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哲学と芸術と断髪フェチ
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第七章

朝のホームルームが終わり、つかの間の休憩の後、国語の授業が始まった。担任の浜島が国語の教師だったので、浜島は教室を出ずにそのまま授業へと移っていた。浜島の授業は、東大入試を念頭においているもので、かなり難易度の高いものだった。順一は、浜島の試験ではいつも四十点程度しか取れなかった。その日も、宿題が出ていた難しそうな評論文が提示され、質問形式で授業が進んでいった。二時限目は英語だった。順一は英語が最も得意な授業であった。授業の初めにある単語テストは、授業前の十分の休み時間中に頭にたたきこみ、八割がた正解した。三時限目は数学、四時限目は美術、五時限目は世界史、六時限目は、物理だった。

帰りのホームルームが始まった。順一にとって、今日一日はずいぶん早く終わったような気がした。順一は郁美が今日、部室に一緒に行くことを覚えてくれているかどうか心配だった。順一のほうから部室に行こうと言うのは随分、変態的なことのように思われた。順一は郁美の席のほうをちらちら見るが、郁美は全くいつもと変わりがない。順一はここで考えてみた。いずれにせよ順一の好きなのが本当は郁美だということを今日は郁美に話さないのだ。だったら、バレー部の部室に行くということは意味のないことではないか。もしも、郁美が順一を呼び止めなければ今日は家にまっすぐ帰ろうということにした。順一は呼び止められないことを期待していた。呼び止められることがとても怖いことのような気がした。順一は自分が何かの犯罪を決行しようとしているように思えた。

「小平くん、私たちの部室に来てくれるんだよね!」

終礼後に平岡郁美が順一に言ってきた。順一は男の自分が本当に行ってもいいのかと聞いた。すると気にしないでいいと言う。順一はついに来るべき時が来てしまったと思った。郁美は順一に好きな人のことを聞いてくるであろうか、それともそのことは忘れてくれているだろうか。順一はもとより本当のことを言うまいと思っていた。しかし、郁美の匂いをかぎにバレー部の部室まで行くことは何だか恥ずかしいが、幼い子がお母さんのいるところに飛び込んでいくような誘惑があった。結局、放課後、順一はバレー部の部室に郁美と一緒に行くことになった。

「さあ、ぐずぐずしないで行くよ」
郁美は躊躇しがちな順一の手を引っ張って階段をおり、部室に向かった。順一は郁美に手を握られることだけでとても幸せだった。

部室に着くと、郁美は中で着替えている女子部員たちを待って、順一を中に入れた。もうすでに女子部員が五人ほど来ていた。

「郁美、誰を連れてきたの?」着替え終わった部員の一人が言った。
「小平くんだよ。いつもグラウンドに練習を見に来ている」と郁美は言って他の部員に目配せした。すると女子部員たちは意味ありげに笑顔を交わした。順一たちは他のバレー部員たちが全員そろうのをその場で待った。

「さあ、このなかの誰が好きなの?小平くん!」バレー部の部員が全員そろうと、郁美が言った。他の部員たちはずらりと順一を囲んでいる。順一は顔が真っ赤になるのを感じた。郁美以外にも魅力的な女子部員が何人かいた。運動着に出ている胸のふくらみやむき出しの太ももに順一はいいしれぬ興奮を感じた。順一は黙っていた。

「ほら、早くいいなよ。言ったら楽になるよ」これは他の部員である。

「よーし、どうしても言わないなら、小平くん、坊主にしちゃうよ!」
郁美はそう言って、バッグから電気バリカンを取り出した。順一はぎょっとした。順一は小さい頃から頭を丸刈りにされることに極端に抵抗感を感じていたが、郁美にそれが見抜かれているような気がしたのだ。

「わー、郁美、いいもの持って来たねえ」
「うん、前は兄ちゃんが坊主にするのに使っていたけど、私がもらったのよ。あたし、男の子を坊主にするの、得意なのよ。バーバー平岡よ」

「あのさ、別に好きな子がいるから見に来ているわけではないんだ。僕も昔バレーをしていたからちょっと興味があってね」冷静さを装って順一が答えた。しかし、言葉が少し震えているのに順一も気付いた。

「嘘つき嘘つき。嘘つきは損だよ。さあ好きな女の子の前で告白しちゃいなよ。教えてくれないんだったら女子バレー部の部室に入った罰として小平くんの頭を坊主にすることになるのよ」これは別の部員である。

「わかった。好きな人を言うよ。僕が好きなのは平岡さんだ」順一は必死に答えた。

「ええっ、あたしだったの」郁美はそれを聞いて絶句した。そして「小平くん坊主!」と言い放った。「あたしがやるから、みんな手伝って」

「そんな馬鹿な」順一は部室から逃げ出そうとした。ところが、高一、高二の女子部員たち五、六人が飛びかかり順一を力ずくで抑え付けた。女子部員たちは日頃から身体を鍛えているだけあって、ひ弱な順一から簡単に身体の自由を奪った。女子部員たちは順一を無理やり椅子に座らせた。椅子に座らされた順一は半ば諦めておとなしくなった。郁美はバリカンのコードを部室のコンセントにつなげた。

郁美はバリカンを右手で握りしめて無言のまま順一にじわじわと近いてきた。郁美は親指でバリカンのスイッチを入れた。ブーン……という音が順一の耳に入り、順一は恐怖でぶるっと身震いした。郁美は順一の前髪を左手で上に押し上げた。そしてぶんぶん唸るバリカンの刃先をおでこの生え際にくっ付けた。バリカンの刃が順一の髪の毛に入っていくとバリカンはそれまでの乾いたモーター音とは違うジィィィジジジジジという毛を刈る独特の音を出した。バリカンが動くにつれて順一の髪の毛はバリカンの上にこんもりと盛り上がる。バリカンが通ったあとは青々とした刈り跡が残っていく。他の女子部員たちはキャーキャーと騒いでいた。順一の真ん中の髪をあらかた刈り終わった郁美は順一の右耳を左手で抑えて耳周りの髪をどんどん刈り落としていった。順一の耳にはバリカンのブーンという音がことさら大きく聞こえた。右側を終えると郁美は左側も同じようにした。残ったのは後ろの髪だけである。郁美は左手でぐいっと順一の頭を前に倒して、襟足からバリカンを入れていった。とうとう長かった順一の髪の毛はあらかた刈り取られた。最後の仕上げに郁美は順一の頭全体にバリカンを走らせた。ものの十五分ぐらいで順一の頭はくりくりの青坊主になってしまった。

「きゃーかわいい!」一年部員の坂本春香が順一の刈りあがったばかりの坊主頭を両手でしゃかしゃかと撫で回した。「さっぱりしたじゃない」と、平岡郁美も満足そうに順一の坊主頭を撫でた。「あたしにも触らせてー」と叫ぶ声がした。女子部員たちはかわるがわるに順一の頭を撫で回した。


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