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怒りについて

怒りについて考えてみると、それは欲求不満のはけ口であるということが考えられる。生命の欲求はいくつあるあるだろうか。基本的な欲求は、食欲、睡眠欲、排泄欲、衛生欲、性欲、になると思う。これら5つの全てが満たされていたいという欲求不満の代償作用行動が他人に向いたら、他傷・他殺、自分に向かえば自傷、自殺、器物に向かえば、器物破損、子供たちに向かえば、児童虐待、配偶者に向かえば、ドメスティックバイオレンス(DV)である。欲求不満を代償作用なしに、つまり、怒りなしに解決しようとするものが「悟り」である。「覆水盆に返らず」ということわざがある。「悟り」とは「禅」とは、こぼれた水をふきはらって、もう一度水を汲むことである。盆に入れる水がない場合は、何のために盆に水を入れていたのか考えることである。盆に水をはって、その上に軍艦の模型を浮かべるためであったらどうであろうか。そして、その牛乳もこぼれてしまったとする。まずはお盆の構造上の問題がないかどうかしらべるべきである。穴がお盆にあるなら、穴のないお盆に替えるべきである。その構造上の問題のないお盆に牛乳をはって軍艦の模型を浮かべて思わずお盆を持った手がすべって牛乳と軍艦の模型を落として台無しにしてしまったとする。つまり、地面にこぼれた牛乳は飲めないし、軍艦の模型は回復不可能になったとする。英語で言えば"There is no telling about over spilited milk"という「こぼれた乳について語っても意味がない」というのが直訳である。

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