのこと。どーんと、雑に扱う。横に看護師さんがついている時はやらないでしょ。やると思う。じゃあ、こういうふうに言ってください。女性の看護師さんがいいと思うけれど、看護師さん、看護師さん、ちょっと来てー、と言って、このひとはこんなことをしとると、言って、ナースにカルテに記録してもらってください。お医者さんが言ってたって、加来さんが。自分で、そこで相手を叩いたりしたらいけませんよ。そうじゃないと六病棟は遠のきますからね。三病棟かな、六病棟じゃなくて。だいぶ年取ってるからね。三病棟から、木曽路のしゃぶしゃぶですね。はい、また来週。

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 どうやったですか、今週は。言ってみた。よかったって言ってる。そのほうがずっと嬉しいって。勝手に解決されたら困る。カルテに載ってましたよ。オマルのことらしいね。なんかな、臭いがあるのかな。気に食わない。あの部屋自体が、オマルの臭いがしてるからね。特別、富子さんが、臭いに敏感な方なのかもしれない。慣れてきたら、もう臭わなくなるけれど。だけど、わかるんじゃないかな。富子さんも、オマルですか。オマル。自分のは臭わないのかな。臭いが気になっているなら、今度、話してみましょうかね。富子さんと。話せるなら。いつかちょっとナースに聞いて。どういうことなのか聞いてみましょう。ちょっと待っていて下さい。また同じようなことがあると思いますけれど、言っておいてください、看護師さんに。また同じようなことがあったって。報告が来ますから。そういうことで、とにかく田中富子さんと話してみましょう。はい。

  加来病院第一病棟診察室

加来典誉 田中さん、あの、オマルで、吉村さんと喧嘩になることがあるんですか。
田中富子 はい。
加来典誉 臭いが気になりますか。
田中富子 そうです。
加来典誉 自分のも気になる?
田中富子 気になります。
加来典誉 臭いを抑えるような処置をしたらいいかな。
田中富子 そうですね、それがいいです。
加来典誉 よしよし、そしたら、「トイレその後に」、っていうのがあるな。それをやってみるかな。ただ、危険物だからね。あんまり患者さんが勝手にやったらいけないから。ナースの負担になってもいけないし。あの部屋は、若い人はいないかな。いないね。お年寄りだけですね。間違って目に当たったりすると大変なことになりかねないから。たまにそういう人がいるから。定期的に「トイレその後に」を点けてもらうようにしましょう。わたしの意見で。オマルのことで、吉村さんと、田中さんを反目させるわけにいかないからね。みんなしてもらいましょう。あの部屋の臭いを一掃しましょう。時間はいつがいいかな。うんちをする時間は、みんないつが多いかな。朝が多い。そしたら、十時ぐらいにだいたい検温があるから、その時に、「トイレその後に」をしてもらおうかな。夜もしますか。夜はない。おしっこはするでしょ。おしっこはある。十時と、後は相談します。夜勤のナースも含めて、一日に、三回くらい。ちょっと聞いてみましょう。

加来典誉 師長さん、「トイレその後に」って。
第一病棟看護師長 ああ、ありますね。
加来典誉 どうも、吉村さんと田中さんが、オマルの臭いで喧嘩しているみたい。たしかにあの病室には臭いがあるね。ナースも入ると感じていると思う。で、慣れているから、しょうがないと思っているんですよね。オマルじゃないと、普通のトイレじゃできないもんね。やっぱりあるよ。看護師さん、慣れているけれどね。偉いね、皆さんのオマルをトイレまで持って行って、パッと捨てて、ちょっとくっついているのがあったら外したりして、有難いなと思う、偉いなと思う。ぼくはそういうことしないで指示だけ出しているだけだから。「トイレその後に」をちょっとしてみようと思う。あれを日に三回くらい、全部のオマルにする。十時が検温だから、その時に、「トイレその後に」を持ってくる。それが一番楽だと思う。それからタイミングとしてはいつですか。最後は夜勤の人が一回だから。夜勤の人から決めようか。何時ごろかな、夜勤は。七時ぐらい。七時っていったら、食事が終わって、薬を配る時がいい。そうですか。その前だったら、昼食後。それも薬を配るタイミングですね。じゃあ、そうしましょう。そしたら、師長さん、さっそく買いに行っていいですから。三個くらい買って来てもらって下さい。担当決めて、きちっとやるようにしましょう。ちょっと様子見ましょうかね。田中さんと吉村さんが喧嘩した原因は臭いだったみたいです。それがよくなったら、吉村さんも喧嘩しなくなるんじゃないかな。吉村さんのうんちが、自分のうんちじゃないから臭ったみたい、田中さん。自分のうんちは慣れているから、あまり臭わないけれど、慣れないうんちは、臭うからね。だいたい人間の鼻は慣れているものはあまり臭わないからね。そうしましょう。ちょっと、じゃあ、明日か、明後日か、いつですか。三日後ぐらい、わかりました、やってみましょう。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 吉村さん、どう、なんか言って来るかな。
吉村京子 言わないです。
加来典誉 言って来ない。言って来なくなった。これで終わった。臭いが気になってたみたい。やっぱりそうか。「トイレその後に」で、だいぶ臭わなくなった。ナース、どうですか。「トイレその後に」で、なんかきついですか、負担が増えましたか。増えていない。じゃあ、いいですね。これでいいですね。これでやっていきましょう。これで、そうですね、三ヶ月か、四ヶ月、安心して暮らしたら、三病棟が空きがあったら、いいですよ。他の病棟は関係ないもんね。付き添いだね。一人では出しきらんな。神宮さんは、元気だからいいけれど、吉村さんはちょっと怖いな。付き添いで木曽路まで、とかね。ナース連れてね。一病棟でも行けるじゃないですか。月に一回、美味しい物を食べれてね。まぁ、三ヶ月か、四ヶ月、様子を見ましょう。ああ、それから、ナース、一応、「トイレその後に」の使い方だけれど、製造元に問い合わせて、六人部屋で、全員、日に三回、使用して、害がないか、調べておいてください。

  「トイレその後に」は、エタノールを利用しており、アルコールに敏感な人を除いては、問題はないということだった。

  加来病院第一病棟診察室 四ヵ月後

加来典誉 元気で、しかも、よく食べるし、何も問題は起こっていないみたい。三病棟は空かんね。じゃあ、ちょっと約束していたから、言おうか、ナースにも言ってたけど、木曽路のしゃぶしゃぶ。ははは。月に一回だけ、外出しましょうかね。一緒に。看護師さんと一緒に。看護師さんは付き添いということで、食べないけれどね。ごめんね、食べてもいいよ、自分でカネ払うなら。自分でカネ払うなら、食べていいよ、しゃぶしゃぶね。まぁ、お任せします、それは。うん?医療費じゃないです、出せないから。それは出しきらん。病院の経費を出すわけに行かないから。吉村さんの個人的な楽しみだから、スタッフに経費を渡すわけにいかないから。ごめんね。みんなそれをやらないといけなくなるから。まぁ、外出許可を出しておきましょう。付き添いですけれどね。月に一回。ナースの仕事だけれど。いいでしょ、月に一回。美味しい物を食べに行こうよ。月に一回、例えば、天神まで行ってもいいよ。ナースと一緒なら大丈夫だから。月に一回だから、その代わり。あんまり変わらないから、木曽路に行くのも天神に行くのも。時間的に言って、二時間くらい違うかな。その分、マンパワーかな。どれだけ、ナースが病棟にいるかで、足りなかったら苦しいっていうだけだから。ちょっと難しい話だけれど。まぁ、大丈夫だろう、と思いますよ。大丈夫でしょ?大丈夫。一ヶ月に一回だからね。何曜日がいいんですか、ナース。金曜日。じゃあ、金曜日にしましょう。

  加来病院第一病棟診察室 一週間後

加来典誉 さっそく行って来た。木曽路、行って来た。美味しかった。ナースも食べた。食べた。ははは。二千五百円。よかったね。吉田さんと行った。あの人とは気が合う。気が合う。良かったね。美味しかったね。もう一皿食べたくなるんじゃない?それはない。ははは。じゃあ、今度また、吉田さんに、天神で美味しいお店、ない?って聞いてね、美味しいもの、二千五百円とか、三千円ぐらいの。ランチだったら少し安いからね。美味しいイタリアンとか、中華料理とか。楽しんで来てください。それでやってごらん。やってごらんって、馴れ馴れしくて、ごめんなさいね。そのうち、三病棟が空いたら、三病棟に行ってもいいけれどね。吉田さんがいい?そういうわけじゃない。じゃあ、そのうち、いろんな看護師さんに連れて行ってもらったらいいですよ。ここは美味しいよって。何円くらいって言ったらわかるから。千円くらいとか、二千円くらいとか、三千円くらいとか、看護師さん、わかるから。そうしてください。


  二ヵ月後、吉村京子は三病棟に移動した。

  加来病院第一病棟診察室 二ヵ月後

加来典誉 三病棟は、出て行けるもんね。コンビニも行けるしね。それ以上、行っちゃダメって。怖いもんね、やっぱり。転んで訳がわからなくなったら困るもんね。みんな言ってるでしょ、ナースも。転んだりしたら、怖いって。行きたいって、言っても。大橋の辺り、うろうろしたいって言っても。神宮さんにはしてもらってるけれどね。六病棟の。神宮さん、あれだけ年取って、六病棟よ、すごいね。あれだけ元気だからね。遠くに外出してもらう時に、携帯電話を持って行ってもらってる。一件しか、電話帳登録がないわけ。電話帳って言うのは、連絡先が登録されているわけね。連絡先が、加来病院しか入っていないわけ。加来病院だけしか入っていないから、もし、倒れていて、それを見つけた人が、そこしか電話掛けないよね。加来病院に連絡しやすいわけ。わたしもやりたいって?やりたい。足腰が弱いから、もうちょっと強くないとね。看護師さん、同伴で・・・。独りで行きたいの?そんなことない。止めておいたほうがいい。何が起こるかわかららないから。だって、転んだり、突然、倒れたら、大変なことになる。最近は、人が冷たいからね、転んでも、放ったらかしにする。まぁ、女の人は優しいから、大丈夫ですか、って来るだろうけれど、迷惑を掛けるからね。病院としても、その人にお礼をしないといけないから。まぁ、これからも月に一回、楽しみに行ってください。近くのセブンイレブンはいいから。本当は大橋辺りまで許可したいけれど、足腰が弱いからね。神宮さんは、あれでも足腰は強いからね。神宮さん、頭、いいよね、とりあえず、そういうふうにやっていこう。


吉村鏡子さん(自臭症)

  加来病院外来診察室

加来典誉 はい、こんにちは、精神科医の加来典誉です。お名前を伺っていいですか。吉村鏡子さん。はい。お年は?二十二歳。はい。今・・・、学生さん。そうですか。どういうことでお困りですか。お母さん。自分に臭いがあるといって聞かない。ないと思う。いつ頃ですか。三ヶ月くらい前から。よくいう自臭症という、当たり前の名前なんですけれど。臭いがあるように自分が感じると、誰でも臭いはあるんですけれど、強い臭いを発しているんじゃないかという疑いを持ってしまうと。今も臭いがあると感じている。お母さんと鏡子さんの耳の垢はですね、ネバネバしていますか、乾燥していますか。ネバネバしている。どちらかというと、腋臭の体質があることは確かですね。なんか友達か言われたんじゃないですか、臭いとか。そうですか。だからでしょうね。ショックで。女の人にとっては、臭いがあるのは、ショックですからね。臭いって言われるのは。それから続いているのかな。確かに臭いがあるんでしょうね。緊張している時に、臭いが出やすいんです。臭いって言われた時に・・・、仲がいい友達ですか。仲がいい友達。緊張している時じゃ、なかったですか。緊張していた時。腋臭があるんでしょうね。手術してみたらどうですか。そしたら納得じゃないですか。納得する。腋臭の臭いがあることを、お母さんもそんなに疑うなら、鏡子さんが、今、臭いと思う時。緊張していて、汗を一杯かいている時に、臭いを確認なさったらいいですよ。男性でも女性でも、まぁ、女性のほうが若干薄いですけれど、腋臭があるんです。だから気になるなら手術するのもいいでしょう。いくつか手術方法があって、剪除法って、いわゆる完全摘出法ですかね、びーっと線を引っ張るように切開して、中の特殊な汗を出すアポクリン腺を全部取り出してしまう方法と。一箇所穴を開けて超音波で、アポクリン腺を破壊する方法です。穴を開けてやるほうが、傷跡が少なくなりますが、値段が高くなります。値段はわたしは自信がないですけれど。お勧めは、穴をあけるほうです。ただ高いです。ちょっと考えてください。そこをまず一回、やってみたら、自分なりに納得できるんじゃないでしょうか。それでも臭いがあるとしたら、考えないといけない。まずですね、臭いがあるかどうか、測定してもらったらいいですよ。してない?してない。測定の方法があると思う。安心な所ですよ。怪しい所じゃなくて。わたしが知ってるのは・・・。病院を紹介しましょうかね。美容外科ですけれど、ちょっと待ってください・・・。あったあった。ここです。ここに行ってください。では、また来週。

  加来病院外来診察室 一週間後

吉村鏡子 行って来ました。腋臭の。
加来典誉 どうでした、臭いのチェックは。
吉村鏡子 やっぱりありました。ほっとしました。
加来典誉 そうでしょうね。やっぱり気にしていますからね。率直に言ってくれるほうが嬉しいですからね。わたしのホクロ、変じゃない、っていって、確かに変って言われるほうが、正直、安心しますからね。やっぱり、穴を開けるか、切るか、どっちかって。穴を開けるのが二十万ですか。まぁ、でも一生ものですからね。
吉村鏡子 そうですね。
加来典誉 背広とかも、昔は、一生ものとか言って、十万とか、二十万で買っていましたからね。やってみたらどうですか。福岡でいいんですか。福岡でいい。わたしも腋臭があるけれど、男だから。女性は臭いが少しあるだけで、警戒されますからね。
吉村鏡子 嬉しいです。
加来典誉 よかったですね。悩みが取れて。

  加来病院外来診察室 一週間後

吉村鏡子 行って来ました。
加来典誉 どうですか、腫れているでしょ。
吉村鏡子 いえ、もう治まりました。穴を開けただけだから。
加来典誉 まだ、臭いはわからない?
吉村鏡子 わからないです。
加来典誉 また、来週。必要ないですかね。二週間後にしましょうかね。
吉村鏡子 そうですね。

  加来病院外来診察室 二週間後

加来典誉 臭いも完全に消えた。これで解決ですね。後は好きな時に来てください。

  吉村鏡子は、その後、来なくなった。


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