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思索とアートとヘアカット
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第十一章

翌日、順一はいつもの通り、朝のホームルームが始まる直前に教室に入った。昨日早く来たのは特別だったのだ。

「小平くん、どうした?坊主になってるじゃないか」佐山吉平という男子生徒が順一の頭を見て驚いて話しかけてきた。
「いや、ちょっとね。別に何でもないんだよ」順一は適当な言い訳を見つけることができず、曖昧な返事をした。
「心境の変化?」
「まあ、そういう感じ」順一は少し無理に笑って見せた。

他の男子や女子たちも興味ありげな視線で順一を見ている。そのうち女子バレー部のメンバーで同じクラスの山岡美穂と神田洋子は事情を知っているわけである。順一が予想していた通り、皆の好奇の目が順一に集まってしまった。正直に本当のことも言えず、かといって適当な言い訳が見つかるわけでもない。順一の両親には男友達とふざけて坊主になったと説明していたが、学校で同じ言い訳を言うわけにはいかない。順一は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。そして、平岡郁美の姿を探した。郁美はまだ来ていないようだ。この時間にいないということは遅刻である。順一はほっとしたような、また不安なような複雑な気分を感じた。

「頭、思い切って切ったんですね」親友の大岩真治が心配そうな顔をしてやって来た。
「そうなんだよ。みんな驚いているみたいだけど、別に何でもないんだよ」
「ならいいけど、ちょっと驚きましたよ」

担任の浜島が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。浜島が出席簿を読み上げている途中に、平岡郁美が教室に入ってきた。
「平岡、遅刻だぞ」
「先生、おまけして、ほとんど遅れてないからさあ」
「だめだ。さっさと席につけ」

順一は郁美の姿を見てドキッとした。席に着いた郁美はいつもと変わらない様子である。昨日、部室で郁美のことが好きだと言ってしまったことを後悔した。もうクラスや学年でも噂が回っているのじゃないか。そしたら自分はどうなるのかとても心配だった。そして何より、これから郁美が順一にどういう態度を示すかが恐ろしかった。

ホームルームが終わったあと、郁美はバレー部の美穂と洋子を呼び寄せ、教室の横のベランダに出て行った。何やら話をしているようである。順一はその様子を、教室の中から窓越しに気づかれないようにそっと見つめた。もうだめだ。郁美と絶交される。もしかしたら、女子たちからいじめられるのではないか。不安ばかりがつのってくる。順一は恐怖を感じていたが、同時に、郁美に対して以前にも増して愛しい気持ちが高まってくるのを感じた。もし、郁美にひどいことを言われるようなことがあっても、郁美を恨むことは到底できそうにない。順一はそう思った。窓越しに空を見ると、雲がいくつか浮かんでいるが、青空で太陽が輝いている。


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